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最終章 25年後、君と答え合わせ
2.再会
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****
ガチャ。
「...寒いな」
早朝の通りは静まり返っている。
はぁと吐いた息は真っ白で....ロングコートの合わせ目をギュッと握って千春は足早に歩いた。
季節は冬。毎日そこかしこで、クリスマスの音楽が流れて、寄り添い合うカップルが目に入る。
すっかり街はクリスマスモードだ。
千春は、いつも通り研究所の門をくぐった。
◇
コンコン。
『千春、聞いたぞ!』
『....ジャック?』
自分の研究室の扉を開けて準備していたところにノックの音が響いて、返事も待たずにドアが開く。
ズカズカ興奮気味に入ってきたのは、同僚のジャック。
『ついにやったそうじゃないか!完成したんだろ?治療薬』
『耳が早いね。...そうなんだ。やっといい結果が出てね。...患者に早く届けたいから、手続きをなるべく最短で進めたいと思っているところだ』
『そうか!さすがじゃないか。これで、救われる命があるぞ!』
『...ああ。そうだね。ありがとう』
千春は、笑顔で答えた。
ジャックは千春と肩を組んで、また明るく言った。
『今日はお祝いだな!うまいものでも食べに行こう!奢るぞ!ガハハ!』
『...ありがたいけど、ジャック。いいのかい?』
『ん?』
尋ねても、彼は首を傾げててんでわかっていない風だ。千春は苦笑する。やんわりとでは伝わらなかった意図を、今度は明確に伝えた。
『...だって、今日はクリスマスだろう。...奥さんにプレゼントでも買っていって、ロマンチックに過ごしたらどうだい?』
その言葉で、口をあんぐり開けたジャックが取り乱した。
『ああ!た、大変だぁ!またしばらく口を聞いてもらえなくなるところだった!...すまん、千春!完成のお祝いはまた今度だ。今日のところは、毎日頑張ってくれてる嫁さんと仲良く過ごすことにするよ』
ガバリと手を合わせて、申し訳なさそうにする。
千春は優しく笑って答えた。
『はは。ああ、それがいいよ。奥さんもきっと喜ぶよ』
『そうか?...まぁ、あいつは普段強気なのに、そう言う時はこう、しおらしくなるのが可愛いんだよな。...あー嫁さんに会いたくなってきた。今日はさっさと仕事を終わらせて、家に帰らなきゃな』
『ああ。いいと思うよ』
ジャックは千春に背を向け、顔だけ振り返りながら、後ろでに手を振った。
『教えてくれてサンキュー、千春。メリークリスマス!』
『メリークリスマス、ジャック』
豪快に現れて豪快に去っていく同僚を、手を振り見送る。
嵐の去った後のように、シンと静まり返る室内で...千春は机に視線を滑らせる。
そして、写真立てに向かって、独りごちた。
「...メリークリスマス、花乃」
****
コツコツ...コツコツ...。
国立研究所の門をくぐり、エントランスのドアを通って響く小さな足音。受付の前でピタリと止まった。
『...ごきげんよう。突然失礼します。千春...手越 千春は、この研究所に在籍していますか?』
『...ええ、いらっしゃいますよ』
『...案内願えますか?...私はーー』
◇
コツコツ...コツコツ。
「...ここ、ね」
...コンコン。...ガチャ。
千春の研究室の扉がまたノックされる。
再び返事を待たずにドアが開いた。今度は少し遠慮がちに。
仕事を始めるため備品をとりに棚の方へ歩いていた千春は、後ろでに返事を返す。
先ほど出て行ったジャックが戻ってきたのかと思っていたのだ。
しかしーー。
『...なんだい、ジャック。忘れ物かい?』
「....ふふ。足音、変わらないね。...千春」
「.....え?」
「....やっと、見つけた。....私の前から消えるなんて、許さないから」
千春は、背後から響いた聞き覚えのある声に...ピタリと動きを止めて、しばらく動くことができなかった。
やがて、ギギギとブリキのおもちゃのような動きで振り返り....綺麗な目を大きく見開く。
そこに立っていたのはーー。
「....花乃?」
「....うん、うん!花乃だよ、千春!...会いたかったぁ」
満面の笑みで、でも目に涙をいっぱいに溜めながら。
花乃はそこに立っていた。
タタタ...っ!!!
そして、千春のもとまで走り寄るとガバッと千春の大きな胸に飛び込む。腕を千春の背に回し、ぎゅうと力強く抱きついた。もうはなさないからとでも言うように。
「...花乃?...花乃....本当に、君なのか?」
「....もちろん、本当よ。...ほら。ね?」
未だ信じられずに震えている千春に、花乃は胸に押し付けていた顔を少しはなして....でも、体は密着したまま。彼の顔を見上げた。
花乃の目が見えるようになって...二人は初めて、目をしっかりと合わせて見つめ合うーー。
至近距離で見つめたその顔は、確かに千春の知る....毎日毎日夢にまで見ていた、あの花乃だった。
「....花乃」
髪が少し伸びただろうか。化粧をして、綺麗な髪の毛は編み込み後ろでゆるくひとつにまとめている。
(....もともと美人だったけど)
おぼこさが抜けて、すっかり大人の女性だ。
「...すごく綺麗になったな、花乃」
「...えへへ」
「...本当に、見えるようになったんだな。...良かった」
千春は優しげに目を細めて、花乃の顔にかかった後毛を耳にそっとかける。
花乃は目を閉じて...久しぶりに肌に触れる千春の体温を感じた。
「...ありがとう。...千春のおかげだよ」
「........」
千春は、何も答えなかった。答えられなかった。
もう花乃は、全てを知っている。
千春の家族のことも、病院のことも。
千春がずっと花乃についていた、嘘のことも。
花乃が閉じていた目をそっと開けて、また千春をじっと見つめる。
「.....ん?」
いつもの穏やかな、包み込むみたいな声音で、千春は花乃に尋ねた。
「...ううん。千春かっこいいなって。...看護師さんたちがキャーキャー言ってたの、わかる」
唐突に褒められて、千春が弾かれたみたいな顔をする。
「ねぇ...千春?...今日、クリスマスだよね?」
花乃は再び千春の胸に顔を押し付けながら、ゆっくりと確かめる。
「...ああ」
「...良かった。間に合って」
「.........」
ーー出会ってちょうど25年後...『約束の日』に。
「.....なぁ、花乃。....ご飯でも、食べに行かないか?」
千春の言葉に、ガバッと勢いよく顔を上げた花乃が顔を明るく輝かせる。
(ああ...本当に花乃だ)
さっき確かに思ったはずなのに、以前と変わらず素直な花乃を目の当たりにして、じわじわと実感が押し寄せてきた。
「...仕事、早く終わらせるから。...そこ座って待ってて?」
千春は研究室の来客用の、黒い革張りのソファを指さす。
「うん!わかった!...お仕事の邪魔にならないように大人しくしてるね」
子供みたいに笑って、明らかにテンションが上がった花乃に、千春の頬はさらに緩んだ。
花乃の好きなフルーツジュース。
千春が研究所で働くようになって、ずっと冷蔵庫に常備されている飲み物。
もともとあまり飲まなかったものだが、花乃と会わなくなって急に千春はこのジュースを飲むようになった。
「....ん。これ飲んでて。好きだろ?」
「わぁ!うん、大好き。ありがとう、千春」
千春は微笑んで、ソファに座らせた花乃の膝にあたたかなブランケットをふわりとかける。
そして、そっと花乃の頬を指の背で撫でた。
いつもしていたみたいに。
花乃は、さも当たり前みたいにそれを受け止める。
「...まだおかわり、あるから。欲しかったらそこの冷蔵庫、開けてみて」
「...はぁい」
なるべく早く仕事を切り上げるために千春は奥の部屋へと進んでいった。
ガチャ。
「...寒いな」
早朝の通りは静まり返っている。
はぁと吐いた息は真っ白で....ロングコートの合わせ目をギュッと握って千春は足早に歩いた。
季節は冬。毎日そこかしこで、クリスマスの音楽が流れて、寄り添い合うカップルが目に入る。
すっかり街はクリスマスモードだ。
千春は、いつも通り研究所の門をくぐった。
◇
コンコン。
『千春、聞いたぞ!』
『....ジャック?』
自分の研究室の扉を開けて準備していたところにノックの音が響いて、返事も待たずにドアが開く。
ズカズカ興奮気味に入ってきたのは、同僚のジャック。
『ついにやったそうじゃないか!完成したんだろ?治療薬』
『耳が早いね。...そうなんだ。やっといい結果が出てね。...患者に早く届けたいから、手続きをなるべく最短で進めたいと思っているところだ』
『そうか!さすがじゃないか。これで、救われる命があるぞ!』
『...ああ。そうだね。ありがとう』
千春は、笑顔で答えた。
ジャックは千春と肩を組んで、また明るく言った。
『今日はお祝いだな!うまいものでも食べに行こう!奢るぞ!ガハハ!』
『...ありがたいけど、ジャック。いいのかい?』
『ん?』
尋ねても、彼は首を傾げててんでわかっていない風だ。千春は苦笑する。やんわりとでは伝わらなかった意図を、今度は明確に伝えた。
『...だって、今日はクリスマスだろう。...奥さんにプレゼントでも買っていって、ロマンチックに過ごしたらどうだい?』
その言葉で、口をあんぐり開けたジャックが取り乱した。
『ああ!た、大変だぁ!またしばらく口を聞いてもらえなくなるところだった!...すまん、千春!完成のお祝いはまた今度だ。今日のところは、毎日頑張ってくれてる嫁さんと仲良く過ごすことにするよ』
ガバリと手を合わせて、申し訳なさそうにする。
千春は優しく笑って答えた。
『はは。ああ、それがいいよ。奥さんもきっと喜ぶよ』
『そうか?...まぁ、あいつは普段強気なのに、そう言う時はこう、しおらしくなるのが可愛いんだよな。...あー嫁さんに会いたくなってきた。今日はさっさと仕事を終わらせて、家に帰らなきゃな』
『ああ。いいと思うよ』
ジャックは千春に背を向け、顔だけ振り返りながら、後ろでに手を振った。
『教えてくれてサンキュー、千春。メリークリスマス!』
『メリークリスマス、ジャック』
豪快に現れて豪快に去っていく同僚を、手を振り見送る。
嵐の去った後のように、シンと静まり返る室内で...千春は机に視線を滑らせる。
そして、写真立てに向かって、独りごちた。
「...メリークリスマス、花乃」
****
コツコツ...コツコツ...。
国立研究所の門をくぐり、エントランスのドアを通って響く小さな足音。受付の前でピタリと止まった。
『...ごきげんよう。突然失礼します。千春...手越 千春は、この研究所に在籍していますか?』
『...ええ、いらっしゃいますよ』
『...案内願えますか?...私はーー』
◇
コツコツ...コツコツ。
「...ここ、ね」
...コンコン。...ガチャ。
千春の研究室の扉がまたノックされる。
再び返事を待たずにドアが開いた。今度は少し遠慮がちに。
仕事を始めるため備品をとりに棚の方へ歩いていた千春は、後ろでに返事を返す。
先ほど出て行ったジャックが戻ってきたのかと思っていたのだ。
しかしーー。
『...なんだい、ジャック。忘れ物かい?』
「....ふふ。足音、変わらないね。...千春」
「.....え?」
「....やっと、見つけた。....私の前から消えるなんて、許さないから」
千春は、背後から響いた聞き覚えのある声に...ピタリと動きを止めて、しばらく動くことができなかった。
やがて、ギギギとブリキのおもちゃのような動きで振り返り....綺麗な目を大きく見開く。
そこに立っていたのはーー。
「....花乃?」
「....うん、うん!花乃だよ、千春!...会いたかったぁ」
満面の笑みで、でも目に涙をいっぱいに溜めながら。
花乃はそこに立っていた。
タタタ...っ!!!
そして、千春のもとまで走り寄るとガバッと千春の大きな胸に飛び込む。腕を千春の背に回し、ぎゅうと力強く抱きついた。もうはなさないからとでも言うように。
「...花乃?...花乃....本当に、君なのか?」
「....もちろん、本当よ。...ほら。ね?」
未だ信じられずに震えている千春に、花乃は胸に押し付けていた顔を少しはなして....でも、体は密着したまま。彼の顔を見上げた。
花乃の目が見えるようになって...二人は初めて、目をしっかりと合わせて見つめ合うーー。
至近距離で見つめたその顔は、確かに千春の知る....毎日毎日夢にまで見ていた、あの花乃だった。
「....花乃」
髪が少し伸びただろうか。化粧をして、綺麗な髪の毛は編み込み後ろでゆるくひとつにまとめている。
(....もともと美人だったけど)
おぼこさが抜けて、すっかり大人の女性だ。
「...すごく綺麗になったな、花乃」
「...えへへ」
「...本当に、見えるようになったんだな。...良かった」
千春は優しげに目を細めて、花乃の顔にかかった後毛を耳にそっとかける。
花乃は目を閉じて...久しぶりに肌に触れる千春の体温を感じた。
「...ありがとう。...千春のおかげだよ」
「........」
千春は、何も答えなかった。答えられなかった。
もう花乃は、全てを知っている。
千春の家族のことも、病院のことも。
千春がずっと花乃についていた、嘘のことも。
花乃が閉じていた目をそっと開けて、また千春をじっと見つめる。
「.....ん?」
いつもの穏やかな、包み込むみたいな声音で、千春は花乃に尋ねた。
「...ううん。千春かっこいいなって。...看護師さんたちがキャーキャー言ってたの、わかる」
唐突に褒められて、千春が弾かれたみたいな顔をする。
「ねぇ...千春?...今日、クリスマスだよね?」
花乃は再び千春の胸に顔を押し付けながら、ゆっくりと確かめる。
「...ああ」
「...良かった。間に合って」
「.........」
ーー出会ってちょうど25年後...『約束の日』に。
「.....なぁ、花乃。....ご飯でも、食べに行かないか?」
千春の言葉に、ガバッと勢いよく顔を上げた花乃が顔を明るく輝かせる。
(ああ...本当に花乃だ)
さっき確かに思ったはずなのに、以前と変わらず素直な花乃を目の当たりにして、じわじわと実感が押し寄せてきた。
「...仕事、早く終わらせるから。...そこ座って待ってて?」
千春は研究室の来客用の、黒い革張りのソファを指さす。
「うん!わかった!...お仕事の邪魔にならないように大人しくしてるね」
子供みたいに笑って、明らかにテンションが上がった花乃に、千春の頬はさらに緩んだ。
花乃の好きなフルーツジュース。
千春が研究所で働くようになって、ずっと冷蔵庫に常備されている飲み物。
もともとあまり飲まなかったものだが、花乃と会わなくなって急に千春はこのジュースを飲むようになった。
「....ん。これ飲んでて。好きだろ?」
「わぁ!うん、大好き。ありがとう、千春」
千春は微笑んで、ソファに座らせた花乃の膝にあたたかなブランケットをふわりとかける。
そして、そっと花乃の頬を指の背で撫でた。
いつもしていたみたいに。
花乃は、さも当たり前みたいにそれを受け止める。
「...まだおかわり、あるから。欲しかったらそこの冷蔵庫、開けてみて」
「...はぁい」
なるべく早く仕事を切り上げるために千春は奥の部屋へと進んでいった。
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