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三十三話
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修螺が、自分の気持ちに気付いたのは、鈴を奪われそうになり、雪姫が、自分を庇い、抱き付いた時だった。
「お前さ~。鈍すぎ」
「てかさ。修螺って、女たらしじゃね?」
「違うし」
「智呂も、他の女の子も、皆可愛いんだろ?」
「本当の事でしょ?」
「天然だ」
「だな」
「修螺の嫁になったら、雪姫ちゃん、苦労するだろうな?」
「そうなる前に、俺が助けてあげようかな~」
「蛍じゃ役不足だろ。その時は俺が」
「由良にだって、無理だって。俺が一番だろ」
「樹と一緒になったら、毎日ウザそう」
「二人の方がウザいだろ」
「蛍と一緒にすんなよ」
蛍達が、ギャーギャー騒ぎ始め、修螺は、苦笑いした。
「三人とも、落ち着いてよ」
「てか、修螺はどうなの?」
「へ?何が?」
「雪姫ちゃんのこと。どう思ってんだよ」
「それは…その…秘密」
「なんだよ。教えろよ~」
「やだよ」
「教えろって~」
頬を赤くしながら、食事をかっ込む修螺に、蛍達が、ケタケタと笑って絡んだ。
雪姫は、密かに、その様子を見ていた。
そんな雪姫を見て、一緒にいた女の子達も、修螺達の方に視線を向けた。
「修螺君って、格好いいよね~」
「え?」
雪姫が視線を戻すと、女の子達は、ニッコリ笑った。
「なんか大人っぽいよね?」
「そうそう。村の男の子達と全然違う」
「そうかな?…姫ちゃん?」
女の子達の話題に、首を傾げた智呂が、視線を向けると、雪姫は、視線を泳がせていた。
「…格好いいと思う…」
頬を赤くして、視線を下げた雪姫が、ボソッと呟くと、智呂以外の女の子達は、視線を合わせた。
「もしかして、雪姫ちゃん、修螺君の事…好き?」
茹で蛸のように、耳まで真っ赤になった雪姫を見て、女の子達は、黄色い声を出して、ニコニコしながら、雪姫に近付いた。
「雪姫ちゃん可愛い~」
「でも、雪姫ちゃんの気持ち、分かるよ。優しそうだもん」
「分かる!なんか、そんな雰囲気する。それにさ。こう…大丈夫。傍に居るから。って感じする」
「守ってもらえるって、感じでしょ?」
「修螺は、そんな感じじゃないだろ」
「そんな事ないもん!!」
智呂が軽い気持ちで、否定をすると、雪姫は、反射的に、大きな声を出してしまい、頬を赤くしながら、誰も聞いてないのを確認した。
「修螺…強くなったんだよ。この前だって、助けてくれたもん」
「この前って?」
雪姫も、素直に、その経緯と事情を話し、その時の修螺との事も話した。
「…カッコイイーーー!!それ凄く格好いいじゃん!!」
「それに、一人残って、雪姫ちゃんを逃がすなんて、もう素敵」
話を聞いた女の子達は、鼻息を荒くしながら、雪姫に賛同した。
「修螺がいたから、私、あの時、頑張れたんだと思う」
「その時から?」
雪姫が首を傾げると、女の子の一人が、ニコニコと笑いながら、肩を寄せた。
「その時から、好きになったの?」
「…もうちょっと前」
「いつ?どんな時?」
「…慈雷夜さんと会った時…」
鈴を貰った時、慈雷夜は、雪姫に向かい、哀しそうに眉を寄せ、苦笑いを浮かべた。
『雪姫殿。貴女は、戦いには向いていません』
『え…』
『雪姫殿は、とても優しいです。ですが、それでは、戦うことは出来ません』
痛みや苦しみを知り、強くなる者もいるが、中には、無意識の内に、それを相手に与えないように、手加減をしてしまう者もいる。
雪姫は、後者だった。
羅偉の力が、暴走しかけた時、雪姫も修螺と一緒に戦った。
だが、それ以来、雪姫の体は、相手に苦痛を与えることを拒んだ。
『鎮霊祭の時、修螺と手合わせをしていた雪姫殿は、修螺を傷付けぬよう、苦しませぬようにと、無意識に踏み込みが甘くなっていました。あれでは、守るどころか、相手に隙を与えてしまい、己の命すら危険に陥ってしまいます』
『そん…な…』
『雪姫殿。貴女は優しすぎるのです。それでは、最前で戦うことは出来ません。これからは、貴女なりの戦い方を見付け、大切なモノを守りなさい』
慈雷夜さんの言葉に傷付き、雪姫は、哀しみで涙が溢れた。
『…大丈夫だよ』
その帰り道。
正気が抜けたような雪姫に、ニッコリ笑い、修螺の手が背中に添えられた。
『僕が戦えるようになるから。僕が、姫ちゃんを守るから。姫ちゃんは、姫ちゃんが出来ることを続けて、一緒に強くなろう。ね?』
その優しさが染み渡り、雪姫は、戦う修螺を支えられるようになろうと決めた。
小さく笑う雪姫を見つめ、女の子達は、その状況を想像して、うっとりしていた。
「…それだけ?」
その雰囲気をぶち壊し、智呂が、首を傾げると、雪姫は、悲しそうに目を細めた。
「そんな当たり前な事で、好きになれるのか?」
「智呂~」
「だって、そうじゃないか」
「村と違うんだよ?」
「何処に行っても同じじゃないか」
「智呂~。アンタさ~」
「だよね」
女の子達の声を遮り、雪姫は、目元に涙を溜めて、ニッコリ笑った。
「そうだよね。当たり前だよね。ごめんね。つまらない話して。私、ママの手伝いあるから」
半分以上残った食事を持ち、雪姫が、急いで、その場を離れると、女の子達は、大きな溜め息をついて、智呂の肩を軽く叩いた。
「痛っ」
「アンタさ。もう少し考えなさいよ」
「なにを?」
「雪姫ちゃんの事」
「考えてるぞ?」
「なら、もっと、別の言い方あるでしょ」
女の子達が、色々言ってみても、智呂が、それを理解する事は出来なかった。
それを横目で見ていた修螺は、さっさと、残りの食事をかっ込んで、空になった器を持って、立ち上がった。
「あれ?もう食ったのかよ」
「まぁね」
「嘘だろ」
「早くねぇか?」
「三人が遅いだけでしょ。お先~」
ケタケタ笑いながら、洗い場に向かい、雪姫を探して、視線を走らせると、食べ残しを持ったまま、誰にも見付からないように、神社の裏で、膝を抱えて座っていた。
「ひ~めちゃん」
手すりに寄り掛かる修螺を見上げ、雪姫は、すぐ、視線を反らし、下を向いた。
「どう?皇牙様の真似。似てない?」
「似てない。皇牙様は、もっと格好いいもん」
「そこは、比べないでよ」
苦笑いしながら、雪姫の隣に飛び降ると、修螺は、足を伸ばして座った。
「どうしたの?」
「…何でもない」
「何でもなくないよね?」
他人の変化に敏感な修螺は、誰かが、落ち込んだり、悲しんだり、苦しんだりしてると、すぐに気付き、状況把握も早い。
「何か言われた?」
「何でもない」
雪姫を見つめていたが、寂しそうに微笑むと、修螺は、前に視線を向けて、小さな溜め息をついた。
「そっか。智呂ちゃんにでも、何か言われたんじゃないかと思った」
雪姫の肩が、ビクッと揺れ、修螺は、クスクス笑った。
「姫ちゃんって、分かりやすいよね?」
「馬鹿にしてるでしょ」
「誉めてるんだよ?」
ニコニコと笑う修螺を見つめ、雪姫は、頬を膨らませた。
「絶対、馬鹿にしてる」
「違うよ?素直だなぁ~って、誉めてるの」
「言い方が馬鹿にしてる」
「してないよ」
「してるもん」
そっぽを向き、唇を尖らせる雪姫に、修螺は、苦笑いを浮かべた。
「本当だよ?本当に素直だって思ったんだよ?」
知らん顔する雪姫に、修螺は、困った顔になり、頭を掻いた。
「参ったな~。機嫌直してよ」
しの様子に、雪姫は、クスクス笑い、修螺は、苦笑いを浮かべた。
「修螺も分かりやすいじゃん」
「僕も素直だからね」
「単純の間違いじゃない?」
「そっちの方が、ひどい気がするんだけど」
二人でケタケタ笑い、雪姫の肩から力が抜けた。
「もう大丈夫?」
「うん。有り難う」
「いいえ」
ニッコリ笑う修螺を見つめ、雪姫は、小さく微笑み、視線を落とした。
「…あのね?皆で話してたら、自分の気持ちを否定されたみたいになっちゃって。今までなかったから、空しくなっちゃったの」
寂しそうに微笑む雪姫を見つめ、修螺は、困った顔をした。
「それ。智呂ちゃんでしょ」
「…うん。そんなの当たり前って、言われちゃったんだ」
「やっぱり。でもさ。姫ちゃんの気持ちは、姫ちゃんだけの物でしょ?」
寂しそうな雪姫が、視線を上げると、修螺は、ニッコリ笑った。
「どんな話か分かんないけど、智呂ちゃんや、周りの人が、何を言っても、姫ちゃんの気持ちは、姫ちゃんだけなんだからさ。そんな気持ちを持つ自分を信じれば、良いんじゃない?」
「…そうだね。有り難う」
雪姫が嬉しそうに笑うと、その頬が赤くなり、修螺も嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、姫ちゃんは、笑ってる方が可愛いよ」
雪姫が驚いた顔をして、頬を赤くさせると、修螺は、不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「大丈夫?顔赤いよ?体調悪い?」
「修螺のバカ!!阿呆!!間抜け!!」
「ええぇ!?なんで怒るの?」
「もう知らない!!」
「ちょっと待ってよ!!姫ちゃ~ん!!」
修螺の手を凍らせ、さっさと立ち上がって、食べ残しを持ち、歩き出すと、修螺は、氷を溶かして、急いで、その背中を追った。
「…あれって、両想いだよな?」
「だな」
「二人とも、素直じゃないんだから」
「だね」
物陰に隠れて、蛍達と女の子達が、一部始終を見ていた。
「前途多難ってやつだね」
「てか、修螺の方が気付けば良いんじゃね?」
「だよね~」
「でも、ちょっと楽しみ」
「だな」
些細なきっかけで、仲良くなり、小さな事で、互いに惹かれ合い、密かに想い合って、その未熟な果実を成熟させようとしてる。
激動の中で、密かに育まれていた小さな恋は、周囲の者に、小さな喜びと安らぎを与えた。
全てが元通りになり、村に帰る前日。
季麗達の提案で、宴の席が設けられた。
村の者も、里の者も、ごちゃ混ぜになってのどんちゃん騒ぎのはずが、里の者の中には、半妖や人間を毛嫌いする者もいた為、良い雰囲気ではない。
特に、中途半端な世代の妖かしは、そんな者が多く、朱雀達の部下の中にも、嫌そうな顔をして、仕方なく、その場にいる者もいた。
その近くには、その子供達もいて、智呂や蛍達を睨んでいた。
「智呂ちゃん。これ」
「姫ちゃん。わっちらといちゃダメだ。母の所に戻れ」
それまでは、忙しさと余裕がなかった為に、村の子供達と仲良くしていても、大丈夫だったが、今、仲良くしていたら、雪姫が、何を言われ、何をされるか分からない。
智呂達は、雪姫を遠ざけた。
「姫ちゃん。母さん達の所行こう」
修螺は、それを感じ取り、雪姫を連れて、智呂達から離れたが、その横顔は、とても寂しそうだった。
「いつまで続ける気だ」
村の妖かし達は、自分達の仲間を守る為、村の者を囲んでいた。
「早く終わって欲しいもんだ」
妖かし達のボヤきで、我慢の限界を越え、佐久が立ち上がった。
「おい!!帰るぞ!!」
その一声で、村の者も立ち上がった。
「お待ちください!!」
「気にするな」
「そうだ。直になくなる」
季麗達が、引き留めようとしたが、佐久達は、それを振り切り、その場を離れた。
「同じ人間が手掛けたと思えんな」
「じゃな」
年老いた妖かし達の呟きが、季麗様の胸に突き刺さり、動けなくなっていると、佐久を先頭に、村の者達は、里から出て行った。
里の者達だけになり、ボヤいていた妖かし達は、ニヤニヤと笑い、お猪口を傾けた。
その中の一人に向かい、頭の上で、朱雀が酒瓶をひっくり返した。
「…恥を知れ」
「彼らに救われたのを忘れたか」
「恩を仇で返すなど」
「恩知らず」
「恥知らずめが」
少し前までは、人間を見下していた朱雀達が、無表情になり、静かな怒りを向ける。
季麗達は、その様子を見つめていた。
「貴様らのような者が、里を滅ぼすのだ」
茉の言葉で、怒られていた妖かし達は、驚いた顔をした。
「そんな…我らは、滅ぼすような事…」
「我らは、友を失ったんだ」
確かに、佐久と哉代は、友と呼べる仲になっていた。
だが、それだけではない。
雪姫、修螺、天戒は、智呂や蛍達を通じ、村の子供達と友達になっていた。
「しかし!!朱雀様も、人間は弱き者だと…」
「確かに。そう思っておった。だが、現実は違う」
「人間だの。半妖だの。そんな小さなことばかり、気にしていては、何も守れんのだ」
自分との違いを罵り、見下し、見離していたら、いつか、救いを求めても、助けは得られない。
「我らは、傲っていたのだ」
目に見えるモノだけが、立派になるだけで、その心は空っぽのまま、長い時を生きていた。
だが、季麗達や朱雀達は、里の者以外と接し、沢山の事を知り、空っぽの心が、少しずつ満たされた。
「人は、確かに弱くて脆い。だが、その心は、我らよりも、はるかに強い」
「お言葉ですが、その事と、我々が里を滅ぼす事には…」
「貴様らの息子を助けたのは、貴様らが嫌う半妖の子だ」
修螺を虐めていた子妖が、ビクッと肩を震わせた。
「お前!!なんて…」
「貴方が、責められるのですか」
ずっと黙っていた哉代は、佐久達が、消えた方に視線を向けた。
「我らだけで、あの量の悪妖と敵を倒し、短期間で、里を復興させれましたか?」
子供を叱ろうとした妖かしは、拳を作り、押し黙った。
「佐久さん達がいたから、それが出来たんじゃないですか?貴方達も、佐久さん達に助けられたんですよ」
悔しそうに奥歯を噛み締め、妖かし達は、肩を震わせた。
「修螺が出来て、何故、純血の子供が出来ないんですか。雪姫や天戒も出来るのに、体の小さな三人が、里をまとめ、我々を引っ張れたのに、貴方達の子供は、恐怖に怯えるだけで、何も出来なかったんじゃないですか。力が全てならば、純血であっても、貴方達の子供は、低級なのですね」
返す言葉が見付からず、血筋にこだわり、傲慢な態度でいた妖かし達は、うつ向いた。
そんな考えを捨て、季麗達と同じ想いを持つ妖かし達は、哉代を見つめていた。
「修螺」
涙目の雪姫に寄り添い、修螺は、哉代に視線を向けた。
「昔のままであれば、見える力が全てです。お前は強い。ならば、彼らと同じ事をやっても、許されますよ」
下を向いて、背中を丸める子妖と妖かし達に、視線を向け、修螺は、優しく微笑んだ。
「そうですね。でも、やりません」
視線を上げた子妖は、目を大きくさせ、驚いた顔をした。
「何故ですか?」
「そんな事やっても、何も変わらないから」
修螺に代わり、雪姫が答えると、哉代は、満足そうに微笑んだ。
「今後、どうしたいですか?」
「変わって欲しいですね」
「智呂ちゃん達の村みたいに」
視線を合わせて、仲良く、微笑み合うの二人を見つめてから、哉代は、そこにいる妖かし達を見渡した。
「二人の想いは、菜門様方の想いでもあり、我々の願いでもあります。ですが、我々だけでは、叶わないのです。いい加減、気付きませんか?憐れな自分達を。変えませんか?仲間を守れる里に」
修螺や雪姫の母親が拍手をすると、そこから広がり、季麗達も拍手をした。
大きな拍手が鳴り響く中、怒られていた子妖達は、哉代を睨み、拳を震わせていた。
「凄い演説だな」
そこに、帰ったはずの佐久が現れ、その後ろには、村の者達が顔を出した。
「佐久さん?!帰ったんじゃ…」
「そんな無責任じゃねぇよ」
ニヤリと笑い、手を差し出した佐久に、哉代も、頬を赤くしながら、優しく微笑み、手を伸ばすと、二人の間を智呂達が走り抜けた。
「姫ちゃ~ん!さっきのまだあるか?」
「修螺~」
子供達が、修螺と雪姫の所に向かい、哉代と佐久は、苦笑いしながら、しっかりと握手を交わした。
「そうだ。地酒を用意したんですよ」
「座敷わらしの酒か。美味いんだよな~」
そこからは、里も村も関係なく、皆で仲良く、その場の雰囲気を味わい、美味い酒と料理に舌鼓を打った。
「とりあえず、姉妹関係でも組んどくか」
佐久と哉代が、中心になり、里と村の間に、姉妹協定が結ばれた。
「これで、華月様の想いが報われたな」
「そうじゃな」
涙を流す村の長老達に、子供達は首を傾げた。
「この里は、元々、蓮花さんの御先祖様の夜月華月が、人と妖かしが、仲良く暮らせるようにと、斑尾さん達と共に創り、その後、この里まで行き着けない人や妖かしの為に、村を創ったそうです。ですから、この里も、皆さんの村も、同じ護人が手掛けたんです」
菜門が説明すると、子供達の瞳が、キラキラと輝き、嬉しそうに視線を合わせた。
「わっちら、皆同じだな」
智呂の言葉で、蛍達は、修螺と肩を組み、女の子達が、雪姫の周りで、ニッコリ笑い合うのを見つめ、季麗達も嬉しそうに微笑んだ。
だが、離れた所から、怒られていた子妖達が、睨み付けていた。
「俺らを繋いだのは、蓮花だけどな」
「華月様も蓮花も、同じ護人じゃ」
「我らは、護人の恩恵で、生きておるのだ」
「そうですな」
そこに、里の長老達が現れた。
「長老様!!」
里の者達が、膝を着き、頭を下げる中、村の者達は、平然と座っていた。
「そちらが長老か」
「この度は、我らの里を救って頂き、誠に…」
「堅苦しいのは無しじゃ」
正座をして、頭を下げようとした長老達を止め、村の長老達は、ニッコリ笑い、ゆっくりと近付いた。
「我らは、当たり前の事をしたまでよ」
「だが…」
「そんな事より、皆さんもどうじゃ」
長老達に、酒を差し出した。
「長老とて、一つの命。我らとなんら変わらん」
「それが、護人の遺志」
「ならば、現在を楽しんだ者勝ちじゃろうて」
「…分かり申した」
「我らも頂こうぞ」
酒を受け取り、長老達が、杯を交わした事で、更に、良い雰囲気で、飲んだり、食ったりをしていた。
怒られていた妖かし達も、必死に、そこに馴染もうとしてるが、そんな親を避け、馴染めない子妖達は、黙って、その場に座っていた。
「いや~有り難い」
「ですね」
佐久の一言に、哉代が頷くと、近くにいた火車や人間達も頷き、里の妖かしは、首を傾げていた。
「お前らも、村の長老達には、捕まらないようにしろよ?」
羅偉が、ニヤニヤと笑いながら、視線を向けると、更に首を傾げた。
数十分後。
里の長老達が、酔い潰れてしまい、朱雀達が、寄り添いながら、退散すると、村の長老達は、わざと大きな声を出した。
「誰か~飲める奴は~おらんかのぉ~」
残念そうな村の長老達が、視線を泳がせ始め、村の者達と季麗達は、視線を反らした。
長老達の視線が、里の妖かし達に止まり、ニヤッと笑った。
「まだ飲めそうじゃな」
「お主ら。ちと付き合え」
「え?あの…」
「借りても良いかのぉ?」
「どうぞどうぞ」
「え?!ちょっと!!雪椰様~」
鼻歌交じりに、長老達が、里の妖かしを数名連れて、離れて行くと、季麗達は、安心したように、胸を撫で下ろし、佐久達と視線を合わせて、ケタケタと声を上げて笑った。
「部下を犠牲にしたか」
「あの程度なら、その辺に沢山いるからね」
皇牙が、さっきまで、ボヤいていた妖かし達を指差した。
「彼らを預けたら、爺様方の説教が始まりますね」
「だな。そうなりゃ、酒どころじゃなくなるな」
そんなくだらない話で、ケタケタと笑い、一晩を過ごして、雑魚寝してしまった季麗達が、目覚める頃には、佐久達の姿はなくなっていた。
「行ってしまったか」
「仕方ないですね」
「一言、言ってけっつの」
「寝てたから、起こさなかったんじゃない?」
「そうですね」
「騒がしい奴らだが、優しいからな」
季麗達が空を見上げ、微笑んでいると、朱雀達も起き始め、部下達を起こし、後片付けを始めた。
雪姫や修螺は、もちろん、季麗達までもが手伝い、皆で片付けをしながら、沢山の話をしていた。
そこには、笑い声が溢れ、優しさで満たされた。
その日を境に、里の中は、とても穏やかになった。
半妖を馬鹿にする言葉が、聞こえなくなり、学問所では、人間を弱い低級族と語らなくなった。
それどころか、想いの強さを語るようになり、真の強さを説いた。
斑尾達が、目指していた未来が、里に訪れようとしてる。
「小賢しい護子め…今に見ていろ…」
その声が囁かれた時、その目の前を子妖達が通り、ニヤリと笑い、隠れていた月蝶が動き始めた。
だが、それを誰も気付かず、平穏な日々を送っていた。
平和な光の裏には、怪しい闇がある。
そして、その闇が、蠢き始めると、光に侵食を始める。
それは、子供であっても、変わりない。
「修螺~!!」
明るい子供達の笑い声の中心には、いつも修螺の姿があった。
「雪姫ちゃ~ん!!」
その隣には、必ず、雪姫がいる。
あの日以来、二人は、多くの子妖達に囲まれ、楽しい日々を過ごしていた。
「修螺君!!姫ちゃん!!」
「天戒君。もう修行は終わったの?」
「うん。頑張って終わらせました」
「ねぇ。修行って、何やってるの?」
「今はね…」
子妖の数名は、修螺を目指す者もいたが、すぐには、同じように動くことが出来ず、天戒の真似をして、軽い修行を始めていた。
「行こうぜ」
「あ…うん…」
そんな子妖達の輪から、修螺を虐めていた子妖の三人が離れる。
その中心にいる子妖には、憎しみが溢れていた。
それまでは、半妖である修螺を避けてた子妖も、今では、修螺を慕い、自分達の親も、それまでは、半妖を罵っていたのが、今では、季麗や朱雀達に、嫌われたくない一心で、仲良くしようとしてる。
順応しようとする者達と馴染めない者。
離れた子妖達は、順応することが出来ず、それを自分ではなく、他人のせいにしていた。
修螺が悪い。
半妖が悪い。
親が悪い。
季麗達が悪い。
朱雀達が悪い。
その思いが、黒い闇を生んでいた。
「くそぉ!!」
子妖が、流れる用水路に向かい、小石を蹴り飛ばし、他の二人は、それを見つめていた。
「修螺のクセに!!半妖のクセに!!」
怒りを露にしする子妖から、少し離れ、二人は、視線を合わせた。
「お前らも、そう思うよな?」
「え?あ~うん」
「そうだね」
同意はするが、自分から、修螺を悪く言おうとしない。
「あーーちきしょう!!腹立つ!!」
また小石を蹴り、用水路に落とし、騒いでいるのを見つめ、二人は、肩を寄せた。
「…どうする?」
「…どうするって…どうしよう…」
二人は、修螺と話がしたかった。
実際、修螺と仲良くし始めた子妖達は、少しずつだが強くなり、このままだと、学問所に入学出来るか危うい。
学問所に入学出来るのは、族長や長老に、認められた者のみで、認められなければ、入学する事も出来ない。
前までならば、純血であれば、間違いなく、認められ、将来を約束されていたが、これからは、純血だけでは、入学する事も出来なくなる可能性が出てきた。
目の前の子妖と一緒にいても、自分達の未来が危うくなる。
「…やっぱ、修螺達といた方が…」
「…バカ。今、修螺に移ったら、俺らがやられるぞ…」
「…だけど…」
「おい。何、こそこそ話してんだよ」
「な何でもないよ」
声が裏返り、焦っているのが、見ただけで分かる二人に、子妖の眉間にシワが寄った。
「何だよ。ハッキリ言えよ」
怒った声に、二人で視線を合わせ、自分達の足元を見つめた。
「…このままだと…学問所に…行けないんじゃないかって…」
「はぁ!?何言ってんだよ。純血が、学問所に行けない訳ないだろ」
「でも…羅偉様や長老様が認めなかったら…」
「認めない訳ないだろ」
「でも…」
「うるせぇんだよ!!」
怒鳴られ、肩を震わせると、一人の胸ぐらを掴み、引き寄せられ、もう片方は、恐怖で尻餅を着いた。
「ゴチャゴチャゴチャゴチャ!!てめぇナメてんのか!!」
「…そんな事…でも…」
「ざけんじゃねぇ!!」
腕が振り上げられた瞬間、恐怖で目を閉じると、子妖の呻き声が聞こえた。
「…修螺…」
「離せ」
「君が離せば離すよ」
振り上げられていた腕を掴む修螺を見上げ、二人は、涙を浮かべた。
「離せって…言ってんだろ!!」
胸ぐらを掴んでいた手を離し、殴ろうとしたが、それは、空振りに終わり、修螺も、掴んでいた手を離した。
「てめぇ!!いい加減にしろよ!!」
子妖が殴り掛かっても、修螺は、体を傾けて避け、最後には、子妖の足を払って終わった。
「このヤロー!!」
襲い掛かろうとした瞬間、修螺は、一瞬で後ろに回り、子妖の背中を押すと、子妖の襟を掴んだ。
子妖は修螺を睨み、その手を払い除け、立ち上がった。
「調子に乗るなよ」
凄みを効かせ、怖がらせようとしても、修螺は、もう怖がらなくなっていた。
「そう?君の方が、調子に乗ってるんじゃない?」
子妖の怒りが爆発し、思いきり、拳を振り上げると、修螺の頬に叩き付けようとした。
だが、拳は、修螺の前を横切るだけで、当たらず、振り抜かれた肩を押し、子妖は、転がるように倒れた。
「君がやってるのは、ただ、拳を振り回してるだけ。そんな事しても、なんの意味もないよ?」
土に爪を立て、奥歯を噛んでから、片頬を上げ、ニヤリと笑い、子妖は、ゆっくり立ち上がり、修螺を上から睨み付けるように頭を傾けた。
「さっきから、押したり、払ったり。お前、それしか出来ねぇんじゃねぇの?だから、そうやって…」
「やらないんだよ」
驚きで大きく見開かれた目が、すぐ、怒った目になり、歯軋りをした。
「嘘つけ!!だったら、なんか、やって見せろよ!!」
「そんな事しても、君が虚しくなるだけだよ」
「んな!!ざけんじゃねぇぞ!!」
子妖が小さな火の玉を放つと、修螺の後ろにいた二人は、肩を寄せて震えた。
二人が、子妖から離れられなかったのは、この技を使えるからだったが、修螺は、その火の玉を叩き落とした。
驚いてる子妖を他所に、修螺は、後ろの二人に視線を向け、更に、離れた所にいる雪姫と天戒に視線を向けた。
二人が頷くと、修螺は、大きな溜め息をついた。
「あんまり、やりたくないんだけどなぁ」
そう呟き、修螺は、片手を空に翳した。
黒い雲が空を覆い、ゴロゴロと、雷鳴が鳴り、雲の隙間から、光の筋が走り始めた。
修螺が腕を振り下ろすと、細い雷が、すぐ横に落ち、子妖は、驚きと恐怖で腰を抜かした。
「怖かったでしょ?」
修螺は、目尻を下げた。
「やられて厭な事をしても、誰も好いてはくれないよ?」
「…子供騙しだ。どうせ、師匠に、その程度しか…教え…られ…」
引き吊った顔の子妖は、言葉を飲み込み、修螺を見つめた。
何も語らない唇。
感情のない瞳。
無表情になった修螺の右手を炎が包み燃え盛る。
「僕の恩師は、子供騙しなんか教えない」
恐怖で膝が震え、子妖の肩が、ガタガタと揺れた。
「策は一つじゃない。多くの可能性が存在する。考えろ。想え。前を向け。進め。止まるな。振り向くな。もがけ。苦しめ。泣け。叫べ。全てを知れ。生きる為に」
一歩ずつ、ゆっくり近付く修螺から、子妖は、逃げるように、後ろへと退る。
「僕の恩師は、多くを教えてくれた。多くを与えてくれた。君の父は、僕の恩師のように、生きることの全てを教えてくれたか」
修螺を見つめ、子妖は、涙を浮かべ、ただただ震えた。
「何も知らない君が、あの人達をとやかく資格なんてない。僕の恩師を…バカにするな!!」
修螺の右手が振り抜かれ、炎の刃が、子妖の頭を掠めて、用水路の上で、空に向かって消えた。
「今度、恩師を悪く言ったら、僕は本気で戦う。いいね?」
子妖が、何度も頷いたが、修螺に表情は戻らない。
「去れ。今すぐに」
子妖が風のように、走り去っても、修螺は、その場を動かず、立ち尽くしていた。
「…触るな」
その背中に、雪姫が触れようと、手を伸ばしたが、拒絶し、小さく肩を震わせていた。
「…修螺。落ち着いて」
泣きたいが、泣かないように、我慢してる修螺の背中に触れ、雪姫は、その肩に寄り添うように並んだ。
「皆の為に怒ったのなら、それは、悪い事じゃない。大切な人達をバカにされたんだもん。だから、自分を責めないで。修螺は守ったんだよ。皆の大切な想いを。だから大丈夫。慈雷夜さん達は、分かってくれるから」
「そうだ」
そこに、篠が現れた。
「篠様…でも…僕…」
「俺も同じ事をした事がある」
前族長の息子の皇牙と篠は、同じ屋敷に住んでいた。
「産まれた時から、皇牙様といつも一緒だった」
寝るのも、起きるのも、遊ぶのも、食事も、何もかも同じで、それが原因で喧嘩もした。
本当に兄弟のように育った篠だからこそ、皇牙が、人一倍の努力したのを知っていた。
しかし、一歩外に出れば、皇牙の肩身は狭くなった。
「だから、俺は、皇牙様の味方でいようと思い、常に傍にいた」
そして、長い年月が流れ、皇牙と篠が、学問所に入学すると、周りの環境が変わり、多くの妖かしが、皇牙と仲良くしようとしていた。
「それまで、毛嫌いしてた奴らも、次の族長になる可能性がある皇牙様と、仲良くしていれば、自分達の将来は、安泰だからな」
怯えている子妖達に横目で視線を向け、篠は、小さな溜め息をついた。
「だが、そんな奴らの中には、皇牙様を失脚させようとする者もいた。俺は、それらを見極め、皇牙様から引き離していた」
そんな時だった。
引き離された者が、逆恨みして、篠の居ない時を狙って、皇牙を襲った。
「お前さ~。鈍すぎ」
「てかさ。修螺って、女たらしじゃね?」
「違うし」
「智呂も、他の女の子も、皆可愛いんだろ?」
「本当の事でしょ?」
「天然だ」
「だな」
「修螺の嫁になったら、雪姫ちゃん、苦労するだろうな?」
「そうなる前に、俺が助けてあげようかな~」
「蛍じゃ役不足だろ。その時は俺が」
「由良にだって、無理だって。俺が一番だろ」
「樹と一緒になったら、毎日ウザそう」
「二人の方がウザいだろ」
「蛍と一緒にすんなよ」
蛍達が、ギャーギャー騒ぎ始め、修螺は、苦笑いした。
「三人とも、落ち着いてよ」
「てか、修螺はどうなの?」
「へ?何が?」
「雪姫ちゃんのこと。どう思ってんだよ」
「それは…その…秘密」
「なんだよ。教えろよ~」
「やだよ」
「教えろって~」
頬を赤くしながら、食事をかっ込む修螺に、蛍達が、ケタケタと笑って絡んだ。
雪姫は、密かに、その様子を見ていた。
そんな雪姫を見て、一緒にいた女の子達も、修螺達の方に視線を向けた。
「修螺君って、格好いいよね~」
「え?」
雪姫が視線を戻すと、女の子達は、ニッコリ笑った。
「なんか大人っぽいよね?」
「そうそう。村の男の子達と全然違う」
「そうかな?…姫ちゃん?」
女の子達の話題に、首を傾げた智呂が、視線を向けると、雪姫は、視線を泳がせていた。
「…格好いいと思う…」
頬を赤くして、視線を下げた雪姫が、ボソッと呟くと、智呂以外の女の子達は、視線を合わせた。
「もしかして、雪姫ちゃん、修螺君の事…好き?」
茹で蛸のように、耳まで真っ赤になった雪姫を見て、女の子達は、黄色い声を出して、ニコニコしながら、雪姫に近付いた。
「雪姫ちゃん可愛い~」
「でも、雪姫ちゃんの気持ち、分かるよ。優しそうだもん」
「分かる!なんか、そんな雰囲気する。それにさ。こう…大丈夫。傍に居るから。って感じする」
「守ってもらえるって、感じでしょ?」
「修螺は、そんな感じじゃないだろ」
「そんな事ないもん!!」
智呂が軽い気持ちで、否定をすると、雪姫は、反射的に、大きな声を出してしまい、頬を赤くしながら、誰も聞いてないのを確認した。
「修螺…強くなったんだよ。この前だって、助けてくれたもん」
「この前って?」
雪姫も、素直に、その経緯と事情を話し、その時の修螺との事も話した。
「…カッコイイーーー!!それ凄く格好いいじゃん!!」
「それに、一人残って、雪姫ちゃんを逃がすなんて、もう素敵」
話を聞いた女の子達は、鼻息を荒くしながら、雪姫に賛同した。
「修螺がいたから、私、あの時、頑張れたんだと思う」
「その時から?」
雪姫が首を傾げると、女の子の一人が、ニコニコと笑いながら、肩を寄せた。
「その時から、好きになったの?」
「…もうちょっと前」
「いつ?どんな時?」
「…慈雷夜さんと会った時…」
鈴を貰った時、慈雷夜は、雪姫に向かい、哀しそうに眉を寄せ、苦笑いを浮かべた。
『雪姫殿。貴女は、戦いには向いていません』
『え…』
『雪姫殿は、とても優しいです。ですが、それでは、戦うことは出来ません』
痛みや苦しみを知り、強くなる者もいるが、中には、無意識の内に、それを相手に与えないように、手加減をしてしまう者もいる。
雪姫は、後者だった。
羅偉の力が、暴走しかけた時、雪姫も修螺と一緒に戦った。
だが、それ以来、雪姫の体は、相手に苦痛を与えることを拒んだ。
『鎮霊祭の時、修螺と手合わせをしていた雪姫殿は、修螺を傷付けぬよう、苦しませぬようにと、無意識に踏み込みが甘くなっていました。あれでは、守るどころか、相手に隙を与えてしまい、己の命すら危険に陥ってしまいます』
『そん…な…』
『雪姫殿。貴女は優しすぎるのです。それでは、最前で戦うことは出来ません。これからは、貴女なりの戦い方を見付け、大切なモノを守りなさい』
慈雷夜さんの言葉に傷付き、雪姫は、哀しみで涙が溢れた。
『…大丈夫だよ』
その帰り道。
正気が抜けたような雪姫に、ニッコリ笑い、修螺の手が背中に添えられた。
『僕が戦えるようになるから。僕が、姫ちゃんを守るから。姫ちゃんは、姫ちゃんが出来ることを続けて、一緒に強くなろう。ね?』
その優しさが染み渡り、雪姫は、戦う修螺を支えられるようになろうと決めた。
小さく笑う雪姫を見つめ、女の子達は、その状況を想像して、うっとりしていた。
「…それだけ?」
その雰囲気をぶち壊し、智呂が、首を傾げると、雪姫は、悲しそうに目を細めた。
「そんな当たり前な事で、好きになれるのか?」
「智呂~」
「だって、そうじゃないか」
「村と違うんだよ?」
「何処に行っても同じじゃないか」
「智呂~。アンタさ~」
「だよね」
女の子達の声を遮り、雪姫は、目元に涙を溜めて、ニッコリ笑った。
「そうだよね。当たり前だよね。ごめんね。つまらない話して。私、ママの手伝いあるから」
半分以上残った食事を持ち、雪姫が、急いで、その場を離れると、女の子達は、大きな溜め息をついて、智呂の肩を軽く叩いた。
「痛っ」
「アンタさ。もう少し考えなさいよ」
「なにを?」
「雪姫ちゃんの事」
「考えてるぞ?」
「なら、もっと、別の言い方あるでしょ」
女の子達が、色々言ってみても、智呂が、それを理解する事は出来なかった。
それを横目で見ていた修螺は、さっさと、残りの食事をかっ込んで、空になった器を持って、立ち上がった。
「あれ?もう食ったのかよ」
「まぁね」
「嘘だろ」
「早くねぇか?」
「三人が遅いだけでしょ。お先~」
ケタケタ笑いながら、洗い場に向かい、雪姫を探して、視線を走らせると、食べ残しを持ったまま、誰にも見付からないように、神社の裏で、膝を抱えて座っていた。
「ひ~めちゃん」
手すりに寄り掛かる修螺を見上げ、雪姫は、すぐ、視線を反らし、下を向いた。
「どう?皇牙様の真似。似てない?」
「似てない。皇牙様は、もっと格好いいもん」
「そこは、比べないでよ」
苦笑いしながら、雪姫の隣に飛び降ると、修螺は、足を伸ばして座った。
「どうしたの?」
「…何でもない」
「何でもなくないよね?」
他人の変化に敏感な修螺は、誰かが、落ち込んだり、悲しんだり、苦しんだりしてると、すぐに気付き、状況把握も早い。
「何か言われた?」
「何でもない」
雪姫を見つめていたが、寂しそうに微笑むと、修螺は、前に視線を向けて、小さな溜め息をついた。
「そっか。智呂ちゃんにでも、何か言われたんじゃないかと思った」
雪姫の肩が、ビクッと揺れ、修螺は、クスクス笑った。
「姫ちゃんって、分かりやすいよね?」
「馬鹿にしてるでしょ」
「誉めてるんだよ?」
ニコニコと笑う修螺を見つめ、雪姫は、頬を膨らませた。
「絶対、馬鹿にしてる」
「違うよ?素直だなぁ~って、誉めてるの」
「言い方が馬鹿にしてる」
「してないよ」
「してるもん」
そっぽを向き、唇を尖らせる雪姫に、修螺は、苦笑いを浮かべた。
「本当だよ?本当に素直だって思ったんだよ?」
知らん顔する雪姫に、修螺は、困った顔になり、頭を掻いた。
「参ったな~。機嫌直してよ」
しの様子に、雪姫は、クスクス笑い、修螺は、苦笑いを浮かべた。
「修螺も分かりやすいじゃん」
「僕も素直だからね」
「単純の間違いじゃない?」
「そっちの方が、ひどい気がするんだけど」
二人でケタケタ笑い、雪姫の肩から力が抜けた。
「もう大丈夫?」
「うん。有り難う」
「いいえ」
ニッコリ笑う修螺を見つめ、雪姫は、小さく微笑み、視線を落とした。
「…あのね?皆で話してたら、自分の気持ちを否定されたみたいになっちゃって。今までなかったから、空しくなっちゃったの」
寂しそうに微笑む雪姫を見つめ、修螺は、困った顔をした。
「それ。智呂ちゃんでしょ」
「…うん。そんなの当たり前って、言われちゃったんだ」
「やっぱり。でもさ。姫ちゃんの気持ちは、姫ちゃんだけの物でしょ?」
寂しそうな雪姫が、視線を上げると、修螺は、ニッコリ笑った。
「どんな話か分かんないけど、智呂ちゃんや、周りの人が、何を言っても、姫ちゃんの気持ちは、姫ちゃんだけなんだからさ。そんな気持ちを持つ自分を信じれば、良いんじゃない?」
「…そうだね。有り難う」
雪姫が嬉しそうに笑うと、その頬が赤くなり、修螺も嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、姫ちゃんは、笑ってる方が可愛いよ」
雪姫が驚いた顔をして、頬を赤くさせると、修螺は、不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「大丈夫?顔赤いよ?体調悪い?」
「修螺のバカ!!阿呆!!間抜け!!」
「ええぇ!?なんで怒るの?」
「もう知らない!!」
「ちょっと待ってよ!!姫ちゃ~ん!!」
修螺の手を凍らせ、さっさと立ち上がって、食べ残しを持ち、歩き出すと、修螺は、氷を溶かして、急いで、その背中を追った。
「…あれって、両想いだよな?」
「だな」
「二人とも、素直じゃないんだから」
「だね」
物陰に隠れて、蛍達と女の子達が、一部始終を見ていた。
「前途多難ってやつだね」
「てか、修螺の方が気付けば良いんじゃね?」
「だよね~」
「でも、ちょっと楽しみ」
「だな」
些細なきっかけで、仲良くなり、小さな事で、互いに惹かれ合い、密かに想い合って、その未熟な果実を成熟させようとしてる。
激動の中で、密かに育まれていた小さな恋は、周囲の者に、小さな喜びと安らぎを与えた。
全てが元通りになり、村に帰る前日。
季麗達の提案で、宴の席が設けられた。
村の者も、里の者も、ごちゃ混ぜになってのどんちゃん騒ぎのはずが、里の者の中には、半妖や人間を毛嫌いする者もいた為、良い雰囲気ではない。
特に、中途半端な世代の妖かしは、そんな者が多く、朱雀達の部下の中にも、嫌そうな顔をして、仕方なく、その場にいる者もいた。
その近くには、その子供達もいて、智呂や蛍達を睨んでいた。
「智呂ちゃん。これ」
「姫ちゃん。わっちらといちゃダメだ。母の所に戻れ」
それまでは、忙しさと余裕がなかった為に、村の子供達と仲良くしていても、大丈夫だったが、今、仲良くしていたら、雪姫が、何を言われ、何をされるか分からない。
智呂達は、雪姫を遠ざけた。
「姫ちゃん。母さん達の所行こう」
修螺は、それを感じ取り、雪姫を連れて、智呂達から離れたが、その横顔は、とても寂しそうだった。
「いつまで続ける気だ」
村の妖かし達は、自分達の仲間を守る為、村の者を囲んでいた。
「早く終わって欲しいもんだ」
妖かし達のボヤきで、我慢の限界を越え、佐久が立ち上がった。
「おい!!帰るぞ!!」
その一声で、村の者も立ち上がった。
「お待ちください!!」
「気にするな」
「そうだ。直になくなる」
季麗達が、引き留めようとしたが、佐久達は、それを振り切り、その場を離れた。
「同じ人間が手掛けたと思えんな」
「じゃな」
年老いた妖かし達の呟きが、季麗様の胸に突き刺さり、動けなくなっていると、佐久を先頭に、村の者達は、里から出て行った。
里の者達だけになり、ボヤいていた妖かし達は、ニヤニヤと笑い、お猪口を傾けた。
その中の一人に向かい、頭の上で、朱雀が酒瓶をひっくり返した。
「…恥を知れ」
「彼らに救われたのを忘れたか」
「恩を仇で返すなど」
「恩知らず」
「恥知らずめが」
少し前までは、人間を見下していた朱雀達が、無表情になり、静かな怒りを向ける。
季麗達は、その様子を見つめていた。
「貴様らのような者が、里を滅ぼすのだ」
茉の言葉で、怒られていた妖かし達は、驚いた顔をした。
「そんな…我らは、滅ぼすような事…」
「我らは、友を失ったんだ」
確かに、佐久と哉代は、友と呼べる仲になっていた。
だが、それだけではない。
雪姫、修螺、天戒は、智呂や蛍達を通じ、村の子供達と友達になっていた。
「しかし!!朱雀様も、人間は弱き者だと…」
「確かに。そう思っておった。だが、現実は違う」
「人間だの。半妖だの。そんな小さなことばかり、気にしていては、何も守れんのだ」
自分との違いを罵り、見下し、見離していたら、いつか、救いを求めても、助けは得られない。
「我らは、傲っていたのだ」
目に見えるモノだけが、立派になるだけで、その心は空っぽのまま、長い時を生きていた。
だが、季麗達や朱雀達は、里の者以外と接し、沢山の事を知り、空っぽの心が、少しずつ満たされた。
「人は、確かに弱くて脆い。だが、その心は、我らよりも、はるかに強い」
「お言葉ですが、その事と、我々が里を滅ぼす事には…」
「貴様らの息子を助けたのは、貴様らが嫌う半妖の子だ」
修螺を虐めていた子妖が、ビクッと肩を震わせた。
「お前!!なんて…」
「貴方が、責められるのですか」
ずっと黙っていた哉代は、佐久達が、消えた方に視線を向けた。
「我らだけで、あの量の悪妖と敵を倒し、短期間で、里を復興させれましたか?」
子供を叱ろうとした妖かしは、拳を作り、押し黙った。
「佐久さん達がいたから、それが出来たんじゃないですか?貴方達も、佐久さん達に助けられたんですよ」
悔しそうに奥歯を噛み締め、妖かし達は、肩を震わせた。
「修螺が出来て、何故、純血の子供が出来ないんですか。雪姫や天戒も出来るのに、体の小さな三人が、里をまとめ、我々を引っ張れたのに、貴方達の子供は、恐怖に怯えるだけで、何も出来なかったんじゃないですか。力が全てならば、純血であっても、貴方達の子供は、低級なのですね」
返す言葉が見付からず、血筋にこだわり、傲慢な態度でいた妖かし達は、うつ向いた。
そんな考えを捨て、季麗達と同じ想いを持つ妖かし達は、哉代を見つめていた。
「修螺」
涙目の雪姫に寄り添い、修螺は、哉代に視線を向けた。
「昔のままであれば、見える力が全てです。お前は強い。ならば、彼らと同じ事をやっても、許されますよ」
下を向いて、背中を丸める子妖と妖かし達に、視線を向け、修螺は、優しく微笑んだ。
「そうですね。でも、やりません」
視線を上げた子妖は、目を大きくさせ、驚いた顔をした。
「何故ですか?」
「そんな事やっても、何も変わらないから」
修螺に代わり、雪姫が答えると、哉代は、満足そうに微笑んだ。
「今後、どうしたいですか?」
「変わって欲しいですね」
「智呂ちゃん達の村みたいに」
視線を合わせて、仲良く、微笑み合うの二人を見つめてから、哉代は、そこにいる妖かし達を見渡した。
「二人の想いは、菜門様方の想いでもあり、我々の願いでもあります。ですが、我々だけでは、叶わないのです。いい加減、気付きませんか?憐れな自分達を。変えませんか?仲間を守れる里に」
修螺や雪姫の母親が拍手をすると、そこから広がり、季麗達も拍手をした。
大きな拍手が鳴り響く中、怒られていた子妖達は、哉代を睨み、拳を震わせていた。
「凄い演説だな」
そこに、帰ったはずの佐久が現れ、その後ろには、村の者達が顔を出した。
「佐久さん?!帰ったんじゃ…」
「そんな無責任じゃねぇよ」
ニヤリと笑い、手を差し出した佐久に、哉代も、頬を赤くしながら、優しく微笑み、手を伸ばすと、二人の間を智呂達が走り抜けた。
「姫ちゃ~ん!さっきのまだあるか?」
「修螺~」
子供達が、修螺と雪姫の所に向かい、哉代と佐久は、苦笑いしながら、しっかりと握手を交わした。
「そうだ。地酒を用意したんですよ」
「座敷わらしの酒か。美味いんだよな~」
そこからは、里も村も関係なく、皆で仲良く、その場の雰囲気を味わい、美味い酒と料理に舌鼓を打った。
「とりあえず、姉妹関係でも組んどくか」
佐久と哉代が、中心になり、里と村の間に、姉妹協定が結ばれた。
「これで、華月様の想いが報われたな」
「そうじゃな」
涙を流す村の長老達に、子供達は首を傾げた。
「この里は、元々、蓮花さんの御先祖様の夜月華月が、人と妖かしが、仲良く暮らせるようにと、斑尾さん達と共に創り、その後、この里まで行き着けない人や妖かしの為に、村を創ったそうです。ですから、この里も、皆さんの村も、同じ護人が手掛けたんです」
菜門が説明すると、子供達の瞳が、キラキラと輝き、嬉しそうに視線を合わせた。
「わっちら、皆同じだな」
智呂の言葉で、蛍達は、修螺と肩を組み、女の子達が、雪姫の周りで、ニッコリ笑い合うのを見つめ、季麗達も嬉しそうに微笑んだ。
だが、離れた所から、怒られていた子妖達が、睨み付けていた。
「俺らを繋いだのは、蓮花だけどな」
「華月様も蓮花も、同じ護人じゃ」
「我らは、護人の恩恵で、生きておるのだ」
「そうですな」
そこに、里の長老達が現れた。
「長老様!!」
里の者達が、膝を着き、頭を下げる中、村の者達は、平然と座っていた。
「そちらが長老か」
「この度は、我らの里を救って頂き、誠に…」
「堅苦しいのは無しじゃ」
正座をして、頭を下げようとした長老達を止め、村の長老達は、ニッコリ笑い、ゆっくりと近付いた。
「我らは、当たり前の事をしたまでよ」
「だが…」
「そんな事より、皆さんもどうじゃ」
長老達に、酒を差し出した。
「長老とて、一つの命。我らとなんら変わらん」
「それが、護人の遺志」
「ならば、現在を楽しんだ者勝ちじゃろうて」
「…分かり申した」
「我らも頂こうぞ」
酒を受け取り、長老達が、杯を交わした事で、更に、良い雰囲気で、飲んだり、食ったりをしていた。
怒られていた妖かし達も、必死に、そこに馴染もうとしてるが、そんな親を避け、馴染めない子妖達は、黙って、その場に座っていた。
「いや~有り難い」
「ですね」
佐久の一言に、哉代が頷くと、近くにいた火車や人間達も頷き、里の妖かしは、首を傾げていた。
「お前らも、村の長老達には、捕まらないようにしろよ?」
羅偉が、ニヤニヤと笑いながら、視線を向けると、更に首を傾げた。
数十分後。
里の長老達が、酔い潰れてしまい、朱雀達が、寄り添いながら、退散すると、村の長老達は、わざと大きな声を出した。
「誰か~飲める奴は~おらんかのぉ~」
残念そうな村の長老達が、視線を泳がせ始め、村の者達と季麗達は、視線を反らした。
長老達の視線が、里の妖かし達に止まり、ニヤッと笑った。
「まだ飲めそうじゃな」
「お主ら。ちと付き合え」
「え?あの…」
「借りても良いかのぉ?」
「どうぞどうぞ」
「え?!ちょっと!!雪椰様~」
鼻歌交じりに、長老達が、里の妖かしを数名連れて、離れて行くと、季麗達は、安心したように、胸を撫で下ろし、佐久達と視線を合わせて、ケタケタと声を上げて笑った。
「部下を犠牲にしたか」
「あの程度なら、その辺に沢山いるからね」
皇牙が、さっきまで、ボヤいていた妖かし達を指差した。
「彼らを預けたら、爺様方の説教が始まりますね」
「だな。そうなりゃ、酒どころじゃなくなるな」
そんなくだらない話で、ケタケタと笑い、一晩を過ごして、雑魚寝してしまった季麗達が、目覚める頃には、佐久達の姿はなくなっていた。
「行ってしまったか」
「仕方ないですね」
「一言、言ってけっつの」
「寝てたから、起こさなかったんじゃない?」
「そうですね」
「騒がしい奴らだが、優しいからな」
季麗達が空を見上げ、微笑んでいると、朱雀達も起き始め、部下達を起こし、後片付けを始めた。
雪姫や修螺は、もちろん、季麗達までもが手伝い、皆で片付けをしながら、沢山の話をしていた。
そこには、笑い声が溢れ、優しさで満たされた。
その日を境に、里の中は、とても穏やかになった。
半妖を馬鹿にする言葉が、聞こえなくなり、学問所では、人間を弱い低級族と語らなくなった。
それどころか、想いの強さを語るようになり、真の強さを説いた。
斑尾達が、目指していた未来が、里に訪れようとしてる。
「小賢しい護子め…今に見ていろ…」
その声が囁かれた時、その目の前を子妖達が通り、ニヤリと笑い、隠れていた月蝶が動き始めた。
だが、それを誰も気付かず、平穏な日々を送っていた。
平和な光の裏には、怪しい闇がある。
そして、その闇が、蠢き始めると、光に侵食を始める。
それは、子供であっても、変わりない。
「修螺~!!」
明るい子供達の笑い声の中心には、いつも修螺の姿があった。
「雪姫ちゃ~ん!!」
その隣には、必ず、雪姫がいる。
あの日以来、二人は、多くの子妖達に囲まれ、楽しい日々を過ごしていた。
「修螺君!!姫ちゃん!!」
「天戒君。もう修行は終わったの?」
「うん。頑張って終わらせました」
「ねぇ。修行って、何やってるの?」
「今はね…」
子妖の数名は、修螺を目指す者もいたが、すぐには、同じように動くことが出来ず、天戒の真似をして、軽い修行を始めていた。
「行こうぜ」
「あ…うん…」
そんな子妖達の輪から、修螺を虐めていた子妖の三人が離れる。
その中心にいる子妖には、憎しみが溢れていた。
それまでは、半妖である修螺を避けてた子妖も、今では、修螺を慕い、自分達の親も、それまでは、半妖を罵っていたのが、今では、季麗や朱雀達に、嫌われたくない一心で、仲良くしようとしてる。
順応しようとする者達と馴染めない者。
離れた子妖達は、順応することが出来ず、それを自分ではなく、他人のせいにしていた。
修螺が悪い。
半妖が悪い。
親が悪い。
季麗達が悪い。
朱雀達が悪い。
その思いが、黒い闇を生んでいた。
「くそぉ!!」
子妖が、流れる用水路に向かい、小石を蹴り飛ばし、他の二人は、それを見つめていた。
「修螺のクセに!!半妖のクセに!!」
怒りを露にしする子妖から、少し離れ、二人は、視線を合わせた。
「お前らも、そう思うよな?」
「え?あ~うん」
「そうだね」
同意はするが、自分から、修螺を悪く言おうとしない。
「あーーちきしょう!!腹立つ!!」
また小石を蹴り、用水路に落とし、騒いでいるのを見つめ、二人は、肩を寄せた。
「…どうする?」
「…どうするって…どうしよう…」
二人は、修螺と話がしたかった。
実際、修螺と仲良くし始めた子妖達は、少しずつだが強くなり、このままだと、学問所に入学出来るか危うい。
学問所に入学出来るのは、族長や長老に、認められた者のみで、認められなければ、入学する事も出来ない。
前までならば、純血であれば、間違いなく、認められ、将来を約束されていたが、これからは、純血だけでは、入学する事も出来なくなる可能性が出てきた。
目の前の子妖と一緒にいても、自分達の未来が危うくなる。
「…やっぱ、修螺達といた方が…」
「…バカ。今、修螺に移ったら、俺らがやられるぞ…」
「…だけど…」
「おい。何、こそこそ話してんだよ」
「な何でもないよ」
声が裏返り、焦っているのが、見ただけで分かる二人に、子妖の眉間にシワが寄った。
「何だよ。ハッキリ言えよ」
怒った声に、二人で視線を合わせ、自分達の足元を見つめた。
「…このままだと…学問所に…行けないんじゃないかって…」
「はぁ!?何言ってんだよ。純血が、学問所に行けない訳ないだろ」
「でも…羅偉様や長老様が認めなかったら…」
「認めない訳ないだろ」
「でも…」
「うるせぇんだよ!!」
怒鳴られ、肩を震わせると、一人の胸ぐらを掴み、引き寄せられ、もう片方は、恐怖で尻餅を着いた。
「ゴチャゴチャゴチャゴチャ!!てめぇナメてんのか!!」
「…そんな事…でも…」
「ざけんじゃねぇ!!」
腕が振り上げられた瞬間、恐怖で目を閉じると、子妖の呻き声が聞こえた。
「…修螺…」
「離せ」
「君が離せば離すよ」
振り上げられていた腕を掴む修螺を見上げ、二人は、涙を浮かべた。
「離せって…言ってんだろ!!」
胸ぐらを掴んでいた手を離し、殴ろうとしたが、それは、空振りに終わり、修螺も、掴んでいた手を離した。
「てめぇ!!いい加減にしろよ!!」
子妖が殴り掛かっても、修螺は、体を傾けて避け、最後には、子妖の足を払って終わった。
「このヤロー!!」
襲い掛かろうとした瞬間、修螺は、一瞬で後ろに回り、子妖の背中を押すと、子妖の襟を掴んだ。
子妖は修螺を睨み、その手を払い除け、立ち上がった。
「調子に乗るなよ」
凄みを効かせ、怖がらせようとしても、修螺は、もう怖がらなくなっていた。
「そう?君の方が、調子に乗ってるんじゃない?」
子妖の怒りが爆発し、思いきり、拳を振り上げると、修螺の頬に叩き付けようとした。
だが、拳は、修螺の前を横切るだけで、当たらず、振り抜かれた肩を押し、子妖は、転がるように倒れた。
「君がやってるのは、ただ、拳を振り回してるだけ。そんな事しても、なんの意味もないよ?」
土に爪を立て、奥歯を噛んでから、片頬を上げ、ニヤリと笑い、子妖は、ゆっくり立ち上がり、修螺を上から睨み付けるように頭を傾けた。
「さっきから、押したり、払ったり。お前、それしか出来ねぇんじゃねぇの?だから、そうやって…」
「やらないんだよ」
驚きで大きく見開かれた目が、すぐ、怒った目になり、歯軋りをした。
「嘘つけ!!だったら、なんか、やって見せろよ!!」
「そんな事しても、君が虚しくなるだけだよ」
「んな!!ざけんじゃねぇぞ!!」
子妖が小さな火の玉を放つと、修螺の後ろにいた二人は、肩を寄せて震えた。
二人が、子妖から離れられなかったのは、この技を使えるからだったが、修螺は、その火の玉を叩き落とした。
驚いてる子妖を他所に、修螺は、後ろの二人に視線を向け、更に、離れた所にいる雪姫と天戒に視線を向けた。
二人が頷くと、修螺は、大きな溜め息をついた。
「あんまり、やりたくないんだけどなぁ」
そう呟き、修螺は、片手を空に翳した。
黒い雲が空を覆い、ゴロゴロと、雷鳴が鳴り、雲の隙間から、光の筋が走り始めた。
修螺が腕を振り下ろすと、細い雷が、すぐ横に落ち、子妖は、驚きと恐怖で腰を抜かした。
「怖かったでしょ?」
修螺は、目尻を下げた。
「やられて厭な事をしても、誰も好いてはくれないよ?」
「…子供騙しだ。どうせ、師匠に、その程度しか…教え…られ…」
引き吊った顔の子妖は、言葉を飲み込み、修螺を見つめた。
何も語らない唇。
感情のない瞳。
無表情になった修螺の右手を炎が包み燃え盛る。
「僕の恩師は、子供騙しなんか教えない」
恐怖で膝が震え、子妖の肩が、ガタガタと揺れた。
「策は一つじゃない。多くの可能性が存在する。考えろ。想え。前を向け。進め。止まるな。振り向くな。もがけ。苦しめ。泣け。叫べ。全てを知れ。生きる為に」
一歩ずつ、ゆっくり近付く修螺から、子妖は、逃げるように、後ろへと退る。
「僕の恩師は、多くを教えてくれた。多くを与えてくれた。君の父は、僕の恩師のように、生きることの全てを教えてくれたか」
修螺を見つめ、子妖は、涙を浮かべ、ただただ震えた。
「何も知らない君が、あの人達をとやかく資格なんてない。僕の恩師を…バカにするな!!」
修螺の右手が振り抜かれ、炎の刃が、子妖の頭を掠めて、用水路の上で、空に向かって消えた。
「今度、恩師を悪く言ったら、僕は本気で戦う。いいね?」
子妖が、何度も頷いたが、修螺に表情は戻らない。
「去れ。今すぐに」
子妖が風のように、走り去っても、修螺は、その場を動かず、立ち尽くしていた。
「…触るな」
その背中に、雪姫が触れようと、手を伸ばしたが、拒絶し、小さく肩を震わせていた。
「…修螺。落ち着いて」
泣きたいが、泣かないように、我慢してる修螺の背中に触れ、雪姫は、その肩に寄り添うように並んだ。
「皆の為に怒ったのなら、それは、悪い事じゃない。大切な人達をバカにされたんだもん。だから、自分を責めないで。修螺は守ったんだよ。皆の大切な想いを。だから大丈夫。慈雷夜さん達は、分かってくれるから」
「そうだ」
そこに、篠が現れた。
「篠様…でも…僕…」
「俺も同じ事をした事がある」
前族長の息子の皇牙と篠は、同じ屋敷に住んでいた。
「産まれた時から、皇牙様といつも一緒だった」
寝るのも、起きるのも、遊ぶのも、食事も、何もかも同じで、それが原因で喧嘩もした。
本当に兄弟のように育った篠だからこそ、皇牙が、人一倍の努力したのを知っていた。
しかし、一歩外に出れば、皇牙の肩身は狭くなった。
「だから、俺は、皇牙様の味方でいようと思い、常に傍にいた」
そして、長い年月が流れ、皇牙と篠が、学問所に入学すると、周りの環境が変わり、多くの妖かしが、皇牙と仲良くしようとしていた。
「それまで、毛嫌いしてた奴らも、次の族長になる可能性がある皇牙様と、仲良くしていれば、自分達の将来は、安泰だからな」
怯えている子妖達に横目で視線を向け、篠は、小さな溜め息をついた。
「だが、そんな奴らの中には、皇牙様を失脚させようとする者もいた。俺は、それらを見極め、皇牙様から引き離していた」
そんな時だった。
引き離された者が、逆恨みして、篠の居ない時を狙って、皇牙を襲った。
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