42 / 50
第42話 演出された救世主と傀儡の契約
しおりを挟む
崩れかけた教会の、重い扉を押し開ける。中は、薄暗く埃っぽい匂いで満ちていた。割れた、ステンドグラスから月光が差す。それが、祭壇の前にいる人々を照らした。ぼんやりとした、影がいくつも揺れている。
「誰だ、そこを動くな」
鋭い声と、共に数人の男が立った。彼らは、ボロボロの服装で武器を構える。しかし、その構えには隙がなかった。彼らは、シルダを守っていた兵士だろう。その背後には、怯えた表情の民がいる。女子供や、老人が身を寄せ合っていた。私は、前に進み出ようと足を動かす。しかし、レオン様がそれを手で止めた。
「リリア様、お下がりください。ここは、私にお任せを」
レオン様は、ゆっくりと一歩前へ進む。その両手は、武器を持っていない。敵意がないことを、身をもって示している。
「我々は、エルドラシア王国の者だ。アーノルド殿下からの、使者として参った」
「エルドラシア王国だと、本当か」
兵士たちの、リーダーらしい男が言った。片目の男は、疑わしげに私たちを睨む。なぜ、今ごろ我らの前に現れたのか。ゲオルグ皇子の、暴挙を見て見ぬふりをした。彼の声には、深い絶望がこもっている。
「我々も、事態を知ったのは先ほどだ。だが、もはやゲオルグの脅威はない」
レオン様は、きっぱりとした声で告げた。
「何、だと」
「彼の軍隊は、すでに王国の国境で降伏した。彼が、この街で行った行いも知っている。アーノルド殿下は、深く心を痛めておられる」
「信じられん、嘘をつくな」
片目の男は、それでも疑うのをやめない。
「信じる信じないは、あなた方の自由です」
私は、レオン様の後ろから静かに言った。私の幼い、姿を見て兵士たちが驚く。私たちは、あなた方を助けに来たのです。このシルダの、絶望を希望に変えるために。
「助けるだと、小娘が何を言う」
片目の男が、鼻で笑おうとした。その時、教会の外から地響きがした。大きな音が、こちらへ近づいてくる。
「な、なんだ、敵の残党か」
「まさか、ゲオルグの軍が戻ったのか」
兵士たちが、再び武器を構えて身構える。教会の外が、急に明るくなった。無数の、松明の光が窓から入る。荷馬車が、ガラガラと近づく音がした。
「来たようですね、約束の時間です」
私は、静かに呟いて笑みを浮かべた。レオン様、彼らを外へ案内してください。レオン様は、片目の男に向き直る。恐れることは、ないと言葉をかけた。あれは、我々の仲間が運んできた。あなた方に、届ける物資が到着したのだ。レオン様に、促されて人々が外へ出る。そして、目の前の光景に絶句した。
街の広場は、松明の光で輝いている。昼間のような、明るさがそこにはあった。見たこともない、数の荷馬車が並ぶ。荷台には、小麦粉の袋が積まれていた。干し肉の、塊や薬の木箱もある。山のような、物資が広場を埋め尽くした。その一団を、率いるのはバルガスたちだ。リラとピップも、そこには並んでいる。彼らは、完璧なタイミングで到着した。
「こ、これは、一体どういうことだ」
片目の男が、呆然と口を開けた。
「シルダの、市民の皆さん聞いてください」
私は、荷馬車の上によじ登って叫んだ。集まった人々に、聞こえるように声を張る。あなた方の、苦しみはもう終わりました。私たちは、あなた方を救いに来たのです。
「食料だ、本物の食料があるぞ」
「水も薬も、こんなにたくさんある」
誰かが、歓喜の声を上げて叫んだ。人々は、一斉に荷馬車へ駆け寄る。彼らは、何日も空腹に耐えていた。その目は、飢えのためにぎらついている。
「待ちなさい、勝手に動いてはならん」
レオン様が、剣を抜いて前に立った。この物資は、我々が用意したのではない。レオン様の、言葉に人々は足を止める。
「この食料と薬は、フランツ皇子からの贈り物だ。ガルディナ帝国の、三男であるお方だ」
レオン様の、高らかな声が広場に響く。人々は一瞬、何を言われたか悩んだ。フランツ皇子とは、あの病弱な方か。そんな声が、あちこちから漏れ聞こえる。
「そうだ、その通りだ」
レオン様は、芝居がかった様子で続けた。フランツ皇子殿下は、兄の非道を悲しまれた。そして、苦しむ民を救おうとされた。自らの、財産を全て投げ打ったのだ。我ら王国は、その慈悲に感動した。この物資を、届ける手伝いをしただけだ。レオン様の、完璧な演説が人々の心を打つ。アーノルド殿下の、部下は本当に多才だ。
レオン様の、言葉を聞いた人々は震えた。目の前には、確かに救いの手がある。その事実は、何よりも重い真実だった。
「おお、フランツ皇子様が私たちを」
「我々を、見捨ててはいなかったのだ」
「ゲオルグが奪い、フランツ様が与えた」
誰からともなく、そんな声が上がり始める。それは、大きな感動の波となって広がる。人々は、地面にひざまずいて涙を流した。まだ見ぬ皇子の、名前を叫び始めたのだ。
「フランツ皇子様、万歳」
「我らが、真の皇帝陛下だ」
その熱狂は、すさまじい勢いで広まった。暴力で奪う兄と、与えてくれる弟。民衆が、どちらを選ぶかは明白だった。フランツの名は、救世主そのものとなった。私は、その光景を上から見下ろした。計画以上の、成果に満足して頷く。全ては、私の描いたシナリオ通りだ。バルガスたちが、食料の配給を開始する。
温かいスープと、パンが配られていく。それを手にした、人々は泣いて食べた。怪我人には、リラが薬を塗って歩く。ピップは、子供たちを芸で笑わせていた。地獄のような、街に温もりが戻っていく。
「リリア様、申し訳ありませんでした」
片目の男が、私の元へやってきた。彼は、シルダの警備隊長だと名乗った。私の前に、深く頭を下げて謝罪する。このご恩は、一生忘れないと彼は誓った。
「顔を上げてください、礼なら皇子へ」
私は、にっこりと微笑んで彼を促した。
「はい、我らシルダの民は誓います。フランツ皇子殿下こそ、忠誠を捧げる相手だ。我らも、殿下のために戦いたいのです。その道筋を、どうかお示しください」
片目の男の、瞳には強い意志があった。救世主のために、命を懸けるという炎だ。私は、シルダの兵士という戦力を得た。
「ええ、もちろん、その力を借りますわ」
「ですが、その前にすることがあります。あなた方には、まず真実を伝えてほしい。帝国の、民衆にこの惨状を伝えるのです」
「真実、ですと」
「はい、シルダで何が起きたかを伝えて。ゲオルグ皇子が、どのような非道をしたか。そして、フランツ皇子が何をされたか。それを、あなた方の口から広めてほしいの」
「承知いたしました、我らが証人となります」
片目の男は、力強く私に頷いた。これで、情報操作の強力な駒が揃う。私の計画は、完璧に回り始めたのだ。だが、私はまだ満足してはいなかった。この熱狂を、決定的な瞬間に変える。主役の登場を、演出しなければならない。私は、馬車に戻ってゼロ兄様に命じた。
「兄様、鷹ノ巣城へ使いを出してください。フランツ皇子に、舞台は整ったと伝えて。救世主の、ご登場をお待ちしておりますわ」
「フン、分かった、面白いことになりそうだ」
ゼロ兄様は、笑うと闇の中へ消えた。三日後、フランツ皇子がシルダに到着した。彼は、クーノ卿とわずかな供を連れる。彼が、城門をくぐった瞬間に地鳴りがした。街中の、人々が道にひざまずいて迎える。その中には、降伏した元敵兵の姿もある。彼らも、フランツの慈悲を聞いて忠誠を誓う。
「フランツ皇子様、万歳」
「我らが皇帝陛下、万歳」
歓声が、街の建物を激しく揺らした。フランツ皇子は、その光景に立ち尽くした。彼も、これほどの歓迎は予想外だった。彼の青白い、顔が感動で赤く染まる。彼は、馬から降りて人々の中へ歩いた。年老いた、女性の手をそっと取る。
「顔を上げてくれ、私は皇帝ではない。あなた方と、同じ痛みを分かち合う人間だ。兄が、与えた苦しみを私が償いたい」
彼は、そう言って深く頭を下げた。その謙虚な、姿に人々はさらに打たれる。涙を流し、彼への忠誠を改めて叫ぶ。ゲオルグの武力も、ルドヴィークの財力も。民衆の支持の前には、無力でしかない。私は、その光景を教会の窓から見た。隣には、アーノルド殿下が立っている。彼も、この歴史的瞬間を見るため来た。
「リリア、君は恐ろしい子供だな」
殿下が、感心したように私へ呟いた。君は、たった数日で皇子を救世主にした。この光景を見れば、帝国の勝敗は決まった。
「はい、ですが殿下、まだ終わりません。フランツ皇子は、名分を手に入れました。ですが、実利はまだ私たちの手にあります。彼が、本当のパートナーになるための交渉。それが、最後に残っていますもの」
私の言葉に、アーノルド殿下は笑った。そうだったな、では挨拶に行こうか。我らが、未来の皇帝陛下に会いに。私たち二人は、顔を見合わせて笑った。帝国の運命を、操る共犯者として。広場での、対面が終わった後のことだ。私たちは、市庁舎の一室に集まっていた。この部屋には、選ばれた四人しかいない。フランツ皇子は、まだ興奮した様子だった。
「リリア殿、このご恩を忘れません」
フランツ皇子が、深く頭を下げようとした。
「おやめください、フランツ殿下」
アーノルド殿下が、それを冷静に制した。我々は、対等なパートナーなのですから。
「ですが、あなた方は私に全てをくれた。民衆の支持も、物資も希望もです」
「ええ、差し上げましたわ」
私は、そこで彼の言葉を遮った。部屋の、空気が一瞬で凍りつく。ですが、それは全て私たちを介したもの。そのことを、決してお忘れなきよう。私の、冷たい言葉に皇子の顔が引きつる。
「フランツ殿下、あなたは武器を得ました。ですが、その武器は私たちが作ったもの。私たちが、それを引き上げれば消える蜃気楼。その支持は、一瞬で消える砂上の楼閣です」
「なっ、貴様」
クーノ卿が、怒りに顔を真っ赤にした。
「落ち着け、クーノ、彼女の言う通りだ」
フランツ皇子が、部下を冷静に制止した。私は、まだ何も成し遂げてはいない。それで、君たちの本当の要求は何だ。さすがは、賢い狼だと感心した。彼は、私の意図を正確に読み取った。私は、懐から羊皮紙を取り出して置く。それは、昨夜のうちに作成した契約書だ。
「私たちが、あなたを皇帝として認める条件。帝国は、王国と百年間の不可侵を結びます。さらに、国境の管理権は共同とする」
私は、そこで一度言葉を止めた。我が、アークライト家が開発したポーション。虹色の涙の、独占販売権を頂戴します。
「なっ、独占販売権だと」
フランツ皇子が、驚きに目を見開いた。それは、国の医療を握らせるという意味か。人聞きの、悪いことを仰らないでください。私たちは、民を病から救いたいだけです。適正な、価格で販売し利益を得る。その利益で、さらに良い薬を開発する。これは、両国に利益がある取引ですわ。フランツ皇子は、歯を食いしばって耐えた。
彼は、完全に理解したようだった。私たちが、彼に救世主の首輪をつけた。民衆の支持と、奇跡の薬の供給元。その両方を、私たちがコントロールする。彼は、玉座で踊る操り人形になる。皇子は、しばらく契約書を睨んでいた。その顔には、屈辱の色が濃く浮かぶ。しかし、彼に拒否権は存在しなかった。
「分かった、その契約を飲もう」
「ご賢察、痛み入りますわ」
私は、満足げな笑みを浮かべて頷いた。フランツ皇子が、震える手で署名をする。その瞬間、帝国は私たちの支配下に入った。全ては、私の計算通りに進んだのだ。私は、莫大な富と権力を手に入れた。さて、帝国の問題はこれで解決したわね。私は、領地の次の計画を考え始めた。
「誰だ、そこを動くな」
鋭い声と、共に数人の男が立った。彼らは、ボロボロの服装で武器を構える。しかし、その構えには隙がなかった。彼らは、シルダを守っていた兵士だろう。その背後には、怯えた表情の民がいる。女子供や、老人が身を寄せ合っていた。私は、前に進み出ようと足を動かす。しかし、レオン様がそれを手で止めた。
「リリア様、お下がりください。ここは、私にお任せを」
レオン様は、ゆっくりと一歩前へ進む。その両手は、武器を持っていない。敵意がないことを、身をもって示している。
「我々は、エルドラシア王国の者だ。アーノルド殿下からの、使者として参った」
「エルドラシア王国だと、本当か」
兵士たちの、リーダーらしい男が言った。片目の男は、疑わしげに私たちを睨む。なぜ、今ごろ我らの前に現れたのか。ゲオルグ皇子の、暴挙を見て見ぬふりをした。彼の声には、深い絶望がこもっている。
「我々も、事態を知ったのは先ほどだ。だが、もはやゲオルグの脅威はない」
レオン様は、きっぱりとした声で告げた。
「何、だと」
「彼の軍隊は、すでに王国の国境で降伏した。彼が、この街で行った行いも知っている。アーノルド殿下は、深く心を痛めておられる」
「信じられん、嘘をつくな」
片目の男は、それでも疑うのをやめない。
「信じる信じないは、あなた方の自由です」
私は、レオン様の後ろから静かに言った。私の幼い、姿を見て兵士たちが驚く。私たちは、あなた方を助けに来たのです。このシルダの、絶望を希望に変えるために。
「助けるだと、小娘が何を言う」
片目の男が、鼻で笑おうとした。その時、教会の外から地響きがした。大きな音が、こちらへ近づいてくる。
「な、なんだ、敵の残党か」
「まさか、ゲオルグの軍が戻ったのか」
兵士たちが、再び武器を構えて身構える。教会の外が、急に明るくなった。無数の、松明の光が窓から入る。荷馬車が、ガラガラと近づく音がした。
「来たようですね、約束の時間です」
私は、静かに呟いて笑みを浮かべた。レオン様、彼らを外へ案内してください。レオン様は、片目の男に向き直る。恐れることは、ないと言葉をかけた。あれは、我々の仲間が運んできた。あなた方に、届ける物資が到着したのだ。レオン様に、促されて人々が外へ出る。そして、目の前の光景に絶句した。
街の広場は、松明の光で輝いている。昼間のような、明るさがそこにはあった。見たこともない、数の荷馬車が並ぶ。荷台には、小麦粉の袋が積まれていた。干し肉の、塊や薬の木箱もある。山のような、物資が広場を埋め尽くした。その一団を、率いるのはバルガスたちだ。リラとピップも、そこには並んでいる。彼らは、完璧なタイミングで到着した。
「こ、これは、一体どういうことだ」
片目の男が、呆然と口を開けた。
「シルダの、市民の皆さん聞いてください」
私は、荷馬車の上によじ登って叫んだ。集まった人々に、聞こえるように声を張る。あなた方の、苦しみはもう終わりました。私たちは、あなた方を救いに来たのです。
「食料だ、本物の食料があるぞ」
「水も薬も、こんなにたくさんある」
誰かが、歓喜の声を上げて叫んだ。人々は、一斉に荷馬車へ駆け寄る。彼らは、何日も空腹に耐えていた。その目は、飢えのためにぎらついている。
「待ちなさい、勝手に動いてはならん」
レオン様が、剣を抜いて前に立った。この物資は、我々が用意したのではない。レオン様の、言葉に人々は足を止める。
「この食料と薬は、フランツ皇子からの贈り物だ。ガルディナ帝国の、三男であるお方だ」
レオン様の、高らかな声が広場に響く。人々は一瞬、何を言われたか悩んだ。フランツ皇子とは、あの病弱な方か。そんな声が、あちこちから漏れ聞こえる。
「そうだ、その通りだ」
レオン様は、芝居がかった様子で続けた。フランツ皇子殿下は、兄の非道を悲しまれた。そして、苦しむ民を救おうとされた。自らの、財産を全て投げ打ったのだ。我ら王国は、その慈悲に感動した。この物資を、届ける手伝いをしただけだ。レオン様の、完璧な演説が人々の心を打つ。アーノルド殿下の、部下は本当に多才だ。
レオン様の、言葉を聞いた人々は震えた。目の前には、確かに救いの手がある。その事実は、何よりも重い真実だった。
「おお、フランツ皇子様が私たちを」
「我々を、見捨ててはいなかったのだ」
「ゲオルグが奪い、フランツ様が与えた」
誰からともなく、そんな声が上がり始める。それは、大きな感動の波となって広がる。人々は、地面にひざまずいて涙を流した。まだ見ぬ皇子の、名前を叫び始めたのだ。
「フランツ皇子様、万歳」
「我らが、真の皇帝陛下だ」
その熱狂は、すさまじい勢いで広まった。暴力で奪う兄と、与えてくれる弟。民衆が、どちらを選ぶかは明白だった。フランツの名は、救世主そのものとなった。私は、その光景を上から見下ろした。計画以上の、成果に満足して頷く。全ては、私の描いたシナリオ通りだ。バルガスたちが、食料の配給を開始する。
温かいスープと、パンが配られていく。それを手にした、人々は泣いて食べた。怪我人には、リラが薬を塗って歩く。ピップは、子供たちを芸で笑わせていた。地獄のような、街に温もりが戻っていく。
「リリア様、申し訳ありませんでした」
片目の男が、私の元へやってきた。彼は、シルダの警備隊長だと名乗った。私の前に、深く頭を下げて謝罪する。このご恩は、一生忘れないと彼は誓った。
「顔を上げてください、礼なら皇子へ」
私は、にっこりと微笑んで彼を促した。
「はい、我らシルダの民は誓います。フランツ皇子殿下こそ、忠誠を捧げる相手だ。我らも、殿下のために戦いたいのです。その道筋を、どうかお示しください」
片目の男の、瞳には強い意志があった。救世主のために、命を懸けるという炎だ。私は、シルダの兵士という戦力を得た。
「ええ、もちろん、その力を借りますわ」
「ですが、その前にすることがあります。あなた方には、まず真実を伝えてほしい。帝国の、民衆にこの惨状を伝えるのです」
「真実、ですと」
「はい、シルダで何が起きたかを伝えて。ゲオルグ皇子が、どのような非道をしたか。そして、フランツ皇子が何をされたか。それを、あなた方の口から広めてほしいの」
「承知いたしました、我らが証人となります」
片目の男は、力強く私に頷いた。これで、情報操作の強力な駒が揃う。私の計画は、完璧に回り始めたのだ。だが、私はまだ満足してはいなかった。この熱狂を、決定的な瞬間に変える。主役の登場を、演出しなければならない。私は、馬車に戻ってゼロ兄様に命じた。
「兄様、鷹ノ巣城へ使いを出してください。フランツ皇子に、舞台は整ったと伝えて。救世主の、ご登場をお待ちしておりますわ」
「フン、分かった、面白いことになりそうだ」
ゼロ兄様は、笑うと闇の中へ消えた。三日後、フランツ皇子がシルダに到着した。彼は、クーノ卿とわずかな供を連れる。彼が、城門をくぐった瞬間に地鳴りがした。街中の、人々が道にひざまずいて迎える。その中には、降伏した元敵兵の姿もある。彼らも、フランツの慈悲を聞いて忠誠を誓う。
「フランツ皇子様、万歳」
「我らが皇帝陛下、万歳」
歓声が、街の建物を激しく揺らした。フランツ皇子は、その光景に立ち尽くした。彼も、これほどの歓迎は予想外だった。彼の青白い、顔が感動で赤く染まる。彼は、馬から降りて人々の中へ歩いた。年老いた、女性の手をそっと取る。
「顔を上げてくれ、私は皇帝ではない。あなた方と、同じ痛みを分かち合う人間だ。兄が、与えた苦しみを私が償いたい」
彼は、そう言って深く頭を下げた。その謙虚な、姿に人々はさらに打たれる。涙を流し、彼への忠誠を改めて叫ぶ。ゲオルグの武力も、ルドヴィークの財力も。民衆の支持の前には、無力でしかない。私は、その光景を教会の窓から見た。隣には、アーノルド殿下が立っている。彼も、この歴史的瞬間を見るため来た。
「リリア、君は恐ろしい子供だな」
殿下が、感心したように私へ呟いた。君は、たった数日で皇子を救世主にした。この光景を見れば、帝国の勝敗は決まった。
「はい、ですが殿下、まだ終わりません。フランツ皇子は、名分を手に入れました。ですが、実利はまだ私たちの手にあります。彼が、本当のパートナーになるための交渉。それが、最後に残っていますもの」
私の言葉に、アーノルド殿下は笑った。そうだったな、では挨拶に行こうか。我らが、未来の皇帝陛下に会いに。私たち二人は、顔を見合わせて笑った。帝国の運命を、操る共犯者として。広場での、対面が終わった後のことだ。私たちは、市庁舎の一室に集まっていた。この部屋には、選ばれた四人しかいない。フランツ皇子は、まだ興奮した様子だった。
「リリア殿、このご恩を忘れません」
フランツ皇子が、深く頭を下げようとした。
「おやめください、フランツ殿下」
アーノルド殿下が、それを冷静に制した。我々は、対等なパートナーなのですから。
「ですが、あなた方は私に全てをくれた。民衆の支持も、物資も希望もです」
「ええ、差し上げましたわ」
私は、そこで彼の言葉を遮った。部屋の、空気が一瞬で凍りつく。ですが、それは全て私たちを介したもの。そのことを、決してお忘れなきよう。私の、冷たい言葉に皇子の顔が引きつる。
「フランツ殿下、あなたは武器を得ました。ですが、その武器は私たちが作ったもの。私たちが、それを引き上げれば消える蜃気楼。その支持は、一瞬で消える砂上の楼閣です」
「なっ、貴様」
クーノ卿が、怒りに顔を真っ赤にした。
「落ち着け、クーノ、彼女の言う通りだ」
フランツ皇子が、部下を冷静に制止した。私は、まだ何も成し遂げてはいない。それで、君たちの本当の要求は何だ。さすがは、賢い狼だと感心した。彼は、私の意図を正確に読み取った。私は、懐から羊皮紙を取り出して置く。それは、昨夜のうちに作成した契約書だ。
「私たちが、あなたを皇帝として認める条件。帝国は、王国と百年間の不可侵を結びます。さらに、国境の管理権は共同とする」
私は、そこで一度言葉を止めた。我が、アークライト家が開発したポーション。虹色の涙の、独占販売権を頂戴します。
「なっ、独占販売権だと」
フランツ皇子が、驚きに目を見開いた。それは、国の医療を握らせるという意味か。人聞きの、悪いことを仰らないでください。私たちは、民を病から救いたいだけです。適正な、価格で販売し利益を得る。その利益で、さらに良い薬を開発する。これは、両国に利益がある取引ですわ。フランツ皇子は、歯を食いしばって耐えた。
彼は、完全に理解したようだった。私たちが、彼に救世主の首輪をつけた。民衆の支持と、奇跡の薬の供給元。その両方を、私たちがコントロールする。彼は、玉座で踊る操り人形になる。皇子は、しばらく契約書を睨んでいた。その顔には、屈辱の色が濃く浮かぶ。しかし、彼に拒否権は存在しなかった。
「分かった、その契約を飲もう」
「ご賢察、痛み入りますわ」
私は、満足げな笑みを浮かべて頷いた。フランツ皇子が、震える手で署名をする。その瞬間、帝国は私たちの支配下に入った。全ては、私の計算通りに進んだのだ。私は、莫大な富と権力を手に入れた。さて、帝国の問題はこれで解決したわね。私は、領地の次の計画を考え始めた。
387
あなたにおすすめの小説
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
魔力ゼロだからと婚約破棄された公爵令嬢、前世の知識で『魔法の公式』を解明してしまいました。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
公爵令嬢のリディアは、生まれつき魔力を持たない『無能』として、家族からも婚約者である第一王子からも虐げられる日々を送っていた。
ある日、絶大な魔力を持つ『聖女』が現れたことで、王子はリディアに婚約破棄を突きつけ、彼女を国外追放処分にする。
失意のどん底で、リディアは自分が理系研究者だった前世の記憶を思い出す。そして、この世界の『魔法』と呼ばれている現象が、前世の化学や物理の法則で説明できることに気づいてしまう。
追放先の辺境の地で、彼女は魔力ではなく『知識』を使い、生活を豊かにする画期的な道具を次々と開発。その技術は『失われた古代魔法』と噂になり、いつしか人々から本物の聖女よりも崇められる存在になっていく。
一方、リディアを追放した王国は、彼女が陰で支えていた魔法インフラが次々と崩壊し、衰退の一途を辿っていた。
獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした
天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:女性HOT3位!】
狼獣人のエリート騎士団長ガロウと番になり、幸せの絶頂だった猫獣人のミミ。しかしある日、ガロウは「真の番が見つかった」と美しい貴族令嬢を連れ帰り、「地味なお前はもう用済みだ」とミミを一方的に追い出してしまう。
家族にも見放され、王都の片隅の食堂で働くミミの前に現れたのは、お忍びで街を訪れていた最強の獣人王・レオンハルトだった。
彼は一目でミミが、数百年ぶりの『運命の番』であることを見抜く。心の傷を負ったミミを、王は包み込むように、そして激しく溺愛していく――。
「もう誰にもお前を傷つけさせない」
一方、ミミを捨てた元夫は後悔の日々を送っていた。そんな彼の元に、次期王妃の披露パーティーの招待状が届く。そこで彼が目にしたのは、獅子王の隣で誰よりも美しく輝く、ミミの姿だった――。
これは、不遇な少女が本当の愛を見つけ、最高に幸せになるまでの逆転溺愛ストーリー。
※気を抜くと読点だらけになることがあるので、読みづらさを感じたら教えてくれるとうれしいです。
祝:女性HOT69位!(2025年8月25日4時05分)
→27位へ!(8/25 19:21)→11位へ!(8/26 22:38)→6位へ!(8月27日 20:01)→3位へ!(8月28日 2:35)
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる