ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)

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第38話 牙を剥く飼い犬への報復

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作戦会議室の空気は、一瞬にして冷たく凍りついた。

完全な勝利を確信していただけに、衝撃は大きかった。フランツ皇子が、私たちの意図を超えて動き始めている。私たちが与えた餌で、彼は強大な力を手に入れた。その牙が、今度は私たちに向けられようとしているのだ。

「なかなか、面白い展開になってきたじゃないか」

沈黙を破ったのは、高い棚の上にいたピップだった。彼は、楽しそうに口笛を吹きながらこちらを見下ろしている。

「育てた犬に手を噛まれるなんて、最高に皮肉な話だぜ」

「ピップ、今はふざけている場合ではないわよ」

リラが、厳しい表情でピップの言葉を遮った。「リリアちゃん、このままでは計画の前提が崩れてしまうわ。自らの意志で動く強大な皇帝など、求めてはいないでしょう?」

「俺が今から帝都へ向かい、あいつの息の根を止めようか」

バルガスが、物騒な提案を口にして立ち上がった。

「バルガス、落ち着いて座りなさい」

私は、静かな声で彼を制止することにした。

部屋の中には、再び重苦しい静寂が戻ってきた。私は、壁に貼られた帝国の地図をじっと見つめ続けた。盤面には、三人の皇子の駒が置かれたままになっている。

「兄様、彼が独自に武器を集めている証拠はあるのですか」

兄様は、一枚の古い羊皮紙を私の前へ滑らせた。そこには、武器商人たちの詳細な取引記録が記されていた。大量の剣や槍が、皇子の側近の名前で購入されている。その莫大な資金がどこから出たのかは、まだ不明だった。

「彼は、民衆の支持という名分と実利の両方を手に入れたのね」

「ああ、思っていた以上に手強い男だったということだ」

私は、椅子に深く腰を掛けて考えに没頭した。無意識のうちに、フェンの柔らかい毛皮を撫でている。ノクスも、私の考えを察するように顔を覗き込んできた。この裏切りを、すぐに殿下へ報告すべきだろうか。

いや、それでは私の無能さを晒すことになってしまう。アークライト家の未来を守るためには、失敗は許されない。ならば、フランツ皇子を力で排除すべきだろうか。暗殺は可能だが、それでは帝国が再び混乱してしまう。他の皇子たちが勢いを取り戻せば、元も子もない。

私の頭は、前世の経験を活かして高速で回転を始めた。利用価値がある限り、彼を捨てるのはまだ早い。賢い男ならば、その賢さを利用して罠にかければいい。

「リラ、そしてピップ、こちらへ来なさい」

私は、信頼できる仲間たちの名前を静かに呼んだ。

「お呼びかな、冷徹なボス」

「今度は、今まで以上に危険な仕事を頼みたいの」

二人の表情が、私の言葉を聞いて一瞬で引き締まった。

「もう一度、帝国の内部へ潜入してもらいたいわ。今度の目的地は、ゲオルグとルドヴィークの元よ」

「あいつらは、もう再起不能なはずだろう」

ピップが、不思議そうな顔をして首を傾げている。

「ええ、だからこそ彼らに最後の希望を与えるのよ」

私は、誰も思いつかないような計画を口にした。

「ピップ、あなたはゲオルグ皇子にこう伝えなさい。『フランツは、王国と手を組んで貴方を処刑するつもりだ。だが、王国は貴方の武勇を惜しんで助けの手を差し伸べる。フランツを裏切るなら、亡命を認めて命を保証しよう』と」

次に私は、リラに向かって別の指示を与えた。

「リラ、あなたはルドヴィーク皇子に揺さぶりをかけるの。『フランツは、貴方の隠し資産を全て奪うつもりでいる。だが、王国は貴方の経済的な才能を高く評価している。財産を王国に預けるなら、安全な暮らしを約束しよう』とね」

私の言葉を聞いて、仲間たちはしばらく言葉を失った。

「リリア、お前は本当に恐ろしい子供だな」

兄様が、呆れたような声を漏らして溜息をついた。

「彼が私たちを裏切るなら、こちらもやり返すだけですわ」

武力と財力の両方を、フランツから奪い去る。彼らが負けたのは、王国に降伏したからだという形を作る。そうすれば、フランツは何も手に入れることができない。

「ははは、悪魔でも思いつかないような非情な計画だぜ」

ピップは、腹を抱えて愉快そうに笑い転げた。リラも、興奮で頬を赤く染めながら頷いている。

「民衆の支持だけで皇帝になれるなど、甘い考えだわ。国を動かすには、武力と財力と情報の全てが必要になる。その全てを私たちが握っていることを、彼に教えるのだ」

「分かった、お前の計画に全てを賭けてみよう」

兄様の合図で、二人の影は夜の闇へと消えていった。

「さて、次の準備を始めなければなりませんね」

私は、椅子に座り直して姿勢を正した。

「セバスチャン、殿下への報告書を作成しましょう。『全ては計画通りであり、最終試験を開始する』と伝えなさい」

セバスチャンは、私の言葉を丁寧に書き留めていった。私は、窓の外に広がる夜景を眺めながら思考を巡らせた。フランツ皇子、あなたが私の期待に応える本物の狼なのか。それとも、ただの愚かな駒として消えていくのだろうか。答えが出る日は、そう遠くない場所まで来ている。

「ああ、そうだわ、大切なことを忘れていました」

私は、ふと思い出したようにセバスチャンを呼び止めた。

「仕事に区切りがついたので、ご褒美が必要だわ。王都で一番美味しいと評判の、チョコレートパフェを予約して。もちろん、経費として処理しておいてちょうだいね」

セバスチャンは、私の言葉を聞いて「かしこまりました」と一礼し、手配のために慌てて部屋を出ていった。

私は、彼の後ろ姿を見送りながら小さく微笑んだ。司令官の顔から、お菓子を夢見る少女の顔へと戻る瞬間だ。フェンとノクスが、嬉しそうに私の膝へ飛び乗った。

「もう少しで、この大きな仕事も終わりを迎えるわ」

美味しいものを食べに行く約束を、二匹と交わした。私の周囲には、再び穏やかな時間が流れ始めた。

過酷な運命との戦いは、まだこれからも続いていく。だからこそ、戦いの前のつかの間の休息は、何よりも大切な「仕事」の一つなのだ。

私は窓の外に広がる王都の夜景を眺めながら、明日運ばれてくるであろう甘い幸福を思い描いた。
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