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白熊は過去に囚われる君に愛を乞う
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朝の静けさの中、砂を踏む足音。
その中に、二人分の息づかいと上着が擦れる衣擦れの音が混じり合う。
歴史ある寺の中を、詞葉と...彼女を支えるように寄り添う冬真が歩いていく。
「ここ、かな」
「....俺、ここで待ってるよ」
墓石が並ぶ場所に辿り着く。
入り口の手前で冬真とわかれ、詞葉はひとり中に入っていった。片手には花を携えて。
◇
奥まで進んで、右に曲がった先。
そこに、祐介の墓があった。
「...久しぶり。ごめんね、ずっと会いに来られなくて」
コトリ、と水の入った手桶と柄杓を置いて、まずは手を合わせる。
何度も何度も、通った場所。
けれど、結婚が決まってから、合わせる顔がない気がして。足が遠ざかっていた。
サァーッと、祐介の墓と詞葉の間を爽やかな風が吹き抜けていく。詞葉の長い髪がふわりと舞った。
何かが頬を撫でていく感覚がした。
「.............」
詞葉は、考えるように墓を見つめてーー。
静かに立ち上がった。
桶から水をすくって、墓石にかけ、綺麗にしていく。
そうして、全てを終えて...花を供えたところで
再び墓の前に腰をおとして...大切な友人に、語りかけた。
「....祐介くん、私ね」
ーー好きな人ができたの。
「私...その人のお嫁さんになりたい。今日、帰ったら伝えようと思うの。私の気持ち」
詞葉の視界が、揺れる。
俯きそうになる顔を、必死に上げた。
約束したのに。誓ったのに。
破ってしまってごめんなさい。
抑えられなくて....
好きになって...ごめんなさい。
幸せになりたいと...
願ってしまって....
「...自分勝手で...ごめんなさい」
ザァーッ。
再び風が二人の間を吹き抜けてーー。
さっきよりも冷たく。肌寒く感じる。
◇
カタリ。
「...詞葉、ちゃん?」
じっと墓を見つめ続けていたら、すぐそばから声がかかった。
パッと振り返れば、そこにはよく知る人物が居た。
「....おばさま」
「....久しぶりね。...祐介に会いに来てくれたの?」
「はい...」
「ありがとう...」
それは、祐介の母・陽子だった。
陽子は、同じく手桶と柄杓、お供えの花などを手に持って、静かに詞葉の側に歩み寄る。
懐かしい。この、笑ったときに垂れる目尻。
陽子と祐介はそっくりだ。
「詞葉ちゃん...綺麗になったわね」
「え...」
「以前、会ったのは随分前だけど。...会わない間に、すっかり大人の女性になった」
「ありがとう、ございます....」
カサッ、と詞葉の並べた花のすぐ横に、持ってきたものを供える。
視線はそのまま墓に向けながら、陽子は言った。
「....結婚、したんだって?」
ピクリ。
思わず肩が跳ねて、知らず知らず拳に力が入る。
そんな様子を横目で見た陽子が、ガサガサと自身の鞄を探り始めた。
「....詞葉ちゃん、これ」
取り出したもの。それは、1通の手紙。
ラベンダー色の封筒に、ラベンダーが描かれた便箋が入っていた。
「...今まで渡せなくて。ごめんなさい」
「........これ」
陽子は、コクリ頷いた。
「祐介から、詞葉ちゃんに」
「祐介、くんから...」
「ええ。...あの子、亡くなる前にあなたに手紙を残していたの。でも、私....渡せなかった」
「..........」
「口では、あなたのせいでないと言いながら。....あなたを祐介に縛り付けておきたかった。.....あの子が亡くなっても、祐介と同じ年の子たちは元気に成長して大きくなっていく。...もちろん、詞葉ちゃんも」
「.........」
「...そんなこと、祐介には止まってしまった時間が、あなたたちには流れているんだから、当然なのに。私....何だかたまらなくなってしまって」
ーー時の流れの中で、いつかあの子は皆の記憶から消えていくのかなって。
「...おばさま」
「だから、私....あなたが罪悪感を感じていることを知りながら、わざと手紙を渡さなかった。罪の意識があったら、いつまでも祐介のことを覚えていてくれるかもしれないって」
「..........っ」
陽子は、寂しそうに微笑んだ。
「でもね、私、間違ってた。祐介に叱られちゃったわ」
「......え?」
「昔の夢を見たの。ほら、祐介が作ったマスコット」
「あ....女の子の形の。私、部屋に飾ってます」
祐介の写真やお鈴などと一緒に。
年月とともに黒く汚れてしまった部分があるが、昔、祐介にもらった大切なマスコットだった。
一瞬。目を見開いてから、陽子は優しげに目を細める。
「そう。...あれね、天使なの」
「....天使?」
「ふふ、ええ」
「わ、私....ずっと女の子のマスコットかと」
長い時間、勘違いしていて、恥ずかしくなった。
「ううん、無理もないわ。あの子一生懸命作ってたんだけど。なにせ、お裁縫なんてしたことなかったから。見た目は...こう言っちゃなんだけど、ちょっと不恰好....だったし」
「あ、そんな!私、可愛くて、本当に大好きで。ずっとカバンにつけてたくらいなんです。でも一度落としたことがあって。それから失くすのが怖くて、部屋に飾るように....」
「....そう。それだけ気に入ってくれて、大切にしてくれて。祐介、きっと喜んでるわ」
「.....はい」
「....祐介がマスコットを作ったときに言ってたの」
ーー詞葉ちゃんに幸せが訪れますように。
「....し、あわせ」
「ええ。天使のモチーフにしたのは、あの子なりに、天使が幸せを運んできてくれますようにって願いが込められているのよ」
「..........」
「....私、どうして忘れてたんだろうって恥ずかしくなった。あの子は、自分を覚えていて欲しいなんて願ってない。あの子が願っているのは、あなたの幸せ。....きっと、煮え切らずにずっとあなたを縛り付ける身勝手な私に、思い出させるために、あの子....夢を。私....そう思うのよ」
「....おばさま」
「ごめんなさい、詞葉ちゃん。これは、あなたのものよ。どうか....読んであげてちょうだい」
そう言って、陽子はお墓に手を合わせた。
長い間、閉じていた目が開いたとき、満足気な笑みが溢れていた。
三度目の風が吹き抜けて....
カスミソウの花を一輪、掬い上げる。
ふわりと風にのった花は....太陽の光と交わって、詞葉の視界から消えていったーー。
◇
『
詞葉ちゃん。
元気にしていますか?
笑ってますか?
....あの日、意地悪してごめん。
君が、どこかに行ってしまいそうで
怖くなったんだ。
『ずっと僕を見ていてよ』なんて...
優しい君が拒否できるはずないのに。
ねぇ、詞葉ちゃん。
君は自由だ。
どこでも、好きなところに行って
いいんだよ。
僕、病気になって思い出したんだ。
詞葉ちゃんの笑顔と....
目を離したらすぐに手の届かない
ところまで行ってしまいそうな
強さが好きだったんだって。
僕はね、僕に囚われて笑顔になれない
君なんて見たくない。
君の、笑顔を見ていたいんだ。
僕のこと...たまに思い出してくれたら、
それでいいから。
だから....一度きりの人生を自由に歩いて。
そうだな。
最後にワガママ言えるなら....
君を大切に、大切にしてくれる人と
出会ってほしい。
君を毎日笑顔にしてくれる人に。
ね、詞葉ちゃん。
君は素敵な人だからきっと出会える。
僕が保証するよ。
』
朝の静けさの中、砂を踏む足音。
その中に、二人分の息づかいと上着が擦れる衣擦れの音が混じり合う。
歴史ある寺の中を、詞葉と...彼女を支えるように寄り添う冬真が歩いていく。
「ここ、かな」
「....俺、ここで待ってるよ」
墓石が並ぶ場所に辿り着く。
入り口の手前で冬真とわかれ、詞葉はひとり中に入っていった。片手には花を携えて。
◇
奥まで進んで、右に曲がった先。
そこに、祐介の墓があった。
「...久しぶり。ごめんね、ずっと会いに来られなくて」
コトリ、と水の入った手桶と柄杓を置いて、まずは手を合わせる。
何度も何度も、通った場所。
けれど、結婚が決まってから、合わせる顔がない気がして。足が遠ざかっていた。
サァーッと、祐介の墓と詞葉の間を爽やかな風が吹き抜けていく。詞葉の長い髪がふわりと舞った。
何かが頬を撫でていく感覚がした。
「.............」
詞葉は、考えるように墓を見つめてーー。
静かに立ち上がった。
桶から水をすくって、墓石にかけ、綺麗にしていく。
そうして、全てを終えて...花を供えたところで
再び墓の前に腰をおとして...大切な友人に、語りかけた。
「....祐介くん、私ね」
ーー好きな人ができたの。
「私...その人のお嫁さんになりたい。今日、帰ったら伝えようと思うの。私の気持ち」
詞葉の視界が、揺れる。
俯きそうになる顔を、必死に上げた。
約束したのに。誓ったのに。
破ってしまってごめんなさい。
抑えられなくて....
好きになって...ごめんなさい。
幸せになりたいと...
願ってしまって....
「...自分勝手で...ごめんなさい」
ザァーッ。
再び風が二人の間を吹き抜けてーー。
さっきよりも冷たく。肌寒く感じる。
◇
カタリ。
「...詞葉、ちゃん?」
じっと墓を見つめ続けていたら、すぐそばから声がかかった。
パッと振り返れば、そこにはよく知る人物が居た。
「....おばさま」
「....久しぶりね。...祐介に会いに来てくれたの?」
「はい...」
「ありがとう...」
それは、祐介の母・陽子だった。
陽子は、同じく手桶と柄杓、お供えの花などを手に持って、静かに詞葉の側に歩み寄る。
懐かしい。この、笑ったときに垂れる目尻。
陽子と祐介はそっくりだ。
「詞葉ちゃん...綺麗になったわね」
「え...」
「以前、会ったのは随分前だけど。...会わない間に、すっかり大人の女性になった」
「ありがとう、ございます....」
カサッ、と詞葉の並べた花のすぐ横に、持ってきたものを供える。
視線はそのまま墓に向けながら、陽子は言った。
「....結婚、したんだって?」
ピクリ。
思わず肩が跳ねて、知らず知らず拳に力が入る。
そんな様子を横目で見た陽子が、ガサガサと自身の鞄を探り始めた。
「....詞葉ちゃん、これ」
取り出したもの。それは、1通の手紙。
ラベンダー色の封筒に、ラベンダーが描かれた便箋が入っていた。
「...今まで渡せなくて。ごめんなさい」
「........これ」
陽子は、コクリ頷いた。
「祐介から、詞葉ちゃんに」
「祐介、くんから...」
「ええ。...あの子、亡くなる前にあなたに手紙を残していたの。でも、私....渡せなかった」
「..........」
「口では、あなたのせいでないと言いながら。....あなたを祐介に縛り付けておきたかった。.....あの子が亡くなっても、祐介と同じ年の子たちは元気に成長して大きくなっていく。...もちろん、詞葉ちゃんも」
「.........」
「...そんなこと、祐介には止まってしまった時間が、あなたたちには流れているんだから、当然なのに。私....何だかたまらなくなってしまって」
ーー時の流れの中で、いつかあの子は皆の記憶から消えていくのかなって。
「...おばさま」
「だから、私....あなたが罪悪感を感じていることを知りながら、わざと手紙を渡さなかった。罪の意識があったら、いつまでも祐介のことを覚えていてくれるかもしれないって」
「..........っ」
陽子は、寂しそうに微笑んだ。
「でもね、私、間違ってた。祐介に叱られちゃったわ」
「......え?」
「昔の夢を見たの。ほら、祐介が作ったマスコット」
「あ....女の子の形の。私、部屋に飾ってます」
祐介の写真やお鈴などと一緒に。
年月とともに黒く汚れてしまった部分があるが、昔、祐介にもらった大切なマスコットだった。
一瞬。目を見開いてから、陽子は優しげに目を細める。
「そう。...あれね、天使なの」
「....天使?」
「ふふ、ええ」
「わ、私....ずっと女の子のマスコットかと」
長い時間、勘違いしていて、恥ずかしくなった。
「ううん、無理もないわ。あの子一生懸命作ってたんだけど。なにせ、お裁縫なんてしたことなかったから。見た目は...こう言っちゃなんだけど、ちょっと不恰好....だったし」
「あ、そんな!私、可愛くて、本当に大好きで。ずっとカバンにつけてたくらいなんです。でも一度落としたことがあって。それから失くすのが怖くて、部屋に飾るように....」
「....そう。それだけ気に入ってくれて、大切にしてくれて。祐介、きっと喜んでるわ」
「.....はい」
「....祐介がマスコットを作ったときに言ってたの」
ーー詞葉ちゃんに幸せが訪れますように。
「....し、あわせ」
「ええ。天使のモチーフにしたのは、あの子なりに、天使が幸せを運んできてくれますようにって願いが込められているのよ」
「..........」
「....私、どうして忘れてたんだろうって恥ずかしくなった。あの子は、自分を覚えていて欲しいなんて願ってない。あの子が願っているのは、あなたの幸せ。....きっと、煮え切らずにずっとあなたを縛り付ける身勝手な私に、思い出させるために、あの子....夢を。私....そう思うのよ」
「....おばさま」
「ごめんなさい、詞葉ちゃん。これは、あなたのものよ。どうか....読んであげてちょうだい」
そう言って、陽子はお墓に手を合わせた。
長い間、閉じていた目が開いたとき、満足気な笑みが溢れていた。
三度目の風が吹き抜けて....
カスミソウの花を一輪、掬い上げる。
ふわりと風にのった花は....太陽の光と交わって、詞葉の視界から消えていったーー。
◇
『
詞葉ちゃん。
元気にしていますか?
笑ってますか?
....あの日、意地悪してごめん。
君が、どこかに行ってしまいそうで
怖くなったんだ。
『ずっと僕を見ていてよ』なんて...
優しい君が拒否できるはずないのに。
ねぇ、詞葉ちゃん。
君は自由だ。
どこでも、好きなところに行って
いいんだよ。
僕、病気になって思い出したんだ。
詞葉ちゃんの笑顔と....
目を離したらすぐに手の届かない
ところまで行ってしまいそうな
強さが好きだったんだって。
僕はね、僕に囚われて笑顔になれない
君なんて見たくない。
君の、笑顔を見ていたいんだ。
僕のこと...たまに思い出してくれたら、
それでいいから。
だから....一度きりの人生を自由に歩いて。
そうだな。
最後にワガママ言えるなら....
君を大切に、大切にしてくれる人と
出会ってほしい。
君を毎日笑顔にしてくれる人に。
ね、詞葉ちゃん。
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僕が保証するよ。
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