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より静かで落ち着ける場所を求めて図書館の歩いていく。学園の図書館は、前世で学生時代によく通っていた県立図書館よりもはるかに大きく、本の数も膨大だった。三階にまで登り、本棚が入り組む中を歩いて、ようやく気に入った場所を見つけた。
六人がけのテーブルには誰もおらず、窓からくる光の加減も丁度いい。
私はテーブルの端に荷物を置いた。席を確保したから次は参考書を探しに行く。図書委員の人に教えてもらった場所に行くと目当ての本はすぐに見つかった。ついでに魔法省に関する本も取っておいた。
本を持って席に戻ると、さっきまで誰もいなかった席にアンナとアンナの友人でトウコクからの留学生のアイゼンがいた。
アンナは私の顔を見るや否や、顔を引きつらせ、席を移動しようとアイゼンに言った。
これだけアンナに気を使って生活してるのに、アンナはどうしても私のことが気に入らないみたいだ。
「あの、アンナ様?」
名前を呼んだだけなのに彼女は恐ろしいものでも見るような目で私を見た。
「何でしょうか」
「私が席を移りますのでお二人はどうか、このままで」
優しく慈愛に満ちたエマの笑みを浮かべる。そんな私をアイゼンは不思議そうな顔で見ていた。
「どうして、移動する、ですか?」
異国人ゆえにアイゼンの口調は少し舌足らずで拙い。
「お二人のお邪魔になるかと思いまして。席は他にも空いていますのでお気遣いなく」
「邪魔じゃ、ないです」
そうですよね? とアンナに向かって言う。
「え、ええ」
「私達、後から、来たん、です。だから、あなたは移動する必要ないです。だから、そのまま、座って?」
そう無邪気に言われてしまっては、無下に断ることもできなかった。だから私はお礼の言葉を言って席に着く他なかった。
参考書に向き合えば、目の前にある問題に集中できる・・・・・・、はずもなく。目の前に座るアイゼンとその隣のアンナについ目がいってしまう。
「アンナ様、これ、どういう意味ですか?」
アイゼンは小さな声で、けれど、数学の問題を解いているアンナに躊躇うことなく質問をした。
アンナは手を止めて、アイゼンが見ていた本を覗き込んだ。
「幻想を具現化する魔法ですか」
「何が作れますか? どれくらい持続できます? 存在するもの、しないもの、関係ありますか」
アイゼンは早口で捲し立てた。まるで小さな子どもが母親に質問攻めをしているようだ。公爵令嬢に対して失礼な行動を取っているけれど。アンナはそれを気にしているようには見えなかった。
「術師によりますね」
そう言ってアンナは水を掬うように手を少し丸めた。その手の中から黒い物が湧き上がり、丸い球体になった後、形を変えて一匹の黒い蝶となった。蝶はアンナの手から離れてひらひらと舞い始める。
「私はまだこの程度のものしか作れません。数は頑張って、・・・そうですね。数十匹が限界です。時間は、どれくらいかしら」
蝶はアイゼンの手の甲に止まった。アイゼンは空いている手でつんつんと蝶に触った。
「本物みたい」
キラキラした目をアンナに向けるアイゼンはとても愛くるしかった。
「存在しないものについては・・・・・・。例えば神話の神々や生物たちだってその気になれば作れる人もいたみたいです。でも、それは禁止されていて」
「禁止? なぜですか? 誰が、だめって言ってますか」
「この魔法を使って人を惑わすことができてしまうんです。幻を神々の降臨と偽ることだって、死んだはずの人を生きているかのように見せかけることだってできるんです。だからケラー家は、神や死者、現実に存在している人物の幻を作ることを許していません」
「悪用されないように、よいこころに従って、制限を加えている、ということですか」
「そういうことです」
ひらひらと舞っていた黒い蝶は煤けていき、やがて跡形もなく消えた。アイゼンは再び真剣な顔で魔導書を読み始める、アンナもまた数学の問題に向き合った。
そんな二人の背後に、大きな一つ目が現れた。黒い瞳のそれは私を射殺さんばかりに睨みつけている。
ーー魔物だ。ゲームの中で、闇の女王イベントで見たあの魔物だ。
「・・・・・・っ!」
声にはならなかったけれど、体がびくりと跳ねた。その拍子に、手に持っていたペンが、大きな音を立てて床に落ちた。
その音に驚いたのだろう。アンナとアイゼンが顔を上げた。
「あっ・・・・・・」
アイゼンの顔はみるみるうちに青ざめていく。そして、彼女は目を大きく見開いた。
「いっ、いや、いやああああああああ」
突如としてアイゼンは金切り声にも似た悲鳴をあげた。狂ったように叫びながらも、彼女の瞳は一点だけを見つめている。
ーー私の後ろにも何かいるのかもしれない。
「見てはだめ!」
振り返ろうとした私にアンナは怒鳴りつけた。
「振り返らないで」
アンナはそう言うと目を閉じて胸の前で手を組んだ。眉間にしわを寄せて、何かに祈るように。
やがてアンナの体から黒いもやが現れた。もやはアンナからアイゼンの体へ流れるように動いていく。
悲鳴を上げ続けていたアイゼンが、突如として机に突っ伏した。
「アイゼン!?」
「大丈夫です。眠らせただけですから」
そう言ったアンナの表情は険しかった。アイゼンを守るように彼女の体に身を寄せて、私の後ろを見据えていた。
アンナたちの後ろには依然として一つ目の魔物がいる。それは相変わらず私を見ていた。
なぜこんなことになってしまったんだろう。ゲームではどのルートにもこんなイベントはなかったはず。
ーーどうすればいいんだろう。私は何かを間違えた?
「マイヤー侯爵令嬢」
アンナの呼びかけで我に返った。
アンナは胸の前で手を組み、目を閉じた。
「ごめんなさい。私、今からあなたに酷いことをします」
申し訳無さそうにそう言ったアンナの声を聞いたのを最後に、私の意識は途切れた。
六人がけのテーブルには誰もおらず、窓からくる光の加減も丁度いい。
私はテーブルの端に荷物を置いた。席を確保したから次は参考書を探しに行く。図書委員の人に教えてもらった場所に行くと目当ての本はすぐに見つかった。ついでに魔法省に関する本も取っておいた。
本を持って席に戻ると、さっきまで誰もいなかった席にアンナとアンナの友人でトウコクからの留学生のアイゼンがいた。
アンナは私の顔を見るや否や、顔を引きつらせ、席を移動しようとアイゼンに言った。
これだけアンナに気を使って生活してるのに、アンナはどうしても私のことが気に入らないみたいだ。
「あの、アンナ様?」
名前を呼んだだけなのに彼女は恐ろしいものでも見るような目で私を見た。
「何でしょうか」
「私が席を移りますのでお二人はどうか、このままで」
優しく慈愛に満ちたエマの笑みを浮かべる。そんな私をアイゼンは不思議そうな顔で見ていた。
「どうして、移動する、ですか?」
異国人ゆえにアイゼンの口調は少し舌足らずで拙い。
「お二人のお邪魔になるかと思いまして。席は他にも空いていますのでお気遣いなく」
「邪魔じゃ、ないです」
そうですよね? とアンナに向かって言う。
「え、ええ」
「私達、後から、来たん、です。だから、あなたは移動する必要ないです。だから、そのまま、座って?」
そう無邪気に言われてしまっては、無下に断ることもできなかった。だから私はお礼の言葉を言って席に着く他なかった。
参考書に向き合えば、目の前にある問題に集中できる・・・・・・、はずもなく。目の前に座るアイゼンとその隣のアンナについ目がいってしまう。
「アンナ様、これ、どういう意味ですか?」
アイゼンは小さな声で、けれど、数学の問題を解いているアンナに躊躇うことなく質問をした。
アンナは手を止めて、アイゼンが見ていた本を覗き込んだ。
「幻想を具現化する魔法ですか」
「何が作れますか? どれくらい持続できます? 存在するもの、しないもの、関係ありますか」
アイゼンは早口で捲し立てた。まるで小さな子どもが母親に質問攻めをしているようだ。公爵令嬢に対して失礼な行動を取っているけれど。アンナはそれを気にしているようには見えなかった。
「術師によりますね」
そう言ってアンナは水を掬うように手を少し丸めた。その手の中から黒い物が湧き上がり、丸い球体になった後、形を変えて一匹の黒い蝶となった。蝶はアンナの手から離れてひらひらと舞い始める。
「私はまだこの程度のものしか作れません。数は頑張って、・・・そうですね。数十匹が限界です。時間は、どれくらいかしら」
蝶はアイゼンの手の甲に止まった。アイゼンは空いている手でつんつんと蝶に触った。
「本物みたい」
キラキラした目をアンナに向けるアイゼンはとても愛くるしかった。
「存在しないものについては・・・・・・。例えば神話の神々や生物たちだってその気になれば作れる人もいたみたいです。でも、それは禁止されていて」
「禁止? なぜですか? 誰が、だめって言ってますか」
「この魔法を使って人を惑わすことができてしまうんです。幻を神々の降臨と偽ることだって、死んだはずの人を生きているかのように見せかけることだってできるんです。だからケラー家は、神や死者、現実に存在している人物の幻を作ることを許していません」
「悪用されないように、よいこころに従って、制限を加えている、ということですか」
「そういうことです」
ひらひらと舞っていた黒い蝶は煤けていき、やがて跡形もなく消えた。アイゼンは再び真剣な顔で魔導書を読み始める、アンナもまた数学の問題に向き合った。
そんな二人の背後に、大きな一つ目が現れた。黒い瞳のそれは私を射殺さんばかりに睨みつけている。
ーー魔物だ。ゲームの中で、闇の女王イベントで見たあの魔物だ。
「・・・・・・っ!」
声にはならなかったけれど、体がびくりと跳ねた。その拍子に、手に持っていたペンが、大きな音を立てて床に落ちた。
その音に驚いたのだろう。アンナとアイゼンが顔を上げた。
「あっ・・・・・・」
アイゼンの顔はみるみるうちに青ざめていく。そして、彼女は目を大きく見開いた。
「いっ、いや、いやああああああああ」
突如としてアイゼンは金切り声にも似た悲鳴をあげた。狂ったように叫びながらも、彼女の瞳は一点だけを見つめている。
ーー私の後ろにも何かいるのかもしれない。
「見てはだめ!」
振り返ろうとした私にアンナは怒鳴りつけた。
「振り返らないで」
アンナはそう言うと目を閉じて胸の前で手を組んだ。眉間にしわを寄せて、何かに祈るように。
やがてアンナの体から黒いもやが現れた。もやはアンナからアイゼンの体へ流れるように動いていく。
悲鳴を上げ続けていたアイゼンが、突如として机に突っ伏した。
「アイゼン!?」
「大丈夫です。眠らせただけですから」
そう言ったアンナの表情は険しかった。アイゼンを守るように彼女の体に身を寄せて、私の後ろを見据えていた。
アンナたちの後ろには依然として一つ目の魔物がいる。それは相変わらず私を見ていた。
なぜこんなことになってしまったんだろう。ゲームではどのルートにもこんなイベントはなかったはず。
ーーどうすればいいんだろう。私は何かを間違えた?
「マイヤー侯爵令嬢」
アンナの呼びかけで我に返った。
アンナは胸の前で手を組み、目を閉じた。
「ごめんなさい。私、今からあなたに酷いことをします」
申し訳無さそうにそう言ったアンナの声を聞いたのを最後に、私の意識は途切れた。
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