黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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三十話

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三日後。
寺の前に、亥鈴を呼び寄せた。

「じゃ。ありがとね」

「あぁ」

「行ってらっしゃい」

多くの村人に見送られながら、亥鈴の肩に乗り、里に向かった。

「あれからどう?」

「蝕まれた悪妖が、暫し現れる程度。何の問題もありません」

「そっか。彼らは?」

「今は、里を守る為に必死なようです」

「なら、良かった。見付からないように、森に降ろして?」

「御意」

「それと、亥鈴。お前に名を返します」

「…どうしてもですか」

「うん。どうしても」

「我は、呼式の世界でも…」

「ダメ。ちゃんと生きなさい」

「しかし…」

「嫌なら、強制解除するよ?」

「…分かりました」

飛びながら、悲しそうに目を閉じた亥鈴に、頬擦りをして、寄り添ったまま、里の近くの森に降り立った。

「亥鈴」

両腕を広げ、亥鈴を抱き締めてから、式札を取り出した。
人形となった亥鈴も、式札を取り出して、両手で挟むように持つ。

「その名が元へ還れ」

抜け出た蒼白い靄と共に、亥鈴の記憶が流れ込む。
共に笑い、共に泣き、共に戦う姿は、亥鈴にとっての理想だったが、斑尾が、式神であるのを哀れんでいた。
斑尾が式神となれば、その想いも、その願いも、全てを隠し、主と背中合わせの運命を背負わなければならない。
それでも、斑尾は、式神であることを望んだ。
それだけが、亥鈴の哀しみだった。

ー二人の幸せが、我の幸せだったー

遠くに聞こえる亥鈴の声は、本当に哀しそうだった。

「ごめん。有り難う」

聞こえない呟きが、頬を撫でる風に乗って、空高く上り、消え去った。
それを見つめる紅いが、あったのも知らず、暗闇を携える森の中を歩き出す。
少年の霊が暴れ、里の中は、緊張状態が続いていた。
その為なのか、里のあちこちで、喧嘩が増えてしまい、季麗達は、その対応に追われていた。

「そろそろ、限界だよな」

「そうですね」

「しかし、都磨達すら見付かってない」

「蓮花ちゃんとも連絡取れないしね」

「覇知も使えん奴だ」

「仕方ありませんよ。池が消えたのですから」

長老の元に、酒天と慈雷夜が現れてから、連絡を取ろうと、朱雀達を向かわせたが、たどり着けず、覇知を使ってみたが、池の水が抜かれていた為、どうする事も出来なった。

「そこまでするくらい、蓮花ちゃんの方も大変なのかな?」

「かもしれませんね」

「でもさ。また、俺らだけ、何も知らされてないってのが、何か気に喰わねぇ」

「仕方あるまい」

「長老様には、知らせてんだろ?それが、気に喰わねぇんだよ」

「蓮花さんには、蓮花さんの考えがあるのでしょう」

「だけどよ」

「まぁまぁ。とりあえず、今は、斬馬達の居場所を探すのが先だよ」

「しかし、それも見付からん。こっちは、完全にお手上げだ」

唸るように、腕を組んで悩んでいると、外が騒がしくなり、季麗達は、大きな溜め息と共に騒ぎの方に向かった。

「何したの?」

「すみません。この者達が、屋敷に侵入しておりまして」

そこで、修螺を虐めていた子妖達が、大人の妖かし達に、取り押さえられていた。

「おめぇらも懲りないな。修螺は、ここにいねぇよ」

斑尾達が、里に現れてから、修螺と雪姫は、その手伝いで、里の中を駆け回っていた。

「お前らも、天戒達を見習ったらどうだ」

忙しい二人を手伝うように、天戒も、その手伝いをしていた。

「なんなら、今からでも手伝いますか?」

「…ごめんなさい」

子供達は、小さな声で呟くと、さっさと走り去ってしまった。

「んとに。どうやったら、修螺達みたいになるんだか」

「それこそ、蓮花さんや慈雷夜さんの人柄が、三人を変えたんですよ」

「確かにね。だから、村の子達は、あんなにスゴいんだろうね」

「季麗様!!」

そこに、朱雀が飛び込んで来た。

「修螺が!!修螺が!!」

「落ち着け。修螺がどうした」

「悪妖に襲われました!!」

六人は、目を大きく開き、バタバタと走り、朱雀の案内で、屋敷の一室に飛び込んだ。

「修螺!!」

だが、修螺は、頬や腕に掠り傷があるくらいで、なんともなかった。

「朱雀!!」

「あ。怒らないで下さい。襲われたのは、本当なんです」

「それで、その程度で済んだのか?」

「はい。ちょうど、伝言を伝えてた所だったので」

「悪妖は?」

「斑尾さんが、やっつけちゃいました。とても、カッコ良かったんです!飛ぶ敵に向かって、斑尾さんが、飛び上がり、手を翳して」

「修螺ちゃん。その話は、また今度聞くから。ね?」

興奮して、その光景を話そうとする肩に触れ、皇牙が苦笑いすると、修螺は、恥ずかしそうに笑った。

「すみません。えっと、悪妖が現れたのは、人狼側の川縁です」

「そっちか」

「はい。ちょうど、牢屋に向かう道と合流する道の手前で、相手は…」

懐から手描きの地図を出して、詳細の説明を始めた修螺を見つめ、大人も顔負けの対応に、六人は、心底、感心していた。

「…あの。僕の顔に、何か付いてますか?」

「いえ。先程の子供達と大違いだなと思いまして」

「子供達って、もしかして」

「お前を虐めてた奴らだよ」

「またですか。度々、すみません」

困ったように、頭を掻いて、謝る修螺は、本当に大人っぽい。

「お前が謝る事じゃねぇよ。アイツらも、お前らみたいになんねぇかな」

「さぁ。それは、僕には分かりませんし、難しいかもしれません」

「だよな。アイツら、お前を追う事しか、考えてねぇもんな」

「それは、どうでも良いと思います」

そこに、雪姫と天戒も現れ、修螺を挟んで隣に並んだ。

「追っても良いけど、追いきれないんじゃ、意味がないもん。ね?」

「そうゆう問題じゃないと思うけど」

「そうだよ。自分達のお師匠様を見る目がなかったのが悪いんだよ」

「その問題でもないかな」

困ったように笑う修螺を挟んで、あれやこれと、持論を繰り広げる雪姫達を見つめ、季麗達も、困った溜め息をついた。

「ところで、二人も、何か報告があったんじゃないの?」

「あ。そうだった」

「修螺君が襲われたってので、忘れそうだったね」

「僕のせいなんだ」

「妖狐族と天狗族との合流する道で、悪妖が現れましたが、居合わせた羅雪様と…」

呟いた修螺を無視して、雪姫が、地図を指差して、報告をすると、次は、天戒が報告を始めた。

「この道で、雪人族の男妖と座敷わらし族の女妖が…」

天戒も、二人と同じように、地図を指差して、報告するが、まだ、二人のように、詳細を事細かく、説明する事は出来なかった。

「僕から、もう一つあります。鬼族側と妖狐族側の森で、何か、強い光が、放たれたのを見た者が数名。しかし、その後は、何の変化もなかったとの事でした」

「光?どんな光ですか?」

「蒼白い靄のような光だったそうです」

「何の光だろうな」

「それについては、斑尾さんが調べて、報告する。と言ってました」

「それは、有り難いんだけどね~。俺らも、そろそろ、外に出て、周りの様子を確認したいんだけどな~」

「そのことなんですが、斑尾さんが、出ても良いけど、目的と行き先を聞いて、ちゃんと管理が出来るなら、なんとかしてやる。って言ってました」

「どうゆう事ですか?」

「目的が分かれば、どれくらいの時間を要するか分かり、行き先が分かれば、戻って来ない時は、対応できるから。とのことでした」

「あんまり、気が進まねぇな」

「ですが、とりあえずは、外出できるなら、僕らが、色々動けるようになりましたし」

「ん?俺らの外出の管理は、どうすんだ?」

「羅偉様方や茉様方の管理は、斑尾さんがするそうです」

「だと思った」

「仕方ないよ。外出許可が出ただけでも、良かったじゃん?」

「修螺。一つ良いか」

影千代に視線を向けられ、修螺は、首を傾げた。

「はい」

「お前らは、どうやって、彼らの居場所が分かるのだ」

「それは秘密です」

修螺より先に、雪姫が答え、天戒は、修螺に隠れるように、一歩後ろに下がった。

「すみません。斑尾さんから、キツく口止めされてるんです」

修螺は、苦笑いを浮かべ、雪姫に視線を向けた。

「僕、そろそろ戻るけど、姫ちゃんは、どうする?」

「ママにお使い頼まれてるんだ」

二人に視線を向けられ、天戒は、寂しそうに目を伏せた。

「…僕も帰るよ。修行しなくちゃ」

「分かった。じゃ、途中まで一緒行こうか。それでは、失礼します」

二人を連れて、外に向かう修螺の背中は、とても大きく、頼りがいのある男の背中になっていた。

「あれは、将来、人気になるだろうね」

「だな」

「下手したら、僕達よりも、慕われそうですね」

雪姫を送り届け、手を振って別れると、天狗族の屋敷に向かった。

「じゃ、またね」

「うん。また」

走り出した修螺を見送り、天戒は、小さな溜め息をついた。
修螺は変わった。
同年代の子に虐められ、泣いていた修螺が、今は、ずっと修行をしてた天戒を越え、強くなり、先頭に立っている。
それが誇りである反面、悔しさもある。
そんな複雑な感情を抱え、肩を落とし、天戒は、敷地の隅で、修行を始めたが、集中出来ず、何度も失敗していた。

「天戒」

そんな時、聞こえた声で、ビクッと肩を揺らし、恐る恐る振り返った。
無表情の影千代に見つめられ、天戒は、視線を反らした。

「天戒」

「はい」

「お前は知ってるのか」

首を傾げると、影千代は、鼻で溜め息をついた。

「修螺や雪姫のように、アイツらの居場所が分かるのか」

「…いえ。僕は分かりません」

「二人が、どうやってるのか分かるか」

「分かりません」

「…天戒。隠しても良い事ないぞ」

天戒は、嘘や隠し事をする時、右手の甲を擦るクセがあった。
下を向き、視線を合わせず、黙っている天戒を見下ろし、影千代は、大きな溜め息をついた。

「もう良い…今日は、もう寝ろ」

「…はい…」

小さな声で、返事をして、トボトボと歩いて、屋敷に上がろうとした。

「お前も、修螺のように、皆の役に立ちたいか?」

なりたくても、なれない。
そんな現実が、天戒を迷わせ、動きを止めさせた。

「お前が、そうなれないのは、俺の責任だ」

「そんな事ありません!!お師匠様は凄いです!!」

「お前、言ってただろう。彼らが、師匠の見る目がなかったと」

「それは、彼らの話です」

「だが、それは誰にでも言える。二人の師匠はアイツ。お前の師匠は俺だ。二人がなれて、お前がなれないのは、師匠である俺の責任だ」

尊敬してる影千代の言葉が、天戒を精神的に追い込む。

「今からでも遅くない。アイツの弟子になって…」

「厭です!!」

天戒は、涙目になりながら、影千代の着物を掴んだ。

「僕のお師匠様は影千代様です!!僕の目に狂いはありません!!」

涙の筋を作り、天戒は、唇を噛んだ。

「影千代様」

そこに、葵が現れた。

「修螺から、言伝てです。諸事情により、酒天と白夜は、ここを離れる。今後は、斑尾、理苑の両名に全てを任せた。との事でした」

夕暮れも近付いているのに、修螺は、まだ、斑尾達の手伝いをしている。

「分かった」

「それと、天戒にも。今、出来る事を必死にやれば良いんだよ。自分が、尊敬する人、目指す人が、恥ずかしくないように」

修螺は気付いていた。
自分を見て、暗い顔をしてた事も、自分が、天戒の気持ちを重くしてる事も、それを辛く思ってる事も、ちゃんと気付き、理解していた。

「天戒。羅偉様の時、修螺は、自分よりも、羅偉様や茉の事を考え、自分に出来る事をしていた」

修螺も、自分の非力さを悔やみ、とても辛い思いをしていた。

「もちろん、雪姫も同じだ」

でも、二人は、その時、出来る事を必死にやり、教えられた事を身に付け、少しずつ、自分達が出来る事を増やした。

「今の二人が、あれ程動けるのは、それ程の努力をしたから。その想いは、初めて会った時と変わらない。大好きな人の為、大事な者の為、自分の為に強くなる」

それが、修螺を大きくさせた。

「天戒は、それを気付くのが、二人よりも、少し遅かった。でも、それだけの事なんだよ」

葵の言葉が、天戒の肩を軽くしていく。

「確かに、見る目も必要かもしれない。でも、尊敬する人や大切な人が、恥ずかしくないようにする努力も、必要なんだ」

天戒は、影千代を見上げた。

「僕、斑尾様達に、お前には、まだ早い。って言われて、鈴を頂けませんでした」

「鈴?」

双子鈴ソウシリンと言う鈴です。二つで一つの鈴は、鳴らせば、何処にあるか分かるそうです」

「それで、お互いの居場所が分かるのか?」

「はい。皆様が、それぞれの鈴を渡してました」

「そうか。だから、二人は、アイツらの居場所が分かるのか」

「はい…僕も欲しかったです。二人と同じように」

「だが、貰えなかったのか」

「はい」

シュンとしている天戒を他所に、葵と影千代は、静かに頷き合った。
その後、天戒を部屋に帰し、影千代は、葵を使いに出し、天戒から聞いた事を季麗達に伝えさせた。
次の日になり、修螺と雪姫は、茉と羅雪に連れられ、朝一で、中央の屋敷に来ていた。

「修螺。鈴を渡してくれませんか?」

座るなり、雪椰が告げ、驚きで、声が出そうになった雪姫の手を握り、修螺は、真っ直ぐ、六人を見つめた。

「修螺」

「はい」

「私の言ってる意味が、分かりますか?」

「いえ」

茉達が、鼻で溜め息をつき、修螺の手に力が入った。

「昨夜、天戒が話してくれたそうです。修螺と雪姫には、彼らから、双子鈴を渡されていたと」

雪姫は、その場から逃げたくなった。
鈴を取られれば、二度と、斑尾達に会えなくなる。
そうなれば、手伝いが出来なくなる。

「…双子鈴は、許された者にしか、渡してはならない」

とても貴重な双子鈴は、鳴らせば、相手の居場所を知る事が出来る。
その為、敵に渡れば、危険になる。

「僕らは、斑尾さん達に選ばれ、それを持つ事が許されたんです。だから、渡せません。例え、羅偉様や茉様であっても、渡してはならないんです」

修螺の手の温もりが、雪姫の不安を小さくさせる。

「斑尾さん達の元を訪ねたいなら、僕らが案内します。ね?」

優しく微笑む修螺に、雪姫は、頬を赤らめながら、微笑みを返して頷いた。

「ですから、僕らの鈴は、お渡しできません」

修螺は、本当に頼もしくなった。

「だけどな?それを持ってたら、お前らが危険になるだろ?だから、俺らに…」

「渡しません」

自分達が、危険になったとしても、全体に鈴を出さない。

「修螺。皆様は、お前達の事を想って…」

「姫ちゃん」

雪姫に視線を向けられても、修螺は、真っ直ぐ前を見据えていた。

「僕の後ろに。何も聞かないで。何も見ないでいて」

「…分かった」

雪姫は、修螺の後ろに移動し、耳を塞ぎ、その背中に額を着け、目を閉じた。

「…僕は、天戒君が羨ましいです」

毎日、尊敬する影千代といれる天戒。
泣きたい時も、苦しい時も、悲しい時も、そこで、待っていれば、必ず、帰って来る。

「僕にも、家で、母さんが待っていますが、母さんは、親であって師匠じゃありません。当たり前かもしれませんが、僕が知りたい事を何でも教えてくれる訳じありません」

修螺にとって、師匠と呼べるのは、慈雷夜ただ一人で、遠く離れている。
次に会えるのが、いつになるかも、分からない。

「危険なことは、良く分かってます。でも、僕を信じて、鈴を渡してくれた慈雷夜さん達の期待を裏切りたくないんです」

「だけど、雪姫ちゃんは、女の子だよ?女の子に、そんな危険な物を持たせてるのは、男として、どうなの」

「姫ちゃんは、慈雷夜さんの鈴しか持ってません」

「どうして?」

「僕が言ったんです」

雪姫が、全員の鈴を持つのは、危険過ぎると考えた修螺は、慈雷夜のだけにさせていた。

「慈雷夜さんに会えた時の姫ちゃんは、本当に嬉しそうでした」

少しでも、慈雷夜の役に立ちたい。

「その為に、姫ちゃんは、毎日、頑張ってました。だから、慈雷夜さんの鈴だけを受け取らせました」

「修螺は、どうして、全員のを受け取ったんだ」

「僕に、本当の強さを教えてくれたのは、酒天さんと蓮ちゃんですから」

修螺は、恥ずかしそうに笑い、頬を掻いた。

「酒天さんに言われて、蓮ちゃんが教えてくれたことは、僕にとって、とっても、大きかったんです」

自分の力を信じる。
自分に負けるな。

「自分の為、蓮ちゃんも、酒天さんも戦っていたのを見てました。僕も、二人みたいに、僕の為に、出来る事をしたいと思ったんです」

「ですが、自分の身が危険になるのは、矛盾してるんじゃないですか?」

「分かってます。だから、僕は、呼ばれる側なんです」

「どうゆう事だ」

「双子鈴は、呼ぶ側と呼ばれる側になっていて、呼ばれる側は、振っても音がしませんが、呼ぶ側の音がすると、共鳴して音がなります。その為、本来なら、呼ぶ側を相手に渡すのですが、僕は、呼ばれる側を渡されたんです。だから、取り出さなくても、斑尾さん達が、鈴を鳴らせば、その音を辿って、居場所を知ることが出来るんです」

「でも、悪妖に襲われただろ」

「あれは、本当に偶然です」

「今回は、偶然だったかもしれませんが、相手が、それを理解していたら、また襲われるかもしれませんよ?」

「だから、誰にも言うな。と口止めされてたんです」

人の話など、何処から漏れるか分からない。

「見てるだけなら、僕が呼ばれてるなんて、分からないはずです」

「確かに。見てて、なんで、分かるのか不思議でした」

「話を聞いて、その原理が分かったと思います」

「まぁな」

「もし、この話が漏れれば、僕を狙い、鈴を奪えば、誰でも斑尾さん達の所に行けます」

「ちょっと待て。漏れればって言うが、今、この場には、俺らしかいないだろ」

「この場にいなくても、障子の影、襖の向こうなどから、漏れるかもしれないじゃないですか」

近くを通り、またまた聞こえたことを別の誰かに話し、話された側は、また別の誰かに話す。
他者から他者へと伝わり、いつの間にか、知られたくない者にまで、知られてしまう。
この世に生きる者の心理と、それが巡る悪循環は、時より命を危機に晒す。

「絶対なんて、この世には存在しないんです。今も、誰かが、聞いてるかもしれないですよ?」

焦ったように、朱雀達が、障子や襖を開けて、誰もいないのを確認したが、その場にいなくても、今までの話を聞いて、急いで、離れた可能性もある。

「修螺。どうして、そこまで話したのだ」

「言ってしまったからです」

修螺が、ニッコリ笑うと、季麗達は、影千代を見つめ、朱雀達は、葵を見つめた。

「すまない」

「いえ。予想してましたから。天戒君は、自分が劣っていて、悲しいと感じていたと思います。だから、近々、天戒君が話してしまうだろうなと」

「そこまで考えていたのか」

「斑尾さんに、教えてもらったんです」

沢山の可能性を考え、予測し、行動する事が、己の身を守る術にもなる。
修螺は、沢山考えた。
そして、周囲に気を配り、注意深く観察し、予測していた。

「だから、聞かれたら、話そうと思ってました。でも、姫ちゃんが一緒だったのは、予想外でした」

「何故ですか?」

「呼び出されるのは、僕だけだろうと考えてたからです。まさか、姫ちゃんも貰ってるのを知ってたと思ってなかったので」

「どうして?」

「天戒君は、慈雷夜さんと会った時、いなかったんです」

「ん?皆一緒じゃなかったのか?」

「バラバラでした。慈雷夜さんの時だけ、姫ちゃんを誘いましたけど」

「天戒は、どうして知ってたのだ」

「隠れて見てたんじゃないでしょうか」

修螺は、斑尾と会った時、天戒が隠れて、見ていたのを知っていたが、何も言わなかった。

「その時か」

「何がですか?」

「天戒には、まだ早いと言われたらしい」

それを聞いた修螺は、少し嬉しそうだった。

「では、話を戻しましょう。鈴を渡して下さい」

「厭です」

どうしても、鈴が欲しい季麗達を見つめ、修螺が、キッパリ断ると、朱雀達は、大きな溜め息をついた。

「修螺。いい加減…」

「渡しません」

「…仕方ありませんね」

雪椰が指を鳴らして、畳を凍らせると、修螺は、雪姫を抱えて飛び退いた。

「雪椰!!いくらなんでもやり過ぎだろ!!」

「聞かないなら、力ずくでも頂きます」

「だからって、二人相手にやり過ぎですよ」

「時間を稼ぐから、慈雷夜さんの所に」

「分かった」

ギャーギャー騒ぐ羅偉達の声に紛れて、修螺は、雪姫の耳元で囁き、静かに下ろすと、畳を叩き、氷を割った。

「修螺!!」

畳を立てて姿を隠し、雪姫を逃すと、修螺は、床板を叩き割り、季麗達の足元を崩した。

「修螺!!てめぇ!!いい加減に…」

「なら、引き下がって下さい」

いつの間にか、縁側に移動し、拳を炎で包んでいる修螺の真剣な顔付きは、鬼、本来の姿で、朱雀達は、小さく肩を震わせた。

「どうして、そんな必死になるの」

「守るんです」

拳を軽く着いた瞬間、畳の上を炎が走り、菜門が、結界を張って、それを防いだ。

「僕は僕の為。斑尾さん達を守る。そう決めたんです」

「俺らに敵うと思ってるのか」

「いえ。でも、負けません」

修螺の言葉が、季麗達を本気にさせた。
影千代の風が吹き、修螺は、庭に飛び退いて、茂みに飛び込んだ。

「そんなんで、隠れたつもりかよ」

羅偉が雷を落としたが、修螺は、池に飛び込んだ。

「お前は阿呆か」

季麗の火が、池を囲うと、木の上に飛び乗った。

「反撃しないんですか?」

雪椰の氷が飛び、木から、転がるように降り、手を開き、横に振り抜くと、鎌のように、炎が、刃となり、雪椰に向かったが、菜門の結界で防がれた。

「修螺。素直に鈴を…!!」

炎を防いだ瞬間、修螺の拳が、地面に叩き付けられ、菜門の足元に、火柱が立ち上がり、地面の中を這って、炎は、それぞれの足元に現れた。

「ウソだろ…」

朱雀達は、修螺と季麗達の攻防戦を見つめ、その光景に驚いた。

「アイツ…どうやって…」

「努力の賜物です」

そこに、雪姫に連れられて、慈雷夜が現れた。

「修螺は、人一倍の努力をしたんです。誰にも気付かれず、誰にも知られないように」

ボロボロになっても、必死に、守ろうとしているのは、修螺自身の想い。
弱い自分に負けるな。
相手に負けても、自分に負けない。
辛くても、苦しくても、怖くても、絶対、自分自身に負けない。
その為の努力。
何度、痛い思いをしても、必死に自身と戦い、その身に刻んだ。
誉められる事も、笑ってもらう事もなかったが、それでも、修螺は、一人で修行を続けていた。

「元々、修螺は努力家です。才があっても、努力を惜しんだら、彼らのようになるんですよ」

地面に開けた穴から、幾つもの火の玉が放たれ、季麗達は、上手く動けない。
唯一、空を飛べる影千代だけが、修螺に近付くことが出来た。
修螺は、一度だけ見た技をやろうとしていた。
斑尾のように、一回で、高く飛ぶ事が出来ないなら、何か踏み台を使えば良い。
一気に駆け出した修螺は、幹を蹴り、木を倒すと、それを駆け登り、屋根の近くで、飛び上がった。
翼を羽ばたかせ、更に、高い位置を飛ぶ影千代に向かい、屋敷の壁をおもいきり蹴った。

「影千代!!」

季麗が叫んだ時には、修螺は、影千代よりも、少し高い所にいた。
一瞬、その姿を見失い、振り向いた影千代を巻き込みながら、修螺は地面に落下した。

「影千代様!!修螺!!」

葵の声が響くと、砂煙の中から、一足先に、修螺が転がるように出てきた。

「影千代!!」

砂煙が落ち着くと、影千代の姿が現れ、誰もが驚いた。
影千代は、仰向けに倒れ、低い声で呻いていた。

「そんな…影千代様が…」

「…修螺!!もう許さねぇぞ!!」

羅偉が手を翳すと、修螺は、姿勢を低くして走り出した。

「逃がさねぇぞ!!」

羅偉の手から、大きな手が現れ、修螺を捕まえようとしたが、それをすり抜け、その胸に手を当て、至近距離で、炎の玉を放ち、羅偉の体は、後ろへと吹き飛び、背中を打ち付けた。

「羅偉様!!」

痛みに悶える羅偉を見てから、皇牙が、修螺に向かい、拳を振り上げた。
それを避け、皇牙の足を払い、後ろに回ると、その背中を蹴り飛ばし、距離を取るように飛んだが、後ろ回し蹴りが飛んできた。
しかし、その足を足場にした修螺は、足に炎を纏わせ、皇牙の背中を踏みつけた。

「皇牙様!!」

皇牙を踏み台にして、飛び退いた修螺に向かい、火の玉と雪の玉が飛んだ。
修螺は、地面を叩き、土を盛り上げると、その場から離れた。
土に火と雪の玉が当たり、霧を発生させると、皇牙は、その中に隠れるように走り、修螺に近付こうとしたが、影千代を落とした時の木を駆け登り、皇牙に目掛けて、炎の玉が放たれていた。
もろに、火の玉を受け、皇牙も、地面に伏せて、呻き始めた。

「皇牙様…」

木の上に立ち、太陽の光を背負い、逆光の中で、他の三人を見下ろす修螺は、鬼、そのものだった。
そんな修螺に向かい、季麗が、火の玉を放つと、木から飛び降り、真っ直ぐに菜門に向かって走った。
寸前の所で、修螺を防いだが、結界の表面を炎が走り抜け、地面を踏みつけると、菜門の足元を崩したが、雪の玉が放たれ、その場を飛び退き、後ろに立った季麗の足を払った。

「修螺!!もうやめろ!!」

茉が叫んでも、修螺は、動きを止めない。

「修螺!!」

「無駄です」

震える雪姫を抱き寄せ、慈雷夜は、季麗達と渡り合う修螺を見つめた。

「彼らが、諦めない限り、修螺も、戦い続けるでしょう。自分が死んだとしても」

「そんな…」

「頼む。止めてくれ。このままじゃ、修螺が…」

「もう、誰の声も届きませんよ。どちらかが、止まるまで」

悲しそうに、目を細める慈雷夜でさえ、もう修螺を止める事が出来ない。
修螺には、それ程の覚悟があった。
だが、経験の違いが、修螺の敗因だった。
倒れていた影千代達が、起き上がり、季麗達に応戦し、修螺は、徐々に追い込まれた。
痛みに顔を歪め、額から血を流して、フラフラになっても、修螺は立ち上がった。

「修螺。これが最後です。鈴を渡しなさい」

「渡さない…絶対…」

雪の玉が放たれ、転がるように避けると、皇牙が現れ、後ろに弾き飛ばされ、修螺は、屋敷の壁に背中を強打し、体を抱えるように膝を着いた。

「何故、鈴の事を?」

「実は…」

そんな中で、哉代は、慈雷夜に事情を説明していた。

「そうだっ!!雪姫っ!!」

弱った修螺に向かい、雪椰の雪の玉が向かうと、慈雷夜の腕から抜け出た雪姫が、涙を浮かべて、そのボロボロの体に抱きついた。
修螺は、そんな雪姫を庇うように、抱えると、背中を向けた。

「ごめん…」

「大丈夫」

「修螺!!雪姫!!」

羅雪の叫び声が響き、雪の玉が弾け、視界を遮った。

「雪椰様…ここまでしなくても…」

「我らに刃向かうからです。素直に鈴をっ!!」

視界が晴れ、二人の前に立つ理苑の姿に、雪椰は、驚きで声を詰まらせた。

「傲慢だ。その傲慢さは、妖かしならでは。しかし、それが己を滅ぼす」

指を鳴らすと、理苑の結界が、六人を覆った。
菜門が、結界を叩くが、ビクともしない。
羅偉が、何かを叫んでるが、その声も、外に漏れない。
皇牙が、足元を殴っても、何もならない。

「反省しろ。己の身勝手さを」

理苑が、手を上げると、地面を抉りながら、六人は宙に浮いた。

「大丈夫ですか?」

後ろの二人に向き直り、理苑が、膝を着くと、修螺の体が揺れた。

「無理しちゃダメですよ?」

肩を支えて、理苑は、困ったように微笑むと、修螺は弱々しく笑った。

「すみません」

「ゴメンね…私のせい…だよね…ゴメンね…」

ボロボロと涙を流して、何度も謝る雪姫の頬を撫でて、修螺はニッコリ笑った。

「違う。姫ちゃんのせいじゃないから。泣かないで。ね?」

痛む体を起こし、雪姫の頭を撫でる修螺は、ホッと、安心したように微笑んだ。

「ところで、何故、こんな事になったんですか?」

「斑尾の余計な一言で、ここまで大きくなったみたいです」

「余計な一言?」

「天戒殿にまだ早いと言ったらしいです」

「あの阿呆は、何を考えてるんですか」

「阿呆で悪かったな」

そこに、妖かしの姿で、斑尾が現れ、屋根の上に降り立った。

「大丈夫か?」

「はい。なんとか」

「そうか。娘は大丈夫か?」

「大丈夫です」

「とりあえず、修螺の手当てをお願い出来ますか?」

しっかりと頷き、雪姫は、修螺を支え、屋敷の奥へと消えた。

「さて。背中のソレを降ろしてもらえますか?」

ニッコリ笑って、理苑に見つめられると、斑尾は、庭先に降り立ち、背中に乗せていたモノを振り落とした。

「天戒?どうして、ここに?」

振り落とされて、砂を払いながら、起き上がった天戒を見つめ、茉が呟くと、縁側に慈雷夜が進み出た。

「私が連れて来させました」

雪姫が知らせに来た時、慈雷夜は、理苑と斑尾にも知らせ、天戒を連れて来させていた。

「いつからいたんだ?」

「私が着いた時には、二人共、着いてましたよ?」

「何故、止めなかったんですか!!」

「見せる為です」

三人に見つめられ、天戒は、下を向いて、唇を噛んでいた。

「あのままだったら、どうなったか分かりますか?」

慈雷夜の声に、天戒の肩が震えた。

「我々が、修螺を選んだ理由が分かりますか?」

理苑の言葉で、天戒の拳が震えた。

「お前は何も言えんのか!!」

斑尾の怒鳴り声で、天戒は、その場に屈み、耳を塞いでしまい、三人は、大きな溜め息をついた。

「駄目ですね」

「そのようですね。斑尾が、言いたくなるのも分かります」

震える天戒を見下ろし、斑尾は、鼻を鳴らすと、屋根の上に舞い戻った。

「その小僧は未熟だ。未熟過ぎるのだ。自分の保身だけで仲間も守れん」

「まぁ。子供らしいと言えば、子供らしいのですが、それでは、何も変わりませんからね」

「修螺の背中を見てても、何も変わらないのは、その子が、周りを見れないからでしょうね」

二人も屋根に乗り、妖かしの姿に変わった。

「すまない。俺の配慮が足らなかったんだ」

葵が天戒の隣に並び、三人を見上げた。

「まだ甘やかすんですか」

三人の顔色が変わり、晴れていた空を雲が覆った。

「それも、大人の役目。とでも言いますか?」

「しかし。天戒は、まだ幼い…」

「愚か者!!」

理苑の怒鳴り声と共に雷が落ち、二人の目の前の地面を抉った。
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