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第90話 米粉のパフェと愚かなる小麦買い占め
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王都の中央駅に滑り込む。
巨大なドーム状の屋根が夜空にそびえる。
アークライト商会の莫大な資金を投じて建設されたこの駅舎は、王都の新たな心臓部として機能していた。
鋼鉄とガラスで構成された幾何学的なアーチが、魔導ランプの光を受けて神々しく輝いている。
アークライト鉄道の特急列車の帰還を、プラットホームに押し寄せた数千の民衆が割れんばかりの歓声で迎えていた。
「リリア様だ!アークライトの女神様が帰ってきたぞ!」
「あの方が持ってくる食材は、この世のものとは思えない美味さだ!」
「これでまた王都の市場が潤う!我らの商売も安泰だ!」
群衆の先頭に立つ商人たちや、一般の市民たちが口々に代弁者としての声を響かせる。
私は最高級のビロードが張られた車内の窓から、カーテンを少しだけ開けて外を眺めた。
民衆の期待と熱狂は、そのまま私の商会が発行する株価へと直結する。
彼らが私を崇拝し、私がもたらす商品に金貨を落とし続ける限り、私の支配は揺るがない。
私は手元の純銀の懐中時計をカチリと開いて弾いた。
予定時刻から一秒の狂いもない、完璧な到着だ。
巨大な車輪が摩擦音を立てて停止すると同時に、群衆をかき分けて黒塗りの豪奢な馬車がプラットホームのすぐ横に横付けされた。
私はマントを翻し、若狼のサイズにまで成長したフェンと、漆黒の毛並みを持つノクスを連れて、優雅に列車を降りる。
「リリア様、おかえりなさいませ。王都の別邸にて、至高の晩餐の準備が整っております」
出迎えに立ち、完璧な角度でお辞儀をした執事のセバスチャンが、馬車の扉を開ける。
私はその隙間に、一切の無駄のない動作で滑り込んだ。
馬車がゆっくりと動き出し、熱狂する群衆を後方へと置き去りにしていく。
防音の施された車内は、外の狂騒が嘘のように静寂で快適な空間だった。
「晩餐の前に、カシアン。砂糖菓子連盟の最新の動きを言いなさい」
私は革張りのシートに深く背中を預け、向かいに座る筆頭監査役へ冷徹な視線を向けた。
「結論から述べます。彼らは王都周辺の主要な製粉所を全て買い占めました」
カシアンが馬車の中で分厚い書類を広げ、淡々と報告を始める。
彼の銀縁眼鏡の奥の目が、獲物を定めるように鋭く光っている。
「彼らは豊富な資金を背景に、小麦の流通ルートを物理的に塞ぎ、製粉施設を完全に乗っ取りました。小麦粉の供給を市場から断ち切ることで、我々アークライト商会が企画している新作スイーツの製造を阻止するつもりのようです」
それを聞いた瞬間、私は呆れ果てて小さく鼻で笑った。
「お粗末ね。私が既に東のシオン王国から、最高品質の米粉を大量輸入しているのを知らないの?」
小麦粉がなければ、米粉でスイーツを作ればいい。
東の国との間に結んだ絶対的な貿易協定により、アークライト商会の巨大な倉庫には、厳重な温度管理の下で米粉が山のように備蓄されている。
彼らの古典的な買い占め戦略など、私の広大なグローバルサプライチェーンの前では小石ほどの障害にもならない。
「しかも、米粉の持つ独特の風味と弾力の方が、私の新しい『虹の蜜』にはよく合うわ。彼らは私の足を引っ張ろうとして、結果的に私の新商品の独創性と付加価値を高める手伝いをしてくれたというわけね」
「さすがリリア様。敵の悪質な妨害すらも、新商品のプロモーションの布石に組み込んでしまうとは。既に代替プランが完璧に完成していたのですね」
カシアンが、心底からの感嘆の溜息をつく。
彼の瞳には、私の底知れぬ経営手腕と先見の明に対する絶対的な畏怖が浮かんでいた。
私は手帳を開き、流れるような動作で次の利益と損失の数値を書き込んだ。
「連盟が買い占めた小麦粉、そのまま倉庫で腐らせてあげなさい」
「流通を止めた罪は、在庫の廃棄損という形で払ってもらうわ。需要のない小麦粉を法外な価格で抱え込んだ彼らの資金繰りは、今週末には完全にショートするはずよ」
私は冷酷に言い放つ。
市場のルールを無視した独占は、自らの首を絞めるだけの愚行だ。
彼らは自ら掘った落とし穴の中で、資産を溶かしながら泣き喚くことになるだろう。
馬車は貴族街の静かな大通りを抜け、我がアークライト家の別邸へと近づいていく。
屋敷に到着すると、巨大な正門の前には見慣れない豪華な看板が掲げられていた。
『アークライト・パフェ・フェスティバル開催決定』
文字の周りには最先端の魔法の光が散りばめられ、夜の闇の中に鮮やかな色彩で浮かび上がっている。
私が西方や北方を飛び回っている間に、宣伝部が完璧に仕事をこなしていたようだ。
「リリア様、お待ちしておりました!チケットの予約は既に三カ月先まで全て完売で埋まっております!追加販売の要望が殺到し、対応に追われる事態となっております!」
出迎えのメイド長が小走りで駆け寄ってきた。
彼女の顔は、空前の売上記録による喜びで紅潮している。
「結構。でも、品質を落とすことは絶対に許さないわよ。一つでも基準を満たさない粗悪なものを提供すれば、即座にアークライトのブランド価値が下がるわ。手抜きをした職人はその場で解雇しなさい」
私は冷徹に釘を刺し、エントランスホールを通り過ぎた。
厨房の方角からは、鼻腔をくすぐる濃厚で甘い香りが漂ってくる。
王都中から集められた一流のパティシエたちが、私の舌を満足させるために不眠不休で新作の試作に励んでいるのだ。
私は彼らに声をかけることなく、一直線に二階の自室へと向かった。
まずは長旅の汚れを落とさなければならない。
フェンもノクスも、誇り高き毛並みに付着した微かな埃をひどく気にしているのだ。
最高級の香油が溶け込んだ大浴場で優雅に湯浴みを済ませると、私はふかふかの特注ガウンに身を包んだ。
「わんっ!やっぱりおうちのおふろは最高です!」
フェンが濡れた体をブルブルと激しく振るった。
ダイヤモンドのように輝く銀色の飛沫が飛び散る。
「にゃあ。お湯の温度も完璧ね。セバスチャンの管理は流石だわ。私の美しい黒毛も、これで完璧な艶を取り戻したわ」
ノクスは優雅に自身の毛を舐めている。
彼女は既に落ち着きを取り戻し、特等席である窓辺のベルベットのクッションに陣取っていた。
そこへ、静かなノックと共にセバスチャンが純銀のトレイを運んできた。
「リリア様。フェスティバルの目玉となる、最終試作品でございます」
彼が恭しく、そして自信満々にトレイをテーブルの中央に置く。
「東方の虹の蜜と、新開発の米粉のシフォン。そして南の海で手に入れた紫の古代香辛料、アメジスト・ペッパーを使用した、至高のパフェです」
クリスタルガラスの巨大な器の中で、七色の蜜がオーロラのように幻想的に揺らめいている。
何層にも重なった純白の極上生クリームと、黄金色に焼き上げられた米粉のシフォンケーキ。
その頂上には、細かく砕かれた紫の宝石、アメジスト・ペッパーが雪のように美しく散らされていた。
視覚だけでも脳の報酬系が強烈に刺激され、口の中に抑えきれない唾液が溢れてくる。
私は純銀の長いスプーンを手に取った。
まずは底の方にあるシフォンケーキと虹の蜜を一緒にすくい上げ、躊躇なく口へと運ぶ。
「……っ!食感の革命だわ」
米粉特有のモチモチとした力強い弾力が、虹の蜜の暴力的なまでの濃厚な甘さをしっかりと受け止める。
小麦粉のパサつきでは決して出せない、この独特の歯ごたえがたまらない快感だ。
噛むたびに、高貴な花の香りを思わせる蜜の甘みが、口いっぱいに弾け飛ぶ。
そして、不意に訪れる紫のスパイスの微かな、しかし鮮烈な刺激。
アメジスト・ペッパーが舌の細胞を強制的に覚醒させ、味覚の解像度を限界まで引き上げる。
「甘さ、食感、刺激。この三位一体が完璧に計算されている。私の求める完璧なデザートよ」
私は陶酔したように目を細め、次々とスプーンを動かした。
「金貨三枚。これがこのパフェの適正価格ね」
私の設定した法外な価格に、カシアンが控えめな声で尋ねる。
「金貨三枚!?パフェ一つに、それほどの大金を……一般の市民には到底手が出ない額ですが」
「希少性と体験の価値よ。アークライトの絶対的なブランド料だと思えば安いわ」
私は最後の一口を名残惜しむように飲み込んだ。
脳の隅々にまで上質な糖分が行き渡り、疲労した思考が限界まで冴え渡っていく。
「富裕層は、他人が食べられないものを食べることに至上の優越感を抱くの。彼らからたっぷりと資金を回収し、それを元手に大衆向けの安価なスイーツラインを別ブランドで展開する。そうすれば、市場の全てを私が支配できるわ」
「カシアン、明日の朝一番で、砂糖菓子連盟のメインバンクを訪ねるわ」
私はグラスの冷水を飲み、完全に冷徹な経営者の顔へと戻った。
「買収の準備はできております。彼らの不良債権、全て底値で買い叩きましょう。連盟の幹部たちは、小麦の大量在庫と価格下落により、すでに多重債務で首が回らない状態に陥っています」
カシアンが手帳に即座に実行計画を書き込む。
「ええ。彼らには、甘いパフェではなく、苦い現実を食べていただくわ。自分たちが買い占めた小麦粉と一緒に、市場の底へ沈めてあげる」
私は窓の外、遠くに見える連盟のビルを冷ややかに眺めた。
私の愛する美味しいものを人質に取ろうとした報いだ。
一カッパーの価値も残さず、完膚なきまでに市場から掃除する。
フェンは私の膝の上に重い頭を乗せた。
最高級の肉とミルクで満腹になり、安心しきった様子で彼は既に夢の中だ。
ノクスはテーブルの上で綺麗な円を描いて丸まっている。
彼女もまた、極上のディナーを堪能して満足しきっていた。
私は手帳をパタンと閉じた。
明日の朝食は、何を食べようかしら。
窓の外から、王都の絶え間ない喧騒が微かに聞こえてくる。
それは私にとって、最高に心地よい音楽のようだった。
経済の巨大な歯車が規則正しく回る音。
私の金庫に金貨が無限に積み上がっていく音。
私は深く革張りの椅子に沈み込んだ。
明日もまた、楽しい仕事が待っている。
ライバルたちの無様な泣き言を特等席で聞くのは、極上の食事をさらに引き立てる最高のスパイスになるだろう。
「リリア様、明朝は東の海から獲れたてのマグロも届く予定です。アークライト・コールドチェーンの完全稼働により、鮮度は海にいた時と寸分違わぬ状態を保っております」
セバスチャンが静かに、そして誇らしげに報告する。
「いいわね。お刺身とパフェ。最高の組み合わせだわ。東の長期熟成醤油をたっぷりと使って、極上の朝食を用意してちょうだい」
私は満足げに微笑んだ。
私の構築した経済の帝国は、さらに強大に、そして美味しくなっていく。
「わん……。おすし……」
フェンが幸せそうな寝言を言った。
私はその銀色の背中を優しく撫でた。
夜が更けていく。
王都の闇は、アークライトの光に照らされていた。
私は目を閉じた。
夢の中でも、私は数字を操っているだろう。
世界中の美味しいものを、私の元へ集めるために。
巨大なドーム状の屋根が夜空にそびえる。
アークライト商会の莫大な資金を投じて建設されたこの駅舎は、王都の新たな心臓部として機能していた。
鋼鉄とガラスで構成された幾何学的なアーチが、魔導ランプの光を受けて神々しく輝いている。
アークライト鉄道の特急列車の帰還を、プラットホームに押し寄せた数千の民衆が割れんばかりの歓声で迎えていた。
「リリア様だ!アークライトの女神様が帰ってきたぞ!」
「あの方が持ってくる食材は、この世のものとは思えない美味さだ!」
「これでまた王都の市場が潤う!我らの商売も安泰だ!」
群衆の先頭に立つ商人たちや、一般の市民たちが口々に代弁者としての声を響かせる。
私は最高級のビロードが張られた車内の窓から、カーテンを少しだけ開けて外を眺めた。
民衆の期待と熱狂は、そのまま私の商会が発行する株価へと直結する。
彼らが私を崇拝し、私がもたらす商品に金貨を落とし続ける限り、私の支配は揺るがない。
私は手元の純銀の懐中時計をカチリと開いて弾いた。
予定時刻から一秒の狂いもない、完璧な到着だ。
巨大な車輪が摩擦音を立てて停止すると同時に、群衆をかき分けて黒塗りの豪奢な馬車がプラットホームのすぐ横に横付けされた。
私はマントを翻し、若狼のサイズにまで成長したフェンと、漆黒の毛並みを持つノクスを連れて、優雅に列車を降りる。
「リリア様、おかえりなさいませ。王都の別邸にて、至高の晩餐の準備が整っております」
出迎えに立ち、完璧な角度でお辞儀をした執事のセバスチャンが、馬車の扉を開ける。
私はその隙間に、一切の無駄のない動作で滑り込んだ。
馬車がゆっくりと動き出し、熱狂する群衆を後方へと置き去りにしていく。
防音の施された車内は、外の狂騒が嘘のように静寂で快適な空間だった。
「晩餐の前に、カシアン。砂糖菓子連盟の最新の動きを言いなさい」
私は革張りのシートに深く背中を預け、向かいに座る筆頭監査役へ冷徹な視線を向けた。
「結論から述べます。彼らは王都周辺の主要な製粉所を全て買い占めました」
カシアンが馬車の中で分厚い書類を広げ、淡々と報告を始める。
彼の銀縁眼鏡の奥の目が、獲物を定めるように鋭く光っている。
「彼らは豊富な資金を背景に、小麦の流通ルートを物理的に塞ぎ、製粉施設を完全に乗っ取りました。小麦粉の供給を市場から断ち切ることで、我々アークライト商会が企画している新作スイーツの製造を阻止するつもりのようです」
それを聞いた瞬間、私は呆れ果てて小さく鼻で笑った。
「お粗末ね。私が既に東のシオン王国から、最高品質の米粉を大量輸入しているのを知らないの?」
小麦粉がなければ、米粉でスイーツを作ればいい。
東の国との間に結んだ絶対的な貿易協定により、アークライト商会の巨大な倉庫には、厳重な温度管理の下で米粉が山のように備蓄されている。
彼らの古典的な買い占め戦略など、私の広大なグローバルサプライチェーンの前では小石ほどの障害にもならない。
「しかも、米粉の持つ独特の風味と弾力の方が、私の新しい『虹の蜜』にはよく合うわ。彼らは私の足を引っ張ろうとして、結果的に私の新商品の独創性と付加価値を高める手伝いをしてくれたというわけね」
「さすがリリア様。敵の悪質な妨害すらも、新商品のプロモーションの布石に組み込んでしまうとは。既に代替プランが完璧に完成していたのですね」
カシアンが、心底からの感嘆の溜息をつく。
彼の瞳には、私の底知れぬ経営手腕と先見の明に対する絶対的な畏怖が浮かんでいた。
私は手帳を開き、流れるような動作で次の利益と損失の数値を書き込んだ。
「連盟が買い占めた小麦粉、そのまま倉庫で腐らせてあげなさい」
「流通を止めた罪は、在庫の廃棄損という形で払ってもらうわ。需要のない小麦粉を法外な価格で抱え込んだ彼らの資金繰りは、今週末には完全にショートするはずよ」
私は冷酷に言い放つ。
市場のルールを無視した独占は、自らの首を絞めるだけの愚行だ。
彼らは自ら掘った落とし穴の中で、資産を溶かしながら泣き喚くことになるだろう。
馬車は貴族街の静かな大通りを抜け、我がアークライト家の別邸へと近づいていく。
屋敷に到着すると、巨大な正門の前には見慣れない豪華な看板が掲げられていた。
『アークライト・パフェ・フェスティバル開催決定』
文字の周りには最先端の魔法の光が散りばめられ、夜の闇の中に鮮やかな色彩で浮かび上がっている。
私が西方や北方を飛び回っている間に、宣伝部が完璧に仕事をこなしていたようだ。
「リリア様、お待ちしておりました!チケットの予約は既に三カ月先まで全て完売で埋まっております!追加販売の要望が殺到し、対応に追われる事態となっております!」
出迎えのメイド長が小走りで駆け寄ってきた。
彼女の顔は、空前の売上記録による喜びで紅潮している。
「結構。でも、品質を落とすことは絶対に許さないわよ。一つでも基準を満たさない粗悪なものを提供すれば、即座にアークライトのブランド価値が下がるわ。手抜きをした職人はその場で解雇しなさい」
私は冷徹に釘を刺し、エントランスホールを通り過ぎた。
厨房の方角からは、鼻腔をくすぐる濃厚で甘い香りが漂ってくる。
王都中から集められた一流のパティシエたちが、私の舌を満足させるために不眠不休で新作の試作に励んでいるのだ。
私は彼らに声をかけることなく、一直線に二階の自室へと向かった。
まずは長旅の汚れを落とさなければならない。
フェンもノクスも、誇り高き毛並みに付着した微かな埃をひどく気にしているのだ。
最高級の香油が溶け込んだ大浴場で優雅に湯浴みを済ませると、私はふかふかの特注ガウンに身を包んだ。
「わんっ!やっぱりおうちのおふろは最高です!」
フェンが濡れた体をブルブルと激しく振るった。
ダイヤモンドのように輝く銀色の飛沫が飛び散る。
「にゃあ。お湯の温度も完璧ね。セバスチャンの管理は流石だわ。私の美しい黒毛も、これで完璧な艶を取り戻したわ」
ノクスは優雅に自身の毛を舐めている。
彼女は既に落ち着きを取り戻し、特等席である窓辺のベルベットのクッションに陣取っていた。
そこへ、静かなノックと共にセバスチャンが純銀のトレイを運んできた。
「リリア様。フェスティバルの目玉となる、最終試作品でございます」
彼が恭しく、そして自信満々にトレイをテーブルの中央に置く。
「東方の虹の蜜と、新開発の米粉のシフォン。そして南の海で手に入れた紫の古代香辛料、アメジスト・ペッパーを使用した、至高のパフェです」
クリスタルガラスの巨大な器の中で、七色の蜜がオーロラのように幻想的に揺らめいている。
何層にも重なった純白の極上生クリームと、黄金色に焼き上げられた米粉のシフォンケーキ。
その頂上には、細かく砕かれた紫の宝石、アメジスト・ペッパーが雪のように美しく散らされていた。
視覚だけでも脳の報酬系が強烈に刺激され、口の中に抑えきれない唾液が溢れてくる。
私は純銀の長いスプーンを手に取った。
まずは底の方にあるシフォンケーキと虹の蜜を一緒にすくい上げ、躊躇なく口へと運ぶ。
「……っ!食感の革命だわ」
米粉特有のモチモチとした力強い弾力が、虹の蜜の暴力的なまでの濃厚な甘さをしっかりと受け止める。
小麦粉のパサつきでは決して出せない、この独特の歯ごたえがたまらない快感だ。
噛むたびに、高貴な花の香りを思わせる蜜の甘みが、口いっぱいに弾け飛ぶ。
そして、不意に訪れる紫のスパイスの微かな、しかし鮮烈な刺激。
アメジスト・ペッパーが舌の細胞を強制的に覚醒させ、味覚の解像度を限界まで引き上げる。
「甘さ、食感、刺激。この三位一体が完璧に計算されている。私の求める完璧なデザートよ」
私は陶酔したように目を細め、次々とスプーンを動かした。
「金貨三枚。これがこのパフェの適正価格ね」
私の設定した法外な価格に、カシアンが控えめな声で尋ねる。
「金貨三枚!?パフェ一つに、それほどの大金を……一般の市民には到底手が出ない額ですが」
「希少性と体験の価値よ。アークライトの絶対的なブランド料だと思えば安いわ」
私は最後の一口を名残惜しむように飲み込んだ。
脳の隅々にまで上質な糖分が行き渡り、疲労した思考が限界まで冴え渡っていく。
「富裕層は、他人が食べられないものを食べることに至上の優越感を抱くの。彼らからたっぷりと資金を回収し、それを元手に大衆向けの安価なスイーツラインを別ブランドで展開する。そうすれば、市場の全てを私が支配できるわ」
「カシアン、明日の朝一番で、砂糖菓子連盟のメインバンクを訪ねるわ」
私はグラスの冷水を飲み、完全に冷徹な経営者の顔へと戻った。
「買収の準備はできております。彼らの不良債権、全て底値で買い叩きましょう。連盟の幹部たちは、小麦の大量在庫と価格下落により、すでに多重債務で首が回らない状態に陥っています」
カシアンが手帳に即座に実行計画を書き込む。
「ええ。彼らには、甘いパフェではなく、苦い現実を食べていただくわ。自分たちが買い占めた小麦粉と一緒に、市場の底へ沈めてあげる」
私は窓の外、遠くに見える連盟のビルを冷ややかに眺めた。
私の愛する美味しいものを人質に取ろうとした報いだ。
一カッパーの価値も残さず、完膚なきまでに市場から掃除する。
フェンは私の膝の上に重い頭を乗せた。
最高級の肉とミルクで満腹になり、安心しきった様子で彼は既に夢の中だ。
ノクスはテーブルの上で綺麗な円を描いて丸まっている。
彼女もまた、極上のディナーを堪能して満足しきっていた。
私は手帳をパタンと閉じた。
明日の朝食は、何を食べようかしら。
窓の外から、王都の絶え間ない喧騒が微かに聞こえてくる。
それは私にとって、最高に心地よい音楽のようだった。
経済の巨大な歯車が規則正しく回る音。
私の金庫に金貨が無限に積み上がっていく音。
私は深く革張りの椅子に沈み込んだ。
明日もまた、楽しい仕事が待っている。
ライバルたちの無様な泣き言を特等席で聞くのは、極上の食事をさらに引き立てる最高のスパイスになるだろう。
「リリア様、明朝は東の海から獲れたてのマグロも届く予定です。アークライト・コールドチェーンの完全稼働により、鮮度は海にいた時と寸分違わぬ状態を保っております」
セバスチャンが静かに、そして誇らしげに報告する。
「いいわね。お刺身とパフェ。最高の組み合わせだわ。東の長期熟成醤油をたっぷりと使って、極上の朝食を用意してちょうだい」
私は満足げに微笑んだ。
私の構築した経済の帝国は、さらに強大に、そして美味しくなっていく。
「わん……。おすし……」
フェンが幸せそうな寝言を言った。
私はその銀色の背中を優しく撫でた。
夜が更けていく。
王都の闇は、アークライトの光に照らされていた。
私は目を閉じた。
夢の中でも、私は数字を操っているだろう。
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六歳になったんじゃ?
食べ物に執着してる見た目は子供中身は大人のリリアの野望、面白く拝見させていただいてますが、
70話で『私は6歳になり』ってくだりがあるのですが、その後の話は4歳に戻ってます。
リリアの正しい年齢は何歳なのでしょう。
リリア嬢の年齢が4歳になったり6歳になったりしてますよ〜