元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

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「……お疲れさまでした。依頼報告、こちらでお預かりしますね」

「ありがとっす! うへぇ~、今日はさすがにバテた……」

お昼過ぎからバタバタと駆け込んできた冒険者たちの報告処理を、私は手際よく進めていた。

とはいえ、今日の私はもう心ここにあらず。

「バジル香るバジリスクのスタミナ焼き」――この一文が、朝から私の頭を支配してる。

(ああもう、バジルってだけでちょっと洒落てるのに、バジリスクだよ? どう調理するのか見当もつかないけど……絶対おいしいやつ)

頭の中で何度も、文字通り味を想像して反芻してしまう。

でもギルドでよだれを垂らすわけにもいかないから、私、いま全力で平静を装っている。

「……佐倉さーん、ちょっとこの魔鉱石、鑑定お願いできますかー?」

「あっ、はい。すぐ確認しますね」

カウンター内の端末でサクッと鑑定。大した反応はなくて、等級表示はDランク。

「はい、こちらD級魔鉱石でした。報酬は一個につき銀貨二枚ですね」

「おー、ありがとっす! 佐倉さん、いつも助かる~」

(……うん、それはそれ。ごはんはごはん)

魔鉱石も大事だけど、今夜のごはんの期待値のほうが圧倒的に高い。

そして、定時。

今日も無事、誰も欠けることなく報告が終わった。

「本日もご依頼、お疲れさまでした。お気をつけてお帰りくださいませ」

最後の声をかけて、制服を脱いでロッカーに仕舞う。

スマホを手にして、もう一度さっきの通知を確認。

──『バジル香るバジリスクのスタミナ焼き』本日限定、数量少なめ。

「……よし」

気づけば、足がもう動いていた。

〈モンス飯亭〉のカウンター席。今日は入口側の角席が空いていた。

「あら、いらっしゃい佐倉さん。今日も……?」

「はい。カウンター、いいですか?」

「もちろん。……見てた? 限定メニュー」

「はいっ! あの、まだ残ってますか?」

「ふふ、あるわよ。佐倉さんのぶんは取っておいたから」

「あああ……やったぁ……!」

思わず手のひらを握っちゃった。こういうのって、ほんと、いちばんうれしい。

「それと、今夜はちょっとクセが強いから、バジルで香りを立てたの。食欲増すよ~」

「もう、説明だけでお腹鳴りそうです……!」

「じゃあ、まずはビールね?」

「はい、お願いします!」

カシュッ。

この音、もう労働の終わりの合図みたいなもの。

「……いただきます。ぷはぁ~……今日もご褒美だ……」

体の奥まで泡が染みる感じ。

生きてる、って思える瞬間って、たぶんこれ。

そして運ばれてくる、バジリスクのスタミナ焼き。

「うわあ……!」

思わず声が漏れた。

鉄板の上でじゅうじゅう音を立てる肉。肉って言っていいのかはちょっと悩むけど、バジリスクの腿肉を薄めにスライスして、バジルとガーリックで炒めてあるらしい。

その上からとろっとろの温玉が落とされていて、もう香りだけでご飯三杯はいける気がする。

「これは……完全に反則」

思わず箸が伸びる。

一枚取って、温玉にちょんとつけて、口の中へ。

「んっっ……っ!!」

舌の上に乗った瞬間、バジルの爽やかさがぱっと広がって、そのあとに濃厚な旨みが押し寄せてくる。

バジリスクの肉、ちょっと野生味があるかなって思ってたのに、意外なほど柔らかくて、噛むごとに旨みが溢れる。

「これ、ご飯ください……! いやむしろ、鍋ごとほしい……!」

店主が笑いながら、炊きたてのご飯を持ってきてくれる。

「今日は〈青龍米〉。香りが強い肉と相性いいから、試してみて」

「女将さん、ほんとずるいです……最高の組み合わせじゃないですか……」

バジルと肉の香りに、米の甘みが重なると、もう頭の中が「しあわせ」しか言ってない。

「……これ、ほんとにバジリスクなんですか? 想像してたより、ずっとやさしい味……」

「下処理が大変だったのよ。血抜きのとき、うっかり見つめたら石化しかけてね」

「えっ、それ笑い話にしていいやつですか!?」

「まあ大丈夫。うちの常連、ひとりくらい石化しても気づかないような人ばっかりだから」

「それはそれで問題です~!」

でも笑っちゃう。

この空気、好きだなぁ……。

隣の席には誰もいないけど、料理と会話が、ちゃんと心を満たしてくれる。

「ふふ……明日からまた、がんばれそう」

そうつぶやいたとき、奥から女将さんがふと一言。

「そうそう。佐倉さん、来週末、限定コラボ出す予定なの。常連さん限定でね」

「えっ……コラボ?」

「うん、“伝説級素材”使った料理。味見、お願いしようかなと思って」

「……それ、絶対食べます!!」
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