マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

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第9章:暴走する電波の聖域(デジタル・フロンティア編)

第43話:新世代の刺客(Z世代のインターン生・鈴木)

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 オフィスに現れたその男は、一言で言えば「無機質」だった。

 インターン生の鈴木。二十歳そこそこの若さでありながら、その瞳には野心も焦燥もなく、ただ精密機械のような冷たさだけが宿っていた。

 俺が指示を出した資料作成に対しても、彼はキーボードを叩く手を止め、首を傾げてこう言った。

「課長。そのデータ収集、自動化ツールを使えば三分で終わります。手動でやる意味、ありますか? タイムパフォーマンスが悪すぎます」

 ……タイパ。最近の若者が好んで使う、効率至上主義の呪文だ。

 俺はデスクの上の缶コーヒーを握りつぶしそうになるのを堪えた。俺の世代――いや、俺は二世代前の、古き良き「根性論」が全ての時代を生き抜いてきた男だ。気合。根性。そして睡眠時間を削ってでも食らいつく情熱。それが仕事を完成させるための唯一の潤滑油だと信じて疑わなかった。

「……いいからやれ。機械に頼る前に、数字の肌触りを指先で覚えろ。それが仕事だ」
「それは感情論ですよね。効率化こそが正義だと大学で教わりました」

 鈴木は淡々と答え、再びモニターに向かった。俺の中の「豆タンク」が、かつてないほどの異音を立てて振動していた。

 その日の夜。
 俺は少し歩み寄ってやろうと、珍しく鈴木を飲みに誘った。

「鈴木、今日は定時で上がれ。軽く一杯、美味いもんでも食いに行くぞ」

 だが、鈴木はスマートウォッチをチラリと見て、無表情に断りを入れた。

「すみません。このあと19時から、ソシャゲの限定レイドイベントがあるんです。ギルドのメンバーと約束してるんで、行けません」

 俺は耳を疑った。
 酒。女。夜の街。男としての器を広げるための「最高の修行場」よりも、画面の中の、一過性のデジタルデータが重要だと言うのか。

 そもそも、俺は「ソシャゲ」というものが死ぬほど解せん。

 俺たちの頃のゲームは、カセット一本買えば最後まで遊べた。それが当たり前だった。なのにどうだ。最近のゲームは、途中で金(課金)を払わないと進めないだの、強いキャラが出ないだの。そんなもん、その瞬間に「はい、クソゲー」の烙印を押して窓から投げ捨てるのが正解だろう。そんな不合理な搾取システムに、貴重な夜の時間を捧げるなど、正気の沙汰とは思えない。

「……鈴木。ソシャゲなんていうくだらんもんに課金してる暇があったら、俺がそれよりも何百倍も面白い『夜遊び』を教えてやる。本物の快楽ってのは、画面の中にはねえんだよ」
「課長。夜遊びはコストがかかるし、翌日のコンディションに響きます。ソシャゲは最小限のコストで、確実にドーパミンを分泌できる。合理的だと思いませんか?」
「……。お前な、上司の誘いを平気で断るってのは、どういう教育を受けてきたんだ?」

 俺が若手だった頃。上司に呼ばれたら、それこそシッポをちぎれんばかりに振って、喜んでついて行ったもんだ。そこに「タイパ」なんて概念は存在しなかった。

 なぜなら、上司に連れて行かれる夜の街には、金では買えない「教え」があったからだ。

 スナックで昭和歌謡を歌わされ、キャバクラで女のあしらい方を覚え、セクキャバで野生を解き放ち、最後は風俗で賢者となる。そのフルコースは、男としての血肉を煮え立たせる最高に贅沢な時間だった。

 忘れもしない、ある夜のセクキャバでの出来事だ。
 俺の担当になった女の子が、耳元でこう囁いた。

「……延長してくれたら、特別に舌を入れてあげてもいいよ」

 若かった俺は、股間のリンゴが暴発寸前になった。だが、財布の中身は空だ。俺は隣に座っていた上司に、恥を忍んで縋り付いた。

「……課長! あの子が、延長したら舌を入れてくれるって言ってるんです! 延長代、貸してください!」

 上司は豪快に笑い飛ばした。

「ガハハ! それを俺に言うか! よし、男なら思いっきりやってこい!」

 上司は俺の膝に、延長代という名の「通行許可証」を叩きつけてくれた。

 翌日、深すぎる感謝と共にお礼を言いに行くと、その上司はタバコをくゆらせながら、静かにこう言ったのだ。

『お返しなんて要らねえよ。ただな、お前がいつか上司と呼ばれる立場になった時に、部下に同じことをしてやれ。それがこの世界のルールだ』

 その言葉は、俺の魂の最深部に刻まれた。
 だからこそ、俺は今、上司として鈴木の前に立っている。彼に、あの時の情熱と、計算では割り切れない「男の余裕」を継承したいと思っているのだ。なのに、鈴木の鉄壁の合理性は、俺の差し出す手をことごとく弾き飛ばす。

「……鈴木。お前、情熱って言葉を知ってるか? 計算式じゃ導き出せない、心の底から湧き上がる衝動だ」
「情熱。……古臭い抽象概念ですね。脳科学的には、特定のホルモンの分泌に過ぎません」
「よし、分かった。……そこまで言うなら、お前のその『合理性』、俺が直接ぶち壊してやる」

 俺は鈴木の肩を掴んだ。

「21時。ソシャゲのイベントが終わった後でいい。……一時間だけ俺に時間をよこせ。お前の『タイパ』を粉々にしてやる」
「……分かりました。そこまで仰るなら、一時間だけ」

 夜の22時。
 俺は鈴木を、梅田の裏通りにある、一軒の怪しげなセクキャバへ連れ出した。
 店内は安っぽいネオンが輝き、酒とタバコと女の香水の匂いが混ざり合った、カオスな空気が充満している。

「ここが、僕のタイパを壊す場所ですか?」
「黙って座れ。……おい、店長! この若いのに、一番元気な娘をつけてやってくれ! 費用は全部、この豆タンクが出す!」

 鈴木の隣に、露出度の高い派手なメイクの女性が座る。

 最初は「合理的じゃない」「非生産的だ」と文句を並べていた鈴木だったが、彼女の生々しい距離感、画面越しでは決して味わえない肉体の温度、そして計算外の「想定外な会話」に、次第に顔を強張らせていった。

「お兄さん、手が震えてるよぉ? ソシャゲのボタン叩くより、もっといいこと、あるよ?」

 彼女が鈴木の耳を甘く噛む。
 鈴木の瞳から、冷徹な理性が揺らぎ始めた。

「……っ。これ、は……」
「鈴木。お前のソシャゲのギルドメンバーは、お前の耳を噛んでくれるか? お前の鼓動を速めてくれるか?」

 俺は、あの時の上司と同じように、テーブルに万札を叩きつけた。

「……一時間延長だ! 鈴木、お前、この娘に『舌、入れていいですか』って聞いてこい! 断られたらそこまでだ。だが、もし通ったなら……それはお前のデータにはない、現実(リアル)の勝利だ!」

 鈴木は、もはやスマートウォッチを見ていなかった。
 彼は、必死に言葉を探していた。
 「効率」でも「論理」でもない、自分の内側から湧き上がる、泥臭い「欲望」という名の言葉を。

 三時間後。
 店を出た鈴木の顔は、かつてないほど上気していた。

 髪は乱れ、ネクタイは緩み、その瞳には「生きた人間」としての光が宿っていた。

「……課長。僕……今まで、時間を損してました」
「ガハハ! 気づいたか! 無駄こそが、人生のスパイスなんだよ!」
「あの娘……また指名してもいいですか」
「おう。だがな、次は自分の金で行け。それが大人の男だ。……そして、いつかお前に部下ができた時、今の俺と同じことをしてやれ。それが唯一の『お返し』だ」

 鈴木は、深々と頭を下げた。
 その背中は、ほんの少しだけ、豆タンクのように頼もしく見えた。

 最近の若い奴らは情熱がない。そう嘆くのは簡単だ。
 だが、彼らの中に情熱がないわけじゃない。ただ、その火の付け方を知らないだけなのだ。
 
 俺は二世代前の遺物かもしれない。
 気合と根性、そして夜の街で磨かれたこの魂は、デジタル社会では「バグ」のようなものかもしれない。
 だが、そのバグが、一人の若者のシステムを再起動させた。

 合理性の壁を夜の熱量で溶かした豆タンクは、今日もまた、部下の教育(という名の飲み歩き)のために、財布と肝臓を鍛え続ける。
 
「さて、鈴木……次は風俗の『真実』について教えてやる。覚悟しとけよ!」
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