黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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二十七話

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その腕や拳を水が覆い、翼のような扇形の水が、二人の背中に現れた。

ー許さぬぞー

ー奈落に堕ちろー

その速さが一気に増し、菜門の結界が何度も破られ、雪椰の吹雪も、季麗の火の玉も、影千代の風さえ、吹き飛ばされた。

「ちきしょ!!」

自棄になった羅偉が、何本もの雷を落としたが、ヒラヒラと避けられてしまい、菜門の胸に、水の刀が向けられた。

ー死ねー

その時、鈴の音が響き渡り、二人の動きが止まった。

ー…これは…ー

その音色を響かせながら、暗闇の中から、光を放つ小さな鈴の音が近付き、クルクルと、二人の男の周りを回り、六人の前で止まった。

ー…ご無沙汰しています。優羅さん。陽翔さんー

鈴の光が強まり、柔らかな光の輪が幾重にも重なり、大きく広がると、周囲に声が響いた。

ー蓮!!お前、だいじょ…ー

ー偉大な我が師範に、お願いがありますー

声が遮られ、淡々と話し始めると、黒髪の男は、眉を寄せて肩を落とした。

ー落ち着け。言珠コトダマだー

ーあぁ…そうか…ー

ーお二人の前におります、妖かし達は、我、式達の願いを馳せた希望ヒカリ。どうか、彼らの声を聞き、その手助けをしてやって下さいー

光越しに六人を見つめ、二人は、口元に力を入れた。

ー優羅さん。陽翔さん。どうか。彼らをお願いしますー

光の輪が弾け、鈴が足元に転がると、それを拾い上げた黒髪の男が、六人に視線を向けた。

ー話せー

「実は、今、里で一人の少年の霊が暴れてまして、蓮花さんに手伝ってもらい、両親を探しに来たんです」

二人は、頭の先から足の先まで視線を動かしてから、ヒソヒソと、何かを話し始めた。

ーあの力はどうしたー

「デカイ影に襲われた時に貰ったんだ」

ー貰った?ー

「特別な方法で、力を結晶化させて、取り出したのを、俺らの胸に埋め込んでくれたんだよ」

二人は、大きな溜め息をついた。

ーまたかー

ーらしいって言えばらしいがなー

「あのさ。もしかして、蓮花ちゃんの師範って…」

ー俺らだー

六人は、驚きで、口を半開きにして、立ち尽くした。
黒髪の男が、苦笑いしながら、自分を指差した。

ー俺が陽翔。こっちが優羅だ。立ち話してる余裕もないだろ。とりあえず一緒に来いー

歩き始めた二人を追い、ただ真っ直ぐに進んで行くが、真っ白な世界が、時間の流れを忘れさせる。

「あの。何処に向かってるのですか?」

ー迷いの森だー

「迷いの森?」

ー黄泉の事は、聞いてるな?ー

「はい」

人も妖かしも、どんな霊も黄泉に向かう為、時空を越えなければならない。
だが、時折、途を反れてしまい、迷ってしまう者もいる。

ーそんな者が行き着くのが、迷いの森だー

「お二人もですか?」

ー違うー

「じゃ、どうして?」

六人が首を傾げると、優羅の視線が足元に向かった。

ー俺らは、事情があって、此処に留まっているー

「どうゆう事だ」

ーお前らは、蓮を何処まで知ってるー

「えっと…陰陽師の血族で、黄泉世の護人で…」

指を折る羅偉を横目で見て、優羅と陽翔は、小さく微笑んだ。

「あと、頑張り屋さんだね?それに、とっても優しくて、俺らなんか、足元にも及ばない程強い女性ヒト

ーそうか。そんなに知っているなら、我らの事も聞いているだろうー

「いや。死んだ事しか聞いてない」

影千代が答えると、先を歩いていた二人は、立ち止まり、勢い良く振り返り、驚いた顔を向けた。

ー俺らの死んだ理由も聞いてないのか?ー

「ないね」

ー気にならんのか?ー

「気にはなるが、無理に聞こうとは思わん」

ー何故だー

「蓮花ちゃんが、話したくなってからで良いかなって」

何度も頷く六人を見つめ、驚いていた二人は、大声で笑い始め、季麗と影千代の眉間にシワが寄った。

ーすまんなー

ーいや~。蓮らしいなー

ーあぁ。昔と変わらんー

「あの…お二人の事、聞いても良いですか?」

小さく手を挙げて、雪椰が、ニッコリ笑うと、二人は、鼻で溜め息をつき、前に向き直り、ゆっくりと歩き出した。

ー最初は、何故、人の子に術を教えなければならんのだと思っておったー

ー俺も。あんなチビに。しかも女だ。体術なんて必要ないと思ってたー

叔父と佐久に頼まれ、抗議もしたが、それでも、二人は引き下がらなかった。

ーそこで、陽翔と軽い手合わせをする事になったのだがー

ー何も知らないと思ってたから、甘く見てたんだ。コテンパンにやられたよー

それまでは、佐久や斑尾に教えてもらい、それなりの体術を修得していた。
だが、二人に教わるには、限界があり、叔父夫婦とも話し合い、師範の中のツートップだった優羅と陽翔に頼む事になった。

ーその時、我らは、蓮花が特殊な人の子であると知り、我らに出来る事をしてやろうと思ったのだー

ーそれから暫くして、蓮の血族の話とか、黄泉世の護人ってのも知ったー

それに加え、どんなに辛い状況でも、必死にやり遂げようとする姿が、二人を少しずつ変えた。

ーある程度の術も覚え、体術も指南所で一番になったー

「お二人は、いつ亡くなったんですか?」

ー蓮が十三の時だったな?ー

ーあぁ。誕生日に、二人で、着物を贈ってやったー

「誕生日に、贈り物なんて、素敵じゃない」

「それだけ、蓮花さんを大切にしてたんですね」

ーあぁ。蓮花は、我らの宝だー

幼くも美しく、心清らかで、分け隔てない優しさ、小さな体でも力強い。

ー蓮花は頭も良いー

ー才色兼備。文武両道。蓮の事を話すなら、それが、一番合ってるかもなー

ー全てを兼ね備えているのに、謙虚な態度ー

それは、人としても、本当に凄い事で、生きてる人の中で、それが出来るのは、本当に一握りしかいない。

ー村の子達も、蓮花がいなければ、あんな風にならんかった。己を見せ、他者を変える。その影響力は、凄まじいモノであり、素晴らしい。そんな蓮花の師範になれた事が誇りであり、我らにとって、蓮花は宝となったー

ーそんな宝を失う訳にはいかない。だから、俺らが此処に来たー

ー十六年前。大量の悪妖に村が襲われたー

村人が総出で戦い、寺の裏山の一ヶ所に集める事が出来た。

ー蓮は、村や戦う俺らを守る為に、此処を開放し、全ての悪妖を押し込んだー

ーだが、いくら強くとも、全ての悪妖を押し込むのに、大きな入口を開いた事が、蓮花には、かなりの負担となったー

普段なら、押し込んだ後、すぐに入口を閉じれたが、その時は、あまりにも大き過ぎて、かなりの時間を要した。

ー後少しとなった時、一匹の狐と猫が、じゃれ合うように、蓮花の前に飛び出したー

「もしかして、白夜さんと流青さんですか?」

ーほう。出会いも聞いていたかー

「いえ。あのお二人のは、まだですが、年数的に、そうなのかなと思いまして」

ー元々、落ち着きのない奴らでなー

その時まで、姿も見せずに、山の中を駆け回っていたが、悪さをする訳でもなかった。

ー近付くなと言えば良かったんだー

「どうしてですか?」

ー此方と彼方では、圧が違う。その為、多くのモノが、此方に吸い込まれてしまうー

「だが、蓮花なら何とか出来るだろ」

ー確かに、普段の蓮花なら、入口を開いたと同時に結界を張れるが、当時は、かなりの力を消耗していてのもあり、それが出来んかったー

ーだから、蓮は、二人を庇った。自ら、吸い込まれると分かっていながらー

「蓮花だったら、自分で帰って来れんだろ」

ー今はな。あの頃の蓮花は、此方から開けられなかったー

ーそれに、力の消耗が激しすぎて、いつ戻れるかも分からなかったし、爺達からも、そんな時に此処に来たら、そのまま、逝ってしまうかもしれないって、聞かされてたからなー

「それで、お二人は、どうしたんですか?」

ー吸い込まれる蓮花の腕を掴んだー

ー俺らがどうにかする。だから閉じろ。そう言って、入口を閉じさせたー

その時、最後の最後で、引き寄せる力が強まり、一気に吸い込まれそうになり、掴んでいた腕を引き寄せ、二人は、体の半分が挟まれてしまった。

ー必死になってた蓮には、悪いと思ったが、俺らで良かったー

「どうゆう事だ」

ー挟まれてしまった者は、あの世に逝けなくなるー

「どうして?」

その時、その時の記憶が消え、新たな命として、生まれ変わる。
命とは、一つの霊が、転生を繰り返している。
だが、時々、転生が、上手く出来ない事もあった。
だから、極稀に、前世の記憶を残して、転生してしまうモノもあった。

「それで?」

ー時空を越える時、霊は、小さな光の粒子となるのを知ってるか?ー

「あれは、本当に綺麗だよね」

ー霊には、それぞれ、粒子の数が決まってるー

「へぇ。じゃ、粒子が揃わない霊は、どうなるんだ?」

ー粒子が揃わなければ、一つの霊となれない。いくら、黄泉が広くても、粒子までは、受け入れられない。その為、粒子が全て揃っていなければ、黄泉にさえ、向かう事が出来ないー

ー今のお前らは、蓮の力で、粒子にならないようになってる。だが、本来なら、此処に来た時から、粒子になってしまうー

ー此方は、粒子でしか存在できぬ。それは、強制的に開いた入口が閉じても同じだー

ー俺らの体は、半分が粒子になって、もう半分は現世に残ったー

「つまり、お二人の霊は、二つに分かれてしまったから、此処にいるって事ですか?」

ーそうだ。そして、散らばった霊が、一つになるには、気が狂いそうな程長いー

「じゃ、今の二人は?」

ーまだ半分だけだ。少しずつは、戻っているが、まだまだ時間が掛かるなー

ー我は、元が妖かしだ。少しくらい、我慢できるが、お主は退屈であろう?ー

ーいや。蓮の手助けが出来るなら、退屈なんて思わないさー

「手助けって?」

ー時々、蓮が悪妖を送って来る。それを退治するのが、今の俺らの役目だー

「じゃ、あの穴って…」

ー地獄への穴だ。落ちたら、どうなるんだろうなー

喉を鳴らすように、クククと笑う陽翔を見て、季麗や影千代まで、肩を小さく震わせると、優羅は、大きな溜め息をついた。

ー冗談だ。あれは、ただの通り途だー

「通り途?」

ー粒子となった霊が通る途だー

「そんな所に落としたら、現世に戻っちゃうんじゃない?」

ーあれは、一方通行になってる。彼方から来れても、此方から戻る事が出来ないー

ー戻れたとしても、翼がなければ即死だなー

「なんで」

ー霊が粒子になった時を思い出せば、簡単に分かるー

光を放ち、散り散りになった粒子は、空へと昇って逝く。
黄泉の入口は、地上にもあるが、それは、大昔の人が、儀式を行った時に、偶然出来てしまったモノであり、それを使ってるだけで、死ねば、自然の流れに寄り添い、必ず、空へと昇り、粒子となった霊だけが、時空を越え、還るべき場所へと向かう。

ーあんな所から戻ったら、翼のない者は、地上に向かって真っ逆さま。また、同じ途を通って、此処に戻って来るー

「ですが、何故、穴に落とすのですか?」

ー時間稼ぎだ。狭間の世界では、一定の時間が過ぎれば、その実体は粒子に変わるー

ー大体、一時間くらいで粒子化が始まるから、それまでの間、穴の底に置いとくんだー

「穴の先って、どうなってるの?」

ー底無し沼だ。一度落ちれば、粒子になるまで、上がって来れんー

ー霊が通る時は、凄いよなー

ーあぁ。とても神秘的だなー

「どんな感じ?」

ー蓮池のようになっていて、粒子が通る時だけ花開くー

空に昇った粒子は、何もない真っ暗な闇に入り、池の底で留まると、そこで、全てが揃うのを待ち続ける。
全てが揃うと、それらを吸い上げ、花を咲かせ、花弁と共に舞い上がる。

ーだから、粒子が舞い散る事もなく、一つの霊として、此処を越え、黄泉に向かう事が出来るー

「へぇ。じゃ、二人も池に入れば、簡単に揃うんじゃない?」

ーそれでも、それなりの時間が掛かるー

ーそれに、俺らは、蓮の加護で守られてる。それなら、蓮が来るまで、此処で待ってることにしたー

「加護とはなんだ」

ー護人である故の事だろう。蓮花の涙には、不思議な力があるー

ー蓮の涙が、此処での俺らを守ってるー

「どうゆう事だ」

ー我らの憶測でしかないが、蓮花が、心の底から相手を想い、流した涙には、不思議な力が宿り、それが、その霊を護り、彼方と変わらず、力を保持したまま、存在出来るようになるー

「変わらずって…あれが実力なのかよ」

ー半分になってる分、多少は劣っているー

「なんか、恐ろしいんだけど」

皇牙の呟きで、優羅と陽翔は、大声で笑い、六人に視線を向けた。

ー想いがあれば、強くなれるー

ー常に上を目指せ。そうすれば、必ず強くなれるー

「蓮花ちゃんや慈雷夜ちゃんも、同じ事言ってたね」

ー同じかー

「あれ?違った?」

ーそれは、陽翔が教えたことだ。我は、実力だけだと思ってたー

「へぇ。じゃ、陽翔ちゃんが、蓮花ちゃんの元になってるんだ」

ーそれも違うー

「なんで?」

ー俺は、蓮の祖父ジィさんから教えられたんだー

どんな小さなモノでも、命があり、光を抱いて生きている。
命とは、全てが平等であり、全てが同じ。
妖かしだろうと、人だろうと、動物だろうと、この世に生きる命は、尊重し、大切に扱わなければならない。

ーまぁ。俺も最初は、違う意味で解釈してたけどなー

「違う意味ですか?」

ー弱い者を強い者が守る為に、常に強くあるんだって意味だー

ーそうだったのかー

ー今更。前に話しただろー

ーそうだったか?ー

ーおいー

「あの~。いつから、今の考えになったんですか?」

ー蓮を見てたら、祖父さんの言ってた意味が理解出来た。女とか、男とか、小さいとか、大きいとか、そんな事は関係ない。大事なモノを守りたい。蓮は、その想いが大きかった。それが強さになるー

ーそういえば、蓮花は、泣き虫だったなー

「そうなんだ」

ー知らんかっただろー

「そう言われると…見たことねぇな」

ー蓮は、人前じゃ泣かない。俺らだって、目の前で泣かれたのは、死ぬ寸前だけだー

ーいつも、斑尾の膝で泣いてたなー

「斑尾ちゃんだけズルい」

ーそれだけ、斑尾を信頼してるのだ。我らでは、絶対に得られない信頼だー

「なぁ。変な事聞いて良いか?」

ーなんだー

「お前。人間だよな?」

ーまぁ…一応なー

「一応?」

ー陽翔は、特殊な血筋だー

「蓮花ちゃんみたいに?」

ー残念ながら、俺は、蓮とちょっと違うー

陽翔の祖先は、妖かしを嫌い、式神を持たなかった陰陽師が、妖かしと対抗する為に、極秘で作り出した人間。
所謂、人造人間だ。
式神のように、主となる陰陽師の盾となり、刀となって、迫り来る妖かしと戦う。
その体は、術を請け負える程、頑丈で、その身体能力は、人よりも妖かしに近い。

ー妖かしと戦う為だけに作られた。術が使えないだけで、ほぼ、お前らと同じだー

「人は、本当に勝手だ」

ーそうだな。だが、俺は、それに感謝してるー

「どうしてですか?」

ーこんな血筋だから、蓮と出会えた。蓮と触れ合えた。蓮と生きれた。それだけで、俺は十分幸せだー

本当に幸せそうに微笑む陽翔を見て、優羅は、淋しそうに微笑んでいた。

「優羅さんも、そう思いますか?」

ーまぁ。多少はなー

「龍族であるお前が、何故、あの村にいたんだ」

遥か昔から、知恵があり、妖力も、妖かしの中では、一番強い種族である龍族。
斑尾達が出てから、里を納めていたのは、龍族だったが、突然、里から姿を消し、消息が分からなくなっていた。

ー…分からん。気付いた時には、あの村で、人に拾われていた。着いたぞー

目の前には、足元と同じように、薄緑の木々が鬱蒼と茂っている。

ーここの何処かにいるだろうー

「でも、どうして、ここだと分かったんですか?」

ー蓮が、お前らを此処に来させた。つまりは、黄泉にいないのを知ってたんだろー

「なんで、知ってるんだ」

ーさぁな。還ったら、直接蓮花アイツに聞けばいいー

意地悪な笑みを浮かべ、視線を向けられた六人は、それぞれで、視線を合わせてから、森を見つめた。

ー早く行けー

「え~と…お二人は…」

ー我らは行かんー

「なんで?」

ー迷いたくないからだー

「でも、僕らは、此処を知らな…」

ー迷うのを知ってて、一緒に行く程、俺らは、お人好しじゃないー

ーここまで案内したのだ。あとは、自分らでなんとかしろー

腕組みをして、仁王立ちする二人を前に、六人は、不安そうな顔をした。

ー俺らまで迷ったら、お前ら、どうやって還るんだー

ー早く行け。ちゃんと蓮花の所まで送ってやるー

六人の中にあった不安が、少しずつ、削ぎ落とされる。

ー行って来いー

「…はい」

颯爽と森に入って行く六人を見送り、陽翔は、優羅に視線を向けた。

ーやるかー

ーそうだな。蓮花の為だー

六人の姿が見えなくなり、二人は、その場を離れ、また穴へと向かった。
季麗達が、狭間の世界に行ってから約一時間。
最初は、かなり手強かったが、一瞬の隙を突いて、光の筋で動きを封じ、二人の手を借りて、網のようにして、悪化する少年を抑え込んでいたが、雷螺の限界が近い。

「雷螺!!無理をするな!!」

「しておらん!!」

斑尾の声に怒鳴りながらも、顔を歪める雷螺を見てると、心苦しくなるが、少しでも時間が必要だ。
手首から数珠を外し、手に掛け、冥斬刀の柄で、地面を軽く叩くと、光が増し、筋が太くなり、雷螺の負担を減らした。

「蓮花!!」

「耐えろ!!」

そのまま、更に、三十分を耐えたが、雷螺が限界に達してしまい、弾き飛ばされてしまった。

「らっ!!」

少年から、向かって来た真っ黒な影を防ごうと、結界を張ったが、思っていた以上の力で、すぐに砕けてしまい、太ももを掠めた。

「いっ!!雷螺!!」

奇声を上げる少年から、真っ黒な影が、何本も立ち上がり、倒れる雷螺に向かい、振り下ろされた時、亥鈴が現れ、寸での所で、それを防いだ。

「大丈夫か!!」

「あぁ…すまっ!!蓮花様!!」

亥鈴に弾かれた影が向けられ、痛みを耐えながら、避けていたが、雷が落とされた。
結界が間に合わない。
だが、次の瞬間、斑尾が、それを弾き、少年に向かった。

「斑尾!!」

「伏せろ!!」

斑尾の秘技、明仁來洸ミョウジンライコウ
神獣である斑尾にしか出来ない術だ。
額に浮かび上がる印から、目が眩む程の光と威圧を放ち、相手の動きを鈍らせることが出来るが、斑尾以外が、動けなくなるのが難点だ。
顔を伏せると、雷螺を庇うように、亥鈴が覆い被さり、斑尾が光を放った。
少年の動きが、一瞬止まった隙に、拾い上げられ、亥鈴の方に飛んだ。

「大丈夫か」

「あぁ。奴らはどうした」

「狭間だ」

驚く顔をした亥鈴の下で、雷螺は、少年に視線を向けたまま、立ち上がった。

「来るぞ」

事情を説明する暇がない程、少年の攻撃が激しくなり、フラフラと、足が覚束なくなってきた。

「解!!」

数珠が弾け飛び、それらが、斑尾達の周りを回っている間は、本来の力で居られるが、自身の守備は、疎かになってしまう。

「離れてろ」

「ごめん」

斑尾達に任せ、茂みに入り、袴を捲って太ももを見ると、ただ掠めただけが、大きく裂けたような傷が出来ていた。
服が裂けてないのに、そこにある大きな傷から痺れが広がる。
傷を覆うように、護符を何枚も貼ると、動けるようになり、茂みから様子を覗きながら、冥斬刀の柄で線を引き、池を囲って、数珠を線の上に誘導した。

「急急如律令」

数珠が光を放ち、光の筋が立ち上がると、弾け飛び、草蝕手が姿を現したが、前回のと少し違い、主となるモノがない分、茂みの暗闇に紛れる程、細長い、蔓のようなモノだった。

「哀しき御霊を捕らえよ」

地面を這うように伸び、少年の元に向かう。
上手く出来れば、斑尾達の負担が、少しでも減らせるが、主のない草蝕手で、どれくらい耐えられるか分からない。
体に絡み付き、這い上がろうとする草蝕手を少年は、奇声を上げながら、振り払い、叩き落としていく。

「斑尾!!」

フラフラしながらも、立ち上がって、少年を睨む斑尾に走り寄ると、その後ろで、雷螺が肩で息をしていた。

「雷螺!!」

「我らがなんとかする。雷螺を頼むぞ」

「分かった」

草蝕手で、動きが鈍くなった少年の相手を二人に任せ、傷付く雷螺の手当てを始めた。

「ごめんね?雷螺。無理させちゃって」

「いえ…ワレが未熟な…だけで…」

「そんな事ないよ。有り難う。雷螺」

小さく微笑み、目を閉じる雷螺を見てると、昔を思い出すが、それに浸る時間がない。
とにかく、雷螺の傷に護符を貼る。

「妃乃環か紅夜呼べないかな」

「無理…かと…」

気高き雷獣の雷螺が、弱ってる姿から、目を反らしたくなるが、反らしてはならない。
目の前の現実を受け止め、出来ることをやる。
この体でも、かなりの力を消耗していて、相手が楽な治療が出来ない。
だが、傷を消すことは出来る。
冥斬刀は、この世に在って、この世に無いモノを切る。
逆に、そこに在るモノを無へと返すことも出来るが、それには、痛みが生じる。

「雷螺。少し我慢してね?」

護符の下に在る傷を削ぐように、冥斬刀で、雷螺の体を撫でる。
顔を歪め、苦しむ雷螺の体から、ハラリと護符が剥がれ落ちると、そこに在った傷は、綺麗に消えた。

「ごめんね…ごめんね…少しだけだから…もう少しだから…」

涙が溢れそうになり、必死に堪えながら、雷螺の体を撫でるように、傷を消している後ろで、斑尾と亥鈴は、少年を抑えようとしている。

「早く…還って来て…お願い」

そう呟いた時、大粒の雨が降り始め、頬に触れた暖かさに、空に視線を向けると、大きな水の玉があった。

「亥鈴!!」

空に飛び立ち、軌道が修正された水の玉に向かい、冥斬刀を振るうと、光の筋が走り、割れた中から、季麗達が降り立った。

「二人は!!」

「こちらに!!」

菜門が差し出した光の玉を受け取り、見つめると、確かに、二人の姿があった。

「お願い。力を貸して?」

二人が頷くように、光が増した。

「御霊よ。心髄となり、我、力となれ」

草蝕手が体を這い上がり、光の玉を飲み込むと、周囲を光が満たす。
その眩さに、真っ黒な影が小さくなり、その姿が見え、霊を宿した草蝕手が、苦しむ少年を囲んだ。

ーやめてー

優しい女の声が響き、少年は、驚きながらも、光の中に視線を向けた。
寄り添うようにして、両親が現れ、少年の影が薄れ、瞳が、本来の栗色に戻った。

ー父様…母様…どうして…ー

ーごめんなさい。私達は、お前と同じになってしまったのー

二年前。
月命日の前日、二人は、少年が好きだった花を摘みに、人間界近くの森の中に向かった。
その時、怪我をした一人の男と出会い、二人は、苦しむ男の手当てをした。

『ありがとうございます。助かりました』

『いえ。それでは』

『あの。助けて頂いたお礼をさせてくれませんか?』

『いえ。先を急ぎますので』

『そう言わずに。何かお探しですか?』

『息子に供える花を探しに…』

『なら、この先に、珍しい花があるんです。ご案内しますよ』

『…行ってみようか』

『そうね』

『では、よろしくお願いします』

『はい。こちらです』

その優しさを信じ、二人は、男の提案を受け入れた。
だが、その全てが嘘で、連れて行かれた場所は、薄暗く怪しい場所だった。
男に騙され、白い服を着た怪しい男達に捕まってしまい、薬を飲まされたり、体に傷を付けられりと、酷い仕打ちを受けた。

『…そろそろ限界か』

『なら、解剖してみましょうか』

その会話が聞こえ、一瞬の隙をついて、必死に逃げ出したが、体は限界だった。
ボロボロの体を引きずり、互いを支え合いながらも、必死に里へと帰ろうとしたが、森の中で、その命は尽きてしまい、二人は、そのまま亡くなってしまったのだ。

ー遅くなって、ごめんなさいー

少年は、顔を歪ませながら、視線を落とした。

ーこれからは、また一緒だー

ー私達と一緒に逝きましょう?ね?ー

ー…だ…ウソだ…うそだうそだうそだうそだうそだうそだ!!うそだーーーー!!ー

顔を上げた少年の瞳が、再び紅く染まり、真っ黒な影が立ち上がった。

ー忘レてたクセに!!ー

ー忘れてない!!ー

ーウソだ!!ー

ー嘘じゃない!!俺らは、お前をずっと…ー

ーなら…どうしテ迎えニ来てくれなかったの…ー

涙が少年の頬を滑り落ち、両親は、気まずそうに視線を泳がせた。

ーどうしテ来てくレなかったのさ!!ー

「来ようとしてた。でも、遠すぎて来れなかった。だから、二人を責めないで」

二人の間から、近付きながら、答えると、少年の影が大きくなった。

ーオ前らが…オ前ら人間ガ!!ー

ー違う!!彼女は…ー

「違わないよ」

振り返った二人は、悲しそうな顔をしていた。

「私は、二人に酷いことをしたのと同じ、人間だから」

ーでも…ー

「私は、同じ人間として、人間が犯した罪を償いたい。だから、二人の願いも、彼の想いも果たしてあげたい。私の自己満足かもしれないけど、それが、人間である私の役目だと思ってる」

今にも泣き出しそうな顔をする二人に微笑み、その後ろに見える少年を見つめた。

「長い間、ごめんなさい。どうか、二人を責めないで下さい」

深々と頭を下げると、二人は、唇を噛んで、悔しそうな顔をしてから、少年に向き直った。

ー元は、助けた俺が悪いんだー

ーそれを言ったら、私が花を摘みたいなんて言ったから。ごめんなさいー

互いが互いを庇い合い、自分が悪いと主張する二人を見つめ、少年は、徐々に視線を下げた。

ー…だよ…もう遅いンだよ!!ー

二人に向かう影を結界で防いだ。

「やめて!!これ以上やったら君が!!」

ーウルサイ!!人間さエ居なけレば!!オ前らサエ居なけレば!!ー

影が少年を飲み込もうと、大きく広がった時、その体を二人が抱きしめた。

ー離セー

ー離さないー

ー離セー

ー離さないー

ー離セ!!ー

ー離さない!!ー

二人から強い光が放たれ、広がっていた影が、どんどん小さくなる。

ーもう絶対に離さないー

ーもう一人ぼっちにしないよー

光の暖かさに、少年の瞳から、涙が頬を伝い、狂気が消えていく。

ー父様…母様…僕…ー

ー寂しかったよな?ー

ー辛かったよね?ー

大粒の涙を流し、大声で泣く少年の姿が、本来の姿に戻り、全てが元に戻った時、少年の胸に紫色の光が見えた。
見覚えのある光を取り除かなければ、小さなきっかけで、再び少年の狂気が目を覚ましてしまう。
素早く少年の後ろに回り、気付かれないように近付き、その光を放つ根元に手を伸ばし、一気に引き抜いた。
奇声に近い悲鳴を上げ、腕が振り抜かれた。

ー護人様!!ー

それを避けず、思いきり殴られたのを見て、両親は、驚きで叫んでしまった。

「大丈夫。ごめん。痛かった?」

ーダイ…ジョウブ。ちょっとビックリしただけだからー

狂気が完全に消え、少年を狂わせていた物を見つめ、それが、魔石の欠片であるのを確認した。

「君。これ、誰から貰ったの?」

ー…君みたいな格好した人ー

「真っ黒な人?」

ーそう。苦しいなら、これを飲めば楽になるってー

「いつ貰ったの?」

ー…三日前ー

月蝶が、すぐ近くにいる。
流青達に危機が迫っている。

「有り難う。還れますか?」

少年は、両親を見上げ、すぐに視線を落としてしまった。

「分からないんですね?」

ー…うんー

「なら、私が御送りします」

手を合わせると、光を帯びた草蝕手が、三人の周りに立ち上がった。

「逝きなさい。還るべき場所へ」

空に向かって伸びた草蝕手が、途標となり、三人は、光の粒子となりながら昇り始めた。

ー息子に会えて良かったー

ー本当に有り難うー

素直に喜び、微笑み合う三人に、微笑みを返した。

ー有り難う。さようならー

少年は、両親に手を引かれ、草蝕手の途を昇って逝った。
全てが終わり、手を叩くと、草蝕手も黄泉へと戻り、散らばっていた数珠も手首に戻った。

「斑尾!!亥鈴!!雷螺!!」

そんな事をやってる間に、三人は、菜門の手当てで、かなり回復していた。

「流青達が危ない。すぐに三人の所に向かう」

「御意」

「皆さんも、すぐ戻って」

「なんで?」

「月蝶が近くにいる。夜の外出は、かなり危険だから、皆さんからも、里の方々に伝えて。それと、月蝶を見付けても、絶対に近付かないで。アイツは、妖かしの力を狙ってる。雷螺。お願い」

「御意」

斑尾の背中に飛び乗り、亥鈴と共に風のように走り出すと、その姿は、すぐに見えなかくなった。

「…行っちゃった」

「ボサッとしとるな。早く知らせに行くぞ」

「分かってるって」

雷螺と共に走り出し、六人は、朱雀達と合流し、すぐに、それぞれの住処に向かい、怪我人や被害の確認をしてから、夜間の外出禁止令を出し、族長会議の準備を始めた。
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