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第51章:【常識の破壊とアクション・ファースト】歴史、恋、キャンプ、そして下ネタの真髄
第254話:【荒療治】官能と爆笑、下ネタ真髄の解放
「……あ、あえぐような吐息が、夜の静寂に溶けて……。そ、その、豊満な……ふた、ふたつの……っ」
Studio MAD-KICHIの奥にある、完全防音の収録ブース。
本来ならばボーカルのレコーディングや、ラジオのナレーション録りに使われるはずのその神聖な密室に、ひどく震え、今にも泣き出しそうな哀愁を帯びた青年の声が響き渡っていた。
声の主は、スタジオの心臓部を取り仕切る統括本部長、禿光太(はげ こうた)である。
彼は完璧にアイロンがけされたスーツ姿のまま、マイクの前に直立不動で立ち、手元のタブレットを持つ手をガタガタと震わせていた。彼の顔面は、茹で上がったタコのように真っ赤に染まり、額からは滝のような脂汗が流れ落ちている。
「声が小せえぞ、光太! 感情がこもってねえ! そのテキストの奥にある、むせ返るような男女の情念と、肉体がぶつかり合う湿度を、お前の声帯のすべてを使って表現しろ!」
防音ブースの外、ミキシングルームのガラス越しに、俺はマイクのトークバックボタンを押して容赦のない怒声を浴びせた。
「く、組長……っ! いや、もうこれ、絶対に無理ですって! 私の口からは、こんな、こんな赤裸々な単語……っ! まともな大人の社会人の発する言葉ではありません……!」
光太はタブレットから目を逸らし、ガラス越しの俺に向かって、泣きそうな顔で懇願した。
現在、彼が読まされているのは。
他でもない、この俺、マジキチ組長が自らの有り余る性癖と妄想を全開にして執筆し、一部の狂った読者に向けて公開している『官能小説』のテキストである。
ウチのスタジオの統括本部長たるもの、あらゆる人間の欲望(エゴ)や、ドロドロとした業(ごう)を理解し、マネジメントできなければならない。
だが、この光太という男は、こと「下ネタ」や「直接的な性描写」に対する耐性が、極端に低すぎた。普段から真面目で引っ込み思案な性格が災いし、そうした話題になるとすぐに目を泳がせ、耳を塞ごうとするのだ。
「甘ったれるな、光太!!」
俺はミキサーの卓をドンッと叩き、マイク越しに一喝した。
「統括本部長たるもの、人間の最も根源的な業である『性』や『下ネタ』から目を背けて、どうやってこの狂ったバケモノたちを束ねるつもりだ! いいか、これは単なるセクハラじゃねえ。お前のその分厚い『恥じらい』という殻をぶち壊すための、俺からの絶対の『仕事(タスク)』だ! 四の五の言わずに、最後まで読み切れ!」
「し、仕事……これが、私の……っ!」
光太は、自らの薄くなった頭髪を片手でギュッと掴み、激しい葛藤の末に、覚悟を決めたように目をカッと見開いた。
「……わかりました。やります。私に与えられた試練ならば……っ!」
そこからの光太の朗読は、まさに血を吐くような凄絶なものだった。
標準語の丁寧で落ち着いた声質が、極めて直接的でエロティックな単語を紡ぎ出していく。羞恥心で声が裏返りそうになるのを必死に堪え、時には息を呑み、時には絶望的な表情を浮かべながら、彼は数千文字に及ぶ官能のテキストを、見事に最後まで読み通した。
「……果てしない、絶頂の波に、飲まれていった……。……っ、以上です」
最後の行を読み終えた瞬間。
タブレットが光太の手から滑り落ち、彼はマイクスタンドにすがりつくようにして、肩で激しく息をした。全身は汗でびっしょりと濡れ、まるでフルマラソンを完走した直後のような疲労困憊の様子だ。
だが。
数秒後、ゆっくりと顔を上げた光太の表情には、先ほどまでの激しい羞恥心も、怯えも、一切残っていなかった。
「……あれ?」
光太は、ポカンとした顔でブースの天井を見上げ、そして、どこか悟りを開いたかのような、極めて澄み切った穏やかな顔つきになったのだ。
「どうだ、光太。己の羞恥心の限界を突破した気分は」
俺がブースの扉を開けて中に入ると、光太は深く息を吐き出し、静かに頷いた。
「……不思議な感覚です。組長。私の中で、何かが音を立てて崩れ落ちました。あれほど口にするのが恐ろしかった言葉たちが、今はただの『音声データの羅列』のように感じられます。いや、それどころか……一つの大きな壁を乗り越えたような、謎の達成感すら……」
俗に言う『賢者モード』である。
極限の羞恥心を強制的に引き出され、それがオーバーフローした結果、光太の脳内では一時的にあらゆる煩悩が焼き切れ、凪のように穏やかな精神状態が訪れていたのだ。
「ハッ。見事な賢者っぷりだ。だがな、お前の荒療治はこれで終わりじゃねえ。恥じらいというバリアが完全に消滅した今の状態のまま、次はこのテキストを朗読してみろ」
俺は、自分のスマートフォンを操作し、今度は現在絶賛連載中の『マジキチおとぎ草子』のテキストを光太の目の前に突きつけた。
これは、先ほどの美しい情景描写を伴う官能小説とは全く違う。
登場人物たちが狂ったようにボケとツッコミを繰り返し、脈絡もなく下半身のネタが飛び交い、エグくて、下品で、ツッコミどころが満載の、ギャグに全振りした「笑える下ネタ」の集大成である。
「……読ませていただきます」
賢者モードに突入している光太は、もはや何の抵抗も示さなかった。
彼はスッと背筋を伸ばし、先ほどまでの震えが嘘のように、極めて滑らかな口調で、そのエグい下ネタ満載のおとぎ草子を朗読し始めた。
「……ここで寸止め祈祷師は、おもむろに股間から光り輝く〇〇を取り出し……」
スラスラと。なんの感情も交えず、ニュース原稿を読み上げるアナウンサーのように、光太は狂ったテキストを読み進めていく。
だが。
物語が中盤に差し掛かり、あまりにも理不尽でバカバカしい下ネタの連鎖が始まったあたりで、光太の滑らかな声に、微かな「ノイズ」が混じり始めた。
「……それを見た姫は、まさかの〇〇で反撃に転じ……っ、くっ……ふふっ」
光太の肩が、小刻みに震え始めている。
「どうした、光太。手が止まってるぞ」
俺が横から突っつくと、光太は必死に口元を引き結び、笑いを堪えようと身悶えしていた。
だが、一度崩壊した羞恥心の壁と、目の前にあるテキストのあまりのバカバカしさの前に、彼の中に残っていた「大人の社会人としての理性」は、もはや完全に限界を迎えていた。
「……っ、無理です……。だ、だって……姫が、ここでそんなこと……っ、ぶはっ! アハハハハッ!!」
ついに、光太は耐えきれずに吹き出した。
彼はスマートフォンを放り投げ、床にへたり込み、腹を抱えて大爆笑し始めたのだ。
「アッハハハハ!! な、なにしてんだよ! コイツら、マジでバカだろwww なんでこんなところでそんなエグいモノ出してくるんですか!! 腹痛い……っ、狂ってる……!!」
普段の哀愁漂う標準語の丁寧な口調はどこへやら。涙を流しながら、子供のように床を転げ回って笑い転げる統括本部長。
俺は、その様子を腕を組んで見下ろしながら、満足げにニヤリと笑った。
「どうだ、光太。それが、下ネタの真髄だ」
「ヒィィ……っ、苦しい……! 組長、お腹ちぎれそうです……っ!」
俺はしゃがみ込み、笑い転げる光太の肩をポンと叩いた。
「ただ顔を赤らめて逃げるだけの純情ぶった大人なんてのは、薄っぺらいんだよ。人間の汚い部分も、エグい部分も、すべて飲み込んだ上で、こうやって腹の底から『バカじゃねえの!』って大笑いできる。それが、本当の意味での下ネタの受容であり、強さなんだ」
光太は、目尻に浮かんだ笑い涙を指で拭いながら、まだヒクヒクと肩を揺らして立ち上がった。
「……負けました。まさか、私がこんなに下品な文章で、腹の底から笑ってしまう日が来るなんて……。でも、なんだか……とても、スッキリしました」
「だろう? 下ネタでバカ笑いするってのは、心身ともに最高に健康であるという何よりの証拠なんだよ。統括本部長の荒療治、これにて完了だ」
俺たちは、防音ブースの中で響き渡る互いの笑い声をBGMに、狂気に満ちたスタジオの夜をさらに深く楽しむのであった。
* * *
大爆笑の疲労感を心地よく引きずりながら、俺は深夜の自室の重役椅子に深く腰を沈めた。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい独特の匂いが部屋の空気に漂い始める。
俺は紫煙を深く肺の底まで吸い込み、ゆっくりと天井に向けて吐き出した。
さて。ここからは、この第51章の第4話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
今回の作中で描いた、統括本部長・禿光太への「官能小説の朗読」という荒療治のエピソード。
実はこれ、完全なフィクションや俺のゼロからの妄想というわけではない。先日、現実世界(リアル)において、これとよく似たような出来事が実際にあったのだ。
(とはいえ、俺が強制的にマイクの前で泣かしながら朗読させたという部分は、かなり小説用に誇張し、エンタメとして盛らせてもらっているがな)。
作中の禿光太のモデルとなっているのは、これまでの語りでも何度も触れてきた通り、俺のネットラジオや配信でリアルに交流のあるリスナーの一人だ。
現実世界の彼自身は、決して作中のように下ネタに極端なアレルギーを持っていたり、苦手だったりするわけではない。いや、むしろ俺の配信のノリを理解し、彼自身も下ネタが「好き」と言っても良い部類の人間だ。
だが、だ。
彼もまだまだ年齢的には若い年頃であり、どこか俺のような図太い中年とは違う、一抹の「恥じらい」や「ブレーキ」のようなものが、時折見え隠れしていたように感じたのだ。
そこで、俺は彼をいじってやろうと思いつき、悪戯心からこう提案したのだ。
「お前、官能的な小説を声に出して朗読すれば、そんな薄っぺらい恥じらいなんてものは一瞬で捨てられるぞ」と。
そして、彼がいざ朗読する流れになったところで。俺はあえて、ムードのある真面目な官能小説ではなく、現在連載中であった、エグくて、下品で、ツッコミどころしかない『マジキチおとぎ草子』のテキストを、いきなり彼の目の前に突きつけて読ませたのだ。
すると、どうなったか。
彼は、朗読を始めてすぐにツボに入り、腹を抱えて大爆笑し始めたのだ。
そして、涙を流して笑い転げながら、俺に向かってこう言い放った。
「お前、本当にバカだろwww」
この言葉を聞いた時、俺は心の底から嬉しかった。
俺のような、四六時中妄想を具現化し、下ネタと狂気を撒き散らしているクリエイターにとって。読者やリスナーからの「お前、本当にバカだろ」という言葉は、何物にも代えがたい『最高の褒め言葉』であり、至上の勲章なのだ。
俺が仕掛けたテキストの狂気が、彼の恥じらいの壁をぶち壊し、純粋な「笑い」という感情を爆発させた瞬間だった。
この出来事を通して、俺は改めて一つの真理を確信した。
こうして、どうしようもない下ネタや、バカバカしいギャグを見て、腹の底から大声で笑えるということは。
その人間が、現在『心身ともに極めて健康である』という、揺るぎない証拠なのだ。
人間という生き物は、本当に体が弱っている時、精神的にギリギリまで追い詰められている時、あるいは深い悩みやストレスを抱え込んでいる時には、決して下ネタやバカバカしい冗談で笑うことはできない。
余裕がない時は、そういうものを見ると逆に「くだらない」「不快だ」と嫌悪感を抱くか、あるいは何も感情が動かずに無表情のままスルーしてしまうものだ。
だからこそ、「なにしてんだよ、バカだろwww」と、涙を流して大爆笑できるという状態は、己の内に生命力(バイタリティ)が満ち溢れ、精神のタンクにまだ十分な余裕があるという証明に他ならない。
下ネタで笑うということは、単なる下品な行為ではなく、人間としての健全な生命活動のバロメーターなのだ。
現代社会は、コンプライアンスだの、ポリコレだの、品行方正だのと、とにかく他人の目を気にして窮屈に生きることを強要してくる。
だが、そんな息苦しい世界に殺される前に。
お前らも、たまには俺の『マジキチおとぎ草子』でも読んで、恥じらいを捨てて腹の底からバカ笑いしてみろ。
そして、自分が今「バカバカしいことで笑える」というその事実に、深く感謝することだ。
笑えるうちは、人間は絶対に壊れない。俺はこれからも、お前らを健康にするために、極上のバカと下ネタを世界に発信し続けてやる。
Studio MAD-KICHIの奥にある、完全防音の収録ブース。
本来ならばボーカルのレコーディングや、ラジオのナレーション録りに使われるはずのその神聖な密室に、ひどく震え、今にも泣き出しそうな哀愁を帯びた青年の声が響き渡っていた。
声の主は、スタジオの心臓部を取り仕切る統括本部長、禿光太(はげ こうた)である。
彼は完璧にアイロンがけされたスーツ姿のまま、マイクの前に直立不動で立ち、手元のタブレットを持つ手をガタガタと震わせていた。彼の顔面は、茹で上がったタコのように真っ赤に染まり、額からは滝のような脂汗が流れ落ちている。
「声が小せえぞ、光太! 感情がこもってねえ! そのテキストの奥にある、むせ返るような男女の情念と、肉体がぶつかり合う湿度を、お前の声帯のすべてを使って表現しろ!」
防音ブースの外、ミキシングルームのガラス越しに、俺はマイクのトークバックボタンを押して容赦のない怒声を浴びせた。
「く、組長……っ! いや、もうこれ、絶対に無理ですって! 私の口からは、こんな、こんな赤裸々な単語……っ! まともな大人の社会人の発する言葉ではありません……!」
光太はタブレットから目を逸らし、ガラス越しの俺に向かって、泣きそうな顔で懇願した。
現在、彼が読まされているのは。
他でもない、この俺、マジキチ組長が自らの有り余る性癖と妄想を全開にして執筆し、一部の狂った読者に向けて公開している『官能小説』のテキストである。
ウチのスタジオの統括本部長たるもの、あらゆる人間の欲望(エゴ)や、ドロドロとした業(ごう)を理解し、マネジメントできなければならない。
だが、この光太という男は、こと「下ネタ」や「直接的な性描写」に対する耐性が、極端に低すぎた。普段から真面目で引っ込み思案な性格が災いし、そうした話題になるとすぐに目を泳がせ、耳を塞ごうとするのだ。
「甘ったれるな、光太!!」
俺はミキサーの卓をドンッと叩き、マイク越しに一喝した。
「統括本部長たるもの、人間の最も根源的な業である『性』や『下ネタ』から目を背けて、どうやってこの狂ったバケモノたちを束ねるつもりだ! いいか、これは単なるセクハラじゃねえ。お前のその分厚い『恥じらい』という殻をぶち壊すための、俺からの絶対の『仕事(タスク)』だ! 四の五の言わずに、最後まで読み切れ!」
「し、仕事……これが、私の……っ!」
光太は、自らの薄くなった頭髪を片手でギュッと掴み、激しい葛藤の末に、覚悟を決めたように目をカッと見開いた。
「……わかりました。やります。私に与えられた試練ならば……っ!」
そこからの光太の朗読は、まさに血を吐くような凄絶なものだった。
標準語の丁寧で落ち着いた声質が、極めて直接的でエロティックな単語を紡ぎ出していく。羞恥心で声が裏返りそうになるのを必死に堪え、時には息を呑み、時には絶望的な表情を浮かべながら、彼は数千文字に及ぶ官能のテキストを、見事に最後まで読み通した。
「……果てしない、絶頂の波に、飲まれていった……。……っ、以上です」
最後の行を読み終えた瞬間。
タブレットが光太の手から滑り落ち、彼はマイクスタンドにすがりつくようにして、肩で激しく息をした。全身は汗でびっしょりと濡れ、まるでフルマラソンを完走した直後のような疲労困憊の様子だ。
だが。
数秒後、ゆっくりと顔を上げた光太の表情には、先ほどまでの激しい羞恥心も、怯えも、一切残っていなかった。
「……あれ?」
光太は、ポカンとした顔でブースの天井を見上げ、そして、どこか悟りを開いたかのような、極めて澄み切った穏やかな顔つきになったのだ。
「どうだ、光太。己の羞恥心の限界を突破した気分は」
俺がブースの扉を開けて中に入ると、光太は深く息を吐き出し、静かに頷いた。
「……不思議な感覚です。組長。私の中で、何かが音を立てて崩れ落ちました。あれほど口にするのが恐ろしかった言葉たちが、今はただの『音声データの羅列』のように感じられます。いや、それどころか……一つの大きな壁を乗り越えたような、謎の達成感すら……」
俗に言う『賢者モード』である。
極限の羞恥心を強制的に引き出され、それがオーバーフローした結果、光太の脳内では一時的にあらゆる煩悩が焼き切れ、凪のように穏やかな精神状態が訪れていたのだ。
「ハッ。見事な賢者っぷりだ。だがな、お前の荒療治はこれで終わりじゃねえ。恥じらいというバリアが完全に消滅した今の状態のまま、次はこのテキストを朗読してみろ」
俺は、自分のスマートフォンを操作し、今度は現在絶賛連載中の『マジキチおとぎ草子』のテキストを光太の目の前に突きつけた。
これは、先ほどの美しい情景描写を伴う官能小説とは全く違う。
登場人物たちが狂ったようにボケとツッコミを繰り返し、脈絡もなく下半身のネタが飛び交い、エグくて、下品で、ツッコミどころが満載の、ギャグに全振りした「笑える下ネタ」の集大成である。
「……読ませていただきます」
賢者モードに突入している光太は、もはや何の抵抗も示さなかった。
彼はスッと背筋を伸ばし、先ほどまでの震えが嘘のように、極めて滑らかな口調で、そのエグい下ネタ満載のおとぎ草子を朗読し始めた。
「……ここで寸止め祈祷師は、おもむろに股間から光り輝く〇〇を取り出し……」
スラスラと。なんの感情も交えず、ニュース原稿を読み上げるアナウンサーのように、光太は狂ったテキストを読み進めていく。
だが。
物語が中盤に差し掛かり、あまりにも理不尽でバカバカしい下ネタの連鎖が始まったあたりで、光太の滑らかな声に、微かな「ノイズ」が混じり始めた。
「……それを見た姫は、まさかの〇〇で反撃に転じ……っ、くっ……ふふっ」
光太の肩が、小刻みに震え始めている。
「どうした、光太。手が止まってるぞ」
俺が横から突っつくと、光太は必死に口元を引き結び、笑いを堪えようと身悶えしていた。
だが、一度崩壊した羞恥心の壁と、目の前にあるテキストのあまりのバカバカしさの前に、彼の中に残っていた「大人の社会人としての理性」は、もはや完全に限界を迎えていた。
「……っ、無理です……。だ、だって……姫が、ここでそんなこと……っ、ぶはっ! アハハハハッ!!」
ついに、光太は耐えきれずに吹き出した。
彼はスマートフォンを放り投げ、床にへたり込み、腹を抱えて大爆笑し始めたのだ。
「アッハハハハ!! な、なにしてんだよ! コイツら、マジでバカだろwww なんでこんなところでそんなエグいモノ出してくるんですか!! 腹痛い……っ、狂ってる……!!」
普段の哀愁漂う標準語の丁寧な口調はどこへやら。涙を流しながら、子供のように床を転げ回って笑い転げる統括本部長。
俺は、その様子を腕を組んで見下ろしながら、満足げにニヤリと笑った。
「どうだ、光太。それが、下ネタの真髄だ」
「ヒィィ……っ、苦しい……! 組長、お腹ちぎれそうです……っ!」
俺はしゃがみ込み、笑い転げる光太の肩をポンと叩いた。
「ただ顔を赤らめて逃げるだけの純情ぶった大人なんてのは、薄っぺらいんだよ。人間の汚い部分も、エグい部分も、すべて飲み込んだ上で、こうやって腹の底から『バカじゃねえの!』って大笑いできる。それが、本当の意味での下ネタの受容であり、強さなんだ」
光太は、目尻に浮かんだ笑い涙を指で拭いながら、まだヒクヒクと肩を揺らして立ち上がった。
「……負けました。まさか、私がこんなに下品な文章で、腹の底から笑ってしまう日が来るなんて……。でも、なんだか……とても、スッキリしました」
「だろう? 下ネタでバカ笑いするってのは、心身ともに最高に健康であるという何よりの証拠なんだよ。統括本部長の荒療治、これにて完了だ」
俺たちは、防音ブースの中で響き渡る互いの笑い声をBGMに、狂気に満ちたスタジオの夜をさらに深く楽しむのであった。
* * *
大爆笑の疲労感を心地よく引きずりながら、俺は深夜の自室の重役椅子に深く腰を沈めた。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい独特の匂いが部屋の空気に漂い始める。
俺は紫煙を深く肺の底まで吸い込み、ゆっくりと天井に向けて吐き出した。
さて。ここからは、この第51章の第4話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
今回の作中で描いた、統括本部長・禿光太への「官能小説の朗読」という荒療治のエピソード。
実はこれ、完全なフィクションや俺のゼロからの妄想というわけではない。先日、現実世界(リアル)において、これとよく似たような出来事が実際にあったのだ。
(とはいえ、俺が強制的にマイクの前で泣かしながら朗読させたという部分は、かなり小説用に誇張し、エンタメとして盛らせてもらっているがな)。
作中の禿光太のモデルとなっているのは、これまでの語りでも何度も触れてきた通り、俺のネットラジオや配信でリアルに交流のあるリスナーの一人だ。
現実世界の彼自身は、決して作中のように下ネタに極端なアレルギーを持っていたり、苦手だったりするわけではない。いや、むしろ俺の配信のノリを理解し、彼自身も下ネタが「好き」と言っても良い部類の人間だ。
だが、だ。
彼もまだまだ年齢的には若い年頃であり、どこか俺のような図太い中年とは違う、一抹の「恥じらい」や「ブレーキ」のようなものが、時折見え隠れしていたように感じたのだ。
そこで、俺は彼をいじってやろうと思いつき、悪戯心からこう提案したのだ。
「お前、官能的な小説を声に出して朗読すれば、そんな薄っぺらい恥じらいなんてものは一瞬で捨てられるぞ」と。
そして、彼がいざ朗読する流れになったところで。俺はあえて、ムードのある真面目な官能小説ではなく、現在連載中であった、エグくて、下品で、ツッコミどころしかない『マジキチおとぎ草子』のテキストを、いきなり彼の目の前に突きつけて読ませたのだ。
すると、どうなったか。
彼は、朗読を始めてすぐにツボに入り、腹を抱えて大爆笑し始めたのだ。
そして、涙を流して笑い転げながら、俺に向かってこう言い放った。
「お前、本当にバカだろwww」
この言葉を聞いた時、俺は心の底から嬉しかった。
俺のような、四六時中妄想を具現化し、下ネタと狂気を撒き散らしているクリエイターにとって。読者やリスナーからの「お前、本当にバカだろ」という言葉は、何物にも代えがたい『最高の褒め言葉』であり、至上の勲章なのだ。
俺が仕掛けたテキストの狂気が、彼の恥じらいの壁をぶち壊し、純粋な「笑い」という感情を爆発させた瞬間だった。
この出来事を通して、俺は改めて一つの真理を確信した。
こうして、どうしようもない下ネタや、バカバカしいギャグを見て、腹の底から大声で笑えるということは。
その人間が、現在『心身ともに極めて健康である』という、揺るぎない証拠なのだ。
人間という生き物は、本当に体が弱っている時、精神的にギリギリまで追い詰められている時、あるいは深い悩みやストレスを抱え込んでいる時には、決して下ネタやバカバカしい冗談で笑うことはできない。
余裕がない時は、そういうものを見ると逆に「くだらない」「不快だ」と嫌悪感を抱くか、あるいは何も感情が動かずに無表情のままスルーしてしまうものだ。
だからこそ、「なにしてんだよ、バカだろwww」と、涙を流して大爆笑できるという状態は、己の内に生命力(バイタリティ)が満ち溢れ、精神のタンクにまだ十分な余裕があるという証明に他ならない。
下ネタで笑うということは、単なる下品な行為ではなく、人間としての健全な生命活動のバロメーターなのだ。
現代社会は、コンプライアンスだの、ポリコレだの、品行方正だのと、とにかく他人の目を気にして窮屈に生きることを強要してくる。
だが、そんな息苦しい世界に殺される前に。
お前らも、たまには俺の『マジキチおとぎ草子』でも読んで、恥じらいを捨てて腹の底からバカ笑いしてみろ。
そして、自分が今「バカバカしいことで笑える」というその事実に、深く感謝することだ。
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