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第44話 港町の新発明と新薬発表会
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朝の光が研究室の窓から差し込み、無数の試験管を、キラキラと照らしている。
私は地下の研究室で、霧の谷から持ち帰った、虹色の涙の培養液を、見つめていた。
七色の光が、透明な液体の中で渦巻き、幻想的な模様を、絶え間なく描いている。
「順調ね。これなら、今月中に量産体制を整えることが、十分に可能だわ」
私は、手元の記録帳に、実験で得られた細かな数字を、丁寧に書き込んだ。
量産化に成功すれば、このポーションは王国の軍事において、最大の切り札になる。
アーノルド殿下との契約の核心部分を、私が完成させる瞬間が、近づいていた。
「リリア様、アーノルド殿下より、午後の参内の要請が、屋敷に届いております」
セバスチャンの落ち着いた声が、伝声管を通して、静かに部屋に響いた。
また、新しい料理人が開発したお菓子の準備も、すでに整っているとのことだった。
「分かったわ。すぐに上に戻るから、お菓子は、いつものテラスでお願い」
私は白衣を脱ぎ、鏡の前で身なりを、手早く整えてから部屋を出た。
最近の私は、研究と経営、そして外交を同時にこなす、多忙な日々を過ごしている。
でも、不思議と体は軽く、疲れを感じることは、ほとんどなかった。
自分が立てた計画が、一つずつ形になっていく快感が、何よりの薬になる。
テラスに出ると、そこには美しい装飾が施された、ケーキが用意されていた。
今回は、アークライト領で採れたベリーを、ふんだんに使った贅沢なタルトだ。
「さあ、フェン、ノクス。楽しい試食タイムよ」
私が声をかけると、二匹は待ってましたとばかりに、椅子に勢いよく飛び乗った。
フェンは尻尾を激しく振り、ノクスは行儀よく前足を揃えて、私を見ている。
私はタルトを小さく切り分け、二匹の皿に、均等に乗せてあげた。
自分でも一口運ぶと、ベリーの爽やかな酸味が、口の中に一気に広がった。
「合格ね。これを王都のカフェで売り出せば、また新しい流行が、生まれるわ」
私は、美食をそのままビジネスに繋げることを、片時も忘れることはない。
午後の王宮は、いつもより慌ただしい空気に、包まれているように感じた。
廊下を行き交う貴族たちの表情には、どこか落ち着きがない、不安の色がある。
「リリア嬢、殿下がお待ちです。こちらへ、どうぞ」
騎士に案内され、私は再び、白薔薇の間へと足を踏み入れた。
アーノルド殿下は、大きな窓のそばで腕を組み、外を眺めながら立っている。
私の姿を認めると、彼はふっと表情を和らげ、私を席へと促した。
「よく来てくれた、リリア。君の報告書は、いつも私の想像を、簡単に超えてくる」
殿下は、テーブルの上の書類を指差し、感心したように、大きく頷いた。
銀行の設立と、新しい決済システムの構想に、商業ギルドの会頭も、驚いている。
君は魔法使いか何かか、という言葉が、彼の口から漏れるほどだったらしい。
「ただの経理の知恵ですよ、殿下。お金の流れが、もっとスムーズになればいい」
国全体の富が増えることは、殿下の悲願でもあるはずだと、私は微笑んだ。
「その通りだ。君の計画を全面的に許可し、王室の資金も、君の銀行に預けよう」
これで、反対する保守的な貴族たちも、黙らざるを得なくなるだろうと、彼は言う。
アーノルド殿下の瞳には、私に対する深い信頼が、はっきりと宿っていた。
「ありがとうございます。それで、今日は別の件で、私を呼び出したのですよね?」
私が尋ねると、殿下は少しだけ真面目な顔になり、声を低くした。
「ああ。実は、南の港町ポルトゥスから、不穏な知らせが、私の元へ届いた」
ボルジア辺境伯を排除した後、街は順調に復興しているはずだったのだ。
殿下は、一通の秘密の親書を私に差し出し、内容を確認するように、促した。
「新しい貿易ギルドの中で、醜い主導権争いが、起きているらしい」
それも、裏にどこか他国の影を感じる、という非常に厄介な内容だった。
君の手に入れた貿易権の一部を、不当に狙っている者たちが、現れたのだ。
「私の利益を狙っているのですか。それは、聞き捨てならない話ですね」
私は、冷たい笑みを浮かべ、自分の利益を脅かす存在を、許さないと決めた。
誰が私の財布に、汚い手を突っ込もうとしているのか、確かめてやる必要がある。
私の言葉を聞いて、アーノルド殿下は、満足そうに楽しげに笑った。
「そう言うと思ったよ。君には、もう一度ポルトゥスへ向かって、もらいたい」
今回は、正式な王室特派員としての権限を、君に全て付与しようという話だった。
調査と処罰に関する、全ての全権を君に委ねると、殿下は力強く宣言した。
「全権ですか。それは、私にとって、非常にやりやすい条件ですね」
レオン様も、また同行させていただけますかと、私は条件を付け加えた。
「もちろんだ。彼も、君の部下として働くことを、楽しみにしているのだから」
王宮を出る時、私はすでに次の戦術を、頭の中で組み立てていた。
ポルトゥスの経済構造や、裏社会の繋がりを、一つずつ精査していく。
全ての変数を、頭の中の複雑な数式に、丁寧に組み込んでいった。
屋敷に戻ると、私はすぐにゼロ兄様を呼び出し、状況を説明した。
「兄様、またポルトゥスへ行きます。今度は、経済の掃除屋としての仕事です」
「ふん、お前の言う掃除は、いつも派手な結果になるからな」
兄様は短く答えると、俺の部下たちにも、連絡を入れておくと約束してくれた。
港の裏側の動きは、自分が責任を持って洗っておく、という心強い言葉だ。
私は、セバスチャンに旅の準備を命じ、必要な物品を、リストアップした。
「今回は、大量の虹色の涙のサンプルも、現地へ持っていきます」
これを見せつければ、欲深い者たちは、自分から尻尾を振って寄ってくるだろう。
「かしこまりました。リリア様、お召し物も、威厳のあるものを用意します」
セバスチャンの手配は、いつも迅速で、抜かりがないので安心できる。
出発の日の朝、屋敷の門の前には、レオン率いる騎士団が、整列していた。
馬車に掲げられたのは、アークライト家と王室の、特別な双龍の紋章だ。
「リリア様、準備は全て整っております。いつでも、出発できます」
レオンが、馬の上で凛々しく報告し、私を馬車へとエスコートした。
私は、フェンとノクスを連れて馬車に乗り込み、ふかふかのシートに座った。
二匹も、また新しい冒険が始まることを察し、どこか得意げな顔をしている。
馬車が動き出し、王都の石畳を、一定のリズムで鳴らしながら進んでいった。
私は、窓の外を流れる景色を見つめ、有力者の名簿に、目を落とした。
私からお金を奪おうとした代償が、どれほど高いか、身を以て教えるつもりだ。
私の小さな呟きは、馬車の走行音に紛れて、静かに消えていった。
ポルトゥスへ向かう街道は、以前よりも整備され、走りやすくなっている。
アークライト商会の荷馬車が頻繁に行き交い、経済の活気を感じさせた。
「リリア様、この数ヶ月で王国の物流は、劇的に良くなりました」
レオンが、馬車の横を並走しながら、感銘を受けたような声で私に言った。
「いいえ、私はただ、無駄を徹底的に省いただけのことですよ」
道が悪ければ商品が届かず、結果として利益が出ないという、単純な話だ。
そんな道理も分からない人たちが多すぎる、と私は淡々と事実を述べた。
三日目の昼過ぎ、視界の先に再び、キラキラと輝く青い海が、見えてきた。
潮の香りが風に乗って届き、港町の喧騒が、遠くから聞こえてくる。
「懐かしいわね、フェン、ノクス。またここに戻ってきたわよ」
私は二匹に優しく語りかけ、馬車の窓を少しだけ開けて、風を感じた。
港に到着すると、そこには驚くほど多くの商人たちが、集まっていた。
特派員の到着を待ち構えていたのだろうが、その目は、どこか濁っている。
馬車の扉が開けられ、私が一歩外に踏み出すと、あたりはしんとした。
四歳の少女が、王室の全権を帯びて現れた事実に、誰もが言葉を失っている。
「ようこそ、ポルトゥスへ、リリア様。心より、歓迎いたします」
一人の恰幅の良い商人が、卑屈な笑みを浮かべて、私の前に進み出た。
自分は新たな貿易ギルドの代表を務める、マルコだと彼は自己紹介した。
私は、その男の目をじっと見つめ、彼の背景を、脳内で検索する。
マルコは、かつてボルジア辺境伯の影で、甘い汁を吸っていた小悪党だ。
彼が今の代表だという事実が、この街の病を、如実に物語っていた。
「マルコ様、挨拶は結構です。私の時間は、とても限られています」
昨年度の全ての帳簿と、取引先の名簿を、一時間以内に私の宿舎まで届けて。
私は、挨拶を返す間もなく、鋭い要求を、彼に叩きつけた。
「え、え。帳簿を、今すぐにですか。それは、少し急すぎませんか」
マルコの顔が、一瞬で引きつり、額から嫌な汗が、流れ落ちた。
「ええ。全権を委ねられた以上、まずは数字で現状を、確認します」
何か見せられない理由でも、あなたにはあるのですかと、私は首を傾げた。
私の瞳の奥にある冷徹な光に、マルコは硬直して、動けなくなっている。
「は、はい。すぐに、すぐに用意させて、届けさせます」
彼は、転がるようにしてその場を去り、部下たちに大声で指示を出した。
「レオン様、宿舎の周りの警備を、今すぐ最大まで固めてください」
一匹のネズミたりとも、ここから逃がしてはならないと、私は冷たく命じた。
私の滞在する宿舎は、今、巨大な会計監査の場へと、変貌しようとしている。
一時間後、約束通り山のような古い帳簿が、部屋に運び込まれてきた。
私は、それらを冷たい目で見つめ、愛用のペンを、力強く握り直す。
「さて、嘘と横領の数字を、全て綺麗に炙り出して、あげましょう」
私はお茶を一口飲み、目の前に広がる、数字の海へと勢いよく飛び込んだ。
フェンとノクスは、私の足元で、静かに主人を支えるように控えている。
その瞳は、私の怒りを感じ取っているかのように、鋭く光を放っていた。
夜が深まるにつれて、部屋からは薪がはぜる音だけが、聞こえてくる。
私は、マルコたちが必死に隠していた、二重帳簿の矛盾を、次々と暴いた。
「お粗末ね。こんな単純な誤魔化しで、私を騙せると思っているのかしら」
私は、一枚の汚れた羊皮紙を、指先で強く叩いて怒りをあらわにした。
そこには、隣国への不正な横流しの記録が、巧妙に、しかし雑に記されていた。
これが、アーノルド殿下の懸念していた、他国の影の正体だった。
その時、背後のバルコニーの扉が、音もなく静かに、ゆっくりと開いた。
ゼロ兄様が、夜の冷たい風と共に現れ、私に新しい情報を、もたらした。
「リリア、マルコは今夜、港の北にある倉庫で、隣国の密使と会う予定だ」
「密会ですか。それは、証拠を押さえる絶好のチャンスですね」
私は、書き上げていた告発状を置き、椅子からゆっくりと立ち上がった。
「兄様、私も連れて行って。その現場で、彼らに引導を渡したいの」
「お前が行くのか。あそこは危険だが、俺が守れば問題ないか」
私は不敵に微笑み、夜の闇に紛れるための準備を、素早く整えた。
私たちは、誰にも気づかれることなく、港の北側にある古い倉庫へ向かった。
レンガ造りの建物が、月明かりの下で、黒く沈んでいるのが見える。
中からは、男たちの低い話し声が、かすかに漏れて聞こえてきた。
私は、壁の小さな隙間から、中の様子を慎重に伺うことにした。
そこには、怯えた表情のマルコと、黒いマントの怪しい男たちがいた。
テーブルの上には、アークライト商会の印を偽造した、契約書がある。
「これさえあれば、アークライトのルートは、我々のものになる」
黒いマントの男が、下品な声で笑い、マルコの肩を叩いた。
「そうですね。でも、追い返されるのは、あなた方の方ですよ」
私が、倉庫の重い扉を大きく開け放ち、堂々と姿を現した。
「な、誰だ。貴様、どこから入ってきた」
男たちが一斉に振り返り、驚きと怒りの表情を、私に向けた。
そこには、騎士団を背後に従え、二匹の聖獣を連れた、幼い少女がいた。
私の手には、先ほどまで整理していた、真実の帳簿が握られている。
「経済特派員の、リリアです。あなた方の罪状を、今から読み上げます」
私の透き通った声が、静まり返った倉庫の中に、凛として響き渡った。
マルコは腰を抜かし、その場にへたり込んで、ガタガタと震えている。
密使たちは武器を抜こうとしたが、レオンの剣が、すでに喉元にあった。
「無駄な抵抗は、おやめなさい。あなた方の資産は、全て凍結されました」
私は、冷徹な判決を言い渡し、彼らの絶望した顔を、じっと見つめた。
お金も地位も未来も、全て私の手のひらで、消えていったのである。
こうして、ポルトゥスの騒動は、一夜にして、完全な終結を迎えた。
私は不適格な商人を一掃し、新しい貿易システムを、再構築したのだ。
翌朝、港は今までにない、清々しい空気に、優しく包まれていた。
新しい商人たちが私の前に集まり、契約を結ぶために、列をなしている。
「さて、掃除は終わりました。セバスチャン、美味しい朝食を頂戴」
最高の食材を使ったシーフードピラフを、私は満足げに注文した。
私は地下の研究室で、霧の谷から持ち帰った、虹色の涙の培養液を、見つめていた。
七色の光が、透明な液体の中で渦巻き、幻想的な模様を、絶え間なく描いている。
「順調ね。これなら、今月中に量産体制を整えることが、十分に可能だわ」
私は、手元の記録帳に、実験で得られた細かな数字を、丁寧に書き込んだ。
量産化に成功すれば、このポーションは王国の軍事において、最大の切り札になる。
アーノルド殿下との契約の核心部分を、私が完成させる瞬間が、近づいていた。
「リリア様、アーノルド殿下より、午後の参内の要請が、屋敷に届いております」
セバスチャンの落ち着いた声が、伝声管を通して、静かに部屋に響いた。
また、新しい料理人が開発したお菓子の準備も、すでに整っているとのことだった。
「分かったわ。すぐに上に戻るから、お菓子は、いつものテラスでお願い」
私は白衣を脱ぎ、鏡の前で身なりを、手早く整えてから部屋を出た。
最近の私は、研究と経営、そして外交を同時にこなす、多忙な日々を過ごしている。
でも、不思議と体は軽く、疲れを感じることは、ほとんどなかった。
自分が立てた計画が、一つずつ形になっていく快感が、何よりの薬になる。
テラスに出ると、そこには美しい装飾が施された、ケーキが用意されていた。
今回は、アークライト領で採れたベリーを、ふんだんに使った贅沢なタルトだ。
「さあ、フェン、ノクス。楽しい試食タイムよ」
私が声をかけると、二匹は待ってましたとばかりに、椅子に勢いよく飛び乗った。
フェンは尻尾を激しく振り、ノクスは行儀よく前足を揃えて、私を見ている。
私はタルトを小さく切り分け、二匹の皿に、均等に乗せてあげた。
自分でも一口運ぶと、ベリーの爽やかな酸味が、口の中に一気に広がった。
「合格ね。これを王都のカフェで売り出せば、また新しい流行が、生まれるわ」
私は、美食をそのままビジネスに繋げることを、片時も忘れることはない。
午後の王宮は、いつもより慌ただしい空気に、包まれているように感じた。
廊下を行き交う貴族たちの表情には、どこか落ち着きがない、不安の色がある。
「リリア嬢、殿下がお待ちです。こちらへ、どうぞ」
騎士に案内され、私は再び、白薔薇の間へと足を踏み入れた。
アーノルド殿下は、大きな窓のそばで腕を組み、外を眺めながら立っている。
私の姿を認めると、彼はふっと表情を和らげ、私を席へと促した。
「よく来てくれた、リリア。君の報告書は、いつも私の想像を、簡単に超えてくる」
殿下は、テーブルの上の書類を指差し、感心したように、大きく頷いた。
銀行の設立と、新しい決済システムの構想に、商業ギルドの会頭も、驚いている。
君は魔法使いか何かか、という言葉が、彼の口から漏れるほどだったらしい。
「ただの経理の知恵ですよ、殿下。お金の流れが、もっとスムーズになればいい」
国全体の富が増えることは、殿下の悲願でもあるはずだと、私は微笑んだ。
「その通りだ。君の計画を全面的に許可し、王室の資金も、君の銀行に預けよう」
これで、反対する保守的な貴族たちも、黙らざるを得なくなるだろうと、彼は言う。
アーノルド殿下の瞳には、私に対する深い信頼が、はっきりと宿っていた。
「ありがとうございます。それで、今日は別の件で、私を呼び出したのですよね?」
私が尋ねると、殿下は少しだけ真面目な顔になり、声を低くした。
「ああ。実は、南の港町ポルトゥスから、不穏な知らせが、私の元へ届いた」
ボルジア辺境伯を排除した後、街は順調に復興しているはずだったのだ。
殿下は、一通の秘密の親書を私に差し出し、内容を確認するように、促した。
「新しい貿易ギルドの中で、醜い主導権争いが、起きているらしい」
それも、裏にどこか他国の影を感じる、という非常に厄介な内容だった。
君の手に入れた貿易権の一部を、不当に狙っている者たちが、現れたのだ。
「私の利益を狙っているのですか。それは、聞き捨てならない話ですね」
私は、冷たい笑みを浮かべ、自分の利益を脅かす存在を、許さないと決めた。
誰が私の財布に、汚い手を突っ込もうとしているのか、確かめてやる必要がある。
私の言葉を聞いて、アーノルド殿下は、満足そうに楽しげに笑った。
「そう言うと思ったよ。君には、もう一度ポルトゥスへ向かって、もらいたい」
今回は、正式な王室特派員としての権限を、君に全て付与しようという話だった。
調査と処罰に関する、全ての全権を君に委ねると、殿下は力強く宣言した。
「全権ですか。それは、私にとって、非常にやりやすい条件ですね」
レオン様も、また同行させていただけますかと、私は条件を付け加えた。
「もちろんだ。彼も、君の部下として働くことを、楽しみにしているのだから」
王宮を出る時、私はすでに次の戦術を、頭の中で組み立てていた。
ポルトゥスの経済構造や、裏社会の繋がりを、一つずつ精査していく。
全ての変数を、頭の中の複雑な数式に、丁寧に組み込んでいった。
屋敷に戻ると、私はすぐにゼロ兄様を呼び出し、状況を説明した。
「兄様、またポルトゥスへ行きます。今度は、経済の掃除屋としての仕事です」
「ふん、お前の言う掃除は、いつも派手な結果になるからな」
兄様は短く答えると、俺の部下たちにも、連絡を入れておくと約束してくれた。
港の裏側の動きは、自分が責任を持って洗っておく、という心強い言葉だ。
私は、セバスチャンに旅の準備を命じ、必要な物品を、リストアップした。
「今回は、大量の虹色の涙のサンプルも、現地へ持っていきます」
これを見せつければ、欲深い者たちは、自分から尻尾を振って寄ってくるだろう。
「かしこまりました。リリア様、お召し物も、威厳のあるものを用意します」
セバスチャンの手配は、いつも迅速で、抜かりがないので安心できる。
出発の日の朝、屋敷の門の前には、レオン率いる騎士団が、整列していた。
馬車に掲げられたのは、アークライト家と王室の、特別な双龍の紋章だ。
「リリア様、準備は全て整っております。いつでも、出発できます」
レオンが、馬の上で凛々しく報告し、私を馬車へとエスコートした。
私は、フェンとノクスを連れて馬車に乗り込み、ふかふかのシートに座った。
二匹も、また新しい冒険が始まることを察し、どこか得意げな顔をしている。
馬車が動き出し、王都の石畳を、一定のリズムで鳴らしながら進んでいった。
私は、窓の外を流れる景色を見つめ、有力者の名簿に、目を落とした。
私からお金を奪おうとした代償が、どれほど高いか、身を以て教えるつもりだ。
私の小さな呟きは、馬車の走行音に紛れて、静かに消えていった。
ポルトゥスへ向かう街道は、以前よりも整備され、走りやすくなっている。
アークライト商会の荷馬車が頻繁に行き交い、経済の活気を感じさせた。
「リリア様、この数ヶ月で王国の物流は、劇的に良くなりました」
レオンが、馬車の横を並走しながら、感銘を受けたような声で私に言った。
「いいえ、私はただ、無駄を徹底的に省いただけのことですよ」
道が悪ければ商品が届かず、結果として利益が出ないという、単純な話だ。
そんな道理も分からない人たちが多すぎる、と私は淡々と事実を述べた。
三日目の昼過ぎ、視界の先に再び、キラキラと輝く青い海が、見えてきた。
潮の香りが風に乗って届き、港町の喧騒が、遠くから聞こえてくる。
「懐かしいわね、フェン、ノクス。またここに戻ってきたわよ」
私は二匹に優しく語りかけ、馬車の窓を少しだけ開けて、風を感じた。
港に到着すると、そこには驚くほど多くの商人たちが、集まっていた。
特派員の到着を待ち構えていたのだろうが、その目は、どこか濁っている。
馬車の扉が開けられ、私が一歩外に踏み出すと、あたりはしんとした。
四歳の少女が、王室の全権を帯びて現れた事実に、誰もが言葉を失っている。
「ようこそ、ポルトゥスへ、リリア様。心より、歓迎いたします」
一人の恰幅の良い商人が、卑屈な笑みを浮かべて、私の前に進み出た。
自分は新たな貿易ギルドの代表を務める、マルコだと彼は自己紹介した。
私は、その男の目をじっと見つめ、彼の背景を、脳内で検索する。
マルコは、かつてボルジア辺境伯の影で、甘い汁を吸っていた小悪党だ。
彼が今の代表だという事実が、この街の病を、如実に物語っていた。
「マルコ様、挨拶は結構です。私の時間は、とても限られています」
昨年度の全ての帳簿と、取引先の名簿を、一時間以内に私の宿舎まで届けて。
私は、挨拶を返す間もなく、鋭い要求を、彼に叩きつけた。
「え、え。帳簿を、今すぐにですか。それは、少し急すぎませんか」
マルコの顔が、一瞬で引きつり、額から嫌な汗が、流れ落ちた。
「ええ。全権を委ねられた以上、まずは数字で現状を、確認します」
何か見せられない理由でも、あなたにはあるのですかと、私は首を傾げた。
私の瞳の奥にある冷徹な光に、マルコは硬直して、動けなくなっている。
「は、はい。すぐに、すぐに用意させて、届けさせます」
彼は、転がるようにしてその場を去り、部下たちに大声で指示を出した。
「レオン様、宿舎の周りの警備を、今すぐ最大まで固めてください」
一匹のネズミたりとも、ここから逃がしてはならないと、私は冷たく命じた。
私の滞在する宿舎は、今、巨大な会計監査の場へと、変貌しようとしている。
一時間後、約束通り山のような古い帳簿が、部屋に運び込まれてきた。
私は、それらを冷たい目で見つめ、愛用のペンを、力強く握り直す。
「さて、嘘と横領の数字を、全て綺麗に炙り出して、あげましょう」
私はお茶を一口飲み、目の前に広がる、数字の海へと勢いよく飛び込んだ。
フェンとノクスは、私の足元で、静かに主人を支えるように控えている。
その瞳は、私の怒りを感じ取っているかのように、鋭く光を放っていた。
夜が深まるにつれて、部屋からは薪がはぜる音だけが、聞こえてくる。
私は、マルコたちが必死に隠していた、二重帳簿の矛盾を、次々と暴いた。
「お粗末ね。こんな単純な誤魔化しで、私を騙せると思っているのかしら」
私は、一枚の汚れた羊皮紙を、指先で強く叩いて怒りをあらわにした。
そこには、隣国への不正な横流しの記録が、巧妙に、しかし雑に記されていた。
これが、アーノルド殿下の懸念していた、他国の影の正体だった。
その時、背後のバルコニーの扉が、音もなく静かに、ゆっくりと開いた。
ゼロ兄様が、夜の冷たい風と共に現れ、私に新しい情報を、もたらした。
「リリア、マルコは今夜、港の北にある倉庫で、隣国の密使と会う予定だ」
「密会ですか。それは、証拠を押さえる絶好のチャンスですね」
私は、書き上げていた告発状を置き、椅子からゆっくりと立ち上がった。
「兄様、私も連れて行って。その現場で、彼らに引導を渡したいの」
「お前が行くのか。あそこは危険だが、俺が守れば問題ないか」
私は不敵に微笑み、夜の闇に紛れるための準備を、素早く整えた。
私たちは、誰にも気づかれることなく、港の北側にある古い倉庫へ向かった。
レンガ造りの建物が、月明かりの下で、黒く沈んでいるのが見える。
中からは、男たちの低い話し声が、かすかに漏れて聞こえてきた。
私は、壁の小さな隙間から、中の様子を慎重に伺うことにした。
そこには、怯えた表情のマルコと、黒いマントの怪しい男たちがいた。
テーブルの上には、アークライト商会の印を偽造した、契約書がある。
「これさえあれば、アークライトのルートは、我々のものになる」
黒いマントの男が、下品な声で笑い、マルコの肩を叩いた。
「そうですね。でも、追い返されるのは、あなた方の方ですよ」
私が、倉庫の重い扉を大きく開け放ち、堂々と姿を現した。
「な、誰だ。貴様、どこから入ってきた」
男たちが一斉に振り返り、驚きと怒りの表情を、私に向けた。
そこには、騎士団を背後に従え、二匹の聖獣を連れた、幼い少女がいた。
私の手には、先ほどまで整理していた、真実の帳簿が握られている。
「経済特派員の、リリアです。あなた方の罪状を、今から読み上げます」
私の透き通った声が、静まり返った倉庫の中に、凛として響き渡った。
マルコは腰を抜かし、その場にへたり込んで、ガタガタと震えている。
密使たちは武器を抜こうとしたが、レオンの剣が、すでに喉元にあった。
「無駄な抵抗は、おやめなさい。あなた方の資産は、全て凍結されました」
私は、冷徹な判決を言い渡し、彼らの絶望した顔を、じっと見つめた。
お金も地位も未来も、全て私の手のひらで、消えていったのである。
こうして、ポルトゥスの騒動は、一夜にして、完全な終結を迎えた。
私は不適格な商人を一掃し、新しい貿易システムを、再構築したのだ。
翌朝、港は今までにない、清々しい空気に、優しく包まれていた。
新しい商人たちが私の前に集まり、契約を結ぶために、列をなしている。
「さて、掃除は終わりました。セバスチャン、美味しい朝食を頂戴」
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なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
魔力ゼロだからと婚約破棄された公爵令嬢、前世の知識で『魔法の公式』を解明してしまいました。
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公爵令嬢のリディアは、生まれつき魔力を持たない『無能』として、家族からも婚約者である第一王子からも虐げられる日々を送っていた。
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追放先の辺境の地で、彼女は魔力ではなく『知識』を使い、生活を豊かにする画期的な道具を次々と開発。その技術は『失われた古代魔法』と噂になり、いつしか人々から本物の聖女よりも崇められる存在になっていく。
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獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした
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【祝:女性HOT3位!】
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一方、ミミを捨てた元夫は後悔の日々を送っていた。そんな彼の元に、次期王妃の披露パーティーの招待状が届く。そこで彼が目にしたのは、獅子王の隣で誰よりも美しく輝く、ミミの姿だった――。
これは、不遇な少女が本当の愛を見つけ、最高に幸せになるまでの逆転溺愛ストーリー。
※気を抜くと読点だらけになることがあるので、読みづらさを感じたら教えてくれるとうれしいです。
祝:女性HOT69位!(2025年8月25日4時05分)
→27位へ!(8/25 19:21)→11位へ!(8/26 22:38)→6位へ!(8月27日 20:01)→3位へ!(8月28日 2:35)
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