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番外編1-2 ベラの家族観
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俺の朝は早い。一日のスケジュールを考えると、遅くとも日が昇る前までに全ての準備を終えなければならない。
ベラは俺に合わせて一度目を覚ます。おはようといってらっしゃいを兼ねたキスをするためだけに起きるのだ。
なぜそれだけのために、わざわざ睡眠時間を削ってまで俺と一緒に起きるのかと聞いたことがある。そしたら、ベラはこう答えた。
「夫婦は毎朝こうするものでしょう?」
「俺は母親を早くに亡くしたからはっきりとは分からないけど、おそらく世間一般の夫婦は毎朝律儀にこんなことをしないんじゃないかな?」
そう答えたらベラは不思議そうに首を傾げた。
「お母様はいつもこうしていらしたのですけど。他所のご家庭では、毎朝夫の幸せを祈ってキスをしないものなのでしょうか。・・・・・・もしそうなら、私もやめた方がいいですよね」
とても残念そうに言う彼女に、俺は正直に自分の気持を言った。
「嬉しいから、ベラの負担でなければやって欲しい」
だからベラはそれからも毎日、おはようのキスをしてくれる。
朝の公務は昼過ぎまで続くことが多い。大抵の場合は、15時頃にようやく俺個人の時間がとれる。
ベラは予定がなければ、いつも俺の所にやって来た。
「お時間大丈夫ですか?」
ベラはいつもそうやって尋ねる。どうしてそう聞くのかと彼女に尋ねたら、ベラはきょとんとした顔で言った。
「夫婦であっても他人ですから、私に時間を割いてもらえるかどうか聞くのは当然ではないのでしょうか」
「それもモラン侯爵夫人の言葉?」
ベラはこくりと頷いた。
「お父様は一人で集中したい時があるんです。その時にお母様がかまって欲しくてお父様の所に行ったらギクシャクしてしまったらしくて。それでこうやってきちんと確認するようになったそうです」
子供っぽい印象だった夫人にこんな一面があるとは驚きだ。
「エドったら、そんなに驚かなくてもいいじゃありませんか」
ベラはくすくすと笑った。
「珍しくあなたの考えていることが分かりますよ? お母様だって大人の女性なんです。自制の精神だってあるんです」
内心を読まれて少しどきっとした。悪口めいたことなんて考えるものじゃないな。気をつけよう。
ベラは気にしていないようだけれど、気まずいから話を少しだけ逸らすことにした。
「もし、俺が『一人になりたいから今はダメ』と言ったらベラは寂しくないの?」
「きっと寂しいとは思いますけど、その時は別の事をして待っていればいいんです」
「別の事って?」
「子供たちと遊んだりマーガレットと遊んだり」
「遊んでばかりじゃないか」
からかって言ってみたらベラはふふっと笑った。
「遊ぶことも休むことも大事ですから」
ベラはそう言うとお茶を淹れてくれた。
日が落ちる頃になると、大抵、予定されている公務が終わる。
夕食を終えると、ようやく家族とゆっくり触れ合う時間が取れる。この時間になると、ベラは時折、"家族会議"なるものを開催することがあった。
「それでは、家族会議を始めます」
ベラのこの一言で会議は始まる。
突然始まるのは家族全員慣れっこで、ヘンリーとルーシーは真剣な顔でベラに向き合った。
「今日の議題はお父様の夢についてです」
ここでいうお父様は俺のことだ。
「お父様はこの国の遅れた部分を改善して、周りの国に負けないようにしたいという夢があるのは知ってるわね?」
ベラの問いかけに子供達はうんうんと頷いた。
「おいおい、子供にはまだ早い話じゃないか?」
「そんなことはないわ。それに、お父様の素敵な夢は家族みんなで達成するべきだと思うの」
「お父さま、私、お父さまのおてつだいします!」
ベラの言葉にツッコミを入れる前にルーシーが元気よく言った。俺の力になろうと目を輝かせる娘を前に、否定することなどできなかった。
「分かった。ありがとうルーシー」
そう言って頭を撫でるとルーシーはえへへと笑った。"お手伝い"に浮かれるルーシーに対して、ヘンリーはいつも通り冷静だった。
「どんなお手伝いをすればいいんですか?」
ヘンリーに問われて、俺はどう答えればいいのか反応に困った。
俺には王太子として達成したい願望がある。それは、この国を"弱小国家"や"後進国"と他国から揶揄されるこの状況を変えることだ。
この国の文化や技術は近隣諸国に比べて大きく遅れを取っている。ここ十数年前までの我が国は、他国の人々が編み出した魔導技術や科学技術を取り入れることを嫌がっていた。それは、優れた技術や文化を前にしても、古臭い因習を優先していったことが原因だと俺は思っている。
だから、この国の価値観を根本的に改めつつ、他国の技術の導入や新しい技術の開発を模索したいのだけれど。
━━問題は、これを子供にどう伝えるかだ。
「お父様、どうされたんです?」
考えあぐねる俺にヘンリーは返事を催促する。困ったと思ってベラを見たら、彼女はヘンリーに優しく語りかけた。
ベラは俺に合わせて一度目を覚ます。おはようといってらっしゃいを兼ねたキスをするためだけに起きるのだ。
なぜそれだけのために、わざわざ睡眠時間を削ってまで俺と一緒に起きるのかと聞いたことがある。そしたら、ベラはこう答えた。
「夫婦は毎朝こうするものでしょう?」
「俺は母親を早くに亡くしたからはっきりとは分からないけど、おそらく世間一般の夫婦は毎朝律儀にこんなことをしないんじゃないかな?」
そう答えたらベラは不思議そうに首を傾げた。
「お母様はいつもこうしていらしたのですけど。他所のご家庭では、毎朝夫の幸せを祈ってキスをしないものなのでしょうか。・・・・・・もしそうなら、私もやめた方がいいですよね」
とても残念そうに言う彼女に、俺は正直に自分の気持を言った。
「嬉しいから、ベラの負担でなければやって欲しい」
だからベラはそれからも毎日、おはようのキスをしてくれる。
朝の公務は昼過ぎまで続くことが多い。大抵の場合は、15時頃にようやく俺個人の時間がとれる。
ベラは予定がなければ、いつも俺の所にやって来た。
「お時間大丈夫ですか?」
ベラはいつもそうやって尋ねる。どうしてそう聞くのかと彼女に尋ねたら、ベラはきょとんとした顔で言った。
「夫婦であっても他人ですから、私に時間を割いてもらえるかどうか聞くのは当然ではないのでしょうか」
「それもモラン侯爵夫人の言葉?」
ベラはこくりと頷いた。
「お父様は一人で集中したい時があるんです。その時にお母様がかまって欲しくてお父様の所に行ったらギクシャクしてしまったらしくて。それでこうやってきちんと確認するようになったそうです」
子供っぽい印象だった夫人にこんな一面があるとは驚きだ。
「エドったら、そんなに驚かなくてもいいじゃありませんか」
ベラはくすくすと笑った。
「珍しくあなたの考えていることが分かりますよ? お母様だって大人の女性なんです。自制の精神だってあるんです」
内心を読まれて少しどきっとした。悪口めいたことなんて考えるものじゃないな。気をつけよう。
ベラは気にしていないようだけれど、気まずいから話を少しだけ逸らすことにした。
「もし、俺が『一人になりたいから今はダメ』と言ったらベラは寂しくないの?」
「きっと寂しいとは思いますけど、その時は別の事をして待っていればいいんです」
「別の事って?」
「子供たちと遊んだりマーガレットと遊んだり」
「遊んでばかりじゃないか」
からかって言ってみたらベラはふふっと笑った。
「遊ぶことも休むことも大事ですから」
ベラはそう言うとお茶を淹れてくれた。
日が落ちる頃になると、大抵、予定されている公務が終わる。
夕食を終えると、ようやく家族とゆっくり触れ合う時間が取れる。この時間になると、ベラは時折、"家族会議"なるものを開催することがあった。
「それでは、家族会議を始めます」
ベラのこの一言で会議は始まる。
突然始まるのは家族全員慣れっこで、ヘンリーとルーシーは真剣な顔でベラに向き合った。
「今日の議題はお父様の夢についてです」
ここでいうお父様は俺のことだ。
「お父様はこの国の遅れた部分を改善して、周りの国に負けないようにしたいという夢があるのは知ってるわね?」
ベラの問いかけに子供達はうんうんと頷いた。
「おいおい、子供にはまだ早い話じゃないか?」
「そんなことはないわ。それに、お父様の素敵な夢は家族みんなで達成するべきだと思うの」
「お父さま、私、お父さまのおてつだいします!」
ベラの言葉にツッコミを入れる前にルーシーが元気よく言った。俺の力になろうと目を輝かせる娘を前に、否定することなどできなかった。
「分かった。ありがとうルーシー」
そう言って頭を撫でるとルーシーはえへへと笑った。"お手伝い"に浮かれるルーシーに対して、ヘンリーはいつも通り冷静だった。
「どんなお手伝いをすればいいんですか?」
ヘンリーに問われて、俺はどう答えればいいのか反応に困った。
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この国の文化や技術は近隣諸国に比べて大きく遅れを取っている。ここ十数年前までの我が国は、他国の人々が編み出した魔導技術や科学技術を取り入れることを嫌がっていた。それは、優れた技術や文化を前にしても、古臭い因習を優先していったことが原因だと俺は思っている。
だから、この国の価値観を根本的に改めつつ、他国の技術の導入や新しい技術の開発を模索したいのだけれど。
━━問題は、これを子供にどう伝えるかだ。
「お父様、どうされたんです?」
考えあぐねる俺にヘンリーは返事を催促する。困ったと思ってベラを見たら、彼女はヘンリーに優しく語りかけた。
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