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ハシビロコウは諦めた恋に身を焦がす
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「...我が国は戦争をやめたはずです」
体躯のしっかりした若い男性が、声を荒げた。
「...ああ。もちろん、戦争はしない。だが...国が必ず安全かと言われれば、答えは否だ。ゆめゆめ、忘れるな」
獰猛な声が、室内にこだまする。
「...わかっています。そのために、我々は秘密裏に国を守っている。...自分たちの立場は、弁えているつもりです」
自分に言い聞かせるように男性が言った。
「...それでいい。...戻れ」
「...はっ」
ピシッと敬礼をして、男性は部屋をあとにした。
残ったのは、上司と思われるこの部屋の主のみ。
「...あと、一週間か」
また、誕生日がやってくる。そろそろ手紙が届く頃だ。
次の帰還は、三日後。一度帰宅して...新たな任務の時まで家で過ごす。
「...今年も、“彼女“は入っているだろうか」
ーー自分の、『花嫁候補者』の中に。
「...桜子さん」
男の口から、女性の名が紡がれるーー。
男はそっと目を閉じて、思い出す。
去年の出来事をーー。
****
「えー、樋口 恵子さんは趣味が生花でーー...」
(...まだ続くのか)
豪華絢爛、広く、綺麗なホールの真ん中で。太い腕を組み、形のいい唇をかたく引き結ぶ男。
ハッキリ存在を主張する眉は寄せられ、眉間に深く皺をつくっている。瞳はよく見れば暗めのブラウンだが、パッと見たら黒に見える。鼻は高く通っていて、肌は少し日に焼けた健康的な色。瞳と同じ色の黒に見える髪は短く清潔感のある長さで切られている。体躯がよく、きちんとスーツを着たうえからでもバランスよく筋肉がついた体が想像できた。
全体的にキリッとした印象で、男らしい精悍な顔立ち。眉が寄っている今は特に、威圧的なオーラを放っていた。
「....えー、次は20人目の方...。ひぃっ」
明らかに不機嫌なオーラを放つこの威圧的な男とふと目が合った、スクリーン横に立つ役人が小さく震える。
「おい。だから、おめぇ、こえーよ。顔、鏡で見たらどうだ、青司」
隣から呆れ返った声が聞こえる。
同じ日に『花嫁選定会』にやってきた一宮琥太郎(いちみや こたろう)。虎獣人だ。
同じく獣人の鸛野 青司(こうの せいじ)は、注意されてさらに不機嫌そうに口をへの字に曲げた。
「...きちんと出てきただろ」
この場に出てきたくなかったと言いたげな発言に、琥太郎は肩をすくめる。
青司はハシビロコウの獣人だ。
毎年呼ばれる『花嫁選定会』に嫌気がさしている獣人は多い。青司もその一人だった。
青司は今年で32歳。この場に来るのはもう15回目。
毎年拒否したい気持ちを抑えて、やってきているのを褒めてほしい。
大きくため息をつきそうになった瞬間。
結局、それが口から吐き出されることはなかった。
「...えー、コホン。次は..高山 桜子さん、22歳」
スクリーンに映し出された姿を見て、青司の眉間の皺が霧散する。言葉もなくじっとその姿を見つめ、役人の読み上げる彼女の情報を、青司の耳が勝手に拾い上げていく。逃すまいとして。
(...たかやま...さくらこ)
役人も、隣の琥太郎も。その様子には気づかない。
青司が、気づかれないようにしていた。
グッと唇を噛み締めて、再び青司の眉間の皺が刻まれる。
(.....素敵な、人だ。だが...)
ーー自分が見初めたところで、彼女は幸せになれるだろうか。
自分の仕事柄、結婚したとて長く家を空けることになる。....一人の家で、彼女は寂しくないだろうか。
青司が、この法に反発する理由はいくつかあった。
でも一番大きかったのは、自分のような人間が『花嫁』を幸せにできると思えなかったこと。
青司は、諜報員。秘密裏に、他国の情報を集める仕事をしている。国益のため、というのもあるが...最も重大な任務は他国が我が国に攻め入る隙を与えないことだ。
戦争をしないと決めたとて、他国がそれを狙って突然攻め入ってくることが0%とは言えなかった。
だから、青司が長として束ねる諜報部隊は誰にも告げられずに。ひっそりと。招集され...いつも国を他国の脅威から守っていた。
長い時で数ヶ月は家に戻らないことがザラにある。もしかすると今後、年単位で家を空けることがないとも言い切れない。
(.....諦めよう)
青司は、その場で俯き、精神を無にした。耳からも、目からも。情報を集めることをストップしたくて。
****
結局、その『選定会』から数日して、青司はまた他国へ出て行った。
だがーー。
そこから、青司はどうも自分が変になった感覚がして仕方なかった。
何をしても、何を食べても、何を聞いても。
スクリーンに映し出されていた彼女の姿が、目の前にチラついて。気づけばいつも彼女のことを考えていたのだ。
さすがの青司も、降参した。
あまりにも、彼女のことが気になりすぎて、仕事にも身が入らない。
こんなことなら、あの時、あの日に。
彼女のもとまで押しかけて求婚すべきだった。
青司は決めた。
ーー彼女が...彼女がほしい。
ーー彼女を自分の『花嫁』にする。
家に帰れないなら、毎日何回でもメールや電話で連絡してやればいいではないか。
手紙や写真を送るのはどうだろう。
その国々で彼女に似合いそうなものを探して、全部お土産で持って帰ったら喜ぶかもしれない。
本当に...自分はどうしてこんな簡単なことに気づけなかったのか。
彼女を寂しくさせないように、自分が配慮してやればいいだけだったのに。
そして、次の帰還でと考えていたら...トラブルが重なり。他国から他国へ、国をハシゴして諜報に出るハメになり。
結局、あれから一年の月日が流れてしまったのだーー。
「...やっとだ。やっと、君と」
青司は、決意を込めた声でポツリ呟いた。
体躯のしっかりした若い男性が、声を荒げた。
「...ああ。もちろん、戦争はしない。だが...国が必ず安全かと言われれば、答えは否だ。ゆめゆめ、忘れるな」
獰猛な声が、室内にこだまする。
「...わかっています。そのために、我々は秘密裏に国を守っている。...自分たちの立場は、弁えているつもりです」
自分に言い聞かせるように男性が言った。
「...それでいい。...戻れ」
「...はっ」
ピシッと敬礼をして、男性は部屋をあとにした。
残ったのは、上司と思われるこの部屋の主のみ。
「...あと、一週間か」
また、誕生日がやってくる。そろそろ手紙が届く頃だ。
次の帰還は、三日後。一度帰宅して...新たな任務の時まで家で過ごす。
「...今年も、“彼女“は入っているだろうか」
ーー自分の、『花嫁候補者』の中に。
「...桜子さん」
男の口から、女性の名が紡がれるーー。
男はそっと目を閉じて、思い出す。
去年の出来事をーー。
****
「えー、樋口 恵子さんは趣味が生花でーー...」
(...まだ続くのか)
豪華絢爛、広く、綺麗なホールの真ん中で。太い腕を組み、形のいい唇をかたく引き結ぶ男。
ハッキリ存在を主張する眉は寄せられ、眉間に深く皺をつくっている。瞳はよく見れば暗めのブラウンだが、パッと見たら黒に見える。鼻は高く通っていて、肌は少し日に焼けた健康的な色。瞳と同じ色の黒に見える髪は短く清潔感のある長さで切られている。体躯がよく、きちんとスーツを着たうえからでもバランスよく筋肉がついた体が想像できた。
全体的にキリッとした印象で、男らしい精悍な顔立ち。眉が寄っている今は特に、威圧的なオーラを放っていた。
「....えー、次は20人目の方...。ひぃっ」
明らかに不機嫌なオーラを放つこの威圧的な男とふと目が合った、スクリーン横に立つ役人が小さく震える。
「おい。だから、おめぇ、こえーよ。顔、鏡で見たらどうだ、青司」
隣から呆れ返った声が聞こえる。
同じ日に『花嫁選定会』にやってきた一宮琥太郎(いちみや こたろう)。虎獣人だ。
同じく獣人の鸛野 青司(こうの せいじ)は、注意されてさらに不機嫌そうに口をへの字に曲げた。
「...きちんと出てきただろ」
この場に出てきたくなかったと言いたげな発言に、琥太郎は肩をすくめる。
青司はハシビロコウの獣人だ。
毎年呼ばれる『花嫁選定会』に嫌気がさしている獣人は多い。青司もその一人だった。
青司は今年で32歳。この場に来るのはもう15回目。
毎年拒否したい気持ちを抑えて、やってきているのを褒めてほしい。
大きくため息をつきそうになった瞬間。
結局、それが口から吐き出されることはなかった。
「...えー、コホン。次は..高山 桜子さん、22歳」
スクリーンに映し出された姿を見て、青司の眉間の皺が霧散する。言葉もなくじっとその姿を見つめ、役人の読み上げる彼女の情報を、青司の耳が勝手に拾い上げていく。逃すまいとして。
(...たかやま...さくらこ)
役人も、隣の琥太郎も。その様子には気づかない。
青司が、気づかれないようにしていた。
グッと唇を噛み締めて、再び青司の眉間の皺が刻まれる。
(.....素敵な、人だ。だが...)
ーー自分が見初めたところで、彼女は幸せになれるだろうか。
自分の仕事柄、結婚したとて長く家を空けることになる。....一人の家で、彼女は寂しくないだろうか。
青司が、この法に反発する理由はいくつかあった。
でも一番大きかったのは、自分のような人間が『花嫁』を幸せにできると思えなかったこと。
青司は、諜報員。秘密裏に、他国の情報を集める仕事をしている。国益のため、というのもあるが...最も重大な任務は他国が我が国に攻め入る隙を与えないことだ。
戦争をしないと決めたとて、他国がそれを狙って突然攻め入ってくることが0%とは言えなかった。
だから、青司が長として束ねる諜報部隊は誰にも告げられずに。ひっそりと。招集され...いつも国を他国の脅威から守っていた。
長い時で数ヶ月は家に戻らないことがザラにある。もしかすると今後、年単位で家を空けることがないとも言い切れない。
(.....諦めよう)
青司は、その場で俯き、精神を無にした。耳からも、目からも。情報を集めることをストップしたくて。
****
結局、その『選定会』から数日して、青司はまた他国へ出て行った。
だがーー。
そこから、青司はどうも自分が変になった感覚がして仕方なかった。
何をしても、何を食べても、何を聞いても。
スクリーンに映し出されていた彼女の姿が、目の前にチラついて。気づけばいつも彼女のことを考えていたのだ。
さすがの青司も、降参した。
あまりにも、彼女のことが気になりすぎて、仕事にも身が入らない。
こんなことなら、あの時、あの日に。
彼女のもとまで押しかけて求婚すべきだった。
青司は決めた。
ーー彼女が...彼女がほしい。
ーー彼女を自分の『花嫁』にする。
家に帰れないなら、毎日何回でもメールや電話で連絡してやればいいではないか。
手紙や写真を送るのはどうだろう。
その国々で彼女に似合いそうなものを探して、全部お土産で持って帰ったら喜ぶかもしれない。
本当に...自分はどうしてこんな簡単なことに気づけなかったのか。
彼女を寂しくさせないように、自分が配慮してやればいいだけだったのに。
そして、次の帰還でと考えていたら...トラブルが重なり。他国から他国へ、国をハシゴして諜報に出るハメになり。
結局、あれから一年の月日が流れてしまったのだーー。
「...やっとだ。やっと、君と」
青司は、決意を込めた声でポツリ呟いた。
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