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第51話 嵐の前

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 いくらエルの事が好きでも、身分違いだからきっとこの恋は報われない、と思い込んでいた私は、エルと結ばれたその先を考えていなかった。

 そうして、お爺ちゃんから妃教育について聞かされ、とても大事なことを失念していたらしいとようやく気づく。

(そうだった……! エルのお嫁さんは王妃になるんだ……! 当たり前のことなのに忘れてたよ……!)

 だけどお爺ちゃんがこの国の貴族になり、私の両親が<聖女>と<聖騎士>だったとしても、私自身が孤児だった事実は変わらない。
 私の出自を知らない、血統を重んじる貴族達からすれば、突然現れた何処の馬の骨ともわからない私のような存在は邪魔以外の何ものでもないと思う。

「私とエルが両思いだからって、結婚が許されるわけじゃないよね? お爺ちゃんのおかげで身分的に問題が無くなったとしても、そう簡単に王妃になれるわけじゃ……」

「なれるぞ?」

「……って、え? なれるの?!」

「この国は良くも悪くも法国の影響を強く受けているからな。俺が騎士団長になるのを許された時もそうだっただろ?」

「……確かに! 貴族派議員のおじさん達も手のひら返し凄かったよね。どれだけ大聖アムレアン騎士団が好きなのさって思ったもん」

「そんな国の王室や貴族が、お前が<聖女>と<聖騎士>の間に生まれた娘と知って、殿下との結婚に反対すると思うか?」

「う……うーん……? どうかな……? しない、かも……?」

「なんでそんなに自信なさげなんだよ。反対どころか諸手を挙げて大喜びだろうがよ。むしろ逃さないとばかりに迫ってくるんじゃね?」

「……ええ~~?」



 * * * * * *



 身体の痣が消えてからしばらく、魔力が落ち着いたのか熱も下がり、私は離宮に戻れることになった。

 本当はもっと早く離宮に戻るつもりだったけれど、エルがアレコレと理由をつけたので、王宮での滞在時間が伸びてしまったのだ。

「本当に離宮へ戻るのですか? 王宮にサラの部屋を用意しますよ?」

 どうにか私を引き留めようとエルが提案してくれたけれど、さすがにそれは固辞させていただいた。エルのことは好きだから、いつもそばにいたいと思うけれど、突然だし何より恥ずかしい。……それに子供達のこともあるし。

 いくら国の事業だとしても、子供達をエリアナさん達に任せっきりでは気が引ける、というのもあるけれど、何より私が子供達と一緒にいたいのだ。
 十五歳の成人を迎えれば、子供達は嫌でも養護施設から飛び立ってしまうのだから。

 ちなみにお爺ちゃんがソリヤの司祭になった時、私は孤児ではなくお爺ちゃんの養女になっていた。だから十五歳が過ぎても孤児院で巫女見習いとしてお手伝いしていたのだ。
 だけど、子供達は国家事業の一環で試験的に迎え入れられたので、お爺ちゃんが全員を養子にすることは出来なかったのだ。……人数も多かったし。
 そんな事情で私もお爺ちゃんも屋敷を持たず、子供達が成人を迎えるまでは今まで通り離宮で生活することになった。

 そして属性が判明したものの、魔法の使い方を知らなかった私は子供達と一緒に魔法を習うことになり、他の勉強と相まってとても忙しい日々を過ごしている。
 魔法を勉強する上で、ついでにと子供達の属性を調べてみたところ、火属性が四人、水属性が二人、風属性が二人に土属性が一人、闇属性が一人という結果となった。

 闇属性の子はシリルという男の子で、闇属性だと判明した途端めちゃくちゃ喜んでいた。

「わー! やったー! 闇属性だ! 殿下と一緒の属性だ!」

「おめでとう! シリル良かったねぇ!」

「いいなー! 闇属性かっこいいなー!」

 他の子供達も闇属性をすごく羨ましがっていた。闇属性は子供達に大人気らしい。
 元々、孤児院の子供達に属性に対する偏見は無かったけれど、エルの属性が闇だと知ってからは、闇属性に強く憧れるようになったようだ。

 そしてそれは孤児院の子供達だけでなく、王国中の人々も同じだった。
 
 アルムストレイム教によって忌避されていた闇属性だったけれど、その闇属性を持つエルが素晴らしい功績を上げていくに連れ、次第に闇属性が見直され、認められるようになったのだ。

 ──そうして、王宮や王国内で、闇属性を悪く言う者は徐々にその数を減らして行くこととなる。



 * * * * * *



 今日も今日とて子供達と一緒に王宮の廊下を歩いていると、貴族らしきおじさんから声を掛けられた。

「これはこれは、セーデルフェルト侯爵令嬢ではありませんか。お会いできて光栄です。私は──」

 自己紹介を始める貴族のおじさんに気付かれないように、私はそっとため息をつく。最近こうやって私に声を掛けてくる貴族達が急増しているのだ。

 私が聖属性を持っていることはエルとお爺ちゃんしか知らない。今はまだ公表する時ではないからと、三人だけの秘密にしている。
 だから今回も貴族令嬢に対する社交辞令の挨拶で済むなら良いけれど。

「──という訳でして、息子も是非令嬢とお会いしたいと申しているのですよ。一度我が屋敷にお越し下さい。丁度庭園の薔薇が見頃でしてね、令嬢も気に入られると思いますよ」

 このおじさんのように、私に声を掛けてくる貴族の中に、自分の息子を勧めてくる人がいるから困ってしまう。

「大変有難い申し出なのですが、未熟な私がお招きにあずかるのはかえって失礼になるかと存じます。それに養父の許可なく招待に応じるのは固く禁止されておりますので」

「セ、セーデルフェルト様に……?! わ、わかりました。ならば仕方ありませんね……」

「はい。また機会がありましたら是非」

 私がにっこり微笑むと、貴族のおじさんは汗をかきながら「では、私はこれで」と言って去っていった。さすが、お爺ちゃんの名前は効果覿面である。

「サラちゃん、だいじょうぶ?」

「うん。大丈夫だよ。心配してくれて有難うね」

 エイミーの頭を撫でていると、同じように貴族とのやり取りを見ていた子供達が口々に騒ぎ出す。

「でもサラねーちゃんは隙が多いからなぁ。知らない男に付いて行くなよー」

「ちょっと! 私がそんな事するわけ無いでしょ!」

「だけどサラちゃんモテモテよ? お城の人からくよくサラちゃんのこと聞かれるよ?」

「は?!」

「うんうん、僕も付き合っている人はいるのか聞かれたことあるー!」

「サラちゃん目当ての人が多くて、図書室のお当番になるのは大変なんだって」

「衛兵さん達もサラお姉ちゃんのこと可愛いって言ってたし」

「この前のパーティーでもサラねーちゃんのこと見てる人いっぱいいたよねー」

「ねー」

 子供達の口から次々と飛び出る証言に、思わず私はポカーンとなる。

 私はてっきりお爺ちゃんと懇意になる、もしくは縁故関係を持ちたい人が接近しているのだと思っていた。だってこの国で今一番権力がある貴族がお爺ちゃんだから。
 それにお爺ちゃんの庇護下に入れば物理的にも権力的にも安心だろうし。

 そんな事があったその後も、会う貴族会う貴族に誘われ続け、私の我慢はそろそろ限界を迎えていた。
 そしてキレちゃう前にエルに相談してみようかな……と思ったその日の午後、忙しい合間を縫ってエルが離宮に来てくれた。何というタイミング!

「最近貴族からの誘いが多くてすっごく困っているんだけど、どうしたら良いと思う? それに私を息子とお見合いさせようという意図がチラホラ垣間見えるし……。毎回断るのも気が引けるんだよね」

 私は離宮の応接室で、優雅にお茶を飲む王太子にご意見を伺ってみる。

「一番効果的なのは、サラが僕の婚約者だと発表することですね」

「えっ?! あ、いや、それはちょっと……まだ早いような……?」

 貴族になりたてほやほやで勉強も最近始めたばかりの私が、王太子の婚約者だなんて世間に知られたら……すっごく反対されそうで怖い。

「そうですか? 僕は出来るだけ早く発表したいですけれどね。そうすれば貴女に横恋慕する人間も減るでしょうし」

「いやいや、横恋慕って……! そんなんじゃなくて、皆んなお爺ちゃん目当てだと思うよ。お爺ちゃん人気者だし」

「…………はあ。サラのその奥ゆかしいところはとても好ましいのですが、もっと自分に自信を持って下さい。シス殿の寵愛を受けている事と関係なく、貴女は大変魅力的なんですから」

 溜息をついた後、エルが私に諭すように言った。

(み、魅力的……? そうなのかな? うーん、自分のことはよくわかんないなぁ……)

「有難う……エルがそう言ってくれるなら、もうちょっと自信持ってみるよ」

「そうしていただけると嬉しいです。貴女に言い寄って来る男達にはくれぐれも注意して下さいね。ホイホイ付いて行ったら駄目ですよ」

「行く訳無いでしょー! もー! エルまでそんな事言うー!!」

 さっき子供達に言われたところなのに、エルにまで言われるなんて!

「はははっ、すみません。サラがとても可愛いので誰かに取られないかと、いつも心配になるんです」

「か、かわ……っ!」

 断固抗議させていただく!と意気込んだのに、エルの不意打ちに呆気なく撃沈してしまう。

(くわーっ! 甘い! 甘いぞー! エルが甘々だー!)

 思いが通じ合ってから、エルはこうして私への想いをよく口に出してくれるようになった。お世辞でも何でも無い素直な気持ちが伝わってきて、その度に私は動揺してしまう。
 今まで恋愛とは無縁だった私は、甘々な言葉に耐性が全く無いのだ。

「そう言えば、子供達の属性を判定したそうですね。将来有望な子が何人もいたと聞いていますよ」

「あ、そうそう! 皆んな結構魔力量が多いみたいなんだ! それにシリルが闇属性だったんだけど、あの子すっごく喜んじゃって。エルみたいになりたいんだって」

「それは嬉しいですね。では、僕の時間が取れた時は勉強を見てあげましょうか」

「本当?! シリル喜ぶよ! あ、でも他の子供達がすっごく羨ましがりそう」

 子供達はエルが大好きだから、時々エルが離宮に来てくれると皆んなで群がって中々離さない。それで何度迷惑を掛けたことか……。

「勿論、他の子供達の勉強も見ますよ。初級で良ければですけどね」

「いいの? でも忙しいでしょ? 執務とか大丈夫?」

 エルは次期国王になる事が決定しているから、国王の執務を引き継いで今は多忙だと聞いている。

「昔に比べれば大分余裕が出てますよ。妨害する貴族も減りましたしね」

「ああ~……。なるほど……」

 以前はエルの妨害ばかりしていた神殿派貴族達が王族派に転向したので、執務がスムーズに進むようになったらしい。

「ですから、時間は調整すれば大丈夫なんですよ。なのでサラ、今度子供達も一緒にお出かけしてみませんか?」

「え?! ほんと!? うん、嬉しい! 絶対行く!!」

 エルからの嬉しいお誘いに、私は笑顔で頷いた。
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