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第十六話 好きになってほしい

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夜も九時近くになってきた。

紗緒里ちゃんとアニメについての話で盛り上がり、時間が経つのを忘れていたが、そろそろお別れの時間だ。

「おばさんも心配すると思う。そろそろ帰らないとね」

俺はそう言った。

すると、

「おにいちゃん、もしわたしがまだ帰りたくないっていったらどうします」

と紗緒里ちゃんが真剣な表情で言ってくる。

「そ、それって」

「おにいちゃんさえよければ泊まっていったっていいんですよ」

先程まで、紗緒里ちゃんと話をしていた時は、少し抑制されていた胸のドキドキ。

それが一挙に高まってきた。

「わたしはおにいちゃんのものですから」

紗緒里ちゃんは、甘えた声で俺の手を握ってくる。

柔らかく、温かい手。心が高揚してくる。

ああキスしたい。キスしたい。

俺の心はだんだんコントロールが難しくなってくる。

キスはしたい。でも俺達はまだ恋人どうしではない。ただのいとこどうしだ。どうすればいいんだろう。

俺は紗緒里ちゃんが好きだ。容姿も性格も全部好きだ。ちょっと強引なところもあるけど、そこを含めて好きだ。

今日一日で、いとことしての好きから、一人の女の子として好きということに変わりつつある。

それだったら、もうキスをしたり抱きしめたりしてもいいんじゃないか。何を遠慮しているんだ。

さあ、今こそキスをするんだ。そして、恋人どうしになっていくんだ。

俺がそういう気持ちになり始めた時。

「ごめんなさい」

紗緒里ちゃんは、握っていた手を離した。

ど、どうして、どうして……。

俺はガクッときた。

「わたしたち、まだ恋人どうしじゃなくて、ただのいとこどうしですもんね。ごめんなさい。わたし、またわがままを言っちゃいましたね」

頭を下げる紗緒里ちゃん。

「い、いや、いいんだ」

俺はそう言うのがやっと。

これでいいんだ。彼女とはこれからじっくりと愛を育んでいく必要がある。二人が心全体で結びつくようになるように、まずは努力していかなければならない。

俺ももっと彼女のことを理解していこう。

でも、そうは言っても残念な気持ちはある。

もう少しでキスできたのに、とはどうしても思ってしまう。

そういうことはまだ思ってはいけないと思いつつも、キスできたらよかったなあ、と思ってしまう。

「おにいちゃん、もしかして、わたしとキスしたかったんですか?」

「い、いや、そんなことはない。付き合ってもいないのに、そんなことはできないよ」

「おにいちゃんって、堅い人なんですね」

「ま、まあ、そうかな」

「わたしだったら、いつでも準備はできていますよ」

微笑む紗緒里ちゃん。

「でもやっぱり、しっかりと相思相愛になってからするべきものだと思うんだ」

俺は紗緒里ちゃんにキスしたい気持ちを懸命に抑えながら言う。

「おにいちゃん、我慢していません?」

「そ、そんなことはないよ。俺はもっと紗緒里ちゃんのことを理解したい。そうすれば、恋する気持ちに変わると思うんだ。ごめん。今はまだいとことしての好きという気持ちが強い。これを乗り越えないと先には進めないんだ」

紗緒里ちゃんは素敵な女の子。それなのに、俺は前へ進むことができない。

「おにいちゃん、あまり難しく考えない方がいいと思います。わたしは、いつでもおにいちゃんを待っています」

「でも紗緒里ちゃんも、そのうち俺のことが嫌いになるかもしれない。そういう気持ちもあるんで、紗緒里ちゃんとの仲を進めていっていいんだろうかと思ってしまうんだ。嫌いになったら、俺との思い出なんて、ただのつらくて苦い思い出に変わっちゃうだろうと思うんだ」

「なるほど、そういう風に思っているんですね」

「俺のほうこそごめん。なんか、いろいろな思いが心の中に浮かんでしまうんだ」

「わたしは、もう一生おにいちゃんのことしか、恋の対象にしないと決めています。だから、全く心配しないで大丈夫ですよ」

紗緒里ちゃんはすごい。どうしてそこまで言い切れるのだろう。

「でもだからと言って、おにいちゃんに絶対わたしを好きになって、とは言いません。もしおにいちゃんがわたしを選ばなかったとしても、それはわたしに魅力がなかっただけの話だけですからね。とは言っても、振られたとしたらやっぱり泣いちゃうと思いますけど。いや、やっぱり、おにいちゃんが他の女の子に取られたくないですね。その為にももっともっと魅力的にならないと」

「紗緒里ちゃんは今でも魅力的だと思うけど」

「ありがとうございます。うれしいです」

紗緒里ちゃんは顔を赤くする。

「おにいちゃん、優しいからそう言ってくれますけど、もっと努力しないといけませんよね。今のままだと、おにいちゃんにとっては、仲の良い、いとことしてしか魅力がないと思いますので」

「いや、魅力のことではなくて、俺の心がまだまだ恋という方向に向かないだけなんだ」

「そういうところも乗り越えられるように、おにいちゃんにふさわしい女の子になれるように、そして、もっと魅力的になろうと思います」

「紗緒里ちゃん……」

紗緒里ちゃんのけなげさに、俺はただ頭が下がる思いだった。
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