ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

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第42話 演出された救世主と傀儡の契約

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崩れかけた教会の、重い扉を押し開ける。中は、薄暗く埃っぽい匂いで満ちていた。割れた、ステンドグラスから月光が差す。それが、祭壇の前にいる人々を照らした。ぼんやりとした、影がいくつも揺れている。

「誰だ、そこを動くな」

鋭い声と、共に数人の男が立った。彼らは、ボロボロの服装で武器を構える。しかし、その構えには隙がなかった。彼らは、シルダを守っていた兵士だろう。その背後には、怯えた表情の民がいる。女子供や、老人が身を寄せ合っていた。私は、前に進み出ようと足を動かす。しかし、レオン様がそれを手で止めた。

「リリア様、お下がりください。ここは、私にお任せを」

レオン様は、ゆっくりと一歩前へ進む。その両手は、武器を持っていない。敵意がないことを、身をもって示している。

「我々は、エルドラシア王国の者だ。アーノルド殿下からの、使者として参った」

「エルドラシア王国だと、本当か」

兵士たちの、リーダーらしい男が言った。片目の男は、疑わしげに私たちを睨む。なぜ、今ごろ我らの前に現れたのか。ゲオルグ皇子の、暴挙を見て見ぬふりをした。彼の声には、深い絶望がこもっている。

「我々も、事態を知ったのは先ほどだ。だが、もはやゲオルグの脅威はない」

レオン様は、きっぱりとした声で告げた。

「何、だと」

「彼の軍隊は、すでに王国の国境で降伏した。彼が、この街で行った行いも知っている。アーノルド殿下は、深く心を痛めておられる」

「信じられん、嘘をつくな」

片目の男は、それでも疑うのをやめない。

「信じる信じないは、あなた方の自由です」

私は、レオン様の後ろから静かに言った。私の幼い、姿を見て兵士たちが驚く。私たちは、あなた方を助けに来たのです。このシルダの、絶望を希望に変えるために。

「助けるだと、小娘が何を言う」

片目の男が、鼻で笑おうとした。その時、教会の外から地響きがした。大きな音が、こちらへ近づいてくる。

「な、なんだ、敵の残党か」

「まさか、ゲオルグの軍が戻ったのか」

兵士たちが、再び武器を構えて身構える。教会の外が、急に明るくなった。無数の、松明の光が窓から入る。荷馬車が、ガラガラと近づく音がした。

「来たようですね、約束の時間です」

私は、静かに呟いて笑みを浮かべた。レオン様、彼らを外へ案内してください。レオン様は、片目の男に向き直る。恐れることは、ないと言葉をかけた。あれは、我々の仲間が運んできた。あなた方に、届ける物資が到着したのだ。レオン様に、促されて人々が外へ出る。そして、目の前の光景に絶句した。

街の広場は、松明の光で輝いている。昼間のような、明るさがそこにはあった。見たこともない、数の荷馬車が並ぶ。荷台には、小麦粉の袋が積まれていた。干し肉の、塊や薬の木箱もある。山のような、物資が広場を埋め尽くした。その一団を、率いるのはバルガスたちだ。リラとピップも、そこには並んでいる。彼らは、完璧なタイミングで到着した。

「こ、これは、一体どういうことだ」

片目の男が、呆然と口を開けた。

「シルダの、市民の皆さん聞いてください」

私は、荷馬車の上によじ登って叫んだ。集まった人々に、聞こえるように声を張る。あなた方の、苦しみはもう終わりました。私たちは、あなた方を救いに来たのです。

「食料だ、本物の食料があるぞ」

「水も薬も、こんなにたくさんある」

誰かが、歓喜の声を上げて叫んだ。人々は、一斉に荷馬車へ駆け寄る。彼らは、何日も空腹に耐えていた。その目は、飢えのためにぎらついている。

「待ちなさい、勝手に動いてはならん」

レオン様が、剣を抜いて前に立った。この物資は、我々が用意したのではない。レオン様の、言葉に人々は足を止める。

「この食料と薬は、フランツ皇子からの贈り物だ。ガルディナ帝国の、三男であるお方だ」

レオン様の、高らかな声が広場に響く。人々は一瞬、何を言われたか悩んだ。フランツ皇子とは、あの病弱な方か。そんな声が、あちこちから漏れ聞こえる。

「そうだ、その通りだ」

レオン様は、芝居がかった様子で続けた。フランツ皇子殿下は、兄の非道を悲しまれた。そして、苦しむ民を救おうとされた。自らの、財産を全て投げ打ったのだ。我ら王国は、その慈悲に感動した。この物資を、届ける手伝いをしただけだ。レオン様の、完璧な演説が人々の心を打つ。アーノルド殿下の、部下は本当に多才だ。

レオン様の、言葉を聞いた人々は震えた。目の前には、確かに救いの手がある。その事実は、何よりも重い真実だった。

「おお、フランツ皇子様が私たちを」

「我々を、見捨ててはいなかったのだ」

「ゲオルグが奪い、フランツ様が与えた」

誰からともなく、そんな声が上がり始める。それは、大きな感動の波となって広がる。人々は、地面にひざまずいて涙を流した。まだ見ぬ皇子の、名前を叫び始めたのだ。

「フランツ皇子様、万歳」

「我らが、真の皇帝陛下だ」

その熱狂は、すさまじい勢いで広まった。暴力で奪う兄と、与えてくれる弟。民衆が、どちらを選ぶかは明白だった。フランツの名は、救世主そのものとなった。私は、その光景を上から見下ろした。計画以上の、成果に満足して頷く。全ては、私の描いたシナリオ通りだ。バルガスたちが、食料の配給を開始する。

温かいスープと、パンが配られていく。それを手にした、人々は泣いて食べた。怪我人には、リラが薬を塗って歩く。ピップは、子供たちを芸で笑わせていた。地獄のような、街に温もりが戻っていく。

「リリア様、申し訳ありませんでした」

片目の男が、私の元へやってきた。彼は、シルダの警備隊長だと名乗った。私の前に、深く頭を下げて謝罪する。このご恩は、一生忘れないと彼は誓った。

「顔を上げてください、礼なら皇子へ」

私は、にっこりと微笑んで彼を促した。

「はい、我らシルダの民は誓います。フランツ皇子殿下こそ、忠誠を捧げる相手だ。我らも、殿下のために戦いたいのです。その道筋を、どうかお示しください」

片目の男の、瞳には強い意志があった。救世主のために、命を懸けるという炎だ。私は、シルダの兵士という戦力を得た。

「ええ、もちろん、その力を借りますわ」

「ですが、その前にすることがあります。あなた方には、まず真実を伝えてほしい。帝国の、民衆にこの惨状を伝えるのです」

「真実、ですと」

「はい、シルダで何が起きたかを伝えて。ゲオルグ皇子が、どのような非道をしたか。そして、フランツ皇子が何をされたか。それを、あなた方の口から広めてほしいの」

「承知いたしました、我らが証人となります」

片目の男は、力強く私に頷いた。これで、情報操作の強力な駒が揃う。私の計画は、完璧に回り始めたのだ。だが、私はまだ満足してはいなかった。この熱狂を、決定的な瞬間に変える。主役の登場を、演出しなければならない。私は、馬車に戻ってゼロ兄様に命じた。

「兄様、鷹ノ巣城へ使いを出してください。フランツ皇子に、舞台は整ったと伝えて。救世主の、ご登場をお待ちしておりますわ」

「フン、分かった、面白いことになりそうだ」

ゼロ兄様は、笑うと闇の中へ消えた。三日後、フランツ皇子がシルダに到着した。彼は、クーノ卿とわずかな供を連れる。彼が、城門をくぐった瞬間に地鳴りがした。街中の、人々が道にひざまずいて迎える。その中には、降伏した元敵兵の姿もある。彼らも、フランツの慈悲を聞いて忠誠を誓う。

「フランツ皇子様、万歳」

「我らが皇帝陛下、万歳」

歓声が、街の建物を激しく揺らした。フランツ皇子は、その光景に立ち尽くした。彼も、これほどの歓迎は予想外だった。彼の青白い、顔が感動で赤く染まる。彼は、馬から降りて人々の中へ歩いた。年老いた、女性の手をそっと取る。

「顔を上げてくれ、私は皇帝ではない。あなた方と、同じ痛みを分かち合う人間だ。兄が、与えた苦しみを私が償いたい」

彼は、そう言って深く頭を下げた。その謙虚な、姿に人々はさらに打たれる。涙を流し、彼への忠誠を改めて叫ぶ。ゲオルグの武力も、ルドヴィークの財力も。民衆の支持の前には、無力でしかない。私は、その光景を教会の窓から見た。隣には、アーノルド殿下が立っている。彼も、この歴史的瞬間を見るため来た。

「リリア、君は恐ろしい子供だな」

殿下が、感心したように私へ呟いた。君は、たった数日で皇子を救世主にした。この光景を見れば、帝国の勝敗は決まった。

「はい、ですが殿下、まだ終わりません。フランツ皇子は、名分を手に入れました。ですが、実利はまだ私たちの手にあります。彼が、本当のパートナーになるための交渉。それが、最後に残っていますもの」

私の言葉に、アーノルド殿下は笑った。そうだったな、では挨拶に行こうか。我らが、未来の皇帝陛下に会いに。私たち二人は、顔を見合わせて笑った。帝国の運命を、操る共犯者として。広場での、対面が終わった後のことだ。私たちは、市庁舎の一室に集まっていた。この部屋には、選ばれた四人しかいない。フランツ皇子は、まだ興奮した様子だった。

「リリア殿、このご恩を忘れません」

フランツ皇子が、深く頭を下げようとした。

「おやめください、フランツ殿下」

アーノルド殿下が、それを冷静に制した。我々は、対等なパートナーなのですから。

「ですが、あなた方は私に全てをくれた。民衆の支持も、物資も希望もです」

「ええ、差し上げましたわ」

私は、そこで彼の言葉を遮った。部屋の、空気が一瞬で凍りつく。ですが、それは全て私たちを介したもの。そのことを、決してお忘れなきよう。私の、冷たい言葉に皇子の顔が引きつる。

「フランツ殿下、あなたは武器を得ました。ですが、その武器は私たちが作ったもの。私たちが、それを引き上げれば消える蜃気楼。その支持は、一瞬で消える砂上の楼閣です」

「なっ、貴様」

クーノ卿が、怒りに顔を真っ赤にした。

「落ち着け、クーノ、彼女の言う通りだ」

フランツ皇子が、部下を冷静に制止した。私は、まだ何も成し遂げてはいない。それで、君たちの本当の要求は何だ。さすがは、賢い狼だと感心した。彼は、私の意図を正確に読み取った。私は、懐から羊皮紙を取り出して置く。それは、昨夜のうちに作成した契約書だ。

「私たちが、あなたを皇帝として認める条件。帝国は、王国と百年間の不可侵を結びます。さらに、国境の管理権は共同とする」

私は、そこで一度言葉を止めた。我が、アークライト家が開発したポーション。虹色の涙の、独占販売権を頂戴します。

「なっ、独占販売権だと」

フランツ皇子が、驚きに目を見開いた。それは、国の医療を握らせるという意味か。人聞きの、悪いことを仰らないでください。私たちは、民を病から救いたいだけです。適正な、価格で販売し利益を得る。その利益で、さらに良い薬を開発する。これは、両国に利益がある取引ですわ。フランツ皇子は、歯を食いしばって耐えた。

彼は、完全に理解したようだった。私たちが、彼に救世主の首輪をつけた。民衆の支持と、奇跡の薬の供給元。その両方を、私たちがコントロールする。彼は、玉座で踊る操り人形になる。皇子は、しばらく契約書を睨んでいた。その顔には、屈辱の色が濃く浮かぶ。しかし、彼に拒否権は存在しなかった。

「分かった、その契約を飲もう」

「ご賢察、痛み入りますわ」

私は、満足げな笑みを浮かべて頷いた。フランツ皇子が、震える手で署名をする。その瞬間、帝国は私たちの支配下に入った。全ては、私の計算通りに進んだのだ。私は、莫大な富と権力を手に入れた。さて、帝国の問題はこれで解決したわね。私は、領地の次の計画を考え始めた。
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