砂の花

高千穂ゆずる

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レナ

<4>

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「そんなに俺を愛してくれてるのなら、なあ、いい加減俺の申し出を受け入れてくれないか」
 レナは無言でルイスから身体を離した。さっきまでのとろりとしたのろけ顔が消えている。
「またその話?」
「嫌なのか」
「嫌じゃないけど」
 うーんとレナは唸る。ルイスのことは愛しているし、いずれは一緒に暮らすことも考えている。考えてはいるのだが……
「まだこの暮らしを変えるつもりはないの」
「変える必要はないだろ。父さんだって俺たちが一緒に暮らすことに賛成してくれるさ」
「……ベン」
 義父のベンジャミンはレナの弱みだった。感謝しきれないほどの恩義を感じている。それを知っていてルイスはここぞというときにこのカードを使う。
「アンタってほんとに卑怯よね。そうやってすぐベンの名前を出すんだから。そういうところ子供の頃から少しも変わってない……腹が立つ」
「知ってる。俺はそういう卑怯な男だからな。なんならこういうカードも出そうか……義姉さん、俺の頼みを聞いてくれよレナ義姉さん」
 真剣な口調なのに目が笑っている。
「……言ってて恥ずかしくない?」
「恥ずかしい」
 バカじゃないの、とレナが手近にあったクッションを乱暴に押しつけると、ルイスがそれを押し返す。
「恥ずかしいが、一緒に暮らせるなら俺はどんなことでも」
「だからそんな簡単なことじゃないでしょ。一緒に暮らそうってどこに住むのよ。ルイスに仕事があるようにあたしにだって仕事があるの。そりゃあ趣味に毛が四、五本生えた程度のものかもしれないけど、古書店とこの部屋が大事なんだってば。ヴェディングにあるルイスのアパートからだとここに通うのは大変だし、アンタだってここに引っ越すつもりはないんでしょ」
「それでも一人でいるよりいいじゃないか。距離が問題なら俺が送るし、そんなのは苦じゃない」
「今日はやけに食い下がるわね。なんかーー怪しい」
 目を細めてルイスをじっと見る。そのタイミングでニュースの男性キャスターが番組内容の変更を告げる。
 今、ベルリンを騒がせている連続殺人事件についての続報だった。レナの耳に、キャスターの淡々とした声が届く。そしてルイスのしつこさの理由を察した。
 解体中の廃ビルから男女と思われる身元不明の遺体が二体発見されたという。

「衣類の特徴から女性と見られる遺体の傍に植物の痕跡があったことから、警察は、現在捜査中の連続殺人事件との関連も含めて捜査しているとのことです」

 重苦しい空気が漂う。
「原因はあれね」
 くい、と首をテレビの方へ傾けてレナが言う。
「――」
 ルイスは途端に口を噤んだ。
「そんなに気にすること? まあ犯人が野放しっていうのは確かに怖いけど。でもだからって引きこもってばかりもいられないでしょ。それともあたしが狙われる根拠でもあるの?」
「――」
「そうやってすぐ黙りこむの、悪い癖だからね」
 レナは立てた人差し指をルイスの鼻先に突き出した。
「……捜査上のことは言えないが、自分の恋人が物騒な事件に巻き込まれたくないと考えるのは自然なことだろ」
「あたしはまだこの生活を続けたいの。ノイケルンここに来るのが大変だって言うんなら、あたしがそっちに泊まりに行くからそれでいいじゃない。ルイスの休みにあたしが合わせるのだって問題ないんだから」
「俺と暮らすのが嫌なのは父さんに遠慮してなのか? やっぱりまだ父さんを」
「またその話? あたしは自分がやってるこの店の傍で暮らしたいだけなの。やきもち妬かれるのは嬉しいけど、ベンのことを今度持ち出したらうちの店もこの部屋も出禁にするからね」
 不穏な空気が二人の間に流れる。
 ベンジャミンは義父だがレナの初恋の相手でもあった。それも子供の頃の話なのにルイスはすぐにこのことを持ち出してくる。
「で、出禁は嫌だ」
「じゃあもう言わない?」
「――」
「返事は?」
「――」
 ルイスはううと唸って言い渋る。ぎゅっと目を瞑り逡巡する。なにを思い巡らせているのか定かではないが、十代の少年のように必死に考えていることだけはわかった。
「条件付きで」
「却下よ」
「――」
「言わないって誓わないんなら出禁」
「言わない」
 出禁の単語に被せるようにルイスが答える。噛み締めている唇が震えているくらいなので、相当の決断なのだろう。
 痴話喧嘩のせいで朝食やココアがすっかり冷めてしまっていた。
「頑固者」
 そうレナが呟いた時、ドアがノックされた。リズムに乗った陽気なノックで部屋の雰囲気がいっきに変わる。
 玄関横の窓から見えるシルエットで、ラファエル花屋だとすぐにわかった。
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