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第59章:【予期せぬ化学反応と、我が道を往く者たち】
第291話:【北からの来訪者と、予期せぬスポットライト】
キンキンに冷えた分厚いジョッキ同士が、ガチン! と威勢のいい音を立ててぶつかり合う。
炭火で焼かれたモツの脂が焦げる強烈に香ばしい匂いと、大声で笑い合うサラリーマンたちの喧騒。ここは大阪・梅田の地下に広がる、安くて美味いと評判の大衆居酒屋だ。
普段は無機質なモニターとデジタルデータに囲まれている俺たちStudio MAD-KICHIの面々だが、今夜ばかりは、この泥臭い昭和の熱気が充満する空間にどっぷりと浸かっていた。
「ぷはぁーっ! やっぱ仕事終わりの生ビールは最高だねぇーっ!」
ジョッキを豪快に煽り、口の周りにビールの泡をつけたまま満面の笑みを浮かべているのは、ウチのアーティスト・ブランディング室長、琴城葉月だ。すでに彼女の目はトロンと潤み、頬は桜色に染まっている。完全に「陽気な酔っ払いモード」へのアイドリングが完了した状態だ。
そして俺の対面の席には、ウチの看板クリエイターであり最大の恩人であるMinapikoと。
その隣に、肩幅が広く、実直そうで人の良さそうな顔つきをした、恰幅の良い中年の男が緊張した面持ちで座っていた。
「組長! 今日はわざわざ時間作ってくれてありがとね! ずっと紹介したかったんだ、私の右腕を!」
Minapikoが、隣の男の肩をバンバンと気安く叩きながら紹介する。
男は、慌てて立ち上がろうとしてテーブルに膝をぶつけそうになりながら、深く、そして丁寧に頭を下げた。
「は、初めまして、組長さん! Minapikoのマネージャーをやらせてもらってやす、財津陸奥男(ざいつ むつお)と申します。……ずっとご挨拶に伺わねばと思っていたんだげんちょも、挨拶が大変遅れてしまって、申し訳ねぇです」
東北地方、福島県のイントネーションが色濃く混じった、実直で温かみのある声。
彼こそが、自由奔放で予測不能なMinapikoの活動を裏から支え続けている、敏腕(?)マネージャーだ。
「ハッハッハ! 座れ座れ、そんなに畏まらなくていい」
俺は手元のウーロンハイを傾けながら、人の良さそうな陸奥男に向かって笑いかけた。
「アンタが忙しいってのは、嘘じゃねえってことはよく分かってる。毎回のMinapikoのあの破天荒ぶりを見ていたら、休む暇なんてねえからな。裏方でどんだけ振り回されてるか、心底お察しするよ」
俺の言葉に、陸奥男は「いやいや、とんでもねぇです」と恐縮しながらも、少しだけ安堵したように目尻を下げた。
「ただ、本当にスケジュールを把握するだけでも目が回るべよ。明日はどこそこで飲み会だ、明後日からはどこへ旅行に行くんだって、全部私が把握してねぇと、この人すぐにどっか飛んでいっちまうから」
「ちょっと陸奥男さん! 私そんなに子供じゃないし!」
Minapikoが口を尖らせて抗議するが、陸奥男は「はいはい」と慣れた様子で彼女のグラスにウーロン茶を注いでいる。その手際の良さと距離感だけで、二人の間にどれだけ深い信頼関係と、濃密な交流の歴史があるのかが一目で分かった。
「それにしても、アンタのその訛り。福島県だな?」
俺が尋ねると、陸奥男は嬉しそうに頷いた。
「んだ。福島生まれの福島育ちだべ。お聞き苦しかったら申し訳ねぇです」
「バカ言え、最高に温けえ言葉じゃねえか」
俺はジョッキを置き、懐かしい記憶を引っ張り出した。
「実はな、俺も昔、本業の仕事の関係で福島には何度か足を運んだことがあるんだよ。郡山やいわき辺りにな。飯は美味いし、酒は最高だし、何より人が温かい。……まさかウチのスタジオの根幹に関わる人間のマネージャーが福島出身だとはな。これもまた、目に見えない『縁』ってやつかもしれないな」
「組長さんが福島に……! そりゃあ嬉しいご縁だない!」
陸奥男の緊張が完全に解け、俺たちはそこから福島の地酒の話や、Minapikoの最近の活動内容、これからの展望などについて、大いに語り合った。
宴もたけなわとなり、テーブルの上に空いたジョッキや皿が山のように積み上げられてきた頃だった。
「……ねぇねぇ、陸奥男さぁ~ん」
すっかりアルコールが回り、完全に陽気なギャルと化した葉月が、身を乗り出すようにして陸奥男に絡み始めた。
ただの酔っ払ったバカっぽい口調ではない。酒の勢いを借りて脳のリミッターを外し、ブランディング室長としての鋭いインスピレーションを爆発させている、あの特有の「明るい仕事モード」だ。
「陸奥男さんねぇ、Minapikoちゃんのマネージャーとして、もっとクオリティ高い仕事ができる方法を教えてあげましょか?」
葉月の唐突な提案に、陸奥男は目を瞬かせた。
「ク、クオリティの高い仕事? ぜひ教えてくなんしょ。Minapikoのためなら何でもするべ」
「ふふーん。簡単よ」
葉月は、ビシッと陸奥男の鼻先を指差した。
「陸奥男さんも、裏方じゃなくて『アーティスト』としてデビューするってことよ!」
「…………は?」
陸奥男だけでなく、隣にいたMinapikoもポカンと口を開けた。
「だーかーらー! クリエイターの気持ちを本当に理解するには、自分自身も表現者として矢面に立つのが一番手っ取り早いの! アイドルをプロデュースしたかったら、自分がアイドルになればいいのよ!」
無茶苦茶な論理だが、酒の席特有の謎の説得力を持って葉月は熱弁を振るう。
「同感だ。葉月、お前もなかなかいい事言うじゃねえか」
俺は膝を叩いて大笑いし、葉月の提案に全面的な賛意を示した。
「MAD-KICHIの狂気に触れたからには、裏方で大人しくしてるなんてつまらねえだろう。前に出ちまえよ、陸奥男!」
「い、いやいやいや! 私みたいな冴えねえオッサンがアーティストだなんて、冗談キツいべよ!」
陸奥男は顔を真っ赤にして両手をブンブンと振ったが、一度火のついた葉月のプロデュース魂は止まらない。
「アタシのイメージだと、陸奥男さんは渋い声してるから、ゴリゴリの『テクノ系』の曲とかが似合いそうー! そんでもって、アーティスト名は『ムツオ ザイツ』……うーん、ちょっと普通すぎるなぁ。……あっ!」
葉月はポンと手を打ち、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「フランスっぽくもじって、財津(ザイツ)の名前をもじった『座椅子』を合わせて……『ムッシュ座椅子』なんてどう!?」
「ム、ムッシュ……ざいす……?」
あまりにも突拍子もない、狂気じみたネーミングセンス。普通なら怒って席を立ってもおかしくないレベルの悪ふざけだ。
だが。
「…………ムッシュ座椅子か。……悪くないな」
陸奥男は、顎に手を当てて真剣な顔で呟いた。
「えっ? 陸奥男さん、本気!?」
Minapikoが驚きの声を上げる中、陸奥男は少し照れたように頭を掻きながら、とんでもない告白を始めた。
「いや、実を言うとな。私もたまに、趣味でネットの配信をやったりしてるんだべよ。リスナーと雑談したり、一人でカラオケ歌う『ヒトカラ枠』をやったりしててな。……だから、表現すること自体には、すごく興味はあります」
陸奥男は、少しだけ寂しそうに笑った。
「ただ、冴えねえオッサンの配信だから、いつもリスナーが全然いなくて寂しいんだげんちょも……」
その言葉を聞いた瞬間。
葉月とMinapikoの目の色が、完全に変わった。
「えええーっ!? 陸奥男さん、配信やってたの!? なんで教えてくれなかったのよ!」
「マジで!? だったらもう、やるしかないじゃん! ウチのスタジオから『ムッシュ座椅子』としてデビューして、リスナー爆増させようよ!」
二人のテンションが一気に沸点に達し、居酒屋のテーブルは完全にコントロール不能の「お祭りモード」へと突入した。
「ハッハッハ! こりゃあ面白いことになってきやがった!」
俺は残っていたウーロンハイを一気に飲み干し、陸奥男の肩をガシッと掴んだ。
「まあいずれにせよ、決めるのはアンタ自身だ。だが、アーティストになるってんなら、ウチのStudio MAD-KICHIも全力で協力させてもらうぜ! 裏方の殻を破って、狂ったスポットライトを浴びてみろよ、ムッシュ座椅子!」
「く、組長さんまで……! 分かったべ! 私、やってみるべ!」
大阪の地下居酒屋から、また一つ、新たな狂気のプロジェクトが産声を上げた夜だった。
* * *
日付が変わる頃に居酒屋での宴を終え、ほろ酔い気分で自宅のマンションへと帰り着いた俺は、スーツの上着を脱ぎ捨てて自室の重役椅子に深く腰を下ろした。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい独特の匂いが、部屋の空気にゆっくりと溶け出していった。
俺は紫煙を深く肺のどん底まで吸い込み、暗い天井に向けて長く吐き出した。
さて。ここからは、この第59章の第1話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
今回、MAD-KICHIの狂った世界線に初登場した、福島訛りのマネージャー『財津陸奥男(ざいつ むつお)』。
俺の小説を隅から隅まで読み込んでいる変態リスナーのお前らなら、もう薄々勘付いているかもしれないが。彼もまた、俺の完全な脳内妄想の産物というわけではない。
彼は、現実世界(リアル)において、実際に俺たちと交流がある一人の男だ。(もちろん、財津陸奥男というのはこの小説における別名だがな)。
そして何より、彼自身が現実世界において『Minapiko』と非常に深い繋がりを持ち、彼女の活動を心から応援し、見守り続けている存在なのだ。
作中で俺が「明日は飲み会だ、明後日からは旅行だ」と、陸奥男がMinapikoのスケジュールを把握している描写を入れたが、あれも紛れもない事実をベースにしている。
彼は本当に、Minapikoの動向やプライベートなスケジュールに至るまでを、まるで本物のマネージャーのように知り尽くしている。それはストーカー的な意味合いなどでは決してなく、彼らがどれだけリアルで密に連絡を取り合い、深い信頼関係と交流の歴史を築き上げてきたかという、圧倒的な絆の証明なのだ。
そんな、普段は裏方でクリエイターを支え、応援する立場の彼を。
なぜ俺は今回、作中で「ムッシュ座椅子」なんていう狂った名前を与えて、アーティストとして表舞台に引きずり出そうとしたのか。
それは、作中でも触れた通り。
彼自身が、現実世界においてただの「リスナー(応援者)」という枠に収まらず、自分自身でも『配信者』として雑談枠を取ったり、「ヒトカラ(一人カラオケ)枠」で歌を歌ったりして、自己表現の場を持っているという背景があったからだ。
彼がポロリとこぼした、「配信をやっているが、リスナーが少なくて寂しい」という言葉。
俺には、その気持ちが痛いほどよく分かる。
誰もいない誰も聞いていない虚空に向かって、それでもマイクを握り、自分の声をネットの海に放り投げ続ける。その孤独と、ほんの少しの承認欲求。それは、モノを創り、表現しようとするすべての人間が必ず通る、泥臭くて苦しい道だ。
だが、俺は知っている。
リスナーが少なかろうが、孤独だろうが。そうして「自分から発信すること」を選び、マイクを握っている時点で、彼の魂はすでに『クリエイター』の側に足を踏み入れているのだということを。
だからこそ、俺は葉月の口を借りて、彼にスポットライトを当てた。
自己表現の欲求があり、活動をしているのなら。俺たちStudio MAD-KICHIの狂気を少しだけお裾分けして、全力で「アーティスト」としての彼をプロデュースしてやろうじゃないかと。
「自分なんて冴えないオッサンだから」と謙遜するかもしれない。
だが、表現の世界に年齢も外見も関係ない。福島訛りの実直な男が、テクノサウンドに乗せて狂ったように歌い踊る。その強烈なギャップと熱量さえあれば、それは間違いなく、人の心を動かす最高のエンターテインメントになる。
何より、すでに配信という形で表現活動をやっている彼ならば。
このMAD-KICHIというルール無用の狂った宇宙の中で、アンチの言葉や数字の呪縛に囚われることなく、きっと心の底から『楽しみながら』アーティストとして暴れ回ってくれるだろうと、俺は確信しているのだ。
裏方から表舞台へ。リスナーから表現者へ。
境界線なんてものは、本人が一歩踏み出す覚悟さえ決めれば、いつだって簡単に飛び越えられる。
さあ、次回はいよいよ『ムッシュ座椅子』の相棒探しと、伝説のユニット結成の夜明けだ。お前ら、福島からやってきた新しいバケモノの誕生を、その目にしっかりと焼き付けておけよ!!
炭火で焼かれたモツの脂が焦げる強烈に香ばしい匂いと、大声で笑い合うサラリーマンたちの喧騒。ここは大阪・梅田の地下に広がる、安くて美味いと評判の大衆居酒屋だ。
普段は無機質なモニターとデジタルデータに囲まれている俺たちStudio MAD-KICHIの面々だが、今夜ばかりは、この泥臭い昭和の熱気が充満する空間にどっぷりと浸かっていた。
「ぷはぁーっ! やっぱ仕事終わりの生ビールは最高だねぇーっ!」
ジョッキを豪快に煽り、口の周りにビールの泡をつけたまま満面の笑みを浮かべているのは、ウチのアーティスト・ブランディング室長、琴城葉月だ。すでに彼女の目はトロンと潤み、頬は桜色に染まっている。完全に「陽気な酔っ払いモード」へのアイドリングが完了した状態だ。
そして俺の対面の席には、ウチの看板クリエイターであり最大の恩人であるMinapikoと。
その隣に、肩幅が広く、実直そうで人の良さそうな顔つきをした、恰幅の良い中年の男が緊張した面持ちで座っていた。
「組長! 今日はわざわざ時間作ってくれてありがとね! ずっと紹介したかったんだ、私の右腕を!」
Minapikoが、隣の男の肩をバンバンと気安く叩きながら紹介する。
男は、慌てて立ち上がろうとしてテーブルに膝をぶつけそうになりながら、深く、そして丁寧に頭を下げた。
「は、初めまして、組長さん! Minapikoのマネージャーをやらせてもらってやす、財津陸奥男(ざいつ むつお)と申します。……ずっとご挨拶に伺わねばと思っていたんだげんちょも、挨拶が大変遅れてしまって、申し訳ねぇです」
東北地方、福島県のイントネーションが色濃く混じった、実直で温かみのある声。
彼こそが、自由奔放で予測不能なMinapikoの活動を裏から支え続けている、敏腕(?)マネージャーだ。
「ハッハッハ! 座れ座れ、そんなに畏まらなくていい」
俺は手元のウーロンハイを傾けながら、人の良さそうな陸奥男に向かって笑いかけた。
「アンタが忙しいってのは、嘘じゃねえってことはよく分かってる。毎回のMinapikoのあの破天荒ぶりを見ていたら、休む暇なんてねえからな。裏方でどんだけ振り回されてるか、心底お察しするよ」
俺の言葉に、陸奥男は「いやいや、とんでもねぇです」と恐縮しながらも、少しだけ安堵したように目尻を下げた。
「ただ、本当にスケジュールを把握するだけでも目が回るべよ。明日はどこそこで飲み会だ、明後日からはどこへ旅行に行くんだって、全部私が把握してねぇと、この人すぐにどっか飛んでいっちまうから」
「ちょっと陸奥男さん! 私そんなに子供じゃないし!」
Minapikoが口を尖らせて抗議するが、陸奥男は「はいはい」と慣れた様子で彼女のグラスにウーロン茶を注いでいる。その手際の良さと距離感だけで、二人の間にどれだけ深い信頼関係と、濃密な交流の歴史があるのかが一目で分かった。
「それにしても、アンタのその訛り。福島県だな?」
俺が尋ねると、陸奥男は嬉しそうに頷いた。
「んだ。福島生まれの福島育ちだべ。お聞き苦しかったら申し訳ねぇです」
「バカ言え、最高に温けえ言葉じゃねえか」
俺はジョッキを置き、懐かしい記憶を引っ張り出した。
「実はな、俺も昔、本業の仕事の関係で福島には何度か足を運んだことがあるんだよ。郡山やいわき辺りにな。飯は美味いし、酒は最高だし、何より人が温かい。……まさかウチのスタジオの根幹に関わる人間のマネージャーが福島出身だとはな。これもまた、目に見えない『縁』ってやつかもしれないな」
「組長さんが福島に……! そりゃあ嬉しいご縁だない!」
陸奥男の緊張が完全に解け、俺たちはそこから福島の地酒の話や、Minapikoの最近の活動内容、これからの展望などについて、大いに語り合った。
宴もたけなわとなり、テーブルの上に空いたジョッキや皿が山のように積み上げられてきた頃だった。
「……ねぇねぇ、陸奥男さぁ~ん」
すっかりアルコールが回り、完全に陽気なギャルと化した葉月が、身を乗り出すようにして陸奥男に絡み始めた。
ただの酔っ払ったバカっぽい口調ではない。酒の勢いを借りて脳のリミッターを外し、ブランディング室長としての鋭いインスピレーションを爆発させている、あの特有の「明るい仕事モード」だ。
「陸奥男さんねぇ、Minapikoちゃんのマネージャーとして、もっとクオリティ高い仕事ができる方法を教えてあげましょか?」
葉月の唐突な提案に、陸奥男は目を瞬かせた。
「ク、クオリティの高い仕事? ぜひ教えてくなんしょ。Minapikoのためなら何でもするべ」
「ふふーん。簡単よ」
葉月は、ビシッと陸奥男の鼻先を指差した。
「陸奥男さんも、裏方じゃなくて『アーティスト』としてデビューするってことよ!」
「…………は?」
陸奥男だけでなく、隣にいたMinapikoもポカンと口を開けた。
「だーかーらー! クリエイターの気持ちを本当に理解するには、自分自身も表現者として矢面に立つのが一番手っ取り早いの! アイドルをプロデュースしたかったら、自分がアイドルになればいいのよ!」
無茶苦茶な論理だが、酒の席特有の謎の説得力を持って葉月は熱弁を振るう。
「同感だ。葉月、お前もなかなかいい事言うじゃねえか」
俺は膝を叩いて大笑いし、葉月の提案に全面的な賛意を示した。
「MAD-KICHIの狂気に触れたからには、裏方で大人しくしてるなんてつまらねえだろう。前に出ちまえよ、陸奥男!」
「い、いやいやいや! 私みたいな冴えねえオッサンがアーティストだなんて、冗談キツいべよ!」
陸奥男は顔を真っ赤にして両手をブンブンと振ったが、一度火のついた葉月のプロデュース魂は止まらない。
「アタシのイメージだと、陸奥男さんは渋い声してるから、ゴリゴリの『テクノ系』の曲とかが似合いそうー! そんでもって、アーティスト名は『ムツオ ザイツ』……うーん、ちょっと普通すぎるなぁ。……あっ!」
葉月はポンと手を打ち、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「フランスっぽくもじって、財津(ザイツ)の名前をもじった『座椅子』を合わせて……『ムッシュ座椅子』なんてどう!?」
「ム、ムッシュ……ざいす……?」
あまりにも突拍子もない、狂気じみたネーミングセンス。普通なら怒って席を立ってもおかしくないレベルの悪ふざけだ。
だが。
「…………ムッシュ座椅子か。……悪くないな」
陸奥男は、顎に手を当てて真剣な顔で呟いた。
「えっ? 陸奥男さん、本気!?」
Minapikoが驚きの声を上げる中、陸奥男は少し照れたように頭を掻きながら、とんでもない告白を始めた。
「いや、実を言うとな。私もたまに、趣味でネットの配信をやったりしてるんだべよ。リスナーと雑談したり、一人でカラオケ歌う『ヒトカラ枠』をやったりしててな。……だから、表現すること自体には、すごく興味はあります」
陸奥男は、少しだけ寂しそうに笑った。
「ただ、冴えねえオッサンの配信だから、いつもリスナーが全然いなくて寂しいんだげんちょも……」
その言葉を聞いた瞬間。
葉月とMinapikoの目の色が、完全に変わった。
「えええーっ!? 陸奥男さん、配信やってたの!? なんで教えてくれなかったのよ!」
「マジで!? だったらもう、やるしかないじゃん! ウチのスタジオから『ムッシュ座椅子』としてデビューして、リスナー爆増させようよ!」
二人のテンションが一気に沸点に達し、居酒屋のテーブルは完全にコントロール不能の「お祭りモード」へと突入した。
「ハッハッハ! こりゃあ面白いことになってきやがった!」
俺は残っていたウーロンハイを一気に飲み干し、陸奥男の肩をガシッと掴んだ。
「まあいずれにせよ、決めるのはアンタ自身だ。だが、アーティストになるってんなら、ウチのStudio MAD-KICHIも全力で協力させてもらうぜ! 裏方の殻を破って、狂ったスポットライトを浴びてみろよ、ムッシュ座椅子!」
「く、組長さんまで……! 分かったべ! 私、やってみるべ!」
大阪の地下居酒屋から、また一つ、新たな狂気のプロジェクトが産声を上げた夜だった。
* * *
日付が変わる頃に居酒屋での宴を終え、ほろ酔い気分で自宅のマンションへと帰り着いた俺は、スーツの上着を脱ぎ捨てて自室の重役椅子に深く腰を下ろした。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい独特の匂いが、部屋の空気にゆっくりと溶け出していった。
俺は紫煙を深く肺のどん底まで吸い込み、暗い天井に向けて長く吐き出した。
さて。ここからは、この第59章の第1話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
今回、MAD-KICHIの狂った世界線に初登場した、福島訛りのマネージャー『財津陸奥男(ざいつ むつお)』。
俺の小説を隅から隅まで読み込んでいる変態リスナーのお前らなら、もう薄々勘付いているかもしれないが。彼もまた、俺の完全な脳内妄想の産物というわけではない。
彼は、現実世界(リアル)において、実際に俺たちと交流がある一人の男だ。(もちろん、財津陸奥男というのはこの小説における別名だがな)。
そして何より、彼自身が現実世界において『Minapiko』と非常に深い繋がりを持ち、彼女の活動を心から応援し、見守り続けている存在なのだ。
作中で俺が「明日は飲み会だ、明後日からは旅行だ」と、陸奥男がMinapikoのスケジュールを把握している描写を入れたが、あれも紛れもない事実をベースにしている。
彼は本当に、Minapikoの動向やプライベートなスケジュールに至るまでを、まるで本物のマネージャーのように知り尽くしている。それはストーカー的な意味合いなどでは決してなく、彼らがどれだけリアルで密に連絡を取り合い、深い信頼関係と交流の歴史を築き上げてきたかという、圧倒的な絆の証明なのだ。
そんな、普段は裏方でクリエイターを支え、応援する立場の彼を。
なぜ俺は今回、作中で「ムッシュ座椅子」なんていう狂った名前を与えて、アーティストとして表舞台に引きずり出そうとしたのか。
それは、作中でも触れた通り。
彼自身が、現実世界においてただの「リスナー(応援者)」という枠に収まらず、自分自身でも『配信者』として雑談枠を取ったり、「ヒトカラ(一人カラオケ)枠」で歌を歌ったりして、自己表現の場を持っているという背景があったからだ。
彼がポロリとこぼした、「配信をやっているが、リスナーが少なくて寂しい」という言葉。
俺には、その気持ちが痛いほどよく分かる。
誰もいない誰も聞いていない虚空に向かって、それでもマイクを握り、自分の声をネットの海に放り投げ続ける。その孤独と、ほんの少しの承認欲求。それは、モノを創り、表現しようとするすべての人間が必ず通る、泥臭くて苦しい道だ。
だが、俺は知っている。
リスナーが少なかろうが、孤独だろうが。そうして「自分から発信すること」を選び、マイクを握っている時点で、彼の魂はすでに『クリエイター』の側に足を踏み入れているのだということを。
だからこそ、俺は葉月の口を借りて、彼にスポットライトを当てた。
自己表現の欲求があり、活動をしているのなら。俺たちStudio MAD-KICHIの狂気を少しだけお裾分けして、全力で「アーティスト」としての彼をプロデュースしてやろうじゃないかと。
「自分なんて冴えないオッサンだから」と謙遜するかもしれない。
だが、表現の世界に年齢も外見も関係ない。福島訛りの実直な男が、テクノサウンドに乗せて狂ったように歌い踊る。その強烈なギャップと熱量さえあれば、それは間違いなく、人の心を動かす最高のエンターテインメントになる。
何より、すでに配信という形で表現活動をやっている彼ならば。
このMAD-KICHIというルール無用の狂った宇宙の中で、アンチの言葉や数字の呪縛に囚われることなく、きっと心の底から『楽しみながら』アーティストとして暴れ回ってくれるだろうと、俺は確信しているのだ。
裏方から表舞台へ。リスナーから表現者へ。
境界線なんてものは、本人が一歩踏み出す覚悟さえ決めれば、いつだって簡単に飛び越えられる。
さあ、次回はいよいよ『ムッシュ座椅子』の相棒探しと、伝説のユニット結成の夜明けだ。お前ら、福島からやってきた新しいバケモノの誕生を、その目にしっかりと焼き付けておけよ!!
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