悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第11部】トヨノクニ黄金狂時代(ジパング・ラプソディ) ~技術と筋肉の力技で、数百年分の文明開化を「強制執行」しますわ~

第118話 贖罪の執権:泥にまみれた元将軍。剣を鍬に持ち替えて、民の笑顔を知る

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 トヨノクニ、オワリ領の農村地帯。
 早朝の澄んだ空気の中、一人の男が黙々と鍬を振るっていた。
 泥だらけの着物に、手ぬぐいを巻いた姿。手には無数のマメができ、顔は日焼けしている。どこからどう見ても、ただの初老の農夫だ。

 だが、通りがかる農民たちは、彼を見ると複雑な表情で足を止め、深々と頭を下げる。

「……おはようございます、アシカガ様」
「精が出ますな、執権殿」

 男――元・征夷大将軍にして、現・トヨノクニ執権、アシカガ・ムネノリは、汗を拭って穏やかに微笑んだ。

「ああ、おはよう。……今年の稲は良い。タカニシキの根がしっかりと張っている」

 彼はかつて、妖刀に操られ、この国から「食」を奪った張本人だ。
 その罪は重い。本来ならば切腹、あるいは打ち首になってもおかしくない大罪人だ。
 だが、レヴィーネとノブナガは彼に「死」ではなく「生きて償うこと」を命じた。

 『死んで詫びる? 甘えるな。土を耕し、米を作り、民の腹を満たす。……それがアンタの刑罰よ』

 あの日、瓦礫の山で食った塩むすびの味。それが、ムネノリの新たな指針となっていた。

 バシッ。
 背中に小石が当たった。
 振り返ると、親を飢えで亡くしたという子供たちが、憎しみの目で彼を睨んでいる。

「人殺し!」
「返せ! 父ちゃんを返せ!」

 ムネノリは怒ることもなく、悲しげに目を伏せ、そして深く頭を下げた。

「……すまない」

 彼は石を投げ返したりはしない。護衛の兵もつけさせていない。罵声も、石礫も、全て甘んじて受ける。それが彼の選んだ贖罪の道だからだ。

「……行くぞ、子供ら。あいつに関わるな」

 村の長老が子供たちを諭す。

「あの方は今、誰よりも働いておられる。……罪は消えんが、その汗は嘘をついとらん」

 ムネノリは再び鍬を握った。
 剣聖と呼ばれた腕は今、土を耕すためにある。人を斬る感触ではなく、命を育む手応え。それが、枯れ果てていた彼の心を少しずつ潤していた。

 だが、彼の一日はこれで終わりではない。
 泥を落とし、着替えた後には、さらなる地獄――「執務」という名の戦場が待っているのだ。

 ◆

 昼。オワリ城、行政執務室。
 ここには、トヨノクニの実務を一手に担う「胃痛四天王」が集結していた。
 室内は今日も今日とて、阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。

「予算が……! 予算が足りませぬ! レヴィーネ様が『温泉を掘るついでに山を一つ更地にした』せいで、土木課の予算が消し飛びました! 城壁の修復費を回すしかないが、それでは防衛が……ああもう計算などしたくない!」
 勘定奉行のマツダイラ・イエヤスが、頭を抱えて机に突っ伏し、獣のような唸り声を上げている。

「木材だ! 木材の調達はどうなっている!? ノブナガ様が『もっと派手に! もっと高く!』と仰るせいで、大工たちが逃げ出し始めておるぞ! それにレヴィーネ様が『浴場拡張計画』をねじ込んできた! 『一般開放するから黒鉄隊を使え』だと!? 彼らは農作業で手一杯だというのに!」
 普請奉行のハシバ・ヒデヨシが、図面の山に埋もれながら悲鳴を上げる。

「ええい、お前たち泣き言を言うな! 外交文書の山を見ろ! ノブナガ様が『来月の茶会までに南蛮渡来の菓子を百種類集めよ』などと仰るから、リョウマ殿への手配だけで徹夜だ! その上、近隣諸国からは『黒い船が怖い』『筋肉の女が怖い』という苦情の嵐! 私は三日寝ておらんのだぞ!」
 筆頭家老のアケチ・ミツヒデが、充血した目で羽根ペンをへし折る。

 そこへ、泥を落として着替えたムネノリが入ってきた。
 執権の執務服に着替えているが、その手にはまだ土の匂いが残っている。

「……皆、苦労をかけるな」

「ア、アシカガ様! 農作業は終わりましたか?」
「ああ。……して、状況は?」

 ムネノリが席に着くと、三人は堰を切ったように報告を始めた。どれもこれも、ノブナガとレヴィーネという二大台風が巻き起こす、常識外れの難題ばかりだ。

「……ふむ」

 ムネノリは書類に目を通し、静かに、しかし的確に指示を出した。
 かつての将軍としての政治手腕が、今は暴走する主君たちの尻拭いのために遺憾なく発揮されている。

「イエヤス。V&C商会への支払いは『タカニシキの現物支給』で相殺しろ。ミリア殿なら、市場価格より高く評価してくれるはずだ」
「ハッ! なるほど、その手が!」

「ヒデヨシ。浴場は黒鉄隊の『休養』名目で掘らせろ。自分たちが入る風呂なら、彼らも喜んで掘るだろう」
「おお! さすがです!」

「ミツヒデ。菓子は『ノブナガ様が飽きたら領民に配る』という名目で手配せよ。そうすれば、無駄にはならんし、民の人気取りにもなる」
「……御意。相変わらず、見事な采配で……」

 的確な指示で場を収めかけた、その時だった。
 執務室の扉がバーン! と開かれた。
 現れたのは、元凶の一人、オダ・ノブナガだ。

「おい、ムネノリ! それに三馬鹿ども! 面白いことを思いついたぞ!」

 四天王の背筋が凍る。
 「面白いこと」。それはすなわち、「デスマーチ」の合図だ。

「川を変えるぞ! キソ川の流れを捻じ曲げ、新たな運河を通す! そうすれば物流が倍増じゃ! ……期限は来月までな!」

「なっ……!?」
「無茶苦茶だぎゃあ!」
「予算が……人手が……!」

 卒倒しかける三人。
 だが、ムネノリだけは静かに茶を啜り、言った。

「……よかろう。やりましょう、ノブナガ殿」

「おお! 話がわかるな執権!」

「ただし。……その工事、貴殿自ら指揮を執っていただきます。現場で泥にまみれ、民と共に汗を流す。……それが条件です」

 ムネノリの瞳が、静かに光る。
 それは、かつて民を苦しめた為政者としての贖罪と、同じ過ちを二度と繰り返させないという決意の光だ。

「……フン。よかろう! 余とて、泥遊びは嫌いではないわ!」

 ノブナガが笑って去っていく。
 残された三人は、へなへなと座り込んだ。

「……助かりました、アシカガ様」
「あんたが大将でよかった……」
「ですが……これでまた仕事が増えましたな……」

 再び、重苦しい空気が執務室を支配する。
 ムネノリの手は機械のように動き、目の前に積まれた書類の塔を崩していく。彼の胃は、もはやキリキリと痛む段階を超え、無の境地に達していた。

(私は……何をしているのだ……)

 ふと、虚無感が彼を襲う。
 国を滅ぼしかけた罪滅ぼしとはいえ、この終わりのない労働。レヴィーネやノブナガが破壊と創造を繰り返すたびに増える仕事。
 我々は、ただ彼らの暴走の後始末をするだけの存在なのではないか?

「……失礼します」

 その時、執務室の窓から、音もなく一人の影が入ってきた。
 オダ家の忍び、カエデだ。
 彼女は、怒号飛び交う室内の空気を読んだのか、気配を完全に消してムネノリの机の横に立った。

「……V&C商会および豊穣慈愛講より、定期報告書でござる。……直接、執権殿へお渡しするようにと」

 カエデは、書類の山の一番上に、一通の封筒をそっと乗せると、再び音もなく姿を消した。

「……V&C商会だと?」

 ムネノリの眉間ピクリと動く。
 あの商会からの手紙ということは、十中八九「法外な請求書」か「新たな破壊活動の事後報告書」だ。
 イエヤスが「ひぃっ! また請求書ですか!?」と怯え、ミツヒデが「胃薬を……」と震える。

 ムネノリは覚悟を決めて、その封筒を手に取った。
 分厚い。重い。
 恐る恐る封を切り、中身を取り出す。
 だが、そこにあったのは、金貨の要求でも、謝罪文でもなかった。
 束ねられた羊皮紙の表紙には、こう書かれていた。

『トヨノクニ国民栄養状況報告書(第3四半期) 作成:ミリア・コーンフィールド』

「……栄養、報告書?」

 ムネノリは怪訝な顔でページをめくった。
 そこに記されていたのは、無機質な数字の羅列ではない。
 圧倒的な「生」のデータだった。

 ――農村部における乳幼児の死亡率:前年比80%減。
 ――アリス乳業による牛乳配給地域の平均体重:平均3キロ増。
 ――タカニシキ普及地域の病床数:激減。

 ページをめくるたびに、グラフが右肩上がりに伸びていく。
 それは、飢えに苦しんでいた民たちが、肉を取り戻し、健康を取り戻しているという、動かぬ証拠だった。

 そして、報告書の最後には、一枚の紙が添えられていた。
 それは、公式な文書ではない。
 どこかの村の子供が書いたであろう、拙い文字と、泥で汚れた絵。

『おさむらいさま、おいしいおこめをありがとう。おなかいっぱいです』

 その横には、アリスの丸っこい文字で、付箋が貼られていた。
 『ムネノリさんたちが頑張ってくれたおかげで、北の寒村にも牛乳が届いたよ! みんな笑ってるよ! お仕事ファイト!』

「…………」

 ムネノリの手が止まった。
 騒がしかった執務室の空気が、ふと変わった。
 イエヤスが、ヒデヨシが、ミツヒデが、心配そうにムネノリを覗き込む。

「……アシカガ様? いかがされましたか? まさか、桁外れの請求額が……?」

 ムネノリは答えなかった。
 ただ、震える指でその「子供の絵」を撫でた。

 かつて、自分が妖刀に操られ、奪い続けてきた民の笑顔。
 二度と取り戻せないと思っていた、国の体温。
 それが今、自分たちのこの「地獄のような事務作業」の果てに、確かに蘇りつつある。

 机の上に、ポタリ、と雫が落ちた。

 ムネノリは自分の頬に触れた。濡れていた。
 過労でも、胃痛でもない。
 胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。

「……報われた、な」

 ムネノリが、独り言のように呟いた。
 その声は、驚くほど優しく、穏やかだった。

「我々の苦労は……無駄ではなかった。……この書類の山の一つ一つが、民の血肉に変わっているのだ」

 ムネノリは報告書を広げ、三人に回した。
 イエヤスが数字を見て目を見開き、ヒデヨシが「おお……」と唸り、ミツヒデが眼鏡を外して目頭を押さえた。

 その瞬間だけ。
 怒号と悲鳴が渦巻く「胃痛四天王」の執務室に、奇跡のような静寂が訪れた。
 魔導通信機電話の呼び出し音も、部下の駆け込む音も、今は聞こえない。
 窓から差し込む夕日が、山積みの書類と、四人の中年男たちを黄金色に照らしている。

 そこにあるのは、ブラック企業の社畜の顔ではない。
 国を支え、民を生かすという大業を成し遂げつつある、誇り高き「為政者」たちの顔だった。

「……ふぅ」

 ムネノリは深く息を吐き、涙を拭った。
 そして、胃薬の瓶を机の引き出しにしまい、再び筆を執った。

「さあ、仕事に戻ろう。……我々が休めば、このグラフが下がってしまう」

「……へい、合点承知で!」
 ヒデヨシが、鼻をすすりながら力強く頷く。

「予算……なんとか捻出しましょう。子供たちの笑顔には代えられませんからな」
 イエヤスが、電卓を叩く手に力を込める。

「やれやれ……。あの無茶苦茶な魔王と聖女には、敵いませんな」
 ミツヒデが、苦笑しながら新しい羽根ペンを取り出す。

 再び、執務室にペンの走る音と、あわただしい喧騒が戻ってきた。
 だが、その空気は先ほどまでとは違う。
 悲壮感はない。
 彼らの背中には、確かな「希望」という名の湿布が貼られていた。

 (ありがとう、V&C商会。ありがとう、巫女連。……そして、レヴィーネ殿)

 ムネノリは心の中で感謝し、次なる書類の山へと立ち向かっていった。
 剣を鍬に、ペンに持ち替えた元将軍。
 彼の戦いは、まだ終わらない。
 だがその横顔は、かつての「剣聖」の頃よりも、ずっと強く、優しかった。
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