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第6章:日常という名の狂宴編(実録・マジキチ組長の半径8キロ)
第29話:鏡の向こうの同志(凛と語る「自分を持つ」ということ)
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深夜の事務所、配信を止めた後の静寂の中で、俺はスマートフォンの画面を眺めていた。
メッセージの送り主は「凛」。
一年前、俺を徹底的に攻撃し、俺が送りつけた百通の個人チャットに激怒していたあの女だ。人生というやつは本当に何が起こるか分からない。あの刺々しい関係から、まさかこうして定期的に言葉を交わす日が来るとは、当の俺ですら予想だにしていなかった。
彼女は最近、俺にこう漏らした。
『……最初は本当に大嫌いだった。でも、組長の話を聴いていると、エグい下ネタでゲラゲラ笑わせてきたかと思えば、次の瞬間には歴史や日本人の矜持について真面目に語り出す。その予測不能なギャップが、なんだか悔しいけど楽しかったんだよね』
相変わらず凛は俺に対してぶっきらぼうな口調を崩さない。だが、俺には分かる。その突き放したような言い草こそが、彼女なりの照れ隠しであり、深い信頼の裏返し――つまり、彼女なりの「愛情表現」なのだ。
そんな凛が、先日、珍しく真剣なトーンで俺に言った。
「組長、見直したよ。……あんた、本当に『自分』を持ってるんだね」
彼女がそう言ったきっかけは、俺が人生で初めて、ある有名な某ラーメンチェーン店に行った時の話をしたことだった。
もともと、俺はその店に行ったことがなかった。きっかけは、熱心なリスナーから「組長、誕生日おめでとうございます」と、ラーメン一杯無料のデジタルクーポンをプレゼントされたことだ。俺は「やりたいことだけやる」がモットーだが、リスナーからの純粋な好意は無下にしない。俺はいつもの行軍の途中に、その店に立ち寄ることにした。
店に入ると、そこは俺の知っている「飲食店」とは別世界だった。
カウンターは一人ずつ仕切りで区切られ、目の前には暖簾が下がっている。店員と対面して注文をやり取りする必要もなく、紙に書き込んで差し出すだけのシステム。昨今のタイパだの効率化だのという言葉が産み落とした、現代的な無機質の極致のような場所だった。
「ほう……これが流行ってるってやつか。今の日本人は、飯を食う時まで他人と関わりたくないのか?」
俺は少しばかりの戸惑いを覚えながらも、言われた通りに注文を済ませ、運ばれてきたラーメンを完食した。味は確かに悪くない。だが、何かが決定的に欠けている気がしてならなかった。その違和感の正体が分かったのは、丼が空になった瞬間だった。
俺はおもむろに、カウンターにある店員の呼び出しボタンを押し、暖簾の向こう側に声をかけた。
「――ごちそうさま、ありがとう! 美味かったよ。ところで、これはこのまま出て大丈夫なのかな?」
知っている人間からすれば、この店は完食してそのまま退店するのが「常識」であり「マナー」だ。だが、俺は確信を持ってボタンを押した。
なぜなら、俺にとって飲食店とは「食事を提供してもらう場所」であり、そこには必ず、それを作って運んでくれた「人」がいるからだ。感謝の言葉を直接伝えること。それは俺にとって、呼吸をするのと同じくらい当たり前で、欠かしてはならない礼儀なのだ。
この話を配信でネタにした時、凛はチャットでこう返してきた。
『組長、実は私、飲食業で働いてるんだけど……その話を聞いて、本当に感動した。今の若い子たちや、効率を求めるお客さんたちは、無言で食べて無言で去っていく。それが当たり前になってる。でもね、組長みたいにわざわざ「ありがとう」って声をかけてくれる一言が、私たちにとってはどれだけ救いになるか。やりがいを感じる瞬間なんだよ』
凛は語気を強めて続けた。
『「ありがとう」なんて、生きていく上での最低限の、必須の礼儀じゃない。それを今の世の中、言えない人間が多すぎる。組長がその店のシステムに戸惑いながらも、自分の流儀を貫いて感謝を伝えたこと。それこそが、あんたの言う「自分を持つ」ってことなんだね』
俺は画面の向こうの彼女に、静かに語りかけた。
「凛、いいか。俺は昔から『人の話を聞かないやつ』だと指をさされてきた。だが、それは他人の都合や、世間の顔色に自分を合わせないってことだ。飲食店で『ありがとう』と言うのは、その店がどんなシステムだろうが、俺という人間が決めたルールなんだ。他人がどうあれ、俺は俺のやりたいように、正しいと思うことをやる」
俺は嘆かわしいと思う。感謝を口にすることを「恥ずかしい」とか「非効率だ」と切り捨てる、今のこの薄っぺらな風潮を。先人たちが築き上げてきたこの国は、本来、万物に神が宿ると信じ、感謝と敬意を忘れない美しい魂を持っていたはずだ。
「凛、お前もだ。他人の目を気にして、自分を檻に閉じ込めるな。お前が俺をアンチしていた時、お前は自分の正義を俺にぶつけていた。それはそれで一つのエネルギーだったが、今はどうだ? 俺の毒を食らい、自分の中の『好き嫌い』や『違和感』を素直に認められるようになっただろ」
彼女は少し沈黙した後、小さく笑った。
『……そうだね。組長のバカげた下ネタを聴きながら、真面目な話に頷いてる自分。昔の私が見たら発狂するだろうけど、今の私は、こっちの方がずっと自分らしいって思えるよ』
ネット上の刺々しい罵り合いから始まったこの関係。
だが、今や俺たちは、鏡の向こう側にいる自分自身を見つめ、互いの背中を押し合う「同志」へと昇華していた。
彼女はもう、俺を攻撃する必要はない。俺という劇薬を受け入れたことで、彼女は自分自身を肯定する強さを手に入れたのだから。
「凛。これからも俺はブレねえぞ。ハゲを笑い、下ネタを叫び、そして誰も見ていない場所で店員に『ありがとう』と叫び続ける。お前も、自分をしっかり持て。人の話なんて、適当に聞き流して、自分の心が震える方へ進めばいいんだ」
やりたい放題。
だが、その底には、揺るぎない礼節と、他者への深い敬意が流れている。
それがマジキチ組長という男の正体だ。
俺はスマートフォンを置き、三パーセントの缶チューハイを飲み干した。
感謝の言葉を忘れない。自分を殺さない。
そんな単純なことが、今の日本でどれほど難しく、そして気高いことか。
「さあ、明日も八キロの行軍だ。……あの店員、俺の声に驚いてたけど、次行った時もまた『ありがとう』って言ってやるからな!」
俺は夜明け前の街に向かって、不敵な笑みを浮かべた。
凛。お前という同志を得たことで、俺の活動はまた一つ、深い意味を持ち始めた。
誰が何を言おうと、俺は俺の道を、アクセル全開で突き進む。
鏡の中の自分に恥じない生き方を。
マジキチ組長の旅は、さらに熱く、さらに美しく加速していく。
メッセージの送り主は「凛」。
一年前、俺を徹底的に攻撃し、俺が送りつけた百通の個人チャットに激怒していたあの女だ。人生というやつは本当に何が起こるか分からない。あの刺々しい関係から、まさかこうして定期的に言葉を交わす日が来るとは、当の俺ですら予想だにしていなかった。
彼女は最近、俺にこう漏らした。
『……最初は本当に大嫌いだった。でも、組長の話を聴いていると、エグい下ネタでゲラゲラ笑わせてきたかと思えば、次の瞬間には歴史や日本人の矜持について真面目に語り出す。その予測不能なギャップが、なんだか悔しいけど楽しかったんだよね』
相変わらず凛は俺に対してぶっきらぼうな口調を崩さない。だが、俺には分かる。その突き放したような言い草こそが、彼女なりの照れ隠しであり、深い信頼の裏返し――つまり、彼女なりの「愛情表現」なのだ。
そんな凛が、先日、珍しく真剣なトーンで俺に言った。
「組長、見直したよ。……あんた、本当に『自分』を持ってるんだね」
彼女がそう言ったきっかけは、俺が人生で初めて、ある有名な某ラーメンチェーン店に行った時の話をしたことだった。
もともと、俺はその店に行ったことがなかった。きっかけは、熱心なリスナーから「組長、誕生日おめでとうございます」と、ラーメン一杯無料のデジタルクーポンをプレゼントされたことだ。俺は「やりたいことだけやる」がモットーだが、リスナーからの純粋な好意は無下にしない。俺はいつもの行軍の途中に、その店に立ち寄ることにした。
店に入ると、そこは俺の知っている「飲食店」とは別世界だった。
カウンターは一人ずつ仕切りで区切られ、目の前には暖簾が下がっている。店員と対面して注文をやり取りする必要もなく、紙に書き込んで差し出すだけのシステム。昨今のタイパだの効率化だのという言葉が産み落とした、現代的な無機質の極致のような場所だった。
「ほう……これが流行ってるってやつか。今の日本人は、飯を食う時まで他人と関わりたくないのか?」
俺は少しばかりの戸惑いを覚えながらも、言われた通りに注文を済ませ、運ばれてきたラーメンを完食した。味は確かに悪くない。だが、何かが決定的に欠けている気がしてならなかった。その違和感の正体が分かったのは、丼が空になった瞬間だった。
俺はおもむろに、カウンターにある店員の呼び出しボタンを押し、暖簾の向こう側に声をかけた。
「――ごちそうさま、ありがとう! 美味かったよ。ところで、これはこのまま出て大丈夫なのかな?」
知っている人間からすれば、この店は完食してそのまま退店するのが「常識」であり「マナー」だ。だが、俺は確信を持ってボタンを押した。
なぜなら、俺にとって飲食店とは「食事を提供してもらう場所」であり、そこには必ず、それを作って運んでくれた「人」がいるからだ。感謝の言葉を直接伝えること。それは俺にとって、呼吸をするのと同じくらい当たり前で、欠かしてはならない礼儀なのだ。
この話を配信でネタにした時、凛はチャットでこう返してきた。
『組長、実は私、飲食業で働いてるんだけど……その話を聞いて、本当に感動した。今の若い子たちや、効率を求めるお客さんたちは、無言で食べて無言で去っていく。それが当たり前になってる。でもね、組長みたいにわざわざ「ありがとう」って声をかけてくれる一言が、私たちにとってはどれだけ救いになるか。やりがいを感じる瞬間なんだよ』
凛は語気を強めて続けた。
『「ありがとう」なんて、生きていく上での最低限の、必須の礼儀じゃない。それを今の世の中、言えない人間が多すぎる。組長がその店のシステムに戸惑いながらも、自分の流儀を貫いて感謝を伝えたこと。それこそが、あんたの言う「自分を持つ」ってことなんだね』
俺は画面の向こうの彼女に、静かに語りかけた。
「凛、いいか。俺は昔から『人の話を聞かないやつ』だと指をさされてきた。だが、それは他人の都合や、世間の顔色に自分を合わせないってことだ。飲食店で『ありがとう』と言うのは、その店がどんなシステムだろうが、俺という人間が決めたルールなんだ。他人がどうあれ、俺は俺のやりたいように、正しいと思うことをやる」
俺は嘆かわしいと思う。感謝を口にすることを「恥ずかしい」とか「非効率だ」と切り捨てる、今のこの薄っぺらな風潮を。先人たちが築き上げてきたこの国は、本来、万物に神が宿ると信じ、感謝と敬意を忘れない美しい魂を持っていたはずだ。
「凛、お前もだ。他人の目を気にして、自分を檻に閉じ込めるな。お前が俺をアンチしていた時、お前は自分の正義を俺にぶつけていた。それはそれで一つのエネルギーだったが、今はどうだ? 俺の毒を食らい、自分の中の『好き嫌い』や『違和感』を素直に認められるようになっただろ」
彼女は少し沈黙した後、小さく笑った。
『……そうだね。組長のバカげた下ネタを聴きながら、真面目な話に頷いてる自分。昔の私が見たら発狂するだろうけど、今の私は、こっちの方がずっと自分らしいって思えるよ』
ネット上の刺々しい罵り合いから始まったこの関係。
だが、今や俺たちは、鏡の向こう側にいる自分自身を見つめ、互いの背中を押し合う「同志」へと昇華していた。
彼女はもう、俺を攻撃する必要はない。俺という劇薬を受け入れたことで、彼女は自分自身を肯定する強さを手に入れたのだから。
「凛。これからも俺はブレねえぞ。ハゲを笑い、下ネタを叫び、そして誰も見ていない場所で店員に『ありがとう』と叫び続ける。お前も、自分をしっかり持て。人の話なんて、適当に聞き流して、自分の心が震える方へ進めばいいんだ」
やりたい放題。
だが、その底には、揺るぎない礼節と、他者への深い敬意が流れている。
それがマジキチ組長という男の正体だ。
俺はスマートフォンを置き、三パーセントの缶チューハイを飲み干した。
感謝の言葉を忘れない。自分を殺さない。
そんな単純なことが、今の日本でどれほど難しく、そして気高いことか。
「さあ、明日も八キロの行軍だ。……あの店員、俺の声に驚いてたけど、次行った時もまた『ありがとう』って言ってやるからな!」
俺は夜明け前の街に向かって、不敵な笑みを浮かべた。
凛。お前という同志を得たことで、俺の活動はまた一つ、深い意味を持ち始めた。
誰が何を言おうと、俺は俺の道を、アクセル全開で突き進む。
鏡の中の自分に恥じない生き方を。
マジキチ組長の旅は、さらに熱く、さらに美しく加速していく。
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