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第9章:暴走する電波の聖域(デジタル・フロンティア編)
第44話:デジタル・デトックス(電波の届かない山籠り)
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スマホの画面右上に表示されていた「5G」の文字が消え、一本、また一本とアンテナの棒が倒れていく。そしてついに表示されたのは、現代人にとって死の宣告にも等しい「圏外」の二文字だった。
俺は、深い杉林に囲まれた細い参道を、独り歩いていた。
「……静かすぎるな。耳が痛いくらいだ」
正直に言おう。スマホもPCも手元にない、あるいはあってもただの文鎮と化したこの状況。俺の心は穏やかではなかった。
「Studio MAD-KICHIの活動が止まってしまう」
「リスナーたちが俺の不在に悶えているのではないか」
「アンチどもが俺を逃亡したと笑っているのではないか」
そんな雑念が、次から次へと脳裏をよぎり、ソワソワとした落ち着かない気分が続く。
だが、俺は豆タンクだ。無いなら無いなりに、この不自由を「遊び」に変えてやるのがマジキチ流の矜持というものだ。
今回の目的地は、地図にも載っていないような山奥にひっそりと佇む古社。
そこには、ネットもスマホも知らず、文明の喧騒から切り離された場所で、ただ「生」を全うしている老人たちがいた。
「おや、珍しい客だ。こんなところまで何をしに来たね」
出迎えてくれたのは、岩のようにゴツゴツとした手を持つ、齢八十を超えているであろう老人だった。彼の背筋は驚くほど伸びており、その眼光は、都会のビル風に吹かれて濁った若者たちのそれとは比較にならないほど鋭く、澄んでいた。
「……ちょっと、気の枯れ(けがれ)を落としにな」
「ほう、気枯れか。そりゃあいい。ここには山と、神様と、あとは空腹と眠気しかねえからな」
老人はハッハと笑い、俺を茅葺き屋根の古民家へと招き入れた。
そこにはテレビもなければ、ラジオすらない。あるのは囲炉裏のパチパチという音と、外を流れる沢の音だけだ。
夜になり、俺の前に並べられたのは、およそ都会ではお目にかかれないような「山の幸」だった。
煮染められた山菜、得体の知れないキノコの汁物、そして皿の上に盛られた、黒光りする小さな塊。
「……これは?」
「地元の名物だよ。滋養強壮に一番効く。『蜂の子』だ。食えるかね?」
老人が試すような目で俺を見た。
俺は一瞬の躊躇もなく、箸を伸ばした。
俺には好き嫌いという概念がない。出されたものは、それが命である以上、美味しく頂くのが俺のモットーだ。それに、かつてド田舎へ仕事で出張に行った時の教訓が、俺の身体に染み付いている。
あの時も、現地の人々から熱烈な歓迎を受け、出されたのがこの「蜂の子」だった。
都会の人間なら顔を顰めて逃げ出すかもしれない。だが、俺は知っている。その土地で大切にされている食べ物を、勧められた瞬間に迷わず食う。それが何よりの礼儀であり、相手の懐に飛び込むための最短ルートなのだ。
案の定、あの時の出張でも、俺の食いっぷりを見た担当の上司は「お前、いい根性してるな!」と、それからえらく可愛がってくれた。そのおかげで仕事も円滑に進み、夜の接待(もちろん濃厚なやつだ)でもやりたい放題やらせてもらった。
口の中で弾ける、独特のコクと甘み。
「……うまいな。山のエネルギーが詰まってる」
「ガハハ! 合格だ。あんた、見た目通り、中身も詰まってるようだな」
老人は嬉しそうに酒を注いでくれた。
電波がなくても、言葉が足りなくても、同じ飯を食えば魂は通じ合う。
俺は改めて実感した。食べ物を「これしかない」と嘆くのではなく、「これこそが最高だ」と楽しむ心。それがあれば、どこにいても俺は俺でいられるのだ。
宴が終わり、用意された布団に潜り込む。
都会の夜は、街灯や看板の光、車の走行音、そしてスマホから溢れ出す無数の他人の声で満ちている。だが、ここは本当の「闇」だ。
驚くほどぐっすりと眠れそうだった。のどかな田舎の空気は、俺の過熱した脳を優しく冷却してくれる。
……しかし。
一つだけ、どうしても解決できない問題があった。
「性欲」だ。
食欲は満たされた。睡眠欲も、この静寂なら申し分ない。
だが、俺の中に滾る「性的なエネルギー」は、電波がなかろうが圏外だろうが、関係なく暴れ出す。むしろ、余計な情報が遮断されたことで、その純度はかつてないほど高まっていた。
俺の股間のリンゴは、闇の中で静かに、しかし力強く鎌首をもたげていた。
俺は、あの出張の夜を思い出していた。
そこも凄まじいド田舎だった。仕事が終わり、一人になったホテルで俺を襲ったのは、狂おしいほどの情欲だった。
デリヘルを呼ぼうにも、そもそもエリア外か、来てもらうには往復の交通費だけで目玉が飛び出るような高額を要求される。
諦めるか。いや、俺の辞書に「性欲の放棄」という言葉はない。
俺は夜道を歩いた。
街灯もまばらな、獣が出てきそうな真っ暗な道を、ただひたすらに。
目的地は、ホテルから徒歩で三十分先にある、一軒のポツンと佇むコンビニだ。
そこで俺が求めたのは、一時の癒やし。すなわち「エロ本」である。
現代ならスマホ一つで済むことが、その時は往復一時間の命懸けの行軍となった。だが、その苦労の末に手に入れた紙の感触と、インクの匂いのする刺激。それは、手軽なデジタルデータでは決して味わえない「重み」があった。
「……フッ。あの時の行軍に比べれば、今の状況なんて贅沢なもんだな」
俺は布団の中で、かつて歩いた夜道の感覚を思い出していた。
道具がないなら、記憶を使えばいい。想像力を使えばいい。
デジタルに頼りすぎた現代人は、自らの「脳内再生」という最強の機能を退化させているのではないか。
俺は目を閉じ、脳内に「Studio MAD-KICHI」の特設ステージを設営した。
そこに、今まで出会った女たちの香り、肌触り、声を精密に再現していく。
……気がつけば、外は白み始めていた。
爆睡。そして、脳内での濃厚な活動。
俺の顔からは、都会で纏っていた「情報の疲れ」が完全に消え去っていた。
朝、俺は老人と共に神社の境内を掃除した。
竹箒で落ち葉を掃く音が、心地よいリズムを刻む。
「どうだ。少しは気が戻ったかね」
「ああ。……完全復活だ。俺の中の野生が、また吠え始めてるぜ」
俺は、リュックから電源を切っていたスマホを取り出した。
まだ圏外だ。だが、今の俺にはもう、ソワソワする気持ちはない。
スマホは、俺の声を届けるための「道具」に過ぎない。
PCは、俺の哲学を形にするための「箱」に過ぎない。
大事なのは、それらがない場所でも、俺が俺として「よく食い、よく寝て、よく出す」という本能を爆発させられるかどうかだ。
「じいさん、世話になったな。……この蜂の子のエネルギー、SNSで世界中にぶちまけてくるわ」
「ガハハ! 精が出るなあ。また気枯れしたらいつでも来い。蜂の巣はいくらでもあるからな」
参道を下り、ふもとの集落へ戻る。
ポケットの中のスマホが、不意に小刻みに震えた。
「4G」の表示。
それと同時に、未読通知の嵐が画面を埋め尽くす。
アンチの罵倒、ファンの心配、鈴木からの業務報告、凛からの他愛ないメッセージ。
俺はそれらを見て、心底嬉しそうに笑った。
「よお、ただいま。……待たせたな、野郎ども!」
俺は即座に、道端に落ちていた「長細い木の棒」を股間にあてがい、自撮りモードを起動した。
タイトルは『野生の豆タンク、山から帰還。俺のイチモツは今、御神木を超えた』。
投稿ボタンを押す。
Studio MAD-KICHI、活動再開。
デジタル・デトックスを経て、俺の「マジキチ」は、より純粋な、剥き出しの狂気へと進化した。
野生に還った豆タンクは、再び電波の波濤へと飛び込む。
逃げる奴は追いかける。来る奴は抱きしめる。
電波が届こうが届くまいが、俺の「たってやる。」は、止まることを知らない。
俺は、深い杉林に囲まれた細い参道を、独り歩いていた。
「……静かすぎるな。耳が痛いくらいだ」
正直に言おう。スマホもPCも手元にない、あるいはあってもただの文鎮と化したこの状況。俺の心は穏やかではなかった。
「Studio MAD-KICHIの活動が止まってしまう」
「リスナーたちが俺の不在に悶えているのではないか」
「アンチどもが俺を逃亡したと笑っているのではないか」
そんな雑念が、次から次へと脳裏をよぎり、ソワソワとした落ち着かない気分が続く。
だが、俺は豆タンクだ。無いなら無いなりに、この不自由を「遊び」に変えてやるのがマジキチ流の矜持というものだ。
今回の目的地は、地図にも載っていないような山奥にひっそりと佇む古社。
そこには、ネットもスマホも知らず、文明の喧騒から切り離された場所で、ただ「生」を全うしている老人たちがいた。
「おや、珍しい客だ。こんなところまで何をしに来たね」
出迎えてくれたのは、岩のようにゴツゴツとした手を持つ、齢八十を超えているであろう老人だった。彼の背筋は驚くほど伸びており、その眼光は、都会のビル風に吹かれて濁った若者たちのそれとは比較にならないほど鋭く、澄んでいた。
「……ちょっと、気の枯れ(けがれ)を落としにな」
「ほう、気枯れか。そりゃあいい。ここには山と、神様と、あとは空腹と眠気しかねえからな」
老人はハッハと笑い、俺を茅葺き屋根の古民家へと招き入れた。
そこにはテレビもなければ、ラジオすらない。あるのは囲炉裏のパチパチという音と、外を流れる沢の音だけだ。
夜になり、俺の前に並べられたのは、およそ都会ではお目にかかれないような「山の幸」だった。
煮染められた山菜、得体の知れないキノコの汁物、そして皿の上に盛られた、黒光りする小さな塊。
「……これは?」
「地元の名物だよ。滋養強壮に一番効く。『蜂の子』だ。食えるかね?」
老人が試すような目で俺を見た。
俺は一瞬の躊躇もなく、箸を伸ばした。
俺には好き嫌いという概念がない。出されたものは、それが命である以上、美味しく頂くのが俺のモットーだ。それに、かつてド田舎へ仕事で出張に行った時の教訓が、俺の身体に染み付いている。
あの時も、現地の人々から熱烈な歓迎を受け、出されたのがこの「蜂の子」だった。
都会の人間なら顔を顰めて逃げ出すかもしれない。だが、俺は知っている。その土地で大切にされている食べ物を、勧められた瞬間に迷わず食う。それが何よりの礼儀であり、相手の懐に飛び込むための最短ルートなのだ。
案の定、あの時の出張でも、俺の食いっぷりを見た担当の上司は「お前、いい根性してるな!」と、それからえらく可愛がってくれた。そのおかげで仕事も円滑に進み、夜の接待(もちろん濃厚なやつだ)でもやりたい放題やらせてもらった。
口の中で弾ける、独特のコクと甘み。
「……うまいな。山のエネルギーが詰まってる」
「ガハハ! 合格だ。あんた、見た目通り、中身も詰まってるようだな」
老人は嬉しそうに酒を注いでくれた。
電波がなくても、言葉が足りなくても、同じ飯を食えば魂は通じ合う。
俺は改めて実感した。食べ物を「これしかない」と嘆くのではなく、「これこそが最高だ」と楽しむ心。それがあれば、どこにいても俺は俺でいられるのだ。
宴が終わり、用意された布団に潜り込む。
都会の夜は、街灯や看板の光、車の走行音、そしてスマホから溢れ出す無数の他人の声で満ちている。だが、ここは本当の「闇」だ。
驚くほどぐっすりと眠れそうだった。のどかな田舎の空気は、俺の過熱した脳を優しく冷却してくれる。
……しかし。
一つだけ、どうしても解決できない問題があった。
「性欲」だ。
食欲は満たされた。睡眠欲も、この静寂なら申し分ない。
だが、俺の中に滾る「性的なエネルギー」は、電波がなかろうが圏外だろうが、関係なく暴れ出す。むしろ、余計な情報が遮断されたことで、その純度はかつてないほど高まっていた。
俺の股間のリンゴは、闇の中で静かに、しかし力強く鎌首をもたげていた。
俺は、あの出張の夜を思い出していた。
そこも凄まじいド田舎だった。仕事が終わり、一人になったホテルで俺を襲ったのは、狂おしいほどの情欲だった。
デリヘルを呼ぼうにも、そもそもエリア外か、来てもらうには往復の交通費だけで目玉が飛び出るような高額を要求される。
諦めるか。いや、俺の辞書に「性欲の放棄」という言葉はない。
俺は夜道を歩いた。
街灯もまばらな、獣が出てきそうな真っ暗な道を、ただひたすらに。
目的地は、ホテルから徒歩で三十分先にある、一軒のポツンと佇むコンビニだ。
そこで俺が求めたのは、一時の癒やし。すなわち「エロ本」である。
現代ならスマホ一つで済むことが、その時は往復一時間の命懸けの行軍となった。だが、その苦労の末に手に入れた紙の感触と、インクの匂いのする刺激。それは、手軽なデジタルデータでは決して味わえない「重み」があった。
「……フッ。あの時の行軍に比べれば、今の状況なんて贅沢なもんだな」
俺は布団の中で、かつて歩いた夜道の感覚を思い出していた。
道具がないなら、記憶を使えばいい。想像力を使えばいい。
デジタルに頼りすぎた現代人は、自らの「脳内再生」という最強の機能を退化させているのではないか。
俺は目を閉じ、脳内に「Studio MAD-KICHI」の特設ステージを設営した。
そこに、今まで出会った女たちの香り、肌触り、声を精密に再現していく。
……気がつけば、外は白み始めていた。
爆睡。そして、脳内での濃厚な活動。
俺の顔からは、都会で纏っていた「情報の疲れ」が完全に消え去っていた。
朝、俺は老人と共に神社の境内を掃除した。
竹箒で落ち葉を掃く音が、心地よいリズムを刻む。
「どうだ。少しは気が戻ったかね」
「ああ。……完全復活だ。俺の中の野生が、また吠え始めてるぜ」
俺は、リュックから電源を切っていたスマホを取り出した。
まだ圏外だ。だが、今の俺にはもう、ソワソワする気持ちはない。
スマホは、俺の声を届けるための「道具」に過ぎない。
PCは、俺の哲学を形にするための「箱」に過ぎない。
大事なのは、それらがない場所でも、俺が俺として「よく食い、よく寝て、よく出す」という本能を爆発させられるかどうかだ。
「じいさん、世話になったな。……この蜂の子のエネルギー、SNSで世界中にぶちまけてくるわ」
「ガハハ! 精が出るなあ。また気枯れしたらいつでも来い。蜂の巣はいくらでもあるからな」
参道を下り、ふもとの集落へ戻る。
ポケットの中のスマホが、不意に小刻みに震えた。
「4G」の表示。
それと同時に、未読通知の嵐が画面を埋め尽くす。
アンチの罵倒、ファンの心配、鈴木からの業務報告、凛からの他愛ないメッセージ。
俺はそれらを見て、心底嬉しそうに笑った。
「よお、ただいま。……待たせたな、野郎ども!」
俺は即座に、道端に落ちていた「長細い木の棒」を股間にあてがい、自撮りモードを起動した。
タイトルは『野生の豆タンク、山から帰還。俺のイチモツは今、御神木を超えた』。
投稿ボタンを押す。
Studio MAD-KICHI、活動再開。
デジタル・デトックスを経て、俺の「マジキチ」は、より純粋な、剥き出しの狂気へと進化した。
野生に還った豆タンクは、再び電波の波濤へと飛び込む。
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