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グランデ・エトワールの視点『消えた領主』

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 レイル様がいない。

 ライトと話を終えた私は、屋敷内を周りメイドや召使い達、庭師から料理長まで様子を見に行き指示を出してきた。全て終わるのに夕方まで掛かり、そこから自分の執務室でレイル様がサインした書類を纏め終えて、レイル様の執務室に戻ってきたのは夕食の時間が過ぎた頃だった。

 いつもは食べずに寝落ちする事が多いレイル様だが、食べられる時には夕食が遅いと、夕食はまだかと怒鳴り散らしメイド達に当たってしまうことがある。そうなっては大変だと思い、急いで戻ってきたのに執務室には誰も居なかった。

 机に残された山積みだった書類は、全て確認が終えられて片隅に整頓され置かれていた。私が用意した昼食にも手を付けていない。

 どこに行ったんだ。まさか、調理室に殴り込みに行ったんじゃないだろうか。それとも、ライトが連れて行ったのだろうか。流石に、言い出した今日内に、問い詰めたりしないだろうと思っていたのが悪かった。何故か苦しくなる胸の内を抑えながら、レイル様の執務室を飛び出した。廊下に出て、三階に向かおうと階段へ差し掛かったその時、三階からライトが降りてきた。

 両腕に抱えているものを見て、ライトがやらかした事を目の当たりにした。頬を赤らめて目を閉じているレイル様を見て、ライトに対して苛立ちが湧き上がった。

「何をしたんですか!」

「何も」

「嘘を言わないで下さい!」

「本当だ。飯食って酒飲んで、これからって時に寝ちまった」

 その言葉にレイル様に視線を向ける。

 確かに、頬の赤みは飲酒によるものだと言える。呼吸も安定して深い眠りについている様子が窺われる。それに、ライトにしては珍しく鬱血痕を付けていない。いつも、こいつは俺とやりましたと分かる様に相手の首元に口付ける悪い癖がある。それがないと言うことは、本当にしていないのだろう。

「これからって事は、犯すつもりだったと言う事ですか」

「快楽は、痛み以上に使える手だ」

 確かに、拷問で痛みに耐える訓練をされた者でも、快楽によって吐いてしまう者もいる。だが、それをして良いのは、相手が敵である時だけだ。レイル様は最悪の領主だが、敵ではない。

「貴方は……私の言葉が理解できなかったと言う事ですか」

「お前を待っていたら、いつになるか分からんからな」

「もう、良いです。話になりません。レイル様は私が運びます」

 ライトの腕からレイル様を抱き上げる。レイル様が自分の腕の中に戻ってきた。そう思ったのは何でだろう。

「それじゃ、頼む。俺、寝るわ」

 欠伸をしながら階段を上がっていくライトの後ろ姿は、何故か少し寂しそうに感じた。

「ライト。レイル様は何か言っていましたか?」

「いや、何も」

 そう吐き捨てる様に言い、ライトは階段を登っていった。何と言えない寂しい雰囲気の中、温かなその体温を両手に感じながら、私は歩き出した。

 レイル様を二階の寝室へと運んだ。レイル様はとにかく軽い。あまり食事をしない所為もあり、脂肪も筋肉も付きづらいのだ。

 そっとキングサイズのベットへとレイル様を下ろし、布団を掛けた。すやすやと寝息を立てるその姿はあどけない。外見と見合わない中身、権力を使い俺を犯した男。憎い、殺してやると何度思ったか。それをできない様、領民を楯に取った男。その男が、今日の朝からおかしくなった。いや、正常になったと言うべきか。

 テーブルの上に、用意しておいた自分の執事服と裁縫道具を見つめる。本当にあれを裾上げして着るのだろうか。それも、明日分かることだ。もしかすると、明日には元のレイル様に戻っていて、いつもの傍若無人ぶりを発揮してくれるだろうか。

それはそれで、良い事なのだろう。元のレイル様、元の日常が戻るだけ。だが、このままであればと思ってしまう自分もいる。そうなれば……仕事が捗る。そう、それで間違っていない筈だ。

「おやすみなさい」

そう言い、レイル様の寝室を後にした。
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