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漢たちの闘い(文化祭)

プロレス勝負

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格闘技にとって『受ける』という技術はとても大切だ。光輝が習っている柔道なら受け身の技術があるし、空手やボクシングなら殴られることで体を固くしてダメージを減らせる。
そして。
「よしっ、光輝ちゃん!ちゃんと受け身を取るんだぞっ!!」
日本最大手であるプロレス団体、超日本プロレスの道場のリングの上に光輝はいる。所属しているプロレスラーである権田原雄三が光輝の腰を掴み、バックドロップをかけてくる。プロレスの試合において最も危険と言われる技の一つであるバックドロップであるが、この技を受けられるか?受け身を取れるかどうかでレスラーとしての価値が決まると言ってもいい。
そしてこのバックドロップこそ、光輝が初めて受けた技であった。
「うわあああっ!?」
悲鳴をあげながらも光輝はきちんと受け身を取れた。そのままマットに叩きつけられるが、特に怪我はないようだ。その様子を見ながら権田原は言う。
「いいぞぉ!!さすが光輝ちゃんだぁ!!よし、次に行くぞっ!」
雄三は光輝を起き上がらせ、頭上高く抱え上げてプレーンバスターを掛ける。これも危険な技だが、光輝もしっかりと受け止める。その後雄三は光輝を抱え上げ、自分の両肩に乗せてから後方に反り返って落とすフランケンシュタイナーに移行する。これもうまくいった。
とはいえ、先ほどから雄三は全力を出し続けている。体に広がる痛みは相当なものだ。おまけに雄三は超日本プロレスの看板レスラーといわれるほどに実力のある、筋肉隆々なプロレスラーである。体重差もあるため、下手をすれば自分が大怪我をする可能性がある。しかし光輝はそんなことは気にせず、ひたすら雄三の動きについていく事だけを考えた。
「よし、今日はこれくらいにしておこう!」
やがて一通りの技をかけた後、雄三はそう言った。光輝はその言葉を聞き安堵すると同時に、今まで味わったことのない充実感に満たされていた。
(すげえ……これがプロレスなんだ)
「はい!ありがとうございました!」
光輝はまだ超日本プロレスに所属するレスラーではない。まだ18歳の大学生だ。確かに体は筋肉がしっかりとついており、背も高い方だ。下手なレスラーよりも体が出来上がっているだろう。そんな学生がプロレスラーから技を受け続けているのだ。周囲で見ているレスラーたちからすれば不思議でしょうがない光景であろう。
光輝は汗びっしょりになりながら、その場に座り込んだ。その様子を見て権田原は笑いながらタオルを渡す。
「おう、お疲れさん!さすが光輝ちゃん、しっかりと鍛えているね」
「いえ、まだまだです。もっと強くならないと……」
光輝の言葉を聞いて権田原は笑う。
「はははは!まあ、うちの会社に入るのであれば、しっかり鍛えてやるよ」
「はい!よろしくお願いします!」
「それに、夜のプロレスでも俺達が鍛えてやろうじゃないか」
耳元で囁く雄三に対し。
「おう!お願いするぜ」
光輝も小声で、にやりと笑って返す。
雄三と光輝はいわゆる『そういうこと』をする仲でもある。
リングサイドで仲良く話をする雄三と光輝。その光輝を見て、周囲にいるレスラーたちは。
「なあ、あいつ誰なんだ?」
「さあ。知らないけど、雄三さんが連れてきたんだよ。しかもまだ大学1年だって話だぞ?」
「それにしちゃあしっかり体出来上がってるな。それに雄三さんが全力出してるのに平気そうな顔してるし……」
「青田買いのつもりなんだろうな。ありゃあ将来有望なプロレスラーになるかもな」
などと噂をしていた。
「それにしても……」
雄三は白髪交じりの63歳のプロレスラーだ。それが18歳の少年と並ぶと。
(お爺さんと孫にしか見えねえな)
プロレスは格闘技の中でも一番危険だと言われているスポーツである。特にバックドロップやジャーマンスープレックスなどは脳天から落ちれば最悪死ぬこともあり得る危険な技だ。しかし、それでもなおこの競技が人気がある理由は、やはり迫力ある技が見れるからだ。特に有名なレスラーになればなるほど派手な技を使うようになり、観客を沸かせることができる。そういった理由から、プロレスの人気は高い。
そして権田原雄三といえばその中でもトップレベルに人気の高いレスラーであり、クラシックスタイルと呼ばれる正統派のプロレスの金字塔ともいえるレスラーだ。そんな人からプロレスを学ぶことができるというのはとても貴重な体験である。
「あの、雄三さん」
「ん?どうしたんだい光輝ちゃん」
「オレもいつか雄三さんみたいなレスラーになれるかな」
光輝がそう聞くと、権田原は少し考え込んでから。
「そうだな、光輝ちゃんはプロレスのセンスがある。俺以上の強くて格好いいレスラーになれるだろう。だが、闘い方についてはもっと考えなくてはいけないな」
「闘い方ですか?」
「ああ。プロレスってのは俺みたいなクラシックスタイルだけじゃない。光輝ちゃんは隼人のやつから柔道を習っているだろう?だったらそれを活かさない手はない。それに、光輝ちゃんは身軽な方だからな。ルチャリブレとかも面白いかもしれないぞ。ま、色々とやってみるといい」
「はい!」
権田原にそう言われて光輝は元気よく返事をした。
「ところで……突然プロレスを教えてやる、って言って連れてきたのってもしや」
光輝は金メダリストの獅子王隼人から柔道を習っている。それはだいぶ本格的なものであり、光輝はめきめきと実力をつけている。
そして光輝が柔道を教わっていることを雄三が知ったのはつい最近のことだ。
「隼人さんに嫉妬してたのか?」
「ち、違うわい!俺はただ、光輝ちゃんを一人前のプロレスラーに育てたいだけだ!!」
「はいはい」
雄三の顔は赤くなっていた。図星を突かれたらしい。
「そんな生意気なことを言うやつにはプロレスでお仕置きしてやる!!覚悟しろよ!」
雄三は光輝の首根っこを掴むとそのまま担ぎ上げ、リングへと放り投げる。
「うおおおっ!?」
いきなり投げられた光輝は悲鳴をあげながらリングの上へ叩きつけられた。
「いててて……。でも、雄三さんからプロレスを教わるのは楽しいからな。こちらこそよろしくお願いするぜ」
「ふっ、そうこなくてはな!よし、光輝ちゃん!覚悟しろよ!」
「おうっ!」
光輝がそう返事したときだった。道場の扉が勢い良く開けられ、一人のレスラーが入ってくる。
郷田豪鬼。まだ20歳になりたての若手のレスラーだ。
だが若手と言っても空手、柔道、合気道。合わせて10段の腕前を持つ格闘家であり、その身体能力の高さはプロレス界でも屈指と言われている。
「おい、爺。俺とスパーリングしろ!今すぐだ!!」
豪鬼は雄三を見つけるなり食って掛かる。
「はあ?何でお前なんかとしないといけないんだよ」
「うるせえ!俺がやりたいからやってやるんだよ!ほら、早く準備しやがれ!それとも逃げる気なのか?」
「ふむ……俺としてはお前のそういう血気盛んなところは嫌いじゃないんだがな。今は光輝ちゃんと楽しんでるんだ。邪魔しないでくれ」
「はあ?光輝?誰だよそいつは。そんなやつは知らん!」
「なにぃ?お前、光輝ちゃんを知らないだと?」
「ああ。全く知らん!」
「そうか……知らないなら教えてやろう。光輝ちゃんはこの俺、権田原雄三の可愛い弟子だ!俺が直々に鍛えてやることにしたんだよ!」
「ほう……俺が知らない間に随分偉くなったじゃねえか」
「まあ、お前よりはな」
「……いいだろう。おい、光輝とかいったな!お前が本当に権田原さんの弟子にふさわしいか俺がテストしてやる!さあ、リングに上がれ!」
「は、はい」
光輝は戸惑いながらもリングに上る。
(いつもの試合と同じ……だとまずいよな)
光輝は普段から地下闘技場でプロレスの試合をしている。本格的な試合でこそあるものの、そこには『エロ』という要素も含まれている。つまり、光輝にとって試合とは『プロレス』であり『エロ』なのだ。だが、今回は相手が相手だ。真剣勝負で戦う必要がある。
(まあ、普通にプロレスすればいいか)
光輝はそう思い、いつものように構えを取る。
「ふん、いくぞ」
「来い」
豪鬼と光輝のやり取りを見て、雄三はニヤリと笑う。
「へっ、俺のパワーにビビッて逃げ出すんじゃねえぞ」
そう言い放つと、豪鬼は一気に距離を詰めてくる。
(速い……)
その動きに光輝は驚く。今まで戦ったどんな選手よりも速く鋭いタックルだ。しかし。
(これくらいの速さであれば問題ない)
光輝は冷静に対処し、体を捌く。そして首を掴みジャーマンスープレックスで投げ落とす。
「ぐうっ!」
対応されると思っていなかったのか、豪鬼は受け身も取れずに頭から落ちる。
「大丈夫か!?」
光輝は慌てて駆け寄る。しかし、豪鬼はすぐに立ち上がる。
「素人の投げ技なんざ効くわきゃねえだろうが!」
「そうみたいだな」
光輝も立ち上がって構える。豪鬼のかまえが空手の構えに変わる。
「今度は本気で行くぞ」
「いいぜ」
光輝は余裕を見せる。
「ぬかせ!」
豪鬼はジャブを放ってくる。今までに見たことがないほどのスピードの拳だ。常人の目には見えないほどだろう。
だが光輝は冷静にさばいていく。
「空手か。それがあんたの闘い方、ってわけか」
「そうだ!俺の動きについてこれるか?ついてこれるはずがない!」
豪鬼は右ストレートを放つ。先程と同じように見えて明らかに速度が違う。
「おっと」
光輝は身を翻し避ける。
「まだまだぁ!!」
豪鬼は休むことなくパンチを繰り出し続ける。その速度はどんどんと増していく。だが光輝はそのすべてを捌ききる。
その光輝の頭の中には、先程の雄三との会話が思い出される。
(自分らしい闘い方、か)
豪鬼の攻撃を捌いているのは柔道由来のやり方だ。本来ならば腕を取ってバランスを崩すところだが、豪鬼の出方が見たいためにあえて手を出さない。
「クソッ!」
攻撃が当たらないことに苛立ったのか、豪鬼は大きく振りかぶると渾身の一撃を繰り出す。
(ルチャリブレなんかもおもしろい、か)
そう考える光輝の頭に飛来するのは最初に清と対峙したときの蹴り技のコンボだ。
(たしか……こうだったかな?)
光輝は豪鬼に歩く。その軌道上に流水のような回し蹴りを置く形で。
見様見真似ではあるが、その一撃一撃にきちんと体重を乗せている。突然の攻勢に豪鬼は対処できずにまともに喰らう。
「ぐあっ!」
(さらにここにプロレスらしさを混ぜるには!)
豪鬼の体が吹き飛ぶ。光輝は追撃するべく間合いを詰め、跳躍すると豪鬼の首に両足を巻き付け、投げ落とす。
ウラカン・ラナだ。
「うおおおぉっ!」
空中で一回転した光輝はそのままマットに叩きつけられる。さらに光輝は近くのコーナーポストに駆け上がると最上段から飛んだ。フライングメイヤー。
「まだだ!」
だが、豪鬼は即座に立ち上がり光輝に飛び掛る。光輝はカウンターで豪鬼の顎に掌底を叩き込む。
掌打打ち。
「がはっ……」
豪鬼は膝をつく。光輝はすかさず豪鬼の首に両腕を回し、チョークスラムで締め上げる。
だが。
「光輝ちゃん。もうそんなところでいいんじゃないか?」
雄三の声が聞こえ、光輝は我に返る。
(しまった……つい……)
光輝は慌てて技を解く。
「げほっ、ごほ……。なんだよ、終わりかよ」
豪鬼は咳込みながら立ち上がる。
「ああ、もう十分だ。俺が教えてやるから、お前は道場から出て行け」
「ああ?ふざけんな!」
「いいから出てけ。俺の可愛い弟子にこれ以上ちょっかいだしたらただじゃおかねえぞ」
雄三は凄みのある声で言い放つ。
「……ああ、そうかよ!だったら……」
「ちょっとまってくれ、雄三さん!」
光輝は慌てて止めに入る。
「どうした、光輝ちゃん」
「いや、あのさ……その……雄三さんが教えてくれるんだろ?」
「ああ、もちろんだ」
「なら、豪鬼さんも一緒に習えばいいじゃないか」
「え?」
雄三と豪鬼は同時に声を上げる。
「いや、だからさ。雄三さんと一緒に格闘技を教えてくれれば、豪鬼さんも強くなれて、俺としても色々と助かるっていうかさ」
「い、いやいやいや!それは無理だって光輝ちゃん!」
「どうしてですか?」
「いや、そりゃあ豪鬼はプロレスラーだし。いくらなんでもプロレス以外の技を教えるのはまずいというかなんというか」
二人での練習を邪魔されるのは雄三にとって面白くない。だが、まさか60もすぎた自分がそんなことを言えるはずもなく、なんとか回避しようとする。
「大丈夫だよ。俺は気にしないし。それに豪鬼さんのプロレスの技術って、俺の技に応用できる部分も多いと思うんだ」
「そ、そうなのか?」
「うん。むしろお願いしたいくらいなんだ。ダメかな、雄三さん」
「むぅ、仕方ない。それでは豪鬼も加えて練習を開始するか!」
「……勝手に決めるな!俺はお前なんかと練習するつもりなんてない!」
豪鬼は悔しかった。自分の技術がこんな男に通用しなかったという、その事実が。豪鬼は怒りながら道場を出ていった。 
「血気盛んなのはいいが、あいつもまだまだだな」
「そうですね」
「でも、これで光輝ちゃんも技を覚えられるからな。よかったぜ」
「はい」
光輝は嬉しそうに返事をする。
「さて、今日はもう遅い。続きは明日にしよう」
「わかりました。よろしくおねがいします!」
こうして光輝は新しい技を会得するため、そして雄三の役に立つため、より一層の精進を誓うのであった。
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