ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)

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第39話 勝利のパフェと皇子の孤立

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「リリア様、大変お待たせをいたしました」

執事のセバスチャンが、銀色のお盆を恭しく捧げ持って作戦会議室に入ってきた。
部屋の中には、ガルディナ帝国の地図を前に議論した緊張感が漂っている。
しかし、私の頭の中は、すでに次の目的へと切り替わっていた。

「ありがとうございます、セバスチャン。そこに、お盆を置いてください」

テーブルの上に置かれたのは、私の背丈ほどもある大きなガラスの器だった。
その器の中には、王都中の全ての甘美を集めたような芸術品が鎮座している。
輝くチョコレートソースが、何重にも層になったアイスの上を流れ落ちていく。
純白の生クリームの山には、真っ赤な苺と薄切りのバナナが飾られていた。
焼き立てのワッフルと、歯ごたえの良いクッキーが脇を固めている。
これこそが、私が事前に命じていた王都で一番美味しいパフェであった。

「おお、素晴らしいですわ」
思わず、感嘆の声が口から漏れた。
前世の私は、過労死する直前に買ったケーキすら食べられなかった。
あの時の無念が、今この場所でようやく晴らされるようだった。
私の瞳が、自分でも驚くほどに輝いている。

「フェン、ノクス、こちらへ来なさい」
私が手招きすると、足元で控えていた二匹が嬉しそうに駆け寄ってきた。
セバスチャンは、心得たもので二匹のための小さな銀の皿も用意している。
そこには、聖獣の体に良いとされる特別な果物とミルクゼリーが乗っていた。

「どうぞ、お召し上がりください。経費の件は、アーノルド殿下の側近へ確認済みでございます」

「仕事が早いですわね、セバスチャン。あなたは、本当に完璧な執事です」

私は、銀色の長いスプーンを手に取った。
まずは、チョコレートがたっぷりかかったアイスと生クリームをすくい上げる。
口に入れた瞬間、濃厚なカカオの香りと冷たいアイスが舌の上で溶け合った。
このパフェは、ただひたすらに美味しかった。
ブラック企業の激務で、ボロボロにすり減っていた心が癒されていく。

「きゅぅん、美味しいです」
「にゃあ、最高だわ」
フェンとノクスも、夢中になって自分たちの特別なおやつを食べている。
その幸せそうな姿を見ているだけで、私の心の中も温かくなった。

しばらくの間、私たちは無言で甘い幸福に浸っていた。
やはり、人間には美味しいものが必要不可欠である。
このパフェを経費で落とすためにも、私はもっと稼がなければならない。
私の仕事への意欲は、この甘味によってさらに高まった。

「セバスチャン、素晴らしいパフェでした。お店には、多めのチップを渡しておいてください」

「かしこまりました、リリア様」
セバスチャンが、空になった器を片付けながら私に尋ねてきた。
「ところでリリア様、例の化粧品についてのお問い合わせが殺到しておりますが」

「ああ、その件ですね。予約の状況は、どのようになっていますか」
私は、甘味の余韻から仕事の顔へと切り替えた。

「はい、クレメンス公爵夫人が、ご自身のサロンで宣伝をしてくださったそうで。その結果、予約の金額はすでに金貨三百枚を突破いたしました」
「現在は、生産が全く追いつかないため、やむなく予約を停止している状況でございます」

「金貨三百枚とは、上々の滑り出しですわね」
姉様が作った化粧水が、これほどの価値を生み出すとは驚きである。
姉様の美への執着も、ビジネスにおいては役に立つようだった。

「アークライト領のセセリア姉様へ、すぐに手紙を出してください」
「内容は、第一弾の予約分の入金を確認したという報告にしましょう。契約通りに売上の三割を、姉様の工房の運営資金として送金してください」

「き、金貨九十枚も送るのですか、リリア様」
セバスチャンが、驚きによって目を見開いた。
「よろしいのですか、あのような試作品同然の物に、これほどの金額を」

「ええ、構いません。これは、未来への投資ですわ」
私は、迷わずにきっぱりと言い切った。
「姉様は、お金があればあるだけ美のためにつぎ込む方です。そのお金で、さらに高品質な第二弾の化粧品を開発してくれるはずです」
「それに、これだけの報酬を渡せば姉様は、私のことを頼もしい金蔓として見てくれるでしょう」
わがままな家族の扱いは、もうすっかり慣れたものであった。

「それから、こうも付け加えてください。王都の貴婦人方は、緑色の薬草を使った高価な方に興味を持たれていると。希少価値を高めるため、緑の化粧水の生産は極端に絞るように伝えてください」

「承知いたしました、リリア様。あなた様の、お考えの深さには恐れ入ります」
セバスチャンは、感心したように深く頭を下げた。

「それと、領地からの他の報告は、何かありますか」

「はい、ヘクター様からは、堤防の修復工事が無事に終わったとの報告が。薬草園も、第一期の収穫が始まり品質も上々とのことです」
「アルフォンス様も、貴族たちへの根回しを順調に進めておられるようです。リリア様が、ヴァロワ家の陰謀を退けたことが広まり、我が家を支持する貴族が増えております」

「そうですか、父様も兄様も、ようやく自分の役目を理解してきたようですね」
全てが、私の計画通りに進んでいる。
領地の経営も、王都でのビジネスも、順調そのものであった。

私が、領地からの報告書に目を通している時であった。
部屋の空気が、ふっと揺らぐのを感じた。
いつの間にか、天井の梁からゼロ兄様が音もなく降り立っていた。
セバスチャンは、彼の存在に気づくと、すぐに静かに部屋から出ていった。

「楽しそうなところ悪いが、緊急の連絡だ」
ゼロ兄様が、低い声で私に告げた。
その顔は、いつになく真剣な表情であった。

「兄様、ピップとリラからの、中間報告ですね」

「ああ、そうだ。お前の試験とやらは、どうやら順調に進みすぎているらしいぞ」
ゼロ兄様は、二通の小さな羊皮紙をテーブルの上に置いた。
それは、帝国の裏ルートを通じて送られてきた、暗号の報告書であった。

私は、まずピップからの報告書を手に取った。
彼は、ゲオルグ皇子の陣営に潜入しているはずである。
「ボス、大成功だ、ゲオルグの奴は、酒に溺れて荒れていた。そこに、俺がお前のメッセージを伝えてやったんだ」
「エルドラシアが亡命を認めると伝えたら、奴は明らかに動揺している。フランツに殺されるか、こちらに降るか、必死で天秤にかけているぞ」
「さっそく、側近の一人をこっちに接触させてきた。交渉に応じる気は、満々だぜ」

「ふむ、ゲオルグ皇子の武力は、もう私たちの手に入ったも同然ですね」
私は、満足そうに深く頷いた。
力しか信じていなかった男が、その力を失いかけている。
私の差し伸べた手に、すがるしかないはずであった。

次に、リラからの報告書を開いた。
彼女は、次男のルドヴィーク皇子の元へ行っている。
「リリアちゃん、こっちも順調よ、ルドヴィークは、本当に計算高い男ね」
「私が、フランツ皇子があなたの不正の証拠を掴んでいると伝えたら、面白いほど顔色を変えていたわ」
「エルドラシアが財産を保護するという提案に、彼はすぐに食いついてきた。信用の証だと言って、隠し財産の目録の一部を私に渡してきたのよ」
「彼も、取引に応じる気配が濃厚だわ。フランツ皇子に、全てを奪われることだけは避けたいようね」

「ルドヴィーク皇子の財力も、これで私たちの管理下に入りますわね」
私は、二通目の報告書を静かに机に置いた。
ゲオルグの軍隊も、ルドヴィークの財産も、もはやフランツ皇子の脅威ではない。
それどころか、私という存在を介してエルドラシア王国の力に組み込まれようとしている。
私の計画は、完璧に進んでいた。

「だが、問題はここからだぞ」
ゼロ兄様が、私の言葉を遮るように言った。
その目が、鋭く私を見つめている。
「お前の読み通り、フランツ皇子は、この二人の兄の動きに気づいた」

「まあ、予想よりも早いですね」
さすがは、私が選んだ賢い狼である。

「ああ、あいつは、とんでもない男だ。俺たちが、ゲオルグたちに接触しているという情報を掴むなり、すぐさま対抗策を打ってきたぞ」

「対抗策とは、具体的にどのようなことですか」

「フランツ皇子は、帝国全土に向けて公式の布告を出した」
ゼロ兄様が、三通目の羊皮紙をテーブルに叩きつけた。
そこには、フランツ皇子の印が押された文書の写しが記されている。

「二人の兄の罪を許し、帝国の血を引く者として共に手を取り合おうという内容だ。外国の干渉を跳ね除けようと、民衆に呼びかけている」
「それと同時に、兄たちの陣営にも、密使を送ったらしい。エルドラシア王国は、お前たちを利用するつもりだ、騙されるな、とな」
「私に降伏すれば、領地の一部と命は保証するという、甘い言葉を添えてな」

私は、その文書を読んで思わず息をのんだ。
「……これは、素晴らしいですわ」

「何が、すごいと言うのだ」
ゼロ兄様が、不機嫌そうに声を上げた。
「あいつは、お前が仕掛けた罠に気づき、それを逆利用しようとしている。兄たちが、お前とあいつのどちらを信用するか、事態は分からなくなったぞ」

「いいえ、兄様、注目すべき点は、そこではありません」
私は、興奮を隠しきれない様子で椅子から立ち上がった。
「フランツ皇子がすごいのは、私の意図を、完璧に理解したことですわ」
「彼が兄たちに送ったメッセージは、彼らへの交渉であると同時に、私に対する返答なのです」

「返答とは、どのような意味だ」

「お前の仕掛けたゲーム、受けて立とう、と言っているのです。だが、この帝国の主導権は、自分にあることを忘れるな、とね」
「彼は、私に試されていると気づいた上で、さらに私を試そうとしている。どちらが主導権を握るにふさわしいか、という勝負ですわ」
私の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
これほど、面白い相手と仕事ができるなんて幸せである。
前世の退屈な生活では、到底考えられなかったことだ。

「兄様、すぐにアーノルド殿下に緊急の面会を要請してください」
「それと、ピップとリラに、最後の指示を送りますわ」
私の頭の中は、次の戦略でいっぱいになっていた。
フランツ皇子、あなたの挑戦状を、私は確かに受け取りました。
この勝負、どちらが勝つことになるか、今からとても楽しみですわ。
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