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第52話 お出掛け

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 エルは約束した通り、時間があれば子供達の魔法の勉強を見てくれるようになった。

 エルは基本の四属性のことも詳しく、子供達が理解できるように噛み砕いて教えてくれるので、子供達の魔法の腕はどんどん上達していった。
 特に年長の子供達の成長は著しく、エルが口笛で合図を送ると一斉に魔法を発動出来るようになっていたのを見た時は、思わず感動の涙を流しそうになってしまった。
 それぞれ四属性の魔力が放つ光はとても綺麗だったのだ。

 もちろん、他の子供達も年長組に負けじと必死に頑張っている。そんな子供達の成長を見守る中、私はというと聖属性について書かれた教本が手に入らず、全く勉強が進んでいなかった。

 その理由は、聖属性の人間を長い間法国が独占していたので、巷で聖属性の研究は全くされていなかったからだ。だから聖属性関係の書物を読もうと思うと、アルムストレイム教の総本山である法国のオーケリエルム大神殿にある、大聖図書館に行かなければならないのだ。

 そんなところに行くつもりがない私は、もしかしてお爺ちゃんなら知ってるかも、と聖属性の勉強方法を教えて貰おうと思ったのだけれど、流石のお爺ちゃんも聖属性魔法の勉強方法についてはほとんど知らないようだった。
 聖属性の魔法は<花園>で教育されており、しかも口伝で伝えられているらしく、下手をすると教本すら存在しない可能性が高い。

 せっかく貴重な聖属性なのだから、思いっきり聖魔法を使ってみたいと思っていた私は、その話を聞いてめちゃくちゃがっかりした。このままでは宝の持ち腐れではないか、と。

「でもな、聖魔法に関しては知識がどうというより、術者本人の気持ちが重要って聞いた事があるぞ」

 お爺ちゃんから齎された情報に、一縷の望みをかけることにした私は、さっさと聖属性の勉強を放棄し、ぶっつけ本番に備えることにした。……だって早く試したい魔法があったし。

 そして光属性の勉強に励んだ私が一番始めに使った魔法──それは髪の色を変える魔法だった。

 エルが私の髪の色を好きだと言ってくれたから、もう髪色に対するコンプレックスはない。だけど、この赤い髪色はとにかく目立つ。かくれんぼに不向きな色なのだ。
 だから私はエルのお友達のように、髪の色を変える練習をすごく頑張った。エルには「いきなりその魔法は無茶ですよ」と言われたけれど。
 実際、初級をぶっ飛ばして上級魔法を取得しようとしてるのだから、エルの言い分もよく分かる。

 しかし私は執念の如き粘り強さでやり遂げた。
 ──光の波長を調節し任意の波長に固定、更に効果を髪の毛に範囲指定……。

 正直めっちゃ難しかった。そもそも波長という概念を理解するのが大変だった。
 だけどその努力が実を結び、晴れて茶色の髪の毛になった私は今、堂々と王都の市場を満喫している。正直、茶色が赤に近い色だったので助かったというのもあるけれど。

「サラちゃん、あのおにくおいしそうよ」

「あ、俺もあの串焼き食べてみたい!」

「僕はあのパンみたいなのが良いな。肉と野菜が挟まれてるやつ」

「私はクレープ!」

「こらこら、さっき皆んなでご飯食べたばかりでしょ! 食べ過ぎは良くないよ!」

「え~。でも歩いてたらお腹すいたんだもん」

「さっきのご飯はもうお腹の中で消化されたよ」

「ちょ、早! 代謝良すぎでしょー!」

「まあまあ、サラ。せっかくのお出かけですし、たまには羽目を外しても良いのではないですか?」

「え……。うーん、エルがそう言うなら……」

「「「「やったー! 先生ありがとう!!」」」」

 子供達はフォローしてくれたエルにお礼を言うと、思い思いにお目当ての屋台へと掛けて行った。
 ちなみに子供達にはエルのことを「先生」と呼ぶように約束させている。もし「王子様」や「殿下」と呼んだりしてエルのことがバレたら、ここら一体がパニックになるのでその対策だ。

 そんな人気者の王太子であるエルが、王都の人で賑わう市場にいる理由は、もう一つの約束──子供達と一緒にお出掛けをしているからだ。

 そして私の髪のように、エルも髪の色を地味な色に変えている。
 だけど、それでもエルが持つオーラは無視できないらしく、更に美貌が垂れ流しのため、さっきから若い女の子を中心に視線を絶賛独占中だ。

 それぞれ食べたいものを確保した私達は、これ以上目立たないよう近くの公園の隅っこにあるベンチに腰掛けた。
 ようやく人々からの視線から逃れられた私は、ほっと一息つく。

(やっぱり髪の色を変えただけじゃ駄目か~。こりゃもうエルの顔面隠さなきゃな……)

 視線を気にせず、お出かけを楽しむにはどうしたら良いのだろうと考えていると、何やら市場の方が騒がしいことに気付く。

「……何だろ?」

「何かトラブルでもあったのでしょうか」

 エルと市場の方に目をやると、土埃のようなものが巻き上がっているのが見えた。
 すると、何かに気付いたエルが慌てて立ち上がると、私達に向かって大声で叫ぶ。

「──?! サラ! 急いで子供達を集めて下さい!!」

「っ!! わかった!! ほら皆んな立って!!」

 ただ事じゃないと感じた私はエルの指示通り子供達を集め、絶対離れないようにと釘を刺し、一番小さいエイミーを抱っこすると大急ぎで公園を出た。

 騒がしいと思ったのは人々の悲鳴で、時々何かが壊れる音まで聞こえてくる。そして何かから逃げ惑う人々で市場はパニック状態だ。

(一体何が起こっているの……!?)

「僕は様子を見てきます! サラ達は離宮で待っていて下さい!」

「え、でもエル一人じゃ……!」

「殿下! ご無事ですか!?」

 混乱する市場の人達相手に、エル一人で対応するなんて無理だと思っていたところに、ヴィクトルさんが騎士達を連れて走ってきた。
 タイミング的に私達を遠くから護衛してくれていたけれど、何か問題が起きたことを察し、助けに来てくれたようだ。

「私は大丈夫だ! 騎士団員達は王都民達の誘導と救護を頼む! ヴィクトルはサラと子供達を警護しながら離宮へ戻れ!」

 エルが次々と指示を飛ばし、それぞれが行動しようと動き出した時、騒ぎが起こっている方角から聞き覚えのある声がした。

「おやおや、これはエデルトルート皇太子殿下ではありませんか」

「お前は……!」

「神の栄光が御身を照らしますよう、エデルトルート王太子殿下にご挨拶申し上げます。このような所でご高名な王太子殿下にお会いでき、光栄至極に存じます」

 エルに声を掛けた人物──バザロフ司教は笑顔を浮かべ、恭しく私達に挨拶した。

「すまないが見ての通り、今は緊急事態だ。用があるなら後日改めて──「いいえ、その必要はありません」……何……?」

 王太子の言葉を遮るとは、一介の司教のくせに生意気な!と思った私同様、腹を立てたらしいヴィクトルさんが、剣の柄に手を掛けたのが視界の端に映る。

「巫女見習いの娘と一緒とは、本当に都合がいい……ふふふ……」

 この場から逃げ出そうとする人々が多い中、バザロフ司教は周りを気にすること無く余裕の態度で笑顔を浮かべている。その異様な雰囲気に、得体のしれない恐怖が全身を駆け巡る。

「確かお前は神殿本部にいた司教だな? こんなところで何をしている?」

 私の恐怖を感じ取ったのか、エルがバザロフ司教の視線から遮るように、間に入ってくれた。

「いやいや、貴方達がシュルヴェステル様を連れ去ってからというもの、神殿本部は大騒ぎでしてねぇ。苦情や抗議の声が跡を絶ちませんし、トルスティ大司教は本国に戻ったっきり帰られませんし、本当に困っているのですよ……」

「シス殿は自分の意志でアルムストレイム教と決別したと言っている。それに神殿本部への苦情や抗議は私達には預かり知らぬこと。それを我々のせいにされても困る」

 エルが至極真っ当に反論している。正直、神殿本部が困っているからと言われても、だからどうしたとしか思えない。 

「うるさい!! 王族にあるまじき闇属性の忌み子風情が……っ!! 司教の私に偉そうにするなっ!! そもそもお前が存在すること自体間違っているのだっ!! お前さえいなければ、この国の実権は我らのものだったというのに……っ!!」

 以前の落ち着いた雰囲気はどこへやら、バザロフ司教が怒り狂いながら、エルに対して不敬極まりない言葉を投げつける。

「先生の悪口を言うなーーー!!」

「先生はすごいんだぞー! めちゃくちゃ強くてかっこいいんだからなっ!!」

「先生が人気だからっていちゃもんつけんな!」

「司教がそんなこと言っていいの? 王子様に?」

「お前の方がどっか行けーーー!!」

 主人に不敬を働いたバザロフ司教に、ヴィクトルさんが剣を向けるより早く子供達が一斉に抗議の声を上げた。

 司教の暴言はエルが大好きな子供達にとって、とても許せるものではなかったらしい。普段はとてもお行儀が良い子達が、エルのために怒っている姿に不覚にも嬉しくなる。

「黙れ黙れっ!!! このゴミどもがよくも……っ!!! まとめて神去らせてくれるわっ!!!」

 逆上したバザロフ司教は、懐から黒い水晶玉のようなものを取り出すと、思いっきり地面に叩きつけた。

 ──そうして、水晶玉が割れたと同時に、この辺り一帯の空気が一変する。

「な……っ?!」

 水晶玉が割れた場所からおびただしい量の瘴気が吹き出したかと思うと、まるで手を伸ばすかのように闇が広がっていく。

 その非現実的な光景に呆然としていると、誰かの呟きが私の耳を掠めた。

「これは……まさか<穢れし者>……!?」
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