ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)

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第41話 最強軍団の降伏と難民

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王都にある、立派な屋敷の門を馬車でくぐり抜ける。私たちの馬車は、一路シルダの街へと向かった。アーノルド殿下が、用意してくれた特別な馬車だ。見た目こそ、質素な商人の運搬車に見えるだろう。しかし、その性能は、軍事用と言ってもいい。車軸には、揺れを抑えるための特殊な装置がある。それは、熟練の魔導技師が組み込んだらしい。石畳の道から、土の街道へと出た。不快な振動は、ほとんど体に伝わってこない。

私の隣には、アーノルド殿下の護衛騎士が座る。レオン様という、三十代前半の屈強な男だ。短く刈り込んだ、金髪が太陽の光を反射する。厳しく鍛えられた、体つきは鋼のように硬い。その青い瞳は、常に車窓の外を警戒している。彼は、隙のない王宮騎士団の鑑そのものだ。馬車が揺れるたびに、彼の鎧が小さく鳴る。私は、そんな彼を横目で見ながら資料を読む。手元の資料には、ガルディナ帝国の情報がある。それは、私がまとめた最新の機密報告書だ。ゼロ兄様が、張り巡らせた情報網から得た。

ゲオルグ皇子と、ルドヴィーク皇子の軍隊。それらの、詳しい配置が地図に記されている。彼らの支配下にある、街の経済状況も書いた。数字の羅列が、帝国の崩壊を物語っている。フェンとノクスは、私の足元で丸まった。二匹は、マントの下で気配を消している。レオン様は、まだ二匹の存在に気づかない。彼らには、私の切り札として隠れてもらう。ぎりぎりの瞬間まで、正体を見せるつもりはない。馬車の中は、物音一つしない空間だった。

聞こえるのは、馬の蹄が地面を叩く音だ。車輪が、回る音だけが規則正しく響いている。レオン様は、任務に忠実な騎士だ。私に、無駄な話しかけをしてくることはない。だが、彼の視線が時折私に向けられている。四歳の子供が、なぜ殿下の隣にいるのか。この子供が、本当に帝国の内乱を左右するのか。彼の心中は、そんな疑念でいっぱいだろう。無理もないが、私でも同じことを思う。私は、資料から顔を上げずに声をかけた。

「レオン様、そんなに緊張なさらないでください。私は、あなたを食べるつもりはありませんわ」

私の声に、彼の肩がわずかに跳ねた。私の、子供らしからぬ冗談に彼は驚く。真面目な顔を、わずかに赤くして彼は答えた。

「も、申し訳ありません。殿下より、リリア様の護衛は最重要任務であると伺っておりました」

「その忠誠心には、深く感謝いたしますわ。ですが、そんなに固くなっていてはいけません。いざという時に、最高の動きができませんわ。わたくしは、あなたの実力を信頼しています。ですから、あなたは、ご自分の判断を信頼してください」

「はっ、承知いたしました」

レオン様は、私の言葉に短く答えた。その青い瞳に、浮かんでいた戸惑いが消える。彼は、私の言葉の意味を正確に理解した。優秀な人間との、仕事は本当にやりやすい。馬車は、街道を休むことなく走り続ける。窓の外の景色が、刻一刻と変化していく。王都の豊かな緑が、徐々に荒れた土地に変わる。戦争の影響が、こんな場所にも現れていた。しばらくして、今度はレオン様が口を開く。

「リリア様、怖くはないのですか」

「何が、ですの」

「これから、私たちは戦場へ向かうのです。ゲオルグ皇子は、残虐な男だと聞いています。シルダの街が、どのような状況にあるか。リリア様は、まだ四歳とお見受けしますが」

「怖いかどうかと、仕事は別の問題ですわ」

私は、きっぱりと彼の問いを否定した。私が、恐怖を感じても事態は良くならない。それよりも、今ある情報を冷静に分析する。最善の結果を、導き出すことが私の役割だ。それに、私の計算によれば成功率は高い。不安を感じる必要は、どこにもありませんわ。私の、あまりにも冷静な答えに彼は黙る。信じられないものを見る、表情で私を凝視した。

「失礼いたしました。私が、愚かな質問をいたしました。殿下が、あなた様を優れた指揮官だと仰っていた意味が分かりました。このレオン、これよりリリア様の部下として、命を懸けて任務を遂行いたします」

「頼りにしていますわ、レオン様」

彼との間に、確かな信頼が生まれた。アーノルド殿下は、本当に良い人材を選んだ。馬車は、王都を出発して丸一日走った。私たちは、ほとんど休みを取らずに進む。街道沿いの、宿場町も全て通り過ぎた。時間との、勝負であることが分かっている。食料は、すべて馬車の中に積み込んでいた。二日目の夕方、ついにエルドラシアの国境だ。そこには、アーノルド殿下が手配した軍がいる。王国の正規軍が、すでに陣を敷いていた。

ゲオルグ皇子の、侵略の脅威から国境を守る。表向きは、そういう大義名分を掲げている。そして、その国境線のすぐ向かい側を見た。中立地帯の荒野に、広大なキャンプがある。無数のテントが、地平線の先まで続いていた。焚き火の煙が、幾筋も空へと立ち上る。旗印は、炎を吐く恐ろしい竜だ。それは、長男であるゲオルグ皇子の軍勢だ。レオン様が、その光景を見て息をのむ。

「あれが、帝国の軍勢ですか」

その軍隊は、どこか様子がおかしかった。規律という、言葉が全く感じられないのだ。兵士たちは、武器を放り出して座り込む。その姿は、戦士よりも難民の群れに近い。ピップからの、報告通りの悲惨な状況だ。私は、窓の外を見ながら静かに呟いた。

「報告とは、どういうことでしょうか」

「ゲオルグ皇子の軍は、すでに崩壊しています。彼は、私の試験に落ちたのですわ。フランツ皇子に、降伏する道を選びませんでした。代わりに、エルドラシア王国への亡命を選んだのです」

「なっ、亡命ですと」

レオン様が、驚きの声を上げて叫んだ。ピップが、うまく彼らを誘導してくれた。あの軍隊は、もはや帝国の戦力ではない。私たちエルドラシア王国が、守るべき資産だ。私は、馬車の窓から合図の旗を振る。すると、ゲオルグの陣営から誰かが来た。小柄な兵士が、こちらへ素早く駆け寄る。物乞いの少年に、変装したピップの姿だ。彼は、馬車の窓にひょいとぶら下がった。レオン様が、驚いて剣に手をかけようとする。

「レオン様、味方ですわ。私の、大事な仲間です」

私が制すると、レオン様は剣から手を離した。ピップは、ニヤリと笑って状況を報告する。

「よう、ボス。待ってたぜ。ボスの、筋書き通りに進んでいる。ゲオルグの奴は、完全にパニック状態だ。フランツ皇子から、降伏勧告が届いたからな。そこに、俺が救いの手をささやいた。エルドラシアだけが、お前の命を救えると。そしたら、あっさりこちらに寝返ったぜ。今頃、陣営の奥で震えながら待っている」

「ご苦労様、ピップ。完璧な仕事ね」

「それで、あの軍隊はどうするんだ。何万人も、兵士がいるけれどな」

「レオン様、指示を出してください」

私は、護衛の騎士に向き直って命じる。すぐに、国境の部隊へ伝令を送るのだ。あの者たちは、もはや敵ではありません。ゲオルグ皇子の、圧政から逃れた難民だ。彼らを、ガルディナの難民として保護しなさい。レオン様が、驚愕の表情で聞き返した。

「難民として、保護するのですか」

「ええ、武器は全て取り上げてください。ですが、食料と毛布を与えて保護します。もちろん、その費用はアークライト家が持つ。そのように、伝えて構いませんわ」

「し、しかし、リリア様。それほどの人数を収容するのは困難では」

「これは、未来への投資ですわ。彼らを、ここで手厚く扱うのです。それが、王国の慈悲深さを宣伝することになる。それに、彼らはただの難民ではありません。元は、帝国最強と言われた軍隊の男たち。労働力として、これほど優秀な資産はないわ。いずれ、アークライト領の開拓で働いてもらう」

私の冷徹な、計算に二人は言葉を失う。レオン様は、すぐに私の意図を理解した。彼は、馬上の部下の一人に力強く命じる。

「聞いたか。ただちに、全軍に伝達せよ。リリア・アークライト様の、ご命令である。国境の者たちは、難民として保護せよ」

部下は、敬礼すると馬を飛ばして去る。これで、ゲオルグ皇子の問題は終わった。残るは、次男のルドヴィーク皇子だけだ。彼も、リラの誘導で財産を移している。もはや、フランツ皇子の敵ではないだろう。ピップには、ここに残って誘導を頼んだ。バルガスとリラも、間もなく到着する。彼らと、合流してキャンプを指揮しなさい。ピップは、楽しそうに笑って闇へと消えた。

「レオン様、私たちは先を急ぎます。目的地は、シルダの街ですわ」

「はっ、承知いたしました」

レオン様は、完全に私の部下として動く。馬車は、崩壊した陣営を横切り進んだ。中立都市シルダへと、続く道に入る。そこから先の道は、まさに地獄だった。ゲオルグ皇子の、軍隊が通った後なのだ。街道沿いの、村々は例外なく焼かれている。黒く焦げた、家の残骸がどこまでも続く。荒らされた畑には、何も残っていない。人の姿は、どこにも見当たらなかった。逃げ遅れた、家畜の骸が転がっている。

「これが、ゲオルグ皇子の略奪ですか」

レオン様が、苦々しげな表情で呟いた。馬車の中の、空気は重く沈んでいる。私は、何も言わずにその光景を見る。これが、戦争というものの現実なのだ。力だけを、信じる者がもたらす結末だ。前世では、数字でしか見ていなかった損失。それが、今、目の前にある事実として迫る。胸の奥が、冷たく痛むのを感じた。これは、怒りなのか哀れみなのか。私には、まだ判断がつかなかった。

やがて、夕闇が迫る頃だった。私たちの、目の前に大きな城壁が見える。中立都市シルダの、立派な外壁だった。しかし、その姿もひどいものだった。城壁の一部は、大きく崩れ落ちている。堅固だった、はずの城門は破壊された。門の上には、竜の旗がひるがえる。だが、街を守る兵士は一人もいない。街は、すでに占領され尽くされた後だ。

「物音一つ、聞こえませんな」

レオン様が、警戒するように周囲を伺う。街からは、生活の音が一切消えていた。生き物の、気配が全く感じられないのだ。まるで、死の街のような不気味さだ。私たちは、馬車を降りて城門をくぐる。街の中は、想像を絶する光景だった。建物は、ことごとく破壊されて火が放たれた。道には、瓦礫が散乱して死体が転がる。彼らは、もう二度と動くことはない。

「ひどい、これが人間のやることか」

レオン様が、こらえきれずに呟いた。その手は、怒りのために震えている。私は、唇を強く噛みしめて耐えた。ゲオルグ皇子は、最悪の悪役を演じた。これほどの、残虐行為は許されない。これなら、私の次の手が効果を増す。フランツ皇子、あなたの出番ですわ。この絶望の、淵に救世主として現れなさい。私は、心の中でそう呟いた。

「レオン様、生存者を探しますわ。そして、すぐにアーノルド殿下へ使いを。シルダは、地獄と化してしまった。だが、救いの光は間もなく訪れると」

私の冷静な、指示にレオン様は顔を上げた。彼は、この惨状を前にして動く。四歳の、少女の姿に畏敬の念を持つ。

「はっ、ただちに」

私たちは、この死の街で活動を始めた。フランツ皇子を、皇帝にする舞台は整った。そして、その時だった。街の、広場にある教会の残骸を見た。そこから、かすかな物音が聞こえてくる。誰か、生き残りが隠れているらしい。私とレオン様は、顔を見合わせた。音もなく、そちらへ近づいていった。
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