マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

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第7章:肉体と電波の交錯編(実録・マジキチ組長の聖域)

第31話:密談のドラム缶(初の少人数オフ会開催)

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 夜の商店街は、昼間の活気が嘘のように静まり返り、街灯がオレンジ色の孤独な光をアスファルトに落としていた。
 俺はいつものように、三パーセントの缶チューハイを片手に、指定した集合場所である「あのドラム缶」の前に立っていた。今夜は、配信『たってやる。』にとって歴史的な夜になるはずだった。そう、ついに重い腰を上げ、初の「少人数オフ会」を決行することにしたのだ。

「さて……どの面下げて、どんな奴らが集まってくるか」

 俺は少しばかりの緊張と、それ以上の好奇心で、リンゴのごとく硬くなった意志を胸に秘めていた。
 実は、俺にとって「ネットのオフ会」は初めての経験ではない。それどころか、まだSNSなんて言葉もなかった若い頃、俺はネット掲示板のオフ会を幹事として頻繁に開催していた過去がある。
 当時は今ほど連絡手段が確立されていなかった。iモードのメールや、掲示板の書き込みだけを頼りに、見ず知らずの人間たちが一箇所に集まる。そんな時代に、俺は多い時で四十人もの参加者を集め、まとめ上げていたのだ。今から考えれば、よくぞあんな大所帯を、あの不便な環境で統率できたものだと、自分自身の「人の話を聞かない」が故の強引なリーダーシップに感心すら覚える。

 翻って、現代はどうだ。
 LINE、SNS、位置情報共有。連絡手段は飛躍的に発達し、指先一つで誰とでも容易に会うことができるようになった。だがな、その「簡単さ」は、同時に恐ろしいリスクを孕んでいる。

 オフ会という名の下で、事件やトラブルが頻発する今の時代。見知らぬ誰かと会うという行為には、かつてとは比較にならないほどの「見極め」が要求される。 『そのオフ会は、本当に参加しても大丈夫なのか?』 『主催者は、信頼に値する人間か?』
 そんな警戒心こそが、自分自身を護る唯一の盾となる時代に入っているのだ。だからこそ、俺はこの『たってやる。』のオフ会についても、慎重に慎重を期し、厳選したメンバーにのみ声をかけた。

 そして、約束の十九時。
 シャッターの閉まった商店街の向こうから、聞き慣れた足音が響いてきた。

「……おう、組長! また会えたな!」

 現れたのは、おじぃだった。
 白髪をなびかせ、年季の入った笑顔を浮かべるおじぃ。俺は周囲を見渡し、もう一度おじぃを見た。

「……おじぃ。他には?」
「ん? 誰もいねえよ。俺一人だ!」

 俺は思わず、夜空を見上げてガハハと笑い飛ばした。
 四十人を集めた元幹事の、肝入りで行われた初の公式オフ会。蓋を開けてみれば、集まったのは「いつものおじぃ」ただ一人。
 だが、俺は微塵も落胆していなかった。むしろ、これでいい。これこそが、マジキチ組長にふさわしい、最高にシュールで贅沢なオフ会じゃねえか。

「おじぃと会うのは、これで三回目だな。……まあ、いい。四十人の有象無象より、一人の気心の知れた戦友だ。今夜はドラム缶を貸し切りだぜ!」

 俺はおじぃに予備の缶チューハイを渡し、ドラム缶を力強く叩いた。
 おじぃは俺の姿を上から下まで眺め、ニヤリと笑った。

「組長、相変わらずだな。……リスナーの連中が、あんたのことをあの挿絵みたいな『いかつい極道風の男』だと思って会いに来たら、腰を抜かすだろうよ。どこからどう見ても、人畜無害の、ただの元気な豆タンクの中年ジジイじゃねえか」

 俺はメタ発言全開のおじぃのツッコミに、再び爆笑した。

「うるせえ! 豆タンクで何が悪い! この中に、四十人をまとめ上げたカリスマと、AIを操る最新の狂気が詰まってるんだよ。……まあ、凛や他の連中が『会うのが怖い』と敬遠したくなる気持ちも分からんでもないがな」

 俺たちはドラム缶を囲み、誰にも聞かせられないようなエグい下ネタと、この国の将来についての真面目な議論を、交互にぶつけ合った。
 おじぃは、俺が配信で見せる「ギャップ」に惚れ込んでいる一人だ。バカげた話で笑わせたかと思えば、次の瞬間には先人への敬意を熱く語る。その予測不能な揺らぎが、おじぃのような酸いも甘いも噛み分けた男の心に、強く刺さっている。

「いいか、おじぃ。今の時代、簡単に会えるからこそ、こうして『本当に信頼できる人間』とだけ膝を突き合わせる時間が、何よりも貴重なんだよ。俺は敵も多いし、アンタらリスナーに迷惑をかけたくねえ。だから、大々的なオフ会なんてのは二の次だ。まずは、こうして手の届く範囲の『共犯者』を大切にしていきたいんだ」

 おじぃは頷き、缶チューハイを飲み干した。

「組長、あんたの言う通りだ。……俺もな、ネットなんてよく分からねえが、あんたの声を聴いてると『自分らしく生きていいんだ』って思える。このトシになっても、好奇心を忘れずにいられるのは、あんたのおかげだ」

 夜の静寂の中、ドラム缶の上で繰り広げられる、中年と老年の密談。
 そこには、かつての四十人のオフ会のような派手さはなかったが、一本の太い杭を地面に打ち込むような、確かな手応えがあった。
 画面越しの饒舌な連中も、いつかはこの「豆タンクの現実」と対峙する日が来るだろう。その時、彼らが幻滅するのか、それとも俺という実在する劇薬をさらに愛してくれるのか。それは俺の、これからの行軍次第だ。

「おじぃ、次は凛も連れてこよう。あいつも、最初は俺を殺したいほど憎んでたが、今じゃ立派な同志だ。……でもな、あいつが来たら、俺はもっとエグい下ネタを用意しておくからな!」

 俺の声は、眠りについた商店街に力強く響いた。
 やりたい放題。
 だが、その底には、人を信じることの重みと、顔を合わせて「ありがとう」と言うことの尊さが流れている。

 初のオフ会、参加者一名。 
 実績としては、四十人集めた過去からすれば惨敗かもしれない。だが、俺の心はかつてないほど満たされていた。
 この「少人数」から始まる新しい交流が、いずれ巨大なうねりとなって、この停滞した日本を揺るがすことになる。その予感が、俺の好奇心をさらなる高みへと押し上げた。

「さあ、おじぃ。二軒目は……コンビニのイートインで、カップ酒と納豆でも食うか! 郷に入っては郷に従え、俺たちの夜はまだ終わらねえぞ!」

 俺とおじぃは、並んで夜の闇へと歩き出した。
 豆タンクの背中には、一人の老兵が寄り添い、その後ろには、電波を通じて繋がる数千の「共犯者」たちの視線が、確かに熱く注がれていた。

 肉体と電波が交差した夜。
 マジキチ組長のオフライン・レジェンドは、この静かな一歩から始まったのだ。
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