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第52章:【見えざる手と繋がる魂】歩き続ける街に刻まれた記憶
第258話:【御堂筋縦断】100年の記憶と、本物の男
イチョウ並木が延々と続く大阪の大動脈、御堂筋。
南北に貫く巨大な六車線の道路を、無数の車のヘッドライトとテールランプが、赤と白の眩い光の帯となって絶え間なく流れていく。
季節は初夏を迎え、夜風は生ぬるく、街ゆく人々の足取りはどこか浮き足立っているように見えた。
「はい、というわけで今夜も始まりました、狂気の歩行ラジオ『たってやる。』! 今日は梅田からスタートして、この御堂筋を南下し、ネオン輝く難波までをぶっ通しで歩き抜く『御堂筋縦断スペシャル』でお届けするぜ!」
俺はスマートフォンのカメラに向かって声を張り上げながら、大股でアスファルトを踏みしめていた。
そして、カメラの画角をスッと俺の隣へと移動させる。
「今夜のゲストは、ウチのスタジオが誇る暴走特急娘、Yayoi! そして……お前らリスナーも気になってただろう、Yayoiが見事アクション・ファーストで射止めたリアル彼氏、東大和(あずま やまと)だ!」
「イェーイ! リスナーのみんな、聴いてるー!? 今日はウチの大事な彼氏、お披露目やでー!」
Yayoiがカメラに向かってピースサインを突き出し、大和の腕にぴったりとくっついて嬉しそうに飛び跳ねている。
「初めまして。東大和と申します。本日は、いつも聴いている番組に出演させていただき、本当に光栄です。よろしくお願いします」
大和は、歩きながらもカメラに向かって深く、そして極めて礼儀正しく一礼をした。
「……おい大和。お前、今『いつも聴いている』って言ったか?」
俺が訝しげに尋ねると、大和は爽やかな笑顔のまま、とんでもないことを口走り始めた。
「はい。実はYayoiと付き合う前から、組長の『たってやる。』は毎回の生放送はもちろん、タイムシフトでも追いかけているヘビーリスナーなんです。組長のトークは、8割が放送事故スレスレのエグい下ネタで構成されているのに、残りの2割で急に真理を突くような真面目な哲学が放り込まれる。その狂ったバランスが、たまらなく好きなんですよ」
「あははっ! 大和、ウチより組長のこと詳しいんちゃうかー!?」とYayoiが爆笑する。
俺は呆れてため息をついた。
こいつ、一見するとどこにでもいる清潔感のある好青年に見えるが。俺の撒き散らすエグい下ネタのシャワーを日常的に浴びて喜んでいる時点で、その精神構造は一般のそれとはかけ離れている。
「こいつ、やっぱり本質的な部分はYayoiとよく似た『狂気(熱)』を持ってるんだな……」
俺は改めてこの青年の底知れなさに感心し、ニヤリと笑った。
そんな和やかな(狂った)トークを繰り広げながら、淀屋橋、本町、心斎橋と、御堂筋を順調に南下していた時のことだ。
「あっ……」
大和が不意に足を止め、視線を道路の脇へと向けた。
俺たちが歩く歩道の隅で、100歳近いのではないかと思われるほど腰の曲がった高齢の男性が、手押し車に引っかかった荷物を落とし、拾おうとして立ち往生していたのだ。
行き交う人々は皆、スマホの画面に夢中になったり、連れとの会話に夢中になったりして、その老人の存在に気づかないフリをして通り過ぎていく。
だが、大和は違った。
彼はYayoiと繋いでいた手をパッと離すと、迷うことなく、誰よりも早く老人の元へと駆け寄ったのだ。
「おじいさん、大丈夫ですか? 落としましたよ。僕が持ちますから」
大和は嫌な顔一つせず、地面に散らばった荷物を素早く拾い集め、手押し車にしっかりと固定し直した。その一連の動作には、一切の躊躇いがなかった。
(……若いのに、しっかりしてやがる)
俺はカメラのフレームの外で、その光景を静かに見つめていた。
困っている人を助ける。言葉にすれば当たり前のことだが、それを他人の目を気にせず、脊髄反射のアクション・ファーストで実行できる人間は、今の世の中、本当に少ない。いや、人間は本来、こうあるべきなのだ。
「おお……おお。すまんなぁ、若い衆。本当に助かったわ」
老人は深く皺の刻まれた顔を綻ばせ、大和の手を握って何度も頭を下げた。俺とYayoiもその場に追いつき、老人の顔を覗き込んだ。
「いえ、お気をつけて。夜の御堂筋は人が多いですから」
大和が優しく微笑むと、老人はふと、煌々とネオンが輝く大丸百貨店や、そびえ立つ高層ビル群を見上げて、目を細めた。
「……ありがとうな。本当に、ええ街になったもんや。ワシが若い頃はな……この御堂筋のイチョウも、周りの建物も、全部真っ黒に焼け焦げてしもうて……見渡す限り、何にもない焼け野原やったんやで」
その言葉に、俺たち三人の空気がスッと張り詰めた。
「あの空襲の夜は、空が真っ赤に染まってな……。ワシの仲間も、家族も、お国のために戦って、ぎょうさん死んでいった。……でも、生き残ったワシらが必死に瓦礫をどかして、今のこの綺麗な大阪の街がある。あんたみたいに優しい若者が笑って歩ける時代になって……みんなの命は、無駄やなかったんやなって、心底思うんや」
老人の口から語られる、過酷だった『戦時中』のリアルな記憶。
それは、教科書に載っている活字の歴史ではない。実際にその地獄を歩き、血を流し、友を失いながらも、この国を守り、再建してきた人間の、魂の叫びだった。
話を聞き終えた大和は、姿勢を正し、神妙な顔つきで老人に向かって、深く、深く頭を下げた。
「……おじいさんたちが、命がけでこの国を守り、繋いでくださったからこそ、僕たちは今、こうして平和に笑い合うことができています。そのことには、感謝してもしきれません。本当に……ありがとうございます」
大和のその言葉には、一切の嘘偽りも、若者特有の軽薄さもなかった。
先人たちへの、純粋で、誠実な敬意と感謝。
それを見た俺は、確信した。
(やはりこいつは、『分かっている』本物の男だ)
「大和……」
Yayoiもまた、大和のその横顔を見つめながら、誇らしげに、そして少しだけ涙ぐむように微笑んでいた。
* * *
道頓堀川を越え、ネオンが眩しく輝く難波のひっかけ橋(戎橋)に到着したところで、本日の『たってやる。』の生放送は無事に終了した。
「ふーっ! 疲れたけど、めっちゃ楽しかったわ! 組長、今日は呼んでくれてホンマにありがとうな!」
Yayoiが背伸びをしながら、満面の笑みで言った。
俺はジンバルの電源を落とし、Yayoiの頭にポンと手を置いた。
「Yayoi。よく聞け」
「ん? なに?」
「大和ほど、本質が真っ直ぐで、良い男はなかなかいないぞ。だからお前……絶対にこいつを手放すんじゃないぞ」
俺が真剣な顔で強く念を押すと、Yayoiは少し驚いた後、大和の腕にギュッと抱きつき、世界で一番幸せそうな顔で笑った。
「当たり前やん! ウチが一生、離さへんよ!」
大和も照れくさそうに笑いながら、その手をしっかりと握り返していた。
* * *
若者たちと別れ、一人で深夜の自室へと帰り着く。
シャワーを浴びて火照った体を冷ました後、俺はいつもの重役椅子にどっかりと腰を下ろした。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、短い振動の直後、タバコ葉が熱せられる香ばしい匂いが部屋の空気に溶け出していく。
俺は紫煙を深く肺の底まで吸い込み、ゆっくりと天井に向けて吐き出した。
さて。ここからは、この第52章の第3話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
今回の作中で描いた、「御堂筋を梅田から難波まで縦断する」というラジオの企画。
実はこれ、つい先日、俺自身が現実世界(リアル)において、実際に仕事帰りに歩いて実行したものだ。
(だが、作中のようにYayoiや大和といったゲストが横にいたという事実は無く、俺が一人で夜の街を延々とわめき散らしながら歩いていた孤独な行軍であることは、お前らもよく分かっているだろうがな)。
今回、この作中のエピソードにおいて、Yayoiの彼氏である大和という青年をキーマンとして登場させた。
彼は、その若さでありながら、困っている高齢者を見れば周囲の目など気にせずサッと声をかけて助け、そして過去の歴史に対して深い敬意を払うことができる好青年として描いた。
当たり前の行動のようにも思えるが、現実問題として、これは中々できることではない。
他人に干渉することを極端に恐れ、スマホの画面ばかりを見つめている現代の人間、特に今の若者世代において、こうした利他的なアクション・ファーストを自然に行える人間というのは、皆無に等しいだろう。
だからこそ、俺はあえて、Yayoiが選んだ男である大和に、この重要な役回りを与えたというわけだ。
まあ、制作の裏話はこのへんにしておき、俺が今回どうしても語りたかった本題に入ろう。
作中では、大和が助けた100歳近い高齢男性から、戦時中の過酷な大阪のリアルな話を聞くという描写があった。
これは、ただのお涙頂戴の演出ではない。
現在、この令和の時代において。あの悲惨な『戦時中』を記憶し、その目で見て体験した先人たちは、すでにここまで高齢(90代から100歳超え)になっているという、紛れもない現実の提示なのだ。
これがどういうことを意味しているか分かるか?
今後10年、いや、下手すれば数年もすれば。俺たちはもう二度と、彼らの口から「あの戦争がどういうものだったのか」という生々しい体験談を、直接聞くことが出来なくなるということだ。
俺自身がまだ子供だった昭和の終わりから平成の初め頃。
あの頃は、戦争体験者である祖父母たちはまだ60代前後という比較的若い年齢であり、盆や正月に集まれば、彼らから戦地の話や空襲の話を、肉声でしっかりと聞く機会が日常の中にあった。
それだけ、途方もない時が流れてしまっているということだ。
それにも関わらず、だ。
最近の若者連中の中には、「戦争の話なんか暗いから聞きたくない」「今は平和でいい時代なんだから別にいいじゃん」「昔の話なんて興味無い」「そんなこと知ってどうするの?」という、何とも呆れた、脳みそが空っぽの答えを返すバカどもが本当に多いという現実がある。
はっきり言わせてもらう。お前ら、ふざけるのも大概にしろ。
お前らが今、こうして暖かい布団で眠り、美味い飯を食い、スマホでアホな動画を見て笑いながら暮らしていられるのは。
過去の先人たちが、この国を守るために、愛する家族の未来を守るために、文字通り『命がけ』で血を流し、焼け野原からこの国を再建してくれたからだろうが。
その事実から目を背け、興味がないと切り捨てるのは、恩知らずにもほどがある。
そして、今の平和ボケした連中の中には、戦争そのものに対するアレルギーからか、「戦争をした過去の日本はすべて悪だ」と思考停止で否定する奴らもいる。
なぜ、あの時代にそうした戦争へと至らなければならなかったのか。なぜ、彼らは戦わなければいけなかったのか。そうした当時の世界情勢や、追い詰められた国家の『本質』を何も知ろうとせずに、ただ結果だけを見て先人を否定する連中も、恩知らずと同罪だ。
お前らは、もう一度、我が国の近代史、現代史を、己の頭でしっかりと学び直してこいと言いたいね。
自らの愛する人、家族、そしてこの国を守る為に、極限の状況下で命をかけて戦ったという歴史の事実。
そして、その尊い犠牲の上に今の自分たちの命があるのだと『感謝する事』の、一体どこが「悪」であり、何を否定する必要があるのだと言いたい。
いい加減に気付け、バカどもめが。
俺たちは、過去の命の連続線上の最先端に立っているのだ。先人への敬意を忘れた人間に、未来を語る資格などない。俺はこれからも、この感謝を忘れることなく、アクション・ファーストで己の命を燃やし尽くしてやる。
南北に貫く巨大な六車線の道路を、無数の車のヘッドライトとテールランプが、赤と白の眩い光の帯となって絶え間なく流れていく。
季節は初夏を迎え、夜風は生ぬるく、街ゆく人々の足取りはどこか浮き足立っているように見えた。
「はい、というわけで今夜も始まりました、狂気の歩行ラジオ『たってやる。』! 今日は梅田からスタートして、この御堂筋を南下し、ネオン輝く難波までをぶっ通しで歩き抜く『御堂筋縦断スペシャル』でお届けするぜ!」
俺はスマートフォンのカメラに向かって声を張り上げながら、大股でアスファルトを踏みしめていた。
そして、カメラの画角をスッと俺の隣へと移動させる。
「今夜のゲストは、ウチのスタジオが誇る暴走特急娘、Yayoi! そして……お前らリスナーも気になってただろう、Yayoiが見事アクション・ファーストで射止めたリアル彼氏、東大和(あずま やまと)だ!」
「イェーイ! リスナーのみんな、聴いてるー!? 今日はウチの大事な彼氏、お披露目やでー!」
Yayoiがカメラに向かってピースサインを突き出し、大和の腕にぴったりとくっついて嬉しそうに飛び跳ねている。
「初めまして。東大和と申します。本日は、いつも聴いている番組に出演させていただき、本当に光栄です。よろしくお願いします」
大和は、歩きながらもカメラに向かって深く、そして極めて礼儀正しく一礼をした。
「……おい大和。お前、今『いつも聴いている』って言ったか?」
俺が訝しげに尋ねると、大和は爽やかな笑顔のまま、とんでもないことを口走り始めた。
「はい。実はYayoiと付き合う前から、組長の『たってやる。』は毎回の生放送はもちろん、タイムシフトでも追いかけているヘビーリスナーなんです。組長のトークは、8割が放送事故スレスレのエグい下ネタで構成されているのに、残りの2割で急に真理を突くような真面目な哲学が放り込まれる。その狂ったバランスが、たまらなく好きなんですよ」
「あははっ! 大和、ウチより組長のこと詳しいんちゃうかー!?」とYayoiが爆笑する。
俺は呆れてため息をついた。
こいつ、一見するとどこにでもいる清潔感のある好青年に見えるが。俺の撒き散らすエグい下ネタのシャワーを日常的に浴びて喜んでいる時点で、その精神構造は一般のそれとはかけ離れている。
「こいつ、やっぱり本質的な部分はYayoiとよく似た『狂気(熱)』を持ってるんだな……」
俺は改めてこの青年の底知れなさに感心し、ニヤリと笑った。
そんな和やかな(狂った)トークを繰り広げながら、淀屋橋、本町、心斎橋と、御堂筋を順調に南下していた時のことだ。
「あっ……」
大和が不意に足を止め、視線を道路の脇へと向けた。
俺たちが歩く歩道の隅で、100歳近いのではないかと思われるほど腰の曲がった高齢の男性が、手押し車に引っかかった荷物を落とし、拾おうとして立ち往生していたのだ。
行き交う人々は皆、スマホの画面に夢中になったり、連れとの会話に夢中になったりして、その老人の存在に気づかないフリをして通り過ぎていく。
だが、大和は違った。
彼はYayoiと繋いでいた手をパッと離すと、迷うことなく、誰よりも早く老人の元へと駆け寄ったのだ。
「おじいさん、大丈夫ですか? 落としましたよ。僕が持ちますから」
大和は嫌な顔一つせず、地面に散らばった荷物を素早く拾い集め、手押し車にしっかりと固定し直した。その一連の動作には、一切の躊躇いがなかった。
(……若いのに、しっかりしてやがる)
俺はカメラのフレームの外で、その光景を静かに見つめていた。
困っている人を助ける。言葉にすれば当たり前のことだが、それを他人の目を気にせず、脊髄反射のアクション・ファーストで実行できる人間は、今の世の中、本当に少ない。いや、人間は本来、こうあるべきなのだ。
「おお……おお。すまんなぁ、若い衆。本当に助かったわ」
老人は深く皺の刻まれた顔を綻ばせ、大和の手を握って何度も頭を下げた。俺とYayoiもその場に追いつき、老人の顔を覗き込んだ。
「いえ、お気をつけて。夜の御堂筋は人が多いですから」
大和が優しく微笑むと、老人はふと、煌々とネオンが輝く大丸百貨店や、そびえ立つ高層ビル群を見上げて、目を細めた。
「……ありがとうな。本当に、ええ街になったもんや。ワシが若い頃はな……この御堂筋のイチョウも、周りの建物も、全部真っ黒に焼け焦げてしもうて……見渡す限り、何にもない焼け野原やったんやで」
その言葉に、俺たち三人の空気がスッと張り詰めた。
「あの空襲の夜は、空が真っ赤に染まってな……。ワシの仲間も、家族も、お国のために戦って、ぎょうさん死んでいった。……でも、生き残ったワシらが必死に瓦礫をどかして、今のこの綺麗な大阪の街がある。あんたみたいに優しい若者が笑って歩ける時代になって……みんなの命は、無駄やなかったんやなって、心底思うんや」
老人の口から語られる、過酷だった『戦時中』のリアルな記憶。
それは、教科書に載っている活字の歴史ではない。実際にその地獄を歩き、血を流し、友を失いながらも、この国を守り、再建してきた人間の、魂の叫びだった。
話を聞き終えた大和は、姿勢を正し、神妙な顔つきで老人に向かって、深く、深く頭を下げた。
「……おじいさんたちが、命がけでこの国を守り、繋いでくださったからこそ、僕たちは今、こうして平和に笑い合うことができています。そのことには、感謝してもしきれません。本当に……ありがとうございます」
大和のその言葉には、一切の嘘偽りも、若者特有の軽薄さもなかった。
先人たちへの、純粋で、誠実な敬意と感謝。
それを見た俺は、確信した。
(やはりこいつは、『分かっている』本物の男だ)
「大和……」
Yayoiもまた、大和のその横顔を見つめながら、誇らしげに、そして少しだけ涙ぐむように微笑んでいた。
* * *
道頓堀川を越え、ネオンが眩しく輝く難波のひっかけ橋(戎橋)に到着したところで、本日の『たってやる。』の生放送は無事に終了した。
「ふーっ! 疲れたけど、めっちゃ楽しかったわ! 組長、今日は呼んでくれてホンマにありがとうな!」
Yayoiが背伸びをしながら、満面の笑みで言った。
俺はジンバルの電源を落とし、Yayoiの頭にポンと手を置いた。
「Yayoi。よく聞け」
「ん? なに?」
「大和ほど、本質が真っ直ぐで、良い男はなかなかいないぞ。だからお前……絶対にこいつを手放すんじゃないぞ」
俺が真剣な顔で強く念を押すと、Yayoiは少し驚いた後、大和の腕にギュッと抱きつき、世界で一番幸せそうな顔で笑った。
「当たり前やん! ウチが一生、離さへんよ!」
大和も照れくさそうに笑いながら、その手をしっかりと握り返していた。
* * *
若者たちと別れ、一人で深夜の自室へと帰り着く。
シャワーを浴びて火照った体を冷ました後、俺はいつもの重役椅子にどっかりと腰を下ろした。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、短い振動の直後、タバコ葉が熱せられる香ばしい匂いが部屋の空気に溶け出していく。
俺は紫煙を深く肺の底まで吸い込み、ゆっくりと天井に向けて吐き出した。
さて。ここからは、この第52章の第3話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
今回の作中で描いた、「御堂筋を梅田から難波まで縦断する」というラジオの企画。
実はこれ、つい先日、俺自身が現実世界(リアル)において、実際に仕事帰りに歩いて実行したものだ。
(だが、作中のようにYayoiや大和といったゲストが横にいたという事実は無く、俺が一人で夜の街を延々とわめき散らしながら歩いていた孤独な行軍であることは、お前らもよく分かっているだろうがな)。
今回、この作中のエピソードにおいて、Yayoiの彼氏である大和という青年をキーマンとして登場させた。
彼は、その若さでありながら、困っている高齢者を見れば周囲の目など気にせずサッと声をかけて助け、そして過去の歴史に対して深い敬意を払うことができる好青年として描いた。
当たり前の行動のようにも思えるが、現実問題として、これは中々できることではない。
他人に干渉することを極端に恐れ、スマホの画面ばかりを見つめている現代の人間、特に今の若者世代において、こうした利他的なアクション・ファーストを自然に行える人間というのは、皆無に等しいだろう。
だからこそ、俺はあえて、Yayoiが選んだ男である大和に、この重要な役回りを与えたというわけだ。
まあ、制作の裏話はこのへんにしておき、俺が今回どうしても語りたかった本題に入ろう。
作中では、大和が助けた100歳近い高齢男性から、戦時中の過酷な大阪のリアルな話を聞くという描写があった。
これは、ただのお涙頂戴の演出ではない。
現在、この令和の時代において。あの悲惨な『戦時中』を記憶し、その目で見て体験した先人たちは、すでにここまで高齢(90代から100歳超え)になっているという、紛れもない現実の提示なのだ。
これがどういうことを意味しているか分かるか?
今後10年、いや、下手すれば数年もすれば。俺たちはもう二度と、彼らの口から「あの戦争がどういうものだったのか」という生々しい体験談を、直接聞くことが出来なくなるということだ。
俺自身がまだ子供だった昭和の終わりから平成の初め頃。
あの頃は、戦争体験者である祖父母たちはまだ60代前後という比較的若い年齢であり、盆や正月に集まれば、彼らから戦地の話や空襲の話を、肉声でしっかりと聞く機会が日常の中にあった。
それだけ、途方もない時が流れてしまっているということだ。
それにも関わらず、だ。
最近の若者連中の中には、「戦争の話なんか暗いから聞きたくない」「今は平和でいい時代なんだから別にいいじゃん」「昔の話なんて興味無い」「そんなこと知ってどうするの?」という、何とも呆れた、脳みそが空っぽの答えを返すバカどもが本当に多いという現実がある。
はっきり言わせてもらう。お前ら、ふざけるのも大概にしろ。
お前らが今、こうして暖かい布団で眠り、美味い飯を食い、スマホでアホな動画を見て笑いながら暮らしていられるのは。
過去の先人たちが、この国を守るために、愛する家族の未来を守るために、文字通り『命がけ』で血を流し、焼け野原からこの国を再建してくれたからだろうが。
その事実から目を背け、興味がないと切り捨てるのは、恩知らずにもほどがある。
そして、今の平和ボケした連中の中には、戦争そのものに対するアレルギーからか、「戦争をした過去の日本はすべて悪だ」と思考停止で否定する奴らもいる。
なぜ、あの時代にそうした戦争へと至らなければならなかったのか。なぜ、彼らは戦わなければいけなかったのか。そうした当時の世界情勢や、追い詰められた国家の『本質』を何も知ろうとせずに、ただ結果だけを見て先人を否定する連中も、恩知らずと同罪だ。
お前らは、もう一度、我が国の近代史、現代史を、己の頭でしっかりと学び直してこいと言いたいね。
自らの愛する人、家族、そしてこの国を守る為に、極限の状況下で命をかけて戦ったという歴史の事実。
そして、その尊い犠牲の上に今の自分たちの命があるのだと『感謝する事』の、一体どこが「悪」であり、何を否定する必要があるのだと言いたい。
いい加減に気付け、バカどもめが。
俺たちは、過去の命の連続線上の最先端に立っているのだ。先人への敬意を忘れた人間に、未来を語る資格などない。俺はこれからも、この感謝を忘れることなく、アクション・ファーストで己の命を燃やし尽くしてやる。
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