黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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四話

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その日の夜。
久々に、斑尾と風呂に入った。

ー術刻も、だいぶ落ち着いたなー

体に焼き付けた文字の痕が、薄くなり始めているのを確認し、頬を緩めた。

ーもう少ししたら、また強められるかな?ー

ーそうだな…あと一ヶ月くらいしたら出来るかもなー

湯船に浸かり、ホッと、息を吐きながら、ゆっくりと、体を暖めていると、小さな蜘蛛や鷹のような鳥、小さな葉など、色々なモノが窓から入ってきて、一緒に、湯に浸かり始めた。
その光景に、自然と微笑みが生まれた。
体が温まり、汗まで流れてくると、それらは、風呂場の窓から、外へと出ていった。
風呂場から出て、タオルを体に巻き付けたまま、ドライヤーで斑尾を乾かす。

ーこの感じ。久々ねー

ーあぁ。戻ったみたいだー

ドライヤーの風を受け、波打つ斑尾の毛を整える。
覚醒する前は、斑尾と風呂に入り、毛並みを整えていた。
互いに、それが好きだ。
種族が違っても、こんな風に、一緒に居て、楽しく過ごせている平和な日々は、斑尾達の望みだ
そんな斑尾達に、出来る限りに応える為、必死になっていた。

ーゴメンね?毎日出来なくてー

ー大丈夫だ。出来る時にすれば良いー

ーありがとうー

髪を拭きながら、部屋に戻り、久々に布団を敷き、静かな寝息を発てる斑尾のフサフサとした毛並みを撫でる。
正直、斑尾達といる時も楽しいが、雪椰達と過ごした時も楽しかった。
その記憶で、淋しさが込み上げてくる。
だが、斑尾達の願いを守りたい。

「強くなるからね」

その呟きが、暗闇に消え、斑尾に顔を埋めて、ゆっくりと眠りに落ちた。
次の日の朝早く。
菜門に叩き起こされ、準備をすると、すぐに家を出て、雪椰達と一緒に、鬱蒼と木々が生い茂る山の中を歩いていた。

「…まだ?」

「もう少しです」

先を行く雪椰が、振り返り、ニッコリ笑った。

「疲れた」

「なら、俺が抱えてあげようか?」

「ムリ」

伸びてきた皇牙の手を叩き落とし、シッシッと手を振った。

「蓮花さんは、他者に体を触られるのが嫌なんですか?」

雪椰の疑問に、首を傾げると、季麗が鼻を鳴らした。

「誰も触った事がないからだ。女なら、もっと、誘うように…」

「そうゆうのは、私に期待しないで」

季麗の話を遮断し、黙々と、山道を歩く。
瞬発的な運動なら得意なのだが、長時間の移動や断続的な運動は苦手だ。
特に山登りや森林散策など、似たような景色が続くのは、回復も早いのだが、疲れも出やすい。
現状、ゆっくり歩くのに、影千代までもが、気を遣い、ゆっくりと歩いている。
その姿に、小さな罪悪感が生まれたが、周りを見渡すと、影が見え、それらを払い捨てた。
次第に、周りの様子が変わり始めると、隣を歩く斑尾の表情が強張った。

ーどうしたの?ー

ー何でもないー

相変わらず、強張ったままの斑尾に、手を伸ばし、その頭を撫でた。

ー大丈夫。私がいるよ?ー

ーあぁ…蓮花ー

ーなに?ー

ー驚くなよー

斑尾に言われた意味が分からず、首を傾げた時、目の前が拓け、その先に広がる景色に、驚きで、固まってしまった。
そこには、古い造りの家々が、所狭しと並び、ひしめき合う。
その隙間を縫うように、石畳の道が通り、その脇の水路には、澄んだ水が、止まることなく流れている。
幼い頃、住んでいた村に、そっくりの景色を見つめ、脳裏には、その映像が、鮮明に写し出された。
浮かぶ映像と目の前の景色が重なり、次第に、懐かしさが生まれる。
これで、子供達の笑い声が響いていれば完璧だ。

「…い…んか…おい!蓮花!!」

すぐ近くに聞こえた羅偉の声で、我に返ると、季麗や影千代までもが、心配そうに、眉を寄せていた。

「大丈夫ですか?」

菜門に聞かれ、その景色を見つめ、目を細めた。

「はい。なんか、過去に空間移動したみたいで、ビックリしただけです」

「まぁ。街並みが古いからね」

「ここは?」

「妖かしの里だ」

「ふぅ~ん」

聞いておきながら、素っ気なく返事をして、ただ周りを見ながら歩く。
妖かしの里と呼ばれるだけあって、妖かしの姿しか見えない。
しかも、どの妖かしも、人を見下したような目付きをしている。
更には、季麗や皇牙の周りには、女の妖かしが集まり、雪椰や羅偉、影千代の周りには、男の妖かしが多く集まり、手は出さないが、彼等から引き離そうとしている。
これも、欲深く、生に執着した人が招いた結果だ。
妖かしに囲まれ、一歩も動けない雪椰達から離れ、その様子を見ていると、小さな声が聞こえてきた。

「半妖は汚いって、父ちゃんが言ってたぞ」

「俺の父ちゃんも言ってた」

「汚い半妖は、近付くな」

「半妖のクセに、生意気なんだよ」

狭い路地で、体の大きな子供が、体の小さな子供を突飛ばし、尻餅を着いた。
なんとも醜い。

ー助けないのか?ー

それをするのは、人ではない。

ー私じゃない。あれは、彼らの仕事だよー

羅偉が、尻餅を着き、泣き始めた子供に近付いた。

「てめぇら!何やってんだ!!」

怒鳴り声が響き、突き飛ばした子達は走り去った。
泣いている子供を立たせ、服に付いたチリを払うと、羅偉は、その子をじっと見つめた。

「強くなれ。馬鹿にされないように。強くなれ」

泣きじゃくる子供は、小さく頷いて、路地の奥へと姿を消した。
その背中を羅偉や皇牙達は、見えなくなるまで、じっと見つめていた。
その後、集まった妖かしを掻き分け、里の中心に向かって進んだ。
周りの家と違い、古く、重みのある雰囲気を醸し出している屋敷が見えた。

紅夜ベニヨ 阿華羽アゲハ妃乃環ヒノワ。辺りを探ってこいー

薄紅色の蝶と黒アゲハ、小さな緑の葉が、浴衣の袂から、ヒラヒラと抜け出て、飛んで行くのを横目で見送り屋敷に入った。
案内役の妖かしに、雪椰達と共に、広い部屋に案内され、縁側に胡座で座り、吹き込む風に目を閉じていた。

「お久し振りです。菜門様」

「本当にお久し振りですね。哉代ヤヨ

菜門と同じ、茶色の長い髪を後ろに束ねた男が、斜め後ろに正座をした。
雪椰達の所にも、それぞれ同じように、側近であろう妖かしが集まった。
季麗の所に来たのは、朱雀スザク、青色の髪と鋭い目付きの男。
皇牙の所には、ササ、群青色の長めの髪と少し垂れ目の男。
羅偉の所のマツは、大柄で、赤い短髪の男。
雪椰には、羅雪ラセツ、色白で銀髪の短い髪の男。
影千代が、アオイと呼ぶ男は、黒髪で鼻筋が通っていた。
自分たちの主と話ながらも、彼等からは、殺気が感じられる。

ー歓迎されてないねー

ー仕方ない。お前が、誰も選ばないから余計だろうー

ーでも、暴れちゃダメだね?ー

ー分かってるー

「…あれが、特別な力を持つ人間ですか」

横目で見ると、朱雀達は、季麗達に強く抗議し始めた。

「覚醒してから、もう一月ヒトツキが過ぎました。何故、どなたも契約されてないのですか」

「契約云々の前に、彼女が、俺らと、関わらないようにしてるみたいなんだよねぇ」

皇牙が余計なことを言ってしまい、朱雀達の目付きが変わり、殺気が強くなった。

「羅偉様、人間ごときに、何をもたついてるのですか」

「んな事言われても…近付くのも、ままならないんだぞ?」

茉に強く言われ、羅偉は、小さく肩を竦めた。

「非力な人間。妖かしである雪椰様が、その気になれば、契約など、すぐに果たせるはずです」

「そうは言いますが、警戒されては、契約処では、なくなってしまいます」

羅雪に詰め寄られ、雪椰は、腕を組んだ。

「早く契約を果たさなければ、里の存亡に関わります」

「分かってる。お前が焦るな」

焦ったように言う葵に、影千代は、溜め息をついた。

「季麗様の術で、なんとかならないのですか?」

「案ずるな。今に、俺の魅力に気付く」

心配そうにそう言った朱雀に、鼻を鳴らしながら、季麗は、妖艶な笑みを浮かべた。

「散々、遊びになられたのです。ここで、皇牙様のお力を示さなくて、どうするのですか」

「どうするって言われてもねぇ…結局は、それも使えないような状況だったし」

怒り口調の篠に、皇牙は、頭を掻きながら、困ったように眉を寄せた。
その後も、色々と言われていたが、雪椰達が気遣ったような態度を取り、朱雀達は、苛立ち始め、最終的には、哉代以外が立ち上がった。

「貴様。人間の分際で、手を煩わせてくれるなよ」

斑尾と微睡む後ろで、仁王立ちになり、朱雀達は怒りの矛先を変えた。

「貴様のような弱き者、我らが、その気になれば、ひとひねりだ」

彼等も、流れる時の中に、様々なことを忘れてしまっている。

「我らは、高貴な妖かし。貴様は、低族な人間なのだ。立場を考えろ」

次々に、人を愚弄する言葉を吐き出す。
そんな朱雀達に、雪椰達が、溜め息をついた瞬間、我慢の限界だった斑尾は、白い靄を起こしながら、妖かしの姿となり、牙を剥き出して、襲い掛かろうとした。
大きくなった胸元に抱きつくと、浴衣の袂から、飛び出した小さな蜘蛛も、白い靄を起こし、蜘蛛の妖かしになり、糸を張り巡らせ、その動きを封じた。

「慈雷夜!!もっと引っ張って!!」

「無理です!!これ以上耐えられません!!」

「蓮花様!!」

そこに鷹のような鳥、黒猫、狐、白蛇が姿を現し、それぞれが、妖かしの姿に変化すると、斑尾の体に抱き付き、一緒になって足止めをした。

「くそっ!!」

「腕千切れる!!」

「斑尾!!落ち着いて下さい!!」

「なんでこんな事になってんだよ!!」

叫びならがも、手助けをする五人と、大きくなった斑尾に、誰もが驚き、ただただ、その様子を見つめるだけだった。

「怒りに身を任せるな!!耐えろ!!斑尾!!」

怒りに染まった斑尾の耳には、どんな言葉も届かない。
鼻息を荒くし、眼前の朱雀達に、牙を剥き出し、唸り声を上げるだけだった。

「蓮花様!!限界です!!」

慈雷夜の糸が、プチンプチンと、切れ始めた。

「亥鈴ーーーー!!」

呼び掛けに応えるように、袂から式札が抜け出し、縁側の先に、黒い靄が上がり、大きな手が斑尾を捕らえた。

「全く。何をしておるのだ」

斑尾よりも大きく、真っ黒な牛の妖かしが姿を現し、安堵の息を吐いて、その場に座り込んだ。

「主に世話を焼かすなど、式としてあるまじき行為」

「主を愚弄されたのだぞ!!何故そうしていれるのだ!!」

「愚弄されている主が、落ち着いておられるのだ。それを我らが手を焼かせれば、本末転倒であろう」

ギャーギャーと、言い合いを始めた二人を見て、苦笑いしていると、慈雷夜が駆け寄った。

「大丈夫でしたか?」

「うん。なんとかね。あ~。一気に疲れた」

「斑尾を連れてきたのは、間違いだったな」

「そうだよ。僕らも一緒だったから良かったものの、もし、二人だけだったら、大変な事になってたよ?」

「でもさ。俺、斑尾の気持ちも分かるぜ?」

「そうですね。もし、私も同じ立場でしたら、暴れていたかもしれません」

「やめて。私がツラい」

力なく笑いながら、現れた妖かし達と、仲良く話をしているのを雪椰達は、その様子を見つめていた。
そんな時、襖が開き、長老と思われる年老いた妖かし達が、その光景に驚き、声を漏らした。

「これは…」

「一体…どうゆう事だ…」

その声に、我に返った雪椰達と朱雀達は、正座をして、姿勢を正すと、深々と頭を下げた。

「この者たちは、一体…」

「我は、亥鈴」

「慈雷夜」

楓雅フウガ

「白夜」

流青リュウセイ

仁刃ジンバ。そして、こちらが斑尾。我らは、蓮花様を主に持つ式神、以後、お見知りおきを」

片膝を着き、長老達に頭を下げた慈雷夜達の前で、正座をして頭を下げる。

「蓮花と申します。我、式が失礼致しました」

「何があったのだ」

「我が、人間故、不測の事態を招き、申し訳ございません」

哉代が、事の次第を耳打ちすると、長老達は、溜め息をついて、向かいに座った。

「頭を上げなさい」

「朱雀達が失礼した。こちらもすまなかった」

「いえ。六大族長の手を煩わせているのですから、当然かと思います」

族長と言う言葉に、長老達だけでなく、雪椰達も驚いた顔をした。

「何故…それを…」

「失礼ながら、調べさせて頂きました。この里を平穏に保つが為、妖狐、天狗、人狼、鬼、雪人、座敷わらしの六つの種族が、この地を治め、彼らは、その各種族の族長であり、それぞれの実力は、里の中で上位の妖かし。その為に、我の処に参った。違いますか?」

その説明に、誰もが驚いた顔をした。

「お前は…一体…」

長老の呟きに、曖昧な微笑みを作り、頭を下げる。

「皆様に、一つ、お願いが御座います」

「お願い?」

ゆっくりと顔を上げ、長老達を見据えた。

「人払いを願いたい」

朱雀達の顔には、怒りの色が浮かんできた。

「何を言ってる!!」

「人間のくせに!!」

「調子に乗るな!!」

不満を漏らす朱雀達を無視し、長老達は、真っ直ぐに見つめた。

「何故ですかな?」

視線を反らさず、真っ直ぐに見つめ返す。

「少々、込み入った内容。更には、口外されれば、厄介な事になり、里に、混乱が生じるかと」

声のトーンを落とした声色に、長老達は、互いに視線を合わせて、小さく頷き合った。

「皆、席を外しなさい」

「長老!!」

「少しの間だ。行きなさい」

「しかし!!」

「お前達も、席を外しなさい」

「御意」

斑尾達が、素直に、その場から離れて行くと、口々に不満を言っていた朱雀達も、渋々、立ち上がり、雪椰達と一緒に部屋から出て行った。
広い部屋で、畳に額が着く程、頭を下げる。

「我は、夜月華月ヨヅキカゲツの子孫。華月の任を継ぎし陰陽師モノで御座います」

「華月!?」

「華月とは、あの華月か!?」

「はい」

大昔、華月は、身分を隠し、各地区を歩き回り、多くの命を救った偉大な祖先。
その祖先の名は、どんな命も救うことで、妖かしの間にも、名が知られていたが、時が流れ、人々の記憶からは、薄れ去り、華月の名を知っているのは、妖かしだけになってしまった。

「信じられん」

「あの華月に、子孫があったなど、聞いた事がない」

「しかし事実です。現に、我には、華月同様、多くの式神が仕えてます」

一瞬だけ、視線を上げ、驚いた顔をしている長老達を見つめてから、また視線を下げた。

「陰陽師として、華月の子孫として、長老様方に、お願いが御座います」

長老達に、どんな風に見えているかなど分からない。
斑尾達と雪椰達を想いを守る為、自分に出来る精一杯の行動をする。
その一心で、頭を下げたままでいると、低く、落ち着いた声が聞こえてきた。

「その願いとは?」

「先日、我らの失態により、魔石マセキが盗み出されました。その為、我、式達の里への出入り許可を頂きたいのと、特別な力の件は、無かった事にして頂きたい」

「魔石とは?」

「怨念を吸い上げ、結晶化した物です」

「何故、里への出入り許可を?」

「彼らの事を調べさせた際、この里の周辺に、その波動が感じられたと報告があり、里の危機を回避する為です」

「この里の危機とは?」

「魔石は、悪き闇、邪な心に憑依し、それらの心を喰い、力を増幅させ、その者自身の身をも滅ぼし、増幅された力が、暴走すると、辺り構わず、目に写る全てを破壊し尽くします」

「つまり、この里で、魔石を持つ者が、暴走すれば、この里は、滅亡する事になる。という事ですかな?」

「はい」

「しかし。ここは、妖かしの里。力のある者が集う場所で、そんな…」

「この世にあって、この世に存在しない」

更に、声を低くして告げると、布の擦れる音が聞こえた。
手を着いたまま、視線を上げると、長老達は困惑していた。

「魔石に喰われた者は、その姿が変わり、どんなに強い妖かしの力をも払い除けてしまう。そうなれば、いくら、彼らがいたとしても、この里は、破滅へと向かってしまう。そうならない為にも、我、式達の…」

「我らが敵わぬ者に、お主らが敵うのか?」

「我は、華月の任を受け継ぎ、黄泉世の護人としての力があります。我と力を共用する式ならば、倒すは出来ずとも、被害を最小限にすることが出来ます。どうか、カレらの出入り許可を。お願いします」

深く頭を下げると、長老達は、ヒソヒソと話し始めた。
そのまま、次の言葉を待っていると、長老達は、意外な事を口にした。

「何故、そんなにも、必死になるのです?」

確かに、傍から見れば、他者の為に、こんなにも、必死になれることは不思議だろう。
だが、この胸には、心に決めた一つの想いがあり、信念がある。

「私は、私と関わった者、全てが幸せであって欲しい。その命が、最期を迎えるまで、生きて欲しいのです。それが、人であれ、妖かしであれ、どんなモノであったとしても」

強い意志を瞳に宿し、長老達を見据えると、長老達は、じっと見つめいたが、不意に、小さく笑った。

「君は、本当に、あの華月の子孫のようですな」

長老の言葉に、首を傾げると、長老達は、クスリと笑った。

「華月も、君と同じだった」

「優しくも強い意志」

「物怖じしない態度」

「他者の為を想う心」

「どんなモノでも、分け隔てない気遣い」

「性別は違えども、君の中には、華月の血が流れている。彼にとって、君は誇りであろう」

長老達の言葉は、優しくて暖かかった。
その言葉達に、胸の奥がくすぐったくなったが、それもすぐに治まり、雪椰達の力になれないことに、哀しみが蠢く。

「お優しい、皆様の力になれないのが残念です」

長老達から視線を反らし、畳を見つめながら、グッと、口元に力を入れた。

「陰陽師である我では、彼らの願いを叶えることが出来ません」

目を閉じ、雪椰達の顔を浮かべると、哀しみが強くなった。

「こんな我の元に、これ以上、彼らを置いておく意味もない。ですから、彼らの帰還を命じて頂きたい」

長老達は、複雑な顔をしてから、眉を八の字にして頷いた。

「ありがとうございます」

「我らからも、一つ、いいですかな?」

「なんでしょうか?」

「あの白き獣の姿をした妖かし。彼と話がしたい」

長老達が、斑尾のことを示しているのを理解し、静かに頭を下げた。

「分かりました。ただ、気性の荒い彼だけでは、何かと厄介です。彼の他に、亥鈴と理苑、二名を同席させます」

「分かりました」

縁側に出て、長老達に向かって、軽く頭を下げてから、斑尾達の気配を追って、その場から離れた。
大きな部屋から、離れた和室に移動した雪椰達。
庭には、斑尾と亥鈴、縁側には、楓雅や慈雷夜達が目を閉じて、主の帰りを待っていた。
そこには、朱雀達もいた。

「何故、あのような人間の式神をしてるんだ」

その問いに、答える気配を見せない斑尾達に、朱雀達は苛立った。

「我らの問いには、答えないのか」

強い口調になっても、斑尾達は、一切答えず、それどころか、身動き一つしなかった。
朱雀達は、溜め息をついて、斑尾達に話し掛けるのをやめた。

「蓮花…長老と何話してんだろ…」

それまで、黙っていた羅偉の呟きに、影千代は、溜め息をついた。

「考えたところで、何も分からん」

「そうだけど。でも…気になるじゃねぇか」

「確かに…気になりますね」

「それより…一人で大丈夫ですかね?」

「年寄でも、俺らと同じ妖かしだからな…襲われれば、どうしようもない」

「そうだよね…でも、長老に、あんな風に言われたんじゃ…ね」

羅偉達が、同時に溜め息をつくと、朱雀達の怒鳴り声が響いた。

「特別な力を持つだけで!!ただの人間なのですよ!!」

「葵。やめろ」

「何故、族長である羅偉様が、ただの人間に肩入れするのです!!」

「茉!!いい加減にしろよ!!」

「力もない人間を!!」

「篠。そんな事言わないで」

「どうして人間などを!!」

「羅雪。言葉を慎みなさい」

「どうして煩わしい人間を!!」

「やめろ朱雀。無礼だぞ」

そんな中で、喉を鳴らすように笑い始めた斑尾達に、朱雀の怒鳴り声が向いた。

「何がおかしいのだ!!貴様らとて我らと同じ妖かし!!なのに!!何故人間に仕える!!何故!!あんな低俗に!!」

「所詮、人も妖かしも同じだね」

流青の言葉に、白夜が便乗する。

「だよな。弱いモノを見下して、目に見えるだけの強さを振り回す」

「そんな奴らの上に立つのは、さぞ、苦労だろうな」

嫌みな笑みを浮かべた楓雅に、朱雀の頭の中で、プチンと音がした。

「貴様ら!!」

「朱雀!!」

勢いよく立ち上がった朱雀の手から、火の玉が放たれたが、流青が動かした指に誘われ、庭の溜め池から、小さな水の玉が飛び、それにぶつかり、水蒸気となって消え去った。

「手緩いね」

「白夜の方が、骨がありそうですね」

「んなのと一緒にすんなよ」

虫を払うように、自分の術を消された朱雀は、怒りで顔が真っ赤になった。

「おのれ!!」

流青達に襲い掛かろうとした朱雀の前に、季麗が立つ。

「お避けください!!」

「やめろ」

「このままで良いのですか!?馬鹿にされたままで良いのですか!?」

「醜いね」

朱雀に睨まれても、尻尾を揺らしている流青を見下ろし、亥鈴は、溜め息をついた。

「我らの行いは主の行い。蓮花様を想うのであれば、お前も言葉を慎め。流青」

肩を落として、反省するように、小さくなった流青を見て、亥鈴は、また溜め息をついた。

「失礼した。蓮花様に代わり、我らが知っている事は答えよう」

「長老様と何を話しているのですか?」

「それは、我らでも分からぬ」

亥鈴の答えに、菜門は、肩を落とした。

「いつから彼女といるの?」

「私、仁刃、白夜、流青、楓雅は十六年。亥鈴は十九年。斑尾は、確か…蓮花様が、四つ時でしたから、二十五年くらい前からですね」

慈雷夜の説明に、皇牙は、驚いた顔をした。

「式神は、お前らだけか?」

「あと、七人いるよ」

「全部で十四人ですか?」

「そうだよ。皆が、一斉に集まると、スゴいんだから」

「けどよ…なら、どうして、あんな逃げることばっかり考えてんだ?」

「蓮花様は、誰かが血を流すのがイヤなんだ」

「しかし、そうしなければ、彼女が、死んでしまうかもしれないですよ?」

「アイツは、他の誰かが傷付かなければ、それでいいのだ」

高い空を見上げた斑尾は、何かを思い出すように目を細めた。

「アイツは、多くの死を見てきた。父母。祖父母。友。仲間。そのどれもが、アイツにとって、大切なモノだった。だから、アイツは、自分の為に、誰かが傷付き、死んで逝くのが辛いのだ」

「でも、お父さんとお母さんは、自分の中で、生きてるって…」

「そう思わなければ、アイツは、前を向けなかったのだ」

日の光が眩しい程に、斑尾の体を輝かせる。

「アイツは弱い。だから、我らがアイツを守るのだ。誰の為でもない。我ら自身の為に」

強い風が、斑尾の言葉を巻き上げ、雪椰達の胸に突き刺し、強い意志が宿った瞳は、朱雀達の怒りを削ぎ落とした。

「素晴らしい熱弁ね?斑尾」

斑尾達の表情が、明るくなった。

「理苑」

「はいはい」

抜け出た式札から、白い羽を舞わせながら現れた理苑に、ニッコリ笑うと、鼻で溜め息をついて、苦笑いし、人の姿へと変わった。

「斑尾。長老様方がお呼びだよ。亥鈴。理苑。斑尾の付き添いをお願い」

「何故、亥鈴と理苑も一緒なのだ」

「お前が暴れたからだ。反省せい」

「そうです。我らの方がいい迷惑ですよ」

グッと押し黙り、溜め息をついてから、斑尾が、人の姿へと変わると、亥鈴も同じように、人の姿になった。
その姿は、雪椰達に負けず劣らず、良い男と言えるだろう。
こんなのが、常に、傍にいるから、雪椰達が、いくら顔が良くても、普通に思えてしまうのだ。

「何故、我が、呼ばれねばならんのだ」

「文句を言っても変わりませんよ」

「ほれ。早く歩け。爺」

「煩いわ!!」

騒ぎながらも、素直に、長老達の待つ部屋に向かう三人を見送り、流青達に視線を向けた。

「流青達も、戻っていいよ」

「御意」

動物の姿へと変わり、流青達が走り去り、慈雷夜も、蜘蛛の姿に戻ると、手に飛び付き、袂へと戻った。
睨み付ける朱雀達に視線を向けて、ニッコリ笑った。

「そんな顔しないで。皆さんの主は、お帰りになりますので」

「どうゆう事だよ」

曖昧に微笑んでから、外に背を向けて座り、雪椰達に視線を向けた。

「後々、長老様方から、ちゃんとしたお話があると思いますので、私から、お話する事はありません」

雪椰達は、互いに視線を合わせた。

「ですので、最後に、皆さんの質問に、お答えしようと思います」

ニッコリ笑うと、一番最初に口を開いたのは、皇牙だった。

「蓮花ちゃんの生い立ち。教えて?」

「生い立ちですか…そうですね…」

祖父母に聞いていた父母を思い浮かべながら、記憶を逆上り、幼い頃を思い出しながら、ゆっくりと語った。
父は、寺の次男坊。
母は、洋菓子店の一人娘。
二人は、大学時代に出会い、結婚した。
早くに、母方の祖母は、亡くなっていて、独り身の祖父を気遣い、母方の実家で生活していた。
心優しい父。
花が好きな母。
そんな二人の影響を強く受け、花や動物が大好きだった。
それは、今も変わらないが、唯一、子供の頃は、泣き虫だった。
何かあると、泣きじゃくり、母や父、祖父を困らせていた。
三つの誕生日。
祖父の店に行ってる間に、父母は、誕生日会の準備をしていた。
ケーキを持って、父母の待つ自宅へと祖父と帰った。
だが、そこで待っていたのは、父母の笑顔ではなく、二人の焼死体だった。
争った形跡もない事から、事故死として処理されたが、母方の祖父は、父方の祖父から事情を聞いていた為、父母は、悪妖によって、殺された事を知っていた。
だが、それを知ることが出来たのは、更に、成長してからだった。
母方の祖父は、生活の為、二つの仕事を必死にこなしていたが、老体には、かなりの負担が掛かり、父母が亡くなってから、半年が過ぎた時には、過労によって、亡くなってしまった。
その後、すぐに父方の祖父母に引き取られた。
淋しい思いをさせないよう、祖父は、色々な場所へと連れて歩き、祖母は、沢山の事を教えてくれた。
四つになり、裏山を祖父と散策していた時、気を失って倒れていた斑尾を見付け、必死に看病をした。
必死に、祖父母に頼み込み、斑尾と家族になった。
この時は、まだ斑尾が妖かしだと知らなかった。
妖かしの存在にさえ、気付いていなかった。
だが、斑尾を加えた祖父母との生活は、とても充実していて楽しかった。
そんな楽しい日々の中で、祖父に連れられ、斑尾と一緒に裏山を散策していた。
その時、運悪く悪妖に見付かってしまい、祖父は大怪我をし、初めて妖かしの存在を知り、斑尾も、妖かしであることを知った。
祖父を助けたい一心で、斑尾と式契約を交わした。
祖父は、一命を取りとめたが、寝たきりになり、斑尾と共に出来る限りの看病をした。
だが、五つになる少し前に亡くなった。
そして、五つになると、祖母が体調を崩して倒れ、入院してしまった。
また一人になったが、斑尾がいたことで、それ程、淋しさは感じなかった。
だが、子供一人だけでは生きられない。
そこで、手を差し伸べたのは、父の兄である叔父だった。
叔父は、家業を継がず、離れた土地で、叔母と一緒に、宿屋を営んでいた。
そこには、事情を抱えた多くの者達が、一つ屋根の下で生活している。
そこに、仲間に入りし、自然豊かな土地で、亥鈴や慈雷夜達と出会い、式契約を結んだ。
十五になると、祖母が退院をし、あの寺に舞い戻った。

「それからのことは、菜門さんも知っていますよね?」

急に呼び掛けられ、菜門は、ハッとした後、小さく頷いた。

「その後を知りたければ、菜門さんにお聞き下さい。他には、ありますか?」

「家で仕事していたが、何の仕事だ」

「あれ?菜門さんから聞いてないんですか?」

首を傾げると、影千代は、菜門を睨んだ。

「大体は、菜門さんに聞けば、分かると思います。後は、ありますか?」

クスッと笑ってから、首を傾げると、皆、視線を泳がせ、思い悩んでいた。

「ありませんか?それでは、私は、もう行きます」

頭を下げて、玄関に向かうと、そこには、三人が待っていた。

「行こうか」

外に出た時、雪椰が走って出てきた。

「蓮花さん!私の事、覚えてませんか!?四つくらいの時…」

「さぁ。なんのことですか?」

ニッコリ笑うと、雪椰は、グッと、口元に力を入れて、歯を食い縛り、悔しそうな顔をした。

「それでは。さようなら」

白と黒の煙が上がり、妖かしの姿となった斑尾の背中に飛び乗り、空へと飛び立ち、自宅へと向かった。
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