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宿1

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 冒険者となったティナとトールは、隣国クロンクヴィストへ向かうというモルガン一家の護衛を受け、王都を出発した。

 セーデルルンド王国では聖女の張った結界のおかげで魔物に襲われる心配はないが、国境を超えると結界の効力がなくなってしまう。
 しかも国境付近には森があり、魔物も出没するので、危険度が一気に増す。それでも定期的な魔物の駆除や街道の整備がされているので、商人や旅行者の利用は多い。

 隣国クロンクヴィストへは馬車で一ヶ月ほどかかる。
 ティナはその間に、出来るだけ愛らしいアネタの相手をしようと思い、めちゃくちゃ構い倒していた。
 アネタもティナにすっかり懐き、今では年の離れた姉妹のように仲良くなっている。

 そうして王都から出立してからしばらく、ティナたちは辺境の村で宿をとった。
 ここから先は村が無いため、しばらく野営となる。今日がこの国の宿で寝ることが出来る最後の日だ。

 ティナも聖女時代は浄化の巡業で野営を何度も経験したことはあったが、冒険者として経験するのは初めてだった。
 今までは馬車の中で聖騎士達に守られながら眠っていたが、これからは交代で火の番や寝床の確保、料理をしなければならないのだ。

「明日から野営かー。楽しみだなー」

 しかしティナは、冒険者として初めての野営を心待ちにしていた。それは昔、両親とともに旅をした、楽しかった記憶が心に残っているからかもしれない。

「ティナちゃんってば変わってるわよね。普通女の子は野営を嫌がるのに」

 すっかり仲良くなったアネタの母、イロナが面白そうにティナを見ている。
 アネタと一緒に体を洗っていたのだろう、女から見ても色っぽい姿だ。

「え、そうなんですか?」

「そりゃそうよ。だってお風呂には入れないし、お手洗いだって気を使わないといけないし」

「そっか。そう言われればそうかも……」

 ティナはイロナの言葉に改めて自分は運が良かったのだと気が付いた。
 お風呂の代わりに浄化魔法で身体を綺麗にできるし、お手洗いは結界を張れば誰にも気付かれることなく出来る。
 それは<神聖力>を持つティナだからこそ可能なことなのだ。

 当たり前に使っていた自分の能力が希少なものなのだと自覚したティナは、改めて気をつけなければ、と思う。
 誰かに能力を見られ、神殿に通報されれば無理矢理にでも連れ戻されるかもしれないからだ。

 ティナが考えごとをしていると、イロナの後ろからひょこっとアネタが顔を出した。

「あ、アネタちゃん髪の毛乾かそっか」

「うん」

 アネタに声を掛けたティナは魔法で温風を出すと、アネタの黒い髪の毛を乾かしていく。この歳の子供の髪はサラサラで、ティナはアネタの頭を撫でるのが大好きだった。

「いつも有難うね。ティナちゃんのおかげでとても快適だわ」

 アネタの髪を乾かし終われば、続けてイロナの髪の毛を乾かしていく。母娘ともどもすっかりティナに世話になっている。

「えへへ。快適なら使えるものは何でも使う主義なんです」

「でも、それって風と火の複合魔法でしょう? ティナちゃんって優秀な魔術師なのね」

「いえいえ。自分が楽しようと覚えたんですよ。この魔法、洗濯物も乾いて便利ですし」

 二属性の複合魔法は魔力のコントロールが難しく、魔力操作に長けていないと上手く使いこなせない。しかしティナはごく自然に魔法を発動しているのだ。

 普通であればティナレベルの魔術師なら冒険者にならずとも、高待遇の仕事は山ほどある。しかし敢えて冒険者になったティナに、イロナは訳ありかな、と考えた。

 それでも護衛以外の仕事はする必要無いのに、こうして世話になりアネタを可愛がってくれるティナに、イロナは余計な詮索はしないでおこうと思っている。

「そう言えば、トール君と同じ部屋でなくても良いの? 私としてはアネタを見て貰えるから助かるけれど」

「ふぇ?! そ、そんな同じ部屋なんて無理です無理!!」

 ティナが赤い顔で否定する。どう見ても両想いの二人なのに、お互いがお互いの気持ちに気づいていないようだ。

 そんなじれじれな二人の関係はとても微笑ましく、イロナはお節介を焼きたくなる気持ちを何とか抑え込む。

「……まあ、何か悩みがあったら教えてね。私で良ければいつでも相談に乗るし、次の新月には占ってあげられると思うから」

「有難うございます。次の新月までもうすぐですよね。楽しみです!」

 旅をしていくうちに、ティナたちとモルガン一家が仲良くなることは必然だった。
 そして親しくなるうちに、二人はモルガン一家のことを色々教えて貰うことが出来た。
 そのうちの一つとして、イロナが占術師として有名なこと、モルガンの商会の顧客相手に時々占いをし、アドバイスしていたことなどを教えて貰ったのだった。
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