砂の花

高千穂ゆずる

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はじまり

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「ローランに茶化された」
 ビールを飲みながら、ルイスが愚痴るように言った。
「そういうときは羨ましいだろって言っておけばいいのッ」
「レナみたいには言えない」
「姉弟みたいに育っただけで元は他人なんだから、どこにも問題はないでしょ。昔っからあたしたちのことを知ってるんだから、遠慮もクソもないわよ。そうねぇ、今度アイツの前で見せつけてやろっか」
 レナはわざとらしく煽るようにルイスの太ももへ指を這わせた。その手をルイスが強く握りしめる。
「クソとか言うな。あと、元は他人なんだから遠慮はいらないって言うなら同居のこと」
「んっんっ、ごほん。それはまた別の話」
 指を絡ませて誤魔化すように弟の手の甲にキスをする。
 こんな風に誤魔化されてしまう自分の押しの弱さに、ルイスは心底呆れるが仕方ない。愛されているのは確かなのだから、今はそれを満足としておくべきか。
「ここのテレビがインテリアみたいなもので良かった」
 レンタルビデオの視聴がメインかもしれないと、常々感じているレナのリビングにあるテレビ。
「それってどういう意味? ……まさか、また起きたの?」
「夕方のニュースでトップだったろうな。同じ手口だ」
「そんな話、あたしにしていいの?」
「報道レベルの内容なら問題ない。それよりこの時間になってレナが殺人事件の三人目の被害者を知ることの方が逆に不安になる」
 はぁぁと長いため息を吐き、繋いだレナの手の甲へ額を押し当てる。
「たまたま女性が続いているだけなのか、条件が揃えば男も被害に遭うのか、まったくわかっていないんだ」
「それならあたしが狙われる可能性もわからないんだから、そんなに神経質にならなくてもいいんじゃない? めんどくさいし」
 ね? と能天気に笑顔を返してくる恋人にルイスはうっかり舌打ちしそうになる。わからないから警戒するんじゃないか。
「レナは馬鹿なのか?」
「年上に向かって馬鹿はないでしょ」
 むっつりとした顔で抗議するレナだが、ルイスの指摘はあながち間違っていないような気もする。警戒心が薄いという意味なのはわかっている。
「レナの人懐こい笑顔は初対面の人間だってすぐに心を許すし、マシンガンみたいに飛び出してくる話題は豊富で人を飽きさせない。ほんの少しでもこの肌に触れる機会を得た人間がいたら間違いなく……誰でも虜になる」
 一気にそこまで吐き出すと、ルイスは自分で言った言葉の気恥ずかしさですぐに頭を抱えた。乱れた髪から覗く耳も真っ赤になっている。
「ちょっと、自分で言っといて照れないでよ。ほんとうにあたしのことが好きよね」
 照れというものは伝染するものだ。レナもすぐに頬を赤くして、両手で顔を仰いでいる。
「レナは俺のことは好きじゃないのか」
 チラ見してくるルイスの目は拗ねているようにも見えた。
「あんまりガツガツ来られるとちょっと、ね」
 でも、とレナはルイスのシャツの上へ指を這わせた。
「こういうことをしたいくらいには好きだけど」
 煽るようにルイスの首に歯を立てると、レナは楽しそうにかぷかぷと甘噛みする。
「俺はセックスフレンドか」
「そう、あたし専属のセックスフレンド。専属だからあたし以外とはセックスできないし、あたしもルイス専用だから他のオトコとは絶対にしないの」
「ちょっと待て。恋人同士じゃなかったか?」
 ルイスは自分とレナを交互に指差した。
「なによ。今夜はこういうプレイで楽しもうよ」
「なるほどプレイときたか。それなら徹底的になりきるとするか。後悔しても責任は持たないぞ」
「後悔するのはどっちかしら。あたしから誘ったんだから、あたしがよしって言うまでは終わらないんだからね」
「承知した」
 ルイスはレナをひょいと担ぎ上げベッドルームへと向かう。
「……痛いな。わざとだろ」
 ふいに強く噛みつかれた。
「からかわれて困ってるんでしょ? ローランにこれを見せてあげれば?」
 レナが声を立てて笑うが、ルイスは逆に苦笑う。
「逆に面白がられるだけじゃないか。ローランはそういう奴だ」
 ローランの顔を思い浮かべると、同時に事件のことも思い出された。ルイスの顔から笑みが消えたが、レナが強ばったその頬を摘み上げてくる。
「心配性」
 それは性格なのだから仕方がない。
 こんな風にひとつのことに思考を支配されがちな自分を気遣うレナは、やはり姉なのだなとルイスはしみじみ感じた。

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