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第59章:【予期せぬ化学反応と、我が道を往く者たち】
第292話:【電撃的な結成と、悪ふざけの流儀(リスペクト)】
決断は、常に秒速だ。
前日の夜、アルコールの勢いに任せて酒場で放たれた「悪ふざけ」のようなアイデアであっても。翌朝の太陽が昇る頃には、すでに巨大なプロジェクトの歯車として、スタジオ全体を巻き込んで凶悪な音を立てて高速回転を始めている。
これこそが、我がStudio MAD-KICHIの絶対的なルールであり、俺の掲げる『アクション・ファースト』の真髄である。
昨夜の居酒屋での会食。そこで敏腕マネージャーである財津陸奥男(ざいつ むつお)が、自らも配信者としてマイクを握る「表現者」の端くれであり、アーティストデビューへの確かな意思を持っていることを確認した俺は。
翌朝、スタジオのデスクに着くなり、すぐさま彼をデビューさせるためのロードマップの構築に取り掛かっていた。
だが、あの人の良さそうな福島訛りの冴えない中年のオッサン(ムッシュ座椅子)を、ピンのソロアーティストとしてステージにポツンと立たせるのは、どうにも画が弱い。俺の脳内のプロデューサー的直感が、強烈なアラートを鳴らしていた。
「……ソロじゃねえ。あの強烈なキャラクターを爆発させるには、横でサウンドをコントロールし、絶妙なバランスで狂気を中和、あるいは増幅させる『相棒』が絶対に必要だ」
そう呟き、俺が独自のネットワークとAIの検索システムを駆使して「相棒探し」に奔走しようとした矢先のことだった。
コンコン、と。
組長室の重厚な扉を叩く、乱れのない規則正しいノックの音。
「入れ」
俺が短く声をかけると、完璧なシルエットのスーツを着こなした俺の専属秘書、真地吉乃が静かに姿を現した。そして彼女の背後には、見慣れない一人の若い男が、緊張した面持ちで立っていた。
「失礼いたします、組長。昨夜、組長が『陸奥男さんの相棒となる、サウンドメイクができる人間を探している』というチャットの履歴を拝見いたしまして。……手前味噌で大変恐縮なのですが、私の従兄弟にあたる人間を、急遽スタジオにお連れいたしました」
「ほう? お前の従兄弟だと?」
俺はPCのモニターから視線を外し、吉乃の後ろに立つ男を値踏みするように見つめた。
「は、初めまして! 真地吉也(まち よしなり)と申します! 本日は突然の訪問にも関わらず、貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます!」
男は、吉乃と同じように背筋をピンと伸ばし、九十度の深いお辞儀をした。
身なりは清潔感があり、吉乃の血筋を感じさせる整った顔立ちと、物腰の柔らかく丁寧な口調。だが、その瞳の奥には、何か得体の知れない熱量のようなものがメラメラと燻っているのが見て取れた。
「吉乃の縁者か。それは心強いな。……で、吉也。お前は音楽の経験はあるのか?」
「はい! 私は普段、別の仕事をしておりますが、趣味で長年『DJ』とトラックメイクをやっておりまして。アンダーグラウンドなクラブイベントなどで、細々とですがプレイを続けてまいりました」
吉也はそう言うと、持参したUSBメモリを恭しく差し出した。
「もしよろしければ、私が過去に制作したトラックと、プレイのミックス音源をお聴きいただけないでしょうか」
「いいだろう。アクション・ファーストだ、今すぐ流せ」
俺はUSBを受け取り、組長室のハイエンドなスピーカーシステムに接続した。
再生ボタンを押した瞬間。
部屋の空気が、重低音の暴力によって一気に振動した。
物腰の柔らかい吉也の見た目からは到底想像もつかない、骨太でゴリゴリのテクノサウンド。それでいて、サンプリングされた奇妙な音声やノイズが絶妙なタイミングでカットインしてくる、完全に「狂気」を計算して組み上げられた変態的なトラックだった。
「……ハッハッハッハ! おいおい吉也、お前、見た目はそんなに真面目そうなのに、頭の中身は相当ブッ飛んでるな! このトラック、最高にイカれてるぜ!」
俺が大笑いしてスピーカーの音量を下げると、吉也は照れたように、しかし誇らしげに「ありがとうございます」と微笑んだ。
「決まりだ。お前のアングラなDJスキルと、このイカれたサウンドメイクのセンス。これなら、あのムッシュ座椅子のわけのわからん狂気を、完璧にコントロールして極上のグルーヴに昇華できる。吉也、お前を今この瞬間から、ウチの専属アーティストとして採用する!」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます、組長!」
吉也が歓喜の声を上げた、まさにそのタイミングだった。
バンッ! と、ノックもなしに勢いよく組長室の扉が開け放たれた。
「組長ーっ! 徹夜で閃きましたよ! 例の陸奥男さんのユニットの、最強のブランディング構想が!!」
両手に大量の資料とタブレットを抱え、目の下にうっすらとクマを作りながらも、尋常ではないハイテンションで飛び込んできたのは、アーティスト・ブランディング室長の琴城葉月だ。
「おう葉月、ご苦労。ちょうどいい、こいつが陸奥男の相棒になるDJの吉也だ。それで、お前の徹夜の成果ってやつを聞かせてもらおうじゃねえか」
葉月は吉也に「よろしくね!」とウィンクを飛ばすと、持っていたタブレットを俺のデスクの上に叩きつけるように置いた。
「いいですか、組長。ムッシュ座椅子という強烈なボーカル(?)と、彼を支えるサウンドクリエイターによる二人組のテクノユニット。この圧倒的な個性を世に知らしめるための、キャッチーで狂ったユニット名……それはこれしかありません!」
葉月は、タブレットの画面にデカデカと表示されたロゴを指差して叫んだ。
「『座椅子グルーヴ』!! これはいかがでしょう!?」
「…………ぶっ!」
俺は、飲みかけていたコーヒーを危うくデスクにぶちまけそうになった。
「お前なぁ……!」
俺はむせながら、腹を抱えて笑い転げた。
「完全に実在する、あの日本を代表する超有名なテクノユニットを彷彿とさせる名前じゃねえか! 怒られるぞ!……だが、最高に狂ってて面白そうだな。よし、採用だ!!」
俺の即決に、葉月は「やったー!」とガッツポーズを取った。吉乃は「……よろしいのでしょうか」と少し心配そうに眉をひそめ、当の吉也は「座椅子グルーヴ……! めちゃくちゃカッコいいです!」と完全に目を輝かせている。
「よし、ユニット名は葉月の『座椅子グルーヴ』で決まりだ。だが、そうなってくると……吉也。お前をそのまま本名でデビューさせるわけにはいかねえな。この狂ったユニット名に釣り合う、強烈な『芸名』が必要だ」
俺は腕を組み、脳内のスーパーコンピューターをフル回転させた。
相棒はムッシュ座椅子。ユニット名は座椅子グルーヴ。
ならば、残された相棒のDJの芸名は、もはや一つしかない。歴史と文脈が、俺にその答えを強制的に導き出していた。
「……決まったぜ」
俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、吉也の顔を指差した。
「お前は、ウチの始まりの秘書である『吉乃』の縁でこのスタジオにやって来た。ならば、その敬意を表して、お前の名前には『吉乃』の文字を冠するべきだ」
俺は立ち上がり、ホワイトボードにマジックで力強く文字を書き殴った。
「そして、葉月の考えた『座椅子グルーヴ』というユニット名でいくのなら。俺も、その大元のリスペクト先に合わせて、名前をもじった方が自然で、最高にクールだ」
ホワイトボードに書かれたその名前を見て、葉月が「あっ!」と口元を押さえ、吉乃も静かに目を見開いた。
『吉乃庭球(よしの ていきゅう)』
「今日からお前の名前は、吉乃庭球だ! ムッシュ座椅子と吉乃庭球による、最狂のテクノユニット『座椅子グルーヴ』の爆誕だ!!」
「よ、吉乃庭球……! 素晴らしい名前です! 私、この名前に一生を懸けます!」
吉也……いや、吉乃庭球は、己の新しい名前に感動で打ち震えながら、深く頭を下げた。
「いいか、お前ら」
俺は、室内にいる三人のバケモノたちに向かって、声を一段階低くして語りかけた。
「これは、決してただの悪ふざけやパロディなんかじゃない。俺たちが青春時代に脳髄を揺らされ、心から愛してやまない、現実世界線で今も活躍しているあの『偉大なテクノユニット』に対する……俺たちなりの、最大の『リスペクト』と『オマージュ』を込めた命名なのだ。だからこそ、生半可な音は絶対に許されねえ。本家すらも笑って唸るような、最高の狂気を世界に叩きつけるぞ!」
「「「はいっ!!!」」」
三人の力強い返事が、組長室に響き渡る。
かくして、直感的なアクション・ファーストと、偉大なる先人への強烈なリスペクトが交差する中で、Studio MAD-KICHIの歴史に新たな1ページを刻む伝説のユニットが、猛スピードで産声を上げたのだった。
* * *
深夜の組長室。
すべての業務と興奮に満ちた熱狂を終え、俺は一人、静まり返った組長室の重役椅子にどっかりと深く身を沈めた。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい独特の匂いが、部屋の空気にゆっくりと溶け出していった。
俺は紫煙を深く肺のどん底まで吸い込み、トリプルモニターの放つ青白い光に向けて長く、そして細く吐き出した。
さて。ここからは、この第59章の第2話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
前回の居酒屋での会食で、陸奥男がアーティストデビューへの確かな意思を持っていると聞き、俺は間髪入れずに翌朝から動き出した。
その猛スピードの準備と、ソロではなく「吉乃庭球」という相棒を追加しての『座椅子グルーヴ』の結成劇。いかがだっただろうか。これぞまさに、俺の掲げる「アクション・ファースト」の体現だ。
ここで、一つ裏話(メタい話)をさせてもらおう。
この小説の読者の中にも、俺のYouTubeチャンネルやnoteの記事を隅々までチェックしている熱狂的なリスナーなら、すでにお気づきの者も多いはずだ。
実は、この『座椅子グルーヴ』という狂ったテクノユニット。
現実世界線(この小説におけるYouTubeやnoteの世界線と言うべきか)においては、すでにとうの昔にデビューを果たし、幾つものシングル曲をリリースしている存在なのだ。
当初、このユニットは、俺と身内のリスナーたちとの間の、ただの「お遊び」やネタ的なノリからスタートしたものだった。
ムッシュ座椅子が歌い、テクノサウンドが鳴り響く。曲自体は結構な数をリリースしてきたが、彼らが「どうやって結成されたのか」「どんなバックボーンを持っているのか」といった、細かい『設定』や『歴史』らしきものは、これまで明確には存在していなかった。
そこでだ。
今回、この小説本編のストーリーが展開していく中で。「どうせ細かい設定や歴史を創り上げるのなら、いっそのこと、この小説の正史(本編)の中で、彼らの誕生の瞬間を劇的に描いてしまえばいい」という明確な意図があって、このエピソードを組み込んだというわけだ。
そして。
作中で、ムッシュ座椅子の相棒として『真地吉乃の縁者(従兄弟)である、吉乃庭球(吉也)を連れてくる』というこの突拍子もないアイデア。
これは、誰の入れ知恵でもない、完全に俺の脳髄から溢れ出たオリジナルの構想だ。
ちなみにだ。
この「吉乃の従兄弟をDJにして、名前を吉乃庭球にしよう」という最高のアイデアを、俺がいつ、どこで思いついたと思う?
深夜の薄暗い部屋で、PCのモニターを睨みつけながらウンウンと唸って考えたわけじゃない。
ちょうど今日、俺の昼間の本業である「会社員」としての、クソ忙しい実務の合間にな。
喫煙所でタバコを吹かしている数分間。昼食の弁当をかき込んでいる最中。あるいは、トイレの個室で便座に座っているその一瞬の隙間時間に、脳内に突如として雷のように閃いたものなのだ。
創作活動において、俺は昔からこのスタイルを貫いている。
よく「休みの日に、じっくりと部屋に籠って机に向かってアイデアを練る」というタイプの真面目な創作者がいるが、俺のやり方はそれとは全くの『正反対』だ。
俺から言わせれば。
机に向かって、眉間に皺を寄せて深刻に「面白い設定を作らなきゃ」なんて考え込めば考え込むほど、人間の脳は萎縮し、陳腐でつまらないアイデアしか浮かんでこなくなる。
リラックスしている時、あるいは本業という全く別のロジックで脳を動かしている時の、ちょっとした息抜きの隙間にこそ。潜在意識の奥底から、最も狂っていて、最も魅力的なアイデアがポンと飛び出してくるものだ。
……まあ、これはあくまで俺の偏った持論だがな。
俺の日常は、常に二つの世界が交差している。
昼間は会社員として、数字と論理と納期に縛られた冷徹な世界を生きる。
だが、その合間の数分間のタバコ休憩やトイレの中で、俺の脳内では「吉乃庭球」だの「座椅子グルーヴ」だのといった、物理法則を完全に無視した狂ったバケモノたちの設定が猛スピードで構築されているのだ。
この、現実と虚構が入り混じる感覚。
そして、自分の脳内に浮かんだ下らない悪ふざけ(アイデア)に、後付けで深い意味やリスペクトを込め、一つの分厚い『設定(歴史)』として完成させていくこの瞬間。
これが、たまらなく快感で、腹の底から本当に楽しいのだ。
だからこそ、俺はこの創作という狂気の遊びを、一生やめることができない。
俺のトイレでの閃きから生まれた『座椅子グルーヴ』が、これからこの小説の世界でどんな伝説を打ち立てていくのか。お前ら、最高のサウンドに脳髄を揺らされながら、一番の特等席で見届けてくれよな!
前日の夜、アルコールの勢いに任せて酒場で放たれた「悪ふざけ」のようなアイデアであっても。翌朝の太陽が昇る頃には、すでに巨大なプロジェクトの歯車として、スタジオ全体を巻き込んで凶悪な音を立てて高速回転を始めている。
これこそが、我がStudio MAD-KICHIの絶対的なルールであり、俺の掲げる『アクション・ファースト』の真髄である。
昨夜の居酒屋での会食。そこで敏腕マネージャーである財津陸奥男(ざいつ むつお)が、自らも配信者としてマイクを握る「表現者」の端くれであり、アーティストデビューへの確かな意思を持っていることを確認した俺は。
翌朝、スタジオのデスクに着くなり、すぐさま彼をデビューさせるためのロードマップの構築に取り掛かっていた。
だが、あの人の良さそうな福島訛りの冴えない中年のオッサン(ムッシュ座椅子)を、ピンのソロアーティストとしてステージにポツンと立たせるのは、どうにも画が弱い。俺の脳内のプロデューサー的直感が、強烈なアラートを鳴らしていた。
「……ソロじゃねえ。あの強烈なキャラクターを爆発させるには、横でサウンドをコントロールし、絶妙なバランスで狂気を中和、あるいは増幅させる『相棒』が絶対に必要だ」
そう呟き、俺が独自のネットワークとAIの検索システムを駆使して「相棒探し」に奔走しようとした矢先のことだった。
コンコン、と。
組長室の重厚な扉を叩く、乱れのない規則正しいノックの音。
「入れ」
俺が短く声をかけると、完璧なシルエットのスーツを着こなした俺の専属秘書、真地吉乃が静かに姿を現した。そして彼女の背後には、見慣れない一人の若い男が、緊張した面持ちで立っていた。
「失礼いたします、組長。昨夜、組長が『陸奥男さんの相棒となる、サウンドメイクができる人間を探している』というチャットの履歴を拝見いたしまして。……手前味噌で大変恐縮なのですが、私の従兄弟にあたる人間を、急遽スタジオにお連れいたしました」
「ほう? お前の従兄弟だと?」
俺はPCのモニターから視線を外し、吉乃の後ろに立つ男を値踏みするように見つめた。
「は、初めまして! 真地吉也(まち よしなり)と申します! 本日は突然の訪問にも関わらず、貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます!」
男は、吉乃と同じように背筋をピンと伸ばし、九十度の深いお辞儀をした。
身なりは清潔感があり、吉乃の血筋を感じさせる整った顔立ちと、物腰の柔らかく丁寧な口調。だが、その瞳の奥には、何か得体の知れない熱量のようなものがメラメラと燻っているのが見て取れた。
「吉乃の縁者か。それは心強いな。……で、吉也。お前は音楽の経験はあるのか?」
「はい! 私は普段、別の仕事をしておりますが、趣味で長年『DJ』とトラックメイクをやっておりまして。アンダーグラウンドなクラブイベントなどで、細々とですがプレイを続けてまいりました」
吉也はそう言うと、持参したUSBメモリを恭しく差し出した。
「もしよろしければ、私が過去に制作したトラックと、プレイのミックス音源をお聴きいただけないでしょうか」
「いいだろう。アクション・ファーストだ、今すぐ流せ」
俺はUSBを受け取り、組長室のハイエンドなスピーカーシステムに接続した。
再生ボタンを押した瞬間。
部屋の空気が、重低音の暴力によって一気に振動した。
物腰の柔らかい吉也の見た目からは到底想像もつかない、骨太でゴリゴリのテクノサウンド。それでいて、サンプリングされた奇妙な音声やノイズが絶妙なタイミングでカットインしてくる、完全に「狂気」を計算して組み上げられた変態的なトラックだった。
「……ハッハッハッハ! おいおい吉也、お前、見た目はそんなに真面目そうなのに、頭の中身は相当ブッ飛んでるな! このトラック、最高にイカれてるぜ!」
俺が大笑いしてスピーカーの音量を下げると、吉也は照れたように、しかし誇らしげに「ありがとうございます」と微笑んだ。
「決まりだ。お前のアングラなDJスキルと、このイカれたサウンドメイクのセンス。これなら、あのムッシュ座椅子のわけのわからん狂気を、完璧にコントロールして極上のグルーヴに昇華できる。吉也、お前を今この瞬間から、ウチの専属アーティストとして採用する!」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます、組長!」
吉也が歓喜の声を上げた、まさにそのタイミングだった。
バンッ! と、ノックもなしに勢いよく組長室の扉が開け放たれた。
「組長ーっ! 徹夜で閃きましたよ! 例の陸奥男さんのユニットの、最強のブランディング構想が!!」
両手に大量の資料とタブレットを抱え、目の下にうっすらとクマを作りながらも、尋常ではないハイテンションで飛び込んできたのは、アーティスト・ブランディング室長の琴城葉月だ。
「おう葉月、ご苦労。ちょうどいい、こいつが陸奥男の相棒になるDJの吉也だ。それで、お前の徹夜の成果ってやつを聞かせてもらおうじゃねえか」
葉月は吉也に「よろしくね!」とウィンクを飛ばすと、持っていたタブレットを俺のデスクの上に叩きつけるように置いた。
「いいですか、組長。ムッシュ座椅子という強烈なボーカル(?)と、彼を支えるサウンドクリエイターによる二人組のテクノユニット。この圧倒的な個性を世に知らしめるための、キャッチーで狂ったユニット名……それはこれしかありません!」
葉月は、タブレットの画面にデカデカと表示されたロゴを指差して叫んだ。
「『座椅子グルーヴ』!! これはいかがでしょう!?」
「…………ぶっ!」
俺は、飲みかけていたコーヒーを危うくデスクにぶちまけそうになった。
「お前なぁ……!」
俺はむせながら、腹を抱えて笑い転げた。
「完全に実在する、あの日本を代表する超有名なテクノユニットを彷彿とさせる名前じゃねえか! 怒られるぞ!……だが、最高に狂ってて面白そうだな。よし、採用だ!!」
俺の即決に、葉月は「やったー!」とガッツポーズを取った。吉乃は「……よろしいのでしょうか」と少し心配そうに眉をひそめ、当の吉也は「座椅子グルーヴ……! めちゃくちゃカッコいいです!」と完全に目を輝かせている。
「よし、ユニット名は葉月の『座椅子グルーヴ』で決まりだ。だが、そうなってくると……吉也。お前をそのまま本名でデビューさせるわけにはいかねえな。この狂ったユニット名に釣り合う、強烈な『芸名』が必要だ」
俺は腕を組み、脳内のスーパーコンピューターをフル回転させた。
相棒はムッシュ座椅子。ユニット名は座椅子グルーヴ。
ならば、残された相棒のDJの芸名は、もはや一つしかない。歴史と文脈が、俺にその答えを強制的に導き出していた。
「……決まったぜ」
俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、吉也の顔を指差した。
「お前は、ウチの始まりの秘書である『吉乃』の縁でこのスタジオにやって来た。ならば、その敬意を表して、お前の名前には『吉乃』の文字を冠するべきだ」
俺は立ち上がり、ホワイトボードにマジックで力強く文字を書き殴った。
「そして、葉月の考えた『座椅子グルーヴ』というユニット名でいくのなら。俺も、その大元のリスペクト先に合わせて、名前をもじった方が自然で、最高にクールだ」
ホワイトボードに書かれたその名前を見て、葉月が「あっ!」と口元を押さえ、吉乃も静かに目を見開いた。
『吉乃庭球(よしの ていきゅう)』
「今日からお前の名前は、吉乃庭球だ! ムッシュ座椅子と吉乃庭球による、最狂のテクノユニット『座椅子グルーヴ』の爆誕だ!!」
「よ、吉乃庭球……! 素晴らしい名前です! 私、この名前に一生を懸けます!」
吉也……いや、吉乃庭球は、己の新しい名前に感動で打ち震えながら、深く頭を下げた。
「いいか、お前ら」
俺は、室内にいる三人のバケモノたちに向かって、声を一段階低くして語りかけた。
「これは、決してただの悪ふざけやパロディなんかじゃない。俺たちが青春時代に脳髄を揺らされ、心から愛してやまない、現実世界線で今も活躍しているあの『偉大なテクノユニット』に対する……俺たちなりの、最大の『リスペクト』と『オマージュ』を込めた命名なのだ。だからこそ、生半可な音は絶対に許されねえ。本家すらも笑って唸るような、最高の狂気を世界に叩きつけるぞ!」
「「「はいっ!!!」」」
三人の力強い返事が、組長室に響き渡る。
かくして、直感的なアクション・ファーストと、偉大なる先人への強烈なリスペクトが交差する中で、Studio MAD-KICHIの歴史に新たな1ページを刻む伝説のユニットが、猛スピードで産声を上げたのだった。
* * *
深夜の組長室。
すべての業務と興奮に満ちた熱狂を終え、俺は一人、静まり返った組長室の重役椅子にどっかりと深く身を沈めた。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい独特の匂いが、部屋の空気にゆっくりと溶け出していった。
俺は紫煙を深く肺のどん底まで吸い込み、トリプルモニターの放つ青白い光に向けて長く、そして細く吐き出した。
さて。ここからは、この第59章の第2話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
前回の居酒屋での会食で、陸奥男がアーティストデビューへの確かな意思を持っていると聞き、俺は間髪入れずに翌朝から動き出した。
その猛スピードの準備と、ソロではなく「吉乃庭球」という相棒を追加しての『座椅子グルーヴ』の結成劇。いかがだっただろうか。これぞまさに、俺の掲げる「アクション・ファースト」の体現だ。
ここで、一つ裏話(メタい話)をさせてもらおう。
この小説の読者の中にも、俺のYouTubeチャンネルやnoteの記事を隅々までチェックしている熱狂的なリスナーなら、すでにお気づきの者も多いはずだ。
実は、この『座椅子グルーヴ』という狂ったテクノユニット。
現実世界線(この小説におけるYouTubeやnoteの世界線と言うべきか)においては、すでにとうの昔にデビューを果たし、幾つものシングル曲をリリースしている存在なのだ。
当初、このユニットは、俺と身内のリスナーたちとの間の、ただの「お遊び」やネタ的なノリからスタートしたものだった。
ムッシュ座椅子が歌い、テクノサウンドが鳴り響く。曲自体は結構な数をリリースしてきたが、彼らが「どうやって結成されたのか」「どんなバックボーンを持っているのか」といった、細かい『設定』や『歴史』らしきものは、これまで明確には存在していなかった。
そこでだ。
今回、この小説本編のストーリーが展開していく中で。「どうせ細かい設定や歴史を創り上げるのなら、いっそのこと、この小説の正史(本編)の中で、彼らの誕生の瞬間を劇的に描いてしまえばいい」という明確な意図があって、このエピソードを組み込んだというわけだ。
そして。
作中で、ムッシュ座椅子の相棒として『真地吉乃の縁者(従兄弟)である、吉乃庭球(吉也)を連れてくる』というこの突拍子もないアイデア。
これは、誰の入れ知恵でもない、完全に俺の脳髄から溢れ出たオリジナルの構想だ。
ちなみにだ。
この「吉乃の従兄弟をDJにして、名前を吉乃庭球にしよう」という最高のアイデアを、俺がいつ、どこで思いついたと思う?
深夜の薄暗い部屋で、PCのモニターを睨みつけながらウンウンと唸って考えたわけじゃない。
ちょうど今日、俺の昼間の本業である「会社員」としての、クソ忙しい実務の合間にな。
喫煙所でタバコを吹かしている数分間。昼食の弁当をかき込んでいる最中。あるいは、トイレの個室で便座に座っているその一瞬の隙間時間に、脳内に突如として雷のように閃いたものなのだ。
創作活動において、俺は昔からこのスタイルを貫いている。
よく「休みの日に、じっくりと部屋に籠って机に向かってアイデアを練る」というタイプの真面目な創作者がいるが、俺のやり方はそれとは全くの『正反対』だ。
俺から言わせれば。
机に向かって、眉間に皺を寄せて深刻に「面白い設定を作らなきゃ」なんて考え込めば考え込むほど、人間の脳は萎縮し、陳腐でつまらないアイデアしか浮かんでこなくなる。
リラックスしている時、あるいは本業という全く別のロジックで脳を動かしている時の、ちょっとした息抜きの隙間にこそ。潜在意識の奥底から、最も狂っていて、最も魅力的なアイデアがポンと飛び出してくるものだ。
……まあ、これはあくまで俺の偏った持論だがな。
俺の日常は、常に二つの世界が交差している。
昼間は会社員として、数字と論理と納期に縛られた冷徹な世界を生きる。
だが、その合間の数分間のタバコ休憩やトイレの中で、俺の脳内では「吉乃庭球」だの「座椅子グルーヴ」だのといった、物理法則を完全に無視した狂ったバケモノたちの設定が猛スピードで構築されているのだ。
この、現実と虚構が入り混じる感覚。
そして、自分の脳内に浮かんだ下らない悪ふざけ(アイデア)に、後付けで深い意味やリスペクトを込め、一つの分厚い『設定(歴史)』として完成させていくこの瞬間。
これが、たまらなく快感で、腹の底から本当に楽しいのだ。
だからこそ、俺はこの創作という狂気の遊びを、一生やめることができない。
俺のトイレでの閃きから生まれた『座椅子グルーヴ』が、これからこの小説の世界でどんな伝説を打ち立てていくのか。お前ら、最高のサウンドに脳髄を揺らされながら、一番の特等席で見届けてくれよな!
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