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過去からの追走

誘拐

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「悪いな、光輝。掃除を手伝ってもらっちゃって」
「いや、いいんだよ。どうせ大学生の夏休みなんて長いんだし。それに俺は地下闘技場で稼いだ金もあるからバイトだってしなくていいしな」
翔太と光輝は話しながら歩いている。レスリング部の練習場を掃除した帰りだ。すっかりと日は落ち、空は夕焼けに染まっていた。二人は並んで歩く。
「そういえば、駅前に新しくラーメン屋ができたみたいだけど、行ってみる?」
「おお、行く行く!あそこの店は美味いって評判だからな」
「じゃあ決まり。早く行こうぜ」
「おう!」
二人が楽しげに会話をしている時だった。
「紀ノ國光輝だな?」
目の前に一人の男が立ちふさがる。「えっ、いや、人違いです」
「おい、逃げるぞ!」
「へっ!?お、おう!」
二人は駆け出す。しかし、回り込まれてしまった。
後ろを囲んでいるのは黒いスーツに身を包んだ男たちだ。目の前の男、清が近づいてくる。
「お前は俺の家庭を壊した。償ってもらおう」
「な、なんのことですか?」
「しらばっくれるつもりならそれでもいい。だが、俺は容赦しないぞ?」
清は蹴りを放つ。鋭く思い蹴りだ。光輝はそれを軽くいなす。
「なんのつもりなんだよ、あんた。いきなり襲ってくるなんて!」
「問答無用だ!」
清は再び襲いかかる。光輝も応戦するが、清の実力は本物であった。
「強いな……」
流れるような蹴り。まるで清は普通に歩いているのに、その軌道上に蹴りが飛んできているかのような錯覚を覚える。清のテコンドーの実力は本物だが、光輝はそのすべての流れを変え、軽くいなしていく。
「おいおい、どういうことだって聞いてんだろうが!少しは人の話を聞きやがれっ!!」
「……っ!強いな。何か格闘技でもやってるのか?」「まあな。柔道を少々。……って見合いじゃねえんだからさ。とりあえず話を聞けっての」
「くどい。俺はお前を殺す。それだけだ」
「あんたはそれで満足なのか?そんなことをして本当に幸せになれると思ってんのか?」
「黙れッ!!貴様のせいで俺の家はめちゃくちゃになったんだ!親父が逮捕されたせいで俺は後ろ指を差されるようになった。俺がどれだけ苦しかったかわかるか?お前はわかっているのか?いいや、わかっていないはずだ。だからお前は平気な顔をしているんだ」
「んなもん知らねえっての!」
「知らないだと!?ふざけるなぁ!!!」
清は激高すると、猛スピードで接近してきた。そのまま強烈なパンチが放たれるが、それを光輝は片手で受け止める。
「なにぃ……!?」
「悪いけど、あんたがどんな事情を抱えているか知らないが、俺はあんたに殺される覚えもこうやって襲われる覚えもねえんだよ!少しは頭冷やしやがれっ!」
光輝は清の腕を取って一本背負いで投げ飛ばす。
「ぐぅっ!」
清はそのまま地面に叩きつけられた。
「本当は知らねえ奴を傷つけたくなんかないけど、あんたは話が通じなさそうだからな……。悪く思うなよ」
光輝は清の胸ぐらを掴むと、拳を振り上げる。
その時。
「光輝っ!」
翔太の叫び声が聞こえてくる。翔太は黒服の男たちに捕まっていた。
「翔太先生!お前ら、翔太先生をどうするつもりだ!」
「一緒に来てくれなかったら、彼が酷い目に合うかもねえ」
男たちの後ろから一人の男が歩いてくる。清が手を組んだ『清掃服の男』だ。
「親父っ!なんでお前が……。くそっ、てめぇの仕業かよ!」
「おっと、動くんじゃねえぜ?お前の大事な先生の首筋にナイフを当ててるんだからよ」
「クッソ……。汚ねえ真似をしやがって」
「お前が悪いんだぜ?お前が俺の言うことを聞いてりゃあこんなことにはならなかったのによ。そこの鷹藤の息子だって、お前のせいで不幸になっちまったんだ。その償いはしてもらうぜ」
「お前の言いなりになるくらいなら死んだほうがマシだね」
「お前は死ぬべきなんだ。死んで罪を贖うべきだ。いいか、お前はこれから一生オークションにかけられることになる。そこで変態どもに犯され続けるんだ。嬉しいだろ?昔と同じことができてよ」
「ふざけるな!誰がお前みたいなクソ野郎の奴隷になってたまるかよ」
光輝は怒りを込めて叫ぶ。
「お前はそうやってまた逃げるのか。いい加減にしろ。お前は逃げられないんだ。今までと同じようにな」
「おい、それはどういう……」
清がそう言いかけるが。
「鷹藤の息子。お前は本当に駄目な奴だな」
「なんだよそれ」
「本当はお前が光輝をぼこぼこにしてくれりゃあ、拉致するのも簡単だったっていうのによ。こんなにあっさり負けちまうんだもんな。無敵のキング様が聞いてあきれるぜ」
「どういう意味だよ」
「お前が光輝より弱いってことさ。お前はただの臆病者だ。お前が本当に強い人間だったら、今頃、鷹藤光輝はここにいなかったはずさ。違うかい?」
「お前……、何が目的だ?」
「目的はちゃんと言っただろ?光輝の拉致と、オークションで販売して一生俺に貢がせることだってよ。そうでもしねえと、俺が受けた屈辱も鷹藤が受けた苦しみも、おまえが人生を壊された痛みだって、全部なかったことになんてできねえだろうが!そうだろ!?」
「くっ……。確かにそうだ」
「まあ?光輝がこうやっておまけをつけててくれて。そのおまけが人質としては優秀だってきたもんだ。別にお前がいなくてもよかったのかもしれねえな」
そう言って男は……『紀ノ國凍夜』は翔太に視線を向ける。翔太の首筋には黒服の男がナイフを当てているのが見えた。
「やめろ、頼む、それだけはやめてくれ……」
「なら、俺の言うことを聞け。お前が抵抗しなければ、お前の大切な先生は解放してやる」
「わかった……」
(ちくしょう……。このままじゃ、何もできない)
光輝は歯噛みした。凍夜は光輝の首筋に注射器を向ける。
「少し痛いけど我慢しろよ?拉致してる途中で暴れられたら困るからな」
「や、やめてくれ……。俺はどうなってもいいから、せめて翔太先生だけは助けてくれ」
「へえ、随分と殊勝な態度じゃないか」
「お願いします……。なんでも言うことを聞きますから、どうか、翔太先生を助けてください」
光輝は土下座をして懇願する。
「ふん、最初から素直にしてればいいものを。よっ!」
凍夜が針を刺し、中身を注射すると光輝はぐたりと倒れる。
「光輝っ!!」
翔太は叫んだ。
「心配すんなよ。ちょっと眠ってもらうだけだ。おい、その先生はもう用済みだ」
「ひっ……!!」
自分がこれから何をされるのか。翔太はそれを想像して背筋を凍らせるが。黒服の一人が翔太の首に両手を回し、頸動脈を圧迫して気絶させる。
「これで邪魔者はいなくなった。行くぞ。鷹藤の息子、お前もついて来い」「ああ……」
清は凍夜に言われるままに後をついていく。
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