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第11話 街

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 巫女見習いである私と、恐らく上級悪魔であろうエルとの秘密会議は一週間に三回の頻度で行われるようになった。
 どうやら私が司祭様から与えられていた法国の情報がかなり貴重だったらしく、とてもエルの役に立っているらしい。

 法国の一般常識だと思っていた事が悪魔にとって重要だったとは……何が幸いするか分からないなあ。

(別に口止めされていた情報でもないし、禁秘事項でもないし大丈夫だよね……?)

 エルにはどんな事でも答えようと思っていたけれど、何だか心配になってきた。エルは法国と事を構えようなんて思っていない……はず!

(そもそも、一柱の悪魔が法国に挑むなんて無謀な事はしないだろうし)

 あの国には悪しき闇のモノに対する抵抗手段がふんだんに揃っている。悪魔どころか魔神用の殲滅神器まであるのだ。
 いくらエルが高位の悪魔だとしても、神器なんかが出てきたら一溜まりもないだろう。

(それに、エルは法国そのものじゃなくて、この国の神殿本部に用がありそうなんだよね)

 あの神殿本部に何があるのかわからないけれど、あのツルッとした司教──名前忘れたけど、あんな人物が高位にいる限り神殿の中はきっと腐敗しているに違いない……偏見だけど。
 アルムストレイム教は今代の教皇のように一人の人間が長く統治しているから、組織自体が澱んで正常に動かなくなっているような気がする。法国は一度全てを明るみにしてから解体しちゃって新しく構成し直せばいい……と思う。

 私はつらつらとそんな事を考えながら街へと向かっていた。今日は街にあるランベルト商会に私が刺した刺繍の品を納品に行くのだ。

 子供達は婦人会のおばさま方が見てくれている。月に三度ほどそんな日を設けてくれるので本当に有り難い。
 ちなみにおばさま方には感謝の気持として刺繍したハンカチや小物を時々プレゼントしている。それをきっかけに個人の依頼もいくつか貰えるので、とても助かっている。

 人で賑わう大通りを進んで行くと、一際大きな建物が目に入る。流行の発信地と言われる帝国に本店がある商会で、取り扱っている商品はどれも洗練されている、今やこの街一番の人気店だ。
 そんな人気店で私の作った商品が置いて貰えるなんて、すごく運がいいと思う。
 それにランベルト商会は大店なのに暴利を貪ったりせず、真っ当な取引をしてくれるから世間からの信頼も厚い。

 私は人でごった返す店内を進み、店の奥の方にある商談室へと足を運ぶ。そして商談室と書かれたプレートが掛かっているドアをノックすると、中から上品な声で「どうぞ」と返事があった。

「失礼します」

 挨拶をしてから中に入ると、少し年配の優しそうな女性が笑顔で私を迎え入れてくれた。

「サラ、久しぶりね。待っていたわ」

「ナターリエさん、こんにちは。お久しぶりです」

 ナターリエさんは孤児院が困窮している時、私に刺繍の仕事を斡旋してくれた恩人だ。それに女がてらに大商会の副支店長になるほど仕事が出来る人で、私の憧れでもある。

「じゃあ、早速見せて貰おうかしら。貴女の作品、とても楽しみにしていたのよ」

「有難うございます! こちらになります。よろしくお願いします」

 私は鞄の中から刺繍した品々を出し、ナターリエさんに渡す。これから売り物になるかどうかのチェックをして貰うのだ。

 ナターリエさんは刺繍したハンカチを一枚一枚見て、時々裏返しては不備が無いか確認している。こういう時のナターリエさんは怖いぐらいに真剣な表情で、空気もピリピリしているから、この査定時間は緊張しっぱなしで倒れそうになる。
 ……倒れたこと無いけど。

 私が今回刺繍をして持ってきたのはハンカチにポーチ、クッションカバーなどだ。
 ナターリエさんはこれら全てをチェックすると、とても満足そうに微笑んだ。さっきまでの緊迫した空気がふわっと霧散する。
 
「相変わらず素敵な刺繍ね。サラが刺繍すると既製品でも価値が上がるようだわ」
 
 どうやら今回持ってきた品物は好評のようだ。あー良かった!

「ありがとうございます! では、今回の品は……」

「ええ、合格よ。全て買い取らせていただくわ」

「やったー! ……あ、すみません!」

 ナターリエさんから合格を貰えた嬉しさで思わず声に出してしまい、慌てて謝罪する。ナターリエさんの前だけでも淑女っぽく振る舞いたいと思っていたのに……!
 そんな私の様子に、ナターリエさんはクスッと笑うと、私が刺した刺繍を褒めてくれる。

「サラの刺繍はとても評判が良いから、本当はうちで専属になって欲しいのだけれど……。まだ後任の司祭様はいらっしゃらないのかしら?」

 後任の司祭様が来てくれたら、私の時間も増えるだろうし、もう少し納品出来ると思うけれど……。

「すみません、まだ神殿本部からは何も連絡が無くて……」

 この商会で働けるなんて凄い事だけど、子供達の事を考えるとどうしても無理が出てしまうので、うんと言えないのが辛いところだ。

 ナターリエさんも残念そうに「なら仕方がないわね……」と言ってくれて、申し訳無く思う。

「孤児院の問題が解決したら、すぐ連絡頂戴ね。サラだったらいつでも大丈夫よ」

 ナターリエさんの言葉に、私を評価してくれている事が伝わって来てとても嬉しい!

「はい! ありがとうございます! 是非!」

 舞い上がる私にナターリエさんは「ふふ、待っているわ」と言ってくれて、私の心は更に舞い上がってしまった。
 人に評価されるのがこんなに嬉しいだなんて……。それはきっと相手がナターリエさんだからだろう。彼女は正当な評価をする人だから。

 それから私達は次回の納期について話し合い約束を交わす。ナターリエさんのお陰で次も仕事が貰えて一安心だ。

 そして今回の報酬なのだけれど……予想していた金額より多めで驚いた。

「えっ!? こんなに!?」

「商品に対しての正当な評価よ。だから気にせず受け取って頂戴」

 ナターリエさんの心遣いに、思わず泣きそうになるのをぐっと堪える。

「ありがとうございます……」

「次の作品も楽しみにしているわ。頑張ってね」

 ナターリエさんが優しい声で励ましてくれる。

「はい……っ!」

 私はナターリエさんの気持ちに応えるべく、次はもっと良い作品になるように頑張ろうと心に強く誓った。

 そして、ランベルト商会で刺繍糸などの資材を安く売って貰った後、私は食材の手配と子供達にお土産を買う為に街の市場へと向かう。孤児院裏の畑では賄えない分の食材を購入するのだ。

「おお! サラちゃんじゃねーか! 元気にやってるかー?」

「あら、サラちゃん久しぶりだねぇ。この前王都に行ってたんだって?」

「おう! ガキ達は元気か?」

 市場を歩いていると、顔なじみの店主さん達が次々と声を掛けてくれる。いつも私や子供達の事を心配してくれている優しい人達だ。

「ヤンさんこんにちはー! うん、元気だよー!」

「エイネさんお久しぶりです! 王都には半日しかいられなくて残念だった!」

「ダンさんこんにちはー! チビ達は元気いっぱいだよ!」

 お店の人達と挨拶を交わしながら市場を歩く。小さい頃から司祭様に連れられてよく来ていたからか、市場の人達とはすっかり顔なじみだ。買い物をすると皆んなさりげなくおまけしてくれるし、本当にこの街の人達のは助けられているな、と思う。

 そうしてお肉屋さんで買った食材を孤児院に届けて貰うようにお願いしている時、後ろから声を掛けられた。

「よう! サラ! ここで会うのは久しぶりだな!」

「げ、テオ……!」

 まさかここでテオと鉢合わせするなんて! さっきまで凄く良い気分だったのに!

「おいおい、『げ』ってなんだよ!『げ』って! ……ま、いいか。折角会ったんだし、お茶でも一緒にしようぜ!」

「え、無理」

 今の私は食材を調達中なのだ。これは重要な任務であり、私は子供達にひもじい思いをさせられないので、この後は一刻も早く孤児院に帰らないといけない。だからそんな余裕はないのだ。……それにエルからテオとは会うなって言われたし。

「そうつれないこと言うなってー! 照れなくたって良いんだぜ? ほら、来いよ」

 なのに、勝手に誤解したテオが私の腕を掴み、無理やり連れて行こうとする。
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