ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)

文字の大きさ
43 / 50

第43話 勝利の甘味と銀行設立の野望

しおりを挟む
シルダの街での激しい交渉を終えて、ようやく私は王都の別邸へと戻った。
豪華な馬車の窓から見える景色は、いつも通りに整然としていて美しい。
しかし、今の私には街の美しさを楽しむような、心の余裕など全くなかった。
頭の中は、これから処理するべき膨大な数字や、契約書の山で埋まっている。
石畳を叩く馬のひづめの音が、私の思考を急かすように規則正しく響いた。
屋敷の大きな門をくぐると、懐かしい我が家の白い壁が、夕日に照らされている。
馬車が完全に停止すると同時に、御者が扉を静かに、そして素早く開けた。
「リリア様、おかえりなさいませ。ご無事の帰還を、心よりお喜び申し上げます」
玄関の前では、執事のセバスチャンが完璧な角度で、深くお辞儀をしていた。
彼の背後には、多くのメイドや使用人たちが、行儀よく一列に並んでいる。
その表情は、私が以前ここを出発した時よりも、ずっと明るく活気に満ちていた。
「ただいま、セバスチャン。私がいない間に、何か変わったことはなかった?」
私はフェンとノクスを両腕に抱きかかえ、ホールの奥へとゆっくり足を踏み入れた。
二匹も長旅でかなり疲れたようで、私の腕の中で大人しく、じっとしている。
ふさふさとした銀色の毛並みと黒い毛並みが、シャンデリアの光を受け、美しく輝いた。
「はい。まずはアークライト領より、セシリア様からの定期便が、無事に届いております」
セバスチャンは、私の半歩後ろを歩きながら、落ち着いた声で報告を始めた。
「それから、例の化粧品である『霧の雫』の追加注文が、当初の予想を大きく超えています」
彼は、自分の指で五センチほどの厚さを作り、注文書の量の凄まじさを私に示した。
現時点での未処理の書類だけでも、相当な重さになっていることが、容易に想像できる。
「あら、それは嬉しい悲鳴ね。姉様には、もっと頑張って働いてもらわないと」
私は、自分の仕事部屋へと向かいながら、満足げに口元を少しだけ緩めた。
部屋に入ると、大きなデスクの上には、すでに整理された、新しい書類が積まれている。
私は革張りの椅子に深く腰掛け、凝り固まった体をほぐすように、大きく伸びをした。
「セバスチャン、まずは一番甘くて美味しいお茶と、濃厚なフォンダンショコラを頂戴」
脳に糖分を補給しなければ、この恐ろしい数字の山を、崩すことなどできない。
私の注文を聞いて、セバスチャンは全てを理解したように、深く一度だけ頷いた。
「かしこまりました。王都でも最高の菓子職人に作らせた逸品を、すぐに用意させましょう」
彼が部屋を出ていくのと入れ替わりに、フェンとノクスが、私の足元に陣取った。
「わん、わん!」
「にゃあ、にゃあ」
二匹も、自分たちの分の特別なデザートを、期待しているような声を上げている。
私は彼らの丸い頭を優しく撫でながら、手近にある書類を、一枚だけ手に取った。
それは、ガルディナ帝国のフランツ皇子から送られてきた、正式な同盟契約の写しだ。
そこには、彼が震える手で書いたであろうサインが、はっきりと力強く刻まれている。
「ふふ、これで帝国も、私の経済圏の一部というわけね」
私は、その書類に満足した気持ちで、アークライト家の判を力強く押した。
帝国の医療と経済を完全に掌握する計画は、今のところ完璧なまでに、順調である。
しばらくすると、セバスチャンが銀のお盆を持って、再び部屋に戻ってきた。
そこには、温かい紅茶と、中から熱いチョコが溢れる、フォンダンショコラが乗っている。
「どうぞ、リリア様。至福のひとときを、ゆっくりとお過ごしください」
セバスチャンは、二匹の皿にも、特別なミルクゼリーを、丁寧に並べてくれた。
私は、さっそく銀のスプーンを手に取り、温かいケーキを一口だけ口に運ぶ。
濃厚なチョコレートの甘みが口いっぱいに広がり、旅の疲れが、溶けるように消えた。
「美味しいわ。やっぱり、大きな仕事の後に食べる甘いものは、格別の味がするわね」
私が幸せな気分に浸っていると、部屋の窓が、カチリと乾いた音を立てて開いた。
気配を完全に消して現れたのは、影のように素早い動きを見せる、ゼロ兄様だった。
彼は窓枠に身を預け、不機嫌そうな顔をしながら、じっと私の方を見ている。
「お前は、戻るなり食い物のことか。少しは、危機感を持って行動したらどうだ」
兄様の厳しい言葉に、私はお茶を一口飲んでから、余裕を持って答えた。
「あら、危機感なら常に持っています。今の悩みは、増えすぎた資産を、どこに投資するかです」
私のあまりに現実的な答えを聞いて、ゼロ兄様は呆れたように、大きな溜息をついた。
「……まあいい。お前の指示通り、帝国内にあるルドヴィークの隠し財産は、全て押さえたぞ」
兄様は、懐から一通のリストを取り出し、テーブルの上へ静かに置いた。
バルガスとリラも、向こうの地でうまく立ち回り、工作を続けているとのことだった。
「これが、今回回収した財産の目録だ。金貨や宝石、それからいくつかの鉱山の権利書もある」
私は、そのリストに素早く目を通し、内容を細かく確認していく。
数字を追うごとに、私の頭の中では、そろばんを弾くような音が鳴り響いた。
これだけの資金があれば、アークライト領の近代化を、一気に進めることができるだろう。
「ありがとうございます、兄様。ピップは、今どこで何をしていますか?」
私が尋ねると、兄様は少しだけ面倒そうに、顔をしかめて答えた。
「あの男は、ゲオルグの元兵士たちを使って、帝国の国境に新しい輸送路を作っている」
お前の掲げた難民保護という建前が、やつには最高の隠れ蓑に、なっているようだ。
「いいことです。彼らには、私たちのために、しっかり働いてもらわなければいけません」
私は、空になった紅茶のカップを置き、次の仕事に向けて、気持ちを切り替えた。
「セバスチャン、明日、王都の商業ギルドの会頭を、この屋敷に呼んで頂戴」
アークライト商会の正式な設立と、新しい銀行システムの導入について、相談がある。
私の言葉を聞いて、セバスチャンだけでなくゼロ兄様も、驚きに目を見開いた。
「銀行システムだと。お前は、また新しいことを始めるつもりなのか」
兄様が、興味を惹かれたように、テーブルの方へと身を乗り出してきた。
「ええ。これだけ多くの資金が動くようになると、今のままのやり方では、非効率です」
お金そのものを運ぶのではなく、信用という数字を動かす仕組みが、必要なのだ。
私は、前世で当たり前だった概念を、この世界に新しく定着させるつもりだった。
それができれば、私はこの大陸の全ての金の流れを、指先一つで、掌握できる。
その仕組みは、どんな強力な魔法よりも、巨大な力になるはずだと、私は確信していた。
「リリア様、会頭にはそのように伝えます。しかし、彼は一筋縄ではいかない人物です」
セバスチャンが、少しだけ心配そうな表情で、私に注意を促した。
「問題ありません。商人というのは、利益という香りに、一番敏感な生き物なのです」
私の計画を聞けば、彼の方から跪いて、協力を申し出てくるはずだと、私は笑った。
その夜、私は深夜まで、新しい帳簿の作成に、一人で没頭し続けた。
アークライト領の収益や、王都での売上、そして帝国からの賠償金を確認する。
これら全ての数字が、私の計算によって、新しい価値へと変換されていく。
その感覚は、何度味わっても、決して飽きることがない、素晴らしいものだった。
フェンは私の足元で、幸せそうに寝息を立てながら、深く眠っている。
ノクスは、机の端で、私が動かすペンの先を、じっと不思議そうに見つめていた。
「さあ、明日は今日よりも、もっと楽しくて、忙しい日になりそうね」
私は、一区切りついた帳簿を閉じると、窓の外に広がる、王都の夜景を眺めた。
街のあちこちで、灯りが瞬き、人々の生活が、そこにあることを教えてくれる。
その光の一つ一つが、私の経済圏の一部になっていく未来を、私は想像した。
翌朝、王都の商業ギルド会頭が、私の屋敷を緊張した面持ちで、訪れた。
彼は、王都の経済を牛耳る実力者だが、その表情には、隠しきれない緊張がある。
「お初にお目にかかります、リリア様。お噂は、常々伺っております」
白髪を綺麗に整えた老紳士は、私の前で、深々と丁寧に頭を下げた。
「ようこそ、ギルド会頭。お会いできて、とても光栄に思います」
今日は、この国、いいえ、この大陸の明るい未来の話をしましょうと、私は告げた。
私は彼を応接室へと招き入れ、準備していた構想図を、テーブルに広げた。
会頭の目が、その図面に釘付けになるのが、私にははっきりと分かった。
「これは、一体どのような仕組みなのですか。私には、まだ理解が追いつきません」
彼の声が、驚きと興奮で、わずかに震えているのが伝わってきた。
「簡単です。お金を預かり、その証明書を発行して、取引を可能にするのです」
そして、その時に発生する手数料で、私たちは大きな利益を得る仕組みだ。
私は、極めてシンプルな言葉を選び、近代銀行の根幹を、彼に説明した。
会頭は、しばらくの間、図面と私の顔を、交互に何度も見つめていた。
彼の頭の中でも、このシステムがもたらす莫大な利益が、計算されているのだろう。
「リリア様。あなた様は、本当に四歳という年齢なのですか」
彼は、感極まったような表情で、絞り出すようにそう呟いた。
「年齢など、ただの数字に過ぎません。大事なのは、その数字をどう扱うか、です」
私は、子供らしい無邪気さを装いながら、にっこりと微笑んでみせた。
会頭との話し合いは、数時間に及び、彼は私の提案に、完全に圧倒されていた。
「分かりました。ギルドの総力を挙げて、リリア様の計画を、全面的に支援します」
このシステムは、王国の経済を根底から、大きく変えることになるだろう。
彼は、興奮した様子で、私の小さな手を、両手でしっかりと握った。
「期待しています。まずは、主要な都市を結ぶ、第一号の支店を作りましょう」
私は、交渉が完璧に成立したことを確信し、勝利の喜びを、噛み締めた。
会頭が帰った後、私はバルコニーに出て、ひんやりとした午後の風を、浴びた。
計画は、着実に、そして急速に拡大していることを、肌で感じる。
「お前は、本当に恐ろしいことを考える。感心するのを通り越して、呆れるぞ」
背後から、ゼロ兄様の呆れたような声が、静かに聞こえてきた。
「兄様、これは始まりに過ぎません。私は、この世界をより豊かに、したいのです」
私は、振り返って兄様に笑いかけ、自分の抱く野望を、言葉にした。
美味しいもののためなら、国一つくらい、簡単に作り変えてみせるつもりだ。
その頃、アークライト領では、ヘクターたちが私の手紙を読んで、驚愕していた。
「金貨、九十枚だと。そんな馬鹿なことが、本当にあるのだろうか」
リリアは王都で、一体何をしているのだと、二人は顔を見合わせて驚いている。
二人の驚きをよそに、領地の開発は、さらに加速して進んでいく。
新しい道路が作られ、薬草園は広がり、活気あふれる村々の声が、響いた。
私は、手元に届いた最新の収支報告書に目を通し、現状を確認する。
利益率は、さらに向上しており、私の資産は、雪だるま式に増えていた。
「さて、次はどの街を、私の色に染めてあげようかしら」
私は、ペンを走らせながら、楽しそうに、独り言を呟いた。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

魔力ゼロだからと婚約破棄された公爵令嬢、前世の知識で『魔法の公式』を解明してしまいました。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
公爵令嬢のリディアは、生まれつき魔力を持たない『無能』として、家族からも婚約者である第一王子からも虐げられる日々を送っていた。 ある日、絶大な魔力を持つ『聖女』が現れたことで、王子はリディアに婚約破棄を突きつけ、彼女を国外追放処分にする。 失意のどん底で、リディアは自分が理系研究者だった前世の記憶を思い出す。そして、この世界の『魔法』と呼ばれている現象が、前世の化学や物理の法則で説明できることに気づいてしまう。 追放先の辺境の地で、彼女は魔力ではなく『知識』を使い、生活を豊かにする画期的な道具を次々と開発。その技術は『失われた古代魔法』と噂になり、いつしか人々から本物の聖女よりも崇められる存在になっていく。 一方、リディアを追放した王国は、彼女が陰で支えていた魔法インフラが次々と崩壊し、衰退の一途を辿っていた。

獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:女性HOT3位!】 狼獣人のエリート騎士団長ガロウと番になり、幸せの絶頂だった猫獣人のミミ。しかしある日、ガロウは「真の番が見つかった」と美しい貴族令嬢を連れ帰り、「地味なお前はもう用済みだ」とミミを一方的に追い出してしまう。 家族にも見放され、王都の片隅の食堂で働くミミの前に現れたのは、お忍びで街を訪れていた最強の獣人王・レオンハルトだった。 彼は一目でミミが、数百年ぶりの『運命の番』であることを見抜く。心の傷を負ったミミを、王は包み込むように、そして激しく溺愛していく――。 「もう誰にもお前を傷つけさせない」 一方、ミミを捨てた元夫は後悔の日々を送っていた。そんな彼の元に、次期王妃の披露パーティーの招待状が届く。そこで彼が目にしたのは、獅子王の隣で誰よりも美しく輝く、ミミの姿だった――。 これは、不遇な少女が本当の愛を見つけ、最高に幸せになるまでの逆転溺愛ストーリー。 ※気を抜くと読点だらけになることがあるので、読みづらさを感じたら教えてくれるとうれしいです。 祝:女性HOT69位!(2025年8月25日4時05分) →27位へ!(8/25 19:21)→11位へ!(8/26 22:38)→6位へ!(8月27日 20:01)→3位へ!(8月28日 2:35)

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...