追放された私、実は世界樹の化身だったので離れた瞬間に国が枯れ果てました

旅する書斎(☆ほしい)

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第3話 賢者の若返りと空飛ぶ食材

「おじいさん、大丈夫? いきなり倒れたりして」

私はフライパンを持ったまま、玄関先で土下座のような姿勢を保っている老人に声をかけた。
彼は私の顔を直視しようとして、あまりの眩しさに耐えかねたのか、すぐに目を逸らす。
その挙動は、まるで太陽を肉眼で見てしまった哀れな迷い人のようだ。
老人は地面に額を擦り付けたまま、震える声で何かを呟いている。

「お、おお……勿体なきお言葉……! 私はこの大陸を放浪する賢者アルバスと申す者」
「この死の森に、次元を揺るがすほどの神気が満ちたのを察知し、馳せ参じた次第です」

アルバスと名乗った老人は、震える手で地面をなぞっている。
指先が土に触れるたびに、彼は感電したかのようにビクビクと体を痙攣させていた。

「信じられん……この土、一粒一粒が聖遺物レベルの魔力を帯びている……」
「ここに生えている雑草一本で、隣国の病人が全員完治するほどの霊草ではないか……!」
「ああ、なんという奇跡。呼吸をするだけで、肺の中の穢れが浄化されていくのがわかる」

彼は涙を流しながら、私の足元の草を拝み始めた。
正直、ちょっと引く。
ただの観賞用に生やした花に、そこまでの価値があるとは到底思えない。
クロがトイレの後に土をかけた場所かもしれないのに、物好きな老人だ。
私は困ったように眉を下げ、足元で尻尾を振っているクロに視線を送る。
クロも「変な生き物が来たな」とでも言いたげに、小首を傾げていた。

「そんなことより、お腹空いてない? 今、ちょうどお肉が焼けたところなの」

私がそう提案すると、アルバスは「えっ」と間抜けな声を上げた。
彼は信じられないものを見る目で、私が持っているフライパンと、そこに乗っている肉塊を交互に見比べる。

「め、女神様の手料理を、この私が……? そ、そのような不敬、許されるはずが……」
「そんなことをしたら、魂が浄化されて昇天してしまいます!」
「大袈裟ね。ただの猪のお肉よ。冷めないうちに食べましょう」

私は無理やり彼を立たせ、クリスタルの椅子に座らせた。
テーブルの上には、大皿に盛った猪のステーキが湯気を立てている。
表面は香ばしい狐色に焼き上がり、断面からは透明な肉汁が溢れ出していた。
付け合わせには、庭で採れたばかりの色彩豊かな野菜を添えてある。
黄金色のポテト、ルビーのようなトマト、エメラルド色のブロッコリー。
どれもが宝石のように輝き、食欲をそそる香りを放っていた。

「さあ、召し上がれ」

私が促すと、アルバスは震える手でナイフとフォークを握った。
彼はまるで、爆発物を扱うかのような慎重さでナイフを入れる。
刃が肉に触れた瞬間、抵抗なくスッと沈み込んだ。
肉が柔らかすぎるのだ。
切り口から立ち上る芳醇な香りが、アルバスの鼻腔を直撃する。
彼は一度大きく深呼吸をし、意を決したように肉を口に運んだ。

その瞬間、彼の背後から黄金の後光が射したような錯覚に陥った。
いや、錯覚ではない。
実際に彼の毛穴という毛穴から、光が噴き出している。

「な、なんという……! これは肉ではない、生命の福音だ……!」
「んぐっ、んんっ……! 口の中で肉が溶けていく! 噛む必要すらない!」
「脂が甘い! それでいて、果実のように爽やかだ! これは本当に地上の豚なのか!?」

アルバスは目を見開き、恍惚の表情で叫び声を上げた。
一口食べるごとに、彼の体内でバチバチという音が鳴り響く。
それは、枯渇していた彼の魔力回路が、強制的に修復され、拡張されていく音だった。

「体内の魔力回路が、濁流のようなエネルギーで洗い流されていく……!」
「おおお、目が見える! 白内障で曇っていた視界が、水晶のようにクリアに!」
「昔患った腰痛も消えた! 古傷が塞がっていく! 力が、力が漲ってくるぞ!」
「若返る、私が若返っていくぞ!」

目の前で、信じがたい現象が起きた。
老人の純白の髭が、根元からみるみるうちに黒く染まっていく。
シミだらけだった肌が剥がれ落ち、下から赤子のようにツヤツヤとした肌が現れる。
曲がっていた背筋がピンと伸び、骨格そのものが全盛期の形へと組み変わっていく。
数分後、そこには三十代半ばほどの、精悍な顔立ちの魔導師が座っていた。
筋肉は隆起し、瞳には知性と活力が宿っている。
もはや、さっきまでの老いぼれた面影はどこにもない。

「……若返りすぎじゃない?」

私が呆れて呟くと、アルバス(若返り版)は、自分の両手を見つめて震えていた。
そして、ガタリと椅子を倒して立ち上がり、再び私の足元に跪いた。
今度は土下座ではなく、騎士が主君に捧げるような優雅な跪礼だ。

「エルナ様! どうか、私をあなたの末席に加えてください! この命、すべてあなたに捧げます!」
「このアルバス、世界最高の賢者と呼ばれた知識と魔法、そのすべてをもってあなた様にお仕えいたします!」

彼の瞳は、狂信的とも言える熱意で燃え上がっていた。
どうやら、ただの食事で彼の一生分の忠誠心を買ってしまったらしい。
まあ、この広い屋敷を一人で管理するのは大変そうだし、手伝ってくれる人がいるのは助かる。
掃除や洗濯、庭の手入れ。
やることは山積みだ。

「わかったわ。じゃあ、まずはこのお皿を洗っておいてくれる?」
「ははっ! 喜んで! この皿一枚、命に代えても磨き上げます!」

クロが隣で「チッ」と舌打ちをしたような気がしたが、見なかったことにする。
彼はアルバスを「獲物を奪うライバル」として認識しているようだ。
私が彼らの相手をしている間にも、私の脳内では通知が鳴り止まない。

【ハピネスポイント:3000】
【アルバスが配下に加わりました。拠点の防衛力が大幅に上昇します】
【新たな施設『聖泉の風呂』が建設可能になりました】

お風呂! それはいい。
この世界のお風呂は、ぬるいお湯を被るだけの不衛生なものが多いから、ずっと不満だったのだ。
温かいお湯に肩まで浸かり、手足を伸ばしてリラックスする。
想像するだけでうっとりしてしまう。
私は早速、邸宅の裏手に最高のバスルームを作るよう、心の中でシステムに念じた。
地下からゴゴゴと低い音が響き、建設が始まったようだ。

一方、その頃。
私を追放した旧王国・ラインハルト領では、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

王宮の会議室は、怒号と悲鳴で満たされていた。
壁に飾られた歴代王の肖像画は、湿気とカビで黒ずみ、見るも無惨な姿になっている。
窓の外には、かつて美しかった王都の惨状が広がっていた。
川は干上がり、ひび割れた底には魚の死骸が積み重なっている。
街路樹は枯れ木となり、風が吹くたびに枝が折れて人々の頭上に降り注ぐ。
空気は乾燥し、喉を焼くような砂埃が舞っていた。

ライナルト王太子は、報告書を机に叩きつけて激昂していた。
彼の顔色は土気色で、目の下には濃い隈が刻まれている。
かつての輝かしい金髪は、油と脂汗でベタリと額に張り付いていた。

「どういうことだ! なぜ国内の川がすべて干上がっている!?」
「貯水池の水が腐って飲めないだと? ワインを出せ! 水がなければワインを飲めばいいだろうが!」

彼は喚き散らすが、家臣たちは青ざめた顔で首を振るばかりだ。

「殿下、葡萄畑は全滅です……。実をつけるどころか、木そのものが塵になって崩れました」
「農作物は全滅、家畜も次々と倒れています。国民の三割が原因不明の魔力枯渇症で倒れました!」
「もう終わりです……この国は、神に見放されたのです!」

「黙れ! 神になど見放されていない! 私には『真の聖女』リリアがいる!」

ライナルトは血走った目で、部屋の隅にうずくまっている婚約者を睨みつけた。
リリアはボロボロのドレスを纏い、ガタガタと震えている。
彼女の自慢だったピンク色の髪は、色褪せてパサパサになっていた。

「そんな……私はちゃんと祈っているわよ! でも、大地が私の声を聞いてくれないの!」
「私の魔力を流しても、砂漠に水を撒くみたいに、一瞬で吸い込まれて消えちゃうのよぉ!」

「無能が! お前はエルナより優れた聖女だと言ったではないか!」
「お前の祈りが足りないからだ! もっと魔力を絞り出せ! 爪が剥がれるまで祈り続けろ!」

ライナルトはリリアの胸倉を掴み、激しく揺さぶる。
リリアは「ひっ……! ライナルト様、痛いです、腕を離して!」と悲鳴を上げた。
かつての甘い雰囲気は微塵もなく、二人は互いに責任をなすりつけ合っている。

彼らはまだ理解していない。
私がいたからこそ、この国の無秩序な魔力消費が成立していたという事実に。
私が歩くパワースポットのようなもので、存在するだけで周囲を活性化させていたのだ。
私の体から無自覚に漏れ出していた余剰魔力が、土壌を肥やし、水を清め、病を防いでいた。
その供給源を自ら断ち切ったのだから、国が滅びるのは必然だった。
今までは、私の「残り香」とも言える残留魔力がわずかに漂っていたため、かろうじて国の形を保てていただけだ。
だが、その残り香もついに底をついた。
今日、この瞬間から、本当の崩壊が始まる。
大地は本来の不毛な姿へと戻り、人々は自分たちの無力さを呪いながら干からびていくしかない。

そんな旧王国の惨状など、今の私にはどうでもいい。
美味しいお茶とお菓子があれば、それだけで世界は完璧なのだから。

「アルバス、食後のデザートにこれ食べてみて。さっき作ったイチゴのタルト」

私は切り分けたタルトを、若返った賢者の前に置いた。
タルト生地には、先ほど採取した黄金の小麦を使い、カスタードクリームには最高級のミルクと卵をたっぷりと使用している。
そして上には、宝石のように輝く真紅のイチゴが山のように盛られていた。
イチゴの甘酸っぱい香りが、部屋中に広がる。

「ははっ! ありがたく頂戴いたします! ……ぐおっ!? この甘み、魂が震える!」

アルバスは一口食べるごとに、椅子から転げ落ちんばかりの衝撃を受けている。

「生地のサクサク感と、クリームの濃厚な甘み……そしてイチゴの酸味が絶妙なハーモニーを奏でている!」
「これはただの菓子ではない……芸術だ! いや、奇跡の具現化だ!」
「食べるだけで、脳の処理速度が向上していく! 新しい魔法理論が、次々と頭に浮かんでくるぞ!」

そのオーバーなリアクションが面白くて、私は思わずクスクスと笑った。
クロは私の膝の上で丸まり、私の指を甘噛みして遊んでいる。
彼の口元には、タルトのクリームがちょっぴりついていて愛らしい。

「そういえばアルバス。この近くに、美味しいお水が湧いている場所はないかしら?」

私はふと思い立って尋ねた。
今の水も十分に美味しいけれど、これだけの食材が揃っているのだから、水にもこだわりたい。
最高級の紅茶を淹れるための、究極の水が欲しい。

「水……ですか? それなら北にある『氷竜の涙』という湖が有名ですが、今は魔物の巣窟で……」
「そこは、かつて神々が喉を潤したとされる聖域。ですが、数百年前に『氷竜アズール・ヘイズ』が住み着いて以来、何人たりとも近づけぬ極寒の地獄と化しております」

アルバスは顔をしかめて説明する。
極寒の地獄、か。
冷たい水が飲めるなら、少しくらい寒くても問題ない。

「氷竜? それ、美味しいかしら」

私の言葉に、アルバスが喉を鳴らした。
彼は私が何を言っているのか理解できないという顔をしている。

「……エルナ様。普通の人間は、竜を食材としては見ません」
「竜とは、崇めるか、恐怖する対象であり、決して皿の上に乗るものでは……」

「あら、そうなの? でも、クロがさっきから『竜のステーキが食べたい』って顔をしてるわよ」

私がクロを見ると、彼は「ワン!」と元気よく吠えた。
その瞳は、獲物を狙う狩人のように鋭く輝いている。
舌なめずりをして、完全に「おやつ」を見る目で窓の外を凝視していた。
クロが指し示した(鼻で示した)方向を見ると、空の彼方から何かが近づいてくるのが見えた。
周囲の雲を一瞬で凍らせ、大気を震わせながら飛来する巨大な影。

「グオオオオオオオオオッ!!」

咆哮とともに、気温が急激に下がる。
窓ガラスに氷の結晶が張り付き、庭の花々が恐怖で震え上がった。
空を覆い尽くさんばかりの巨大な翼。
陽光を反射して青白く輝く鱗。
それは、アルバスが恐れていた『氷竜アズール・ヘイズ』そのものだった。
どうやら、向こうから食材が歩いて(飛んで)きてくれたようだ。
わざわざデリバリーしてくれるなんて、なんて親切なドラゴンなのだろう。
私はナプキンで口元を拭い、優雅に立ち上がった。

「ちょうどいいわ。お肉のストックも欲しかったところだし、出迎えに行きましょうか」
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