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04 穢れモノ
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「……ったく、ぐずぐずしてんじゃないよ! とっととお行き!」
「は、はい……っ」
使用人に急かされた私は慌てて薪を片付けた。真央が機嫌を損ねると、周りに当たり散らかして、ひどい仕打ちを受けてしまうから、急いで行かないといけない。
私が台所を出た後、使用人たちの間で噂話や愚痴が飛び交っていた。
「あのお嬢は何時までここにいるんだい? あの形じゃ婚姻も結べないだろうに」
「さあねぇ。だけどまだ成人もしていない娘を追い出したりなんかしたら、悪評が立って世間の笑い者になっちまうよ」
「そりゃそうだ、天花寺家のような名家からそんな醜聞を広まったら大変だ」
「そうそう、だからなるべくお嬢には関わらないようにしなくちゃ」
「お嬢も運が悪かったね。神隠しに遭わなければ、あんな形にならなかっただろうに」
使用人たちの声を背に、私は真央の部屋へ続く廊下を急ぎ足で向かう。
「真央お嬢様、琴葉です」
「遅いじゃない! 何時まで私を待たせるの!! 呼ばれたらもっと早く来なさいよ!! このクズ!」
「申し訳ありません」
部屋に着くなり、真央が私に罵声を浴びせてくる。
美しい見た目と社交的に振る舞う姿に、真央を見た人は彼女を「深窓の令嬢」だと褒め称えているけれど、その本質は激しい気性と癇癪を持つ少女だ。
そんな彼女の本性を、この屋敷の人間以外は誰も知らない。
「さっさとお茶を淹れなさい! 煎茶じゃないわよ!! 英国産の紅茶にして!!」
「はい、かしこまりました」
私は真央の指示通り、英国から取り寄せたという紅茶を淹れる準備をする。
真央には専属の使用人が何人もいて、彼女の身の回りの世話をしているけれど、こうしてわざわざ私を呼びつけ世話をさせるのは、自身の自尊心を満たすためなのだろう。
「真央お嬢様、本日の髪飾りはいかが致しましょうか」
私がお茶を入れる準備をしている横で、真央の使用人がいくつかの髪飾りを持ってきた。箱の中には華やかで繊細な装飾がなされた簪や櫛がたくさん並んでいる。
「そうねぇ……。地味だけれど、今日はこの平打ち簪にするわ」
真央は私の方をちらりと見て、にやりと笑うと一本の簪を指した。
それは、小花と小さな愛らしい実が、繊細な透かし彫りになった平打ち形式の簪で、そして私がお母様から譲り受けた、大切な形見の品で──
嫌がる私から、真央が無理やり奪った簪だった。
「……っ」
私は動揺して震える手を何とか押さえつけ、紅茶を淹れ終えた。
ここで私が感情を出しても真央を喜ばせるだけだし、少しでも私が反抗的な態度を見せれば、これ幸いと折檻する口実を与えてしまうことになる。
「真央お嬢様、紅茶でございます」
私は使用人に髪を結われている真央に、紅茶が入った繊細な絵柄が描かれたカップを差し出した。
「……ふん! のろまね!」
私が反応しなかったことが気に食わなかったのだろう、真央は文句を言いながらカップを受け取った。そして一口、紅茶を口に含むと、カッと怒りの形相を浮かべて大声で叫んだ。
「──っ!! 何これっ!! 熱過ぎるわっ!! 火傷するじゃないっ!!」
ちょうどいい温度で紅茶を渡したつもりだったけれど、真央にとっては熱かったらしい。怒り狂った真央が、カップを私に向かって投げ付けてきた。
カップは私の足元で”ガチャーンっ!!”と大きな音を立てて砕け散る。
その拍子にカップの破片が飛び、入っていた紅茶が私の足に掛かってしまう。
「きゃっ!! ──熱っ!!」
沸騰したお湯よりはだいぶ温度は低いものの、それでも六十度近くあるお茶を被れば、火傷するのは当然で。
足袋を履いていたものの、お湯が掛かった部分がヒリヒリする。
「この役立たずっ!! 紅茶もまともに淹れられないのっ?! さっさと片付けなさいよっ!!」
すぐにでも足を冷やしたかったけれど、真央がそれを許すはずもなく。
「……申し訳ありません」
私は足が痛むのを我慢して、割れたカップを拾い集めると、手ぬぐいで床を拭き真央の部屋を後にした。
屋敷の裏にある塵芥箱に割れたカップを処分して、私はようやく井戸で火傷した足を冷やすことが出来た。
「……痛い……」
足を冷やしている内に、どんどん自分が惨めになってきて、目から涙がぽろぽろと零れ落ちていく。
──私も天花寺家の人間なのに、どうしてこんな扱いを受けているのだろう……?
自分の頭の中に湧き上がる疑問──その答えを知っていても、私は何度も何度も問い掛けてしまう。
お母様が亡くなり、義母たちがこの家に来てすぐに私への虐待は始まった。
だけどもっと扱いが酷くなったのは、私が十四歳になったばかりの頃で。
神隠しに遭い白髪になって戻ってきたその日から、私は”穢れモノ”として使用人以下の扱いを受けるようになったのだ。
「は、はい……っ」
使用人に急かされた私は慌てて薪を片付けた。真央が機嫌を損ねると、周りに当たり散らかして、ひどい仕打ちを受けてしまうから、急いで行かないといけない。
私が台所を出た後、使用人たちの間で噂話や愚痴が飛び交っていた。
「あのお嬢は何時までここにいるんだい? あの形じゃ婚姻も結べないだろうに」
「さあねぇ。だけどまだ成人もしていない娘を追い出したりなんかしたら、悪評が立って世間の笑い者になっちまうよ」
「そりゃそうだ、天花寺家のような名家からそんな醜聞を広まったら大変だ」
「そうそう、だからなるべくお嬢には関わらないようにしなくちゃ」
「お嬢も運が悪かったね。神隠しに遭わなければ、あんな形にならなかっただろうに」
使用人たちの声を背に、私は真央の部屋へ続く廊下を急ぎ足で向かう。
「真央お嬢様、琴葉です」
「遅いじゃない! 何時まで私を待たせるの!! 呼ばれたらもっと早く来なさいよ!! このクズ!」
「申し訳ありません」
部屋に着くなり、真央が私に罵声を浴びせてくる。
美しい見た目と社交的に振る舞う姿に、真央を見た人は彼女を「深窓の令嬢」だと褒め称えているけれど、その本質は激しい気性と癇癪を持つ少女だ。
そんな彼女の本性を、この屋敷の人間以外は誰も知らない。
「さっさとお茶を淹れなさい! 煎茶じゃないわよ!! 英国産の紅茶にして!!」
「はい、かしこまりました」
私は真央の指示通り、英国から取り寄せたという紅茶を淹れる準備をする。
真央には専属の使用人が何人もいて、彼女の身の回りの世話をしているけれど、こうしてわざわざ私を呼びつけ世話をさせるのは、自身の自尊心を満たすためなのだろう。
「真央お嬢様、本日の髪飾りはいかが致しましょうか」
私がお茶を入れる準備をしている横で、真央の使用人がいくつかの髪飾りを持ってきた。箱の中には華やかで繊細な装飾がなされた簪や櫛がたくさん並んでいる。
「そうねぇ……。地味だけれど、今日はこの平打ち簪にするわ」
真央は私の方をちらりと見て、にやりと笑うと一本の簪を指した。
それは、小花と小さな愛らしい実が、繊細な透かし彫りになった平打ち形式の簪で、そして私がお母様から譲り受けた、大切な形見の品で──
嫌がる私から、真央が無理やり奪った簪だった。
「……っ」
私は動揺して震える手を何とか押さえつけ、紅茶を淹れ終えた。
ここで私が感情を出しても真央を喜ばせるだけだし、少しでも私が反抗的な態度を見せれば、これ幸いと折檻する口実を与えてしまうことになる。
「真央お嬢様、紅茶でございます」
私は使用人に髪を結われている真央に、紅茶が入った繊細な絵柄が描かれたカップを差し出した。
「……ふん! のろまね!」
私が反応しなかったことが気に食わなかったのだろう、真央は文句を言いながらカップを受け取った。そして一口、紅茶を口に含むと、カッと怒りの形相を浮かべて大声で叫んだ。
「──っ!! 何これっ!! 熱過ぎるわっ!! 火傷するじゃないっ!!」
ちょうどいい温度で紅茶を渡したつもりだったけれど、真央にとっては熱かったらしい。怒り狂った真央が、カップを私に向かって投げ付けてきた。
カップは私の足元で”ガチャーンっ!!”と大きな音を立てて砕け散る。
その拍子にカップの破片が飛び、入っていた紅茶が私の足に掛かってしまう。
「きゃっ!! ──熱っ!!」
沸騰したお湯よりはだいぶ温度は低いものの、それでも六十度近くあるお茶を被れば、火傷するのは当然で。
足袋を履いていたものの、お湯が掛かった部分がヒリヒリする。
「この役立たずっ!! 紅茶もまともに淹れられないのっ?! さっさと片付けなさいよっ!!」
すぐにでも足を冷やしたかったけれど、真央がそれを許すはずもなく。
「……申し訳ありません」
私は足が痛むのを我慢して、割れたカップを拾い集めると、手ぬぐいで床を拭き真央の部屋を後にした。
屋敷の裏にある塵芥箱に割れたカップを処分して、私はようやく井戸で火傷した足を冷やすことが出来た。
「……痛い……」
足を冷やしている内に、どんどん自分が惨めになってきて、目から涙がぽろぽろと零れ落ちていく。
──私も天花寺家の人間なのに、どうしてこんな扱いを受けているのだろう……?
自分の頭の中に湧き上がる疑問──その答えを知っていても、私は何度も何度も問い掛けてしまう。
お母様が亡くなり、義母たちがこの家に来てすぐに私への虐待は始まった。
だけどもっと扱いが酷くなったのは、私が十四歳になったばかりの頃で。
神隠しに遭い白髪になって戻ってきたその日から、私は”穢れモノ”として使用人以下の扱いを受けるようになったのだ。
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