41 / 50
第41話 最強軍団の降伏と難民
しおりを挟む
王都にある、立派な屋敷の門を馬車でくぐり抜ける。私たちの馬車は、一路シルダの街へと向かった。アーノルド殿下が、用意してくれた特別な馬車だ。見た目こそ、質素な商人の運搬車に見えるだろう。しかし、その性能は、軍事用と言ってもいい。車軸には、揺れを抑えるための特殊な装置がある。それは、熟練の魔導技師が組み込んだらしい。石畳の道から、土の街道へと出た。不快な振動は、ほとんど体に伝わってこない。
私の隣には、アーノルド殿下の護衛騎士が座る。レオン様という、三十代前半の屈強な男だ。短く刈り込んだ、金髪が太陽の光を反射する。厳しく鍛えられた、体つきは鋼のように硬い。その青い瞳は、常に車窓の外を警戒している。彼は、隙のない王宮騎士団の鑑そのものだ。馬車が揺れるたびに、彼の鎧が小さく鳴る。私は、そんな彼を横目で見ながら資料を読む。手元の資料には、ガルディナ帝国の情報がある。それは、私がまとめた最新の機密報告書だ。ゼロ兄様が、張り巡らせた情報網から得た。
ゲオルグ皇子と、ルドヴィーク皇子の軍隊。それらの、詳しい配置が地図に記されている。彼らの支配下にある、街の経済状況も書いた。数字の羅列が、帝国の崩壊を物語っている。フェンとノクスは、私の足元で丸まった。二匹は、マントの下で気配を消している。レオン様は、まだ二匹の存在に気づかない。彼らには、私の切り札として隠れてもらう。ぎりぎりの瞬間まで、正体を見せるつもりはない。馬車の中は、物音一つしない空間だった。
聞こえるのは、馬の蹄が地面を叩く音だ。車輪が、回る音だけが規則正しく響いている。レオン様は、任務に忠実な騎士だ。私に、無駄な話しかけをしてくることはない。だが、彼の視線が時折私に向けられている。四歳の子供が、なぜ殿下の隣にいるのか。この子供が、本当に帝国の内乱を左右するのか。彼の心中は、そんな疑念でいっぱいだろう。無理もないが、私でも同じことを思う。私は、資料から顔を上げずに声をかけた。
「レオン様、そんなに緊張なさらないでください。私は、あなたを食べるつもりはありませんわ」
私の声に、彼の肩がわずかに跳ねた。私の、子供らしからぬ冗談に彼は驚く。真面目な顔を、わずかに赤くして彼は答えた。
「も、申し訳ありません。殿下より、リリア様の護衛は最重要任務であると伺っておりました」
「その忠誠心には、深く感謝いたしますわ。ですが、そんなに固くなっていてはいけません。いざという時に、最高の動きができませんわ。わたくしは、あなたの実力を信頼しています。ですから、あなたは、ご自分の判断を信頼してください」
「はっ、承知いたしました」
レオン様は、私の言葉に短く答えた。その青い瞳に、浮かんでいた戸惑いが消える。彼は、私の言葉の意味を正確に理解した。優秀な人間との、仕事は本当にやりやすい。馬車は、街道を休むことなく走り続ける。窓の外の景色が、刻一刻と変化していく。王都の豊かな緑が、徐々に荒れた土地に変わる。戦争の影響が、こんな場所にも現れていた。しばらくして、今度はレオン様が口を開く。
「リリア様、怖くはないのですか」
「何が、ですの」
「これから、私たちは戦場へ向かうのです。ゲオルグ皇子は、残虐な男だと聞いています。シルダの街が、どのような状況にあるか。リリア様は、まだ四歳とお見受けしますが」
「怖いかどうかと、仕事は別の問題ですわ」
私は、きっぱりと彼の問いを否定した。私が、恐怖を感じても事態は良くならない。それよりも、今ある情報を冷静に分析する。最善の結果を、導き出すことが私の役割だ。それに、私の計算によれば成功率は高い。不安を感じる必要は、どこにもありませんわ。私の、あまりにも冷静な答えに彼は黙る。信じられないものを見る、表情で私を凝視した。
「失礼いたしました。私が、愚かな質問をいたしました。殿下が、あなた様を優れた指揮官だと仰っていた意味が分かりました。このレオン、これよりリリア様の部下として、命を懸けて任務を遂行いたします」
「頼りにしていますわ、レオン様」
彼との間に、確かな信頼が生まれた。アーノルド殿下は、本当に良い人材を選んだ。馬車は、王都を出発して丸一日走った。私たちは、ほとんど休みを取らずに進む。街道沿いの、宿場町も全て通り過ぎた。時間との、勝負であることが分かっている。食料は、すべて馬車の中に積み込んでいた。二日目の夕方、ついにエルドラシアの国境だ。そこには、アーノルド殿下が手配した軍がいる。王国の正規軍が、すでに陣を敷いていた。
ゲオルグ皇子の、侵略の脅威から国境を守る。表向きは、そういう大義名分を掲げている。そして、その国境線のすぐ向かい側を見た。中立地帯の荒野に、広大なキャンプがある。無数のテントが、地平線の先まで続いていた。焚き火の煙が、幾筋も空へと立ち上る。旗印は、炎を吐く恐ろしい竜だ。それは、長男であるゲオルグ皇子の軍勢だ。レオン様が、その光景を見て息をのむ。
「あれが、帝国の軍勢ですか」
その軍隊は、どこか様子がおかしかった。規律という、言葉が全く感じられないのだ。兵士たちは、武器を放り出して座り込む。その姿は、戦士よりも難民の群れに近い。ピップからの、報告通りの悲惨な状況だ。私は、窓の外を見ながら静かに呟いた。
「報告とは、どういうことでしょうか」
「ゲオルグ皇子の軍は、すでに崩壊しています。彼は、私の試験に落ちたのですわ。フランツ皇子に、降伏する道を選びませんでした。代わりに、エルドラシア王国への亡命を選んだのです」
「なっ、亡命ですと」
レオン様が、驚きの声を上げて叫んだ。ピップが、うまく彼らを誘導してくれた。あの軍隊は、もはや帝国の戦力ではない。私たちエルドラシア王国が、守るべき資産だ。私は、馬車の窓から合図の旗を振る。すると、ゲオルグの陣営から誰かが来た。小柄な兵士が、こちらへ素早く駆け寄る。物乞いの少年に、変装したピップの姿だ。彼は、馬車の窓にひょいとぶら下がった。レオン様が、驚いて剣に手をかけようとする。
「レオン様、味方ですわ。私の、大事な仲間です」
私が制すると、レオン様は剣から手を離した。ピップは、ニヤリと笑って状況を報告する。
「よう、ボス。待ってたぜ。ボスの、筋書き通りに進んでいる。ゲオルグの奴は、完全にパニック状態だ。フランツ皇子から、降伏勧告が届いたからな。そこに、俺が救いの手をささやいた。エルドラシアだけが、お前の命を救えると。そしたら、あっさりこちらに寝返ったぜ。今頃、陣営の奥で震えながら待っている」
「ご苦労様、ピップ。完璧な仕事ね」
「それで、あの軍隊はどうするんだ。何万人も、兵士がいるけれどな」
「レオン様、指示を出してください」
私は、護衛の騎士に向き直って命じる。すぐに、国境の部隊へ伝令を送るのだ。あの者たちは、もはや敵ではありません。ゲオルグ皇子の、圧政から逃れた難民だ。彼らを、ガルディナの難民として保護しなさい。レオン様が、驚愕の表情で聞き返した。
「難民として、保護するのですか」
「ええ、武器は全て取り上げてください。ですが、食料と毛布を与えて保護します。もちろん、その費用はアークライト家が持つ。そのように、伝えて構いませんわ」
「し、しかし、リリア様。それほどの人数を収容するのは困難では」
「これは、未来への投資ですわ。彼らを、ここで手厚く扱うのです。それが、王国の慈悲深さを宣伝することになる。それに、彼らはただの難民ではありません。元は、帝国最強と言われた軍隊の男たち。労働力として、これほど優秀な資産はないわ。いずれ、アークライト領の開拓で働いてもらう」
私の冷徹な、計算に二人は言葉を失う。レオン様は、すぐに私の意図を理解した。彼は、馬上の部下の一人に力強く命じる。
「聞いたか。ただちに、全軍に伝達せよ。リリア・アークライト様の、ご命令である。国境の者たちは、難民として保護せよ」
部下は、敬礼すると馬を飛ばして去る。これで、ゲオルグ皇子の問題は終わった。残るは、次男のルドヴィーク皇子だけだ。彼も、リラの誘導で財産を移している。もはや、フランツ皇子の敵ではないだろう。ピップには、ここに残って誘導を頼んだ。バルガスとリラも、間もなく到着する。彼らと、合流してキャンプを指揮しなさい。ピップは、楽しそうに笑って闇へと消えた。
「レオン様、私たちは先を急ぎます。目的地は、シルダの街ですわ」
「はっ、承知いたしました」
レオン様は、完全に私の部下として動く。馬車は、崩壊した陣営を横切り進んだ。中立都市シルダへと、続く道に入る。そこから先の道は、まさに地獄だった。ゲオルグ皇子の、軍隊が通った後なのだ。街道沿いの、村々は例外なく焼かれている。黒く焦げた、家の残骸がどこまでも続く。荒らされた畑には、何も残っていない。人の姿は、どこにも見当たらなかった。逃げ遅れた、家畜の骸が転がっている。
「これが、ゲオルグ皇子の略奪ですか」
レオン様が、苦々しげな表情で呟いた。馬車の中の、空気は重く沈んでいる。私は、何も言わずにその光景を見る。これが、戦争というものの現実なのだ。力だけを、信じる者がもたらす結末だ。前世では、数字でしか見ていなかった損失。それが、今、目の前にある事実として迫る。胸の奥が、冷たく痛むのを感じた。これは、怒りなのか哀れみなのか。私には、まだ判断がつかなかった。
やがて、夕闇が迫る頃だった。私たちの、目の前に大きな城壁が見える。中立都市シルダの、立派な外壁だった。しかし、その姿もひどいものだった。城壁の一部は、大きく崩れ落ちている。堅固だった、はずの城門は破壊された。門の上には、竜の旗がひるがえる。だが、街を守る兵士は一人もいない。街は、すでに占領され尽くされた後だ。
「物音一つ、聞こえませんな」
レオン様が、警戒するように周囲を伺う。街からは、生活の音が一切消えていた。生き物の、気配が全く感じられないのだ。まるで、死の街のような不気味さだ。私たちは、馬車を降りて城門をくぐる。街の中は、想像を絶する光景だった。建物は、ことごとく破壊されて火が放たれた。道には、瓦礫が散乱して死体が転がる。彼らは、もう二度と動くことはない。
「ひどい、これが人間のやることか」
レオン様が、こらえきれずに呟いた。その手は、怒りのために震えている。私は、唇を強く噛みしめて耐えた。ゲオルグ皇子は、最悪の悪役を演じた。これほどの、残虐行為は許されない。これなら、私の次の手が効果を増す。フランツ皇子、あなたの出番ですわ。この絶望の、淵に救世主として現れなさい。私は、心の中でそう呟いた。
「レオン様、生存者を探しますわ。そして、すぐにアーノルド殿下へ使いを。シルダは、地獄と化してしまった。だが、救いの光は間もなく訪れると」
私の冷静な、指示にレオン様は顔を上げた。彼は、この惨状を前にして動く。四歳の、少女の姿に畏敬の念を持つ。
「はっ、ただちに」
私たちは、この死の街で活動を始めた。フランツ皇子を、皇帝にする舞台は整った。そして、その時だった。街の、広場にある教会の残骸を見た。そこから、かすかな物音が聞こえてくる。誰か、生き残りが隠れているらしい。私とレオン様は、顔を見合わせた。音もなく、そちらへ近づいていった。
私の隣には、アーノルド殿下の護衛騎士が座る。レオン様という、三十代前半の屈強な男だ。短く刈り込んだ、金髪が太陽の光を反射する。厳しく鍛えられた、体つきは鋼のように硬い。その青い瞳は、常に車窓の外を警戒している。彼は、隙のない王宮騎士団の鑑そのものだ。馬車が揺れるたびに、彼の鎧が小さく鳴る。私は、そんな彼を横目で見ながら資料を読む。手元の資料には、ガルディナ帝国の情報がある。それは、私がまとめた最新の機密報告書だ。ゼロ兄様が、張り巡らせた情報網から得た。
ゲオルグ皇子と、ルドヴィーク皇子の軍隊。それらの、詳しい配置が地図に記されている。彼らの支配下にある、街の経済状況も書いた。数字の羅列が、帝国の崩壊を物語っている。フェンとノクスは、私の足元で丸まった。二匹は、マントの下で気配を消している。レオン様は、まだ二匹の存在に気づかない。彼らには、私の切り札として隠れてもらう。ぎりぎりの瞬間まで、正体を見せるつもりはない。馬車の中は、物音一つしない空間だった。
聞こえるのは、馬の蹄が地面を叩く音だ。車輪が、回る音だけが規則正しく響いている。レオン様は、任務に忠実な騎士だ。私に、無駄な話しかけをしてくることはない。だが、彼の視線が時折私に向けられている。四歳の子供が、なぜ殿下の隣にいるのか。この子供が、本当に帝国の内乱を左右するのか。彼の心中は、そんな疑念でいっぱいだろう。無理もないが、私でも同じことを思う。私は、資料から顔を上げずに声をかけた。
「レオン様、そんなに緊張なさらないでください。私は、あなたを食べるつもりはありませんわ」
私の声に、彼の肩がわずかに跳ねた。私の、子供らしからぬ冗談に彼は驚く。真面目な顔を、わずかに赤くして彼は答えた。
「も、申し訳ありません。殿下より、リリア様の護衛は最重要任務であると伺っておりました」
「その忠誠心には、深く感謝いたしますわ。ですが、そんなに固くなっていてはいけません。いざという時に、最高の動きができませんわ。わたくしは、あなたの実力を信頼しています。ですから、あなたは、ご自分の判断を信頼してください」
「はっ、承知いたしました」
レオン様は、私の言葉に短く答えた。その青い瞳に、浮かんでいた戸惑いが消える。彼は、私の言葉の意味を正確に理解した。優秀な人間との、仕事は本当にやりやすい。馬車は、街道を休むことなく走り続ける。窓の外の景色が、刻一刻と変化していく。王都の豊かな緑が、徐々に荒れた土地に変わる。戦争の影響が、こんな場所にも現れていた。しばらくして、今度はレオン様が口を開く。
「リリア様、怖くはないのですか」
「何が、ですの」
「これから、私たちは戦場へ向かうのです。ゲオルグ皇子は、残虐な男だと聞いています。シルダの街が、どのような状況にあるか。リリア様は、まだ四歳とお見受けしますが」
「怖いかどうかと、仕事は別の問題ですわ」
私は、きっぱりと彼の問いを否定した。私が、恐怖を感じても事態は良くならない。それよりも、今ある情報を冷静に分析する。最善の結果を、導き出すことが私の役割だ。それに、私の計算によれば成功率は高い。不安を感じる必要は、どこにもありませんわ。私の、あまりにも冷静な答えに彼は黙る。信じられないものを見る、表情で私を凝視した。
「失礼いたしました。私が、愚かな質問をいたしました。殿下が、あなた様を優れた指揮官だと仰っていた意味が分かりました。このレオン、これよりリリア様の部下として、命を懸けて任務を遂行いたします」
「頼りにしていますわ、レオン様」
彼との間に、確かな信頼が生まれた。アーノルド殿下は、本当に良い人材を選んだ。馬車は、王都を出発して丸一日走った。私たちは、ほとんど休みを取らずに進む。街道沿いの、宿場町も全て通り過ぎた。時間との、勝負であることが分かっている。食料は、すべて馬車の中に積み込んでいた。二日目の夕方、ついにエルドラシアの国境だ。そこには、アーノルド殿下が手配した軍がいる。王国の正規軍が、すでに陣を敷いていた。
ゲオルグ皇子の、侵略の脅威から国境を守る。表向きは、そういう大義名分を掲げている。そして、その国境線のすぐ向かい側を見た。中立地帯の荒野に、広大なキャンプがある。無数のテントが、地平線の先まで続いていた。焚き火の煙が、幾筋も空へと立ち上る。旗印は、炎を吐く恐ろしい竜だ。それは、長男であるゲオルグ皇子の軍勢だ。レオン様が、その光景を見て息をのむ。
「あれが、帝国の軍勢ですか」
その軍隊は、どこか様子がおかしかった。規律という、言葉が全く感じられないのだ。兵士たちは、武器を放り出して座り込む。その姿は、戦士よりも難民の群れに近い。ピップからの、報告通りの悲惨な状況だ。私は、窓の外を見ながら静かに呟いた。
「報告とは、どういうことでしょうか」
「ゲオルグ皇子の軍は、すでに崩壊しています。彼は、私の試験に落ちたのですわ。フランツ皇子に、降伏する道を選びませんでした。代わりに、エルドラシア王国への亡命を選んだのです」
「なっ、亡命ですと」
レオン様が、驚きの声を上げて叫んだ。ピップが、うまく彼らを誘導してくれた。あの軍隊は、もはや帝国の戦力ではない。私たちエルドラシア王国が、守るべき資産だ。私は、馬車の窓から合図の旗を振る。すると、ゲオルグの陣営から誰かが来た。小柄な兵士が、こちらへ素早く駆け寄る。物乞いの少年に、変装したピップの姿だ。彼は、馬車の窓にひょいとぶら下がった。レオン様が、驚いて剣に手をかけようとする。
「レオン様、味方ですわ。私の、大事な仲間です」
私が制すると、レオン様は剣から手を離した。ピップは、ニヤリと笑って状況を報告する。
「よう、ボス。待ってたぜ。ボスの、筋書き通りに進んでいる。ゲオルグの奴は、完全にパニック状態だ。フランツ皇子から、降伏勧告が届いたからな。そこに、俺が救いの手をささやいた。エルドラシアだけが、お前の命を救えると。そしたら、あっさりこちらに寝返ったぜ。今頃、陣営の奥で震えながら待っている」
「ご苦労様、ピップ。完璧な仕事ね」
「それで、あの軍隊はどうするんだ。何万人も、兵士がいるけれどな」
「レオン様、指示を出してください」
私は、護衛の騎士に向き直って命じる。すぐに、国境の部隊へ伝令を送るのだ。あの者たちは、もはや敵ではありません。ゲオルグ皇子の、圧政から逃れた難民だ。彼らを、ガルディナの難民として保護しなさい。レオン様が、驚愕の表情で聞き返した。
「難民として、保護するのですか」
「ええ、武器は全て取り上げてください。ですが、食料と毛布を与えて保護します。もちろん、その費用はアークライト家が持つ。そのように、伝えて構いませんわ」
「し、しかし、リリア様。それほどの人数を収容するのは困難では」
「これは、未来への投資ですわ。彼らを、ここで手厚く扱うのです。それが、王国の慈悲深さを宣伝することになる。それに、彼らはただの難民ではありません。元は、帝国最強と言われた軍隊の男たち。労働力として、これほど優秀な資産はないわ。いずれ、アークライト領の開拓で働いてもらう」
私の冷徹な、計算に二人は言葉を失う。レオン様は、すぐに私の意図を理解した。彼は、馬上の部下の一人に力強く命じる。
「聞いたか。ただちに、全軍に伝達せよ。リリア・アークライト様の、ご命令である。国境の者たちは、難民として保護せよ」
部下は、敬礼すると馬を飛ばして去る。これで、ゲオルグ皇子の問題は終わった。残るは、次男のルドヴィーク皇子だけだ。彼も、リラの誘導で財産を移している。もはや、フランツ皇子の敵ではないだろう。ピップには、ここに残って誘導を頼んだ。バルガスとリラも、間もなく到着する。彼らと、合流してキャンプを指揮しなさい。ピップは、楽しそうに笑って闇へと消えた。
「レオン様、私たちは先を急ぎます。目的地は、シルダの街ですわ」
「はっ、承知いたしました」
レオン様は、完全に私の部下として動く。馬車は、崩壊した陣営を横切り進んだ。中立都市シルダへと、続く道に入る。そこから先の道は、まさに地獄だった。ゲオルグ皇子の、軍隊が通った後なのだ。街道沿いの、村々は例外なく焼かれている。黒く焦げた、家の残骸がどこまでも続く。荒らされた畑には、何も残っていない。人の姿は、どこにも見当たらなかった。逃げ遅れた、家畜の骸が転がっている。
「これが、ゲオルグ皇子の略奪ですか」
レオン様が、苦々しげな表情で呟いた。馬車の中の、空気は重く沈んでいる。私は、何も言わずにその光景を見る。これが、戦争というものの現実なのだ。力だけを、信じる者がもたらす結末だ。前世では、数字でしか見ていなかった損失。それが、今、目の前にある事実として迫る。胸の奥が、冷たく痛むのを感じた。これは、怒りなのか哀れみなのか。私には、まだ判断がつかなかった。
やがて、夕闇が迫る頃だった。私たちの、目の前に大きな城壁が見える。中立都市シルダの、立派な外壁だった。しかし、その姿もひどいものだった。城壁の一部は、大きく崩れ落ちている。堅固だった、はずの城門は破壊された。門の上には、竜の旗がひるがえる。だが、街を守る兵士は一人もいない。街は、すでに占領され尽くされた後だ。
「物音一つ、聞こえませんな」
レオン様が、警戒するように周囲を伺う。街からは、生活の音が一切消えていた。生き物の、気配が全く感じられないのだ。まるで、死の街のような不気味さだ。私たちは、馬車を降りて城門をくぐる。街の中は、想像を絶する光景だった。建物は、ことごとく破壊されて火が放たれた。道には、瓦礫が散乱して死体が転がる。彼らは、もう二度と動くことはない。
「ひどい、これが人間のやることか」
レオン様が、こらえきれずに呟いた。その手は、怒りのために震えている。私は、唇を強く噛みしめて耐えた。ゲオルグ皇子は、最悪の悪役を演じた。これほどの、残虐行為は許されない。これなら、私の次の手が効果を増す。フランツ皇子、あなたの出番ですわ。この絶望の、淵に救世主として現れなさい。私は、心の中でそう呟いた。
「レオン様、生存者を探しますわ。そして、すぐにアーノルド殿下へ使いを。シルダは、地獄と化してしまった。だが、救いの光は間もなく訪れると」
私の冷静な、指示にレオン様は顔を上げた。彼は、この惨状を前にして動く。四歳の、少女の姿に畏敬の念を持つ。
「はっ、ただちに」
私たちは、この死の街で活動を始めた。フランツ皇子を、皇帝にする舞台は整った。そして、その時だった。街の、広場にある教会の残骸を見た。そこから、かすかな物音が聞こえてくる。誰か、生き残りが隠れているらしい。私とレオン様は、顔を見合わせた。音もなく、そちらへ近づいていった。
389
あなたにおすすめの小説
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
魔力ゼロだからと婚約破棄された公爵令嬢、前世の知識で『魔法の公式』を解明してしまいました。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
公爵令嬢のリディアは、生まれつき魔力を持たない『無能』として、家族からも婚約者である第一王子からも虐げられる日々を送っていた。
ある日、絶大な魔力を持つ『聖女』が現れたことで、王子はリディアに婚約破棄を突きつけ、彼女を国外追放処分にする。
失意のどん底で、リディアは自分が理系研究者だった前世の記憶を思い出す。そして、この世界の『魔法』と呼ばれている現象が、前世の化学や物理の法則で説明できることに気づいてしまう。
追放先の辺境の地で、彼女は魔力ではなく『知識』を使い、生活を豊かにする画期的な道具を次々と開発。その技術は『失われた古代魔法』と噂になり、いつしか人々から本物の聖女よりも崇められる存在になっていく。
一方、リディアを追放した王国は、彼女が陰で支えていた魔法インフラが次々と崩壊し、衰退の一途を辿っていた。
獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした
天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:女性HOT3位!】
狼獣人のエリート騎士団長ガロウと番になり、幸せの絶頂だった猫獣人のミミ。しかしある日、ガロウは「真の番が見つかった」と美しい貴族令嬢を連れ帰り、「地味なお前はもう用済みだ」とミミを一方的に追い出してしまう。
家族にも見放され、王都の片隅の食堂で働くミミの前に現れたのは、お忍びで街を訪れていた最強の獣人王・レオンハルトだった。
彼は一目でミミが、数百年ぶりの『運命の番』であることを見抜く。心の傷を負ったミミを、王は包み込むように、そして激しく溺愛していく――。
「もう誰にもお前を傷つけさせない」
一方、ミミを捨てた元夫は後悔の日々を送っていた。そんな彼の元に、次期王妃の披露パーティーの招待状が届く。そこで彼が目にしたのは、獅子王の隣で誰よりも美しく輝く、ミミの姿だった――。
これは、不遇な少女が本当の愛を見つけ、最高に幸せになるまでの逆転溺愛ストーリー。
※気を抜くと読点だらけになることがあるので、読みづらさを感じたら教えてくれるとうれしいです。
祝:女性HOT69位!(2025年8月25日4時05分)
→27位へ!(8/25 19:21)→11位へ!(8/26 22:38)→6位へ!(8月27日 20:01)→3位へ!(8月28日 2:35)
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる