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第45話 叙任の儀式

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 王太子であるエルの推薦と、元老院議員達から満場一致で賛成され、正式にお爺ちゃんが王国騎士団の団長に決定した。

 そのニュースは王宮中に駆け巡り、社交界でも噂で持ちきりなのだそう。

 エリアナさんや、他の使用人の人達から聞いた話では、大半の貴族がお爺ちゃんの騎士団長就任を喜んでいるらしい。
 やはり大聖アムレアン騎士団の威光は、ここでも凄まじい威力を発揮しているようだ。

 そしてその噂は王宮から国中へと広がり、お爺ちゃんの事を知った世間はお祝いムード一色で、次回行われる騎士団の入団テストでは受験者が倍増し、とんでもない合格倍率になるのではないかと言われている。

 国中から好意的に迎え入れられ、今や時の人となったお爺ちゃんを悪く言う人は一人もいない。世論を味方につけたお爺ちゃんは物理的には勿論、精神的にも心理的にも無敵だと思う。

 そしてお爺ちゃんが人気者になって嬉しいのに加えて、もう一つ良いことがあった。

 ──それは、お爺ちゃんに忠誠を誓われたエルの評価が爆上がりしたことだ。

 元が付くとは言え、悪しき者を討つ大聖アムレアン騎士団の団長が、「紅眼の悪魔」と恐れられていた王太子に忠誠を誓ったのだ。

 その事実は、今まで囁かれていた悪い噂を払拭するには十分なほどで。

 しかも神殿や領主から迫害されていた孤児達に救いの手を差し伸べたこと、孤児院の支援金に手を出して、私腹を肥やしていた者達を一斉に処分したこと、保護した孤児達にすごく懐かれていること──そんな話が広まっていき、エルは国民から「慈悲深い王太子」と呼ばれるようになったのだ。

 以前はそんなエルを蹴落とそうとしていた神殿派貴族達も、今ではすっかりエルを支持する立場となった。

 ──そうして、アルムストレイム教が企んでいた、王室の権威を失墜させる計画は失敗に終わったのだ。




 そして現在、青く澄み渡る空の下、王国の玉座の間では、お爺ちゃんの王国騎士団長叙任の儀式が執り行われていた。

 大理石と金で装飾されている絢爛豪華な玉座の間には、歴史的瞬間をこの目で見ようと集まった貴族達でごった返している。

 ちなみに私と孤児院の子供達は、王室から特別に入室を許可され、最前列でお爺ちゃんの晴れ姿を今か今かと待っている。

 式の開始が告げられ、玉座の間の扉が開かれると、そこには騎士団長の衣装を纏ったお爺ちゃんがいた。

「うわぁ、司祭さまかっこいいー!」

「すごいねぇ、かっこいいねぇ」

「サラちゃん、司祭さまは本当に騎士さまになるの?」

「うん、そうだよ。司祭様から騎士様になるんだよ。これからは呼び方を変えないといけないね」

 私はお爺ちゃんの姿に興奮する子供達と一緒に、その姿を目に焼き付ける。

 青を基調とした正装には、ところどころ銀の装飾がなされていて、すこぶる格好良い。お爺ちゃんの白い髪の色とも合っていて、まるでお爺ちゃんのために誂えたかのようだ。

 手足が長く姿勢も綺麗なお爺ちゃんが玉座へ向かう姿は、身内の私から見てもめちゃくちゃ格好良かった。
 私でも見惚れてしまうのだから、貴族のご婦人やご令嬢達は言わずもがな、恍惚とした表情でお爺ちゃんを見ている。正に目がハートになるアレだ。

 玉座の前に辿り着き、玉座に向かって片膝をつくお爺ちゃんに、大きな窓から差し込んだ光が、まるで祝福するかのように降り注ぐ。

 その姿はとても神々しく、見る者全てを魅了した。

 そして王族の入室を告げるラッパが響き渡ると、国王陛下とエルが入ってきた。

 初めて見るエルの正装は、騎士団の制服に使われている色と同じ、青を基調とした物だけど、装飾には金がふんだんに使われていて、騎士団の正装よりゴージャス感がアップしている。
 絵本に出てくる王子様そのものの姿に、私の目までハートマークになりそうだ。

 エルとお爺ちゃんは全くタイプが違うけれど、それぞれが正装を着こなしていて、ビジュアルだけで世界を制することが出来そうだった。

 私が相手国の兵士なら絶対戦いたくないと思う。体中の骨だけでなく心までボッキボキに折られそうだ。

 叙任の儀式は進み、神殿でエルと忠誠を交わした時と同じ様に、国王陛下がお爺ちゃんの肩に剣を乗せて、お爺ちゃんを騎士団長に任命する。

「汝を、我がサロライネン王国騎士団団長に任命する。王国のため、剣となり盾となることを誓うか」

「はい、誓います。私の剣をサロライネン王国のために捧げます」

 お爺ちゃんが誓いの言葉を唱えると、わあっと歓声が湧き、拍手の音が玉座の間全体に響き渡る。

 名実ともに、この王国の騎士団長になったお爺ちゃんを、私と子供達は誇らしげに見つめていた。

 ──そうして、騎士団長になったお爺ちゃんに『侯爵』の爵位が与えられた。これでお爺ちゃんは正真正銘、お貴族様となったのだ。



 * * * * * *



 叙任の儀式が終わると、今度は王宮の大広間で、上流階級の人間達による祝賀会が行われた。

 私と子供達も、叙任の儀式に引き続き参加を許されたけど、邪魔にならないように大広間の壁際を陣取り、祝賀会の様子を眺めている。

 この祝賀会の主役である、お爺ちゃんの周りには近寄れないぐらいの人だかりができていた。皆んな憧れの騎士団長とお近づきになりたいらしい。

 人の多さでお爺ちゃんのところに行けない私達は、今のうちにお料理をいただくことにする。

「うわー! おいしそう!!」

「すごーい! おりょうりがたくさんならんでる!」

「サラちゃん、どれをたべてもいいの?」

「どれを食べてもいいけど、食べ切れる量だけ取るんだよ」

「はーい!」

「わかったー!」

 初めて見る豪華な料理の数々に、子供達は大興奮だ。どれから食べようか悩んでいる姿がとても微笑ましい。

「あらあら、皆んな大はしゃぎね。サラさんも休憩してきたら? ずっと子供達の面倒を見ていて疲れたでしょう? 子供達は私達が見ているわよ」

 エリアナさんの申し出に、一瞬どうしようかな、と思ったけれど、折角なのでお言葉に甘えることにする。

「有難うございます。じゃあ、少しだけ子供達をお願いします」

 私はエリアナさんにお礼を言うと、そろっと大広間から続く庭園に出る。そして新鮮な空気を吸うと、ほっと溜息をついた。

 花が咲き乱れる庭園を少し歩くと、屋根がドームになっているガゼボが目に入った。

 月明かりに照らされた白いガゼボは、まるで神殿のような、神聖な空気を醸し出している。
 私はその神聖な空気に導かれるように、フラフラとガゼボに近づいていった。

 ガゼボは無人だったので、私は遠慮なく設置されているベンチへと腰掛ける。

「あー……疲れたーーー……」

 座った途端、今までの疲れが出たのか、どっと体中に疲労感が押し寄せた。
 
 ずっと人混みの中にいたので、無意識に緊張していたのだろう。気がつけば身体中がガチガチだ。今まであんなに多くの人が集まる場所に行ったことなんて無かったし。
 だから正直、エリアナさんの申し出はとても助かった。

 ぼけーと月を眺めながら、私はここ最近起こった出来事を思い出す。

(お爺ちゃんとやっと再会できて、また一緒に子供達の面倒を見れると思ったら、今度はいきなり騎士団長になるとか……未だに実感がわかないや……)

 予想外の出来事の連続に、これが夢だと言われても納得してしまいそうな自分がいる。

 ……だって、あまりにも自分に都合が良すぎるのだ。まさか平民で孤児だった私が、貴族の仲間入りをすることになるなんて。

 正直、小さい頃は貴族に憧れていたし、こっそり想像したこともあった。
 本当は自分の両親は貴族で、やむを得ない事情でお爺ちゃんに育てられていた……とか。

 昔、仲が良かった双子達も、小さい時は「じゃあ僕達がサラを貴族にしてあげる」と言ってくれたけれど、二年前に成人し孤児院から巣立って行った。
 きっと昔のことは忘れ、今は他の国で頑張っているに違いない。

 そうして、貴族への憧れは成長と共に薄れていった。そんな夢みたいな話、実際あるわけがないと気付いたのだ。

 ──なんて思っていたのに、あれよあれよという間に事が進み、気がつけば貴族になっていたとは。
 一体これから何をどうすれば良いのか、私にはさっぱりわからない。

 ……いや、まず最初にやるべき事は決まっている。
 お爺ちゃんがここまでしてお膳立てをしてくれたのだ。
 まず私は「アレ」を成し遂げなければならない。

 だけど、"いつか伝えられたらいいな"と思っていただけなので、まだ心の準備が出来ていない。

 それでも、もしエルと二人っきりなる機会があれば、私は「アレ」を──そう、「告白」をエルに──……。

「──サラ?」

「ぎゃっ!?」

 今の今まで頭の中を占めていた人の声に、思わず奇声を発してしまう。
 慌てて振り返ると、ガゼボの入り口に立っているエルがいた。

「エ、エル……!? どうしてここに!?」

 今開かれている祝賀会の、もう一人の主役であるエルが、こんなところに来るとは思わなかった。でっきり今頃、ご令嬢方に囲まれていると思っていたのだけれど。

「サラが広間から出ていくところが見えたので、中座してきました。僕も隣りに座っても良いですか?」

「……う、うん、どうぞ」

 ベンチの真ん中に座っていた私が端っこに寄ると、エルが「失礼します」と、少し離れた場所に腰掛けた。
 エルもここしばらく忙しかったのだろう、その綺麗な顔には疲労の色が滲んでいる。

「あんなに人が多かったのに、よく気が付いたね」

 王宮の大広間には、千人近くの人が集まっていた。私達とエルの距離も結構離れていたはずなのに……美形は視力まで良いのだろうか。

「貴女のその見事な赤い髪はすぐ目に付きますし……何より、僕が貴女に気付かないなんて有り得ませんから」

 月明かりの中で佇む正装姿のエルは、輝く金の髪も相まってとても神々しい。

 そんなエルが優しく微笑みながら、私に期待させるような、甘い言葉をかけるものだから、さっきまで考えていた事が頭の中でぐるぐると回りだす。

(えっと、これってもう告白しろって事なのかな……?)

 まるで、目に見えない大いなる意志か何かが作り上げたようなこの状況に、私は決断を迫られているような、そんな気がしたのだった。
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