黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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二十六話

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新たな護符を手に入れ、三日で、全ての作業を終えた。

「哉代。ちょっと、相談があるのですが」

「はい。何でしょうか?」

「実は、蓮花さん達を里に招いて、お礼に宴を開きたいんですが」

菜門の相談に、哉代の目が輝いた。

「それは、名案でございます」

「しかし、このままでは、色々と問題がありまして…」

「でしたら、結界の護符をお使いになっては、いかがでしょうか?」

「今の護符では、力不足でしょう。もっと、強力な物でないと」

「ですが、アレ以外、護符で強力な物は…」

腕を組み、唸り声のように喉を鳴らし、悩み考えている哉代の脳裏に、幻想原で見た護符が浮かび上がった。

「蓮花さんの護符をお手本にするのは、いかがでしょうか?」

「蓮花さんのですか?」

「はい。少々時間は掛かりますが、あの護符の構造や仕組みが解ければ、強力な結界の護符が出来ますし、今後を考えれば、護符の強化はやらなくてはなりません」

「…そうですね。ちょっとやってみましょう。では、それが終わるまでの間、準備を整えておいて下さい。季麗達の言伝ても忘れずに」

「もちろんでございます。では、早速、皆様方の元へ行って参ります」

哉代が部屋から出て行くのを見送り、菜門は、すぐに護符の解析を始め、試作品を作り始めた。
哉代から、菜門の提案を聞き、季麗達は、それぞれの場所で、朱雀達と共に準備を始めた。
一週間後。
季麗達が寺に戻り、また騒がしい生活が始まった。

「蓮花ちゃん」

そんなある日の昼下がり、事務所での仕事を終え、自室で、本を読んでいると、皇牙が縁側から顔を出した。

「あのさ、明日って、会社自身休みだよね?」

「そうですけど」

「じゃさ。今夜、何か予定ある?」

「特には」

「そっか。斑尾ちゃん達は、いつ帰ってくるの?」

「え~っと…七時くらいだと思いますけど…それが、どうかしたんですか?」

「ん~?別に?それじゃね」

去って行くのを見送りながら、首を傾げて、読みかけの本に視線を戻した。

「聞いてきたよ。特に予定ないってさ。羅偉ちゃん。茉ちゃんに連絡して」

「分かった」

「菜門ちゃんと雪揶ちゃん。二人は、斑尾ちゃん達のお迎えね」

「分かりました」

「それから、影千代ちゃんと季麗ちゃんは…」

男六人で、ヒソヒソと打ち合わせをし、互いに視線を合わせて、頷き合ってから、忙しそうに動き始めた。

「…んじゃ、頼んだぞ。覇知」

「あい。それじゃ、失礼しやす」

羅偉が立ち上がると、チャポンと小さな音を発てて、覇知は、池に姿を消した。

「ん?何してるの?」

「な!!何でもねぇよ!!」

その背中を見付け、声を掛けると、羅偉は、怒ったように大声を出して、顔を真っ赤にしたまま、走って行ってしまった。

「…何あれ…気分悪っ」

独り言を呟き、苛立ちを落ち着かせようと、勝手口に向かう為、台所に顔を出した。
いつもなら、夕飯の準備をしてるはずの菜門の姿がなく、首を傾げながら、藤の根元に向かう。
藤の裏側で、小さな窪みに座り、タバコに火を点け、煙を吸い込んで吐き出した。
現世では、三十路近くの大人なのだから、別に駄目な訳でない。
ただ、吸い方と場所を間違えると、良くないものを引き寄せてしまう為、清めの力が宿る場所でしか吸えない。
寺では、裏庭の藤の下でしか吸えず、常に、妃乃環が吸っていて、更には、煙管と違い、タバコの独特の香りを斑尾が嫌う為、誰もいない時にしか吸えなかった。
ポケット灰皿に灰を落とし、タバコの残りが少なくなると、袂が小さく震えた。
火を消し、袂から携帯を取り出すと、理苑からのメールを受信していた。

《何かありそうです。お気を付け下さい》

添付された写真には、白夜や流青、妃乃環達の背中が写る向こう側に、菜門と雪椰が、ニコニコと笑っているのが写っている。

《了解。出来るなら、それとなく探って》

メールを確認しただけで、返信をせず、白夜や流青とじゃれ合ってる二人を横目に、亥鈴と斑尾を肘で突っつき、視線で、メール画面を見るように促した。
二人が頷くと、理苑は、携帯をポケットに押し込み、視線を戻した。

「…だから、なんで、俺らがついてかなきゃなんないんだよ」

「僕ら、そんな暇じゃないんだよ」

「白夜。流青。何か予定でもあるんですか?」

二人は、視線を泳がせて、頭や頬を掻いて黙った。
そんな二人の後ろで、強張った微笑みを浮かべる菜門と雪椰を見つめ、理苑は、ゆっくりと微笑みを浮かべた。

「予定がないのなら、お二人に付き合ってみませんか?」

二人の纏っていた不安が消え、心底、安心したようだったが、理苑の発言は、亥鈴と斑尾以外から反感を買った。

「はぁ!?」

「なんで、僕らが、コイツらに付き合わなきゃないのさ。僕らが、そこまでする必要ないでしょ」

「アタシらも、白夜達と同じだよ」

「私は、お付き合いしますよ」

酒天や妃乃環まで頷いている中、慈雷夜が、理苑の隣に立った。

「じゃ、私も付き合おうかしらね」

八蜘蛛も、亥鈴の隣で、二人に視線を向けて、艶やかに微笑んだ。

「ちょっと。どうしたん…」

紅夜が近付こうとした時、その場に居た全員の携帯が鳴り、それぞれが、メールを確認した。

《探るぞ》

「…やっぱ、俺も付き合う」

「仕方ないなぁ。今回だけ、付き合ってあげるよ」

斑尾からの短い文章を読み、反対していた白夜達も、わざとらしく、仕方なさを態度で示した。

「んで?何処に行くんだい?」

「それは、着くまでのお楽しみです」

隠そうとしているが、嬉しさを隠せず、頬を赤らめて微笑む二人に連れられ、斑尾達は、大人数で、ゾロゾロと移動し始めた。

「…どうかしました?」

斑尾達の連絡を待ちながら、藤の木の下で、何本目かのタバコを消した時、影千代が、目の前に現れた。

「何かありぃ?!?」

立ち上がろうと、腰を上げた時、無言のまま、肩を掴み、影千代は、真っ黒の翼を羽ばたかせた。

「ちょっ!!降ろして!!降ろしてよ!!」

暴れても、肩の手を離さず、真っ直ぐに空を飛んで、里が見える所の森の中に降り立った。

「来い」

「え!?あ!!待って!!」

スタスタと歩き始めた影千代の背中を追い、森の中を進んだ。

「か…影千代さん…何処…行くんですか?」

影千代の背中に声を掛け、一瞬、視線を向けられたが、すぐに反らされてしまった。
その後、歩調を合わせ、黙ったまま、ゆっくりと歩く影千代を追った。
グルっと森の中を迂回し、里の端にある座敷わらしの屋敷に辿り着いた。

「こっちだ」

だが、屋敷には入らず、更に、奥に向かった。
その先には、多くの緑と花に囲われ、小さな社を囲うようにして、池があり、その畔には、ビワの花が供えられていた。

「蓮花ちゃ~ん!!影千代ちゃ~ん!!こっちこっち!!」

その景色に目を奪われていた時、遠くから、皇牙の声が聞こえ、視線を向けると、手招きしていた。

「行くぞ」

「え?ちょっ!!待ってってば!!」

誰も聞く耳を持ってくれない状況で、芽生えていた不安が、斑尾や妃乃環達からの連絡もないことで、更に、心細くなる。

「…斑尾」

「蓮花。どうしてここに…」

そんな不安と心細さで、気付けば、体も本来の年齢に戻ってしまい、目元に涙を浮かべながら、その大きな胸に飛び込んだ。

「あらやだよ~。蓮花様ったら、戻っちゃってるじゃないか」

「だって…皆、連絡してくれないんだもん」

「それが、この森に入ったら、圏外になってしまったんですよ」

「誰か抜け出して、連絡してくれても良いじゃん」

「それが…」

「お待たせしました~」

亥鈴が説明をしようとした時、朱雀達が、果物を山盛りにした皿や肉料理、更には、村の料理や大量の酒瓶を抱えて現れた。

「彼ら?」

「だけじゃない」

困り顔で、亥鈴が指差した先には、別の妖かし達が、森の中をウロウロと歩き回っていた。

「見張り?」

「そう。だから、誰も動けなくてさ」

酒天が憎たらしそうに、周囲を見渡してから、哀しそうに眉を寄せた。

「すまねぇ。妃乃環や阿華羽が、何度も、やってみたんだがよ。何度も、戻されちまって」

「ホント、目敏いったらありゃしないよ」

「ところで、その姿で大丈夫なの?」

流青の指摘で、困った顔をしていた酒天と妃乃環が、周囲を見渡して、焦り始めると、菜門が優しく微笑んだ。

「大丈夫です」

「なんでぇ」

「ここで見たことは、他言無用。家族や友人だけじゃなく、長老様にも漏らさん」

「そんなの口先だけで…」

「誓約書も書かせた」

「ついでに言えば、そこにいる者達には、ここが見えていない」

「どうしてだい?」

「これです」

菜門が、一枚の護符をヒラヒラさせて見せ、周りの木を指差した。
そこには、同じ護符が貼られていた。

「蓮花さんの護符をお手本にさせて頂きました。ある程度の力がなければ、入ることも、見ることも出来ません」

族長である季麗達と朱雀達だけで、周りの妖かしには、一切見えない状態で、彼等は、指示された所に立ち、急に現れる妃乃環達に驚き、詰め寄ろうとして、その姿が消えてしまっているような状況になっていた。

「じゃ、妃乃環達は、戻されてるんじゃなくて、自分で戻ってるだけなんだ」

「そうゆう事になります」

頬を膨らませて、視線を向けると、妃乃環は苦笑いを浮かべた。

「仕方ないだろ?アタシらは、移動できる距離が限られてるんだから」

「だからって、戻らなくても良いじゃん」

「そう責めるな。妃乃環も、やれる事はやったんだ」

「分かってるよ」

「なら、そんな顔するな」

「別に良いじゃん」

「それより、これで、お前らも呑めんだろ。ほら」

羅偉が徳利を突き出したが、誰も、お猪口を持とうとしない。

「どうした?呑まないのか?」

「まだ何も聞かされておらん。蓮花様も、こんな状況になったのだ。ちゃんと説明されるまで酒など呑めん」

それまで、黙っていた雷螺の凄みに、季麗達は、互いに視線を合わせると、持っていたお猪口を置き、一列に並んだ。

「今回も、蓮花に救われたし」

「それに、今まで、何度も助けてもらったじゃん?」

「そこで、これまでの感謝の気持ちを込めて、この宴を朱雀達と準備したんです」

「だが、そのまま、伝えるのもつまらん」

「そこで、さぷらいずをしようと思ったんです」

皇牙が読んだ雑誌に、女性は、サプライズがお好きと書かれた特集があり、季麗達は、それに習って、喜んでもらおうとしていた。

「…ねぇ。それって、何処にあったの?」

「裏庭?って言えば良いのかな」

紅夜が目元に手を当てて、上を向き、すぐに向き直ると、深々と頭を下げた。

「処分する前に読まれてしまったようで、大変、申し訳ございません」

「もう大丈夫。斑尾。離して」

斑尾の腕が離れ、膝から滑り降て、紅夜の前で、元の姿に戻り、その肩に手を置いた。

「紅夜のせいじゃない。だから、顔を上げて?それに、仕事熱心で良いじゃない。ね?」

ニコッと笑うと、紅夜は、顔を上げ、淋しそうに目を細めながら、口元に笑みを浮かべた。
その微笑みは、苦しみを耐え、無理をしているようにも見えた。

「そんな顔しなで。ね?じゃ~、せったく、用意してもらったから、皆で楽しもうか」

季麗達の前に正座をすると、後ろで、斑尾を先頭に、格付け順に並んで正座をした。

「本日は、お招き頂き、有り難うございます」

両手を着き、深々と頭を下げると、三角形に並んだ斑尾達も、一斉に頭を下げる。
その光景に、驚きながらも、季麗達の背筋が伸びた。

「こちらこそ、御足労頂き、有り難うございます。今後とも、里共々、宜しくお願いします」

その迫力に圧され、季麗や雪椰までもが、何も言えないでいる中、菜門だけが、冷静に応え、小さく笑いながら、下を向いたまま、斑尾に視線を向けた。

「主共々、より良き、交友を築けます事を」

互いに頭を下げ合い、ゆっくりと、体を起こして、見つめ合うと、羅偉と白夜の腹の虫が、同時に鳴いた。

「白夜。はしたないぞ」

「…だってよ…アレ…」

白夜が指差した先には、村で宴会の時に出される料理があった。

「天ぷらにおこわ。団扇焼きまであるのか」

「凄い…どうしたの?これ」

「実は…」

哉代は、鎮霊祭の時に佐久と仲良くなり、今回の話が出た時、密かに手紙を出した。

「そしたら、文が添えられた大量の荷物が届いたんです」

「しかも、持って来たのは、お前がベラベラと話してた奴らだった」

佐久が手紙を見せながら頼むと、火車と紗輝は、村の者達にも協力してもらい、食材や酒を調達し、それらを届けた。

「ってと~、村の料理は、火車と紗輝が、作ったんだよな?」

「えぇ」

ニッコリ笑いながら、哉代が、頷くと、白夜と酒天は、待ちきれない様子で、ソワソワし始め、喉を鳴らした。

「それじゃ、間違いねぇな」

「そうね。とりあえず、乾杯しようか。良い?」

皆でお猪口を持ち、互いに視線を合わせ、頷き合い、羅偉に視線を向けた。

「俺!?菜門が…」

「羅偉の声が一番通るでしょ」

お猪口を軽く掲げ、ウィンクすると、羅偉は、得意気な顔して立ち上がった。

「んじゃ、失礼して。か…」

「かんぱ~い!!」

羅偉の前に白夜が飛び出し、声を上げながら、お猪口を掲げて、一気に酒を飲み干した。

「おい!!」

文句を言おうとする羅偉を無視し、それぞれ、乾杯と声を上げながら、お猪口を小さく掲げて、酒を口にし始めた。
口に含んだ神酒に驚き、哉代に視線を向けると、人差し指を唇に当て、小さく微笑みながら、ウィンクした。

「おい。いつかの続きをするぞ」

それに、小さな微笑みを返した時、茉が、酒瓶を手にして、目の前にドカッと座った。

「良いですけど…大丈夫ですか?」

白夜と流青に馬鹿にされ、今にも噛み付きそうな羅偉を指差すと、茉は、大きな溜め息をついて、三人の所に向かった。
妃乃環達は、久々の雷螺を交ぜた会話に花を咲かせ、仁刃と風雅は、頬を赤らめながら、恥ずかしそうに微笑んでいた。
その奥には、酒天に捕まり、慈雷夜は、困った顔をしているが、小さく微笑み、隣にいたはずの斑尾は、離れた所で、理苑や亥鈴達と、楽しそうに話をしながら、お猪口を傾けていた。
皆、心底、楽しそうに笑っている。
顔には出さないが、斑尾達も、気を張り詰め、常に警戒していた。
そんな光景を見渡しながら、そっと哉代の隣に移動し、顔を寄せた。

「どうして、神酒があるんですか?」

「荷物に入ってたんですよ」

耳元で囁く哉代の言葉で、頭の中で、火車と紗輝が、佐久の隠してたのを紛れ込ませている絵が浮かんだ。

「飲みかけだったので、もしかしたら、誰かが、わざと入れたのかと思いまして」

哉代も、同じ想像をしていた。

「まぁ。佐久さんが、隠し持っていたのを入れられたのだと思いますけど」

「どうしてです?」

「鎮霊祭の時、朱雀達が、一人で、飲んでるのを見付けたらしいんですが、誰にもやらねぇぞって、独り占めしてたと言っていたので」

必死に酒瓶を死守する佐久の姿が、浮かんで見え、ケタケタと、大声で笑った。

「何笑ってるんですか?」

菜門が隣に並んで座り、首を傾げると、目元の涙を拭ってから、深呼吸をして、哉代と視線を合わせた。

「今、佐久の事を話してたんですけど、笑えちゃいまして。ね?」

「えぇ。佐久さんには、悪いのですが、簡単に想像出来てしまって…ふっ…」

哉代も、堪えようとしたが、吹き出してしまった。

「哉代。失礼ですよ?」

「良いんですよ。佐久は、そうゆう役回りなんですから」

困ったような顔をする菜門から、笑いを堪える哉代に視線を移し、手に持つお猪口を掲げて見せた。

「今頃、嘆いてるかもしれないですね?」

「えぇ。それか、お二人を追い掛け回してるかもしれないですね」

その光景が鮮明に浮かび、哉代と同時に、ケタケタと、声を出して笑った。

「二人とも、失礼にも程がありますよ?」

「すみません。ところで、お二人のは地酒ですか?」

涙を拭ってから、二人のお猪口に視線を向けると、菜門は、哉代と視線を合わせてから、自分の手元を見下ろした。

「えぇ。そうですよ」

「なら、交換しませんか?」

持っていたお猪口を差し出すと、二人は、驚いた顔をして、首を振った。

「ダメですよ。前にも言いましたが、我々の地酒は、かなり強くて…」

「少しで良いんですよ。舐める程度で。ね?」

ニッコリ笑い、お猪口を差し出すも、二人は視線を泳がせた。

「ですが、これしか用意してなかったので、残念ながら」

「なら、これごと交換で」

「ダメです!!絶対!!ダメです!!」

二人の頬が、真っ赤になった。

「え~。良いじゃないですか~」

「ダメです!!」

断固として、拒否する二人を上目使いで見つめ、頬を膨らませると、恥ずかしそうに、互いに視線を反らして、横に向いた隙に、哉代の手から、お猪口を掠め取った。

「あ!!ちょっ!!」

声を荒げる哉代を無視して、お猪口に口を着けた。
舌先がビリビリするくらい辛いが、後から甘さが広がり、それらを包み込み、鼻を抜ける花の香りが枇杷を連想させる。
里の地酒の中では、一番美味しい。

「美味しい~。有り難うございました」

お猪口を返そうとしたが、哉代も菜門も、顔を真っ赤にしたまま、固まっていた。

「哉代さん?どうし…」

「どうした」

そんな時、後ろから篠と葵が声を掛けてきた。

「さぁ?」

「お前。何かしたのか?」

「何もしてないですよ?ちょっと、お酒を頂いただけで」

手に持つお猪口を見て、二人は、大きな溜め息をついた。

「お前は、何してくれてんだ」

呆れた顔をして、固まってる二人を横目で見てから、篠が耳に顔を寄せた。

「座敷わらしは、元々、奥手な種族だ」

「その為、異性に対する抵抗力が、皆無に等しい」

逆の耳に顔を寄せた葵にも囁かれ、事情を理解すると、今までの二人の態度にも納得が出来る。

「だからでしたか。どうも、すみません」

「まったく…菜門様」

その肩を揺らし、名前を呼ばれると、ハッとして、菜門は、葵を見上げた。

「大丈夫ですか?」

何度も頷き、お猪口に口を着けた菜門が、隣で固まる哉代に気付き、その肩を揺らした。

「哉代。しっかりして下さい。哉代」

だが、哉代は、全く反応しなかった。

「おい!!哉代!!」

篠に揺らされ、大声で呼ばれても、哉代は、全く反応せず、そのまま倒れてしまった。

「哉代さん?!」

「哉代!!大丈夫ですか?!」

「おい!!水だ!!水!!」

ちょっとざわついたが、葵の持って来た水を掛けると、哉代が、咳き込みながら、一気に飛び起き、ざわつきが落ち着いた。

「大丈夫ですか?」

「はい。すみません」

「いえ。私こそ、すみませんでした」

哉代の頬が真っ赤になったが、苦笑いを浮かべた。

「とりあえず、着替えて来い」

「ですが…」

「後のことは、やっときますから。ね?」

「…では、すみませんが、お願いします」

哉代が屋敷に走って行くのを見送り、水が入ったお猪口や徳利を菜門が片付けている間に、葵が敷物を取りに行き、篠と濡れた所を拭く。
一人用の敷物を濡れた部分に被せ、暫くすると、着替えを終えた哉代が戻った。

「本当にすみませんでした」

照れたように笑う哉代が、普段の様子に戻り、篠は、心底、安心したように微笑み、葵は、呆れたように、小さな溜め息をついた。

「あれ?蓮花さんは…」

篠が指差した先で、妃乃環達の中で、笑いながら話してる姿があった。

「自分がいたら、居心地が悪いだろうから、あっちで呑むとさ」

「そうですか」

ちょっと残念そうな哉代の肩を叩き、葵と篠は、お猪口を掲げて見せ、その後は、三人で、ゆっくり呑み始めた。

「…斑尾」

妃乃環達と呑みながら、哉代の様子が、落ち着いたのを確認し、斑尾の傍に移動した。

「どうした」

「池の方から声が…」

その時、晴れていた空に、真っ黒な雲が広がり、雷鳴が轟いた。
理苑と共に結界を張り、雷を防いだが、次々に雷が落ちた。

「理苑、結界を広げて。流青、楓雅、仁刃、消火に向かって。妃乃環達は、怪我人の手当てを。他の者は、避難の呼び掛けと保護をお願い。君達も、斑尾達と一緒に行って」

「あ!!おい!!」

「何が起きてるんだ!!」

「忘れたのかい?前にも同じ事があったろ」

月下の日和を思い出し、季麗達は、妃乃環達と走りながら、目を大きくした。

「ですが、あの時よりも、規模が大きくありませんか?」

「あの時と違うよ」

「何が違うんですか?」

「相手は一人。しかも、悪霊になりかけてる」

妃乃環の答えに、朱雀達は、後ろに視線を向けた。

「こうなったら、アタシらには…」

「羅偉様!!」

一緒に走っていたはずの季麗達が、池の方に向かっていた。

「あの馬鹿どもが!!」

「亥鈴!!後は頼むぞ!!」

雷螺と斑尾が季麗達を追い、朱雀達は、妃乃環達と共に救護へと向かった。
次々に落とされる雷を掻い潜り、池の畔に立ち、中央の祠に視線を向けると、黒い靄を纏った子供の霊が、アカを輝かせていた。

「鎮まりなさい」

ー煩イー

何本もの雷が落ちる中を縫って、霊に近付こうとしたが、上手く近付けない。

ー…消えろ…消えてしマエー

怒りに満ち、暗く哀しい声色が呟くと、霊を覆う靄が大きくなった。

「蓮花!!」

そこに季麗達が現れ、菜門を睨むように、霊の紅い瞳が細められ、歯軋りをした。

ー消えろ…消エロ…キエロ!!ー

叫び声と共に季麗達に向かって、雷が落とされ、菜門が張った結界に当たると、表面上を走り抜けた。
強大な力に、耐えきれなかった結界が弾け飛ぶと、吹き飛んだ菜門に目掛けて雷が落とされたが、雷螺が弾き飛ばした。
それを見た霊の力が、弱まった一瞬を見計らい、その胸元に飛び込んだ。

「鎮まれ」

蒼白い光を放ち、霊の体に伝わると、黒い靄が薄れ、六つくらいの男の子が現れたが、その瞳は、まだ紅いままだった。

「鎮まりなさい」

だが、声も届かず、その子は、怒りで肩を震わせ、悲鳴に似た雄叫びを上げた。
吹き飛ばされ、木に背中をぶつけ、息が詰まり、苦しさで膝を着くと、大きな雷が、何本も落とされた。
強い結界を張り、それらを防ぎながら、視線を向けると、季麗達を守るように、斑尾と雷螺が、必死に弾き飛ばしていた。
だが、強力な雷を何度も弾くのは、かなりの力が必要で、二人に疲れの色が滲み始めた。
このままでは、雷に打たれ、共倒れになりかねない。
子供の姿になり、二人の前に飛び出すと、雷が止んだ。

ードケー

首を振り、真っ直ぐ見つめると、霊は、奥歯を噛み締めた。

「やめて…くだ…さい」

雷螺の後ろで、起き上がった菜門は、池に視線を向け、見えない霊に語るように声を掛けた。

「こんな事しても、悲しみが増えるだけです。お願いです。やめて下さい」

ー黙れ…ー

「もし、僕らが目障りでしたら、もう二度と来ません」

ー黙レ…ー

「約束します。ですから…」

菜門の言葉で、黒い靄が濃くなり、空を覆う雲が渦巻いた。

ー黙れ黙レダマレ!!約束なんテ覚えテないクセに!!ー

大きな雷が落ち、結界を張って防ぐ。

ー僕ノ事なんか忘れテるクセに!!何が約束ダ!!オ前も!!父様も!!母様モ!!皆忘レてるクセに…ー

細められた瞳が、一瞬、栗色に変わり、その姿は、菜門と良く似ていた。

「菜門さん!!ここで子供が亡くなってたりしますか!!」

「…子供…?」

「私くらいの男の子!!」

周囲に轟音が響き渡り、結界の中で、菜門は、記憶を遡った。
何千年も何万年も昔、一族を二つに分ける程の争いが、座敷わらし達の中でもあった。
その時、多くの負傷者が出た中、幸いにも、死者は、まだ幼い子供の一人だけだった。

「両親はどうした!!」

「分かりません。数年前から、姿が見当たらないんです」

「どうゆうことだ!!」

争いの後、少年の両親は、里外れの集落で生活をしながら、その子の月命日には、必ず、ここに花を供えてに来ていた。

「月命日にも現れなくなってしまい、集落からも消えてしまったんです」

「…雷螺。斑尾。少しだけお願い」

「御意」

二人に任せ、座り込んでいる菜門の前に屈んだ。

「少しだけ。力を貸して下さい」

微笑みを向けると、菜門は、しっかりと頷いた。

「ところで、菜門は、亡くなった子の両親を見た事ありますか?」

「えぇ」

「なら、よかった。じゃ、探して来て下さい」

訳が分からない様子で、何度も瞬きする菜門を他所に、冥斬刀を取り出し、何もない空間に振り下ろすと、黒い筋が縦一文字に走り、何処までも続く闇が大きく口を開いた。

「お願いしますね?」

「え…お願いしますって…一人で…ですか?」

「それは無理でしょうね。なので、皆さんも一緒で」

状況を飲み込めず、菜門の後ろで、呆然としている季麗達に視線を向けた。

「もしも~し」

目の前で手を振ると、ハッとして、皇牙の視線が向けられた。

「えっと…」

「皆で、あの子の両親を探して来て下さい」

「どうして、俺らが…」

「皆さんは、菜門さんの手伝いをすれば良いんです。それに、こんな事になったのは、皆さんのせいなんですからね?」

「どうして、そうなるんだ」

季麗達が来なければ、悪霊化した霊を時空の狭間に誘い、そこで、浄化をする事が出来た。

「皆さんが現れたせいで、あの子の意識が、私から意識が反れてしまった。誘うには、あの子の意識が、私に向いていないと出来ないし、ついでに言えば、皆さんのおかげで、悪化が酷くなったんですよ?」

真顔で答え、ニッコリ笑うと、季麗達の肩が小さく震え、大きく口を開けている入口に視線を移した。

「それじゃ。行ってらっしゃい!!」

砂を巻き上げ、竜巻に近い旋風を起こし、季麗達を時空の狭間に押し入れてから、入口を閉じ、雷螺と斑尾の間に立った。

「大丈夫でしょうか?」

「何が?」

「彼らだけで行かせて」

「なんとかなるでしょ。それに、もしもの事があっても、アッチには、二人もいるし」

「ですが、事情が分からねば、追い返されるのでは?」

「大丈夫。そうならないように、アレも一緒に送ったから」

互いに微笑み合い、冥斬刀を構えた。

「帰るまで防ぐ。良いね?」

「御意」

二人と共に、冥斬刀に力を込めて走り出す中、季麗達は、狭間の世界で気を失っていた。
黄泉の世界と同じようで、少し違い、霧が広がるが、足元には、薄緑の雑草が生え、少し肌寒い。

「…痛ってぇ」

「最近、蓮花ちゃん乱暴だよね」

「まぁ。あの状況でしたから、焦りもあったんだと思いますよ?」

「影千代まで吹き飛ばすなど。蓮花アイツは、化け物か」

呑気に話をしてる季麗達を置いて、周囲を見回していた菜門は、フラフラと歩き始めた。

「菜門。一人で動くと危険ですよ」

雪椰の声に振り返った菜門は、唇を噛み、悔しそうに眉を寄せた。

「早く…早く二人を見付けたいんです」

「見付けるったって、何処をどう探せば…」

「分かりません。でも、ここで、立ち止まってられないんです」

また歩き出そうとする菜門を肩を掴み、影千代は、その横顔を見つめた。

「何かあるのか?」

拳を小刻みに震わせ、菜門は、静かに目を閉じた。

「…亡くなった少年を…僕は知ってるんです」

元々、少年の両親は、屋敷で働いていた。
年齢が近い事もあり、菜門と少年は、兄弟のように仲が良かった。

「哉代も知ってるのですか?」

「はい。僕らよりも、術が上手くて、とても優しく…当時の僕は、自分よりも、その人の方が、族長に適していると思ってました」

その少年が亡くなり、周囲の後押しもあり、菜門は、少年の分も、必死に勉学に励み、必死に術を修得した。

「彼が恥じぬ人となる。そう決めていたんです…でも…彼は…悪霊になってしまった…そうさせてしまった…僕が悪いんです。だから、早く、二人を連れて帰りたいんです」

悔しそうに拳を握る菜門を見つめ、季麗達は、哀しそうに目を細めた。

「だけど、何が起こるか分からないのに、無闇に動くのは、危険だよ?」

何か方法はないかと、六人が、唸っていると、風のない世界で、そよ風が着物を揺らした。

ー蓮花?ー

突然、聞こえた声に、それぞれが臨戦態勢になると、二つの影が現れ、霧が晴れていった。
頭に立派な角が生え、白銀の長い髪を揺らし、見るからに妖かしの男と、人でありながらも、獣のように鋭い目をした黒髪の男が、並んで立っていた。

「誰だ!!」

ーお前らこそ誰だー

「答える必要などない」

ーそうかー

ーじゃ、俺らは、俺らのやるべき事をやろうかー

白銀の髪の男が、袂から扇子を取り出して振り抜くと、風と共に水柱が舞い、六人の視界を塞いだ。

「皇牙!!」

扇で風を起こし、その中に結界が張られた時、黒髪の男が、皇牙の目の前に現れた。
拳が突き出される瞬間、羅偉の刀が、男に振り下ろされたが、次の瞬間には、男達は、それぞれ、別の所にいた。

「チッ」

舌打ちをした羅偉が、白銀の男に向かったが、黒髪の男が目の前に現れ、拳が振るわれる。
影千代の風が、それを防ぎ、皇牙の鉤爪が、黒髪の男に向かったが、白銀の男の水柱で防がれた。
たった二人の男に、六人は、押され続け、気付けば、後ろに大きな谷のような穴が現れた。

「…強ぇ…」

妖かしの里で、長を務める六人でも、二人の強さは、比べ物にならない。
そんな中、向けられた水柱の勢いに負けそうになり、菜門が、一瞬、特別な力を使ってしまい、その表情が変わった。

ーあの力…ー

ー…さては、蓮花アイツの血でも舐めたかー

ーじゃ蓮は…ー

その瞳には、怒りが滲み始め、次の瞬間、水柱が二人を囲い、大きな水の玉となり、包み込むと、一気に弾け飛んだ。
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