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第七章

第九話 婚約者との出会い

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~ルナ視点~




 はぁー、もう時間が残されていないと言うのに、どうすれば良いの?

 トイレで落ち着きながら脱出方法を考えようとしたけれど、お付きのメイドが特殊な性癖を持っていたせいで、トイレに籠ると言う方法も使えなかった。

 今も後には変態メイドが視線を送りながら歩いている。

 さて、ここからどうしようかしら?

 今後のことに付いて考えていると、視界に庭が映る。

 とにかく屋敷の中では息が詰まるし、外の空気を吸いに行こうかな。

「庭に行っても良い?」

「宜しいですわよ。でも、あまり時間は取れませんので」

「分かっているわよ!」

 語気を強めた口調で返事をしながら扉を開けて庭に入る。

 軽く腕を伸ばして新鮮な空気を吸っていると、先客がいることに気付いた。

 赤い短髪に青い瞳をしており、顔立ちの整ったイケメン。首にはネックレス、指には指輪と言った高価な装飾品を身に付けている。

 彼の近くに小鳥が舞い降り、男性が人差し指を伸ばさすと小鳥が指に止まる。

 その光景は幻想的で美しく、まるで一枚の絵画を鑑賞しているような気分になった。

 そんな時、石ころが転がる音が聞こえ、びっくりした小鳥が羽ばたいてどこかに飛んで行った。

 石を蹴ってしまったのは私ではない。後から付いて来ているメイドが蹴ったのでしょう。

 どうしてタイミング悪く石を蹴ってしまうのよ!

 なぜか残念がっている自分に気付き、心の中でメイドに対して文句を言う。

「おはようございます。空気が澄んでいて日差しも気持ち良く、素晴らしい朝ですね」

 男性が私たちに気付き、笑みを浮かべながらこちらに歩いて来る。

「これはストライク様、おはようございます。いつ部屋から出られたのですか?」

 メイドが男性に言葉を投げ掛ける。

 この人が私の婚約者のストライク!

 確かにお父様が言っていた通りのイケメンね。それに小鳥が自分から近付くほどの人物だから、悪い人ではないのかもしれないわ。

 でも、いくら高スペックだとしても、私はこの婚約を望んではいない。もっと自由に生きたいと思っている以上、例え好青年だとしても断らざるを得ない。

 どうにかしてこの人の協力を得られないかしら? もし、私の味方にすることができれば、婚約破棄できるかもしれない。

「メイドさん。私、この人と2人で話したいわ。席を外して貰えるかしら」

「承知致しました。では、私は先に応接室の方に行っていますので、話しが終わり次第に2人でお越しください」

 メイドさんが軽く一礼すると、屋敷の中に戻って行く。

「改めて自己紹介をしますね。私はグレイ男爵の娘、ルナ・グレイです」

「ご丁寧にありがとうございます。既にメイドさんが僕の名を言いましたが、僕の名はストライク・アバン。アバン子爵の息子で次期当主です」

 ストライクと名乗った男性は右手を胸に当て、軽く頭を下げる。

「ストライクさんはこの婚約をどう思っていますか?」

「率直ですね。正直に言いますと、僕もこの婚約には良く思っていないところがあるのですよ」

 男性の言葉を聞いた瞬間、私の心の闇に一筋の光が差し込んだような気がした。

 彼もこの婚約を良く思っていない。なら、2人で互いの親に婚約を望んでいないことを告げれば、婚約破棄が成立するはず。

「ですが、父上には逆らえません。婚約は望んでいないですが、あなたと婚約をせざるを得ません。父上は僕の幸せを考えてくれた結果ですので」

 続けて口に出された言葉を聞き、差し込んだ光が収束していく。

 でも、まだ諦める訳にはいかない。

「あなたはそれで良いの! あなたはお父様の操り人形になっているわ。この婚約自体を本気で望んでいないのなら、否定するべきよ! 自分たちの幸せは自分たちで決めるべきだわ!」

 感情が昂ってしまい、語気を強めてしまう。もしかしたら誰かに聞かれているかもしれない。でも、もうそんなことは関係ないわ。ここで引いてしまえば、終わってしまう。

「あなたの気持ちは充分に分かりました。ありがとうございます。あなたのお陰で考えが変わりました」

 優しく笑みを浮かべるストライクを見て、ホッとする。これで彼が私の味方になってくれば、この婚約を破棄できるわ。

「婚約は望んでいないと言いましたが、それは訂正しましょう。あなたのその芯の通った性格は素晴らしい。私はあなたとの婚約を心から喜びましょう」

 どうしてそうなってしまうのよ!

 心の底から声を上げたい衝動に駆られる。

 やること成すこと裏目に出てしまうわ。彼を説得するどころか、逆に好感度を上げてしまった!

 これは非常にまずいわね。どうにかして私を幻滅して貰わないと。

「残念だけど、私はあなたが思っているような人ではないわ。だって私は処女ではないもの。男の人と大人のキスもしたことがあるわ」

 本当のことと嘘を入れ混じって真実をあやふやにする。こうすることによって、嘘が見破られ難くすることが可能よ。

 これで彼は私に幻滅するはず。衝撃的な事実を知れば、彼は婚約するのを嫌だと思うはずだわ。

 これはあくまでも私の個人的な考えと言うか、妄想になってしまうけれど、男性は女性の貞操観念に拘りを持つはず。

 非処女だと分かれば、女としての価値が下がると思い込むはず。

「ルナさん経験済みだったの!」

「え、ええそうよ」

 思った以上にストライクが取り乱してくれた。やっぱり男性の女性に対する貞操観念は強いみたい。

「ど、どうりであのとき……いや、今はそんなことなど気にしている場合ではない」

 驚きの声を上げた彼ではあったが、途中からブツブツと何かを言い始める。

 声が小さかったので、何を言っているのか分からないけれど、これで彼は私のことを女として幻滅してくれるはず。

 様子を窺っていると、彼は表情を引き締め、真剣な顔付きをした。そして横目でチラリとどこかを見る。

 今のは何? まるで何かを気にしているようにも見えたけれど?

「まさかのカミングアウトに驚いてしまいました。ですが、僕は大丈夫です。確かに非処女かどうかで女性の価値を決める男性はいます。ですが、僕はそんなことは気にしませんよ」

「へ、へーそうなんですね。ストライクって思った以上に心が深い人なのですねぇ」

 ど、どうすべきなのよ! 全然思うように行かないわよ!

 こうなっては仕方がない。実力行使に移行するしかないわね。

「もう作戦失敗よ! こうなったら、あなたを倒して逃亡してやる! ウォーターポンプ!」
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