砂の花

高千穂ゆずる

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プロローグ

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 良く言えば賑やか、悪く言えば騒々しい。長く吸い込めば吐き気がするような、きつい香水とタバコの匂いが籠もった室内で、少女は膝を抱えて座っていた。
 暗闇と明かりの境界も曖昧な部屋には、奇妙な動きをしながら重なり合っている裸の男女や、床の上で一時間以上も横になったまま動かない者がいた。
 少女は天井を見上げた。明かりで揺らめく影が、ぬろぬろと動いている。
 ぐう、と腹が鳴った。それでも少女の目は天井の影に釘付けになっていた。いくつもの影が暴れ始めた。床が揺れ、いろいろなものが飛び交い、怒号や悲鳴の渦に少女は巻き込まれた。
 少女の視界が天井からぐるりと反転し、宙に浮く。次に視界に入ったのは、黒尽くめの男だった。
「その子、意識あります?」
 男の背後から声がかかる。
「かろうじて、ってところだな。すぐに病院へ搬送しよう」
「こんな小さい子を連れてくるなんてろくでもない親だな」
 制服警官が苛立たしげに呟く。
「どんな事情にしろ、子供を巻き込むのはダメだな」
 薄く開いたままの少女の瞳を見つめながら、刑事は答えた。
「施設行きになるだろうが、こんな場所に置かれるよりはマシだ」
 刑事の声には憐れみと怒りが混じっていた。
「やっぱり腹が立ちますよね、同じ子を持つ親としては」
「……まあな」
 言われて息子の顔を思い出した。よく笑う息子だ。しかし、腕の中の少女は無表情で、端正な顔立ちが人形を思わせる。笑えばきっと愛らしいのに。
「腹が立つな」

 少女は無事に運び出され、刑事の手から救急隊員へと引き渡された。その向こう側では、麻薬の売人や売春婦たちが警官へ向けて罵声を浴びせている。
 一発の発砲音が響いた。銃撃され、倒れた同僚に駆け寄る仲間と、発砲した売人を取り押さえる警察官の怒声で現場は騒然となった。
 少女の耳には、それらの騒ぎはずっと遠い場所から聞こえてくるようだった。顔を動かさず、じっと天井をみつめている。鼻につくアルコールの臭いと、白くて狭い空間が今の彼女の世界。そして、救急車の車内で数回瞬きすると、少女はゆっくりまぶたを閉じた。
 自分を救い、抱き上げてくれた刑事が先程の銃弾に倒れたことは知る由もない。
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