黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

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三十二話

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彼女は、黄泉に還る時まで、ずっと、季麗を想っていた。

「きっと…きっと幸せさ。物凄く幸せさ」

季麗は、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「そうね。ところで、二人は、いつ結婚するの?」

季麗の墓参りを結婚報告と勘違いし、女性は、ニコニコと笑った。

「暫く先だ。だが、直に嫁としてっ痛っ!!」

再び、足を踏みつけ、季麗の言葉を遮り、女性に微笑みを向けた。

「意気地無しの友人が、連れてけって言うので、仕方なく、連れてきたんですよ?」

「そうだったの。ごめんなさいね?私、てっきり、お付き合いされてるのかと」

「いえ」

ニッコリ笑うと、女性は、寂しそうに笑った。

「もっと、早く、貴女に会いたかったわ」

「どうしてですか?」

首を傾げると、女性は、バックから、一枚の写真を取り出した。

「私の孫の子。生きてたら、貴女と同じくらいかしらね」

その写真には、先日、強制的に黄泉へと還した霊が写っていた。

「まだ、若かったのよ?でも、いじめが原因だったみたいでね。中学生の時に亡くなったの」

「もしかして、自殺ですか?」

「そう。今でも、孫が言ってるの。一緒に住んでたのに。いつも、一緒にいたのに。ってね」

「大好きな人達に、心配を掛けたくなかったんですよ」

いじめを受ける人は、優しさや個性を持つ者が多い為、家族や友人に、心配させないように、助けを求めないことが多く、思い詰め、自身の命を断ってしまう。
立ち直る者もいるが、彼女は、そうなれなかった。

「だから嘆かないで。前を向いて。強くならなきゃ。今は、二度と戻らないんですから」

失われた時間は、二度と戻らない。
それは、どの霊も同じ。
遺された者が、嘆き哀しんでいたら、心残りが、その霊を縛り付けてしまう。
気付けなかったは、遺された者が思うことで、助けを求められなかったは、逝く者が思うことで、それが鎖となってしまう。
だが、生きてる者も、霊となった者も、戻らない時間に縛られていては、前に進めない。

「彼女が笑えるように、自分達も笑って生きる。彼女が幸せになるように、自分達も幸せになる。そう願って、前を向いて、未来に歩くんです」

それが、還る霊に安らぎを与え、遺された者も、平穏を保てる。
遺される者も、逝く者も、両者が、互いを想い合う心を持つ。

「もう、彼女は前を向いて、それを願ってます。だから、ご両親も、ご家族も、前を向いて下さい」

「…貴女は、不思議な人ね。まるで、彼女の…亡くなった人の気持ちが、分かってるみたい」

「分かりますよ?だって、彼女も、私も、アナタも、皆、一つのイノチですから」

ニッコリ笑うと、女性も、晴れやかな顔で、優しく微笑んだ。

「ホント不思議な人ね」

「良く言われます」

「でも、素敵ね」

「有り難うございます」

女性は、嬉しそうに微笑み、写真を見下ろした。

「貴女みたいな人が増えたら、きっと、この子みたいに、苦しむ子がいなくなるでしょうね」

「それは、難しいと思います」

同じ霊でも、その考え方も、感じ方も、想い方も、一つ一つが違うから、皆が皆、同じ想いを抱くことは出来ない。

「でも、少しは、減らせると思います」

一つ一つが、その中心に、大切な想いを抱き、強くなれたなら、この世は、もっと、別の未来を築くことが出来る。
そうなれば、多くの霊が望む未来に、少しでも、近付けるかもしれない。

「大切なのは、伝える事だと思います」

自分の想いも、考えも、全てを話して、伝える事で、少しずつでも広まれば、どの霊も、大切な想いを抱くことが出来る。

「でも、押し付けないで欲しいんです。ただ、伝え合うんです」

自分がそうだから、他者もそうだとは限らない。
だから、自分を押し付けるように、話すのではなく、自分の想いや考えを伝え、相手の想いも考えも聞く。
そうすれば、互いが互いを理解し、本当に大切な事に気付けるはず。

「まぁ。それが、上手く出来ないのが、人なんですけどね」

苦笑いすると、女性は、瞳を輝かせ、首を振った。

「有り難う…そうね。大切な事は、伝えなきゃね。私も、この子が、幸せになれるように。孫も笑えるように。ちゃんと伝えるわ」

「きっと、伝えられます。優しい彼女のご両親なのですから」

「有り難う…本当に有り難う…」

手を取り、涙を浮かべた女性が、背中を丸め、何度も繰り返す呟きに、苦笑いしてると、季麗の肩を叩かれた。

「おい。いつまで話してるんだ」

「あ。忘れてた」

「お前、その前に、俺に謝る事があるだろう」

「あったっけ?」

「お前…さっきから、俺が何か言おうとすると、邪魔してるだろう。折角、俺がお前を嫁にぃっ!!」

踵で脛を蹴り飛ばし、季麗は、屈んで、背中を丸めた。

「すみません。そろそろ、失礼しますね?」

「えぇ。私も引き止めてしまって」

「いえ。それでは、失礼します」

頭を下げ、さっさと、歩き始めると、置き去りにしたはずの季麗が、隣に並んだ。

「お前!!なんなんだ!!踏んだり蹴ったりして!!」

「季麗が悪いの」

「何が悪いのだ!!俺は…」

「はいはい。私が付き合うのは、ここまでだから」

石段の下で、季麗に向かい、手を振り、すぐ近くの林に足を向けた。

「どうゆう事だ」

「もう吹っ切れたでしょ?」

視線を向けると、季麗は、目を伏せた。

「そうかもしれんが…だが…」

「ここからは、君一人で歩くんだよ。君の未来を」

理苑が現れると、季麗は、伸ばそうとした手を引っ込め、拳を作った。

「君達は君達。私は私。それぞれが、それぞれで歩く。また、会えたなら、笑って、手を振れるように。胸を張って。ね?」

ニッコリ笑い、手を上げて、理苑と共に林に入り、姿を消すと、季麗は、寂しそうだが、スッキリした顔をしていた。

「…有り難う。今度は、必ず、お前を貰いに行く…」

呟きを漏らし、一人で来た道を戻る季麗の背中を見送った。
その場を離れ、誰も来ないような林の奥で、理苑に視線を向けた。

「どう?納得出来た?」

「はい」

「じゃ、理苑。今まで有り難う」

「いえ。我こそ…有り難うございました」

「理苑。お前に名を返します」

「はい」

理苑は、彼らが目指す未来を見れて、安心してるように、ニッコリ笑った。

「その名が元へ還れ」

理苑の記憶は、斑尾との事ばかりだった。
斑尾との口喧嘩。
斑尾との笑顔。
斑尾との涙。
理苑にとって、その光景に写る姿が、絶対の存在だった。

ー信じてます…我は、貴女を信じていますー

遠くに消える理苑は、涙の筋を作りながら、最後まで笑っていた。
理苑は強い。
これからは、きっと、一人で歩める。
残すは、斑尾だけとなり、最期の時に向かい、人の目を避け、妖かしの住む里へ向かった。
哀しき未来を選んでしまい、憐れな月蝶を黄泉へと還す為、大切な霊の為に歩き出す。
季麗が墓参りから戻ると、すぐに新たな問題に直面していた。

「何故、今奴らが動き出すのだ」

「こちらが、混乱してる今を狙ってかと」

妖狐と対立している狸族が、妖狐の住処に攻めて入ろうとしているとの情報が入り、季麗は、その対応に追われていた。

「アイツらの所に、援護は頼めんのか」

「はい。皆様、対応に追われております」

妖狐だけでなく、実際は、それぞれが、それぞれ対立している族が、攻めて入ろうとしている情報が入り、その対応で、他の族に手を貸す余裕がない。

「こんな時にいないとは、役に立たん奴らだ」

理苑が居なくなり、斑尾が、一人になってしまい、里の中にまで、手が回らないのを誰も知らない。

「季麗様!!東に敵が!!」

「下の者を回せ」

「数が足りません」

「仕方ない。俺らも出るぞ」

季麗や朱雀も前線に立ち、他の者と一緒に住処を守っていた。
夕暮れも近付いていたが、敵の勢力は弱まることなく、侵略を進めていた。

「季麗様!!中央の屋敷に敵が!!」

「分かった。今行く。朱雀。ここを頼むぞ」

「御意」

季麗が走り行くのを見送り、伝えた妖かしは、ニヤリと笑い、その姿を消したが、誰も、それを気付いていなかった。
中央に敵が出れば、里自身が危うくなる。
なんとしても、阻止したい季麗は、細い路地を走り抜け、屋敷の前に着くと、雪椰達と鉢合わせになった。

「お前ら…ここで何を」

「敵が出たって…もしかして、季麗ちゃん達も?」

「えぇ」

「どうゆう事だよ」

「分かりません。とりあえず、それぞれの…」

「羅偉様!!」

そこに、修螺が現れ、慌てたように、里の外れを指差した。

「牢屋が破壊されました」

「なに!?」

ただでさえ、大変な時に、牢屋が破壊された事で、事態は、更に悪化した。

「中の者は」

「今、茉様達が、確認に向かってますが、数名が、逃げ出したようです。更に、潜んでいた悪妖達も、あちこちで、暴れています」

敵の侵略。
悪妖の襲撃。
牢屋の破壊。
囚人の脱走。
多くの事が、重なり過ぎていて、季麗達は、何がなんだか、分からなくなっていた。
そんな中、分かっているのは、何者かに踊らされてること。

「どうなってんだ」

「とにかく、里の者の避難を。修螺。すまないが、頼まれてくれ」

「分かりました。姫ちゃん達にも伝えます。影千代様。天戒君をお借りします」

「あ…行ってしまったか」

「本当、修螺って凄いなぁ」

「感心してる暇はないですよ」

「そうですね。私達も、呼び掛けを」

それぞれが走り出し、季麗達が、注意を呼び掛け、中央の屋敷に避難を促してる間、修螺は、雪姫を連れ、天戒の所に向かっていた。

「天戒君!!」

だが、天戒は、あの日以来、屋敷に閉じ籠り、恐怖に震えていた。

「ちょっと!!手伝ってよ!!」

「厭だよ!!僕は二人みたいに強くないんだ!!」

「天戒君…」

「もういい!!」

「姫ちゃん」

「こんな事しててママ達が襲われたら大変だもん!!」

雪姫も、大切な人を守る為、出来る事をやろうとしている。

「…姫ちゃん。先に行ってて。後から行くから」

「でも!!」

「大丈夫。ちゃんと追い付くよ」

ニッコリ笑う修螺を見つめ、雪姫は、着物の袖を握り締めた。

「分かった」

里を駆け抜け、雪人族の住処に向かう雪姫を見送り、修螺は、天戒を見つめた。

「僕だって強くないよ。でも、大切な人を守りたいから、出来る事をしたいんだ。その気持ちは、ずっと変わらないよ?…もし、天戒君も、大切な人を守りたいなら、自分が出来る事をした方が良いと思う。天戒君が、ちゃんと考えて、決めなきゃダメだけど、僕は、天戒が出来る人だって、信じてるから」

修螺が、雪姫を追い掛けるように、走り出すと、天戒は、部屋に取り残された。

「…嘘つき…」

そう呟き、膝を抱えた瞬間、屋敷の中が騒がしくなった。
天戒が、廊下に顔を出すと、悪妖が、屋敷の女妖を追い掛けていた。
見付かれば、天戒も襲われるが、その光景に、動けなくなっていた。
悪妖の視線が、天戒に止まると、舌舐めずりをした。
急いで部屋に戻り、襖を閉めたが、足音は、確実に天戒に近付いていた。
震える足で、障子に向かったが、襖が吹き飛び、ニヤニヤと笑う悪妖が、天戒を見下ろした。

「み~つけたぁ」

ガクガクと体を震わし、涙目で、首を振る天戒に向かい、悪妖は、高らかな笑い声を上げ、ジリジリと近付く。

「厭だ…助けて…お師匠様…助けてーーーー!!」

高らかに掲げられた鋭い爪が、振り下ろされようとした瞬間、天戒が叫び、その前に、雪姫と修螺が現れた。

「姫ちゃん!!」

「はい!!」

修螺が悪妖の爪を弾き、雪姫が、吹雪を起こすと、視界が遮られ、悪妖の動きが鈍った。

「僕が連れ出す。皆の避難を」

「分かった」

修螺が、一瞬にして、悪妖の後ろに回ると、庭に向かって、その背中を蹴り飛ばし、外に悪妖を追い出した。

「こっちだ!!来い!!」

「生意気な!!」

付かず離れずの距離を保ち、修螺が、悪妖を連れ出すと、雪姫は、屋敷に残る女妖や子妖を避難させ始めた。

「中央の屋敷に!!早く!!」

駆け抜ける妖かしの中には、悪妖に襲われ、怪我をした者もいた。

「大丈夫ですか?歩けますか?」

「えぇ。なんとか」

雪姫は、袂から布を取り出し、引き千切ると、傷に巻き付けた。

「屋敷まで頑張って」

「有り難う」

「…どうして…どうして、強いのに…」

「私は、修螺と違うから」

真っ直ぐ見つめる雪姫は、真剣な顔をしていた。

「どんなに強くなろうとしても、私は、戦いに向いてない。なら、恐怖と戦う修螺を支える。それが、私の出来る事だから」

「でも…修螺君は、強いから…」

「違う!!」

叫ぶように、大声を出した雪姫の瞳を涙の膜が覆った。

「修螺だって怖いんだよ。それでも、怖いと思う自分と戦って、大切な人や里を守ろうとしてるの。なら、私も、修螺と一緒に戦う。私の戦い方で、修螺と一緒に戦って守る…いつまで、そうしてるの?…いい加減…気付いてよ…」

涙を拭き、再び動き出した雪姫を見つめ、天戒は、拳を握り締め、修螺が走って行った方に飛び立った。
里のあちこちから、白い煙が上がり、沢山の男妖が悪妖と戦っている中、必死に、修螺を探し、路地裏に、その姿を見付けた。
修螺は、悪妖を遠くまで誘き寄せ、引き離した後、雪姫の所に戻る途中で、別の悪妖に襲われていた子妖を見付けた。
その子妖は、修螺を虐めていた子妖だった。
だが、修螺は、悪妖と対立し、戦っていた。

「行け!!」

恐怖に腰を抜かしていた子妖は、その声で我に返り、走り去ると、修螺は、周囲に視線を動かした。

「くそ生意気なガキだ。殺してやる」

迫り来る悪妖を防ぎながら、周りの妖かし達を避難させ、動き回る修螺は、本当に恐怖を感じてるのか疑う程だった。
しかし、確かに、恐怖を感じていた。
悪妖の爪を見つめ、時折、目を細めて顔を歪めるが、修螺は、自分に負けないと、己を奮い立たせ、必死に戦っていた。
天戒は、辺りを見回し、葵の部下を見付け、急いで向かった。

「あっち!!あっちで悪妖が!!」

「今行く」

部下達が修螺に加戦し、悪妖を取り押さえることが出来た。

「良くやった。でかしたぞ」

大人達に褒められ、天戒の中に小さな光が生まれた。

「有り難う。天戒君。助かったよ」

修螺の笑顔に、天戒の光は、強さを増した。

「…ごめんね。僕、もう少しだけ、頑張ってみる」

「うん。宜しくね」

「僕こそ、宜しく」

握手を交わしてから、二人は、雪姫と合流し、里の中を駆け回った。
それぞれが、それぞれの戦い方で、里を守ろうとする修螺達の姿が、他の者をやる気にさせた。
子妖達も、傷の手当てをする女妖を手伝い、少しでも、術の出来る女妖は、戦う男妖の手助けをし、男妖は、迫り来る敵を追い払った。
三人の姿が、里をまとめ、やる気を起こさせた。

「怯むな!!我らの里を守るのだ!!」

季麗の掛け声に、多くの声が集まり、迫っていた敵を押し返し始めると、多くの妖かしが集まる屋敷を狙い、敵が大砲を発射し、その屋根が吹き飛んだ。

「ママ!!」

「姫ちゃん!!」

屋敷に向かい、二人が走り出し、天戒は、崩れそうな屋敷を見上げ、膝が震えた。

「危ない!!」

二人が屋敷に入り、天戒も、向かおうとした時、屋敷が大きく揺れ、屋根が崩れ落ちた。

「雪姫ちゃん!!修螺君!!」

「天戒!!」

影千代が、走り出そうとした天戒の腕を掴んだ。

「もう遅い。お前も危けっ!!天戒!!」

だが、その手を振り払い、天戒は、崩れた屋根に登ると、瓦礫をどかし始めた。

「天戒!!やめろ!!もう…」

「厭だ!!」

天戒は、初めて、師匠である影千代に楯突いた。

「やっと仲直り出来たのに!!さよならなんて厭だ!!絶対見付ける!!絶対助けるんだ!!」

小さな体で、瓦礫をどかす天戒を見つめながらも、誰もが、中の者は、もう駄目だと諦めていた。

「修螺君!!」

雪姫を抱え、気を失ってる修螺を中心に、多くの妖かし達を守るように、薄い光の壁が張られていた。

「どうなって…」

「修螺君!!雪姫ちゃん!!今助けるから!!」

「おい!!手を貸せ!!」

天戒と一緒に瓦礫をどかすと、下敷きになっていたはずの妖かし達は、皆、無事だった。

「修螺君!!修螺君!!」

天戒が、必死に呼び掛け、その体を揺すると、修螺は、ゆっくり目を開けた。

「…天…戒君…僕…っ!!姫ちゃん!!痛っ!!」

急に起き上がった修螺は、全身に痛みが走り、体を抱くように腕を回した。
天戒は、慌てて、その肩を支えた。

「ダメだよ。急に動いちゃ」

「有り難う。姫ちゃんは?」

天戒が隣を指差すと、雪姫は、静かに眠っていた。

「良かった…助かって…」

その手を握り、涙が溢れ出し、唇を噛んで、声を殺して泣き、修螺も、雪姫と手を繋いで眠ってしまった。

「良かったな。天戒」

「はい」

「だけど、何だったんだろうな?」

「えぇ。結界のようでしたが、何か違うような…」

「それは、蓮さんのお守りですよ」

そこに、紗輝が現れた。

「お守り?」

「あぁ。アイツのお守りは、最強だからな」

更に、佐久も現れた。

「佐久さん!?どうして…」

「そらぁ、助けに来たのよ」

「助け?」

「おうよ。斑尾からの連絡でな」

「ですが…」

「まぁ任せろよ。なんたって、俺らは…」

佐久の後ろから、ゾロゾロと、村の妖かしや半妖、人間が現れ、ジリジリと迫っていた敵を見据えた。

「アイツの意志だ!!」

佐久の叫びが掛け声となり、現れた者達は、次々に、敵を薙ぎ倒した。
中には、女妖や女の半妖もいたが、里と違い、皆が戦えた。
ひ弱に見える紗輝も、華麗に空を舞い、沢山の敵を打ち落とし、影千代よりも、はるかに強かった。

「佐久!!」

また大砲が発射され、紗輝が、弾き返していたが、一つ、返し損ねた弾が、真っ直ぐ、妖かし達の中心に向かって行く。
だが、呼ばれた佐久が、それを片手で打ち返し、大砲は全滅した。
手を振り、首を鳴らした佐久が、ニヤリと笑うと、真っ直ぐ前を見据えた。

「押せーーー!!」

佐久も走り、敵に向かうと、瓦礫の影から、小さな影が飛び出し、人の子や半妖の子、子妖までもが、敵に向かって行く。

「どれ。我らもやるかの」

「そうじゃな」

年老いた妖かし達が、瓦礫を越え、現れた。

「無理すんなよ。爺様方」

「何を言うか」

「生臭坊主が生意気じゃぞ」

佐久がニヤリと笑う中、老妖達は、前に進み出た。

「お待ちくだ…」

「安心せい。我らとて、妖かしの端くれよ」

「老いていても獅子」

歩みを進める老妖達に向かい、敵が、襲い掛かろうとしたが、瞬きをした間に、その体は宙を舞い、飛び上がった一人の老妖が、その体を吹き飛ばした。

「まだまだ、若い者にゃ負けられんよ」

「年寄りだと、見くびるでないぞ」

老妖達は、佐久達に負けない速さで走り、次々に敵を薙ぎ倒した。

「…嘘だろ…化け物かよ…」

地上の敵を佐久達が押し返し、空を飛ぶ悪妖を紗輝のように、飛べる者達が、叩き落としていた。
一匹の悪妖が、紗輝の後ろに周り、その背中に爪を向けた。

「後ろ!!」

皇牙が叫んだところで、紗輝に、爪が振り下ろされる事はなく、一本の矢が悪妖の腹を貫いた。

「何処から…」

「あそこです!!」

菜門が指差した瓦礫の上に、弓を構えた人間の女達がいた。
その中には、鎮霊祭で、舞いを披露していた女達もいて、その先頭には、中央で舞っていた樹美子の姿があった。

「…放てーーー!!」

紗輝と視線を合わせ、頷き合うと、樹美子が叫び、女達は、次々に矢を放ち、その中を舞うように飛び、敵を叩き落とし、地上の者達が薙ぎ倒した。
村の者達の活躍で、形勢は逆転した。

「凄い…凄すぎる…」

「あんなに、穏やかな村の者が…」

「何処に、こんな力を…」

「それが、僕らの村だよ」

そこに、半妖の姿で、狛が現れ、ニッコリ笑った。

「僕らは、普段、とても穏やかな時間を過ごしてる。でも、その中心には、蓮ちゃんの意志が宿ってるんだ」

「意志…?」

「そう。僕らが、蓮ちゃんから学び、受け継いだ意志」

息を切らし、自棄になった敵が、頭から血を流しながら、羅雪に向かって走り、至近距離で、火の玉を放とうとした。

「羅雪!!」

雪椰が叫ぶと、火の玉と羅雪の間入った狛が、火の玉を握り潰し、腕を払い、敵を吹き飛ばした。

「何にも負けない」

「強い想いを抱け」

「強き想いが真の強さ」

「真の強さで立ち向かえ」

「己を信じろ」

「仲間を信じろ」

「必ず報われる」

「必ず守り抜ける」

「我らは」

「必ず」

「強くあれる!!」

狛の声に、紗輝や樹美子、子供達や女達、妖かし達や半妖達、村の者達が、全員で答えるように叫び、その瞬間、目映い光が、その背中を包み込んだ。
その姿が、季麗達や朱雀達だけでなく、里に住む妖かし達の視線も、その心をも引き寄せた。

「大将!!打ち取ったぞーーー!!」

その声に、司令塔である大将を失った敵は、退散しようとしたが、村の者達は、それを許さない。

「逃すな!!捕らえるぞ!!」

佐久の掛け声で、賛同の声が響き、村の者達は、敵を根こそぎ捕らえ、里の危機は脱し、その瞬間、里の勝利が確定した。

「おらよ」

佐久に蹴り飛ばされ、倒れた狸族の族長を始め、それぞれの対立していた者の族長が、そこに重ねられ、多くの悪妖達も、そこに並べられた。

「あとは、お前らの好きにしな」

「有り難うございました」

頭を下げる菜門の横を通り、小さな影が、天戒に近付いた。

「天戒!!大丈夫か?」

「うん。でも、二人が…」

「大丈夫じゃ。強い想いを持つ者は、そう簡単に死なない」

智呂に励まされ、頬を赤らめると、その後ろから、蛍達も顔を出し、眠っている二人を見つめた。

「良い顔になったじゃん」

「あぁ」

「わっちらと一緒じゃな」

「だな」

「一緒?」

首を傾げる天戒に向かい、普段は、仲の悪い四人は、ニッコリ笑った。

護子モリゴだ」

「村では、顔付きが変わると、そう呼ばれるのよ」

「想い強き護人の子。護人である蓮花さんの後を追う者の呼び名なんです」

樹美子と紗輝の説明に、子供達は、胸を張り、誇らしげに笑った。

「なら、お前も護子なのか?」

「はい」

ニッコリ笑う紗輝の肩に手を乗せ、佐久は、後ろに視線を向けた。

「紗輝だけじゃねぇ。俺も、コイツらも、アイツの意志を受け継いだ者は、皆、護子だ」

紗輝の隣に並び、優しく微笑む樹美子も、人間と肩を組む妖かしも、子供達と手を繋ぐ半妖達も、皆が皆、気恥ずかしそうでも、誇らしげに笑っていた。

「我らは、華月の護子じゃがな」

年老いた妖かし達も、胸を張って笑った。

「…ぜだ…」

そんな中、狸族の族長が、佐久を睨み、呟くように吐き捨てた。

「何故だ…狸族の…同族のお前が…狐に…奴らに…」

「あぁ?誰が同族だってぇ?」

凄みのある佐久の声で、村の者以外は、背中を震わせた。

「調子良いこと言ってんじゃねぇぞ。散々、罵っといて。今更同族だ?大概にしろや!!」

族長の髪を掴み、乱暴に持ち上げると、佐久は、鼻先まで顔を近付けた。

「次言ったら、その面、見れなくしてやる。分かったな」

地面に叩き付けられ、族長が気絶してしまった。

「佐久~。やり過ぎだろ」

「へっ。こんなもんで済ませたんだ。良い方だろ」

「あの…佐久さんは…」

「ねぇ。次は?」

動きたくて、ウズウズしてる智呂が、佐久の袖を掴んだ。

「だな。お前ら!!次に移るぞ!!」

元気な声が響き、村の男達は、瓦礫や壊れた屋敷を片付けを始め、女達は、怪我人の手当てを始めた。

「智呂~狛~。こっち手伝って~」

「は~い!」

子供達は、二手に分かれ、それぞれが手伝いを始める中、佐久は、季麗達に、苦笑いを向けた。

「おら。お前らも、自分達の里だろ。動ける奴らは手伝えや」

そこから、里の復興に向け、多くの者が動き始めた。
建物が直るまで、神社の敷地に簡易テントを建て、そこで生活し、里が元通りになるまで、村の者達は、里で生活していた。

「こら。動いちゃダメじゃないか」

頭や腕に包帯を巻き、痛々しい姿で、テントを出ようとしたが、智呂に見付かり、修螺は、苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

「ちょっとお手洗いに~」

「なら、そっちじゃなくて、あっち」

智呂が反対側を指差すと、修螺は、苦笑いしながら、差された方に行き、外に出ると、大きな溜め息をついた。

「あーーー動きたい」

動きたい修螺は、脱け出そうとすると、ことごとく、智呂や蛍達に見付かり、テントに戻されてしまい、テントの中で、腹筋や腕立てをしてると、今度は、佐久や紗輝に注意されていた。
トイレから戻り、ゴロンと寝転んだ修螺の隣で、雪姫は、クスクス笑った。

「仕方ないよ。皆、心配してるんだから」

「でも、もう三日目だよ?いい加減、ゴロゴロしてるのも飽きたよ」

「修螺は動きすぎ。たまには、ちゃんと休まないと。ね?」

「お前ら、ホントに夫婦みたいだぞ?」

そこに、蛍と樹が現れ、持っていた食事を置くと、二人の向かいに座った。

「そう?」

起き上がって、雪姫と並んで座った修螺が、首を傾げた。

「まぁ。こんな可愛い子となら、夫婦にされても、全然構わねぇよな?」

「だな」

雪姫の頬が、みるみる赤くなり、うつ向いてしまった。

「まぁ。姫ちゃんも可愛いけど、智呂ちゃんも可愛いじゃん?」

「「え~」」

「なになに?」

二人が揃って声を上げると、由良も、食事を持って、修螺達と輪になるように座った。

「修螺、智呂が可愛いって言ってんだよ」

「え~。ないわ~」

「なんで?可愛いじゃん?」

「だって、全然、女の子らしくないし」

「どっちかって言ったら、男みたいだよな?」

「そうそう。それにさ…」

「姫ちゃ~ん。一緒食べよ~」

「あ。ごめん。私、あっち行くね?」

「うん」

雪姫は、食事を持って、智呂と他の女の子達が、輪になってる方に移動し、修螺は、蛍達と食事を始めた。

「…可愛いよな~」

「なぁ」

三人が何度も頷くのを見つめ、修螺が首を傾げると、蛍は、智呂達の方に視線を向けた。

「あの中で、雪姫ちゃんが、一番可愛いって話」

「そうかな?皆、可愛いけど」

「修螺は、毎日見てるからな」

「分かんねぇよな」

「何か、村の女の子にない感じなんだよ」

「そうそう。品があるってか」

「なんか、相手を立ててくれるような。そんな感じ」

「それに、優しそうじゃん?」

「まぁ、優しいね。僕が死ぬかもって時も、守ろうとしてくれたし」

ご飯を口に運ぶ修螺を見つめ、蛍達は、ポカンと口を開けた。

「死ぬかもって…なんだよ。何あったんだよ」

「ちょっとね」

「教えろよ~」

「大した事じゃないよ。僕が生意気な事言って、羅偉様達を怒らせちゃったんだ」

「それで?」

「姫ちゃんもいたし。なんとかしなきゃって思って、羅偉様達の気を引こうとしたら、更に、怒らせちゃった感じになったんだよね」

苦笑いして、頬を掻く修螺を見つめ、蛍達は、その後、季麗達とやり合ったのを直感で感じ取った。

「良く生きてたな?」

「姫ちゃんと理苑さんのおかげ」

「理苑は分かるけどさ。雪姫ちゃんって、結界とか使えないだろ?」

「雪椰様の雪の玉が、飛んできた時、僕に、直接、当たらないようにしてくれたんだ」

「どうやって?」

「どうって…こう…抱き付いて?」

蛍達が驚いてるのを見つめ、修螺は、また首を傾げた。

「…それって、一緒に死ぬ気だったんじゃないか?」

「さぁ?」

「てか、絶対、雪姫ちゃん、修螺の事好きだぞ?」

「そんな事ないと思うけど…」

実際、修螺は、雪姫を好きになっていた。
きっかけは、本当に些細な事だった。
その時の修螺は、もっと、強くなりたい一心で、周りを気にする余裕がなく、誰にも見付からないような山の奥、一人で修行していた。
木から木へと飛び移ろうとした時、足を滑らせてしまい、下を流れていた川に落ちた。
思った以上に、川の流れが早く、滑らせた足を挫いていた修螺は、上手く泳ず、流されてしまった。
そんなに高くないが、滝のように、水が、流れ落ちる川に飛び込んだ影があった。
その影は、修螺の頭を抱き、一緒に流れ落ち、必死に、その体を川岸に引き上げた。
そこで、その影が、雪姫だと気付いた時、頬をひっぱたかれ、涙を流すのを見つめた。
それまでは、気付かなかったが、その瞬間、修螺は、雪姫が、いつも自分の為に動いてくれるのに気付き、夢中になると、周りが見えなくなっていることにも気付いた。
それからは、一人で無理するのをやめ、周囲に目を向けるようになり、今の修螺になることが出来た。
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