42 / 90
第42話 演出された救世主と傀儡の契約
しおりを挟む
崩れかけた教会の、重い扉を押し開ける。中は、薄暗く埃っぽい匂いで満ちていた。割れた、ステンドグラスから月光が差す。それが、祭壇の前にいる人々を照らした。ぼんやりとした、影がいくつも揺れている。
「誰だ、そこを動くな」
鋭い声と、共に数人の男が立った。彼らは、ボロボロの服装で武器を構える。しかし、その構えには隙がなかった。彼らは、シルダを守っていた兵士だろう。その背後には、怯えた表情の民がいる。女子供や、老人が身を寄せ合っていた。私は、前に進み出ようと足を動かす。しかし、レオン様がそれを手で止めた。
「リリア様、お下がりください。ここは、私にお任せを」
レオン様は、ゆっくりと一歩前へ進む。その両手は、武器を持っていない。敵意がないことを、身をもって示している。
「我々は、エルドラシア王国の者だ。アーノルド殿下からの、使者として参った」
「エルドラシア王国だと、本当か」
兵士たちの、リーダーらしい男が言った。片目の男は、疑わしげに私たちを睨む。なぜ、今ごろ我らの前に現れたのか。ゲオルグ皇子の、暴挙を見て見ぬふりをした。彼の声には、深い絶望がこもっている。
「我々も、事態を知ったのは先ほどだ。だが、もはやゲオルグの脅威はない」
レオン様は、きっぱりとした声で告げた。
「何、だと」
「彼の軍隊は、すでに王国の国境で降伏した。彼が、この街で行った行いも知っている。アーノルド殿下は、深く心を痛めておられる」
「信じられん、嘘をつくな」
片目の男は、それでも疑うのをやめない。
「信じる信じないは、あなた方の自由です」
私は、レオン様の後ろから静かに言った。私の幼い、姿を見て兵士たちが驚く。私たちは、あなた方を助けに来たのです。このシルダの、絶望を希望に変えるために。
「助けるだと、小娘が何を言う」
片目の男が、鼻で笑おうとした。その時、教会の外から地響きがした。大きな音が、こちらへ近づいてくる。
「な、なんだ、敵の残党か」
「まさか、ゲオルグの軍が戻ったのか」
兵士たちが、再び武器を構えて身構える。教会の外が、急に明るくなった。無数の、松明の光が窓から入る。荷馬車が、ガラガラと近づく音がした。
「来たようですね、約束の時間です」
私は、静かに呟いて笑みを浮かべた。レオン様、彼らを外へ案内してください。レオン様は、片目の男に向き直る。恐れることは、ないと言葉をかけた。あれは、我々の仲間が運んできた。あなた方に、届ける物資が到着したのだ。レオン様に、促されて人々が外へ出る。そして、目の前の光景に絶句した。
街の広場は、松明の光で輝いている。昼間のような、明るさがそこにはあった。見たこともない、数の荷馬車が並ぶ。荷台には、小麦粉の袋が積まれていた。干し肉の、塊や薬の木箱もある。山のような、物資が広場を埋め尽くした。その一団を、率いるのはバルガスたちだ。リラとピップも、そこには並んでいる。彼らは、完璧なタイミングで到着した。
「こ、これは、一体どういうことだ」
片目の男が、呆然と口を開けた。
「シルダの、市民の皆さん聞いてください」
私は、荷馬車の上によじ登って叫んだ。集まった人々に、聞こえるように声を張る。あなた方の、苦しみはもう終わりました。私たちは、あなた方を救いに来たのです。
「食料だ、本物の食料があるぞ」
「水も薬も、こんなにたくさんある」
誰かが、歓喜の声を上げて叫んだ。人々は、一斉に荷馬車へ駆け寄る。彼らは、何日も空腹に耐えていた。その目は、飢えのためにぎらついている。
「待ちなさい、勝手に動いてはならん」
レオン様が、剣を抜いて前に立った。この物資は、我々が用意したのではない。レオン様の、言葉に人々は足を止める。
「この食料と薬は、フランツ皇子からの贈り物だ。ガルディナ帝国の、三男であるお方だ」
レオン様の、高らかな声が広場に響く。人々は一瞬、何を言われたか悩んだ。フランツ皇子とは、あの病弱な方か。そんな声が、あちこちから漏れ聞こえる。
「そうだ、その通りだ」
レオン様は、芝居がかった様子で続けた。フランツ皇子殿下は、兄の非道を悲しまれた。そして、苦しむ民を救おうとされた。自らの、財産を全て投げ打ったのだ。我ら王国は、その慈悲に感動した。この物資を、届ける手伝いをしただけだ。レオン様の、完璧な演説が人々の心を打つ。アーノルド殿下の、部下は本当に多才だ。
レオン様の、言葉を聞いた人々は震えた。目の前には、確かに救いの手がある。その事実は、何よりも重い真実だった。
「おお、フランツ皇子様が私たちを」
「我々を、見捨ててはいなかったのだ」
「ゲオルグが奪い、フランツ様が与えた」
誰からともなく、そんな声が上がり始める。それは、大きな感動の波となって広がる。人々は、地面にひざまずいて涙を流した。まだ見ぬ皇子の、名前を叫び始めたのだ。
「フランツ皇子様、万歳」
「我らが、真の皇帝陛下だ」
その熱狂は、すさまじい勢いで広まった。暴力で奪う兄と、与えてくれる弟。民衆が、どちらを選ぶかは明白だった。フランツの名は、救世主そのものとなった。私は、その光景を上から見下ろした。計画以上の、成果に満足して頷く。全ては、私の描いたシナリオ通りだ。バルガスたちが、食料の配給を開始する。
温かいスープと、パンが配られていく。それを手にした、人々は泣いて食べた。怪我人には、リラが薬を塗って歩く。ピップは、子供たちを芸で笑わせていた。地獄のような、街に温もりが戻っていく。
「リリア様、申し訳ありませんでした」
片目の男が、私の元へやってきた。彼は、シルダの警備隊長だと名乗った。私の前に、深く頭を下げて謝罪する。このご恩は、一生忘れないと彼は誓った。
「顔を上げてください、礼なら皇子へ」
私は、にっこりと微笑んで彼を促した。
「はい、我らシルダの民は誓います。フランツ皇子殿下こそ、忠誠を捧げる相手だ。我らも、殿下のために戦いたいのです。その道筋を、どうかお示しください」
片目の男の、瞳には強い意志があった。救世主のために、命を懸けるという炎だ。私は、シルダの兵士という戦力を得た。
「ええ、もちろん、その力を借りますわ」
「ですが、その前にすることがあります。あなた方には、まず真実を伝えてほしい。帝国の、民衆にこの惨状を伝えるのです」
「真実、ですと」
「はい、シルダで何が起きたかを伝えて。ゲオルグ皇子が、どのような非道をしたか。そして、フランツ皇子が何をされたか。それを、あなた方の口から広めてほしいの」
「承知いたしました、我らが証人となります」
片目の男は、力強く私に頷いた。これで、情報操作の強力な駒が揃う。私の計画は、完璧に回り始めたのだ。だが、私はまだ満足してはいなかった。この熱狂を、決定的な瞬間に変える。主役の登場を、演出しなければならない。私は、馬車に戻ってゼロ兄様に命じた。
「兄様、鷹ノ巣城へ使いを出してください。フランツ皇子に、舞台は整ったと伝えて。救世主の、ご登場をお待ちしておりますわ」
「フン、分かった、面白いことになりそうだ」
ゼロ兄様は、笑うと闇の中へ消えた。三日後、フランツ皇子がシルダに到着した。彼は、クーノ卿とわずかな供を連れる。彼が、城門をくぐった瞬間に地鳴りがした。街中の、人々が道にひざまずいて迎える。その中には、降伏した元敵兵の姿もある。彼らも、フランツの慈悲を聞いて忠誠を誓う。
「フランツ皇子様、万歳」
「我らが皇帝陛下、万歳」
歓声が、街の建物を激しく揺らした。フランツ皇子は、その光景に立ち尽くした。彼も、これほどの歓迎は予想外だった。彼の青白い、顔が感動で赤く染まる。彼は、馬から降りて人々の中へ歩いた。年老いた、女性の手をそっと取る。
「顔を上げてくれ、私は皇帝ではない。あなた方と、同じ痛みを分かち合う人間だ。兄が、与えた苦しみを私が償いたい」
彼は、そう言って深く頭を下げた。その謙虚な、姿に人々はさらに打たれる。涙を流し、彼への忠誠を改めて叫ぶ。ゲオルグの武力も、ルドヴィークの財力も。民衆の支持の前には、無力でしかない。私は、その光景を教会の窓から見た。隣には、アーノルド殿下が立っている。彼も、この歴史的瞬間を見るため来た。
「リリア、君は恐ろしい子供だな」
殿下が、感心したように私へ呟いた。君は、たった数日で皇子を救世主にした。この光景を見れば、帝国の勝敗は決まった。
「はい、ですが殿下、まだ終わりません。フランツ皇子は、名分を手に入れました。ですが、実利はまだ私たちの手にあります。彼が、本当のパートナーになるための交渉。それが、最後に残っていますもの」
私の言葉に、アーノルド殿下は笑った。そうだったな、では挨拶に行こうか。我らが、未来の皇帝陛下に会いに。私たち二人は、顔を見合わせて笑った。帝国の運命を、操る共犯者として。広場での、対面が終わった後のことだ。私たちは、市庁舎の一室に集まっていた。この部屋には、選ばれた四人しかいない。フランツ皇子は、まだ興奮した様子だった。
「リリア殿、このご恩を忘れません」
フランツ皇子が、深く頭を下げようとした。
「おやめください、フランツ殿下」
アーノルド殿下が、それを冷静に制した。我々は、対等なパートナーなのですから。
「ですが、あなた方は私に全てをくれた。民衆の支持も、物資も希望もです」
「ええ、差し上げましたわ」
私は、そこで彼の言葉を遮った。部屋の、空気が一瞬で凍りつく。ですが、それは全て私たちを介したもの。そのことを、決してお忘れなきよう。私の、冷たい言葉に皇子の顔が引きつる。
「フランツ殿下、あなたは武器を得ました。ですが、その武器は私たちが作ったもの。私たちが、それを引き上げれば消える蜃気楼。その支持は、一瞬で消える砂上の楼閣です」
「なっ、貴様」
クーノ卿が、怒りに顔を真っ赤にした。
「落ち着け、クーノ、彼女の言う通りだ」
フランツ皇子が、部下を冷静に制止した。私は、まだ何も成し遂げてはいない。それで、君たちの本当の要求は何だ。さすがは、賢い狼だと感心した。彼は、私の意図を正確に読み取った。私は、懐から羊皮紙を取り出して置く。それは、昨夜のうちに作成した契約書だ。
「私たちが、あなたを皇帝として認める条件。帝国は、王国と百年間の不可侵を結びます。さらに、国境の管理権は共同とする」
私は、そこで一度言葉を止めた。我が、アークライト家が開発したポーション。虹色の涙の、独占販売権を頂戴します。
「なっ、独占販売権だと」
フランツ皇子が、驚きに目を見開いた。それは、国の医療を握らせるという意味か。人聞きの、悪いことを仰らないでください。私たちは、民を病から救いたいだけです。適正な、価格で販売し利益を得る。その利益で、さらに良い薬を開発する。これは、両国に利益がある取引ですわ。フランツ皇子は、歯を食いしばって耐えた。
彼は、完全に理解したようだった。私たちが、彼に救世主の首輪をつけた。民衆の支持と、奇跡の薬の供給元。その両方を、私たちがコントロールする。彼は、玉座で踊る操り人形になる。皇子は、しばらく契約書を睨んでいた。その顔には、屈辱の色が濃く浮かぶ。しかし、彼に拒否権は存在しなかった。
「分かった、その契約を飲もう」
「ご賢察、痛み入りますわ」
私は、満足げな笑みを浮かべて頷いた。フランツ皇子が、震える手で署名をする。その瞬間、帝国は私たちの支配下に入った。全ては、私の計算通りに進んだのだ。私は、莫大な富と権力を手に入れた。さて、帝国の問題はこれで解決したわね。私は、領地の次の計画を考え始めた。
「誰だ、そこを動くな」
鋭い声と、共に数人の男が立った。彼らは、ボロボロの服装で武器を構える。しかし、その構えには隙がなかった。彼らは、シルダを守っていた兵士だろう。その背後には、怯えた表情の民がいる。女子供や、老人が身を寄せ合っていた。私は、前に進み出ようと足を動かす。しかし、レオン様がそれを手で止めた。
「リリア様、お下がりください。ここは、私にお任せを」
レオン様は、ゆっくりと一歩前へ進む。その両手は、武器を持っていない。敵意がないことを、身をもって示している。
「我々は、エルドラシア王国の者だ。アーノルド殿下からの、使者として参った」
「エルドラシア王国だと、本当か」
兵士たちの、リーダーらしい男が言った。片目の男は、疑わしげに私たちを睨む。なぜ、今ごろ我らの前に現れたのか。ゲオルグ皇子の、暴挙を見て見ぬふりをした。彼の声には、深い絶望がこもっている。
「我々も、事態を知ったのは先ほどだ。だが、もはやゲオルグの脅威はない」
レオン様は、きっぱりとした声で告げた。
「何、だと」
「彼の軍隊は、すでに王国の国境で降伏した。彼が、この街で行った行いも知っている。アーノルド殿下は、深く心を痛めておられる」
「信じられん、嘘をつくな」
片目の男は、それでも疑うのをやめない。
「信じる信じないは、あなた方の自由です」
私は、レオン様の後ろから静かに言った。私の幼い、姿を見て兵士たちが驚く。私たちは、あなた方を助けに来たのです。このシルダの、絶望を希望に変えるために。
「助けるだと、小娘が何を言う」
片目の男が、鼻で笑おうとした。その時、教会の外から地響きがした。大きな音が、こちらへ近づいてくる。
「な、なんだ、敵の残党か」
「まさか、ゲオルグの軍が戻ったのか」
兵士たちが、再び武器を構えて身構える。教会の外が、急に明るくなった。無数の、松明の光が窓から入る。荷馬車が、ガラガラと近づく音がした。
「来たようですね、約束の時間です」
私は、静かに呟いて笑みを浮かべた。レオン様、彼らを外へ案内してください。レオン様は、片目の男に向き直る。恐れることは、ないと言葉をかけた。あれは、我々の仲間が運んできた。あなた方に、届ける物資が到着したのだ。レオン様に、促されて人々が外へ出る。そして、目の前の光景に絶句した。
街の広場は、松明の光で輝いている。昼間のような、明るさがそこにはあった。見たこともない、数の荷馬車が並ぶ。荷台には、小麦粉の袋が積まれていた。干し肉の、塊や薬の木箱もある。山のような、物資が広場を埋め尽くした。その一団を、率いるのはバルガスたちだ。リラとピップも、そこには並んでいる。彼らは、完璧なタイミングで到着した。
「こ、これは、一体どういうことだ」
片目の男が、呆然と口を開けた。
「シルダの、市民の皆さん聞いてください」
私は、荷馬車の上によじ登って叫んだ。集まった人々に、聞こえるように声を張る。あなた方の、苦しみはもう終わりました。私たちは、あなた方を救いに来たのです。
「食料だ、本物の食料があるぞ」
「水も薬も、こんなにたくさんある」
誰かが、歓喜の声を上げて叫んだ。人々は、一斉に荷馬車へ駆け寄る。彼らは、何日も空腹に耐えていた。その目は、飢えのためにぎらついている。
「待ちなさい、勝手に動いてはならん」
レオン様が、剣を抜いて前に立った。この物資は、我々が用意したのではない。レオン様の、言葉に人々は足を止める。
「この食料と薬は、フランツ皇子からの贈り物だ。ガルディナ帝国の、三男であるお方だ」
レオン様の、高らかな声が広場に響く。人々は一瞬、何を言われたか悩んだ。フランツ皇子とは、あの病弱な方か。そんな声が、あちこちから漏れ聞こえる。
「そうだ、その通りだ」
レオン様は、芝居がかった様子で続けた。フランツ皇子殿下は、兄の非道を悲しまれた。そして、苦しむ民を救おうとされた。自らの、財産を全て投げ打ったのだ。我ら王国は、その慈悲に感動した。この物資を、届ける手伝いをしただけだ。レオン様の、完璧な演説が人々の心を打つ。アーノルド殿下の、部下は本当に多才だ。
レオン様の、言葉を聞いた人々は震えた。目の前には、確かに救いの手がある。その事実は、何よりも重い真実だった。
「おお、フランツ皇子様が私たちを」
「我々を、見捨ててはいなかったのだ」
「ゲオルグが奪い、フランツ様が与えた」
誰からともなく、そんな声が上がり始める。それは、大きな感動の波となって広がる。人々は、地面にひざまずいて涙を流した。まだ見ぬ皇子の、名前を叫び始めたのだ。
「フランツ皇子様、万歳」
「我らが、真の皇帝陛下だ」
その熱狂は、すさまじい勢いで広まった。暴力で奪う兄と、与えてくれる弟。民衆が、どちらを選ぶかは明白だった。フランツの名は、救世主そのものとなった。私は、その光景を上から見下ろした。計画以上の、成果に満足して頷く。全ては、私の描いたシナリオ通りだ。バルガスたちが、食料の配給を開始する。
温かいスープと、パンが配られていく。それを手にした、人々は泣いて食べた。怪我人には、リラが薬を塗って歩く。ピップは、子供たちを芸で笑わせていた。地獄のような、街に温もりが戻っていく。
「リリア様、申し訳ありませんでした」
片目の男が、私の元へやってきた。彼は、シルダの警備隊長だと名乗った。私の前に、深く頭を下げて謝罪する。このご恩は、一生忘れないと彼は誓った。
「顔を上げてください、礼なら皇子へ」
私は、にっこりと微笑んで彼を促した。
「はい、我らシルダの民は誓います。フランツ皇子殿下こそ、忠誠を捧げる相手だ。我らも、殿下のために戦いたいのです。その道筋を、どうかお示しください」
片目の男の、瞳には強い意志があった。救世主のために、命を懸けるという炎だ。私は、シルダの兵士という戦力を得た。
「ええ、もちろん、その力を借りますわ」
「ですが、その前にすることがあります。あなた方には、まず真実を伝えてほしい。帝国の、民衆にこの惨状を伝えるのです」
「真実、ですと」
「はい、シルダで何が起きたかを伝えて。ゲオルグ皇子が、どのような非道をしたか。そして、フランツ皇子が何をされたか。それを、あなた方の口から広めてほしいの」
「承知いたしました、我らが証人となります」
片目の男は、力強く私に頷いた。これで、情報操作の強力な駒が揃う。私の計画は、完璧に回り始めたのだ。だが、私はまだ満足してはいなかった。この熱狂を、決定的な瞬間に変える。主役の登場を、演出しなければならない。私は、馬車に戻ってゼロ兄様に命じた。
「兄様、鷹ノ巣城へ使いを出してください。フランツ皇子に、舞台は整ったと伝えて。救世主の、ご登場をお待ちしておりますわ」
「フン、分かった、面白いことになりそうだ」
ゼロ兄様は、笑うと闇の中へ消えた。三日後、フランツ皇子がシルダに到着した。彼は、クーノ卿とわずかな供を連れる。彼が、城門をくぐった瞬間に地鳴りがした。街中の、人々が道にひざまずいて迎える。その中には、降伏した元敵兵の姿もある。彼らも、フランツの慈悲を聞いて忠誠を誓う。
「フランツ皇子様、万歳」
「我らが皇帝陛下、万歳」
歓声が、街の建物を激しく揺らした。フランツ皇子は、その光景に立ち尽くした。彼も、これほどの歓迎は予想外だった。彼の青白い、顔が感動で赤く染まる。彼は、馬から降りて人々の中へ歩いた。年老いた、女性の手をそっと取る。
「顔を上げてくれ、私は皇帝ではない。あなた方と、同じ痛みを分かち合う人間だ。兄が、与えた苦しみを私が償いたい」
彼は、そう言って深く頭を下げた。その謙虚な、姿に人々はさらに打たれる。涙を流し、彼への忠誠を改めて叫ぶ。ゲオルグの武力も、ルドヴィークの財力も。民衆の支持の前には、無力でしかない。私は、その光景を教会の窓から見た。隣には、アーノルド殿下が立っている。彼も、この歴史的瞬間を見るため来た。
「リリア、君は恐ろしい子供だな」
殿下が、感心したように私へ呟いた。君は、たった数日で皇子を救世主にした。この光景を見れば、帝国の勝敗は決まった。
「はい、ですが殿下、まだ終わりません。フランツ皇子は、名分を手に入れました。ですが、実利はまだ私たちの手にあります。彼が、本当のパートナーになるための交渉。それが、最後に残っていますもの」
私の言葉に、アーノルド殿下は笑った。そうだったな、では挨拶に行こうか。我らが、未来の皇帝陛下に会いに。私たち二人は、顔を見合わせて笑った。帝国の運命を、操る共犯者として。広場での、対面が終わった後のことだ。私たちは、市庁舎の一室に集まっていた。この部屋には、選ばれた四人しかいない。フランツ皇子は、まだ興奮した様子だった。
「リリア殿、このご恩を忘れません」
フランツ皇子が、深く頭を下げようとした。
「おやめください、フランツ殿下」
アーノルド殿下が、それを冷静に制した。我々は、対等なパートナーなのですから。
「ですが、あなた方は私に全てをくれた。民衆の支持も、物資も希望もです」
「ええ、差し上げましたわ」
私は、そこで彼の言葉を遮った。部屋の、空気が一瞬で凍りつく。ですが、それは全て私たちを介したもの。そのことを、決してお忘れなきよう。私の、冷たい言葉に皇子の顔が引きつる。
「フランツ殿下、あなたは武器を得ました。ですが、その武器は私たちが作ったもの。私たちが、それを引き上げれば消える蜃気楼。その支持は、一瞬で消える砂上の楼閣です」
「なっ、貴様」
クーノ卿が、怒りに顔を真っ赤にした。
「落ち着け、クーノ、彼女の言う通りだ」
フランツ皇子が、部下を冷静に制止した。私は、まだ何も成し遂げてはいない。それで、君たちの本当の要求は何だ。さすがは、賢い狼だと感心した。彼は、私の意図を正確に読み取った。私は、懐から羊皮紙を取り出して置く。それは、昨夜のうちに作成した契約書だ。
「私たちが、あなたを皇帝として認める条件。帝国は、王国と百年間の不可侵を結びます。さらに、国境の管理権は共同とする」
私は、そこで一度言葉を止めた。我が、アークライト家が開発したポーション。虹色の涙の、独占販売権を頂戴します。
「なっ、独占販売権だと」
フランツ皇子が、驚きに目を見開いた。それは、国の医療を握らせるという意味か。人聞きの、悪いことを仰らないでください。私たちは、民を病から救いたいだけです。適正な、価格で販売し利益を得る。その利益で、さらに良い薬を開発する。これは、両国に利益がある取引ですわ。フランツ皇子は、歯を食いしばって耐えた。
彼は、完全に理解したようだった。私たちが、彼に救世主の首輪をつけた。民衆の支持と、奇跡の薬の供給元。その両方を、私たちがコントロールする。彼は、玉座で踊る操り人形になる。皇子は、しばらく契約書を睨んでいた。その顔には、屈辱の色が濃く浮かぶ。しかし、彼に拒否権は存在しなかった。
「分かった、その契約を飲もう」
「ご賢察、痛み入りますわ」
私は、満足げな笑みを浮かべて頷いた。フランツ皇子が、震える手で署名をする。その瞬間、帝国は私たちの支配下に入った。全ては、私の計算通りに進んだのだ。私は、莫大な富と権力を手に入れた。さて、帝国の問題はこれで解決したわね。私は、領地の次の計画を考え始めた。
688
あなたにおすすめの小説
公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました
歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と
罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが
やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、
エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」
辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。
商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。
元夫が「戻ってこい」と泣きつくが——
「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。
再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。
妻を一途に想い続ける夫と、
その想いを一ミリも知らない妻。
――攻防戦の幕が、いま上がる。
最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~
Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。
うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。
でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。
上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。
——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
「『お前の取り柄は計算だけだ』と笑った公爵家が、私を追い出した翌月に財政破綻した件」
歩人
ファンタジー
公爵家に嫁いだ伯爵令嬢フリーダは、10年間「帳簿係」として蔑まれ続けた。
夫は愛人に夢中、義母は「地味な嫁」と見下す。しかし前世で公認会計士だった
フリーダは、密かに公爵家の財政を立て直し、資産を3倍にしていた。離縁を
突きつけられたフリーダは、一言も抗わず去る。——翌月、公爵家は財政破綻した。
「戻ってきてくれ」と跪く元夫に、王家財務顧問となったフリーダは微笑む。
「申し訳ございません。もう私は、公爵家の帳簿係ではありませんので」
姉の忘れ形見を育てたいだけなのに、公爵閣下の執着が重いんですが!?~まっすぐ突き進み系令嬢の公爵家再建計画
及川えり
ファンタジー
突然届いた双子の姉からの手紙。
【これをあなたが読んでいるころにはわたしはもう死んでいることでしょう。わたしのことは探さないでね。双子を引き取ってもらえないかしら?】
姉の遺言通り双子を育てようと姉の嫁ぎ先へと突入する。
双子を顧みなかったという元夫のウィルバート公爵に何とか双子を引き取れるよう掛け合うが、話の流れからそのまま公爵家に滞在して双子を育てる羽目に。
だが、この公爵家、何かおかしい?
異常に気付いたハンナは公爵家に巣くう膿をとりのぞくべく、奮闘しはじめる。
一方ハンナを最初は適当にあしらっていたウィルバートだったが、ハンナの魅力に気付き始め……。
ハンナ・キャロライン・バーディナ 22歳
バーディナ伯爵家令嬢
✖️
ウィルバート・アドルファス・キングスフォード 26歳
キングスフォード公爵
ブックマーク登録、いいね❤️たくさんいただきありがとうございます。
感想もいただけたら嬉しいです。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる