女魔王、攻め込んできた勇者に殺されると思いきや堕とされてしまう

EP2 神の使い

26 それは人質と言うにはあまりにも多すぎた

　ヤツは……シグマは魔族領を結界ごと飲み込もうとしているのだ。

　それは、人質と言うにはあまりにも多すぎた。
　結界内の施設も、集落も、生きている者さえも飲み込もうと言うのか。
　
「ヤツめ、我を倒すために魔族領もろとも……」

　今までの神の使いは魔族領自体を襲おうとはしなかった。神の使いがそういったものなのだと思い込んでいた。
　だが違った。今までのヤツらはやろうと思えば出来たがやらなかっただけなのだ。
　これは勝手に自分の信じたいことを信じ込んでいた我の過ちだ。

　何としてでもヤツを止めるため、我は一目散に部屋を飛び出した。

「魔王様、タオル！　タオル忘れてるんだぞ！！」

　体に巻いていたタオルが落ちてしまったことには目もくれずに……。




「あれ、魔王さままままｍどどどどうしたのよその恰好は！？」

「アリスか！　皆を連れて地下シェルターへ避難していてくれ！」

「わ、わかったわ！　……ちょっとくらい良いわよね……あれ？」

　アリスはすれ違いざまに我のおなかに触れようとする。
　しかし透明になっているだけで服自体は着用しているため、その手が直接肌に触れることは無い。

　やたら手つきがイヤらしいのは緊急時であるため不問とする。

「アリス、今我の服は透明になっているだけで着ていないわけでは無いんだ……」

「そ、そうなのね……」

　アリスは露骨に残念そうな顔をする。いや、そんな顔をしたところで触らせないからな。

「我は少しでもヤツを食い止める。その間に皆を頼んだぞ」

　魔族領内の者の避難は幹部たちに任せ、我はそのまま魔王城の外へ向かう。
　後ろから腰の辺りに向けて熱のこもった視線を感じるが、もはや気にしている余裕は無かった。




「来たかディアベル……」

「アリサ……。難しいのはわかる。わかるがどうか我のこの姿を見ても動じない精神を持ってくれ」

　下着姿の我を見るやいなや、アリサは頬を染め視線を逸らす。
　普段であれば可愛らしいので有りだ。だが戦場では、その一瞬の内に出来る隙が命を落とす要因になるだろう。

「わかってはいるが……」

　アリサはもじもじとした様子でそう呟く。いつものカッコ良さ極まれりといったアリサとは打って変わって、年頃の乙女と言った今のアリサはこれはこれで有りだ。可愛い。

「現れたな魔王。私は魔族領内すべてを人質にとったと言っても過言では無いのだ。お前が出てこないのならば、お前の大事なものを奪わせてもらう。ああ……大事な者が奪われた時の、お前の悲しみ溢れる表情が楽しみだ」

　突然、上空から大音量で声が響いてくる。
　この緊急事態だと言うのに、アリサの可愛さに夢中で一瞬ヤツのことを忘れていた。

　シグマはやはり魔族領ごと人質にするようである。だが、だからと言って無策で結界の外に出る訳には行かない。
　ヤツのことだ。我を殺したとしてもその後魔族領内を襲わない確証はない。であれば徒に外で戦うべきではないだろう。

「ディアベル、どうするんだ」

「残念だが策は無い。だが諦めるという選択肢も無い。どうにかしてヤツを倒す……それだけだ」

　我は上空へ飛び、結界の内側から高出力レーザーカッターで斬りつけた。
　しかしヤツに付けた傷は即座に回復し元通りになってしまう。
　内側から地道に削っていけばなんとかなる……そんな相手では無いことは端からわかっていた。だがそれでも、何もしないわけには行かないのだ。
　
「結界の内側から攻撃をするとは、なんと卑怯な。しかし私の再生能力の前には無意味だがね」

　今までと同じように、我の攻撃は何の意味も持たなかった。
　どれだけ攻撃を繰り返したところで、我の消耗が増えるだけだろう。

『魔王様！　新兵器が完成いたしました！！』

「ライザか、ちょうどいいタイミングだ！　今そちらへ向かう。準備を頼んだぞ」

　このタイミングでの新兵器完成。この状況を打開するには、もう新兵器にかけるしかない。
　我は希望を胸に秘め、ライザのいる研究施設へと下降して行った。