黄泉世の護人(モリビト)

咲 カヲル

文字の大きさ
33 / 34

三十三話

しおりを挟む
修螺が、自分の気持ちに気付いたのは、鈴を奪われそうになり、雪姫が、自分を庇い、抱き付いた時だった。

「お前さ~。鈍すぎ」

「てかさ。修螺って、女たらしじゃね?」

「違うし」

「智呂も、他の女の子も、皆可愛いんだろ?」

「本当の事でしょ?」

「天然だ」

「だな」

「修螺の嫁になったら、雪姫ちゃん、苦労するだろうな?」

「そうなる前に、俺が助けてあげようかな~」

「蛍じゃ役不足だろ。その時は俺が」

「由良にだって、無理だって。俺が一番だろ」

「樹と一緒になったら、毎日ウザそう」

「二人の方がウザいだろ」

「蛍と一緒にすんなよ」

蛍達が、ギャーギャー騒ぎ始め、修螺は、苦笑いした。

「三人とも、落ち着いてよ」

「てか、修螺はどうなの?」

「へ?何が?」

「雪姫ちゃんのこと。どう思ってんだよ」

「それは…その…秘密」

「なんだよ。教えろよ~」

「やだよ」

「教えろって~」

頬を赤くしながら、食事をかっ込む修螺に、蛍達が、ケタケタと笑って絡んだ。
雪姫は、密かに、その様子を見ていた。
そんな雪姫を見て、一緒にいた女の子達も、修螺達の方に視線を向けた。

「修螺君って、格好いいよね~」

「え?」

雪姫が視線を戻すと、女の子達は、ニッコリ笑った。

「なんか大人っぽいよね?」

「そうそう。村の男の子達と全然違う」

「そうかな?…姫ちゃん?」

女の子達の話題に、首を傾げた智呂が、視線を向けると、雪姫は、視線を泳がせていた。

「…格好いいと思う…」

頬を赤くして、視線を下げた雪姫が、ボソッと呟くと、智呂以外の女の子達は、視線を合わせた。

「もしかして、雪姫ちゃん、修螺君の事…好き?」

茹で蛸のように、耳まで真っ赤になった雪姫を見て、女の子達は、黄色い声を出して、ニコニコしながら、雪姫に近付いた。

「雪姫ちゃん可愛い~」

「でも、雪姫ちゃんの気持ち、分かるよ。優しそうだもん」

「分かる!なんか、そんな雰囲気する。それにさ。こう…大丈夫。傍に居るから。って感じする」

「守ってもらえるって、感じでしょ?」

「修螺は、そんな感じじゃないだろ」

「そんな事ないもん!!」

智呂が軽い気持ちで、否定をすると、雪姫は、反射的に、大きな声を出してしまい、頬を赤くしながら、誰も聞いてないのを確認した。

「修螺…強くなったんだよ。この前だって、助けてくれたもん」

「この前って?」

雪姫も、素直に、その経緯と事情を話し、その時の修螺との事も話した。

「…カッコイイーーー!!それ凄く格好いいじゃん!!」

「それに、一人残って、雪姫ちゃんを逃がすなんて、もう素敵」

話を聞いた女の子達は、鼻息を荒くしながら、雪姫に賛同した。

「修螺がいたから、私、あの時、頑張れたんだと思う」

「その時から?」

雪姫が首を傾げると、女の子の一人が、ニコニコと笑いながら、肩を寄せた。

「その時から、好きになったの?」

「…もうちょっと前」

「いつ?どんな時?」

「…慈雷夜さんと会った時…」

鈴を貰った時、慈雷夜は、雪姫に向かい、哀しそうに眉を寄せ、苦笑いを浮かべた。

『雪姫殿。貴女は、戦いには向いていません』

『え…』

『雪姫殿は、とても優しいです。ですが、それでは、戦うことは出来ません』

痛みや苦しみを知り、強くなる者もいるが、中には、無意識の内に、それを相手に与えないように、手加減をしてしまう者もいる。
雪姫は、後者だった。
羅偉の力が、暴走しかけた時、雪姫も修螺と一緒に戦った。
だが、それ以来、雪姫の体は、相手に苦痛を与えることを拒んだ。

『鎮霊祭の時、修螺と手合わせをしていた雪姫殿は、修螺を傷付けぬよう、苦しませぬようにと、無意識に踏み込みが甘くなっていました。あれでは、守るどころか、相手に隙を与えてしまい、己の命すら危険に陥ってしまいます』

『そん…な…』

『雪姫殿。貴女は優しすぎるのです。それでは、最前で戦うことは出来ません。これからは、貴女なりの戦い方を見付け、大切なモノを守りなさい』

慈雷夜さんの言葉に傷付き、雪姫は、哀しみで涙が溢れた。

『…大丈夫だよ』

その帰り道。
正気が抜けたような雪姫に、ニッコリ笑い、修螺の手が背中に添えられた。

『僕が戦えるようになるから。僕が、姫ちゃんを守るから。姫ちゃんは、姫ちゃんが出来ることを続けて、一緒に強くなろう。ね?』

その優しさが染み渡り、雪姫は、戦う修螺を支えられるようになろうと決めた。
小さく笑う雪姫を見つめ、女の子達は、その状況を想像して、うっとりしていた。

「…それだけ?」

その雰囲気をぶち壊し、智呂が、首を傾げると、雪姫は、悲しそうに目を細めた。

「そんな当たり前な事で、好きになれるのか?」

「智呂~」

「だって、そうじゃないか」

「村と違うんだよ?」

「何処に行っても同じじゃないか」

「智呂~。アンタさ~」

「だよね」

女の子達の声を遮り、雪姫は、目元に涙を溜めて、ニッコリ笑った。

「そうだよね。当たり前だよね。ごめんね。つまらない話して。私、ママの手伝いあるから」

半分以上残った食事を持ち、雪姫が、急いで、その場を離れると、女の子達は、大きな溜め息をついて、智呂の肩を軽く叩いた。

「痛っ」

「アンタさ。もう少し考えなさいよ」

「なにを?」

「雪姫ちゃんの事」

「考えてるぞ?」

「なら、もっと、別の言い方あるでしょ」

女の子達が、色々言ってみても、智呂が、それを理解する事は出来なかった。
それを横目で見ていた修螺は、さっさと、残りの食事をかっ込んで、空になった器を持って、立ち上がった。

「あれ?もう食ったのかよ」

「まぁね」

「嘘だろ」

「早くねぇか?」

「三人が遅いだけでしょ。お先~」

ケタケタ笑いながら、洗い場に向かい、雪姫を探して、視線を走らせると、食べ残しを持ったまま、誰にも見付からないように、神社の裏で、膝を抱えて座っていた。

「ひ~めちゃん」

手すりに寄り掛かる修螺を見上げ、雪姫は、すぐ、視線を反らし、下を向いた。

「どう?皇牙様の真似。似てない?」

「似てない。皇牙様は、もっと格好いいもん」

「そこは、比べないでよ」

苦笑いしながら、雪姫の隣に飛び降ると、修螺は、足を伸ばして座った。

「どうしたの?」

「…何でもない」

「何でもなくないよね?」

他人の変化に敏感な修螺は、誰かが、落ち込んだり、悲しんだり、苦しんだりしてると、すぐに気付き、状況把握も早い。

「何か言われた?」

「何でもない」

雪姫を見つめていたが、寂しそうに微笑むと、修螺は、前に視線を向けて、小さな溜め息をついた。

「そっか。智呂ちゃんにでも、何か言われたんじゃないかと思った」

雪姫の肩が、ビクッと揺れ、修螺は、クスクス笑った。

「姫ちゃんって、分かりやすいよね?」

「馬鹿にしてるでしょ」

「誉めてるんだよ?」

ニコニコと笑う修螺を見つめ、雪姫は、頬を膨らませた。

「絶対、馬鹿にしてる」

「違うよ?素直だなぁ~って、誉めてるの」

「言い方が馬鹿にしてる」

「してないよ」

「してるもん」

そっぽを向き、唇を尖らせる雪姫に、修螺は、苦笑いを浮かべた。

「本当だよ?本当に素直だって思ったんだよ?」

知らん顔する雪姫に、修螺は、困った顔になり、頭を掻いた。

「参ったな~。機嫌直してよ」

しの様子に、雪姫は、クスクス笑い、修螺は、苦笑いを浮かべた。

「修螺も分かりやすいじゃん」

「僕も素直だからね」

「単純の間違いじゃない?」

「そっちの方が、ひどい気がするんだけど」

二人でケタケタ笑い、雪姫の肩から力が抜けた。

「もう大丈夫?」

「うん。有り難う」

「いいえ」

ニッコリ笑う修螺を見つめ、雪姫は、小さく微笑み、視線を落とした。

「…あのね?皆で話してたら、自分の気持ちを否定されたみたいになっちゃって。今までなかったから、空しくなっちゃったの」

寂しそうに微笑む雪姫を見つめ、修螺は、困った顔をした。

「それ。智呂ちゃんでしょ」

「…うん。そんなの当たり前って、言われちゃったんだ」

「やっぱり。でもさ。姫ちゃんの気持ちは、姫ちゃんだけの物でしょ?」

寂しそうな雪姫が、視線を上げると、修螺は、ニッコリ笑った。

「どんな話か分かんないけど、智呂ちゃんや、周りの人が、何を言っても、姫ちゃんの気持ちは、姫ちゃんだけなんだからさ。そんな気持ちを持つ自分を信じれば、良いんじゃない?」

「…そうだね。有り難う」

雪姫が嬉しそうに笑うと、その頬が赤くなり、修螺も嬉しそうに微笑んだ。

「やっぱり、姫ちゃんは、笑ってる方が可愛いよ」

雪姫が驚いた顔をして、頬を赤くさせると、修螺は、不思議そうな顔をして、首を傾げた。

「大丈夫?顔赤いよ?体調悪い?」

「修螺のバカ!!阿呆!!間抜け!!」

「ええぇ!?なんで怒るの?」

「もう知らない!!」

「ちょっと待ってよ!!姫ちゃ~ん!!」

修螺の手を凍らせ、さっさと立ち上がって、食べ残しを持ち、歩き出すと、修螺は、氷を溶かして、急いで、その背中を追った。

「…あれって、両想いだよな?」

「だな」

「二人とも、素直じゃないんだから」

「だね」

物陰に隠れて、蛍達と女の子達が、一部始終を見ていた。

「前途多難ってやつだね」

「てか、修螺の方が気付けば良いんじゃね?」

「だよね~」

「でも、ちょっと楽しみ」

「だな」

些細なきっかけで、仲良くなり、小さな事で、互いに惹かれ合い、密かに想い合って、その未熟な果実を成熟させようとしてる。
激動の中で、密かに育まれていた小さな恋は、周囲の者に、小さな喜びと安らぎを与えた。
全てが元通りになり、村に帰る前日。
季麗達の提案で、宴の席が設けられた。
村の者も、里の者も、ごちゃ混ぜになってのどんちゃん騒ぎのはずが、里の者の中には、半妖や人間を毛嫌いする者もいた為、良い雰囲気ではない。
特に、中途半端な世代の妖かしは、そんな者が多く、朱雀達の部下の中にも、嫌そうな顔をして、仕方なく、その場にいる者もいた。
その近くには、その子供達もいて、智呂や蛍達を睨んでいた。

「智呂ちゃん。これ」

「姫ちゃん。わっちらといちゃダメだ。母の所に戻れ」

それまでは、忙しさと余裕がなかった為に、村の子供達と仲良くしていても、大丈夫だったが、今、仲良くしていたら、雪姫が、何を言われ、何をされるか分からない。
智呂達は、雪姫を遠ざけた。

「姫ちゃん。母さん達の所行こう」

修螺は、それを感じ取り、雪姫を連れて、智呂達から離れたが、その横顔は、とても寂しそうだった。

「いつまで続ける気だ」

村の妖かし達は、自分達の仲間を守る為、村の者を囲んでいた。

「早く終わって欲しいもんだ」

妖かし達のボヤきで、我慢の限界を越え、佐久が立ち上がった。

「おい!!帰るぞ!!」

その一声で、村の者も立ち上がった。

「お待ちください!!」

「気にするな」

「そうだ。直になくなる」

季麗達が、引き留めようとしたが、佐久達は、それを振り切り、その場を離れた。

「同じ人間が手掛けたと思えんな」

「じゃな」

年老いた妖かし達の呟きが、季麗様の胸に突き刺さり、動けなくなっていると、佐久を先頭に、村の者達は、里から出て行った。
里の者達だけになり、ボヤいていた妖かし達は、ニヤニヤと笑い、お猪口を傾けた。
その中の一人に向かい、頭の上で、朱雀が酒瓶をひっくり返した。

「…恥を知れ」

「彼らに救われたのを忘れたか」

「恩を仇で返すなど」

「恩知らず」

「恥知らずめが」

少し前までは、人間を見下していた朱雀達が、無表情になり、静かな怒りを向ける。
季麗達は、その様子を見つめていた。

「貴様らのような者が、里を滅ぼすのだ」

茉の言葉で、怒られていた妖かし達は、驚いた顔をした。

「そんな…我らは、滅ぼすような事…」

「我らは、友を失ったんだ」

確かに、佐久と哉代は、友と呼べる仲になっていた。
だが、それだけではない。
雪姫、修螺、天戒は、智呂や蛍達を通じ、村の子供達と友達になっていた。

「しかし!!朱雀様も、人間は弱き者だと…」

「確かに。そう思っておった。だが、現実は違う」

「人間だの。半妖だの。そんな小さなことばかり、気にしていては、何も守れんのだ」

自分との違いを罵り、見下し、見離していたら、いつか、救いを求めても、助けは得られない。

「我らは、傲っていたのだ」

目に見えるモノだけが、立派になるだけで、その心は空っぽのまま、長い時を生きていた。
だが、季麗達や朱雀達は、里の者以外と接し、沢山の事を知り、空っぽの心が、少しずつ満たされた。

「人は、確かに弱くて脆い。だが、その心は、我らよりも、はるかに強い」

「お言葉ですが、その事と、我々が里を滅ぼす事には…」

「貴様らの息子を助けたのは、貴様らが嫌う半妖の子だ」

修螺を虐めていた子妖が、ビクッと肩を震わせた。

「お前!!なんて…」

「貴方が、責められるのですか」

ずっと黙っていた哉代は、佐久達が、消えた方に視線を向けた。

「我らだけで、あの量の悪妖と敵を倒し、短期間で、里を復興させれましたか?」

子供を叱ろうとした妖かしは、拳を作り、押し黙った。

「佐久さん達がいたから、それが出来たんじゃないですか?貴方達も、佐久さん達に助けられたんですよ」

悔しそうに奥歯を噛み締め、妖かし達は、肩を震わせた。

「修螺が出来て、何故、純血の子供が出来ないんですか。雪姫や天戒も出来るのに、体の小さな三人が、里をまとめ、我々を引っ張れたのに、貴方達の子供は、恐怖に怯えるだけで、何も出来なかったんじゃないですか。力が全てならば、純血であっても、貴方達の子供は、低級なのですね」

返す言葉が見付からず、血筋にこだわり、傲慢な態度でいた妖かし達は、うつ向いた。
そんな考えを捨て、季麗達と同じ想いを持つ妖かし達は、哉代を見つめていた。

「修螺」

涙目の雪姫に寄り添い、修螺は、哉代に視線を向けた。

「昔のままであれば、見える力が全てです。お前は強い。ならば、彼らと同じ事をやっても、許されますよ」

下を向いて、背中を丸める子妖と妖かし達に、視線を向け、修螺は、優しく微笑んだ。

「そうですね。でも、やりません」

視線を上げた子妖は、目を大きくさせ、驚いた顔をした。

「何故ですか?」

「そんな事やっても、何も変わらないから」

修螺に代わり、雪姫が答えると、哉代は、満足そうに微笑んだ。

「今後、どうしたいですか?」

「変わって欲しいですね」

「智呂ちゃん達の村みたいに」

視線を合わせて、仲良く、微笑み合うの二人を見つめてから、哉代は、そこにいる妖かし達を見渡した。

「二人の想いは、菜門様方の想いでもあり、我々の願いでもあります。ですが、我々だけでは、叶わないのです。いい加減、気付きませんか?憐れな自分達を。変えませんか?仲間を守れる里に」

修螺や雪姫の母親が拍手をすると、そこから広がり、季麗達も拍手をした。
大きな拍手が鳴り響く中、怒られていた子妖達は、哉代を睨み、拳を震わせていた。

「凄い演説だな」

そこに、帰ったはずの佐久が現れ、その後ろには、村の者達が顔を出した。

「佐久さん?!帰ったんじゃ…」

「そんな無責任じゃねぇよ」

ニヤリと笑い、手を差し出した佐久に、哉代も、頬を赤くしながら、優しく微笑み、手を伸ばすと、二人の間を智呂達が走り抜けた。

「姫ちゃ~ん!さっきのまだあるか?」

「修螺~」

子供達が、修螺と雪姫の所に向かい、哉代と佐久は、苦笑いしながら、しっかりと握手を交わした。

「そうだ。地酒を用意したんですよ」

「座敷わらしの酒か。美味いんだよな~」

そこからは、里も村も関係なく、皆で仲良く、その場の雰囲気を味わい、美味い酒と料理に舌鼓を打った。

「とりあえず、姉妹関係でも組んどくか」

佐久と哉代が、中心になり、里と村の間に、姉妹協定が結ばれた。

「これで、華月様の想いが報われたな」

「そうじゃな」

涙を流す村の長老達に、子供達は首を傾げた。

「この里は、元々、蓮花さんの御先祖様の夜月華月が、人と妖かしが、仲良く暮らせるようにと、斑尾さん達と共に創り、その後、この里まで行き着けない人や妖かしの為に、村を創ったそうです。ですから、この里も、皆さんの村も、同じ護人が手掛けたんです」

菜門が説明すると、子供達の瞳が、キラキラと輝き、嬉しそうに視線を合わせた。

「わっちら、皆同じだな」

智呂の言葉で、蛍達は、修螺と肩を組み、女の子達が、雪姫の周りで、ニッコリ笑い合うのを見つめ、季麗達も嬉しそうに微笑んだ。
だが、離れた所から、怒られていた子妖達が、睨み付けていた。

「俺らを繋いだのは、蓮花だけどな」

「華月様も蓮花も、同じ護人じゃ」

「我らは、護人の恩恵で、生きておるのだ」

「そうですな」

そこに、里の長老達が現れた。

「長老様!!」

里の者達が、膝を着き、頭を下げる中、村の者達は、平然と座っていた。

「そちらが長老か」

「この度は、我らの里を救って頂き、誠に…」

「堅苦しいのは無しじゃ」

正座をして、頭を下げようとした長老達を止め、村の長老達は、ニッコリ笑い、ゆっくりと近付いた。

「我らは、当たり前の事をしたまでよ」

「だが…」

「そんな事より、皆さんもどうじゃ」

長老達に、酒を差し出した。

「長老とて、一つの命。我らとなんら変わらん」

「それが、護人の遺志」

「ならば、現在イマを楽しんだ者勝ちじゃろうて」

「…分かり申した」

「我らも頂こうぞ」

酒を受け取り、長老達が、杯を交わした事で、更に、良い雰囲気で、飲んだり、食ったりをしていた。
怒られていた妖かし達も、必死に、そこに馴染もうとしてるが、そんな親を避け、馴染めない子妖達は、黙って、その場に座っていた。

「いや~有り難い」

「ですね」

佐久の一言に、哉代が頷くと、近くにいた火車や人間達も頷き、里の妖かしは、首を傾げていた。

「お前らも、村の長老達には、捕まらないようにしろよ?」

羅偉が、ニヤニヤと笑いながら、視線を向けると、更に首を傾げた。
数十分後。
里の長老達が、酔い潰れてしまい、朱雀達が、寄り添いながら、退散すると、村の長老達は、わざと大きな声を出した。

「誰か~飲める奴は~おらんかのぉ~」

残念そうな村の長老達が、視線を泳がせ始め、村の者達と季麗達は、視線を反らした。
長老達の視線が、里の妖かし達に止まり、ニヤッと笑った。

「まだ飲めそうじゃな」

「お主ら。ちと付き合え」

「え?あの…」

「借りても良いかのぉ?」

「どうぞどうぞ」

「え?!ちょっと!!雪椰様~」

鼻歌交じりに、長老達が、里の妖かしを数名連れて、離れて行くと、季麗達は、安心したように、胸を撫で下ろし、佐久達と視線を合わせて、ケタケタと声を上げて笑った。

「部下を犠牲にしたか」

「あの程度なら、その辺に沢山いるからね」

皇牙が、さっきまで、ボヤいていた妖かし達を指差した。

「彼らを預けたら、爺様方の説教が始まりますね」

「だな。そうなりゃ、酒どころじゃなくなるな」

そんなくだらない話で、ケタケタと笑い、一晩を過ごして、雑魚寝してしまった季麗達が、目覚める頃には、佐久達の姿はなくなっていた。

「行ってしまったか」

「仕方ないですね」

「一言、言ってけっつの」

「寝てたから、起こさなかったんじゃない?」

「そうですね」

「騒がしい奴らだが、優しいからな」

季麗達が空を見上げ、微笑んでいると、朱雀達も起き始め、部下達を起こし、後片付けを始めた。
雪姫や修螺は、もちろん、季麗達までもが手伝い、皆で片付けをしながら、沢山の話をしていた。
そこには、笑い声が溢れ、優しさで満たされた。
その日を境に、里の中は、とても穏やかになった。
半妖を馬鹿にする言葉が、聞こえなくなり、学問所では、人間を弱い低級族と語らなくなった。
それどころか、想いの強さを語るようになり、真の強さを説いた。
斑尾達が、目指していた未来が、里に訪れようとしてる。

「小賢しい護子め…今に見ていろ…」

その声が囁かれた時、その目の前を子妖達が通り、ニヤリと笑い、隠れていた月蝶が動き始めた。
だが、それを誰も気付かず、平穏な日々を送っていた。
平和な光の裏には、怪しい闇がある。
そして、その闇が、蠢き始めると、光に侵食を始める。
それは、子供であっても、変わりない。

「修螺~!!」

明るい子供達の笑い声の中心には、いつも修螺の姿があった。

「雪姫ちゃ~ん!!」

その隣には、必ず、雪姫がいる。
あの日以来、二人は、多くの子妖達に囲まれ、楽しい日々を過ごしていた。

「修螺君!!姫ちゃん!!」

「天戒君。もう修行は終わったの?」

「うん。頑張って終わらせました」

「ねぇ。修行って、何やってるの?」

「今はね…」

子妖の数名は、修螺を目指す者もいたが、すぐには、同じように動くことが出来ず、天戒の真似をして、軽い修行を始めていた。

「行こうぜ」

「あ…うん…」

そんな子妖達の輪から、修螺を虐めていた子妖の三人が離れる。
その中心にいる子妖には、憎しみが溢れていた。
それまでは、半妖である修螺を避けてた子妖も、今では、修螺を慕い、自分達の親も、それまでは、半妖を罵っていたのが、今では、季麗や朱雀達に、嫌われたくない一心で、仲良くしようとしてる。
順応しようとする者達と馴染めない者。
離れた子妖達は、順応することが出来ず、それを自分ではなく、他人のせいにしていた。
修螺が悪い。
半妖が悪い。
親が悪い。
季麗達が悪い。
朱雀達が悪い。
その思いが、黒い闇を生んでいた。

「くそぉ!!」

子妖が、流れる用水路に向かい、小石を蹴り飛ばし、他の二人は、それを見つめていた。

「修螺のクセに!!半妖のクセに!!」

怒りを露にしする子妖から、少し離れ、二人は、視線を合わせた。

「お前らも、そう思うよな?」

「え?あ~うん」

「そうだね」

同意はするが、自分から、修螺を悪く言おうとしない。

「あーーちきしょう!!腹立つ!!」

また小石を蹴り、用水路に落とし、騒いでいるのを見つめ、二人は、肩を寄せた。

「…どうする?」

「…どうするって…どうしよう…」

二人は、修螺と話がしたかった。
実際、修螺と仲良くし始めた子妖達は、少しずつだが強くなり、このままだと、学問所に入学出来るか危うい。
学問所に入学出来るのは、族長や長老に、認められた者のみで、認められなければ、入学する事も出来ない。
前までならば、純血であれば、間違いなく、認められ、将来を約束されていたが、これからは、純血だけでは、入学する事も出来なくなる可能性が出てきた。
目の前の子妖と一緒にいても、自分達の未来が危うくなる。

「…やっぱ、修螺達といた方が…」

「…バカ。今、修螺に移ったら、俺らがやられるぞ…」

「…だけど…」

「おい。何、こそこそ話してんだよ」

「な何でもないよ」

声が裏返り、焦っているのが、見ただけで分かる二人に、子妖の眉間にシワが寄った。

「何だよ。ハッキリ言えよ」

怒った声に、二人で視線を合わせ、自分達の足元を見つめた。

「…このままだと…学問所に…行けないんじゃないかって…」

「はぁ!?何言ってんだよ。純血が、学問所に行けない訳ないだろ」

「でも…羅偉様や長老様が認めなかったら…」

「認めない訳ないだろ」

「でも…」

「うるせぇんだよ!!」

怒鳴られ、肩を震わせると、一人の胸ぐらを掴み、引き寄せられ、もう片方は、恐怖で尻餅を着いた。

「ゴチャゴチャゴチャゴチャ!!てめぇナメてんのか!!」

「…そんな事…でも…」

「ざけんじゃねぇ!!」

腕が振り上げられた瞬間、恐怖で目を閉じると、子妖の呻き声が聞こえた。

「…修螺…」

「離せ」

「君が離せば離すよ」

振り上げられていた腕を掴む修螺を見上げ、二人は、涙を浮かべた。

「離せって…言ってんだろ!!」

胸ぐらを掴んでいた手を離し、殴ろうとしたが、それは、空振りに終わり、修螺も、掴んでいた手を離した。

「てめぇ!!いい加減にしろよ!!」

子妖が殴り掛かっても、修螺は、体を傾けて避け、最後には、子妖の足を払って終わった。

「このヤロー!!」

襲い掛かろうとした瞬間、修螺は、一瞬で後ろに回り、子妖の背中を押すと、子妖の襟を掴んだ。
子妖は修螺を睨み、その手を払い除け、立ち上がった。

「調子に乗るなよ」

凄みを効かせ、怖がらせようとしても、修螺は、もう怖がらなくなっていた。

「そう?君の方が、調子に乗ってるんじゃない?」

子妖の怒りが爆発し、思いきり、拳を振り上げると、修螺の頬に叩き付けようとした。
だが、拳は、修螺の前を横切るだけで、当たらず、振り抜かれた肩を押し、子妖は、転がるように倒れた。

「君がやってるのは、ただ、拳を振り回してるだけ。そんな事しても、なんの意味もないよ?」

土に爪を立て、奥歯を噛んでから、片頬を上げ、ニヤリと笑い、子妖は、ゆっくり立ち上がり、修螺を上から睨み付けるように頭を傾けた。

「さっきから、押したり、払ったり。お前、それしか出来ねぇんじゃねぇの?だから、そうやって…」

「やらないんだよ」

驚きで大きく見開かれた目が、すぐ、怒った目になり、歯軋りをした。

「嘘つけ!!だったら、なんか、やって見せろよ!!」

「そんな事しても、君が虚しくなるだけだよ」

「んな!!ざけんじゃねぇぞ!!」

子妖が小さな火の玉を放つと、修螺の後ろにいた二人は、肩を寄せて震えた。
二人が、子妖から離れられなかったのは、この技を使えるからだったが、修螺は、その火の玉を叩き落とした。
驚いてる子妖を他所に、修螺は、後ろの二人に視線を向け、更に、離れた所にいる雪姫と天戒に視線を向けた。
二人が頷くと、修螺は、大きな溜め息をついた。

「あんまり、やりたくないんだけどなぁ」

そう呟き、修螺は、片手を空に翳した。
黒い雲が空を覆い、ゴロゴロと、雷鳴が鳴り、雲の隙間から、光の筋が走り始めた。
修螺が腕を振り下ろすと、細い雷が、すぐ横に落ち、子妖は、驚きと恐怖で腰を抜かした。

「怖かったでしょ?」

修螺は、目尻を下げた。

「やられて厭な事をしても、誰も好いてはくれないよ?」

「…子供騙しだ。どうせ、師匠に、その程度しか…教え…られ…」

引き吊った顔の子妖は、言葉を飲み込み、修螺を見つめた。
何も語らない唇。
感情のない瞳。
無表情になった修螺の右手を炎が包み燃え盛る。

「僕の恩師は、子供騙しなんか教えない」

恐怖で膝が震え、子妖の肩が、ガタガタと揺れた。

「策は一つじゃない。多くの可能性が存在する。考えろ。想え。前を向け。進め。止まるな。振り向くな。もがけ。苦しめ。泣け。叫べ。全てを知れ。生きる為に」

一歩ずつ、ゆっくり近付く修螺から、子妖は、逃げるように、後ろへと退る。

「僕の恩師は、多くを教えてくれた。多くを与えてくれた。君の父は、僕の恩師のように、生きることの全てを教えてくれたか」

修螺を見つめ、子妖は、涙を浮かべ、ただただ震えた。

「何も知らない君が、あの人達をとやかく資格なんてない。僕の恩師を…バカにするな!!」

修螺の右手が振り抜かれ、炎の刃が、子妖の頭を掠めて、用水路の上で、空に向かって消えた。

「今度、恩師を悪く言ったら、僕は本気で戦う。いいね?」

子妖が、何度も頷いたが、修螺に表情は戻らない。

「去れ。今すぐに」

子妖が風のように、走り去っても、修螺は、その場を動かず、立ち尽くしていた。

「…触るな」

その背中に、雪姫が触れようと、手を伸ばしたが、拒絶し、小さく肩を震わせていた。

「…修螺。落ち着いて」

泣きたいが、泣かないように、我慢してる修螺の背中に触れ、雪姫は、その肩に寄り添うように並んだ。

「皆の為に怒ったのなら、それは、悪い事じゃない。大切な人達をバカにされたんだもん。だから、自分を責めないで。修螺は守ったんだよ。皆の大切な想いを。だから大丈夫。慈雷夜さん達は、分かってくれるから」

「そうだ」

そこに、篠が現れた。

「篠様…でも…僕…」

「俺も同じ事をした事がある」

前族長の息子の皇牙と篠は、同じ屋敷に住んでいた。

「産まれた時から、皇牙様といつも一緒だった」

寝るのも、起きるのも、遊ぶのも、食事も、何もかも同じで、それが原因で喧嘩もした。
本当に兄弟のように育った篠だからこそ、皇牙が、人一倍の努力したのを知っていた。
しかし、一歩外に出れば、皇牙の肩身は狭くなった。

「だから、俺は、皇牙様の味方でいようと思い、常に傍にいた」

そして、長い年月が流れ、皇牙と篠が、学問所に入学すると、周りの環境が変わり、多くの妖かしが、皇牙と仲良くしようとしていた。

「それまで、毛嫌いしてた奴らも、次の族長になる可能性がある皇牙様と、仲良くしていれば、自分達の将来は、安泰だからな」

怯えている子妖達に横目で視線を向け、篠は、小さな溜め息をついた。

「だが、そんな奴らの中には、皇牙様を失脚させようとする者もいた。俺は、それらを見極め、皇牙様から引き離していた」

そんな時だった。
引き離された者が、逆恨みして、篠の居ない時を狙って、皇牙を襲った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...