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第41章:狂気の企画会議と、『たってやる。』無限拡張計画
第205話:【真地吉乃&霧島翠&禿光太】総括と、ブレない現在地
分厚いマホガニーの重役机の上に、幾つもの企画書とタブレット端末が無造作に散らばっている。
Studio MAD-KICHIの最奥に位置する組長室。壁に掛けられたアンティークの掛け時計が深夜の時刻を刻む中、部屋の空気は、淹れたてのブラックコーヒーの苦い香りと、統括本部長である禿光太(はげ・こうた)の重いため息によって満たされていた。
「……歴史探索ラジオ、AI技術のプロンプト公開、そして極めつけは昼間の商店街でのコロッケ食レポ企画ですか」
光太は、眉間を深く揉みほぐしながら、呆れたように手元の資料を一枚一枚めくっていった。
「組長。もちろん、どのアプローチも単体のエンターテインメントとしては成立しています。しかし、組織全体を管理する統括本部長の立場から言わせていただくと……最近の組長、少し企画の幅を広げすぎじゃないですか? スタジオとしての軸というか、方向性がブレていませんか?」
光太の懸念は、組織を預かる人間としては極めて真っ当なものであった。
深夜のダークな世界観をウリにしているかと思えば、突然真昼間に揚げ物をかじり出し、かと思えばオタク顔負けのテクノロジー論を熱弁し、さらにはマニアックな日本史の裏側を語り出す。一見すれば、無軌道で無節操なコンテンツの乱れ撃ちにしか見えないだろう。
「お言葉ですが、本部長。それは少し表面的な見方ではないでしょうか」
光太の苦言に対し、静かに、しかし凛とした声で反論を口にしたのは、組長の専属秘書である真地吉乃(まち・よしの)であった。
彼女は、完璧な所作で光太の前に新しいコーヒーのカップを置きながら、艶やかな黒髪を揺らして優雅に微笑んだ。
「企画のジャンルが多岐にわたっていることは事実です。しかし、どれをやっても、どの口調で語っても、結局すべてのコンテンツが『マジキチ組長』という強烈な毒で真っ黒に染め上げられています。コロッケを食べていても思想が漏れ出し、歴史を語っていても狂気が滲む。ブレるどころか、組長という特異点の引力は増すばかりです」
「吉乃さんの仰る通りです。データがそれを証明しています」
吉乃の隣で、秘書アシスタントの霧島翠(きりしま・みどり)が、手元のタブレット端末をスワイプしながら冷静に言葉を継いだ。
「リスナーのエンゲージメント解析を走らせていますが、歴史であろうが食レポであろうが、コアなファンの離脱率はゼロに等しい状態です。アプローチの手段が変わっただけで、発信している根本の『狂気(コンテンツ)』は全く同じ。リスナーはジャンルを楽しんでいるのではなく、組長の生き様そのものを消費しているのです」
スタジオの奥の院とも言える、絶対的な忠誠心と分析力を持つ二人の秘書からのフォロー。
光太は「うっ……」と言葉を詰まらせ、助けを求めるように長机の奥、革張りの重役椅子に深く腰を沈めている俺へと視線を向けた。
俺は、紫煙を燻らせながら、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「ブレる? 冗談じゃねえな、光太」
俺は灰皿に煙草を押し付け、身を乗り出した。
「歴史を語ろうが、コロッケを食おうが、俺の根底にある『アクション・ファースト(やりたいことをやる)』という哲学は、これまでもこれからも、一ミリたりとも変わっちゃいねえ。ジャンルが散らかっているように見えるのは、俺が迷っているからじゃない」
俺は机の上の企画書を指先で弾き飛ばした。
「拡張してるんだよ。俺たちの狂気の『射程距離』をな。今まで届かなかった層に、MAD-KICHIの毒針を撃ち込むための手段に過ぎねえ。手段は無限に変えるが、信念は絶対に変わらない。どこまでデカい風呂敷を広げようが、結局は俺の絶対的なエゴイズムに帰結する。……それが俺の、そしてこのスタジオの現在地だ」
俺の言葉に、吉乃は「さすがです」と嬉しそうに微笑み、翠は小さく頷いて記録のキーボードを叩いた。
光太は、圧倒的な強者感と狂気を前にして、もはや反論する気力すら失ったように、深く、長く息を吐き出した。
「……分かりましたよ。もう何も言いません。どこまで風呂敷を広げようと、結局裏で尻拭いをしてシステムを構築するのは僕たちなんですからね。……で、次は一体何を企んでいるんですか?」
「ハッ。企むも何も、実はもう動き出してるんだよ。今日の昼間にな」
俺がニヤリと笑うと、三人の重役たちは「またか」という顔をして、一斉に俺の次の言葉を待った。
第41章の狂った企画ラッシュの総括会議は、こうしてまた新たな狂気の種火を蒔き散らしながら、静かに、そして熱く幕を下ろしたのであった。
* * *
重役たちをオフィスから退出させ、完全に一人きりになった組長室。
俺はネクタイを緩め、パソコンのモニターに表示された一つの真新しい配信プラットフォームの管理画面を眺めながら、深く息を吐き出した。
さて。ここからは、怒涛の企画会議で彩られたこの第41章を締めくくるにあたり、俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
先ほどの会議の最後の場面で、俺は「実はもう動き出している」と口にした。
あれはハッタリでもなんでもない。俺は最終決定の会議を通す前に、あの亜紀にダメ出しされた「歴史探索(歴史探訪)」の企画を、すでに試験的に実行していたという話を以前にしたが……。
なんとな。ちょうど『本日』、俺はその歴史探訪企画の「本格的な第一回目」を新たに立ち上げ、別のプラットフォームで敢行してきたばかりなのだ。
事の発端は、今朝のことだった。
俺のネットラジオ『たってやる。』をいつも聞いてくれている一人のリスナーから、こんな他愛もない言葉(提案)が飛んできたのだ。
『組長、ふわっちで配信するのってどうですか?』
「ふわっち」。その配信プラットフォームの存在自体は、もちろん俺も以前から知っていた。
だが、正直なところ、俺が自ら進んでそこで放送しようとは、これまで一度も思ったことがなかったのだ。
というのも、俺が現在メインで『たってやる。』を放送しているプラットフォームは、いわゆる「ランダムチャット」と呼ばれる、非常に特殊でカオスな場所だからだ。
あそこは控えめに言って、ネットの掃き溜め、無法地帯と言っても良いレベルだ。荒らし、暴言、意味不明な奇声が飛び交うのは日常茶飯事であり、さながら『ネットのヨハネスブルグ』とでも呼ぶべき、異常な治安の悪さを誇るスラム街である。(まあ、少し言い過ぎかもしれないが、体感的にはそれくらい殺伐としている)。
だが、俺にとってはその治安の悪さ、無法地帯っぷりが、逆に「極めて居心地が良い」という側面もあった。
なぜなら、俺がどれだけコンプライアンスの境界線を反復横跳びし、過激な思想を叫び、エグい下ネタを連発しても、あそこではそうそう簡単にBAN(アカウント凍結)されたりしないからだ。(とはいえ、限度というものを知らない俺は、過去にその無法地帯ですら3度ほどBANされた経験を持っているという輝かしい前科があるがな)。
そんな、毒と下ネタにまみれた俺が、もし「ふわっち」のような、ある程度運営の監視の目が行き届き、規約が整備されている別のプラットフォームにそのまま移ればどうなるか。
俺のプレイスタイルを変えなければ……開始数分で即日BAN、アカウント永久凍結なんていうオチも、じゅうぶんにあり得る話だ。だからこそ、俺は別の場所への進出を無意識のうちに避けていたのだ。
だが、今朝のリスナーからのその一言を見て、俺の脳内に一つの強烈な閃きが走った。
「……待てよ。俺の放送の黄金比である『エグい下ネタ8割、真面目な話2割』というあの方針を、わざわざその新しいプラットフォームに持ち込まなければ良いのではないか?」
そうだ。
あのネットのヨハネスブルグには、今まで通り下ネタと毒を8割ぶちまければいい。
そして、新しいプラットフォームには、俺の引き出しの中にある『2割の真面目な話』――つまり、日本の歴史の話、愛国思想、あるいはAIテクノロジーの深い話――だけを抽出して、それを「メイン」に据えた放送を展開すればいいのではないか。
それに、だ。
昨日に、歴史探訪という企画のパイロット版(テスト配信)を、ちょうど『たってやる。』で行ったばかりだという偶然のタイミング。
俺の中で、バラバラだった要素が「カチッ」と音を立てて一つに繋がった瞬間だった。
思い立ったが吉日。俺の代名詞はアクション・ファーストだ。
俺は早速、その日の昼休みにスマートフォンにアプリをインストールし、会社の休憩時間を利用してゲリラ的にテスト配信を行ってみた。
その結果。
「……おいおい、これ、めちゃくちゃ使えるかもしれないぞ」と、俺は一人でニヤリと笑うことになった。
俺がラジオ配信において絶対に外せないと望んでいた機能。
すなわち、「コメントの自動読み上げ機能」、「放送を後から聞き直せるタイムシフト(アーカイブ)機能」、そして「歩きながらイヤホンマイク一つで高音質な録音が可能であること」。
そのすべての条件が、そのアプリには完璧に備わっていたというのが、最大の決め手だった。
そうして、昼のテストで手応えを掴んだ俺は、今日の本業(サラリーマンとしての仕事)が終了した後、さっそく帰り道の暗い夜道を利用して、新しいプラットフォームでの『本格的な歴史探訪・第一回目』を堂々と放送してやったのだ。
もちろん、長年使い慣れたランダムチャットのUIとは使い勝手が当然ながら全く異なるため、最初の方こそボタンの配置やリスナーの反応速度の違いに戸惑いはした。だが、そこは喋りのプロ(自称)だ。数分もすればペースを掴み、それなりに一つの番組として、大阪の歴史の闇を語り尽くす進行ができたと自負している。
だが、昨日のテスト版の時にも感じたことだが、まだまだ不完全であり、技術的な課題や、リスナーとの掛け合いのテンポなど、色々な問題が山積みであるのも事実だ。
しかし、そんなことはどうでもいい。
あれこれと机の上で小難しく悩むよりも、今日のように『まず行動すること』に圧倒的な意味があるのだ。
やらなければ分からない事、マイクの前に立たなければ見えない景色が、この世には死ぬほどいっぱいあるからだ。やってみて失敗したなら、後日の放送で修正すればいいだけの話だ。
俺は興奮冷めやらぬまま、この新しい歴史探訪の企画を、早々にStudio MAD-KICHIの公式サイトにも掲載し、リスナーに向けて大々的に告知を打った。
この新しい試みが、今後どのような化学反応を起こし、どう成長していくのかは、俺自身にも全く分からない。だが、それが最高にスリリングで面白いのだ。
ところで、だ。
今朝、俺の運命を動かす「ふわっちで配信するのはどうですか?」という最高の提案をくれた、あの一人のリスナーについて、俺はどうしても語っておかなければならない事がある。
実は、このリスナー。
以前の章でも登場した「官能小説を書いてみては?」という狂った提案や、「中国エステゲームの開発」「TikTokへの動画展開の提案」など、俺の活動のターニングポイントとなる数々の企画をぶち上げてくれたリスナーと、なんと『同一人物』なのだ。
思えば、このリスナーの口からポロリとこぼれ落ちる提案(プロンプト)というものは、恐ろしいほどの確率で俺の心にクリティカルヒットし、実際にスタジオの巨大なプロジェクトとして具現化していくという、もはや「ジンクス」と呼んでもいいのではないかというくらい、結構的確で鋭いものばかりなのだ。
そう考えれば、だ。
俺という狂ったクリエイターの脳髄を直接刺激し、起爆剤となっているこのリスナーの提案のおかげで、今のStudio MAD-KICHIの多彩なコンテンツが次々と生まれていると言っても良いレベルかもしれない。
ある意味で、俺の優秀な「裏のプロデューサー」の一人と言っても過言ではないだろう。
クリエイターという生き物は、どれだけ一人で暴走しているように見えても、結局は自分以外の誰かからの「刺激」がなければ、いずれ自家中毒を起こして死んでしまう。
だからこそ、こういった外からの予想外の提案、斜め上からの無茶振りをもらえるというのは、本当にStudio MAD-KICHIという巨大な船を動かしていく中で、途方もない励みになるし、心の底から深く感謝しているのだ。
これから先、このリスナーから、あるいは他の連中から、どんな狂った提案が飛んでくるかは分からない。
もしかすると、提案された企画の中には、俺の技術やリソースが追いつかずに、一時的に「没企画」になってしまうものもあるかもしれない。
だが、覚えておいてほしい。
俺の辞書に、完全な「没(ゴミ)」という言葉は存在しない。
もし企画が没になったとしても、それはそのアイデアがダメだったわけではなく、ただ単に『この世に生まれるには、少し時代が(あるいは俺の技術が)早すぎた』という事に過ぎないのだ。
今はお蔵入りになっているアイデアであっても、数ヶ月後、数年後にAIの技術が進化し、俺の狂気が別の次元に到達した時。そのボツ企画が再び発掘され、とんでもないバケモノコンテンツとして再燃する可能性だって、充分にあり得るのだから。
だからお前ら、これからも遠慮はいらねえ。俺の脳髄を破壊するような、最高にイカれた提案をどんどんぶつけてこい。
それが地獄への片道切符だろうと、俺は笑ってそのアイデアに飛び乗ってやる。
いずれにせよ、Studio MAD-KICHIの狂気の射程距離は、今日また一つ、新しいプラットフォームへと大きく拡張された。
今後の俺たちの終わりのない動向に、せいぜい鼓膜と脳味噌を震わせて期待しておくんだな。
俺は飲みかけの冷めたコーヒーを一気に喉に流し込み、モニターの中で点滅する新しい配信アプリのアイコンに向かって、ニヤリと深く、不敵な笑みを浮かべた。
さあ、新しい戦場の夜明けだ。俺の口八丁がどこまで通用するか、最高のアクション・ファーストを見せてやろうじゃねえか。
Studio MAD-KICHIの最奥に位置する組長室。壁に掛けられたアンティークの掛け時計が深夜の時刻を刻む中、部屋の空気は、淹れたてのブラックコーヒーの苦い香りと、統括本部長である禿光太(はげ・こうた)の重いため息によって満たされていた。
「……歴史探索ラジオ、AI技術のプロンプト公開、そして極めつけは昼間の商店街でのコロッケ食レポ企画ですか」
光太は、眉間を深く揉みほぐしながら、呆れたように手元の資料を一枚一枚めくっていった。
「組長。もちろん、どのアプローチも単体のエンターテインメントとしては成立しています。しかし、組織全体を管理する統括本部長の立場から言わせていただくと……最近の組長、少し企画の幅を広げすぎじゃないですか? スタジオとしての軸というか、方向性がブレていませんか?」
光太の懸念は、組織を預かる人間としては極めて真っ当なものであった。
深夜のダークな世界観をウリにしているかと思えば、突然真昼間に揚げ物をかじり出し、かと思えばオタク顔負けのテクノロジー論を熱弁し、さらにはマニアックな日本史の裏側を語り出す。一見すれば、無軌道で無節操なコンテンツの乱れ撃ちにしか見えないだろう。
「お言葉ですが、本部長。それは少し表面的な見方ではないでしょうか」
光太の苦言に対し、静かに、しかし凛とした声で反論を口にしたのは、組長の専属秘書である真地吉乃(まち・よしの)であった。
彼女は、完璧な所作で光太の前に新しいコーヒーのカップを置きながら、艶やかな黒髪を揺らして優雅に微笑んだ。
「企画のジャンルが多岐にわたっていることは事実です。しかし、どれをやっても、どの口調で語っても、結局すべてのコンテンツが『マジキチ組長』という強烈な毒で真っ黒に染め上げられています。コロッケを食べていても思想が漏れ出し、歴史を語っていても狂気が滲む。ブレるどころか、組長という特異点の引力は増すばかりです」
「吉乃さんの仰る通りです。データがそれを証明しています」
吉乃の隣で、秘書アシスタントの霧島翠(きりしま・みどり)が、手元のタブレット端末をスワイプしながら冷静に言葉を継いだ。
「リスナーのエンゲージメント解析を走らせていますが、歴史であろうが食レポであろうが、コアなファンの離脱率はゼロに等しい状態です。アプローチの手段が変わっただけで、発信している根本の『狂気(コンテンツ)』は全く同じ。リスナーはジャンルを楽しんでいるのではなく、組長の生き様そのものを消費しているのです」
スタジオの奥の院とも言える、絶対的な忠誠心と分析力を持つ二人の秘書からのフォロー。
光太は「うっ……」と言葉を詰まらせ、助けを求めるように長机の奥、革張りの重役椅子に深く腰を沈めている俺へと視線を向けた。
俺は、紫煙を燻らせながら、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「ブレる? 冗談じゃねえな、光太」
俺は灰皿に煙草を押し付け、身を乗り出した。
「歴史を語ろうが、コロッケを食おうが、俺の根底にある『アクション・ファースト(やりたいことをやる)』という哲学は、これまでもこれからも、一ミリたりとも変わっちゃいねえ。ジャンルが散らかっているように見えるのは、俺が迷っているからじゃない」
俺は机の上の企画書を指先で弾き飛ばした。
「拡張してるんだよ。俺たちの狂気の『射程距離』をな。今まで届かなかった層に、MAD-KICHIの毒針を撃ち込むための手段に過ぎねえ。手段は無限に変えるが、信念は絶対に変わらない。どこまでデカい風呂敷を広げようが、結局は俺の絶対的なエゴイズムに帰結する。……それが俺の、そしてこのスタジオの現在地だ」
俺の言葉に、吉乃は「さすがです」と嬉しそうに微笑み、翠は小さく頷いて記録のキーボードを叩いた。
光太は、圧倒的な強者感と狂気を前にして、もはや反論する気力すら失ったように、深く、長く息を吐き出した。
「……分かりましたよ。もう何も言いません。どこまで風呂敷を広げようと、結局裏で尻拭いをしてシステムを構築するのは僕たちなんですからね。……で、次は一体何を企んでいるんですか?」
「ハッ。企むも何も、実はもう動き出してるんだよ。今日の昼間にな」
俺がニヤリと笑うと、三人の重役たちは「またか」という顔をして、一斉に俺の次の言葉を待った。
第41章の狂った企画ラッシュの総括会議は、こうしてまた新たな狂気の種火を蒔き散らしながら、静かに、そして熱く幕を下ろしたのであった。
* * *
重役たちをオフィスから退出させ、完全に一人きりになった組長室。
俺はネクタイを緩め、パソコンのモニターに表示された一つの真新しい配信プラットフォームの管理画面を眺めながら、深く息を吐き出した。
さて。ここからは、怒涛の企画会議で彩られたこの第41章を締めくくるにあたり、俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
先ほどの会議の最後の場面で、俺は「実はもう動き出している」と口にした。
あれはハッタリでもなんでもない。俺は最終決定の会議を通す前に、あの亜紀にダメ出しされた「歴史探索(歴史探訪)」の企画を、すでに試験的に実行していたという話を以前にしたが……。
なんとな。ちょうど『本日』、俺はその歴史探訪企画の「本格的な第一回目」を新たに立ち上げ、別のプラットフォームで敢行してきたばかりなのだ。
事の発端は、今朝のことだった。
俺のネットラジオ『たってやる。』をいつも聞いてくれている一人のリスナーから、こんな他愛もない言葉(提案)が飛んできたのだ。
『組長、ふわっちで配信するのってどうですか?』
「ふわっち」。その配信プラットフォームの存在自体は、もちろん俺も以前から知っていた。
だが、正直なところ、俺が自ら進んでそこで放送しようとは、これまで一度も思ったことがなかったのだ。
というのも、俺が現在メインで『たってやる。』を放送しているプラットフォームは、いわゆる「ランダムチャット」と呼ばれる、非常に特殊でカオスな場所だからだ。
あそこは控えめに言って、ネットの掃き溜め、無法地帯と言っても良いレベルだ。荒らし、暴言、意味不明な奇声が飛び交うのは日常茶飯事であり、さながら『ネットのヨハネスブルグ』とでも呼ぶべき、異常な治安の悪さを誇るスラム街である。(まあ、少し言い過ぎかもしれないが、体感的にはそれくらい殺伐としている)。
だが、俺にとってはその治安の悪さ、無法地帯っぷりが、逆に「極めて居心地が良い」という側面もあった。
なぜなら、俺がどれだけコンプライアンスの境界線を反復横跳びし、過激な思想を叫び、エグい下ネタを連発しても、あそこではそうそう簡単にBAN(アカウント凍結)されたりしないからだ。(とはいえ、限度というものを知らない俺は、過去にその無法地帯ですら3度ほどBANされた経験を持っているという輝かしい前科があるがな)。
そんな、毒と下ネタにまみれた俺が、もし「ふわっち」のような、ある程度運営の監視の目が行き届き、規約が整備されている別のプラットフォームにそのまま移ればどうなるか。
俺のプレイスタイルを変えなければ……開始数分で即日BAN、アカウント永久凍結なんていうオチも、じゅうぶんにあり得る話だ。だからこそ、俺は別の場所への進出を無意識のうちに避けていたのだ。
だが、今朝のリスナーからのその一言を見て、俺の脳内に一つの強烈な閃きが走った。
「……待てよ。俺の放送の黄金比である『エグい下ネタ8割、真面目な話2割』というあの方針を、わざわざその新しいプラットフォームに持ち込まなければ良いのではないか?」
そうだ。
あのネットのヨハネスブルグには、今まで通り下ネタと毒を8割ぶちまければいい。
そして、新しいプラットフォームには、俺の引き出しの中にある『2割の真面目な話』――つまり、日本の歴史の話、愛国思想、あるいはAIテクノロジーの深い話――だけを抽出して、それを「メイン」に据えた放送を展開すればいいのではないか。
それに、だ。
昨日に、歴史探訪という企画のパイロット版(テスト配信)を、ちょうど『たってやる。』で行ったばかりだという偶然のタイミング。
俺の中で、バラバラだった要素が「カチッ」と音を立てて一つに繋がった瞬間だった。
思い立ったが吉日。俺の代名詞はアクション・ファーストだ。
俺は早速、その日の昼休みにスマートフォンにアプリをインストールし、会社の休憩時間を利用してゲリラ的にテスト配信を行ってみた。
その結果。
「……おいおい、これ、めちゃくちゃ使えるかもしれないぞ」と、俺は一人でニヤリと笑うことになった。
俺がラジオ配信において絶対に外せないと望んでいた機能。
すなわち、「コメントの自動読み上げ機能」、「放送を後から聞き直せるタイムシフト(アーカイブ)機能」、そして「歩きながらイヤホンマイク一つで高音質な録音が可能であること」。
そのすべての条件が、そのアプリには完璧に備わっていたというのが、最大の決め手だった。
そうして、昼のテストで手応えを掴んだ俺は、今日の本業(サラリーマンとしての仕事)が終了した後、さっそく帰り道の暗い夜道を利用して、新しいプラットフォームでの『本格的な歴史探訪・第一回目』を堂々と放送してやったのだ。
もちろん、長年使い慣れたランダムチャットのUIとは使い勝手が当然ながら全く異なるため、最初の方こそボタンの配置やリスナーの反応速度の違いに戸惑いはした。だが、そこは喋りのプロ(自称)だ。数分もすればペースを掴み、それなりに一つの番組として、大阪の歴史の闇を語り尽くす進行ができたと自負している。
だが、昨日のテスト版の時にも感じたことだが、まだまだ不完全であり、技術的な課題や、リスナーとの掛け合いのテンポなど、色々な問題が山積みであるのも事実だ。
しかし、そんなことはどうでもいい。
あれこれと机の上で小難しく悩むよりも、今日のように『まず行動すること』に圧倒的な意味があるのだ。
やらなければ分からない事、マイクの前に立たなければ見えない景色が、この世には死ぬほどいっぱいあるからだ。やってみて失敗したなら、後日の放送で修正すればいいだけの話だ。
俺は興奮冷めやらぬまま、この新しい歴史探訪の企画を、早々にStudio MAD-KICHIの公式サイトにも掲載し、リスナーに向けて大々的に告知を打った。
この新しい試みが、今後どのような化学反応を起こし、どう成長していくのかは、俺自身にも全く分からない。だが、それが最高にスリリングで面白いのだ。
ところで、だ。
今朝、俺の運命を動かす「ふわっちで配信するのはどうですか?」という最高の提案をくれた、あの一人のリスナーについて、俺はどうしても語っておかなければならない事がある。
実は、このリスナー。
以前の章でも登場した「官能小説を書いてみては?」という狂った提案や、「中国エステゲームの開発」「TikTokへの動画展開の提案」など、俺の活動のターニングポイントとなる数々の企画をぶち上げてくれたリスナーと、なんと『同一人物』なのだ。
思えば、このリスナーの口からポロリとこぼれ落ちる提案(プロンプト)というものは、恐ろしいほどの確率で俺の心にクリティカルヒットし、実際にスタジオの巨大なプロジェクトとして具現化していくという、もはや「ジンクス」と呼んでもいいのではないかというくらい、結構的確で鋭いものばかりなのだ。
そう考えれば、だ。
俺という狂ったクリエイターの脳髄を直接刺激し、起爆剤となっているこのリスナーの提案のおかげで、今のStudio MAD-KICHIの多彩なコンテンツが次々と生まれていると言っても良いレベルかもしれない。
ある意味で、俺の優秀な「裏のプロデューサー」の一人と言っても過言ではないだろう。
クリエイターという生き物は、どれだけ一人で暴走しているように見えても、結局は自分以外の誰かからの「刺激」がなければ、いずれ自家中毒を起こして死んでしまう。
だからこそ、こういった外からの予想外の提案、斜め上からの無茶振りをもらえるというのは、本当にStudio MAD-KICHIという巨大な船を動かしていく中で、途方もない励みになるし、心の底から深く感謝しているのだ。
これから先、このリスナーから、あるいは他の連中から、どんな狂った提案が飛んでくるかは分からない。
もしかすると、提案された企画の中には、俺の技術やリソースが追いつかずに、一時的に「没企画」になってしまうものもあるかもしれない。
だが、覚えておいてほしい。
俺の辞書に、完全な「没(ゴミ)」という言葉は存在しない。
もし企画が没になったとしても、それはそのアイデアがダメだったわけではなく、ただ単に『この世に生まれるには、少し時代が(あるいは俺の技術が)早すぎた』という事に過ぎないのだ。
今はお蔵入りになっているアイデアであっても、数ヶ月後、数年後にAIの技術が進化し、俺の狂気が別の次元に到達した時。そのボツ企画が再び発掘され、とんでもないバケモノコンテンツとして再燃する可能性だって、充分にあり得るのだから。
だからお前ら、これからも遠慮はいらねえ。俺の脳髄を破壊するような、最高にイカれた提案をどんどんぶつけてこい。
それが地獄への片道切符だろうと、俺は笑ってそのアイデアに飛び乗ってやる。
いずれにせよ、Studio MAD-KICHIの狂気の射程距離は、今日また一つ、新しいプラットフォームへと大きく拡張された。
今後の俺たちの終わりのない動向に、せいぜい鼓膜と脳味噌を震わせて期待しておくんだな。
俺は飲みかけの冷めたコーヒーを一気に喉に流し込み、モニターの中で点滅する新しい配信アプリのアイコンに向かって、ニヤリと深く、不敵な笑みを浮かべた。
さあ、新しい戦場の夜明けだ。俺の口八丁がどこまで通用するか、最高のアクション・ファーストを見せてやろうじゃねえか。
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