ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)

文字の大きさ
40 / 50

第40話 中立都市シルダでの決戦

しおりを挟む
「フランツ皇子が、我々を試しているというのか」

アーノルド殿下は、白薔薇の間の執務机で私の報告を聞くと、面白そうに眉を上げた。
その青い瞳には、焦りではなく純粋な好奇心が浮かんでいる。
彼もまた、この複雑な駆け引きを楽しんでいるようだった。

「はい、殿下、彼は、私が二人の皇子に接触した意図を正確に見抜きました」
「そして、兄たちに最後の選択を迫ると同時に、私にも揺さぶりをかけてきたのです」
「帝国の問題は帝国人で解決するという大義名分を掲げて、民衆の支持を固めようとしています」

私は、王宮の執務室で冷静に分析の結果を報告していた。
ゼロ兄様からの報告を受け、私はすぐに殿下との面会を取り付けていたのだ。

「なるほどな、二人の皇子が、フランツの誘いに乗れば我々は立場を失う」
「だが、我々を選べば、フランツは彼らを裏切り者として処刑する名分を得る。どちらに転んでも、彼は主導権を握るつもりなのだな」
アーノルド殿下は、指でテーブルを叩きながら感心したように言った。
「君が選んだ狼は、思った以上に賢くて、牙が鋭いようだな」

「はい、だからこそ、彼は皇帝にふさわしいのです。そして、だからこそ私たちは彼に、本当の力の差を教えなければなりません」
私の言葉に、殿下の目が鋭く光った。
「ほう、具体的に、どのような方法でだ」

「フランツ皇子は、まだ大きな勘違いをしています。それは、民衆の支持さえ手に入れれば、私たちと対等になれると思い込んでいることです」
「ですが、実際に国を動かすのは名分だけではありません。実利こそが、最も重要なのです」
「そして、その実利は、今すべて私たちの手の中にあります」

私は、立ち上がると白薔薇の間に置かれた大きな地図の前に立った。
「殿下、協力者たちには、すでに最後の指示を送ってあります」
「ゲオルグ皇子には、フランツはお前を罠にはめようとしていると伝えました。王国だけが、あなたの武力を正当に評価すると念を押したのです」
「ルドヴィーク皇子には、フランツはあなたの財産を没収するつもりだと伝えました。王国だけが、あなたの財産を守ると約束したのです」

「疑心暗鬼の二人に、フランツへの不信感を植え付けたわけだな」
殿下が、面白そうに笑った。

「はい、そしてゲオルグ皇子の残存兵力は、今この瞬間にも我が国の国境警備隊に投降しているはずです」
「な、なんだと、それは本当か」
さすがの殿下も、これには驚きの声を上げた。
「いつの間に、そのような手を打ったのだ」

「ここへ来る馬車の中で、兄を通じて指示を出しました。ゲオルグ皇子は、私の提案を受け入れる道を選んだのです」
「これで、帝国最強と言われた軍事力は、私たちの管理下に入りました。もはや、フランツ皇子の脅威ではありません」

「……君は、本当に底知れないな」
殿下は、ため息まじりに呟いた。
「では、ルドヴィーク皇子の財力は、どうするつもりだ」

「そちらも、すでに手配済みでございますわ」
私は、不敵ににやりと笑った。
「協力者が、預かった財産目録を使い、彼の隠し財産を次々と押さえています。それらの財産は、我が国の銀行口座へと送金され続けています」
「ルドヴィーク皇子も、フランツ皇子に奪われるより、安全な亡命を選んだのです」

アーノルド殿下は、もう何も言えなかった。
ただ、驚いた表情で私を見つめている。
四歳の少女が、ほんの数日で二人の皇子を無力化してしまったのだ。
その事実は、彼の想像を遥かに超えていた。

「フランツ皇子は、まだ気づいていないでしょう。彼が取り込もうとしていた兄たちが、すでに中身のない抜け殻になっていることに」
「彼の手元に残ったのは、民衆の支持という、実体のない言葉だけですわ」
私は、冷ややかに言い切った。

「……リリア、君は、彼をどうするつもりだ。ここで、切り捨てるのか」

「いいえ、殿下、彼こそが、私たちの最高のパートナーになります」
私は、首を横に振った。
「だからこそ、彼には厳しい現実を教えなければなりません。国を治めるということが、どのようなことなのかを」
「彼が自分の勘違いに気づき、心から協力を望んだ時、私たちは彼に本当の力を与えます」

「本当の力か、それは、君が開発している例の薬のことか」
「はい、虹色の涙の、量産化に成功いたしました」
私の言葉に、殿下の目が大きく見開かれた。
「この奇跡の薬の供給権、それと、王国からの無限の資金援助。この二つを武器に、彼と最後の交渉を行います」

「なるほど、彼から武力と財力を奪い、代わりに医療と経済を与えるわけか」
「その通りですわ、彼が私たちの手のひらで踊るしかない、完璧な仕組みを作るのです」

「……素晴らしい、実に見事だ」
アーノルド殿下は、心からの称賛の声を上げた。
「君というパートナーを得て、私は本当に幸運だ。それで、最後の交渉の場所はどこにする」

「城でも王都でもありません、中立都市シルダです」
私は、地図上の小さな街を指差した。
「ゲオルグ皇子が破壊し、フランツ皇子が救世主として現れた、あの街で交渉をします」

「なぜ、わざわざその街を選ぶのだ」

「彼が、名分を得た場所だからです。その場所で、名分が実利なしには成り立たないことを、彼自身に理解させるのですわ」
「彼が集めた民衆の前で、私に頭を下げる。それこそが、私の試験の本当の答えになります」

私の計画の全貌を聞き、アーノルド殿下は満足そうに頷いた。
「分かった、全権を君に委ねよう。すぐに、シルダへ向かうがいい、私の護衛騎士団の中から、最強の者たちを君につけよう」

「ありがとうございます、殿下、ですが、護衛は最小限で結構です。これは戦ではなく、ただの交渉ですので」
「それと、殿下にも一つ、大切なお仕事をお願いしたいのですが」
「ほう、私に、何をしてほしいのだ」

「はい、殿下の名で、帝国全土に布告を出していただきたいのです」
「帝国を救うため、我が国は三男のフランツ皇子を正当な後継者として全面的に支援するという内容です」
「フランツを、今この時に支援するのか」

「ええ、兄たちが降伏したことは、しばらく秘密にします。表向きは、フランツ皇子が兄を説得して内乱を終わらせたという筋書きにするのです」
「その功績を、我が王国が称賛し支援する形を作ります。これで、彼の名分は完璧なものになりますわ」
「彼は英雄となり、王国の後ろ盾も得た、民衆も貴族も彼以外の皇帝を望まなくなるでしょう」

「……リリア、君は、恐ろしいな」
アーノルド殿下は、言葉を失っていた。
「彼から全てを奪い、同時に全てを与えるというのか。君は、まさに天使か悪魔のようだ」

「私は、ただの計算が得意な子供ですよ」
私は、にっこりと微笑んだ。
「全ては、費用対効果の計算の上での行動ですわ」

殿下の全面的な支援を取り付けた私は、すぐに屋敷へと戻った。
司令室には、すでにゼロ兄様が待機していた。

「兄様、次の仕事です、フランツ皇子に、私がシルダへ向かうことを伝えてください。王国の友好の使者として、彼に会いに行くと」

「フン、友好の使者とは、よく言ったものだ」
ゼロ兄様は、面白そうに鼻を鳴らした。

「それと、仲間たちにも連絡をしてください。アークライト領から、薬の試作品と大量の食料をシルダへ運び込む準備を。私たちが到着するのと同時に、街に物資が届くように手配してください」

「分かった、急いで手配を済ませよう」
ゼロ兄様は、再び影の中へと消えていった。
私は、すぐにセバスチャンを呼んだ。

「セバスチャン、シルダへ向かう準備をしてください。今回は、殿下の護衛騎士であるレオン様も同行されます。最高の馬車と、十分な食料を用意してください」

「かしこまりました、それとリリア様、姉様の工房から第一便の化粧品が到着しております」

「まあ、タイミングが良いですわね」
私は、にやりと笑った。
「では、その化粧品の一部を荷物に入れてください。フランツ皇子への、手土産として持っていきますわ」
「は、はあ、化粧品をですか」
セバスチャンが、不思議そうな顔をした。

「ええ、彼もこれから皇帝として、多くの貴婦人たちと付き合わなければなりません。外交とは、戦場だけで行うものではありませんのよ」
私の頭の中では、すでに次の計画が動き出していた。
シルダへ向かう準備が、着々と進められていく。
王都の屋敷の門前に、王国で最も速い馬車が用意された。
その隣には、騎士団の中でも最強と謳われるレオンが、部下を連れて控えている。

「リリア様、殿下より、安全を全て任されました。このレオン、命に代えても、あなた様をお守りいたします」
レオンは、馬の上から敬礼してみせた。
その真面目な顔には、四歳の少女への戸惑いと、任務への強い決意がみなぎっている。

「頼りにしていますわ、レオン様。ですが、今回は戦ではありませんから、どうかリラックスしてくださいね」
私は、笑顔で返した。
フェンとノクスを抱きかかえ、馬車に乗り込む。
セバスチャンが、静かにドアを閉めた。
「リリア様、どうか、ご武運を」
「ええ、行ってまいります、留守の間、王都のビジネスのことは任せましたわよ」

馬車が、ゆっくりと動き出す。
私たちの次なる目的地は、中立都市シルダであった。
フランツ皇子との、最後の交渉の舞台である。
馬車に揺られながら、私は窓の外の景色を眺めていた。
(フランツ皇子、あなたが、私の期待に応える本物の狼なのか。それとも、ただの犬で終わるのか、あなたの答えを楽しみにしていますわ)
私の手の中には、七色に輝く小さな瓶が、冷たい光を放っていた。
この小さな瓶一つが、帝国の運命を握っているのだ。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

魔力ゼロだからと婚約破棄された公爵令嬢、前世の知識で『魔法の公式』を解明してしまいました。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
公爵令嬢のリディアは、生まれつき魔力を持たない『無能』として、家族からも婚約者である第一王子からも虐げられる日々を送っていた。 ある日、絶大な魔力を持つ『聖女』が現れたことで、王子はリディアに婚約破棄を突きつけ、彼女を国外追放処分にする。 失意のどん底で、リディアは自分が理系研究者だった前世の記憶を思い出す。そして、この世界の『魔法』と呼ばれている現象が、前世の化学や物理の法則で説明できることに気づいてしまう。 追放先の辺境の地で、彼女は魔力ではなく『知識』を使い、生活を豊かにする画期的な道具を次々と開発。その技術は『失われた古代魔法』と噂になり、いつしか人々から本物の聖女よりも崇められる存在になっていく。 一方、リディアを追放した王国は、彼女が陰で支えていた魔法インフラが次々と崩壊し、衰退の一途を辿っていた。

獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:女性HOT3位!】 狼獣人のエリート騎士団長ガロウと番になり、幸せの絶頂だった猫獣人のミミ。しかしある日、ガロウは「真の番が見つかった」と美しい貴族令嬢を連れ帰り、「地味なお前はもう用済みだ」とミミを一方的に追い出してしまう。 家族にも見放され、王都の片隅の食堂で働くミミの前に現れたのは、お忍びで街を訪れていた最強の獣人王・レオンハルトだった。 彼は一目でミミが、数百年ぶりの『運命の番』であることを見抜く。心の傷を負ったミミを、王は包み込むように、そして激しく溺愛していく――。 「もう誰にもお前を傷つけさせない」 一方、ミミを捨てた元夫は後悔の日々を送っていた。そんな彼の元に、次期王妃の披露パーティーの招待状が届く。そこで彼が目にしたのは、獅子王の隣で誰よりも美しく輝く、ミミの姿だった――。 これは、不遇な少女が本当の愛を見つけ、最高に幸せになるまでの逆転溺愛ストーリー。 ※気を抜くと読点だらけになることがあるので、読みづらさを感じたら教えてくれるとうれしいです。 祝:女性HOT69位!(2025年8月25日4時05分) →27位へ!(8/25 19:21)→11位へ!(8/26 22:38)→6位へ!(8月27日 20:01)→3位へ!(8月28日 2:35)

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...