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第7話 取引

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 悪魔だと分かっていても綺麗なものは綺麗なので、その蠱惑的な笑顔につい目を奪われてしまう。頼むからもうちょっと顔面レベルを落としてくれないかな……。

「あの神殿の奥で私を見ていたんだ……」

「ええ。貴女は僕の姿を見ていないでしょうけれど」

 ……もしかしてこれは、祭壇を掃除したり献花した事への恩返し的なものなのだろうか。でも掃除と服や絵本を比べると全然対価が釣り合っていないと思うんだけどな。

(という事はやはり、他に何か欲しがっている──?)

「察しのいい貴女ならお分かりでしょうが、僕のことは内密にお願いします。アルムストレイム教の内部に見つかったら厄介ですので」

 悪魔が人差し指を唇に当てて片目を閉じる。普通なら殴り飛ばしたくなるような、そんな仕草さえ格好良く見えてしまう自分に呆れてしまう。

(神殿本部に知られると<使徒>を派遣されちゃうものね。聖騎士団が出張ってきたら、悪魔にとってかなりヤバいかも)

 ちなみに<使徒>とは、穢れしもの──人々に仇をなす異形の存在を狩る戦闘部隊だ。<穢れを纏う闇>と呼ばれる天災レベルの異形は一体で村を三つ滅ぼすという。

 私はこの美しい悪魔が騎士団に討たれる所を想像して──胸がちくりと痛んだ事実に、自分の心の中の変化に気づく、けれど……。

「……それで、私に何を望むの? 言っておくけど、私の魂は美しくも何ともないよ」

 神殿本部に行った時の仕打ちに、私の信仰心は随分薄らいでしまった。それに加え、今の私はこの悪魔に──……。

 ──その先の事を考えかけ、私は思考を無理やり切り替える。これ以上考えると、自分が信じていたものが根底から覆されてしまいそうだから。

「そうですか? 僕から見て、貴女はとても魅力的に見えますけどね。大輪の薔薇を思わせる赤みがかった髪に、翠玉の大きな瞳が大変可愛らしいですよ」

「な……っ!!」

 ……それなのに、悪魔は紅玉の瞳で私をじっと見つめ、そんな事を宣うものだから、自分の顔が一瞬で真っ赤になってしまうのが分かる。
 しかも悪魔が不思議そうに首を傾げている姿に、ちょっと可愛い……と思ってしまった。

(くっ……! これだから悪魔は……!! 無自覚に人を魅了すんのやめてくれないかな!!)

 このままでは埒が明かないし、私の精神力がゴリゴリと削られていくので、さっさと話を終わらせてしまいたい。

「もういいから! 早く望みを言って! あ、お金以外で!」

 そんな私を見て、悪魔がふっと笑う。まるで仕方がないなあと言いたげだ。

「そうですね。単刀直入に言いますと、僕は貴女とこれからもこうしてお話したいのです」

「……へ?」

 何だそれ、という顔をした私に、悪魔が補足で説明を加える。

「話と言っても色々ありますが……例えば、アルムストレイム教についてや街の様子、領主の噂など、何でもいいです。時々でいいので、僕の話し相手になって欲しいのです」

(アルムストレイム教について……? もしかして<使徒>に見つからないように動向を知らせるとか、儀式や秘儀について探りたいとか……?)

 上位の悪魔でも討伐されるのは勘弁願いたいのかもしれない。噂によれば神殿には異形の者の出現をいち早く察知できる魔道具があるらしいし。

「──要は『世間話』をしたい、という事だよね?」

 街の様子や領主の噂を知りたいなんて、人間の世界のことを学びたいのだろうか。でもきっと本命はアルムストレイム教についての情報じゃないかと推測する。

 私の言葉に、悪魔は壮絶に美しく、でも悪巧みしているような、そんな笑みを浮かべて頷いた。

「理解が早くて助かります。毎日は無理ですが、出来るだけこちらにお邪魔させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたしますね」

「うん、わかった。そう言えば貴方のことをなんて呼べばいいの? 悪魔って呼ばれるのは嫌なんでしょう?」

 もし私が「悪魔」って呼んでいる所を誰かに聞かれたら、そこから神殿本部にバレてしまう可能性がある。出来ればそれは避けたいと思う。

 悪魔は私の質問に「そうですねぇ」と言って考え込んでいる。

「では、僕のことは『エル』とお呼び下さい」

「え……『エル』……?」

「はい」

 悪魔……じゃない、エルはにっこり微笑んだ。悪魔のくせに花咲くような笑顔とはこれ如何に。悪魔のこの美貌に慣れる日は来るのだろうか。

(それにしても『エル』ねぇ。ブラックジョークのつもりかな?)

 アルムストレイム教に於いて「エル」とは「光り輝くもの」という意味だ。悪魔なのにそのネーミングってどうかと思うけど……。まあ、悪魔が人間に<真名>なんて教えるわけないものね。
 悪魔の<真名>を知れば魂を縛り、自分に従属させることが出来ると言われている。だから悪魔は<真名>を決して知られないように隠蔽するという。

「……わかった。じゃあ、これからはエルと呼ばせてもらうね。あ、私の名前は──」

「『サラ』というのでしょう? とても可愛い名前ですね。僕もそうお呼びしても?」

 心地よい、甘い声で名を呼ばれて思わずときめいてしまう。流石悪魔! 聖職者と敵対する存在なのに、感心せずにいられない。敵ながらあっぱれと言うべきか。

「うん、いいよ。これからよろしくね、エル」

「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、サラ」

 お互いに挨拶を交わした後、エルは「では、僕はこれで」と言って窓から帰ってしまった。

(え!? ちょ、窓からって!!)

 慌てて窓へ駆け寄ると、「ゴォオオ!!」とものすごい風が吹き、窓ガラスが「ガタガタッ」と音を立てる。

 風が弱まったのを見計らい窓を覗くと、何も変わったことが無いいつもの風景が広がっていた。

(まあ、悪魔が玄関から帰るのもおかしい……のかな? 一瞬悪魔なのを忘れちゃってたや)

 それにしても、悪魔と約束するなんて、巫女にあるまじき事をしてしまったな、と思う。けれど、浅ましい私は子供達への贈り物のお礼だと割り切る事にする。

 ──私がいくら祈っても、神からの救いは無かった。だから手を差し伸べてくれたのが悪魔だったとしても……私はその手を跳ね除けなかったのだ。

(経典からすれば私のこの行為は神に背く事になるんだろうな……でも、子供達にこれ以上不自由な思いをさせたくない……!)

 神様が助けてくれないのなら、私は悪魔とだって手を組もう。それで私の魂が地獄に堕ちたとしても構わない。
 悪魔が子供達を助けてくれるなら、どんな事でも協力しよう──私はそう、決意した。

(あ、そう言えば次は何時来るのか聞きそびれちゃったな)

 悪魔──エルが情報を求めるのなら、これからはアルムストレイム教の本をたくさん読んで、街の方へも顔を出して情報を集めよう。
 今迄はランベルト商会の人に頼りっぱなしだったから、めったに街へ行かなかったし。
 
 ちなみにランベルト商会は帝国に本店がある、世界中に店を構えるものすごく大きい商会だ。なのにこんな小さい孤児院にも優しく接してくれるので本当に有り難い。

(王都に行っていた分遅れている刺繍を早く仕上げて納品してしまおう。その時お店に行って、色んな話を聞かせて貰おう)

 私は孤児院の運営の足しにと、ハンカチや小物に刺繍をする内職をしている。図案やモチーフを考えるのがとても楽しくて、もし私が巫女以外の職に就くのなら、仕立て屋さんでお針子として働いていたかもしれない。

 本当は寝てしまおうと思っていたけれど、驚きの体験をしたせいか眠気がすっかり飛んでしまったので、折角だし止まっていた刺繍の仕事をやってしまうことにする。

(それにしても、悪魔って全員あんな感じなのかな?)

 私が見習いなので分からないのか、エルからは全く禍々しい気配はしなかった。きっと高位の悪魔は気配を隠すのもお手の物なのだろう。

(──とにかく、これから忙しくなるだろうし、頑張るぞ!)

 そうして悪魔と巫女見習いである私の奇妙な逢瀬(?)が始まったのだった。
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