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三十二話
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彼女は、黄泉に還る時まで、ずっと、季麗を想っていた。
「きっと…きっと幸せさ。物凄く幸せさ」
季麗は、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうね。ところで、二人は、いつ結婚するの?」
季麗の墓参りを結婚報告と勘違いし、女性は、ニコニコと笑った。
「暫く先だ。だが、直に嫁としてっ痛っ!!」
再び、足を踏みつけ、季麗の言葉を遮り、女性に微笑みを向けた。
「意気地無しの友人が、連れてけって言うので、仕方なく、連れてきたんですよ?」
「そうだったの。ごめんなさいね?私、てっきり、お付き合いされてるのかと」
「いえ」
ニッコリ笑うと、女性は、寂しそうに笑った。
「もっと、早く、貴女に会いたかったわ」
「どうしてですか?」
首を傾げると、女性は、バックから、一枚の写真を取り出した。
「私の孫の子。生きてたら、貴女と同じくらいかしらね」
その写真には、先日、強制的に黄泉へと還した霊が写っていた。
「まだ、若かったのよ?でも、いじめが原因だったみたいでね。中学生の時に亡くなったの」
「もしかして、自殺ですか?」
「そう。今でも、孫が言ってるの。一緒に住んでたのに。いつも、一緒にいたのに。ってね」
「大好きな人達に、心配を掛けたくなかったんですよ」
いじめを受ける人は、優しさや個性を持つ者が多い為、家族や友人に、心配させないように、助けを求めないことが多く、思い詰め、自身の命を断ってしまう。
立ち直る者もいるが、彼女は、そうなれなかった。
「だから嘆かないで。前を向いて。強くならなきゃ。今は、二度と戻らないんですから」
失われた時間は、二度と戻らない。
それは、どの霊も同じ。
遺された者が、嘆き哀しんでいたら、心残りが、その霊を縛り付けてしまう。
気付けなかったは、遺された者が思うことで、助けを求められなかったは、逝く者が思うことで、それが鎖となってしまう。
だが、生きてる者も、霊となった者も、戻らない時間に縛られていては、前に進めない。
「彼女が笑えるように、自分達も笑って生きる。彼女が幸せになるように、自分達も幸せになる。そう願って、前を向いて、未来に歩くんです」
それが、還る霊に安らぎを与え、遺された者も、平穏を保てる。
遺される者も、逝く者も、両者が、互いを想い合う心を持つ。
「もう、彼女は前を向いて、それを願ってます。だから、ご両親も、ご家族も、前を向いて下さい」
「…貴女は、不思議な人ね。まるで、彼女の…亡くなった人の気持ちが、分かってるみたい」
「分かりますよ?だって、彼女も、私も、アナタも、皆、一つの霊ですから」
ニッコリ笑うと、女性も、晴れやかな顔で、優しく微笑んだ。
「ホント不思議な人ね」
「良く言われます」
「でも、素敵ね」
「有り難うございます」
女性は、嬉しそうに微笑み、写真を見下ろした。
「貴女みたいな人が増えたら、きっと、この子みたいに、苦しむ子がいなくなるでしょうね」
「それは、難しいと思います」
同じ霊でも、その考え方も、感じ方も、想い方も、一つ一つが違うから、皆が皆、同じ想いを抱くことは出来ない。
「でも、少しは、減らせると思います」
一つ一つが、その中心に、大切な想いを抱き、強くなれたなら、この世は、もっと、別の未来を築くことが出来る。
そうなれば、多くの霊が望む未来に、少しでも、近付けるかもしれない。
「大切なのは、伝える事だと思います」
自分の想いも、考えも、全てを話して、伝える事で、少しずつでも広まれば、どの霊も、大切な想いを抱くことが出来る。
「でも、押し付けないで欲しいんです。ただ、伝え合うんです」
自分がそうだから、他者もそうだとは限らない。
だから、自分を押し付けるように、話すのではなく、自分の想いや考えを伝え、相手の想いも考えも聞く。
そうすれば、互いが互いを理解し、本当に大切な事に気付けるはず。
「まぁ。それが、上手く出来ないのが、人なんですけどね」
苦笑いすると、女性は、瞳を輝かせ、首を振った。
「有り難う…そうね。大切な事は、伝えなきゃね。私も、この子が、幸せになれるように。孫も笑えるように。ちゃんと伝えるわ」
「きっと、伝えられます。優しい彼女のご両親なのですから」
「有り難う…本当に有り難う…」
手を取り、涙を浮かべた女性が、背中を丸め、何度も繰り返す呟きに、苦笑いしてると、季麗の肩を叩かれた。
「おい。いつまで話してるんだ」
「あ。忘れてた」
「お前、その前に、俺に謝る事があるだろう」
「あったっけ?」
「お前…さっきから、俺が何か言おうとすると、邪魔してるだろう。折角、俺がお前を嫁にぃっ!!」
踵で脛を蹴り飛ばし、季麗は、屈んで、背中を丸めた。
「すみません。そろそろ、失礼しますね?」
「えぇ。私も引き止めてしまって」
「いえ。それでは、失礼します」
頭を下げ、さっさと、歩き始めると、置き去りにしたはずの季麗が、隣に並んだ。
「お前!!なんなんだ!!踏んだり蹴ったりして!!」
「季麗が悪いの」
「何が悪いのだ!!俺は…」
「はいはい。私が付き合うのは、ここまでだから」
石段の下で、季麗に向かい、手を振り、すぐ近くの林に足を向けた。
「どうゆう事だ」
「もう吹っ切れたでしょ?」
視線を向けると、季麗は、目を伏せた。
「そうかもしれんが…だが…」
「ここからは、君一人で歩くんだよ。君の未来を」
理苑が現れると、季麗は、伸ばそうとした手を引っ込め、拳を作った。
「君達は君達。私は私。それぞれが、それぞれで歩く。また、会えたなら、笑って、手を振れるように。胸を張って。ね?」
ニッコリ笑い、手を上げて、理苑と共に林に入り、姿を消すと、季麗は、寂しそうだが、スッキリした顔をしていた。
「…有り難う。今度は、必ず、お前を貰いに行く…」
呟きを漏らし、一人で来た道を戻る季麗の背中を見送った。
その場を離れ、誰も来ないような林の奥で、理苑に視線を向けた。
「どう?納得出来た?」
「はい」
「じゃ、理苑。今まで有り難う」
「いえ。我こそ…有り難うございました」
「理苑。お前に名を返します」
「はい」
理苑は、彼らが目指す未来を見れて、安心してるように、ニッコリ笑った。
「その名が元へ還れ」
理苑の記憶は、斑尾との事ばかりだった。
斑尾との口喧嘩。
斑尾との笑顔。
斑尾との涙。
理苑にとって、その光景に写る姿が、絶対の存在だった。
ー信じてます…我は、貴女を信じていますー
遠くに消える理苑は、涙の筋を作りながら、最後まで笑っていた。
理苑は強い。
これからは、きっと、一人で歩める。
残すは、斑尾だけとなり、最期の時に向かい、人の目を避け、妖かしの住む里へ向かった。
哀しき未来を選んでしまい、憐れな月蝶を黄泉へと還す為、大切な霊の為に歩き出す。
季麗が墓参りから戻ると、すぐに新たな問題に直面していた。
「何故、今奴らが動き出すのだ」
「こちらが、混乱してる今を狙ってかと」
妖狐と対立している狸族が、妖狐の住処に攻めて入ろうとしているとの情報が入り、季麗は、その対応に追われていた。
「アイツらの所に、援護は頼めんのか」
「はい。皆様、対応に追われております」
妖狐だけでなく、実際は、それぞれが、それぞれ対立している族が、攻めて入ろうとしている情報が入り、その対応で、他の族に手を貸す余裕がない。
「こんな時にいないとは、役に立たん奴らだ」
理苑が居なくなり、斑尾が、一人になってしまい、里の中にまで、手が回らないのを誰も知らない。
「季麗様!!東に敵が!!」
「下の者を回せ」
「数が足りません」
「仕方ない。俺らも出るぞ」
季麗や朱雀も前線に立ち、他の者と一緒に住処を守っていた。
夕暮れも近付いていたが、敵の勢力は弱まることなく、侵略を進めていた。
「季麗様!!中央の屋敷に敵が!!」
「分かった。今行く。朱雀。ここを頼むぞ」
「御意」
季麗が走り行くのを見送り、伝えた妖かしは、ニヤリと笑い、その姿を消したが、誰も、それを気付いていなかった。
中央に敵が出れば、里自身が危うくなる。
なんとしても、阻止したい季麗は、細い路地を走り抜け、屋敷の前に着くと、雪椰達と鉢合わせになった。
「お前ら…ここで何を」
「敵が出たって…もしかして、季麗ちゃん達も?」
「えぇ」
「どうゆう事だよ」
「分かりません。とりあえず、それぞれの…」
「羅偉様!!」
そこに、修螺が現れ、慌てたように、里の外れを指差した。
「牢屋が破壊されました」
「なに!?」
ただでさえ、大変な時に、牢屋が破壊された事で、事態は、更に悪化した。
「中の者は」
「今、茉様達が、確認に向かってますが、数名が、逃げ出したようです。更に、潜んでいた悪妖達も、あちこちで、暴れています」
敵の侵略。
悪妖の襲撃。
牢屋の破壊。
囚人の脱走。
多くの事が、重なり過ぎていて、季麗達は、何がなんだか、分からなくなっていた。
そんな中、分かっているのは、何者かに踊らされてること。
「どうなってんだ」
「とにかく、里の者の避難を。修螺。すまないが、頼まれてくれ」
「分かりました。姫ちゃん達にも伝えます。影千代様。天戒君をお借りします」
「あ…行ってしまったか」
「本当、修螺って凄いなぁ」
「感心してる暇はないですよ」
「そうですね。私達も、呼び掛けを」
それぞれが走り出し、季麗達が、注意を呼び掛け、中央の屋敷に避難を促してる間、修螺は、雪姫を連れ、天戒の所に向かっていた。
「天戒君!!」
だが、天戒は、あの日以来、屋敷に閉じ籠り、恐怖に震えていた。
「ちょっと!!手伝ってよ!!」
「厭だよ!!僕は二人みたいに強くないんだ!!」
「天戒君…」
「もういい!!」
「姫ちゃん」
「こんな事しててママ達が襲われたら大変だもん!!」
雪姫も、大切な人を守る為、出来る事をやろうとしている。
「…姫ちゃん。先に行ってて。後から行くから」
「でも!!」
「大丈夫。ちゃんと追い付くよ」
ニッコリ笑う修螺を見つめ、雪姫は、着物の袖を握り締めた。
「分かった」
里を駆け抜け、雪人族の住処に向かう雪姫を見送り、修螺は、天戒を見つめた。
「僕だって強くないよ。でも、大切な人を守りたいから、出来る事をしたいんだ。その気持ちは、ずっと変わらないよ?…もし、天戒君も、大切な人を守りたいなら、自分が出来る事をした方が良いと思う。天戒君が、ちゃんと考えて、決めなきゃダメだけど、僕は、天戒が出来る人だって、信じてるから」
修螺が、雪姫を追い掛けるように、走り出すと、天戒は、部屋に取り残された。
「…嘘つき…」
そう呟き、膝を抱えた瞬間、屋敷の中が騒がしくなった。
天戒が、廊下に顔を出すと、悪妖が、屋敷の女妖を追い掛けていた。
見付かれば、天戒も襲われるが、その光景に、動けなくなっていた。
悪妖の視線が、天戒に止まると、舌舐めずりをした。
急いで部屋に戻り、襖を閉めたが、足音は、確実に天戒に近付いていた。
震える足で、障子に向かったが、襖が吹き飛び、ニヤニヤと笑う悪妖が、天戒を見下ろした。
「み~つけたぁ」
ガクガクと体を震わし、涙目で、首を振る天戒に向かい、悪妖は、高らかな笑い声を上げ、ジリジリと近付く。
「厭だ…助けて…お師匠様…助けてーーーー!!」
高らかに掲げられた鋭い爪が、振り下ろされようとした瞬間、天戒が叫び、その前に、雪姫と修螺が現れた。
「姫ちゃん!!」
「はい!!」
修螺が悪妖の爪を弾き、雪姫が、吹雪を起こすと、視界が遮られ、悪妖の動きが鈍った。
「僕が連れ出す。皆の避難を」
「分かった」
修螺が、一瞬にして、悪妖の後ろに回ると、庭に向かって、その背中を蹴り飛ばし、外に悪妖を追い出した。
「こっちだ!!来い!!」
「生意気な!!」
付かず離れずの距離を保ち、修螺が、悪妖を連れ出すと、雪姫は、屋敷に残る女妖や子妖を避難させ始めた。
「中央の屋敷に!!早く!!」
駆け抜ける妖かしの中には、悪妖に襲われ、怪我をした者もいた。
「大丈夫ですか?歩けますか?」
「えぇ。なんとか」
雪姫は、袂から布を取り出し、引き千切ると、傷に巻き付けた。
「屋敷まで頑張って」
「有り難う」
「…どうして…どうして、強いのに…」
「私は、修螺と違うから」
真っ直ぐ見つめる雪姫は、真剣な顔をしていた。
「どんなに強くなろうとしても、私は、戦いに向いてない。なら、恐怖と戦う修螺を支える。それが、私の出来る事だから」
「でも…修螺君は、強いから…」
「違う!!」
叫ぶように、大声を出した雪姫の瞳を涙の膜が覆った。
「修螺だって怖いんだよ。それでも、怖いと思う自分と戦って、大切な人や里を守ろうとしてるの。なら、私も、修螺と一緒に戦う。私の戦い方で、修螺と一緒に戦って守る…いつまで、そうしてるの?…いい加減…気付いてよ…」
涙を拭き、再び動き出した雪姫を見つめ、天戒は、拳を握り締め、修螺が走って行った方に飛び立った。
里のあちこちから、白い煙が上がり、沢山の男妖が悪妖と戦っている中、必死に、修螺を探し、路地裏に、その姿を見付けた。
修螺は、悪妖を遠くまで誘き寄せ、引き離した後、雪姫の所に戻る途中で、別の悪妖に襲われていた子妖を見付けた。
その子妖は、修螺を虐めていた子妖だった。
だが、修螺は、悪妖と対立し、戦っていた。
「行け!!」
恐怖に腰を抜かしていた子妖は、その声で我に返り、走り去ると、修螺は、周囲に視線を動かした。
「くそ生意気なガキだ。殺してやる」
迫り来る悪妖を防ぎながら、周りの妖かし達を避難させ、動き回る修螺は、本当に恐怖を感じてるのか疑う程だった。
しかし、確かに、恐怖を感じていた。
悪妖の爪を見つめ、時折、目を細めて顔を歪めるが、修螺は、自分に負けないと、己を奮い立たせ、必死に戦っていた。
天戒は、辺りを見回し、葵の部下を見付け、急いで向かった。
「あっち!!あっちで悪妖が!!」
「今行く」
部下達が修螺に加戦し、悪妖を取り押さえることが出来た。
「良くやった。でかしたぞ」
大人達に褒められ、天戒の中に小さな光が生まれた。
「有り難う。天戒君。助かったよ」
修螺の笑顔に、天戒の光は、強さを増した。
「…ごめんね。僕、もう少しだけ、頑張ってみる」
「うん。宜しくね」
「僕こそ、宜しく」
握手を交わしてから、二人は、雪姫と合流し、里の中を駆け回った。
それぞれが、それぞれの戦い方で、里を守ろうとする修螺達の姿が、他の者をやる気にさせた。
子妖達も、傷の手当てをする女妖を手伝い、少しでも、術の出来る女妖は、戦う男妖の手助けをし、男妖は、迫り来る敵を追い払った。
三人の姿が、里をまとめ、やる気を起こさせた。
「怯むな!!我らの里を守るのだ!!」
季麗の掛け声に、多くの声が集まり、迫っていた敵を押し返し始めると、多くの妖かしが集まる屋敷を狙い、敵が大砲を発射し、その屋根が吹き飛んだ。
「ママ!!」
「姫ちゃん!!」
屋敷に向かい、二人が走り出し、天戒は、崩れそうな屋敷を見上げ、膝が震えた。
「危ない!!」
二人が屋敷に入り、天戒も、向かおうとした時、屋敷が大きく揺れ、屋根が崩れ落ちた。
「雪姫ちゃん!!修螺君!!」
「天戒!!」
影千代が、走り出そうとした天戒の腕を掴んだ。
「もう遅い。お前も危けっ!!天戒!!」
だが、その手を振り払い、天戒は、崩れた屋根に登ると、瓦礫をどかし始めた。
「天戒!!やめろ!!もう…」
「厭だ!!」
天戒は、初めて、師匠である影千代に楯突いた。
「やっと仲直り出来たのに!!さよならなんて厭だ!!絶対見付ける!!絶対助けるんだ!!」
小さな体で、瓦礫をどかす天戒を見つめながらも、誰もが、中の者は、もう駄目だと諦めていた。
「修螺君!!」
雪姫を抱え、気を失ってる修螺を中心に、多くの妖かし達を守るように、薄い光の壁が張られていた。
「どうなって…」
「修螺君!!雪姫ちゃん!!今助けるから!!」
「おい!!手を貸せ!!」
天戒と一緒に瓦礫をどかすと、下敷きになっていたはずの妖かし達は、皆、無事だった。
「修螺君!!修螺君!!」
天戒が、必死に呼び掛け、その体を揺すると、修螺は、ゆっくり目を開けた。
「…天…戒君…僕…っ!!姫ちゃん!!痛っ!!」
急に起き上がった修螺は、全身に痛みが走り、体を抱くように腕を回した。
天戒は、慌てて、その肩を支えた。
「ダメだよ。急に動いちゃ」
「有り難う。姫ちゃんは?」
天戒が隣を指差すと、雪姫は、静かに眠っていた。
「良かった…助かって…」
その手を握り、涙が溢れ出し、唇を噛んで、声を殺して泣き、修螺も、雪姫と手を繋いで眠ってしまった。
「良かったな。天戒」
「はい」
「だけど、何だったんだろうな?」
「えぇ。結界のようでしたが、何か違うような…」
「それは、蓮さんのお守りですよ」
そこに、紗輝が現れた。
「お守り?」
「あぁ。アイツのお守りは、最強だからな」
更に、佐久も現れた。
「佐久さん!?どうして…」
「そらぁ、助けに来たのよ」
「助け?」
「おうよ。斑尾からの連絡でな」
「ですが…」
「まぁ任せろよ。なんたって、俺らは…」
佐久の後ろから、ゾロゾロと、村の妖かしや半妖、人間が現れ、ジリジリと迫っていた敵を見据えた。
「アイツの意志だ!!」
佐久の叫びが掛け声となり、現れた者達は、次々に、敵を薙ぎ倒した。
中には、女妖や女の半妖もいたが、里と違い、皆が戦えた。
ひ弱に見える紗輝も、華麗に空を舞い、沢山の敵を打ち落とし、影千代よりも、はるかに強かった。
「佐久!!」
また大砲が発射され、紗輝が、弾き返していたが、一つ、返し損ねた弾が、真っ直ぐ、妖かし達の中心に向かって行く。
だが、呼ばれた佐久が、それを片手で打ち返し、大砲は全滅した。
手を振り、首を鳴らした佐久が、ニヤリと笑うと、真っ直ぐ前を見据えた。
「押せーーー!!」
佐久も走り、敵に向かうと、瓦礫の影から、小さな影が飛び出し、人の子や半妖の子、子妖までもが、敵に向かって行く。
「どれ。我らもやるかの」
「そうじゃな」
年老いた妖かし達が、瓦礫を越え、現れた。
「無理すんなよ。爺様方」
「何を言うか」
「生臭坊主が生意気じゃぞ」
佐久がニヤリと笑う中、老妖達は、前に進み出た。
「お待ちくだ…」
「安心せい。我らとて、妖かしの端くれよ」
「老いていても獅子」
歩みを進める老妖達に向かい、敵が、襲い掛かろうとしたが、瞬きをした間に、その体は宙を舞い、飛び上がった一人の老妖が、その体を吹き飛ばした。
「まだまだ、若い者にゃ負けられんよ」
「年寄りだと、見くびるでないぞ」
老妖達は、佐久達に負けない速さで走り、次々に敵を薙ぎ倒した。
「…嘘だろ…化け物かよ…」
地上の敵を佐久達が押し返し、空を飛ぶ悪妖を紗輝のように、飛べる者達が、叩き落としていた。
一匹の悪妖が、紗輝の後ろに周り、その背中に爪を向けた。
「後ろ!!」
皇牙が叫んだところで、紗輝に、爪が振り下ろされる事はなく、一本の矢が悪妖の腹を貫いた。
「何処から…」
「あそこです!!」
菜門が指差した瓦礫の上に、弓を構えた人間の女達がいた。
その中には、鎮霊祭で、舞いを披露していた女達もいて、その先頭には、中央で舞っていた樹美子の姿があった。
「…放てーーー!!」
紗輝と視線を合わせ、頷き合うと、樹美子が叫び、女達は、次々に矢を放ち、その中を舞うように飛び、敵を叩き落とし、地上の者達が薙ぎ倒した。
村の者達の活躍で、形勢は逆転した。
「凄い…凄すぎる…」
「あんなに、穏やかな村の者が…」
「何処に、こんな力を…」
「それが、僕らの村だよ」
そこに、半妖の姿で、狛が現れ、ニッコリ笑った。
「僕らは、普段、とても穏やかな時間を過ごしてる。でも、その中心には、蓮ちゃんの意志が宿ってるんだ」
「意志…?」
「そう。僕らが、蓮ちゃんから学び、受け継いだ意志」
息を切らし、自棄になった敵が、頭から血を流しながら、羅雪に向かって走り、至近距離で、火の玉を放とうとした。
「羅雪!!」
雪椰が叫ぶと、火の玉と羅雪の間入った狛が、火の玉を握り潰し、腕を払い、敵を吹き飛ばした。
「何にも負けない」
「強い想いを抱け」
「強き想いが真の強さ」
「真の強さで立ち向かえ」
「己を信じろ」
「仲間を信じろ」
「必ず報われる」
「必ず守り抜ける」
「我らは」
「必ず」
「強くあれる!!」
狛の声に、紗輝や樹美子、子供達や女達、妖かし達や半妖達、村の者達が、全員で答えるように叫び、その瞬間、目映い光が、その背中を包み込んだ。
その姿が、季麗達や朱雀達だけでなく、里に住む妖かし達の視線も、その心をも引き寄せた。
「大将!!打ち取ったぞーーー!!」
その声に、司令塔である大将を失った敵は、退散しようとしたが、村の者達は、それを許さない。
「逃すな!!捕らえるぞ!!」
佐久の掛け声で、賛同の声が響き、村の者達は、敵を根こそぎ捕らえ、里の危機は脱し、その瞬間、里の勝利が確定した。
「おらよ」
佐久に蹴り飛ばされ、倒れた狸族の族長を始め、それぞれの対立していた者の族長が、そこに重ねられ、多くの悪妖達も、そこに並べられた。
「あとは、お前らの好きにしな」
「有り難うございました」
頭を下げる菜門の横を通り、小さな影が、天戒に近付いた。
「天戒!!大丈夫か?」
「うん。でも、二人が…」
「大丈夫じゃ。強い想いを持つ者は、そう簡単に死なない」
智呂に励まされ、頬を赤らめると、その後ろから、蛍達も顔を出し、眠っている二人を見つめた。
「良い顔になったじゃん」
「あぁ」
「わっちらと一緒じゃな」
「だな」
「一緒?」
首を傾げる天戒に向かい、普段は、仲の悪い四人は、ニッコリ笑った。
「護子だ」
「村では、顔付きが変わると、そう呼ばれるのよ」
「想い強き護人の子。護人である蓮花さんの後を追う者の呼び名なんです」
樹美子と紗輝の説明に、子供達は、胸を張り、誇らしげに笑った。
「なら、お前も護子なのか?」
「はい」
ニッコリ笑う紗輝の肩に手を乗せ、佐久は、後ろに視線を向けた。
「紗輝だけじゃねぇ。俺も、コイツらも、アイツの意志を受け継いだ者は、皆、護子だ」
紗輝の隣に並び、優しく微笑む樹美子も、人間と肩を組む妖かしも、子供達と手を繋ぐ半妖達も、皆が皆、気恥ずかしそうでも、誇らしげに笑っていた。
「我らは、華月の護子じゃがな」
年老いた妖かし達も、胸を張って笑った。
「…ぜだ…」
そんな中、狸族の族長が、佐久を睨み、呟くように吐き捨てた。
「何故だ…狸族の…同族のお前が…狐に…奴らに…」
「あぁ?誰が同族だってぇ?」
凄みのある佐久の声で、村の者以外は、背中を震わせた。
「調子良いこと言ってんじゃねぇぞ。散々、罵っといて。今更同族だ?大概にしろや!!」
族長の髪を掴み、乱暴に持ち上げると、佐久は、鼻先まで顔を近付けた。
「次言ったら、その面、見れなくしてやる。分かったな」
地面に叩き付けられ、族長が気絶してしまった。
「佐久~。やり過ぎだろ」
「へっ。こんなもんで済ませたんだ。良い方だろ」
「あの…佐久さんは…」
「ねぇ。次は?」
動きたくて、ウズウズしてる智呂が、佐久の袖を掴んだ。
「だな。お前ら!!次に移るぞ!!」
元気な声が響き、村の男達は、瓦礫や壊れた屋敷を片付けを始め、女達は、怪我人の手当てを始めた。
「智呂~狛~。こっち手伝って~」
「は~い!」
子供達は、二手に分かれ、それぞれが手伝いを始める中、佐久は、季麗達に、苦笑いを向けた。
「おら。お前らも、自分達の里だろ。動ける奴らは手伝えや」
そこから、里の復興に向け、多くの者が動き始めた。
建物が直るまで、神社の敷地に簡易テントを建て、そこで生活し、里が元通りになるまで、村の者達は、里で生活していた。
「こら。動いちゃダメじゃないか」
頭や腕に包帯を巻き、痛々しい姿で、テントを出ようとしたが、智呂に見付かり、修螺は、苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「ちょっとお手洗いに~」
「なら、そっちじゃなくて、あっち」
智呂が反対側を指差すと、修螺は、苦笑いしながら、差された方に行き、外に出ると、大きな溜め息をついた。
「あーーー動きたい」
動きたい修螺は、脱け出そうとすると、ことごとく、智呂や蛍達に見付かり、テントに戻されてしまい、テントの中で、腹筋や腕立てをしてると、今度は、佐久や紗輝に注意されていた。
トイレから戻り、ゴロンと寝転んだ修螺の隣で、雪姫は、クスクス笑った。
「仕方ないよ。皆、心配してるんだから」
「でも、もう三日目だよ?いい加減、ゴロゴロしてるのも飽きたよ」
「修螺は動きすぎ。たまには、ちゃんと休まないと。ね?」
「お前ら、ホントに夫婦みたいだぞ?」
そこに、蛍と樹が現れ、持っていた食事を置くと、二人の向かいに座った。
「そう?」
起き上がって、雪姫と並んで座った修螺が、首を傾げた。
「まぁ。こんな可愛い子となら、夫婦にされても、全然構わねぇよな?」
「だな」
雪姫の頬が、みるみる赤くなり、うつ向いてしまった。
「まぁ。姫ちゃんも可愛いけど、智呂ちゃんも可愛いじゃん?」
「「え~」」
「なになに?」
二人が揃って声を上げると、由良も、食事を持って、修螺達と輪になるように座った。
「修螺、智呂が可愛いって言ってんだよ」
「え~。ないわ~」
「なんで?可愛いじゃん?」
「だって、全然、女の子らしくないし」
「どっちかって言ったら、男みたいだよな?」
「そうそう。それにさ…」
「姫ちゃ~ん。一緒食べよ~」
「あ。ごめん。私、あっち行くね?」
「うん」
雪姫は、食事を持って、智呂と他の女の子達が、輪になってる方に移動し、修螺は、蛍達と食事を始めた。
「…可愛いよな~」
「なぁ」
三人が何度も頷くのを見つめ、修螺が首を傾げると、蛍は、智呂達の方に視線を向けた。
「あの中で、雪姫ちゃんが、一番可愛いって話」
「そうかな?皆、可愛いけど」
「修螺は、毎日見てるからな」
「分かんねぇよな」
「何か、村の女の子にない感じなんだよ」
「そうそう。品があるってか」
「なんか、相手を立ててくれるような。そんな感じ」
「それに、優しそうじゃん?」
「まぁ、優しいね。僕が死ぬかもって時も、守ろうとしてくれたし」
ご飯を口に運ぶ修螺を見つめ、蛍達は、ポカンと口を開けた。
「死ぬかもって…なんだよ。何あったんだよ」
「ちょっとね」
「教えろよ~」
「大した事じゃないよ。僕が生意気な事言って、羅偉様達を怒らせちゃったんだ」
「それで?」
「姫ちゃんもいたし。なんとかしなきゃって思って、羅偉様達の気を引こうとしたら、更に、怒らせちゃった感じになったんだよね」
苦笑いして、頬を掻く修螺を見つめ、蛍達は、その後、季麗達とやり合ったのを直感で感じ取った。
「良く生きてたな?」
「姫ちゃんと理苑さんのおかげ」
「理苑は分かるけどさ。雪姫ちゃんって、結界とか使えないだろ?」
「雪椰様の雪の玉が、飛んできた時、僕に、直接、当たらないようにしてくれたんだ」
「どうやって?」
「どうって…こう…抱き付いて?」
蛍達が驚いてるのを見つめ、修螺は、また首を傾げた。
「…それって、一緒に死ぬ気だったんじゃないか?」
「さぁ?」
「てか、絶対、雪姫ちゃん、修螺の事好きだぞ?」
「そんな事ないと思うけど…」
実際、修螺は、雪姫を好きになっていた。
きっかけは、本当に些細な事だった。
その時の修螺は、もっと、強くなりたい一心で、周りを気にする余裕がなく、誰にも見付からないような山の奥、一人で修行していた。
木から木へと飛び移ろうとした時、足を滑らせてしまい、下を流れていた川に落ちた。
思った以上に、川の流れが早く、滑らせた足を挫いていた修螺は、上手く泳ず、流されてしまった。
そんなに高くないが、滝のように、水が、流れ落ちる川に飛び込んだ影があった。
その影は、修螺の頭を抱き、一緒に流れ落ち、必死に、その体を川岸に引き上げた。
そこで、その影が、雪姫だと気付いた時、頬をひっぱたかれ、涙を流すのを見つめた。
それまでは、気付かなかったが、その瞬間、修螺は、雪姫が、いつも自分の為に動いてくれるのに気付き、夢中になると、周りが見えなくなっていることにも気付いた。
それからは、一人で無理するのをやめ、周囲に目を向けるようになり、今の修螺になることが出来た。
「きっと…きっと幸せさ。物凄く幸せさ」
季麗は、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうね。ところで、二人は、いつ結婚するの?」
季麗の墓参りを結婚報告と勘違いし、女性は、ニコニコと笑った。
「暫く先だ。だが、直に嫁としてっ痛っ!!」
再び、足を踏みつけ、季麗の言葉を遮り、女性に微笑みを向けた。
「意気地無しの友人が、連れてけって言うので、仕方なく、連れてきたんですよ?」
「そうだったの。ごめんなさいね?私、てっきり、お付き合いされてるのかと」
「いえ」
ニッコリ笑うと、女性は、寂しそうに笑った。
「もっと、早く、貴女に会いたかったわ」
「どうしてですか?」
首を傾げると、女性は、バックから、一枚の写真を取り出した。
「私の孫の子。生きてたら、貴女と同じくらいかしらね」
その写真には、先日、強制的に黄泉へと還した霊が写っていた。
「まだ、若かったのよ?でも、いじめが原因だったみたいでね。中学生の時に亡くなったの」
「もしかして、自殺ですか?」
「そう。今でも、孫が言ってるの。一緒に住んでたのに。いつも、一緒にいたのに。ってね」
「大好きな人達に、心配を掛けたくなかったんですよ」
いじめを受ける人は、優しさや個性を持つ者が多い為、家族や友人に、心配させないように、助けを求めないことが多く、思い詰め、自身の命を断ってしまう。
立ち直る者もいるが、彼女は、そうなれなかった。
「だから嘆かないで。前を向いて。強くならなきゃ。今は、二度と戻らないんですから」
失われた時間は、二度と戻らない。
それは、どの霊も同じ。
遺された者が、嘆き哀しんでいたら、心残りが、その霊を縛り付けてしまう。
気付けなかったは、遺された者が思うことで、助けを求められなかったは、逝く者が思うことで、それが鎖となってしまう。
だが、生きてる者も、霊となった者も、戻らない時間に縛られていては、前に進めない。
「彼女が笑えるように、自分達も笑って生きる。彼女が幸せになるように、自分達も幸せになる。そう願って、前を向いて、未来に歩くんです」
それが、還る霊に安らぎを与え、遺された者も、平穏を保てる。
遺される者も、逝く者も、両者が、互いを想い合う心を持つ。
「もう、彼女は前を向いて、それを願ってます。だから、ご両親も、ご家族も、前を向いて下さい」
「…貴女は、不思議な人ね。まるで、彼女の…亡くなった人の気持ちが、分かってるみたい」
「分かりますよ?だって、彼女も、私も、アナタも、皆、一つの霊ですから」
ニッコリ笑うと、女性も、晴れやかな顔で、優しく微笑んだ。
「ホント不思議な人ね」
「良く言われます」
「でも、素敵ね」
「有り難うございます」
女性は、嬉しそうに微笑み、写真を見下ろした。
「貴女みたいな人が増えたら、きっと、この子みたいに、苦しむ子がいなくなるでしょうね」
「それは、難しいと思います」
同じ霊でも、その考え方も、感じ方も、想い方も、一つ一つが違うから、皆が皆、同じ想いを抱くことは出来ない。
「でも、少しは、減らせると思います」
一つ一つが、その中心に、大切な想いを抱き、強くなれたなら、この世は、もっと、別の未来を築くことが出来る。
そうなれば、多くの霊が望む未来に、少しでも、近付けるかもしれない。
「大切なのは、伝える事だと思います」
自分の想いも、考えも、全てを話して、伝える事で、少しずつでも広まれば、どの霊も、大切な想いを抱くことが出来る。
「でも、押し付けないで欲しいんです。ただ、伝え合うんです」
自分がそうだから、他者もそうだとは限らない。
だから、自分を押し付けるように、話すのではなく、自分の想いや考えを伝え、相手の想いも考えも聞く。
そうすれば、互いが互いを理解し、本当に大切な事に気付けるはず。
「まぁ。それが、上手く出来ないのが、人なんですけどね」
苦笑いすると、女性は、瞳を輝かせ、首を振った。
「有り難う…そうね。大切な事は、伝えなきゃね。私も、この子が、幸せになれるように。孫も笑えるように。ちゃんと伝えるわ」
「きっと、伝えられます。優しい彼女のご両親なのですから」
「有り難う…本当に有り難う…」
手を取り、涙を浮かべた女性が、背中を丸め、何度も繰り返す呟きに、苦笑いしてると、季麗の肩を叩かれた。
「おい。いつまで話してるんだ」
「あ。忘れてた」
「お前、その前に、俺に謝る事があるだろう」
「あったっけ?」
「お前…さっきから、俺が何か言おうとすると、邪魔してるだろう。折角、俺がお前を嫁にぃっ!!」
踵で脛を蹴り飛ばし、季麗は、屈んで、背中を丸めた。
「すみません。そろそろ、失礼しますね?」
「えぇ。私も引き止めてしまって」
「いえ。それでは、失礼します」
頭を下げ、さっさと、歩き始めると、置き去りにしたはずの季麗が、隣に並んだ。
「お前!!なんなんだ!!踏んだり蹴ったりして!!」
「季麗が悪いの」
「何が悪いのだ!!俺は…」
「はいはい。私が付き合うのは、ここまでだから」
石段の下で、季麗に向かい、手を振り、すぐ近くの林に足を向けた。
「どうゆう事だ」
「もう吹っ切れたでしょ?」
視線を向けると、季麗は、目を伏せた。
「そうかもしれんが…だが…」
「ここからは、君一人で歩くんだよ。君の未来を」
理苑が現れると、季麗は、伸ばそうとした手を引っ込め、拳を作った。
「君達は君達。私は私。それぞれが、それぞれで歩く。また、会えたなら、笑って、手を振れるように。胸を張って。ね?」
ニッコリ笑い、手を上げて、理苑と共に林に入り、姿を消すと、季麗は、寂しそうだが、スッキリした顔をしていた。
「…有り難う。今度は、必ず、お前を貰いに行く…」
呟きを漏らし、一人で来た道を戻る季麗の背中を見送った。
その場を離れ、誰も来ないような林の奥で、理苑に視線を向けた。
「どう?納得出来た?」
「はい」
「じゃ、理苑。今まで有り難う」
「いえ。我こそ…有り難うございました」
「理苑。お前に名を返します」
「はい」
理苑は、彼らが目指す未来を見れて、安心してるように、ニッコリ笑った。
「その名が元へ還れ」
理苑の記憶は、斑尾との事ばかりだった。
斑尾との口喧嘩。
斑尾との笑顔。
斑尾との涙。
理苑にとって、その光景に写る姿が、絶対の存在だった。
ー信じてます…我は、貴女を信じていますー
遠くに消える理苑は、涙の筋を作りながら、最後まで笑っていた。
理苑は強い。
これからは、きっと、一人で歩める。
残すは、斑尾だけとなり、最期の時に向かい、人の目を避け、妖かしの住む里へ向かった。
哀しき未来を選んでしまい、憐れな月蝶を黄泉へと還す為、大切な霊の為に歩き出す。
季麗が墓参りから戻ると、すぐに新たな問題に直面していた。
「何故、今奴らが動き出すのだ」
「こちらが、混乱してる今を狙ってかと」
妖狐と対立している狸族が、妖狐の住処に攻めて入ろうとしているとの情報が入り、季麗は、その対応に追われていた。
「アイツらの所に、援護は頼めんのか」
「はい。皆様、対応に追われております」
妖狐だけでなく、実際は、それぞれが、それぞれ対立している族が、攻めて入ろうとしている情報が入り、その対応で、他の族に手を貸す余裕がない。
「こんな時にいないとは、役に立たん奴らだ」
理苑が居なくなり、斑尾が、一人になってしまい、里の中にまで、手が回らないのを誰も知らない。
「季麗様!!東に敵が!!」
「下の者を回せ」
「数が足りません」
「仕方ない。俺らも出るぞ」
季麗や朱雀も前線に立ち、他の者と一緒に住処を守っていた。
夕暮れも近付いていたが、敵の勢力は弱まることなく、侵略を進めていた。
「季麗様!!中央の屋敷に敵が!!」
「分かった。今行く。朱雀。ここを頼むぞ」
「御意」
季麗が走り行くのを見送り、伝えた妖かしは、ニヤリと笑い、その姿を消したが、誰も、それを気付いていなかった。
中央に敵が出れば、里自身が危うくなる。
なんとしても、阻止したい季麗は、細い路地を走り抜け、屋敷の前に着くと、雪椰達と鉢合わせになった。
「お前ら…ここで何を」
「敵が出たって…もしかして、季麗ちゃん達も?」
「えぇ」
「どうゆう事だよ」
「分かりません。とりあえず、それぞれの…」
「羅偉様!!」
そこに、修螺が現れ、慌てたように、里の外れを指差した。
「牢屋が破壊されました」
「なに!?」
ただでさえ、大変な時に、牢屋が破壊された事で、事態は、更に悪化した。
「中の者は」
「今、茉様達が、確認に向かってますが、数名が、逃げ出したようです。更に、潜んでいた悪妖達も、あちこちで、暴れています」
敵の侵略。
悪妖の襲撃。
牢屋の破壊。
囚人の脱走。
多くの事が、重なり過ぎていて、季麗達は、何がなんだか、分からなくなっていた。
そんな中、分かっているのは、何者かに踊らされてること。
「どうなってんだ」
「とにかく、里の者の避難を。修螺。すまないが、頼まれてくれ」
「分かりました。姫ちゃん達にも伝えます。影千代様。天戒君をお借りします」
「あ…行ってしまったか」
「本当、修螺って凄いなぁ」
「感心してる暇はないですよ」
「そうですね。私達も、呼び掛けを」
それぞれが走り出し、季麗達が、注意を呼び掛け、中央の屋敷に避難を促してる間、修螺は、雪姫を連れ、天戒の所に向かっていた。
「天戒君!!」
だが、天戒は、あの日以来、屋敷に閉じ籠り、恐怖に震えていた。
「ちょっと!!手伝ってよ!!」
「厭だよ!!僕は二人みたいに強くないんだ!!」
「天戒君…」
「もういい!!」
「姫ちゃん」
「こんな事しててママ達が襲われたら大変だもん!!」
雪姫も、大切な人を守る為、出来る事をやろうとしている。
「…姫ちゃん。先に行ってて。後から行くから」
「でも!!」
「大丈夫。ちゃんと追い付くよ」
ニッコリ笑う修螺を見つめ、雪姫は、着物の袖を握り締めた。
「分かった」
里を駆け抜け、雪人族の住処に向かう雪姫を見送り、修螺は、天戒を見つめた。
「僕だって強くないよ。でも、大切な人を守りたいから、出来る事をしたいんだ。その気持ちは、ずっと変わらないよ?…もし、天戒君も、大切な人を守りたいなら、自分が出来る事をした方が良いと思う。天戒君が、ちゃんと考えて、決めなきゃダメだけど、僕は、天戒が出来る人だって、信じてるから」
修螺が、雪姫を追い掛けるように、走り出すと、天戒は、部屋に取り残された。
「…嘘つき…」
そう呟き、膝を抱えた瞬間、屋敷の中が騒がしくなった。
天戒が、廊下に顔を出すと、悪妖が、屋敷の女妖を追い掛けていた。
見付かれば、天戒も襲われるが、その光景に、動けなくなっていた。
悪妖の視線が、天戒に止まると、舌舐めずりをした。
急いで部屋に戻り、襖を閉めたが、足音は、確実に天戒に近付いていた。
震える足で、障子に向かったが、襖が吹き飛び、ニヤニヤと笑う悪妖が、天戒を見下ろした。
「み~つけたぁ」
ガクガクと体を震わし、涙目で、首を振る天戒に向かい、悪妖は、高らかな笑い声を上げ、ジリジリと近付く。
「厭だ…助けて…お師匠様…助けてーーーー!!」
高らかに掲げられた鋭い爪が、振り下ろされようとした瞬間、天戒が叫び、その前に、雪姫と修螺が現れた。
「姫ちゃん!!」
「はい!!」
修螺が悪妖の爪を弾き、雪姫が、吹雪を起こすと、視界が遮られ、悪妖の動きが鈍った。
「僕が連れ出す。皆の避難を」
「分かった」
修螺が、一瞬にして、悪妖の後ろに回ると、庭に向かって、その背中を蹴り飛ばし、外に悪妖を追い出した。
「こっちだ!!来い!!」
「生意気な!!」
付かず離れずの距離を保ち、修螺が、悪妖を連れ出すと、雪姫は、屋敷に残る女妖や子妖を避難させ始めた。
「中央の屋敷に!!早く!!」
駆け抜ける妖かしの中には、悪妖に襲われ、怪我をした者もいた。
「大丈夫ですか?歩けますか?」
「えぇ。なんとか」
雪姫は、袂から布を取り出し、引き千切ると、傷に巻き付けた。
「屋敷まで頑張って」
「有り難う」
「…どうして…どうして、強いのに…」
「私は、修螺と違うから」
真っ直ぐ見つめる雪姫は、真剣な顔をしていた。
「どんなに強くなろうとしても、私は、戦いに向いてない。なら、恐怖と戦う修螺を支える。それが、私の出来る事だから」
「でも…修螺君は、強いから…」
「違う!!」
叫ぶように、大声を出した雪姫の瞳を涙の膜が覆った。
「修螺だって怖いんだよ。それでも、怖いと思う自分と戦って、大切な人や里を守ろうとしてるの。なら、私も、修螺と一緒に戦う。私の戦い方で、修螺と一緒に戦って守る…いつまで、そうしてるの?…いい加減…気付いてよ…」
涙を拭き、再び動き出した雪姫を見つめ、天戒は、拳を握り締め、修螺が走って行った方に飛び立った。
里のあちこちから、白い煙が上がり、沢山の男妖が悪妖と戦っている中、必死に、修螺を探し、路地裏に、その姿を見付けた。
修螺は、悪妖を遠くまで誘き寄せ、引き離した後、雪姫の所に戻る途中で、別の悪妖に襲われていた子妖を見付けた。
その子妖は、修螺を虐めていた子妖だった。
だが、修螺は、悪妖と対立し、戦っていた。
「行け!!」
恐怖に腰を抜かしていた子妖は、その声で我に返り、走り去ると、修螺は、周囲に視線を動かした。
「くそ生意気なガキだ。殺してやる」
迫り来る悪妖を防ぎながら、周りの妖かし達を避難させ、動き回る修螺は、本当に恐怖を感じてるのか疑う程だった。
しかし、確かに、恐怖を感じていた。
悪妖の爪を見つめ、時折、目を細めて顔を歪めるが、修螺は、自分に負けないと、己を奮い立たせ、必死に戦っていた。
天戒は、辺りを見回し、葵の部下を見付け、急いで向かった。
「あっち!!あっちで悪妖が!!」
「今行く」
部下達が修螺に加戦し、悪妖を取り押さえることが出来た。
「良くやった。でかしたぞ」
大人達に褒められ、天戒の中に小さな光が生まれた。
「有り難う。天戒君。助かったよ」
修螺の笑顔に、天戒の光は、強さを増した。
「…ごめんね。僕、もう少しだけ、頑張ってみる」
「うん。宜しくね」
「僕こそ、宜しく」
握手を交わしてから、二人は、雪姫と合流し、里の中を駆け回った。
それぞれが、それぞれの戦い方で、里を守ろうとする修螺達の姿が、他の者をやる気にさせた。
子妖達も、傷の手当てをする女妖を手伝い、少しでも、術の出来る女妖は、戦う男妖の手助けをし、男妖は、迫り来る敵を追い払った。
三人の姿が、里をまとめ、やる気を起こさせた。
「怯むな!!我らの里を守るのだ!!」
季麗の掛け声に、多くの声が集まり、迫っていた敵を押し返し始めると、多くの妖かしが集まる屋敷を狙い、敵が大砲を発射し、その屋根が吹き飛んだ。
「ママ!!」
「姫ちゃん!!」
屋敷に向かい、二人が走り出し、天戒は、崩れそうな屋敷を見上げ、膝が震えた。
「危ない!!」
二人が屋敷に入り、天戒も、向かおうとした時、屋敷が大きく揺れ、屋根が崩れ落ちた。
「雪姫ちゃん!!修螺君!!」
「天戒!!」
影千代が、走り出そうとした天戒の腕を掴んだ。
「もう遅い。お前も危けっ!!天戒!!」
だが、その手を振り払い、天戒は、崩れた屋根に登ると、瓦礫をどかし始めた。
「天戒!!やめろ!!もう…」
「厭だ!!」
天戒は、初めて、師匠である影千代に楯突いた。
「やっと仲直り出来たのに!!さよならなんて厭だ!!絶対見付ける!!絶対助けるんだ!!」
小さな体で、瓦礫をどかす天戒を見つめながらも、誰もが、中の者は、もう駄目だと諦めていた。
「修螺君!!」
雪姫を抱え、気を失ってる修螺を中心に、多くの妖かし達を守るように、薄い光の壁が張られていた。
「どうなって…」
「修螺君!!雪姫ちゃん!!今助けるから!!」
「おい!!手を貸せ!!」
天戒と一緒に瓦礫をどかすと、下敷きになっていたはずの妖かし達は、皆、無事だった。
「修螺君!!修螺君!!」
天戒が、必死に呼び掛け、その体を揺すると、修螺は、ゆっくり目を開けた。
「…天…戒君…僕…っ!!姫ちゃん!!痛っ!!」
急に起き上がった修螺は、全身に痛みが走り、体を抱くように腕を回した。
天戒は、慌てて、その肩を支えた。
「ダメだよ。急に動いちゃ」
「有り難う。姫ちゃんは?」
天戒が隣を指差すと、雪姫は、静かに眠っていた。
「良かった…助かって…」
その手を握り、涙が溢れ出し、唇を噛んで、声を殺して泣き、修螺も、雪姫と手を繋いで眠ってしまった。
「良かったな。天戒」
「はい」
「だけど、何だったんだろうな?」
「えぇ。結界のようでしたが、何か違うような…」
「それは、蓮さんのお守りですよ」
そこに、紗輝が現れた。
「お守り?」
「あぁ。アイツのお守りは、最強だからな」
更に、佐久も現れた。
「佐久さん!?どうして…」
「そらぁ、助けに来たのよ」
「助け?」
「おうよ。斑尾からの連絡でな」
「ですが…」
「まぁ任せろよ。なんたって、俺らは…」
佐久の後ろから、ゾロゾロと、村の妖かしや半妖、人間が現れ、ジリジリと迫っていた敵を見据えた。
「アイツの意志だ!!」
佐久の叫びが掛け声となり、現れた者達は、次々に、敵を薙ぎ倒した。
中には、女妖や女の半妖もいたが、里と違い、皆が戦えた。
ひ弱に見える紗輝も、華麗に空を舞い、沢山の敵を打ち落とし、影千代よりも、はるかに強かった。
「佐久!!」
また大砲が発射され、紗輝が、弾き返していたが、一つ、返し損ねた弾が、真っ直ぐ、妖かし達の中心に向かって行く。
だが、呼ばれた佐久が、それを片手で打ち返し、大砲は全滅した。
手を振り、首を鳴らした佐久が、ニヤリと笑うと、真っ直ぐ前を見据えた。
「押せーーー!!」
佐久も走り、敵に向かうと、瓦礫の影から、小さな影が飛び出し、人の子や半妖の子、子妖までもが、敵に向かって行く。
「どれ。我らもやるかの」
「そうじゃな」
年老いた妖かし達が、瓦礫を越え、現れた。
「無理すんなよ。爺様方」
「何を言うか」
「生臭坊主が生意気じゃぞ」
佐久がニヤリと笑う中、老妖達は、前に進み出た。
「お待ちくだ…」
「安心せい。我らとて、妖かしの端くれよ」
「老いていても獅子」
歩みを進める老妖達に向かい、敵が、襲い掛かろうとしたが、瞬きをした間に、その体は宙を舞い、飛び上がった一人の老妖が、その体を吹き飛ばした。
「まだまだ、若い者にゃ負けられんよ」
「年寄りだと、見くびるでないぞ」
老妖達は、佐久達に負けない速さで走り、次々に敵を薙ぎ倒した。
「…嘘だろ…化け物かよ…」
地上の敵を佐久達が押し返し、空を飛ぶ悪妖を紗輝のように、飛べる者達が、叩き落としていた。
一匹の悪妖が、紗輝の後ろに周り、その背中に爪を向けた。
「後ろ!!」
皇牙が叫んだところで、紗輝に、爪が振り下ろされる事はなく、一本の矢が悪妖の腹を貫いた。
「何処から…」
「あそこです!!」
菜門が指差した瓦礫の上に、弓を構えた人間の女達がいた。
その中には、鎮霊祭で、舞いを披露していた女達もいて、その先頭には、中央で舞っていた樹美子の姿があった。
「…放てーーー!!」
紗輝と視線を合わせ、頷き合うと、樹美子が叫び、女達は、次々に矢を放ち、その中を舞うように飛び、敵を叩き落とし、地上の者達が薙ぎ倒した。
村の者達の活躍で、形勢は逆転した。
「凄い…凄すぎる…」
「あんなに、穏やかな村の者が…」
「何処に、こんな力を…」
「それが、僕らの村だよ」
そこに、半妖の姿で、狛が現れ、ニッコリ笑った。
「僕らは、普段、とても穏やかな時間を過ごしてる。でも、その中心には、蓮ちゃんの意志が宿ってるんだ」
「意志…?」
「そう。僕らが、蓮ちゃんから学び、受け継いだ意志」
息を切らし、自棄になった敵が、頭から血を流しながら、羅雪に向かって走り、至近距離で、火の玉を放とうとした。
「羅雪!!」
雪椰が叫ぶと、火の玉と羅雪の間入った狛が、火の玉を握り潰し、腕を払い、敵を吹き飛ばした。
「何にも負けない」
「強い想いを抱け」
「強き想いが真の強さ」
「真の強さで立ち向かえ」
「己を信じろ」
「仲間を信じろ」
「必ず報われる」
「必ず守り抜ける」
「我らは」
「必ず」
「強くあれる!!」
狛の声に、紗輝や樹美子、子供達や女達、妖かし達や半妖達、村の者達が、全員で答えるように叫び、その瞬間、目映い光が、その背中を包み込んだ。
その姿が、季麗達や朱雀達だけでなく、里に住む妖かし達の視線も、その心をも引き寄せた。
「大将!!打ち取ったぞーーー!!」
その声に、司令塔である大将を失った敵は、退散しようとしたが、村の者達は、それを許さない。
「逃すな!!捕らえるぞ!!」
佐久の掛け声で、賛同の声が響き、村の者達は、敵を根こそぎ捕らえ、里の危機は脱し、その瞬間、里の勝利が確定した。
「おらよ」
佐久に蹴り飛ばされ、倒れた狸族の族長を始め、それぞれの対立していた者の族長が、そこに重ねられ、多くの悪妖達も、そこに並べられた。
「あとは、お前らの好きにしな」
「有り難うございました」
頭を下げる菜門の横を通り、小さな影が、天戒に近付いた。
「天戒!!大丈夫か?」
「うん。でも、二人が…」
「大丈夫じゃ。強い想いを持つ者は、そう簡単に死なない」
智呂に励まされ、頬を赤らめると、その後ろから、蛍達も顔を出し、眠っている二人を見つめた。
「良い顔になったじゃん」
「あぁ」
「わっちらと一緒じゃな」
「だな」
「一緒?」
首を傾げる天戒に向かい、普段は、仲の悪い四人は、ニッコリ笑った。
「護子だ」
「村では、顔付きが変わると、そう呼ばれるのよ」
「想い強き護人の子。護人である蓮花さんの後を追う者の呼び名なんです」
樹美子と紗輝の説明に、子供達は、胸を張り、誇らしげに笑った。
「なら、お前も護子なのか?」
「はい」
ニッコリ笑う紗輝の肩に手を乗せ、佐久は、後ろに視線を向けた。
「紗輝だけじゃねぇ。俺も、コイツらも、アイツの意志を受け継いだ者は、皆、護子だ」
紗輝の隣に並び、優しく微笑む樹美子も、人間と肩を組む妖かしも、子供達と手を繋ぐ半妖達も、皆が皆、気恥ずかしそうでも、誇らしげに笑っていた。
「我らは、華月の護子じゃがな」
年老いた妖かし達も、胸を張って笑った。
「…ぜだ…」
そんな中、狸族の族長が、佐久を睨み、呟くように吐き捨てた。
「何故だ…狸族の…同族のお前が…狐に…奴らに…」
「あぁ?誰が同族だってぇ?」
凄みのある佐久の声で、村の者以外は、背中を震わせた。
「調子良いこと言ってんじゃねぇぞ。散々、罵っといて。今更同族だ?大概にしろや!!」
族長の髪を掴み、乱暴に持ち上げると、佐久は、鼻先まで顔を近付けた。
「次言ったら、その面、見れなくしてやる。分かったな」
地面に叩き付けられ、族長が気絶してしまった。
「佐久~。やり過ぎだろ」
「へっ。こんなもんで済ませたんだ。良い方だろ」
「あの…佐久さんは…」
「ねぇ。次は?」
動きたくて、ウズウズしてる智呂が、佐久の袖を掴んだ。
「だな。お前ら!!次に移るぞ!!」
元気な声が響き、村の男達は、瓦礫や壊れた屋敷を片付けを始め、女達は、怪我人の手当てを始めた。
「智呂~狛~。こっち手伝って~」
「は~い!」
子供達は、二手に分かれ、それぞれが手伝いを始める中、佐久は、季麗達に、苦笑いを向けた。
「おら。お前らも、自分達の里だろ。動ける奴らは手伝えや」
そこから、里の復興に向け、多くの者が動き始めた。
建物が直るまで、神社の敷地に簡易テントを建て、そこで生活し、里が元通りになるまで、村の者達は、里で生活していた。
「こら。動いちゃダメじゃないか」
頭や腕に包帯を巻き、痛々しい姿で、テントを出ようとしたが、智呂に見付かり、修螺は、苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「ちょっとお手洗いに~」
「なら、そっちじゃなくて、あっち」
智呂が反対側を指差すと、修螺は、苦笑いしながら、差された方に行き、外に出ると、大きな溜め息をついた。
「あーーー動きたい」
動きたい修螺は、脱け出そうとすると、ことごとく、智呂や蛍達に見付かり、テントに戻されてしまい、テントの中で、腹筋や腕立てをしてると、今度は、佐久や紗輝に注意されていた。
トイレから戻り、ゴロンと寝転んだ修螺の隣で、雪姫は、クスクス笑った。
「仕方ないよ。皆、心配してるんだから」
「でも、もう三日目だよ?いい加減、ゴロゴロしてるのも飽きたよ」
「修螺は動きすぎ。たまには、ちゃんと休まないと。ね?」
「お前ら、ホントに夫婦みたいだぞ?」
そこに、蛍と樹が現れ、持っていた食事を置くと、二人の向かいに座った。
「そう?」
起き上がって、雪姫と並んで座った修螺が、首を傾げた。
「まぁ。こんな可愛い子となら、夫婦にされても、全然構わねぇよな?」
「だな」
雪姫の頬が、みるみる赤くなり、うつ向いてしまった。
「まぁ。姫ちゃんも可愛いけど、智呂ちゃんも可愛いじゃん?」
「「え~」」
「なになに?」
二人が揃って声を上げると、由良も、食事を持って、修螺達と輪になるように座った。
「修螺、智呂が可愛いって言ってんだよ」
「え~。ないわ~」
「なんで?可愛いじゃん?」
「だって、全然、女の子らしくないし」
「どっちかって言ったら、男みたいだよな?」
「そうそう。それにさ…」
「姫ちゃ~ん。一緒食べよ~」
「あ。ごめん。私、あっち行くね?」
「うん」
雪姫は、食事を持って、智呂と他の女の子達が、輪になってる方に移動し、修螺は、蛍達と食事を始めた。
「…可愛いよな~」
「なぁ」
三人が何度も頷くのを見つめ、修螺が首を傾げると、蛍は、智呂達の方に視線を向けた。
「あの中で、雪姫ちゃんが、一番可愛いって話」
「そうかな?皆、可愛いけど」
「修螺は、毎日見てるからな」
「分かんねぇよな」
「何か、村の女の子にない感じなんだよ」
「そうそう。品があるってか」
「なんか、相手を立ててくれるような。そんな感じ」
「それに、優しそうじゃん?」
「まぁ、優しいね。僕が死ぬかもって時も、守ろうとしてくれたし」
ご飯を口に運ぶ修螺を見つめ、蛍達は、ポカンと口を開けた。
「死ぬかもって…なんだよ。何あったんだよ」
「ちょっとね」
「教えろよ~」
「大した事じゃないよ。僕が生意気な事言って、羅偉様達を怒らせちゃったんだ」
「それで?」
「姫ちゃんもいたし。なんとかしなきゃって思って、羅偉様達の気を引こうとしたら、更に、怒らせちゃった感じになったんだよね」
苦笑いして、頬を掻く修螺を見つめ、蛍達は、その後、季麗達とやり合ったのを直感で感じ取った。
「良く生きてたな?」
「姫ちゃんと理苑さんのおかげ」
「理苑は分かるけどさ。雪姫ちゃんって、結界とか使えないだろ?」
「雪椰様の雪の玉が、飛んできた時、僕に、直接、当たらないようにしてくれたんだ」
「どうやって?」
「どうって…こう…抱き付いて?」
蛍達が驚いてるのを見つめ、修螺は、また首を傾げた。
「…それって、一緒に死ぬ気だったんじゃないか?」
「さぁ?」
「てか、絶対、雪姫ちゃん、修螺の事好きだぞ?」
「そんな事ないと思うけど…」
実際、修螺は、雪姫を好きになっていた。
きっかけは、本当に些細な事だった。
その時の修螺は、もっと、強くなりたい一心で、周りを気にする余裕がなく、誰にも見付からないような山の奥、一人で修行していた。
木から木へと飛び移ろうとした時、足を滑らせてしまい、下を流れていた川に落ちた。
思った以上に、川の流れが早く、滑らせた足を挫いていた修螺は、上手く泳ず、流されてしまった。
そんなに高くないが、滝のように、水が、流れ落ちる川に飛び込んだ影があった。
その影は、修螺の頭を抱き、一緒に流れ落ち、必死に、その体を川岸に引き上げた。
そこで、その影が、雪姫だと気付いた時、頬をひっぱたかれ、涙を流すのを見つめた。
それまでは、気付かなかったが、その瞬間、修螺は、雪姫が、いつも自分の為に動いてくれるのに気付き、夢中になると、周りが見えなくなっていることにも気付いた。
それからは、一人で無理するのをやめ、周囲に目を向けるようになり、今の修螺になることが出来た。
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