【R18】逃げ出した花嫁と銀の伯爵

星彼方

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最終章 果たされた約束

79話 果たされた約束⑴

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「レイン、浮かない顔をしてどうした。今日はお前の誕生日ではないか……お祝いの品もたくさん届いているぞ?」

 物憂げな表情のレインリットは、ちらりと父オーウィンを見た。所在無げな顔をしたオーウィンは、誰かから届いたのであろう花束を手にしている。その赤い薔薇の花から漂ってくる香りに、レインリットは溜息をついた。

「どこか適当なお部屋に飾らせてください」

「レインリット、お客様方に挨拶を。みんな、主賓のお前を祝いに来てくださったのだから」

 四月になり、十九回目の誕生日を迎えた日。

 レインリットは未だに一人だった。オーウィンは何も言わないけれど、レインリットが待ちわびている彼の人は来ていないのだろう。

 ――今日こそ、お会いできると思っていたのに。

 レインリットは静かに立ち上がると、オーウィンが差し出してきた手を取る。すっかり大人になったレインリットは、堂々と美しいドレスを身にまとっていた。胸元が美しく見える胸元は繊細なレースで縁取られ、深い緑色の光沢が素晴らしい生地は緩やかな陰影を作り出している。白い絹の手袋には真珠が縫いとられており、綺麗にまとめ上げた紅い髪にも真珠が散りばめられていた。

「お父様、緑柱玉はお母様のもの?」

 首飾りの先に大きなの緑柱玉をつけたレインリットが、自分の首元に指を這わせる。お揃いのようにつけた耳飾りも、緑柱玉であった。

「いや、それはお前のものだよ。さすが、瞳の色によく合っているな」

「ありがとうございます。でも、無駄遣いは禁物です、お父様」

 ピシャリと厳しい言葉で締めくくり、レインリットはオーウィンと腕を組むと皆が待つ大広間へと向かった。



 §



 ウィリアム・キーブルの陰謀を暴き、オーウィンが戻って来て、ソランスターを取り戻してからもうすぐ十ヶ月。

 休む暇がないほど、忙しい日々だった。といっても、レインリットは使用人たちを呼び戻し、屋敷を元に戻すことに尽力を注いだだけだ。対外的なものや難しい政治的なことなどは、父オーウィンと家令のカハル、そしてソルダニア帝国ではエドガーが中心となって奔走してくれた。そして今、ようやくソランスターの地は元の賑わいを取り戻しつつある。

 ――エドガー様……お元気でいらっしゃいますか?

 想いを交わし合ったエドガーが帰還した日。彼についていかなかったことは、ソランスター伯爵の娘として何も間違ったことではなかった。貴族同士の結婚を本人たちだけで決めるわけにはいかない。しかも、エドガーはソルダニア帝国の伯爵だ。彼には彼の領地があり、レインリットには伯爵位を継がせるための婿をもらわなければならない義務がある。

 あの時、レインリットは自分の恋心すべてを乗せてエドガーに渡した。「私の心を貴方に捧げます」という言葉に嘘はない。そして、エドガーが迎えに来ると約束してくれたことを、ずっと信じて待っている。

 ――海の向こうに、今すぐ行けたなら。

 一目逢いたいと思っても、あの時のように簡単に海を越えては行けない。エドガーのいるエーレグランツへはたった二日で行ける距離だというのに、今のレインリットには最果ての地のように遠く感じられた。

 ソルダニア帝国からの使者としてやってくるのは、エドガーの部下のダニエルか、友人で海軍将校のマクシミリアンばかりだ。レインリットは訪ねて来てくれる彼らを歓迎しながらも、その脳裏に浮かぶのは、銀色の髪と瞳のエドガーのことばかりだった。
 エドガーは何をしているのだろうか。銀の伯爵として社交界の人気者だったと聞いているので、ずっとモヤモヤとしたものが胸につかえている。必ず迎えに来ると約束はしていてもこんなに長い間逢えない日々に、レインリットは夜な夜な月を見上げては溜め息をこぼしていた。

 ――エドガー様……私、十九歳になってしまいました。一年は、長いです。

 誕生日だというのに少しも嬉しそうではないレインリットを、オーウィンが少しでも元気づけようとして明るい声を出す。

「さあ、準備はいいかな。レインリット」

「はい、お父様」

「お前は美しくなった。それだけではなく、強さも持ち合わせている、私の自慢の娘だよ」

「……そうでしょうか」

「ああ、だから、自信を持ちなさい」

 家令として戻ってきたカハル・マクマーンが、大広間の扉の前で恭しく一礼をする。オーウィンが合図をすると扉が開き、レインリットは招待客たちの万雷の拍手に迎えられた。



 招待客たちにつつがなく挨拶を終えたレインリットは、大勢の客からの祝辞を受けながらぼんやりと考える。あからさまに熱っぽく話す者、当たり障りのない挨拶をする者、好奇の目で見てくる者。誰も彼も、レインリットの心に響かない。

 やがて室内楽団が曲を奏で始めると、大広間の真ん中がさっと開いた。シャナス公国では、最初に主賓がダンスを披露する習わしがある。今日の主賓はレインリットなので、気乗りしなくてもダンスに興じなければならなかった。

「さあ、私の可愛いレインリット……最初の一曲を踊っておいで」

「お父様とではなくて?」

「実はね、お前と是非最初のダンスをと望む者がいてね。私はこの通り少し腰が悪いから、それならばとお願いしたんだ」

 一体誰のことだろうか。エドガー様以外の人など嫌です、と拒否できたのならどんなにいいことか。しかしレインリットにはそんなわがままは許されない。ダンスを披露しないと、他の誰も踊ることができないのだから。

 渋々と椅子から立ち上がったレインリットは、目の隅にエファの姿を見つけた。隣にいるのは……あのダニエルだ。仲睦まじそうに話しており、いい関係を築いているようだ。

 オーウィンに手を引かれて大広間の真ん中まで来たレインリットは、そこでようやく顔を上げる。そして、待っていた男性のつま先から腰、胸と順番に見上げていき――

「レインリット・メアリエール・オフラハーティ様。『ソランスターの妖精』。私と最初の一曲を、どうかその栄誉をお称えください」
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