54 / 62
第七章≪過去≫
8.高原の病院
しおりを挟む
週末の連休を利用して、わたしは翔平と一緒に、山梨にあるその病院に向かった。
兄には「未来ちゃんと旅行に行く」と、嘘をついた。
未来ちゃんにも、口裏合わせをお願いした。
その結果、未来ちゃんはわたしが翔平と付き合ってると誤解して大騒ぎしたけど、詳しいことは言えなかったから、誤解は誤解のままにしておいた。
ごめんね、未来ちゃん。
このことが終わったら、ちゃんと言うから許して。
病院にはいつも、お父さんの運転する車で行っていた。
今回は、翔平が行き方を調べてくれたのだけど、かなり、大変だった。
在来線を乗り継いで、最後は路線バスに乗って山道を登った。
こんなに辺鄙なところにあったんだ。
受付で、小鳥遊先生に会いたいと言うと、外来診察は完全予約制で無理だと言われた。
わたしと翔平は、顔を見合わせた。
「あの、もしかして予約、入ってませんか?結野花音で」
受付のお姉さんが、パソコンを操作して、あっ、という表情をした。
「2年前に、予約されてますね。診察代金も、振り込まれてます。ただ、予約されたお日にちはもう過ぎてますよ、3ケ月も前に」
「そこをなんとか、お願いします。予約したのは、彼女の両親なんですが、二人とも事故で亡くなってしまって」
「え…」
受付のお姉さんは、とてもいい人なんだと思う。
同情するようにわたしを見て、「わかりました。先生に聞いてみますね」と、言ってくれた。
***
「花音ちゃん。予約の日に診察に来ないから、どうしたかと思って、心配してたのよ。ご両親が事故でお亡くなりになったこと、知らなかったわ。ごめんなさいね」
小鳥遊先生は、労わるように、そう言ってくれた。
「自分で調べて来てくれたのなら、この病院がどういう病院か、もうわかってるわね。もしかして、何か、思い出した?」
わたしは首を振った。
「わかりません。わたし、子供の頃のことは、あまり思い出せなくて。でも…」
「でも?」
「最近、変な夢ばかり見て」
「それはどんな夢かしら」
「目が覚めるとそれもよく、思い出せないんです」
「小鳥遊先生は、花音に催眠療法をしたんですね?」
わたしの横に座っていた翔平が、言った。
「あなたは花音ちゃんのボーイフレンドかしら。守秘義務って、わかるわよね?花音ちゃんの病気や治療方法については、本人とご家族以外には言えないのよ」
「オレは花音の婚約者です。オレたち、もうすぐ、結婚するんです」
翔平は、わたしの手を握りながら、言った。
そのことは打ち合わせしてあったけど、それでもわたしはドキドキしてしまった。
「まあ、それはおめでとう。花音ちゃん、家族が出来てよかったわね」
先生にも、心の中でごめんなさい、と言った。
嘘をついてごめんなさい。
「先生、花音、最近、毎晩のように、夜中に悲鳴をあげて、起きるんです。それで、二人でいろいろ調べて、花音が二年に一度通っていたこの病院で、なにかの治療をしていたんじゃないかって」
先生はしばらく思案しているような表情を見せた。
「だいたいの事情はもう、飲み込んでいるみたいね。花音ちゃんも、もうすぐ二十歳になるのよね。もう、自分のことは自分で判断出来るわね?」
確認するように、そう聞いた。
「はい」
わたしは、頷いた。
「花音ちゃんは、まだ幼かった頃、とても辛い目にあった。それは、事故みたいなものよ。ご両親は、花音ちゃんからその記憶を消すために、ここに連れてきたの。自慢できるようなことじゃないけど、催眠療法には保険は効かないし、うちの外来診療はものすごく高額なのよ。この病院を維持していくためには、仕方ないんだけど。花音ちゃんのご両親は、お金を惜しまず、定期的に通ってたわ」
わたしと翔平は、お互いの顔を見た。
予想はついていたけど、やっぱり、衝撃的だった。
「それで、今回も、催眠療法していいのかしら」
「先生、わたし、もうやめます」
「え?」
「わたし、もう大人です。自分に何が起きたか、ちゃんと、知りたいんです」
兄には「未来ちゃんと旅行に行く」と、嘘をついた。
未来ちゃんにも、口裏合わせをお願いした。
その結果、未来ちゃんはわたしが翔平と付き合ってると誤解して大騒ぎしたけど、詳しいことは言えなかったから、誤解は誤解のままにしておいた。
ごめんね、未来ちゃん。
このことが終わったら、ちゃんと言うから許して。
病院にはいつも、お父さんの運転する車で行っていた。
今回は、翔平が行き方を調べてくれたのだけど、かなり、大変だった。
在来線を乗り継いで、最後は路線バスに乗って山道を登った。
こんなに辺鄙なところにあったんだ。
受付で、小鳥遊先生に会いたいと言うと、外来診察は完全予約制で無理だと言われた。
わたしと翔平は、顔を見合わせた。
「あの、もしかして予約、入ってませんか?結野花音で」
受付のお姉さんが、パソコンを操作して、あっ、という表情をした。
「2年前に、予約されてますね。診察代金も、振り込まれてます。ただ、予約されたお日にちはもう過ぎてますよ、3ケ月も前に」
「そこをなんとか、お願いします。予約したのは、彼女の両親なんですが、二人とも事故で亡くなってしまって」
「え…」
受付のお姉さんは、とてもいい人なんだと思う。
同情するようにわたしを見て、「わかりました。先生に聞いてみますね」と、言ってくれた。
***
「花音ちゃん。予約の日に診察に来ないから、どうしたかと思って、心配してたのよ。ご両親が事故でお亡くなりになったこと、知らなかったわ。ごめんなさいね」
小鳥遊先生は、労わるように、そう言ってくれた。
「自分で調べて来てくれたのなら、この病院がどういう病院か、もうわかってるわね。もしかして、何か、思い出した?」
わたしは首を振った。
「わかりません。わたし、子供の頃のことは、あまり思い出せなくて。でも…」
「でも?」
「最近、変な夢ばかり見て」
「それはどんな夢かしら」
「目が覚めるとそれもよく、思い出せないんです」
「小鳥遊先生は、花音に催眠療法をしたんですね?」
わたしの横に座っていた翔平が、言った。
「あなたは花音ちゃんのボーイフレンドかしら。守秘義務って、わかるわよね?花音ちゃんの病気や治療方法については、本人とご家族以外には言えないのよ」
「オレは花音の婚約者です。オレたち、もうすぐ、結婚するんです」
翔平は、わたしの手を握りながら、言った。
そのことは打ち合わせしてあったけど、それでもわたしはドキドキしてしまった。
「まあ、それはおめでとう。花音ちゃん、家族が出来てよかったわね」
先生にも、心の中でごめんなさい、と言った。
嘘をついてごめんなさい。
「先生、花音、最近、毎晩のように、夜中に悲鳴をあげて、起きるんです。それで、二人でいろいろ調べて、花音が二年に一度通っていたこの病院で、なにかの治療をしていたんじゃないかって」
先生はしばらく思案しているような表情を見せた。
「だいたいの事情はもう、飲み込んでいるみたいね。花音ちゃんも、もうすぐ二十歳になるのよね。もう、自分のことは自分で判断出来るわね?」
確認するように、そう聞いた。
「はい」
わたしは、頷いた。
「花音ちゃんは、まだ幼かった頃、とても辛い目にあった。それは、事故みたいなものよ。ご両親は、花音ちゃんからその記憶を消すために、ここに連れてきたの。自慢できるようなことじゃないけど、催眠療法には保険は効かないし、うちの外来診療はものすごく高額なのよ。この病院を維持していくためには、仕方ないんだけど。花音ちゃんのご両親は、お金を惜しまず、定期的に通ってたわ」
わたしと翔平は、お互いの顔を見た。
予想はついていたけど、やっぱり、衝撃的だった。
「それで、今回も、催眠療法していいのかしら」
「先生、わたし、もうやめます」
「え?」
「わたし、もう大人です。自分に何が起きたか、ちゃんと、知りたいんです」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
168
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる