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第44話 解決

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「どうしても何も、俺がその大聖アムレアン騎士団の騎士団長だったからだよ」

 あまりの衝撃に、お祖父ちゃんの言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。

「……………………えぇーーーっ!? なにそれ!! 私そんなの聞いてないよ!!」

「ん? ああ、言わなかったからな」

「だから! どうしてそんなに大切なことを黙ってたのさーーー!!」

「そりゃ、お前を引き取ってからは騎士団辞めて司祭やってたからなぁ。ソリヤの生活でそんな肩書意味なくね?」

「そ、そりゃそうだけど……!!」

 司祭としての生活に、元騎士団長の肩書など不要だろう。だけどそうじゃない、そうじゃないのだ!!

(一体、このやるせない気持ちをどうすればいいの……!)

 しかし突然騎士団長に任命されたのはそういう事だったのか!! と妙に納得する。

(あれ? という事は、エルもお爺ちゃんのことを知っていたってこと……?)

 私がはっとエルの方へ顔を向けると、そこには同じ様に驚愕しているエルの顔があった。そして私とバチッと目が合うと、エルはふるふると首を振った。

 ──どうやらエルもお爺ちゃんが元・大聖アムレアン騎士団の騎士団長だったとは知らなかったらしい。

 きっと、王国騎士団との手合わせを見て、その腕に惚れ込んだのだろう。

「──まあ、そういう事で、こんな俺でも一応団長経験者という訳だ」

 衝撃から立ち直った議員達の、お爺ちゃんを見る目がガラッと変わる。
 特に神殿派議員達の変化は著しく、今までの胡散臭い者を見る目付きだったのが、憧れの人と出会った少年のような、キラキラとした目になっている。

(うわー! どれだけ大聖アムレアン騎士団が好きなんだよ……!)

「ま、まさか本当に……貴公があの誉れ高きセーデルフェルト騎士団長殿……!?」

「ほ、本物……!?」

「……え! 若!」

「なるほど、どうりで聞いた事がある名だと思いました」

「退団の噂を聞いたのが十五年以上前ですからな。すぐ気付かないのも仕方がないことです」

「セーデルフェルト殿は大聖アムレアン騎士団歴代最強と謳われておりましたからな」

「我が国の騎士団が敵わないのも当然でしょう」

「あの冥闇魔法騎士団にも一目置かれていると聞いておりますよ」

 先程までの殺伐とした雰囲気から一転、あちこちでお爺ちゃんを称える言葉が飛び交っている。手のひら返しとは正にこのことだろう。

 お爺ちゃんが騎士団長だと知るまで、散々アムレアン騎士団を引き合いに出していたし、彼らが大聖アムレアン騎士団に憧れているのは本当なのだろう。

「お前らアムレアン騎士団になら安心して国を任せられるんだろ? そんなにアムレアン騎士団が大好きなら、俺が団長になっても文句はないよな?」

「勿論です! 異論などあろうはずがございません!」

「世界中を探しても、これ以上ふさわしい人物はおりません!」

「我々から是非にとお願いしたいほどです!」

 もはやお爺ちゃんをただの平民だと馬鹿にする者は此処にはいない。
 この会議室にいる、元老院議員全員がお爺ちゃんを認めたのだ。

「あ、ちなみに俺、平民じゃねーから。これでも一応爵位を持ってんだよ。まあ、法国籍だけどな」

「…………お爺ちゃん…………」

 お爺ちゃんのカミングアウトは一体何時まで続くのだろうか……。流石の私もそろそろ驚く気力が尽きてきた。

(あー……。でもそっか。お爺ちゃんの名前、よく考えたら貴族家門名だもんね。どうしてすぐ気付かなかったんだろ……)

 私がお爺ちゃんの名前を知ったのは、神殿本部に連れて行かれた時で、お爺ちゃんに会えた嬉しさで色々吹っ飛んでたし、怒涛の展開だったし。

「あの大聖アムレアン騎士団団長を務められていた方とは知らず……大変失礼致しました。今までの無礼をどうかお許しください」

 散々お爺ちゃんにイチャモンを付けていた、おじさん議員が頭を下げて謝罪する。すると一緒になって難癖をつけていた神殿派議員達も、同じ様に謝罪しだした。

(うわぁ……貴族が頭を下げるところなんて初めて見たよ……)

 でも、神殿派議員達の手のひら返しも仕方がないことなのだろう。
 このまま反対し続けても、自分の首を絞める事になると気付いた議員達は、神殿側につくか王族派につくか計算し、王族派に鞍替えるつもりなのだ。

 他国の貴族達すら憧れる、大聖アムレアン騎士団の団長という肩書は、私が思うより遥かに強い影響力を持っているらしい。

 この国の王族と同じぐらい権力があった、あのトルスティ大司教でも逆らえない程なのだ。そんじょそこらの貴族達が束になっても叶うまい。
 しかもそんな人物がエルに忠誠を誓ったのだから、国中の勢力図が大幅に変化することは必至だろう。

(まあ、お爺ちゃんの事だから権力とか使うまでもなく、物理的に叩き潰しそうだけど)

 結局、お爺ちゃんの王国騎士団団長の任命は満場一致で可決され、叙任の儀式も盛大に行われることが決定した。
 その時にお爺ちゃんは国王から爵位を授かることになるそうだ。国防を担う人物に爵位が無いなんてありえないからだ。

「おうサラ! 国が俺に爵位をくれるってよ。これでお前も貴族令嬢だぞ? もう身分を気にしなくてもいいからな! 堂々としてろよ!」

 会議が終わった後、呆然と佇む私に向かって、お爺ちゃんがニカッと笑う。

 ──その笑顔はいつも、私を安心させる為の笑顔で──……。

「……お爺ちゃん……もしかして私のために……?」

 離宮で話していた時からおかしいと思っていた。
 しつこくエルへの想いを聞いてきたのはきっと、私が本気かどうか確認したかったのだ。

 ──そしてお爺ちゃんは決断したのだろう。全ては私の恋を応援するために。

 自分が法国籍の爵位を持っていた事を黙っていたのも、法国と決別し爵位も返上したつもりだからだと思う。

「可愛い孫が幸せになるためなら、どんな手段でも使ってやるよ」

 だからお爺ちゃんは、私にも打ち明けなかった過去すら利用することにした──私がエルとの身分差に悩んでいたから。

 恐らく、私がエルを諦めようと思っていたことも見抜いていたのかもしれない。
 私は昔からお爺ちゃんに隠し事なんて出来なかったのだ。

「……でも、お爺ちゃんは孤児院の仕事が好きだったでしょ……?」

 お爺ちゃんは子供好きだ。大変な孤児院の仕事でも、とても楽しそうだった。そんなお爺ちゃんが子供達を愛情いっぱい育ててくれたから、どの子も素直で良い子になったのだと思う。

「別に今生の別れでも無いだろ? 仕事が終わりゃ、お前たちのところに帰るんだからよ。それに給金も良いから、お前達を養ってやれるしな」

 お爺ちゃんはそう言ってくれるけど、それでも私のために平穏だった生活を捨てることになるのは確かなのだ。

「それにな、俺もそろそろ運動しねぇとなーって思ってたとこだったんだよ。このままじゃあブクブクに太っちまうわ」

 あれこれ理由を並べ立てているけど、これも私が少しでも気に病まないようにと、思ってのことなのだろう。

 そんなお爺ちゃんの気持ちを考えると、これ以上私に言えることは何も無い。

「……そんな顔すんな。俺がやりたくてやってるんだ。お前が気にする事じゃねぇ」

 お爺ちゃんに言われて、自分はどんな顔をしているのだろうと思うと同時に、私の頬を涙がポロッと零れ落ちる。

 自分が泣いていると気付いたらもう駄目だった。後から後から涙が溢れてきて止まらない。

 声を上げず、ただ泣き続ける私の頭を、お爺ちゃんの大きな手がぽんぽんと撫でる。
 いつもより優しく感じる手の温もりに、お爺ちゃんはこれ以上私を泣かせてどうするつもりなのだと問い詰めたくなる。

 ──全身全霊で私を守ってくれる人に、人生の全てをかけて私を幸せにしようとしてくれる人に、私は何をしてあげられるのだろう……?

「ほら、もう泣くな。お前が泣き止まねぇと殿下が困るだろうが」

「……へ?」

 お爺ちゃんに言われてふと顔を上げると、お爺ちゃんの後ろで私を心配そうにしているエルが視界に入る。

 私がずっと泣いていたので、声をかけるタイミングが掴めなかったようだ。

「……っ、ご、ごめ……!」

 慌てて涙を拭おうと、服の袖で目をごしごしする私にエルが待ったをかける。

「サラ! そんなに擦ったら目を傷付けますから!」

 エルはそう言うと、やんわりと私の手を取り、代わりにハンカチで優しく涙を拭ってくれる。

 いつの間にか縮んでいたエルとの距離に、エルの綺麗な顔が近くにあって、思わず顔が真っ赤になってしまう。

 私があたふたと戸惑っていると、私達の様子を見てニヤニヤしているお爺ちゃんに気付く。

「ちょ……! 何でニヤニヤしてるのさ! その顔やめてよ!」

 赤くなった顔を誤魔化すように、お爺ちゃんに抗議する。もちろんそれが私の照れ隠しだと、お爺ちゃんには気付かれているけれど。

「ははっ! 殿下のおかげで元気が出たみたいだな!」

 私達を揶揄うように笑うお爺ちゃんだけど、その瞳はどこまでも優しげで。

 ……ああ、私はきっとこの人に一生敵わない、と悔しく思う。だけど──……

 今はまだ全然敵わないけれど、いつかお爺ちゃんのように、大切な人を深い愛情で包み込める、そんな存在になりたい──いや、絶対なるんだと、私はそう心に誓うのだった。
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